Front Page / Mar 24, 2017

[2763] Mar 23, 2017

無印、レモン、グレープフルーツ、コーラ。ウィルキンソンの炭酸水を一通り飲んだ。やはりコーラが秀逸な出来だと思うが、朝食後や昼など、軽くさっぱりした気分になりたいときはレモンやグレープフルーツの方が合う。さらに進んで味が要らず、炭酸の刺激だけが欲しいときは無印だ。棲み分けはちゃんとできている。▼炭酸水とはやや毛色が異なるが、セブンイレブンの「ゼロキロカロリーサイダー」も良い。ゼロカロリーながらチープで甘ったるいサイダーの雰囲気が上手く再現されている。しかも「脂肪の吸収を抑え、糖の吸収をおだやかにする」定番の機能性表示食品。そんなに虫の良い話があるか、疑わしい気持ちもあるが、爽快感より味が欲しい、しかし糖分は採りたくない、そんなときの選択肢としては上々だろう。▼いただきものの菓子類と、ときどき食べるチョコレートを除いては、だいぶ糖分離れが出来てきている。砂糖をほとんど摂らない生活を目指したい。

[2762] Mar 22, 2017

シャドウバース、神々の騒嵐。全104枚のカード情報が出揃った。毎日、新たに公開されるカードの情報を調べる楽しみも終わる。ここからは新環境で本格的に脳内仮想デッキを組むことになる。▼傾向としてはカードゲームに詳しい某氏が指摘していた通り、ジャンケンの要素が強くなってきた。デッキから引いて場に出して、相手にアンチカードがなければ即勝利となるようなカードが何枚も追加されている。特殊効果が大味になってきたということだ。終盤の戦略性は失われるが、みんながみんな終盤のパワーカードを頼りにするなら、それはそれで展開の早いデッキが勝率をあげられる可能性も高くなる。つまり環境に対するメタゲームが始まる。それもまたゲーム性のひとつであろう。▼ちなみにネクロマンサーは、残念ながら相対的に弱体化されてしまった。面白いカードもいくらか追加されたが、他のクラスのインフレにはついていけていない印象だ。苦戦の予感がする。

[2761] Mar 21, 2017

今日、昼から夜にかけてアップルストアが長期メンテナンスになった。いよいよiPadの新型発表ではないかと情報サイトもにわかに沸き立ったが、蓋を開けてみればiPad Air 2の後継機と思われる無印のiPadがトップページに登場。しかもスペックを見ると、重量も重くなり、厚みも増している。まさに廉価版という扱い。本当に廉価版なら文句を言うことはできないが、それにしても2017年度の新製品が重量アップで始まるとなると、500g以下の10.5インチモデルという望みは雲行きがあやしくなってくる。軽量化は一旦限界に来ているのかもしれない。▼あまりアテにならない”その筋”の情報によると、次に信憑性のある新製品発表日は4月4日とのこと。ここまで来たら二週間くらい平気で待てるが、今度こそがっかりするような内容であれば見切りをつけて旧型を中古で拾う。性能向上は求めていない。画面が大きく、そして軽くなればいい。電子ノートの実現、果たして成るか。

[2760] Mar 20, 2017

福岡からとんぼ返りで帰宅。福岡といっても小倉なので、九州大陸の端の方にちょっとだけ上陸して、駅からほとんど出ることなく一泊し、そのまま新幹線で帰還した形。子どもからしてみれば、どこへ行ったのかさっぱりわかるまい。さてはここが噂の東京だな、なんて思っていたかもしれない。▼その我が子、旅先でもやっぱり寝てくれなかった。ベッドが硬いからか、部屋が暑いからか、普段と違う場所に興奮したからか、理由はさっぱりわからないが、とにかく一晩中唸りつづける。二人ともロクに寝られず疲労も十倍で帰還日はグロッキーに。そんな状態で揺れる新幹線の連絡通路に交代で長時間立っていたものだから、新横浜へ着いた頃には揃って乗り物酔いにかかってしまった。眠気、吐き気、疲労、荷物。強行軍が祟ってふらふらである。▼夕食のにんにくステーキで少々回復して今はマシだが、明日は出社なので、さっさと寝ることにする。子連れの遠出は大変だった。

[2759] Mar 19, 2017

前日書いた通り、今日明日は福岡で一泊するため朝のうちに記事を書く。このところは夜寝る前に書くのが定着していたから不思議な感じだが、その昔は朝起きたらすぐ記事を書くという生活をしていた時期もあった。それがいつからか、また夜型にもどっている。村上春樹も強く朝型を薦めているが、なかなか夜型から抜け出せない。▼後輩の一人は社会人になってから生活スタイルを朝型に改めたという。朝、顔に日の光があたるようカーテンとベッドの位置を調整したことで、目覚まし時計なしでも六時過ぎになると勝手に目が覚めるようになったそうだ。そうしてさっさと家を出て、家の近くか会社の近くの喫茶店で軽食を食べながら、紅茶を片手に雑誌を読むのだという。形のベタさはともかく、うらやましい朝には違いない。▼私の朝は五月から少しだけ変わる。出社前に保育園へ行かなければならない。彼のような朝にはならないだろうが、今より少しだけ早起きにはなる。

[2758] Mar 18, 2017

明日は我が子が初めて神奈川県の外に出る。病院が横浜市内だから、横浜市からも出たことがないのではと思っていたが、年始に川崎大師へ行ったとき、ちょっとだけ川崎市にお邪魔していたのだった。よって今回は初の県外となる。行先は福岡だ。▼飛行機と新幹線で選択を迷ったが、私が飛行機を苦手としていることと、飛行機プランの方が僅かに値段が高いこと、空港より新幹線の駅の方が遥かにホテルに近いことなど、諸々の事情を考えて新幹線を選択した。片道五時間超。帰りはグリーン車しか取れなかったので、子どもがうるさくしたら連絡通路まで抱っこ紐で出ざるをえまい。慌ただしい一泊旅行になりそうな予感はすでにしている。▼一泊の良いところは、二泊に比べて荷物の量がぐっと減るところだ。土産物は全部渡してくるので、行きと帰りを同じ服で済ませれば、帰路の荷物はほとんど赤ちゃんグッズのみになる。観光旅行ではないのだから、今回は身軽が第一だ。

[2757] Mar 17, 2017

ついに"Office 365 Solo"を購読。Word、Excel、PowerPoint、OneNote、Outlook、Publi-sher、Accessの7つは、今後いつでも二台のPCから最新版を利用することができる。デスクトップとモバイルに振り分けるのがよかろう。また、おまけと言うには豪華すぎる特典として、OneDriveの容量が1TBになる。これだけでも12,744円/年をペイしてしまいそうなサービスである。▼現在のバージョンは2016。会社で2013を使っているので、2007以降で刷新されたリボン型のインターフェースにも多少は慣れている。変更当初はなんと愚かな修正をしてくれたものかと憤慨していたが、使っているうちに新バージョンの使いにくさの九割以上は「あれはどこにいった?」であり、要するに慣れの問題でしかないことがわかってきた。総合的な絶対評価なら新バージョンの方が優れている。ただ、残りの一割として「ファイル」メニューが別の画面へ飛ぶのだけはいただけない。あれは改悪である。

[2756] Mar 16, 2017

手元の筆立てに六角レンチがある。先端が六角になっていて、持ち手のところが幅広な楕円形のループになっている構造。ちょうど「T」のような形をしている。▼曲を進めるとき、今はこれを指揮棒代わりにしている。指揮棒というと語弊があるので、ノリを確かめるための棒だから勝手に「ノリ棒」とでも言っておこう。Tで言うところの下の方を持つと持ち手のループが適度に重りの役目を果たしてくれて振りやすい。短すぎず長すぎないコンパクトな全長も評価ポイントだ。昔は鉛筆やボールペンだったが、六角レンチの方が具合がいい。▼ノリ棒があると何が良いのか。実は私にもよくわからない。ただ、ノリ棒を振ろうと思うと、腕から先だけで音楽に合わせることは難しいので、椅子から立たざるを得ない。必然的に身体を使って、膝を使って振ることになる。ここでノリに身体性が加わってくる。ついでに血流もよくなって、脳も活発になる。そういうことかもしれない。

[2755] Mar 15, 2017

プライベート繁忙期、三月の山場の前半戦が終了。ちょうどWBC日本代表も最初の山場を越えたところだ。どちらも成功裏に終わったのでホッとしている。後半戦に引きずる懸念は何もない。▼仕事の方は、前に書いたちゃぶ台返しの余波が引き続きチーム内を吹き抜けている。吹き荒れるというほど荒れてはいないが、次にいつまたスケジュール調整を無にする上意が降ってくるか、漠然とした不安に包まれて前向きな気持ちに陰りが出てきている感じだ。私への被害は今のところ少ないが、ゼロではない。被害の大きいパートでは上司への信頼が明らかにすり減っている。下から上への信頼というチームの最も貴重な財産が、何も生み出すことなく目減りしていく。▼それでも、他のプロジェクトに比べれば今のプロジェクトは遥かに資産持ちだろう。これまで少しずつキャリーオーバーしてきた資産である。それが、組織再編の煽りで大部分が吹き飛ぶかもしれないのは世知辛い。

[2754] Mar 14, 2017

日が落ちてから風の強い路を歩く。寒いとは思うが冷たいとは思わなくなってきた。三月頭のように暑い昼が来ても、どうせ夜はすぐ冷え込むし、次の日は打って変わって極寒だしで、春の訪れを実感することはできなかったが、今日のように暗くなってから生暖かい風を顔に受けると、ようやく春になって、もう冬は帰ってきそうにないと信じることができるようになる。次にまた気温が下がっても、それはもう寒い春であって、冬の残りとは思わない。冬は終わったのだ。▼最近、四季の移り変わりを気温でしか感じていない。自然に目を向ける余裕がないから。あるいは向ける目の視力が悪いから。それもそうだろうが、やはり良質な感性の摂取量が足りないのだと思う。漢詩を観たり短歌を読んだり、季節感のある小説を読んだりしていないから、脳が風情を忘れかけているのだ。そういえば映画もしばらく見ていない。三月の大イベントを全て消化したら、また入力を見直そう。

[2753] Mar 13, 2017

ゲームの価格はどのように決まっているのか。これはちょっと難しい問題だ。「フルプライス」とは何をもってフルなのか。そのフルプライスとやらの金額は一体誰が決めているのか。なぜ、コンシューマーゲームの価格は二万円や二百円ではいけないのか。いつから今の六千円〜八千円が、ゲームの新品価格として定着したのだろうか。▼実際のところ明確な答えはない。昔、ゲームハードがまだファミコン一強だった頃、ソフトの価格は今よりはるかに高額だった。FF6の発売価格は11400円である。しかし、不景気にともなって贅沢品に費やせる家庭の予算が減り、お年玉が減ってくると、一万円を超える価格は子どもの手の届く金額ではなくなってしまった。そんなゲームが売れるはずもない。価格は市場原理で緩やかに下がっていき、開発コストと販売本数の見込みとを考慮して、採算の取れるギリギリのラインで平衡状態に達した。それが現在の価格であると、私は思っている。

[2752] Mar 12, 2017

日本vsオランダ戦。9回裏に同点とされ、タイブレークまでもつれこんだピンチつづきの試合だったが、十一回表の中田翔のタイムリーと、最後は牧田の回跨ぎの好投で、なんとか日本が勝利した。接戦を取ると、疲労は溜まるがテンションは上がる。選手も同じだろう。明日のキューバ戦へ向けて弾みがついた。▼恐るべきは初出場にしてここまで四戦無敗のイスラエル。対韓国の初戦を勝利で飾ったときは大金星などと言われていたが、その後の試合で純粋に強いことをアピールしてきた。実際、初出場とは言ってもメンバーの内訳はいわばユダヤ系メジャーリーガーの集い。能力のある選手は揃っていて、あと活かすも殺すも監督次第だったところへ、良い監督がついたということだろう。となれば弱いはずもない。▼万が一ではなく、ありうる未来としてイスラエル戦に敗れたときのため、明日のキューバ戦は死に物狂いで獲りたい。DeNAファンとしては、筒香の復調も待たれる。

[2751] Mar 11, 2017

子どもに野球の動画を見せるとぐずらなくなる。特にホームラン集はお気に入りで、2016年度のDeNA全ホームラン集とか、サヨナラホームラン集とか、そういう動画を見せて不機嫌を凌いでいた。たぶん、ころころ変わる映像と賑やかな実況が楽しいのだろう。いつもおとなしく見ている。▼とはいえ0歳児から野球漬けはいかがなものか。ということで今日はフラッシュカードのような知育系の動画も見せてみた。高速でカウントアップされる数字とドット。あるいは物の絵と名前。そういえば自分も幼稚園のときにこんな訓練をしていたような気がする。我が子はというと、しばらくは黙って見ていたが、すぐに飽きて騒ぎ出してしまった。動画のキャプションには0歳からとあるが、さすがにまだちょっと早そうだ。▼本人が興味を示すなら、面白そうなものは与えてみるが、こちらから知育に力を入れるつもりはさほどない。おやつにするめでもかじらせた方が良いと思っている。

[2750] Mar 10, 2017

シャドウバースの新カードパック「神々の騒嵐」についての新情報が続々と公開されている。日々新情報を確認しては仮想デッキを組み直している状態だ。レアカードの公開ペースはちょっと早い気もするが、軸になりそうなカードがさっさとわかるので、こちらとしてはありがたい。ただ、私の使うネクロマンサークラスの最高レアカードは他より早く全公開されてしまって、しかもどうやら性能は芳しくない様子。不遇の季節が来る可能性もある。▼とはいえ、誰も気づいていないカード同士の相乗効果を見つけて最強の王道デッキを出し抜くのもカードゲームの醍醐味のひとつ。新環境が始まった直後は、意外性を重視したオリジナルデッキが組みやすい時期でもある。それに定番を外れたデッキは戦略も思考も読みにくいので、案外、二番手のデッキより綺麗に刺さったりするものだ。どんな逆風の環境でも勝利を目指す道はある。小手先の小細工を弄する知恵も、時には必要だ。

[2749] Mar 09, 2017

残業開始。本格的な繁忙期はまだ先だが、今回のプロジェクトは過去最大級にタイトなスケジュール。早くから詰めるところを詰めておかないと、終盤で痛い目を見るのは火を見るより明らかだ。▼しかし、そう思って各々工数見積もりを立て、上の承認を得ていたわけだが、突然マネージャー命令により対応仕様が増加。しかも問答無用で人員が削減されることとなった。気まぐれでやっているわけではないだろうが、これでは下は何も見積もれないし、やる気も出ない。何より、経営層に対する信用が損なわれる。部下の信用は上司の最大の財産だ。この財産を削ってまで、今、組織再編を無理やり加速する必要があるのかどうか、疑問は残る。ともなう痛みは想像より大きいかもしれない。あるいは内臓へのダメージのように、あとあと致命打になるかもしれない。▼私の仕事も当初想定より確実に増えると予想される。激しい追い込みなしにやり遂げる方法を模索する必要がある。

[2748] Mar 08, 2017

最近、読書量が激減している。理由は明白だ。順番に書き下すとこうなる。▼1.読みたい本はたくさんあるが、読書に費やせる時間が少ない。2.そこで取り急ぎ優先度の高い本を買いたいが、読書環境をiPadへ移行するならKindle版を買うべきだ。今、紙の本を買うのは金の無駄であろう。3.しかし、それを言うなら家の中に眠る巨大本で、ロクに読めていない本や、読み直したい本がたくさんある。iPadが使えるようになったら彼らを自炊して楽しんだ方が経済的ではないか。4.財布の事情も苦しい今、求められているのは過去の財産の再利用だ。本棚に鎮座するあの教本たちが外で読めるなら、新しい本など無理に買うことはないじゃないか。▼つまり、読書環境の電子化への期待が読書を妨げているという、本末転倒とは言わないが少々ねじれた状態になっているわけだ。真の読書家からすれば阿呆らしい悩みだろうが、私はこういう倒錯も含めて読書生活を楽しんでいる。

[2747] Mar 07, 2017

もしこのままiPadを買うと、PCがWindows、携帯がAndroid、タブレットがiOSになる。三つのプラットフォームを併用することになるわけだ。なんて馬鹿馬鹿しい。それならPCをiMacにして携帯もiPhoneにすれば良い。そんなアップル派のため息が聞こえてきそうな成り行きだが、今の私の考えはちょっと違う。逆だ。三つのプラットフォームを併用してもスムーズに連携のできる環境を整えることができたなら、それこそが特定の環境に依存せず、安定して長く使えるデバイスの「マイセットアップ」になるはずなのだ。▼私がiPadに求めているのはApplePencilの比類ないメモ性能であって、iOSではない。必要な機能が満たされるならガワは何だって良いのだ。アップル製品がなければ生活がままならぬなどという状況には、間違っても陥りたくない。したがって不統一も大いに歓迎となる。OSが違うくらいで連携できないようなソフトに生活の重要な部分を任せるべきではないのだ。

[2746] Mar 06, 2017

定期的に作品ご愛顧のお便りをいただく。八年前、九年前の作品にいまでも感想がいただけるのは率直に言って嬉しい。素直に嬉しく思う旨を返している。緩やかなペースで進む次回作への励みにも、確実になっている。▼返信しながら改めて考えることがあった。私が細々とでもDTMを続けてこられた理由は、恐らく楽器を弾けないからだ。常々言うように私の本流は音楽ではない。音楽に全身全霊を傾けるような人ではないから、もし楽器が弾けたら、きっと演奏だけで能動的な音楽生活に満足していたと思う。それができないから、DTMで音楽と関わってきた。それしか表現の手段がなかった。だから今も楽しく続いている。▼したがってよくDTM教本に書かれている「何かしら楽器を弾けた方が絶対に良い」というアドバイスには賛成しかねる。制作の速度や作品のクオリティには良いかもしれないが、モチベーションの持続に良いとは限らない。趣味とは多面的なものだ。

[2745] Mar 05, 2017

頭が痛い。先週も似たような頭痛があった。風邪かと思ったけれど、一晩ぐっすり寝たら回復したので、寝不足かもしれない。▼しかし花粉も疑われる。たしかに先週くらいから会社の花粉症持ちがこぞってマスクで出社し始めた。同期の一人は涙と鼻水でひどいありさま。もはや花粉が大挙して舞っていることは明白だ。私は花粉症とはっきり診断されたことはないけれど、人一倍アレルギー症なので花粉に反応してないはずはない。例年、それは軽微な鼻水であったり、目のかゆみであったり、頭痛であったりする。このたびの頭痛もなんだかあやしい。風邪の頭痛にしては鈍い。▼健康なときは少しくらい体調が悪くても時間さえふんだんにあればいろいろ捗ると思い違いをしているが、いざ頭が痛くなると、考えもまとまらないし、筆を進める気にもならないし、およそまともなことは何もできない。こんなときに曲を書いても後で消す羽目になるだけだ。今日はおとなしく寝る。

[2744] Mar 04, 2017

iPadの話。ただし今日は性能や使い勝手ではなく、色について。▼率直に言って、私は買うならローズゴールドが欲しい。全色を見比べてみて、改めてそう思った。単純にオシャレだし、標準色のシルバーやゴールドに比べて、ひとまわりデザインとして完成されている気がする。ローズのニュアンスが強いので、金色特有の成金的ないやらしさもない。素敵だ。▼しかし、ことローズとなると男は素直に飛びつきにくい。実際、googleで「ローズゴールド」と検索すると、検索候補の上位に「ローズゴールド 男」が出てくる。同じような悩みを抱えている人は多いのだろう。マッチョな職場で働く人や、周囲のからかいに晒されやすい学生にとっては、ちょっと深刻な問題かもしれない。▼さいわい私はたいしたしがらみもないので、恐らく自分のセンスを信じてローズゴールドにすると思う。ただ、女性の人気色で中古の値段が高いとなれば、その限りではない。そこは実利が勝る。

[2743] Mar 03, 2017

曲制作。いつもそうだが、行き詰るとプロジェクトファイルを開くのが億劫になる。三十分やそこらでは、どうせCubaseを立ち上げても何も進まないし、今日はやめておこうなどと思って布団に引きこもってしまう。しかし、何かの拍子に時間を得てキーエディタを開くと、行き詰っているなりにあれこれ試しているうち、三十分くらいで光明が見えてくることもある。少なくとも、ノートを置いたり消したりして試聴を繰り返していれば、ほんの少しでも前進はする。あるべき姿に近づいていく。▼この活性化エネルギーの壁を取り払うことができれば制作速度は飛躍的に向上するのだが、それがなかなかできない。行動でしか人生が拓けないように、同じく行動でしか曲は進まないのだが、わかっていてもつい頭の方で考え込んでしまったり、逆に思考停止してヒットチャートを聞き流す受信状態になってしまったりする。創作者共通の悩みとは思うが、銀の弾丸はないものだろうか。

[2742] Mar 02, 2017

シャドウバースに新たなカードパックが追加される。その名も「神々の騒嵐」。いかにもビショップクラスが強化されそうな名称だ。▼一部のカードは解禁に先行して公式から情報が提示されている。新規の客を呼び、疎遠な客を取り戻すためには刺激的なカードが必要なので、この手のゲームはシーズンが変わるたびに怪物が現れてバランスを崩壊させるのが常。このたびも今までの常識を覆す完全無欠のレジェンドカードがすでにいる。雲行きは不穏だ。▼カードゲームに詳しい某氏によれば、すべての世代のパックが使える縛りのないカードゲームは、最終的には「相手にあのカードがあれば負け。なければ勝ち」というジャンケンに収束していくという。格闘ゲームで言うなら、相手の体力ゲージを100%吹き飛ばせる必殺技を、お互いが常に発動可能な状態で戦うようなものだ。どうあれ先に叩き込んだ方が勝つ。その決着の爽快感だけが、ゲームの面白さとして残るわけだ。

[2741] Mar 01, 2017

三月。気が付けば2017年も二か月が過ぎた。クライマックスシリーズの灼熱の記憶から間もないように感じてしまうが、今月からはもうペナントレースが始まる。野球の季節がやってくる。▼ひとつ、決意があるので述べておきたい。去年はベイスターズが勝ったらビールを飲んで良いことにしていたが、今年はそれをやめる。球場へ行かない限りは炭酸水だ。勝ちすぎてしまったというのもあるが、慢性的にビールを口にする習慣自体がそもそも良くない。身体を壊してはスタジアムへも行きにくくなる。本末転倒である。▼長いこと禁酒がつづいたせいか、最近ではたいして酒を飲みたいと思わなくなった。肉と油と砂糖を断っている僧侶のような先輩曰く、身体に悪いものは美味そうに見えるが、食べない期間が長くなると、ある時を境に全く食べたくなくなるという。あこがれの境地である。私はまだ肉も油も砂糖も欲しい。しかし酒なら意志で断てる。ここが手始めである。

[2740] Feb 28, 2017

『騎士団長殺し』が大々的に書店で取り上げられている。横浜の有隣堂も通路ぎわに平積みならぬタワー積みだ。村上春樹の長編としては『1Q84』以来。実に七年ぶりということで、ハルキスト達も大いに盛り上がっている。▼私はというと、文庫化した頃に気が向いていたら読んでみようか、というほどの興味しかない。ただ、もしiPadがノートデバイスとして私の生活にはまってくれて、かつ読書デバイスとしても有能だとしたら、持ちにくいからという理由でハードカバーを遠ざける理由はもはやなくなる。値段の問題は残るけれど、電車でも分厚くて巨大なハードカバーを悠々読めるようになるわけだ。コールハースの『S,M,L,XL』だって、自炊すれば楽々外で読めてしまうかもしれない。▼ハルキ・タワーを横目に通り過ぎながら、帰路、ふとそんなことを考えた。昔、通学電車でコウビルドの英英辞典を開いていた私にとって、巨大書籍が自由に外で読める生活には夢がある。

[2739] Feb 27, 2017

今日は世界中のモバイル産業が集う晩冬のイベント「MWC(Mobile World Congress)」の最新情報をつまみ食い。▼P10/P10 Plusは想定通り。当然のスペック、当然のカメラ、期待通りのHuawei正統進化フラッグシップである。ただ、相変わらず日本での発売は初期出荷に含まれていない。P9もPlusが日本未発売に終わったことを考えると、本命のP10 Plusもお預けになりそうだ。よほどライカのデュアルカメラに惹かれでもしない限り、2017年の選択肢としてはもはや弱い。▼異彩を放ったのは、このところフラッグシップにふさわしいハイエンド機を出せていなかったソニーの渾身の新作、XZ Premium。リーク情報で知ってはいたが、期待通り4Kを復刻させてきた。今度は時期尚早とは言わせない。頭脳もカメラも4Kに見合う装備を整えてきた。機体の感触もレンダリング画像を見る限り無印XZに近そうだ。防水・防塵。非接触充電を捨てても選ぶ価値はある。堂々今年の本命機である。

[2738] Feb 26, 2017

押入れの中に大きな段ボールがひとつ。中には『アカギ』『天』『カイジ』などの福本作品がみっちり詰まっている。昔はいつも何冊か、脈絡なく部屋に散らばっていて、それをふとした拍子に開いて読んだりしていた。部屋割りが今の形に落ち着いたとき、あまりに場所を取るからということで押入れに押し込んだわけだが、ときどき読み返したいと思うことはある。▼スペースフリーでストレスフリーな読書生活への夢が捨てきれず、子どもを抱っこ紐に括り付けて、またiPadを見学に出かけた。新型の発表が近いため、どこも在庫処分の値下げ札をつけている。12.9インチのモデルについては、すでに流通を止めていると聞いた。したがって上手く捌けた大手はたいてい品切れである。今、無理して12.9インチを買う理由はもはや全くない。スタイラスペンの使い心地を試しつつ、10.5インチの登場を気長に待つとしよう。いつかは福本作品も全巻デジタル版で買い直したいものだ。

[2737] Feb 25, 2017

再びカードゲームについて。▼「理不尽な死」と「勝ち筋のない試合」が遊んでいて最も精神を削られる二大要素であることは、多くのプレイヤーに同意していただけることと思う。即ち、それしかないという奇跡を相手が何度もくぐり抜け、プレイングをありえぬ強運で台無しにされるパターンと、ゲームの展開や相手のカードを全て知った上で最適にふるまっても、そもそも勝ち目がないパターンだ。そんな不運を嘆いても仕方がないと重々承知していても、こうした負け方で五連敗、六連敗となると悲しくなる。勝ち筋のない試合が十以上続いたこともあった。さすがに続ける気力はなかった。▼重要なのは、勝率が低いからという理由でデッキを組み替えるとき、勝率計算にこれらの敗北を含めないことだ。内容で勝っていた試合を勝ちと数えてデッキを修正していくと、自然に全体勝率も上がっていく。問われているのは目の前の運の良し悪しに右往左往しない冷静な心である。

[2736] Feb 24, 2017

後輩が言う。二時間と見積もった作業が一日。一日が三日。三日が二週間。もっと速くプログラムを書けるようになりたいです。▼その昔、Y先輩は言った。プログラミングの見積もりを正しく出来るようになるまでの時間は、たぶん君たちが思っているよりずっと長いよ。何度も経験を積んで、十分に盛ったスケジュールを組むようになっても、それでも足りなくなるからね。▼見積もりがどうしてそんなに重要なのか、ピンとこない時代がまず先史時代としてある。そのうち見積もりの正確さこそがチームプログラミングの要だとわかってくる。しかしここからは長い。非常識なほど長く見積もると、それは非常識に長すぎる出鱈目な見積もりになり、常識的に最長と思われる工数はなぜか常に足りない。自分が思い描く速さでプログラムが書けるようになるには、設計と実装の論理を着実に身につけていくしかないのだろう。論理をたたいて磨こう。後輩への私の平凡な回答である。

[2735] Feb 23, 2017

Xperiaの2017年モデル情報がちらほらリークされている。焦らずとも今月28日のイベントで公式に告知があるとは思うが、それでも噂を調べずにはいられないのがフリークというものだ。▼最上位モデルはSnapdragon835を採用。これは現行最強のCPUなのでさもありなん。しかし、ディスプレイ解像度が4Kである点は強烈に目を引く。かつて時代を先取りしすぎて異色の存在とされた伝説的モデル「Z5 Premium」が満を持して復活するということだろうか。もしスペックが額面通りで、XperiaXZクラスのビルドクオリティがあるのであれば、十分今年の目玉にもなりうるだろう。▼昨日、初めてスマートフォンをお風呂に持ち込んでみた。防水ではないので洗面器の上で冷や冷やしながら触っていたが、眼鏡の曇りさえ気にしなければ湯船でのんびり画面を見るのも悪くない。もし今後も常用するなら防水機能はあったほうがよかろう。そういうわけでXperiaにも食指が動いてくるわけだ。

[2734] Feb 22, 2017

子どもがちっとも寝なくなった。▼もともと夜はきまって一時間置きに起きる「超・寝ない子」だった我が子だが、今週に入って寝ない子に加えて「眠れない子」のアビリティも会得してしまった。頻繁に起きるし、起きたらなかなか寝ない。唸るし、喚くし、声も大きい。昼間でも金切り声をあげるようになって、いよいよ本格的なリトルモンスターのていを成してきた。太りすぎず痩せてもいない、ソースのような髪を戴くまるまるした顔につけたあだ名は「たこやき」。つまり今は、たこやきモンスターである。▼身長はあまり伸びないが、みるみるうちに脚が丈夫になってきて、抱き上げると始終足を動かし何かを蹴ろうとしている。仰向けに寝て抱き上げると腹を滅多打ちにされる始末。ちょっと前までは笑って「イテテ」くらいで済んだが、今は鳩尾にでも決まるとリアルに痛い。そのうち父の方が怪我をしそうである。▼寝返りとおすわりはまだできない。成長記録、以上。

[2733] Feb 21, 2017

この頃、会議後のホワイトボードをiPadで撮影して取り込み、議事録代わりにサーバーへアップロードするという形式が流行りだした。iPadで、の部分は適宜撮影機能を持った端末に読み替えて欲しい。私のチームではiPadだというだけの話である。▼小さなミーティングの議事録を新人に取らせるのは効率の悪い話だし、会議中のアイデアや表をドキュメントにまとめ直す手間も馬鹿にならないので、良い方法だとは思う。しかし、個人の所有物に会社の情報を保存することのセキュリティリスクも無視できない。端末の所有者が撮影後に写真を消しているとは限らないし、どんなに善良な人でも何かの拍子に会社を辞めればデータは自然に外へと流出する。どこでクラウドに繋がり、いつウェブの大海に放り出されるかわからない。▼今は上司の許可を得ているが、ひとたび問題が発生すれば禁止になるだろう。電子端末が例外なくウェブに繋がってしまったことの厄介な弊害である。

[2732] Feb 20, 2017

頭痛、風邪気味、お腹が緩いときて、今度は左目にものもらいが出来た。やはり体調不良は一気に来る。▼ものもらいが出来たのは、日記によれば去年の八月以来。とはいえ前回よりはかなり痛い。病院へ行きたいが明日は歯科医。様子を見てダメそうなら会社を休んで病院をはしごすることになる。いつもいつも首から上が悩ましい。▼悩ましいのは手元の曲も同じこと。落としたテンポを上げられなくて困っている。今の私の技術では低速のまま持たせられるのはこのあたりが限界で、空気を変えなければならないとわかっているのだが、その空気の変え方が難しい。どう誘導しても流れを加速に持っていけない。こういうとき、思い切ってぶった切るという選択肢を取ったことはなかったが、今回は万策尽きたので断絶の方向も模索している。ピンチはチャンス。もしかしたら新しい技を身につけるかもしれない。▼ただ、ものもらいは何のチャンスでもなさそうだ。早く治したい。

[2731] Feb 19, 2017

巷で話題の『けものフレンズ』無料公開の一話を観る。まあ、面白い。クオリティ云々で言ったら粗い出来かもしれないが、今時作品は品質だけで流行る時代ではない。それはもう各々PPAPで身に染みているはずだ。シンプルで、わかりやすく、オリジナリティがあり、語感がよく、口に馴染み、汎用性が高いこと。インターネット・ミームに上手く乗るための条件は満たしている。▼それに、こういう素朴だが肯定感の強い、絵本のような世界観のアニメは、アニメが「質」を求め始めて以来、しばらく失われていたような気もする。元気にはしゃぐサーバルを見ていると、なんだか「しまじろう」の記憶が呼び起こされるようだ。▼あとづけの考察ではあるが、『けものフレンズ』はゼロ年代からつづく高品質なアニメの追求につかれた人びとが、肩の力を抜いて懐かしく盛り上がるには格好の素材だったのかもしれない。アンパンマンだって、大人が見ても十分面白いのだから。

[2730] Feb 18, 2017

しばらくと言いつつ二日後だが、それなりプレイしたので『スターホースポケット』二回目の感想を書く。▼現在育成は四代目。初期馬補正の有無は知らないが、やはり初代が怪物級だったようで、二代目以降はそうそう勝てなくなった。もちろん素質馬の仔なので駄馬ではないしオッズも出るのだが、一番人気だろうと一倍台前半だろうと、とどのつまり勝てない。実はもっとも初代補正を疑っているポイントがここである。初代はオッズに対してあまりにも勝ちすぎていた。そうして、二代目以降はオッズに対してまったく勝てていない。自分以外の馬でしこたま馬券を買っていれば無限にメダルが増えていきそうなバランスである。もしかすると、厩舎ランキングに載っている非常識なほど巨額な馬券回収額は、同じやり方で成されたものなのかもしれない。▼とにかく課金は様子見しつつ緩やかに続けてみる。あまりに初代越えできなければ、あっさり飽きてしまうかもしれない。

[2729] Feb 17, 2017

昔は炭酸水など苦手だったが、会社の自販機に『ゲロルシュタイナー』がラインナップされたことで、好奇心から飲んでみる機会を得た。最初の正直な感想は「あんまり美味しくない」である。しかし、炭酸が抜けないようキャップをきつく締め、かつできるだけ一気飲みするように心掛けたところ、悪くはないかもと思い始めた。糖分もなく、ただ水分を補給しつつ手軽に気持ちをリフレッシュできる便利な飲料。ようはビールのような気分で飲める水であろう。▼ほどなくして、最寄りのコンビニでウィルキンソンのコーラ風味炭酸水を手に取ってみた。こちらは文句なく美味い。これなら午後の気分転換に最適と、昼飯後にウィルキンソンを抱えて会社に戻ることが増えた。お茶のようにちまちま飲まないので、開封後に二、三口でがっつり飲んで、それきり二時間以上は水分を取らないようにすることで、水の過剰摂取も前よりマシになった気がする。しばらくはまっていそうだ。

[2728] Feb 16, 2017

往年の名作メダルゲームがついにアプリ化。待望のスターホース・アプリ『スターホースポケット』を始める。▼プレイフィールはかなりアーケードに近く、行動力を馬券で増やせるメダルと同一視している点も好印象。ただ、全体的に難易度が低く、ランキングにはすでに生涯五十勝の化け物がいたり、千万枚越えの馬券を的中させた厩舎がいたりで、序盤のバランス調整はしくじっている感がある。私の初期馬もすでに桜花賞、英ダービー、秋華賞、エリザベス女王杯、キングジョージまで勝っている状態で、次は凱旋門賞に挑もうかというところ。早期離脱者を出さないよう最初にSSRを引かせて強い馬を持たせるのはスマホアプリの定石だが、それにしてもスタートダッシュが効きすぎて早々に飽きそうな気配も漂っている。初期馬を失った後は急に苦戦を強いられるとしたら、それはそれでやる気をなくしそうなものだ。▼ともあれ、しばらくプレイしてからまた感想を書く。

[2727] Feb 15, 2017

保育園の月謝引き落とし用に三井住友銀行の口座をつくる。いつものジャパンネット銀行は引き落とし可能な銀行一覧に含まれていなかった。こういうところが大手の強みだ。私も今回のことで、三井住友の方をメインバンクにしようと思っている。給与振込先も変更するつもりだ。▼もともとジャパンネット銀行を開設したのは、JRAのIPATに入金するためだったと思う。加えて当時はウェブサービスの充実した銀行はジャパンネットくらいしかなかった。今は馬券を買うこともほとんどないし、大手銀行もウェブサービスやアプリを充実させているから、ジャパンネットにこだわる理由はさほどない。それどころか今日聞いた限りでは、アプリの使い勝手や振込料の優位はすでに三井住友の方が上という印象を受けた。本当にそうなら、申し訳ないがもはや移転の一択だろう。▼カードのデザインは悩んだがクラシックな緑と灰色のツーラインに。財布の中で目立ちそうだった。

[2726] Feb 14, 2017

下唇の裏側に小さくて透明なふくらみが出来た。同じ場所、二度目である。口内炎ではないし、痛くもない。調べてみると粘液嚢胞と言う症状だそうだ。▼人によって大きさも程度もさまざまだが、通常、数ミリ程度の小さな嚢胞なら一ヶ月ほどの放置で勝手に治るという。ただ、症状が治まらない場合や肥大化した場合、あるいは同じ場所に再発を繰り返す場合は、根本から嚢胞の原因を取り除く外科的治療が必要だそうだ。私の場合、サイズは小さいものの同じ場所に二度目なので、再発を繰り返しているとまでは言えないが楽観視はできない。▼嚢胞の存在に気付いたのが寝起き。上述のあれこれを調べたのが朝。そうして一ヶ月は我慢しようと覚悟して出社したところ、ふと舌触りが朝と違うことに気がついた。トイレの鏡で見ると、嚢胞は早くも潰れていた。潰してはならぬと医者のブログは書いていたが、故意に潰したわけではない。どうか自然治癒ということにしてほしい。

[2725] Feb 13, 2017

三月に新型iPadが出るので買うつもりだ、と後輩が言った。言われてみればそんな品が出るのだった。去年いろいろ調べて、ついにiPadは買わないことに決めて、それきり忘れていた。▼しかし、いい機会なのでiPadまわりの情報を再追跡してみたところ、後輩の言う三月発売という確定情報は見つからなかった。信憑性は高いものの、第一四半期には投入が予定されているらしいという噂にとどまる。結局、去年の十一月に記事を書いた段階から、ラインナップにも投入時期にも追加の情報はたいしてないということだ。▼どんな業界も新製品が出なくなると衰退する。Windows Mobileはマイクロソフトがまだ頑張っているが、iPad以外のタブレットはそろそろあやしい。果たしてタブレット派は大画面スマートフォンで妥協し始めたのか、軽量化著しいラップトップへ回帰しているのか、それともアップルに一極集中しつつあるのか。いずれにしても命運は向こう三年で決まるだろう。

[2724] Feb 12, 2017

以前、右手の中指をばっさり切った縁の鋭いダイニングの照明で、今度は頭を切った。掃除機をかけていて、頭上に注意が向いていなかった。しばらくは衝突のショックでうずくまっていたが、やがて起きてティッシュをあてると鮮血の赤。やってしまった。▼さいわい髪のおかげで傷はそこまで深くなかった。絆創膏を貼るわけにもいかないので、ひとしきりティッシュで拭った後、油薬を塗ってごまかす。今でも触ると痛いが、一週間もあれば綺麗に治るだろう。▼ともあれ、ダイニングの電燈が危険だという認識は強固なものとなった。何かの塩梅で子どもが怪我をする前に手を打たねばならぬ。今の照明を巻き上げて位置を高くするか、今後の電気代節約を見込んで新品のLEDを買うか。嫁さんが近所の電気屋さんから持ってきてくれたお値打ち品のパンフレットには、8畳で3万から5万とある。思ったより高い。今後十年使えるなら吝かではないが、ここは慎重に考えたい。

[2723] Feb 11, 2017

シャドウバース。初心者は最初にAランクを目指すべきと言われたので、通勤時間でAランクまで駆け上がってみた。ランクマッチの勝率は七割前後。順風満帆な昇進生活だったと言えよう。▼さて、Aランクに昇格した途端、まったく歯が立たない。現在の成績は20戦4勝。相手の事故以外は全て負けている状態である。見事に上位ランクの洗礼を受けた形だ。カードが来なくて負けるなら運の偏りで諦めもつくが、カードが来ても負けているのでプレイング技術の問題と言うしかない。第一、主戦のデッキ自体は上位ランクでも通用しているレシピである。自分ではミスと思っていないが、厳密ではミスと言えるようなプレイがどこかにあるということだ。▼ただ、ランクがひとつ上がっただけで勝率が七割から二割へ落ちるのも妙だし、リプレイを見る限り、相手の引きが完璧で、こちらが未来を知って最適に立ち回っても勝ち筋のない試合が多い。悲観せず技術を磨いていこう。

[2722] Feb 10, 2017

自分が格好良いと思う絵を実現するために企画を立てる。これは何も間違っていない。大きな計画を立案して成し遂げようと思ったら、理屈より思い入れから始めた方が成功する可能性は高いだろう。しかし、ひとたびその企画の実現に一歩を踏み出したなら、いちど格好良さについては忘れなければならない。格好良いと思う絵から攻めれば、確実に失敗する。いかなる作品においても、機能の欠如した格好良さというものは作者の頭の中にしか存在しないからだ。着想は憧れからでも大いに結構、しかし実装は常に論理から始めねばならぬ。▼この鉄則を踏み外してしまうと、作者のエゴとメルヘンが跋扈するつぎはぎだらけのキメラが誕生してしまう。しかも性質が悪いことに、それはしばしば作者本人にとっては格好良く見える――自分の憧れが100%実装されているために。もはや手遅れだ。出来上がるのは退屈で、つまらない、平凡な、まさに自己満足の産物となるだろう。

[2721] Feb 09, 2017

TCGは結局引き運のゲームなのかという、よく言われる話への回答。▼もし二人のプレイヤーが期待値的に最強のデッキ「しか」組めず、確率的に最適な立ち回り「しか」できないのであれば、答えはイエス。しかしどちらか一方の条件が満たされないなら、TCGは運のゲームではない。相手のデッキに偏りがあり、相手の立ち回りに最適を逸れる意図があるなら、そこには必ず駆け引きが発生する。プレイングからデッキの構築タイプを推測し、相手の狙うフィニッシュの形を読み、裏をかくことができる。もちろん、そのまた裏をかくこともできる。これは「運ゲー」とは言えない。▼各カードが持つ特性の深い理解、特殊な戦法に対応する知識、敵の狙いを見抜く洞察力、山に残るカードの把握と確率計算。諸々すべて終えて、読みとギャンブルを経た先に、ようやく運がある。運の要素は実は最後に座っているのだ。諸々を飛ばす人には最初に運があるように見えるのである。

[2720] Feb 08, 2017

某システムのクラスを設計し終えて一息ついていたら、基底クラスが別のコンパイラでエラーを吐くと警告が来た。試してみるとたしかにビルドが通らない。原因を調査してみたら、クラステンプレートの関数宣言に(void)が書かれていて、これがmay not have valueだと怒られている。なんてこった。▼その昔、引数を取らない関数宣言を()でなく(void)と書くのは、関数の呼び出しと宣言を検索時に区別できるからだと教わった。当時はもっともだと思った。しかし、最近のコンパイラは、この書式をエラーと見なすよう変わってきている。今回はまだ通常の(void)関数宣言は許されるコンパイラだが、該当箇所がかなり複雑なクラステンプレートだったので、たまたま(void)が解釈できない状態になってしまったのだろう。▼見やすさや検索しやすさのために冗長な装飾句を書くべきでないと言われればごもっともである。これを機に直近のコードからは(void)を削除した。さらば。

[2719] Feb 07, 2017

ちょっとした必要に駆られて古い曲を二つ、倉庫ディスクから引っ張り出してピアノ音源で再生してみた。▼どちらも元々ピアノ曲ではないので、当然のように手は届かないしベロシティはめちゃくちゃ。まともに鳴るはずはないと思っていたのだが、二曲のうちの片方は案外そのままでも楽しく聴けた。弦楽器のアーティキュレーションに合わせた大袈裟なベロシティ変化も、けっして自然ではないが、こういうやり方もあるかと思わせる示唆的な仕上がりになっている。ピアノでは絶対にしない調整のあり方が、見ていて逆に面白い。▼一方、もう一曲はダメダメで、本当に元音源が曲として成立していたのか疑わしくなるほど聞き苦しかった。結局のところ、前者の方がもともと完成度は高かったわけだから、このたび元音源の調整というベールを剝がされて、出来栄えの差がいよいよ顕著に表れたということなのだろう。良曲はどんな音で鳴らしても、ちゃんと楽しく聴けるのだ。

[2718] Feb 06, 2017

『グラップラー刃牙』で若き渋川剛気が護身流合気柔術開祖・御輿芝喜平に「真の護身とは!?ご教授下さい!」と迫るシーンがある。開祖の答えて曰く「そもそも突かれたらこう躱す、蹴られたらこう捌く。このような些末な技術にとわられているようでは下の下。真の護身を身につけたなら技は無用。真の護身が完成したのなら危うきには出逢えぬ。己の危機に気付くまでもなく危機へ辿り着けぬのじゃよ。」▼これはまさしくプログラマの訓戒でもある。こんな問題が発生したらこうアプローチする、こんなバグが出たらこう直す。そんなデバッグ技術にとらわれているうちは下の下。真のプログラム技術を身につけたなら、バグには出逢えぬ。▼プログラムを「バグらない」ように書くという心がけも大事には違いない。しかし、所詮人のする事、バグらないように書かれたものはバグる。上を目指すなら「バグれない」ように書くべきであろう。これが今の私のポリシーである。

[2717] Feb 05, 2017

誕生日当日。ちょっとだけ体調を崩してしまった。といっても寝込むほど熱はなく、カロナールを飲まなければならないほど酷い頭痛でもない。身体は動く。ケーキも皆で買いに出かけられた。予定通り、ゆっくりした誕生日を過ごせたと思う。▼長らく進捗の止まっていた長編曲の方も、また緩やかに動き出した。打ち込みの天敵ルバートに散々苦しめられたが、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返したおかげで、Cubaseのテンポトラックが示す線の形状と脳内のリズム感をだいぶ合わせられるようになった。結局、あまり揺らしても曲調に合わないということで、十数か所も調整したルバートは二か所しか生き残らなかったが、その二か所はきっちり仕事をしているし、必要十分な揺れ具合に落ち着かせられたと思う。慣れない仕事と向き合ったおかげでテンポの扱いも前よりずいぶん良くなった。MIDIキーボードを使わない打ち込み屋さんとして、またひとつ成長できた。

[2716] Feb 04, 2017

明日は誕生日。▼当日を迎える前に、ここ最近は毎年誕生日に何をしていたのか気になって「Feb 05」で検索をかけてみた。去年は誕生日について触れていない。マクドナルドの北海道なんとかバーガーに苦言を呈している。一昨年は日付変更ぎりぎりの帰宅、仕事が忙しかったらしい。三十になれば特別な感慨を覚えるかもと期待した心は一年越しで裏切られている。三年前はまだビートマニアの現役プレイヤーだった模様。仕事はやや緩めのようだ。四年前、誕生日にのんびり過ごせたことはないと書いている。つまり、これ以前は毎年繁忙期と重なっていたのだろう。▼してみると私は、三年前以外は誕生日を平和に過ごしていないらしい。ならば今年は社会人になって二度目の心穏やかなバースデーということになりそうだ。しかもちょうど日曜日。今日のうちにやるべきことはほとんど片づけた。子どもを抱いてケーキでも買いに出かけつつ、ゆっくり休ませてもらうとしよう。

[2715] Feb 03, 2017

某先輩の嘆き。曰く、社会の要請、社内休職率の具合に鑑みて残業規制が入るのは、とんだ「とばっちり」である。強要されているわけでもないのに無理をして身体を壊す人が悪い。働けて働きたい人には働かせてくれよ、と。▼私は「毎日定時」を目指して働き方がホワイト化していく流れには賛成だが、先輩の言い分も理解できなくはない。やるべきときには時間を忘れて仕事に没頭したいという人もいるし、そうすることで集中力を高く保つことのできる業種も、たしかにある。先輩のように頑丈な人なら尚更だ。数年間、彼が体調を崩して会社を休んだことは、私の知る限り一度もない。そうして総労働時間は部内トップクラスである。まさに鉄の人だ。▼社会の風向きが勤労健全化に向かい、組織が働き方のルールを「最も働けない人」に合わせる時代にあっては、先輩のような人は組織を抜けて自営に行くべきという、昭和の時代とは真逆の感覚になっていくのかもしれない。

[2714] Feb 02, 2017

今年こそ有言実行の人となろう。早速、古い400のコードを解読してみた。▼原因はすぐに判明。データファイルは常に「現在の次の月」がなければ作るようになっているのだが、十二月に次の月はないので一月分だけは一月に作成している。もちろん明々白々な間違いだ。一月に一月の分を作ったら、二月には三月の分しか作られない。だから二月になるとファイルが見つからなくなる。当たり前の話である。▼そもそも次の月を作る理由がどこにあるのか。N月はN月のデータファイルを作ればいいではないか。例外処理も何もいらない。八年前の自分が何を思い、何を考えてこんな回りくどい方法を取っていたのかは思い出せないが、ざっと見た限り問題があるとは思えないので、ひとまずN月はN月のデータを生成する方式に変更してみた。問題が起こったら直せばいい。八年ぶりのアップデートである。▼ちなみにトップページの一番下に検索機能があること、ご存知ですか?

[2713] Feb 01, 2017

毎年恒例の二月一日に400がバグる問題。今年もまた忘れていて、見られなくなっていると指摘を受けてしまった。直します。直しますとも。▼しかし今回は思いがけず苦労した。というのも、パソコンを変えたときにFTPクライアントのCyberduckを引き継ぎ忘れたため、サーバーへの接続設定が失われてしまっていたのだ。ユーザーIDとパスワードはうろ覚えながらなんとか正しい文字列を思い出せたのだが、肝心のサーバーアドレスがわからない。古いハードディスクの内容をまるごと放り込んだバックアップをgrepして、しばらくしたところでようやくアドレス入りのメモを見つけることができた。実に危なっかしいアナログぶりである。▼一昔前では考えられないことだが、今のご時世、大事なデータはクラウドで保存するのが最適と言わざるを得ない。メモもOneDriveに投げ入れた。子どもの写真や動画もクラウドのおかげで失われずに済んでいる。クラウドさまさまである。

[2712] Jan 31, 2017

『シャドウバース』の2016年度売上は110億円だったという話を聞いた。凄い数字だ。パッケージゲームが同じ数字を叩き出すにはダブルミリオンを売らなければならない計算である。国内はポケモンクラスでなければ到達しない本数だ。並大抵のタイトルではワールドワイドでも厳しい。▼しかし、本家ハースストーンを除けばカードゲームアプリでは最高峰とも言えるシャドウバースで年商100億というのは、冷静に考えるとそれほどバブリーな数字でもないように思える。トップ3が根こそぎパイを攫っていく世界の勝者として十分な報酬を受けているとは言いにくそうだ。まして今のアプリは、黎明期のように数人が数週間で完成させられるような代物でもない。製作費は億単位だし、広告を含めたランニングコストも膨大である。余裕綽々の勝ち組に見える大手メーカーでも、もうひとつ課金額を上積みしたいところだろう。▼私もそれに少しは加担するかもしれない。

[2711] Jan 30, 2017

懇意にしていた服飾店の店員さんが退職すると聞いた。ビジネスバッグとカジュアルの一張羅を購入したくらいで、その後は度々のセールスにものらりくらり。スーツの上下を仕立てる話も棚上げになったままで、向こうからしたら上客というわけではなかっただろうけれど、ときどきとはいえ子どもが生まれる前から夫婦で訪れていただけに、少し寂しい気もする。最後に、五か月になった子どもの姿を見てもらった。いつもは愛想のいい子だが、眠くてお腹がすいていて、なんとも仏頂面だった。▼形式上、担当者の引き継ぎも行われたが、もう前のように訪ねることはあるまい。もとより普段使いには少々背伸びしすぎなブランドであったから、行きつけの店のランクを落とすにはいい機会になる。夏冬それぞれ一着か二着くらいは新しいシャツが買えて、必要なときに可能な予算でジャケットやコートが手に入り、コーディネートの信頼できる店員がいる店。もちろん横浜がいい。

[2710] Jan 29, 2017

川崎大師へ行く。毎年恒例の初詣ながら一月中に訪れるのは数年ぶり。久々に人で溢れる参道の商店街を歩いた。▼本日の護摩焚きは初めての三人分。つまり息子の分がひとつ加わる。我々のお願いはいつも災厄消除だが、赤ん坊には身上安全を勧められた。たしかに赤ん坊に降りかかりうる災厄のほとんどは身の上を脅かすものだろう。身上安全ならば即ち災厄なし。無事健康に育ってくれれば十分だ。▼護摩焚きの後は出店へ。たこ焼き、フランクフルト、じゃがバター、チョコバナナを食べる。他にも焼きそばや広島焼、リンゴ飴や、串焼きなど食べたいものはたくさんあったが、案外量が多くてチョコバナナのあたりで腹八分になってしまった。夕飯を食べて帰る予定もご破算になって、まっすぐ帰宅した次第である。▼それにしても土日の連続外出は足腰に響いた。明日からの一週間は負担を減らすようにゆっくり歩こう。どこかでジャケットを探しに東京へ繰り出せたら良い。

[2709] Jan 28, 2017

職業柄、仕事でフォーマルな格好をしなければならない機会は年に数度もない。あったとしても昇進試験や忘年会など社内でのイベントばかりだから、多少ヘンでも就職活動のときのスーツで事足りる。▼しかし今年はひょんなことから社外に赴く仕事をひとつ仰せつかった。しかもスーツでは堅すぎるので、カジュアル寄りな格好が望ましいという。要するにジャケットだ。ジャケットがいるのだ。昨年、あれほど丹念に調べてオーダーメイド先まで決めておきながら、ついに予算が取れず作るに至れなかった、あのジャケットである。やっぱり買っておけばよかった。▼ただ、幸か不幸か、今年は他にも「堅苦しくないフォーマルな格好」を求められるイベントがひとつある。腹をくくって一張羅を仕立てるには悪くないタイミングだ。パソコン新調と内祝いで財政難の折、財布の方のタイミングはきわめて悪いが、仕事のことだし背に腹は代えられぬ。ディスプレイが遠のきそうだ。

[2708] Jan 27, 2017

お風呂の中に赤ちゃん用のおもちゃを二つ、常備している。ひとつは黄色いあひる。口から水を吸って同じ口から水を吹く。もうひとつは青いクジラ。左右の穴から水を吸って背中から水を吹く。▼この通り、どちらも水を吸って水を吐く噴水系のおもちゃだが、遊具としての質はずいぶん違う。第一に、あひるはきちんと浮かない。自重と浮力のバランスが考慮されていないので、水に浮かべようとすると倒れて頭が沈んでしまう。こうなるとただのゴムボールと変わりない。第二に、あひるは下向きにしないと水を吹けない。身体の素材が柔らかければ直立した状態でも水を押し出せそうなものだが、実際はかなり硬い素材で出来ているので叶わない。水中で水を吸わせて、上から下へ水を吹き出す。やはりただのゴムポンプである。▼こんなことならあひるは水など含むようにせず、たんにあひるらしく水面に浮いてくれればよかったのではないだろうか。ちょっと残念な子である。

[2707] Jan 26, 2017

今月初め頃。某銀行のウェブ手続きをしようとしたところ、生年月日が違うため通らないと言われた件を書いた。その後、銀行から審査の件で電話がかかってきたので、試しに生年月日のことを問い合わせてみたところ、なんと昭和62年2月5日で登録されていると言う。私は昭和61年生まれ。口座を開設するとき、自分の生年月日を間違えて書いたとは考えにくい。オペレーターも、恐らく私共の手違いだと思いますと答えていた。稀にあることなのかもしれない。▼それなら今度から申請には62年を使いますと言うと、正しい生年月日でご申請いただかないと審査できかねますと言われた。まあ、それはそうかもしれない。しかし、電話口での修正は不可。登録された生年月日を直すには窓口までお越しくださいとのこと。私共の手違いと言うわりには手間をかけさせられる。なんだか釈然としないが、愚痴を言っても仕方がない。どこかで半休を取得して訪問せねばなるまい。

[2706] Jan 25, 2017

ディスプレイ新調戦記。吉報が舞い込んだ。LGの38UC99が国内でも正式に販売開始されるそうだ。十日前、MX38VQと比べたとき38UC99は国内販売未定なところが隙になると書いたが、これで隙はなくなったことになる。MX38VQについては、会場レビュー動画で関係者らしき人物が1199ドルと話している動画もあったので、LGよりも安価な38インチとして台頭する可能性もなくはないが、無駄なQiとVESAなしに耐えるほどの価格差ではない。▼販売開始予定日は二月十日。すでにAmazonではマーケットプレイス商品が出回っているが、正式販売後の方が価格も下がるし、たかだか二週間程度を待てずに国内正規保証を失うのは割に合わないので、いま手を出す必要はない。国内発売されれば中古品も出回りやすくなる。当初の戦略通りヤフオクでドット抜けのない新古・中古が出品されるのを待つのもよさそうだ。保証と安心。個人輸入もいいが、なんだかんだで正規代理店さまさまである。

[2705] Jan 24, 2017

摂氏一度。帰り道、ラインが来たので携帯を取り出したら、あまりの空気の冷たさに手が凍り付いた。気温以上に体感温度が低かった。風もないのにしんしんと冷える。関東というより北海道の寒さである。もっとも、その北海道は関東の比ではなく、モスクワ並の極寒だったとか。今年の冬もいよいよ全盛期だ。▼会社の大先輩がひとり辞めることになった。長らく本当にお世話になってきた上司である。先輩や同期や後輩が辞めるのは何度も見てきたし、もはやいつ誰が退職のお知らせを送信してきても驚かない心構えにはなっていたが、さすがにこれほどの重鎮の退職とあっては動揺を隠しきれない。同期の間にも激震が走った。「知ってた?」「いや……」急に決めたことではないそうだが、あまり人には話していなかったようだ。▼理由は又聞きになるが、管理職に飽きたので現場に戻りたくなったという。ありうる話だ。尊敬すべきプログラマであり、マネージャーであった。

[2704] Jan 23, 2017

『シャドウバース』をはじめる。いまやカードゲームアプリの代名詞とも言える人気タイトルだ。今更はじめた理由は実に単純。職場でよく飯を食べに行く面子が揃って遊びはじめ、ついに昼飯時まで対戦するようになったからだ。しばらくは岡目八目、二人の手の内を見比べて楽しんでいたが、そこそこルールもわかってきたし、ゲーム自体も案外面白そうなので私も乗ってみたわけである。けっして寂しかったわけではない。▼さて、遊びはじめて数時間でルールはわかり、翌日の今日、すでに楽しくランクマッチをプレイしている。基本ルールはシンプルで、複雑な要素は特殊なカードに詰め込まれているので、遊べるようになるまでのステップが非常に少ない。数字の足し算と引き算だけで白熱できるようになったら、そのあと特殊効果に手を出していくという導線がちゃんとできている。課金でしか手に入らないカードもなく、無課金勢の心も鷲掴みだ。さすがと言うしかない。

[2703] Jan 22, 2017

サブウーファーを手放すことにした。長い付き合いのようで、実際に稼働していた期間は意外に短い。A7XからSC203へ移行したことで大型のウーファーは不要になったし、それでなくとも300Wの大出力。はっきりいって普通のご家庭にはオーバースペックすぎた。音量つまみは常に最低付近である。もっと自らの力を開放してくれるスタジオで活躍した方が幸せだろう。▼英国のウェブサイトで見つけた特価品を日本に送ってもらうようチャットで交渉して手に入れた格安品なので、価格は当時より遥かに値上がりしている。ただ、どのオークションサイトを見ても中古品の販売実績があまりない。個人輸入品な都合、電源ケーブルも適当な125V/7Aを代用している品ではあるし、このさい新品の1/3程度でいいから引き取ってもらえれば御の字だ。ちなみに、近所のリサイクルショップに買取の見積もりを出してもらったら一万円と言われた。さすがに却下。新品価格の1/10では売れない。

[2702] Jan 21, 2017

研究室の交流会へ行く。毎年恒例の行事だ。繁忙期にぶつかって参加できないことも多いが、今回はちょうど余裕のある時期にあたってくれた。▼どんな人が来ていたとか、誰とどんな話をしたとか、そういうことを書くには文字数が足りないので一切省く。ただ、夕方五時半から開始して九時半に解散するまで、立ちっぱなしで会話に興じるのはいささかつらかった。立ち食いパーティーが交流会の最適なスタイルであることは認めるが、それにしても四時間は長い。二時間か、せいぜい二時間半程度で一旦区切って、あとは興味のある者同士で座れる二次会へ行くのがよいのではないか。少なくとも、自分がいつか会を主催するときはそうしようと思った。▼しかし、朝から頭が痛い。若干、体に無理を押して参加した節もある。禁酒中ゆえ酒は頑なに飲まなかったが、会話に夢中でたいした食事も取れなかった。悪化してはまずいので今日はおとなしく寝ることにする。落ちもない。

[2701] Jan 20, 2017

正面には88鍵キーボードと巨大なミキサー。マルチディスプレイは見渡す限り。その向こうには黒々と鎮座する大型の高級モニタースピーカー。そんな部屋のありように何となく憧れていた。別に、それらを使って何かをするという明確なイメージが頭の中にあるわけではない。少年がコックピットに憧れる気持ちと同じである。なんだかかっこいい。それだけで憧れるには十分だ。▼ただ、現実の私は、相変わらず88鍵キーボードではなくただのキーボードに、そしてミキサーではなくマウスに向かって、今日もちくちく音を打ち込んでいる。入力に鍵盤を使う試みは何度も失敗して、もはや諦めた。ピアノが弾ける人なら手クセで面白いフレーズが生まれたりするのだろうが、弾けない人がやたらに鍵盤を叩いたところでクリック以上に良いものができるわけでもない。どうせ時間がかかるのは構成と調整である。私は楽器弾きでも楽譜屋でもない。ただの打ち込み屋さんなのだ。

[2700] Jan 19, 2017

昼食。同僚のiPadで雑貨紹介の雑誌を見ていたら、こんなアオリを見かけた。曰く「朝のティーシーンを華やかに……」云々。▼ティーシーン。なんというパワーワードだ。思わず笑ってしまった。ティータイムならまだわかるが、ティーシーンである。朝、紅茶を飲む。凛としてさわやかなリビングで。出社までは何十分もある。ソファに腰を沈めてお気に入りの雑誌を開きながら、悠々とした優雅な時間を過ごすセレブな私――そんな価値観が透けて見えるような言葉ではないか。このティーポッド、朝のティーシーンにぴったりかも……。自らの紅茶の時間がシーンになるという客観視。まるで映画の登場人物になったような気分である。▼断っておくが、馬鹿にしているわけではない。逆だ。手放しに誉めている。この言葉の響く人が、この商品の見込み客なのだ。ピンと来ない人は、すなわち私のような冷めた人は、どうせ買う人ではない。さりげなくも秀逸な言葉選びである。

[2699] Jan 18, 2017

とあるEDMのCDを聴く。音作りは丁寧で素晴らしいが、なぜかどの曲も好きになれない。どれもこれも、どこかで聞いたことのあるフレーズを、どこかで聞いたことのある展開で、繋ぎ合わせていっただけという気がする。よく出来ているのに、面白くない。それはもちろん、話として面白くないということでもあるが、それにしてもどうしてここまで好感を持てないのか。気になったので、三周以上通しで聴いてみた。▼ひとつ気づいたことがある。各曲、作者に苦しんだ形跡が全くない。どれも短時間であっさり作り上げられたクレバーな一品に聴こえる。苦しんで、悩み抜いた結果、上手くいかなかったところがあって、それが味になっているというような、そういうところがまるでない。人間味がないのとは違う。ただ、丹念に育てられたという感じがしないということだ。つまり、愛情が感じられないということだ。作者すら愛していない品を、聴き手が愛するのは難しい。

[2698] Jan 17, 2017

良質なたんぱく質が食べたいという同僚と松屋へ行くも満員御礼で入れず定食屋へ向かった昼の話。▼良質なたんぱく質というのは、質の良いたんぱく質のことだろう。しかしそれでは――松屋がそうだと言うのではないが――質の悪いたんぱく質は「悪質なたんぱく質」だろうか。はて、どうも違う。悪質なたんぱく質と言うと、摂取したら身体に深刻な害を及ぼしそうな響きである。▼良質なプログラムは質の良いプログラムだ。しかし、悪質なプログラムはウイルスであろう。良質はシツの良いことだが、悪質はシツが悪いのではなく、タチが悪いらしい。では単に質が悪いことを言いたければ何か。もっとも近いのは「低質な」だろうが、今度は「高質な」という表現があまり一般的ではない。まさしく慣用の世界である。言語はやはり、このあたりの呼吸が実に難しい。▼そんな会話をしながら定食屋で食べたのは、たんぱく質ならぬ炭水化物満載のチーズ焼きカレーであった。

[2697] Jan 16, 2017

eBayで高額な商品を購入しようとしたところ、Paypalから「本人確認しないと10万円を超える支払いはできない」と言われた。いつからか規約が変わったらしい。そういうことなら仕方がない。パスポートも運転免許証もないので本人確認は何かと面倒だから、他で買うことにしよう。そう思っていた。▼ところが今日、eBayからメールが届いた。他ならぬ高額商品の請求書である。どうやらPaypalの決済は認められないが、eBay側の購入はすでに確定していたらしい。言われてみれば理不尽なことはないが、支払方法がPaypalしか認められていない出品である以上、詰んだことになる。▼仕方がないので相手側に事情を説明し、かなり時間がかかると言われている本人確認を待ってもらうか、申し訳ないが待てない場合は購入を取り消してほしい旨を伝えた。今後のことを考えればPaypalの確認は済ませた方がよいのかもしれない。キャンセル料を払えとか妙なことになりませんように。

[2696] Jan 15, 2017

LGの38UC99が国内販売されないか、はたまた中古でドット抜けのない品が出回らないものかと情報収集しているうちに、ASUSからLGと同じ37.5インチパネルを使ったMX38VQの発売が告知された。価格は未定だが二月発売を予定とのこと。わりあい近いが、ASUSなので三月もあると思っていい。▼パネルは38UC99と同じ型番と予想される。MX38VQの方はQi充電可能なスタンドが売りだが、オマケ程度で訴求力は低い。38UC99に比べるとFreeSync対応も失うし、さりとてG-Syncも未対応。しかもあいにく私のPCケースは天板にQi充電ポートがついているので、どちらかが無駄になる可能性大だ。さらに背面画像からはVESA非対応すら疑われるということで、ASUS側を選ぶ理由は何ひとつなさそうだが、38UC99はいまだに国内販売の目途が立たないところが隙。MX38VQがLGの並行輸入品に比べて安い価格で正規販売されるなら、欠点に目をつぶっても選ぶ意味はある。まずは価格発表を待ちたい。

[2695] Jan 14, 2017

LINEのWindowsアプリを入れてみた。PCに集中していると携帯に届いた着信を見逃すことが多いので、目の前の画面にも何か通知が来るようにしたかったわけだ。音を鳴らす設定にすれば通知に気づかないことはまずないし、スタンプを含めて基本的な応答・返信操作はアプリ上で出来てしまう。なかなか便利である。▼しかし、未だに連絡ツールの統合が果たせないのは歯がゆい。とくに悩ましいのはLINEとSkypeの共存だ。LINEを連絡手段としてはプライベートすぎると感じている人、ないし既読通知の苦手な人は、どうしてもSkypeから出てこない。一方、Skypeはスマートフォンやタブレットなどモバイルデバイスを連絡手段の要としている人からは煙たがられる。そういう人々が半径一歩に混在する限り、私は常に両方の着信をチェックしなければならないわけだ。▼いっそのこと通信連絡系のインターフェース部分だけを司るフロントエンドが出来てくれればいいのにと思う。

[2694] Jan 13, 2017

タスクバー。あなたはどこに置いているだろうか。▼私は長らく下に置いていた。デフォルトのまま変えなかったということだ。しかしディスプレイの新調にあたって、ふとここに考えが及んだ。3840x1600の登場に狂喜し、高さが160ピクセル増えたことに感涙するほど縦を望んでいるくせに、どうしてタスクバーを下に置いているのだろう。左右に置けば縦は広くなるのではないか?▼そうして早速、左と右を試してみた。左はアプリケーションのメニューを起点にして作業を広げていく感覚が自然で良い。全体に直感的だ。しかしインジケーターや時刻の位置は下配置のときと逆になる。またバー自体の主張がやや強いので、圧迫感があるのも気になる。対して右は、タスクバーをあくまで便利ツールのひとつと捉えた形。時刻の位置はデフォルトと同じだし、アプリケーションがのびのびと画面を占有できるのも魅力である。私は今のところ右が気に入った。しばらく試してみたい。

[2693] Jan 12, 2017

エラーコード4F。UEFIが起動しない。何度か試した後、電源の入れ直しで起動するようになった。不吉である。▼公式サイトのエラー表には「Problem related to memory.」とある。メモリ診断ではノーエラーと出たが、今週末、差し直しを試した方が良さそうだ。格安で手に入れた特価品だけに、相性問題だとしたら悲しい。CorsairならともかくCrucialの定格2133Hz版で起こるとは思えないが、残念ながら可能性は常にある。▼ともあれ、起動さえしてしまえば安定はしている。唐突なシャットダウンやブルースクリーンは今のところないし、ケースファン/CPUファンともにSilent設定ながら、CPU温度も20度以下で落ち着いている。セミファンレスのGPUも31.0度と良好。マザーボードに100度超の数字が見られるが、これは温度測定アプリとマザーボードの組み合わせによって起こるバグのようなものらしい。起動時だけが問題である。メモリの接触程度の不具合であることを祈る。

[2692] Jan 11, 2017

理想のディスプレイ探しをしているうちに、予期せぬ選択肢が浮上した。ウルトラワイドである。▼21:9曲面ウルトラワイドディスプレイ。よほどの好事家かコアゲーマーの買う道楽品だと思っていたが、仕事で使っている人の評価は意外にも高い。もうウルトラワイド以外には戻れないという人もいるほどなので、これは認識を改めなければと思い選択肢に入れてみた。実際、モノを見てみるとたしかに悪くない。私がウルトラワイドを知った頃は2560x1080が最大で、さすがに縦が足りないと思っていたが、今は3440x1440も主流なので縦はWQHDと変わらない。ならば、アームまで使って汲々とマルチモニターにこだわるくらいなら、サブを使わないときはメイン一枚として広々使えるウルトラワイドも十分ありではないか。▼今度、LGから3840x1600の37.5インチモデルも出る。3440x1440よりさらに広い上位版。WQHD二枚より縦が広く横が狭いのは、今の私には理想的だ。引きが強い。

[2691] Jan 10, 2017

平成31年元日より新元号となる見通し。平成が終わる。▼私は昭和61年生まれ。3歳のときには元号が変わったので、これで昭和を生きたと言い張るのは難ありだが、ともあれ形の上では三つ目の時代に突入することになる。元号が変わったからといって生活が激変するわけではないが、気持ちの上では大きな区切りになりそうだ。そうして、同じように感じる人が多ければ多いほど、実際に社会が変化を伴う可能性も高いと言える。国とはそういうものだ。▼ネットでは早くも新元号の予想大会が始まっている。「安」や「明」などの漢字が使われるのではないかとか、平成の「平」の字は引き継がれるのではないかとか。こういうときはたいてい今の世にないものが選ばれやすいから、皮肉なことだが、躍進や栄光を想起する漢字よりも、心の落ち着きを求めるような漢字になる可能性が高いような気はする。ちなみに、元旦に元号が改元されるのは奈良時代以来のことだそうだ。

[2690] Jan 09, 2017

『ファインディング・ドリー』を観る。▼「ニモ」の続編にあたる本作は、かなりの個性派キャラクターであるドリーを主役に据えてのスピンオフ。評判は上々とのことだが、私としては「いたって普通」という感想を持った。彼女を主人公にするとしたら、まあそういう話にするしかないよね、というところに落ち着いている。ストーリー展開も、クライマックスも、そこから得られる教訓も、予想の範囲内に落ち着きすぎていて、無難という印象しか残らない。魅力的なキャラクターと素敵なCG表現で瑕疵なく丁寧に描かれた普通の物語。故に星三つ。「ズートピア」が良すぎたというのもあるが、ディズニー/ピクサーの作品としてはちょっと物足りなく感じてしまった。▼今回はDVD特典の裏話を観る前にツタヤへ返却してしまったので、「ニモ」の制作時にスピンオフの構想があったかどうか知らないまま終わってしまったが、勝手に推測するなら、恐らくなかったと思う。

[2689] Jan 08, 2017

某銀行でネット完結型の手続きをしようとしたら、本人確認のところで弾かれた。エラーメッセージ曰く、生年月日が違うという。口座番号や電話番号ならともかく、生年月日が違うとは、どういうことか。もちろん今記入されている年月日は間違いなく私の生年月日だし、大切な銀行口座を開設するときに間違えて申請したとも思えない。信じられない気持ちで何度かリトライしたら、試行回数上限を超えたのでウェブサービスの利用を停止すると言われてしまった。▼サポートセンターも休日は受付なし。仕方がないのでウェブ申請の代わりに窓口申請の事前申し込みを行う。こちらは本人確認しているわけではないようで、同じ生年月日でもすんなり通った。だが、窓口申請を行う申し込みなのに、確認用メールには「申請が完了しました。結果はメールか電話で通知いたします」などと書いてあったりして、もういろいろめちゃくちゃである。銀行のウェブサービス化はまだ遠い。

[2688] Jan 07, 2017

寒波が襲ってきている。寒いなんてものじゃない。▼しかし、今日は「quite a few」の話にしよう。この表現、出会ったときから解せなかった。「quite」は動詞や形容詞を修飾して「まったく」「すっかり」といったニュアンスを付与する。対して「a few」は少数の、という意味だ。しかし「quite a few」は「相当数の」である。まったくもって少数であることが、どうして相当数になるのか。▼調べても鵜呑みにできる説明はあまりない。結局、イディオムだからという以上の理由はないのだろうが、a fewという「正確な数はわからないが何かが数個ある」状態を、quiteで最大限に強調することによって「何個かはわからないが、かなりの数がありそうだ」というニュアンスを醸すという解釈が良さそうに思える。このあたりが限界だろう。日本語だって似たようなことはある。「寒いなんてものじゃない」は非常に寒いが、「寒いなんてことはない」なら寒くはないのだ。

[2687] Jan 06, 2017

古いハードディスクからウインドウズのライセンスを救出する試みは失敗に終わった。というより、救出する意味がなくなった。弟に指摘されて調べたところ、どうやら無償アップグレードで10にした場合、PC構成を変えた場合はライセンスが無効になるのだそうだ。結局のところ新規ライセンスを買わなければならない運命だったのである。▼毒を食らわば皿まで。せっかくなので今度はPRO版にしてみた。HOMEとの相違点はネットワークを前提としたビジネス系の機能追加ばかりなので、自宅で使う分にはあまり恩恵を得られそうにないが、リモートデスクトップ機能だけはいつかどこかで役に立つかもしれない。たとえばスターバックスでココアを飲みながら、モバイルノートを使って自宅のDAWで曲づくりとか……。そういうこともあるかもしれない。▼ともあれ、これでハードウェアとデータの移行は大方終わった。後はソフトやライセンスまわりの再設定である。

[2686] Jan 05, 2017

「私がそれを読まなければならない理由は?」あるいは「私がそれを聴かなければならない理由は?」といった読者・聴衆の素朴な疑問は、常に心あるクリエイターの悩みの種である。質の高い作品をつくる職人気質なアーティストなら猶更だ。物は良い。しかし見てもらえない。▼ニコニコ動画をはじめとする動画配信サイトの黎明期が創作者にとってバブルだったというのは、本来ストーリーテリングによって越えるべきマーケティングの壁を、動画サイトのランキングが肩代わりしてくれたことによるのだと思う。ランキングは優れた作品に対して「みんなもこれを見てるから」という強力な物語を与えてくれた。それが、《作品を乗せる物語》の創造を苦手とする人々を助けた。この場所では物さえ良ければ良い。物さえ良ければ、いつかは物語が与えられる……。▼そんな時代が終焉を迎えた今、改めて作者はメタ・ストーリーテリングを真剣に考えなければならないのだろう。

[2685] Jan 04, 2017

新PC。配線を完了してOSを入れ、インターネットに繋いだ程度の完成度だが、ともあれ400を書くことくらいはできるようになった。デフォルトのUSBインストーラがUEFIインストールをサポートしていないのは誤算で焦ったが、こういうときに活躍するのがモバイルノートである。無事、イメージディスクを作って事なきを得た。▼重大なトラブルがひとつ。旧PCのメインSSDを繋ぐと、なぜかPOSTでPCが強制終了してしまうため、ウインドウズのライセンスが救出できない事態に陥ってしまった。これは痛い。ブートディスクとして認識してくれないならまだわかるが、POSTで落ちてしまうとなると原因不明である。最悪、マザーボードのデバッグが必要だが、そこまでするくらいなら7あがりのアップグレードライセンスを捨てて正規品を購入した方が早い気もしてくる。ここまでコストパフォーマンスにこだわってきただけに、無駄な出費は心苦しい。

[2684] Jan 03, 2017

セットアップ完了。今日の記事を書いたら、旧PCを部分解体して起動テストに取りかかる。一発で起動するとは思えないが、上手く行けばこの記事も明日からは三代目PCで書くことになる。もっとも、マウスもキーボードもディスプレイも変わらないので、書き手にとっても読み手にとっても、何ら今までと違いがあるわけではない。純粋に気分の問題である。▼ところで、Be quietのコーポレートカラーである黒とオレンジの配色が、卓上のEVE AUDIO製スピーカー「SC203」と同じであることに気がついた。品よく白銀があしらわれた黒の本体に、オレンジ色のくさび形ラバーパット。黒、白、橙の配色比率がTaichiの採用で白を加えた新筐体のカラーリングに見事一致する。偶然ながら、これはご満悦の美しさだ。私が知らず知らずこの色味に惹かれているのか、それとも単に鉄板のデザインなのか。たぶん後者だろうが、ともあれ作業場が統一感のある色で彩られるのは嬉しい。

[2683] Jan 02, 2017

元旦に悩み抜いてX99&Broadwell-Eを決意。初売り狙いで秋葉原へ行く。数店舗まわったところで目当ての構成の特価品を発見。結果的にAmazon価格より15%以上安い値段でCPUとマザーボードとメモリを揃えることが出来た。電車賃を払ってもお釣りが来る。上出来である。▼実を言うと今日の朝までKabylakeと迷っていた。性能の上積みはたしかに無いが、一年半もかけた最適化だし相当安定するのではないかとか、IntelのOptaneがDTMには将来的に必須の技術になるのではないかとか。しかし、Cubaseでマルチコアが効くことはわかっているし、クアッドチャンネルメモリは魅力的だし、M/Bの品質はZ170よりX99の方が明らかに良いし、Kabylakeのようなグリスではなくソルダリングなので大型クーラーなら十分に冷えるだろうし、何よりたとえ最廉価でもウルトラハイエンドを一度は組んでみたかったという気持ちもあり、i7 6800Kを選択したのである。只今、絶賛組み立て中。

[2682] Jan 01, 2017

新年あけましておめでとうございます。今年も400をよろしくお願いします。▼今年の抱負。正直なところ今年に関してはあまり高望みせず、仕事、家庭、趣味の三位一体をクリア出来れば御の字と思っているが、進行中の長編アレンジの年内完成くらいは高めの目標として掲げておきたい。この後、ペンディングし続けているCD二作目と、懐で温めつづけている二本の企画物が待ち構えている。これらも一挙年内にと胸を張りたいところだが、春以降は仕事も本格化するし、同時に子どもの保育園通いも始まるしで、プライベートな時間のなくなることは目に見えているから、現実的には着手すら請け合いにくい。来年以降になりそうな見通しである。▼とにかく今年は万事無難にこなしていくことを第一とする。リスクを取らないという意味ではないが、普通に暮らしていても例年より慣れないことが多いと予想されるので、無理に自分から冒険を求めていく必要がないのである。

[2681] Dec 31, 2016

2016年、終了。▼今年はどんな年だったのだろう。子どもが生まれたり、ツムツムにハマったり、会社の大変革で同期や後輩が大挙して辞めたり、ベイスターズが初のCS進出を決めたり、PS4Proを買って久々にコンシューマーゲームで遊んだり、三代目自作PCの構想を練って組み立て始めたりした。主に子どもの誕生で秋以降は時間の取りにくいプライベートだったが、全般には平和な年だったと言っていいだろう。▼気持ちを切り替えて来年。抱負は明日にでも述べる。ただ、今年の元旦に立てた抱負のうち、手をつけることすら出来ずに終わってしまった項目がいくつかあるのは反省すべきだ。年を取るごとに自由な時間は減っていく。あれこれ上手く捌いていかないと、目先の忙しさに追われて長期的な目標、つまり夢を追う時間は全くなくなってしまう。私は死ぬまで夢追い人でありたいので、来年も具体的なロードマップを描いていく。三台目はその足がかりでもある。

[2680] Dec 30, 2016

年の瀬。絶賛PC組み立て中。▼No.1ドライバーだけで行けるかと思ったが、強化ガラスを外すのにマイナスドライバーが必要だったり、電源の取り付けにNo.2ドライバーが必要だったりで、早くも準備不足が露呈する。さいわいどちらも借りることができたが、拡張で今後何度も分解することを考えると自前の物が欲しい。またしてもまとめ買いのお世話になりそうだ。▼SSD配置は問題なし。背面にシステムSSDを設置できるのは、他の格納庫と混ざらなくて良い。見栄えもする。苦労したのは電源部。ケース側で一旦コードを中継するので、電源側のプラグの位置次第では取り付け方に制限が出て来る。フルモジュラーケースの利点を活かして周辺を全分解し、将来大きなマザーボードが来ても干渉しない位置に設置した。ファンを下向きにするのは初めてだが、ケースの換気が下向きを想定しているなら冷却効率は良いし、ネジなどが落ちる心配もないので、上向きより良いそうだ。

[2679] Dec 29, 2016

アマゾンでNo.1規格のドライバーを注文しようとしたら、目当ての品がまとめ買い対象商品だと言われて、アマゾン配送の品を合計二千円分、一緒に買わなければならないことになった。▼まとめ買いという仕組みのあることは知っていたが、自分がこうしてまとめ買いをする必要に迫られたのは初めてだ。本当にドライバーしか欲しいものがなければ、多少高くても東急ハンズやロフトで別に買えば事足りたが、どうせ近いうち買うべきものは二千円くらいあるだろうと思って、まとめ買いの品を探してみることにした。▼PC入れ替えのとき確実に必要なエアダスターと、消耗品なので補充必至な柔軟剤をカートに入れる。残り数百円。案外、急に探せと言われると思いつかない。そこへ子どもを連れて現れた嫁の助言で、黒豆茶をひとつ追加した。これで二千円超。無事注文した。こうしてドライバーのついでに柔軟剤と茶を買わせる戦略が、アマゾンを小売の巨人にしたのだろう。

[2678] Dec 28, 2016

今のディスプレイ二枚を下取り査定に出す。古い方が12,000円。新しい方が25,000円。箱と付属品完備での値段なので、箱がない私の場合はさらに引かれると見てよい。購入当時からすると破格の安さだ。それだけWQHDモニターの競争が激しくなってきたということなので、業界的には良いことなのだが、売る身には面白くない。足して次の一枚分にもならないじゃないか。▼閑話休題。結局、メインモニターをEIZOに、隣のサブモニターをDELLにすることで自分の中での決着は着いた。輝度ムラや色ムラのない正確な発色で作業したいときはメインモニターを使えば良いのであって、サブモニターまで高級機である必要はない。長時間凝視するのも基本的にはメインモニターだけである。唯一、二枚の色味が揃わないことだけは気がかりだが、WQHDを二枚分必要とするような画像編集をすることは今後も無いと決め込んで目を瞑るしかないだろう。最小の予算で最大の満足度を狙いたい。

[2677] Dec 27, 2016

CPUクーラーが決定。ケースとブランドを揃えるべく、Be quiet!の「DARK ROCK 3」を選択した。ツクモで型落ちセールになっていたが、LGA-2011とLGA-1150に対応しているということは、LGA-1151にも無条件で設置できるはずなので、現行のソケットには大体取り付けられることになる。何に対して型落ちなのかはよくわからない。▼重量は記憶が正しければ970g程度。重量級と言ってよい重さだ。ウソかホントか、Skylake世代はHaswell世代以前に比べてマザーボードがたわみやすいなどと言われているし、たわむだけならまだしも、万が一折れでもしたら目も当てられないので、素直にサポーターで下から支えてやるのがよかろう。▼ちなみに、上から紐で吊るす場合、テグスで吊るはやめたほうがよいそうだ。重さと熱で伸びてしまって、数か月もするとマザーボードへの負担は吊ってないときと大差なくなってしまうという。私も事前にこの話を聞いていなければ危なかった。

[2676] Dec 26, 2016

年末の大掃除。今年は半日しか時間がないので、廊下の網戸と窓ガラス、台所の換気扇に焦点を合わせる。この三箇所がピカピカになれば今年はよかろうという目算である。▼網戸は外して寒空の下、錆びかけた庭の水道で洗う。想像以上に汚いが、使い捨てのつもりで用意した大量のタオル雑巾を犠牲にして、なんとかマトモな状態には出来た。一方、窓はガラスマジックリンで拭くだけだから簡単だ。たいして汚れてもいなかったので、こちらを先にやって、軽く洗ったタオルで網戸を洗うのが順番的には正解であった。次回からはそうしたい。▼換気扇は構造上、図体の大きい私では掃除できないので、比較的小柄な嫁の出番。私は流しでひたすら取り外した換気扇の油を落とす。わかっていたことだが換気扇の油汚れは凄まじい。頑固な油汚れも楽々落とす洗剤と、落とした先に現れる新たな油の層との根性比べである。歯ブラシ二本で、元の羽根の色が見えるくらいにはなった。

[2675] Dec 25, 2016

夕方。柔軟剤が切れたので最寄りのスーパーを訪ねたところ、いつもの「さらさ」が見当たらない。店員曰く、取り扱いをやめたのかどうかはわからないが、とにかく今は在庫がないとのこと。そういうことなら仕方がない。いい機会だから別の商品でも買ってみようと柔軟剤の棚を見た。――何種類かの柔軟剤の詰め替えパックが並んでいる。しかし、肝心のボトルがない。▼改めて店員を捕まえて聞いてみた。やがて、ボトルの方は取り扱いがないみたいですとの返事が来た。つまり、詰替品しか売ってないということだ。本当ですか、と思わず聞き返してしまった。そんな馬鹿な。それじゃあオリジナルはどこで手に入れればいいのだ。近くのハックで買ってくれとでも言うつもりだろうか。▼言われなくてもそうするしかない。果たしてハックドラックまで足を伸ばしたところ、ちゃんと「さらさ」の詰替を買うことが出来た。街のスーパーも、たまによくわからないことをする。

[2674] Dec 24, 2016

最近までジャンプで連載していた『トリコ』でフルコースを決めていくように、新型PCのパーツ構成を決めていく。本日、ケースと電源が決定。コーポレートカラーにちなんだオレンジのラインが美しい大型静音ケース、Be quiet!「DARK BASE PRO 900」と、抜群の安定感を誇るSeasonicのPRIMEシリーズ、SSR-750TDである。▼弟の助言には反するが、外側は決まった。問題は中身だ。6900Kに匹敵するとも言われるRyzenの登場を気長に待つとなると、対応するマザーボードがまだ出ていないのでクーラーも決められない。明日の有馬記念で良いことがあれば6850KあたりのBroadwell-Eに繰り出してもいいが、いくらなんでも皮算用というもの。当面は、せいぜいストレージの予算配分を考えるくらいしかやることがない。▼ケースは明後日配送される見込み。佐川急便が著しく遅れているらしいので、年内に届かない可能性もあるが上記の理由で別に構わない。のんびり組んでいこう。

[2673] Dec 23, 2016

三台目自作PCのコンセプトが決まった。「七年使える静音マシン」だ。▼静音。このコンセプトの片割れは二代目に対する反省から来ている。天面に20cmの巨大排気ファンを備えるANTECのケース『Nine Hundred Two V3』は、たしかに冷却面の性能は素晴らしかったが静音性には優れていなかった。しかも、この二代目の生存中、強力な冷却能力を必要とするほどの用途にPCを使うことは結局のところなかったのである。音楽制作がメインのマシンなら冷やしすぎるより静かにした方がいいだろう。▼一方、昨今PCパーツの性能向上が頭打ちになってきたことを踏まえて、「七年使える」という野望も立ててみた。メモリやストレージなど価格変動の激しい部品は必要に応じて買い足したり付け替えたりするかもしれないが、電源やマザーボードなどの心臓部は誇張でなく七年以上持ってくれればと思っている。向こう数年で大きな技術的ブレイクスルーがない限り、現実味はある。

[2672] Dec 22, 2016

BIGLOBEのデータSIMをひとつ解約。12GBでデータ通信量が足りないときのためにサブ契約していた音声通話オプションの無い方だが、三ヶ月ほど使ってみて12GBを超えることは一度もなかったので、無駄と判断してやめることにした。実際、ペナントのない季節は半分以下でも十分である。冬だけはより容量の少ない低額プランに移行した方がいいかもしれない。▼解約手続きは難航するかと思ったが、案外あっさり辞めさせてくれた。サイト内に解約ページすら存在せず、メールで問い合わせても理由を聞いてきたり割引を提示してきたりと、なんだかんだで解約させてくれなかった某経済新聞紙よりはるかに善良だ。さすがは古参の大手である。もちろんSIMカードは送り返さなければならないが、封筒に住所を書いて郵送するだけなので、たいした手間ではない。▼もし夏の間も低額プラン一本で足りるなら、auの頃より六割近く安い月額でスマートフォンを運用できることになる。

[2671] Dec 21, 2016

SeaSonicのフラッグシップ電源、80PLUS-TITANIUM認証の最高峰「SSR-850TD PRIME」。変換効率はもちろん静音性も安定感も折り紙つきで、どこのレビューサイトを見ても満点近い最高評価が与えられている。文句なく頂点の逸品だ。▼さて、この850Wモデル、国内販売価格は約四万円である。650Wモデルでも三万円。正直電源ユニットにかけられる金額ではない。しかし、Amazon.comやeBayを見ると、Saleとはいえ$189とある。今の円高気味な為替で換算しても約半額という計算だ。▼この差はちょっと無視できない。Active PFCなので海外流通品でも何の心配もなく日本で使えるはずである。つまり、この二万円の上乗せ分は日本語マニュアルとサポートということだ。さすがに割に合いそうにない。それにここまで価格差が大きいと、転売屋が現れてもおかしくないような気がするが、何か見落としている落とし穴があるのだろうか。爆発物扱いで輸入禁止品目とか。そんな馬鹿な。

[2670] Dec 20, 2016

将来、会社を引退したら喫茶店を営みたいという後輩がいる。チェーンではなく個人経営の小さなお店だ。趣味の品を店中に飾って、高級スピーカーでジャズなんかを流して、とにかく採算度外視でコーヒーでも挽きたいというのである。彼のことだから、きっと不定期に店を閉めて旅行にでも行くのだろう。絵に描いたような悠々自適だ。▼一方、私に引退後のプランはない。潤沢な資金があれば書斎を兼ねたスタジオを立てて好き勝手に小説を書いたり曲を創ったりしたい気持ちはあるが、引退後の悠々自適の生活と言われて思い浮かべるような夢でもない。案外、ガジェットを買い漁っては詳細なレビューを公開する有志のレビュワーにでもなってるかもしれぬ。今でも、レビューサイトや動画めぐりをしていると、もしも仕事になるならこういうこともやってみたいなと思うことがあるくらいだから。▼何かについて完璧な知識を持つのは楽しい。それを人に伝えるのは尚楽しい。

[2669] Dec 19, 2016

デスクトップPCの本体をどこに置くかは常に悩ましい。机の上に置けばインテリアとしては美しく、本体に対する各種の操作もしやすいが、ファンの騒音は近くなる。机の面積が狭くなるのも難ありだ。一方、机の下に置くと操作性が悪く、何より底面から埃を吸ってしまう。まして最近流行っているサイドパネルが強化ガラスのタイプでは、ガラスの静電気が埃を吸い寄せて悲惨なことになる。せっかくのスケルトンも、埃まみれでは形無しである。▼それでも床に置きたい場合、本体底面を床から8〜10cm以上持ち上げてやるだけでだいぶ埃から解放されるという話を聞いた。20cm以上離せれば、ほとんど机上と変わらない衛生状態になるらしい。持ち上げる台は安定性が高ければ何でもよいそうだ。ケースがフルタワーの場合は難しいかもしれないが、ミドルタワー以下の場合は、埃が気になるなら試してみる価値はある。レンガなどが良いスタビライザーになるだろう。

[2668] Dec 18, 2016

二年くらい前に、ROLIのSeaboardが気になっているという話を書いた。すでに発売されたことは知っていて、これから新しい入力機材として広まっていくのかなと他人事のように思っていたが、思いのほかメジャーな商品にはなっていないようだ。思うに、多くの人が私と同じ理由で他人事のように感じているのではないかと思う。つまり、高すぎる。▼たとえば88鍵が必要なら選択肢はGRANDのFirst Editionしかないが、こちらお値段は8888ドル。廉価版モデルの卓上MIDIコントローラ、49鍵モデルでも1200ドル。とてもアマチュアに手が出る価格ではない。まして弾きやすいかどうかも全く未知数なソフト鍵盤。気後れするのも無理はない。▼ビブラートやピッチのスライドが鍵盤上で出来ること自体は素晴らしいが、どちらかというとリアルタイム奏者に益する魅力である。DTMでは成果物に与える影響に乏しい。もう少し安い後続品が出てこないと、なかなか普及しなさそうだ。

[2667] Dec 17, 2016

パナソニックのヒーターレス気化式加湿器・FE-KXM05を買う。▼部屋の隅に置きやすい真四角のデザインと、小さな筐体の割に高い出力、そして気化式故の圧倒的なランニングコストの安さが受けてか、今年の加湿器市場は本機の独壇場であったらしい。私も、暖房で乾燥する冬の寝室を潤すにあたって、たいして悩む間もなくこの商品に決めた。他を選ぶ理由がさほど見当たらなかった。▼ただし、ヒーターレス気化式が寝室に向くかと言われると一概には言えない。ハイブリッドやスチームに比べて遥かに時間単価が安いので安心して朝まで点けっぱなしにできる利点はあるが、一方で、湿った空気を吐き出すのにファンを使っているため他のタイプに比べてうるさいという懸念もある。時計の針の音が気になって眠れなくなるようなデリケートな人は注意が必要だ。我が家はたいして誰も気にしないので、そこには目を瞑ることにした。朝起きて喉が痛くなくなっていることを祈る。

[2666] Dec 16, 2016

いつものようにPCケースの情報集めをしていた通勤電車内。あるPCケースが私のハートを完全に射止めた。Be quiet!の『DARK BASE PRO 900』である。▼倒立マザーボードにもできるフルモジュール型という特性が最大の売りながら、私に響いたのはなんといってもサイズとデザイン。フルタワーより少々小さめで、ミドルタワーの限界サイズともいえる60cm弱の高さと奥行き。天板に穴がなく上部サイドのメッシュから熱を逃がす斬新なエアフローのおかげで掃除もしやすい。底面と前面の吸気部はフロントからフィルターの取り外しが可能。完璧である。▼気持ち的にはほとんど決定した。残る問題は、側面に強化ガラスを採用したモデルにするか、通常のスチール板モデルにするか。本格水冷にするわけでもなし、中を魅せる必要はないので、わざわざ高価で危ないガラスにする必要もあるまいとは思うが、格好良くは見えてしまう。実用を取るかロマンを取るかの選択である。

[2665] Dec 15, 2016

同僚がGTX1080を買った。MSIのGAMING X。焚き付けたのは私だが、正直羨ましい。私だって潤沢な予算と、巨大なケースと、動かせる電源と、良い使い道があれば欲しかった。どれもなかったので選択肢から外したまでだ。欲しいのはクリエイターマシンである。ゲーミングマシンではない。グラフィックスカードよりディスプレイやストレージに予算を回すのが筋というものだろう。ちょうどサムスンからNVMeの960EVOも出る。システムディスクにはうってつけだ。▼閑話休題。今日ドスパラで見たケース、ENERMAXのGravitoは想像以上に出来がよかった。剛性の高い機能性重視の外枠、掃除のしやすい天板、横から取り外し可能な前面ファンのフィルター、必要十分な内部のスペース。それでいて安い。帰宅後に価格comで調べたらIN WINの805に次いで満足度ランキング二位に君臨していたが、妥当な評価だと思う。ケーブルのすし詰めが嫌いなミドルタワー使いには最高の品だろう。

[2664] Dec 14, 2016

電子機器の話ばかりだが、今は興味の中心がそこなので仕方がない。次のディスプレイが決まりつつある。▼今のWQHDにも作業領域的に不満はないが、毎年健康診断のたびに視力が低下している原因のひとつに、このまばゆいばかりのグレア液晶があるのではないかと疑いを抱き始めたのだ。会社のモニターがノングレアになって以来、退社時の目の疲れはたしかに和らいでいるので、家のモニターからも光沢を取り除きたいのである。できればデュアルモニター向きのフレームレスが望ましい。▼候補は二つ。EIZOのEV2750か、DellのU2717D。値段は倍以上違うので、コスパだけを追い求めるなら確実にDellだが、今後も長く使うことを考えると耐久性に不安はある。目への優しさも、積極的にアピールしているのはEIZOの方だ。ただ、ナナオ神話も液晶時代は当てにならぬという話もあるし、Dellのモニターは原価ぎりぎりを攻めているという噂も聞く。これといった決定打に欠ける。

[2663] Dec 13, 2016

Dell「U2717D」のパネルはSumsungのLTM270DL11。EIZO「EV2750」はLGのLM270WQ4-SSA1。ASUSのゲーミングモニターフラッグシップ「PG279Q」、EIZOのエンターテイメントモデルフラッグシップ「FORIS FS2735」は、いずれもAU Optronics製のパネル。ディスプレイのメーカーは様々あれど、液晶パネルの生産元はほとんど韓国や台湾になっていることがわかる。▼もちろん、モニターの質はパネルだけで決まるものではない。フィルター、コーティング、基盤、バックライト、スタンド、フレーム、あるいはソフトウェアなら調整項目の豊富さ、メニューのユーザビリティ、自動調節機能の有無など、違いを出せる場所は枚挙に暇がないほどある。実際、FS2735とMG279Qは全く同じAUOの「M270DAN02.3」をパネルとして使っているが、この二枚を見比べて同じ画面だと言う人はそういないだろう。液晶モニターの性能は総合的なものである。あまりパネルばかりにこだわらない方が良い。

[2662] Dec 12, 2016

プリンターを買うべくヨドバシカメラを散策したが、私の要求を満たす品が全くないことに驚いた。というより、はっきり言ってどれもこれも同じである。まさに画一化。コンパクトで、インテリアにもなって、写真が素早く綺麗に印刷できて……。▼私が欲しいのはもっとオールドファッションな筐体でいいから、紙詰まりの頻度が減り、給紙の回数が少なくて済み、ランニングコストの安いプリンターだ。要するに、最小限の手間で大口の業務を着実に遂行してくれる家庭用マシンである。業務用ではない。業務用を置く場所のある家庭などそうはない。▼無骨だがキャパシティが自慢の「仕事人」的なプリンター。昔はこういう性格のラインナップも今よりあったように思う。結局、家庭用プリンターの役割は、写真を写真屋さんへ行かずに家で綺麗にプリントしたいという要求を満たすところに九分九厘収まってしまったのだろう。どこかに旧時代の生き残りがいるといいのだが。

[2661] Dec 11, 2016

新PC構想の一歩目がケースで止まってしまったので、スペックを先に決めようとしている。もし要件にベストマッチする品があれば、このさいBTOを視野に入れてもいい。自分で組みたい気持ちはあるが、コストパフォーマンス優先である。▼決定事項はシステムをNVMe-SSDにすること。256GBか512GBかは決めていないがBTOだと前者くらいしか見当たらない。システムでリード2000MB/sを確保しつつ、メインデータとよく使う音源に通常のSSDを割り当て、残りの古いデータをまとめてHDDに放り込む。この三台に全て集約させたい。メモリは最低16GB。ただ、32GBにしてもたいしてコスト増にならないので切り詰めるところではない。▼問題はGPUだ。GTX1080が名機であることは認めるが、決して安くはない。それなら大人しくVega10を待つ方が、HBM2のロマンもあるし、自作PCらしくて良いように思う。当面はGTX960で凌いで、ディスプレイだけ先にFreeSyncにするのも手だ。

[2660] Dec 10, 2016

蕎麦屋へ行ったとき、知っているけれど題名や歌詞の思い出せない曲が流れてきた。子どもの頃に聴いたことがあるような、どこか懐かしい童謡風の曲である。▼後日、あれは一体何という曲だったのか調べる機会を得た。私はまるでとっかかりがなかったが、嫁が記憶を頼りになんとか「峠の我が家」という題名まで辿り着いてくれたので、さて動画を探して聴いてみると、確かにこれだということになった。アメリカの民謡だったのか。なるほど、なるほど……。▼しかし、どうもしっくり来ない。特にサビが違う。高音に駆け上がっていく感じがない。私の記憶に残る曲がアレンジバージョンなのだろうか。もやもやした気持ちで納得できずに情報を探していると、何やら「浜辺の歌」という雰囲気の似た曲があるという。早速聴いてみると、果たして、やはりこちらであった。それにしても凄いそっくり具合である。知られている限り関係はないらしいが、ぜひ聴いて見て欲しい。

[2659] Dec 09, 2016

久しぶりにデザインのプチ仕事。クリエイティブクラウドの体験版フォトショップを立ち上げる。どのみち来年には正式なサブスクリプションをする予定なので、後ろめたくはない。最新版の体験である。▼UIが灰色基調になったのは知っていた。思ったより見やすいし、使いやすい。細部の挙動も洗練されていて、各々の操作がより直感的に行えるよう工夫されていた。それでいて「どこに行けば何がある」「何を押せば何が決まる」というような基本的な操作感はCS以前から何ひとつ変わっていないところに、古参ユーザーを大事にする姿勢が伺えて良い。体感的な一貫性。後方互換性。つまり、以前出来ていたことが出来るということ。これは常に重要な新製品の魅力のひとつである。▼残る課題は価格だけだ。フォトショップはまだいいが、アフターエフェクツはちょっと高すぎる。プロならともかくアマチュアにはつらい。機能制限の廉価プランが登場してくれると嬉しい。

[2658] Dec 08, 2016

ディスプレイモニターについて。WQHDか4Kかの選択については、私は、家であれ職場であれWQHDに軍配という結論をすでに下している。ここは揺るがない。4Kはどうにもデメリットの方が多い。サイズはパソコンスペースの大きさによりけりだが、23インチ〜28インチが通常であろう。よほど距離が取れる人なら32インチでもいいかもしれない。▼問題はリフレッシュレートと応答速度である。最近のゲーミングモニターは144Hz・1msも当たり前になってきたが、作曲、動画編集、Officeなど、ゲーム以外の用途がメインの場合、どこまで数字を追求すればいいのかわかりにくい。こればっかりは店頭で比べてみるわけにもいかないので、ある程度推測も含んでの判断にはなるが、リフレッシュレートは高くて損はなく、応答速度は6ms以下なら十分、という線がひとつ基準になるだろう。60Hzと144Hzの違いは案外大きい。一方、ミリ秒を争う応答速度はあくまでゲーム向きであると思う。

[2657] Dec 07, 2016

一昔、二昔前。つまり私がPCの自作を始めた十余年前。自作の最大のメリットはカスタマイズ性よりも値段の安さだった。百貨店に並ぶ既製品はソニーや東芝、NEC、富士通のような国産メーカーしかなかった時代である。そうして、メーカー品は高かった。ミドルレンジでも二十万超えはザラだった。▼時代は下って今日。自作の価格はもはやBTOに勝てなくなった。i7-6700KにGTX1080を積んだメモリ16MBのSSD+HDDマシンが二十万円以下で売られていたりする。グラフィックボードだけで八万以上するのだから、個別に組んだら残りのパーツで十万ちょっと。CPUとSSDとメモリで既に苦しい。特売品を使えばぎりぎりマザーボードも入るが、電源、ケース、ドライブあたりは置いてけぼりである。クーラーも、ケーブルも。▼そういうわけで、自作の優位性はもはやカスタマイズ性の高さのみとなった。頻繁にパーツを組換えたい人でない限り、BTOを選んだ方がいいだろう。

[2656] Dec 06, 2016

忘年会。忘れたいことよりは忘れたくないことの方が多かった実り多い年。不安なことはたくさんあるが、きっとなんとかなるのが来年であろう。▼今年の趣味生活を総括するなら、読書を抑えて実戦を増やし、ガジェット購入を通じて電子機器の最新情報にキャッチアップした年と言える。特にオーディオビジュアル、ノートパソコン、スマートフォン、ゲーム機あたりは膨大な情報量をインプットした。各種ハードウェアのトレンドもおさらいしたし、知識の足場はだいぶ固まったと思っている。仕事に直結はしないが、いつの間にか社内でもハード系の質問が私に集まるようにはなってきた。訊かれたことに答えられないのは悔しいので、それでさらに詳しくなる。互助関係である。▼語学はそこそこ。秋口から数年ぶりに勉強を再開したので勘を取り戻すまでに時間がかかる。入社以来一度も受けていないが、来年の夏あたりにひとつTOEICでもやってみようかと思っている。

[2655] Dec 05, 2016

それなりに親しい後輩、同期、先輩が同時期に退職する運びとなった。▼年の瀬につづけて退職のお知らせが届くと物哀しい気持ちになる。それぞれ事情はあるだろうけれど、残業が少なくなったり収入が減ったり、業界の未来が明るくなかったりということで、少なくとも彼らにとっては、ここはもう居続けたい場所ではなくなってしまったということだろう。つまり会社を見限って出ていくのだ。▼転職先の決まっている人もいれば、先のことはしばらくしてから考えるという人もいる。同じ業界で社を変える人もいれば、二度とこの業界には戻りたくないという人もいる。そうして、音信不通になった者を除けば、会社を辞めて別の仕事についた知り合いから、辞めなければよかった、前の方がよかったという声を聞いたことはまだない。それが何を意味するのか、端的に決めつけるのは軽々だろう。ここではないどこかへ行くこと。それ自体が幸せということも人生にはままある。

[2654] Dec 04, 2016

寝室のカーテンを新調すべく新横浜のショールームへ行く。▼今のカーテンは深くて暗い青。窓は南西に面していて、レースはない。なので眩しくなる昼から夕方はカーテンを閉めざるを得ず、どうにも陰気臭い部屋になってしまっている。大人だけならともかく、これでは子どもの発育にもよろしくないということで、新調の運びになった。部屋の印象をがらりと変えるチャンスである。▼要件は、寝室ゆえの遮光と西向きゆえの遮熱で、家具のほとんどを占める焦げ茶と、壁のアイボリーに馴染むトーンで、気持ちの明るくなるような色。遮光カーテンは黒糸を織り込んで遮光を実現するため明るい色になりにくく、くすんだ地味なカラーのラインナップが大半を占めたが、根気よくサンプルを探していたら抜群に良い一枚を見つけることができた。遮光一級、薄い象牙色、落ち着いた遊びのある模様、そしてお値段はほどほど。これに似合う波模様の遮熱レースを選んで決定である。

[2653] Dec 03, 2016

新しいPCを組むかもしれない話。▼現行機の挙動があやしい件はたびたび書いた。唐突なブルースクリーンや起動エラーの頻度は少なくなってきたが、いつ完璧にクラッシュしてもおかしくない健康状態ではある。ならばせめて被害の少ないよう、現行機が生きているうちに次世代機を横にならべてしまうのがよかろうという結論に向かっている。▼思えばパーツの流用で転生を繰り返してきた我が家のPC、完全新規で組み直すのは何年ぶりかわからない。最初の関心事はもちろんケース。今どき全く流行らないと知りつつ、時代に逆行してフルタワーに行くか、無難にミドルタワーでまとめるか。フルタワーを選ぶなら十年と言わないまでも最低五年、転生で七年以上は戦えるPCにしたい。狙い目はメンテナンス性と外見が最高にクールなCosmosIIだが、70cmを超える高さではテーブルの下側に入らない恐れがある、などなど。▼この冬の楽しみはパーツ構成の検討になりそうだ。

[2652] Dec 02, 2016

PS4の音を今のスピーカーで聴くためのルートとして、ひとつ妙案をいただいた。妙案というか冷静になってみれば至極まっとうな話だが、テレビにはイヤホンジャックがついている。HDMIからは映像も音もデジタルでテレビへ送られるのだから、何も別系統で光デジタルを出さなくても、テレビからステレオミニプラグでアナログ音声をもらってくればいいではないか。たしかにそうだ。イヤホンジャックの存在を忘れていた。▼問題になりそうなのは、D/Aコンバートがテレビで行われる分、「PS4−光デジタル−DAC−RCAケーブル−アンプ」の構成に比べてにノイズが乗りやすそうなことと、イヤホン用に持ち上げられた音が入ってくるので音割れの可能性があることか。とはいえ最近のテレビは設定で出力モードを変えられるらしいので、スピーカー用の設定に切り替えて試してみる価値はある。試験費用もケーブル一本・千円だけ。これで済んだら安いものだ。

[2651] Dec 01, 2016

PS4、開封の儀。といっても本体とコントローラとケーブルが梱包されているだけの簡素な箱である。早速テレビ台の中へ鎮座させた。▼電源を繋いでスイッチオン。HDMIケーブルをテレビに繋げば映像は出る。しかし厄介なのは音声だ。なにしろ我が家のアンプはAVアンプではなくプリメインアンプである。光デジタル入力なんて洒落た端子はついていない。HDMI入力も言うに及ばず。ちゃんとスピーカーから音を出すには、D/Aコンバーターを咬ませる必要がある。▼加えて悲しいことに、散々検討して最適解と確信したテレビ「Z10X」が、実は4K+HDRに対応していないことがわかった。たしかに機能表を見ると4K+HDRはひっそりと非対応であることがわかるが、後発とはいえ廉価モデルが対応しているのにフラッグシップ機が未対応なのはひどいということで、苦情が多発しているらしい。アップコンバートで対応してくれればいいが、望みは薄そうだ。

[2650] Nov 30, 2016

シャープの携帯を使っていたとき、私はよく端末を地面に落としていた。ポケットから取り出す際に手から滑り出してしまうことが多かったようだ。ひどい時など数メートル先に墜落したこともある。二年もしないうちに外装はボロボロだが、それでも正常動作していたのはさすが国産と言うべきだろう。▼ときに、今のZTEのAxon7はどこのレビューサイトでもconsに「滑りやすさ」と書かれるほど丸くてすべすべした端末である。Slippyさでは他の追随を許すまい。しかし、それでは携帯を落とす頻度が上がったかというと全くそんなことはなく、危なげない毎日を送っている。自分でも不思議だが、理由は二つありそうだ。▼一、シャープの携帯が小さくて軽すぎたから。重量感がないので逆に手の中から飛び出てしまうことが多かった。二、滑りやすい方が逆に意識してちゃんと持つから。両手で支えるシーンも増えた。▼「落としやすさ」と「落とす回数」は比例しないのである。

[2649] Nov 29, 2016

学校帰りの弟と合流しての帰宅途上、ヨドバシでPS4Proを見ていかなくていいのかと訊かれた。まっすぐ帰るつもりだった私は、つい二日前に覗いたばかりのヨドバシカメラ六階をわざわざまた訪れる必要もないだろうと返したが、ああいうものはゲリラ入荷するから毎日見ないと駄目だと言う。昨日の今日でそんなわけはないと思いつつ、大した寄り道でもないし、仕方なく行ってみた。▼まさかの展開だが、あった。レジ前は長蛇の列。緊急入荷を声高に告げる店員。これは買うしかない。まだ在庫はありますかと訊くと「お並びください」と促されたので、早速ならんで手に入れた。ゲリラ入荷万歳。弟に感謝しなくてはなるまい。入手困難を嘆く記事も少々勇み足だったようだ。▼もちろんソフトはまだない。嫁の希望する「人食い大鷲のトリコ」が最初のソフトになりそうだ。気になるのはウォッチドッグス2とペルソナ5か。FF15は評判を見てから決めようと思っている。

[2648] Nov 28, 2016

PS4Proがなかなか手に入らない。Amazonマーケットプレイスならすぐにでも届くが、定価に何割も上乗せされている。食指は動きにくい。▼正直なところ、画質という点ではプロとノーマルに大差はない。グラフィックに一家言ある人々が目を凝らしてようやく影や境界線にジャギがあるとかないとか言うレベルの差異である。離れてプレイしている分には違いなどわからない人の方が多いだろう。▼しかし、それでも今、ノーマルを買うことにはやはり抵抗がある。プロにしておけばよかったと後悔する可能性はある。なぜなら、プロの開発各位が画質をほどほどに諦めて強化された演算性能をフレームレート向上に全振りした場合、こちらは大きな差の出る見込みがあるからだ。たとえば、ノーマルでぎりぎり30fpsのアクションゲームがプロで60fps固定になるとしたら、断然プロの方が気持ちよく遊べるだろう。だからこそ、品薄に悩まされながらもプロを望んでしまうわけである。

[2647] Nov 27, 2016

洗濯機の買い替えを検討している。今のモデルに性能面での不満はないが、人数が増えたこともあり、小さなドラム式では洗濯が追いつかなくなってきた。狭い洗面所に入りさえするなら、洗濯容量10kg級が欲しい。▼冷蔵庫と同じで、調べれば調べるほど各メーカーに味というか戦略がある。皆で生き残るために談合しているのでは、と邪推したくなるくらい目指す方向性が違っていて面白い。売り文句だけをつらつら見ていて、とりわけ興味をそそられるのは日立の「風アイロン」シリーズ。洗濯機ながら乾燥機能に焦点を絞っているのはユニークだが、洗濯物の悩みと言えば何を置いても雨続きの日の乾燥なので、これさえあればアイロン要らずの仕上がりなどと言われたら忙しい主婦の心は揺れる。世の中の流れを踏まえた良い戦略だと思う。▼実際、動画で見ると思った以上にシワは伸びていた。ズボン類はさすがにアイロンなしとまではいかないが、シャツなら及第点だろう。

[2646] Nov 26, 2016

英語の辞書アプリを探していたら、あまり好ましくない真実を知ってしまった。ロングマンの英英やランダムハウスの英和大辞典など、良質な辞書アプリはほとんどがiPhoneにしかないのである。WindowsPhoneならともかくAndroid/iPhone間ならサードパーティーアプリのラインナップに差はないだろうと思っていたが、甘かった。立ち寄ったヨドバシカメラで、ついiPhoneを手に取ってしまうほど心揺さぶられる事案である。昨日までの私には考えられないことだ。▼さいわいPlayストアにもジーニアス英和辞典があるので最低限の要求は満たせるが、英英辞典と中辞典以上の大規模辞書が致命的に不足している。使い勝手が良く掲載数の豊富なアプリが手に入らないなら、今どきオフラインで携帯を使うこともないのだからWeblioがあれば十分ではないか――そう言われたら、今はとても反論できない。今後の辞書の拡充に強く期待する。▼尚、WindowsPhoneの品揃えは論外であった。

[2645] Nov 25, 2016

大編成の曲で楽器の奥行き感をどう表現するかはひとつの課題である。これを諦めて全楽器をゼロ距離に貼りつかせると、たとえパンを広げたところで音響不足か音符過多のいずれかに陥ってしまうのは昨日述べた通りだ。▼では、ミキシング的にある楽器が「奥にある」とはどういう状態か。調べれば専門的な知識はたくさん出て来るが、端的にまとめればこうなる。一、ハイカット。遠くの音ほど高周波は落ちる。EQで適度にローパスするだけで音源は奥に行く。二、アタック。遠くの音ほど立ち上がりは鈍い。ディレイの調節で奥行きを表現する。三、リバーブのプリディレイ。遠くの音ほど反射音に埋もれてこもる。プリディレイが長すぎると原音が立って来て奥にあるように聞こえない。▼そうして最後に、音量。単純なことだが、遠くの音ほど相対的に小さく聴こえるはずだ。ミックスに凝ると忘れがちになるポイントかもしれない。あとは終わりなきバランス調整である。

[2644] Nov 24, 2016

私は作曲や編曲については無学だし、楽器の演奏経験も人一倍乏しいけれど、音作りだけはいつもこだわりを持ってやっているつもりである。綺麗に聴こえる音が作れれば仕事の半分は終わりと思うくらいだ。▼もともと音楽に心得のある人にはわかりにくい話かもしれないが、私のように慣れない人が手探りで音符を配置すると、「聴いてみてなんとなくしょぼいから音符を足す」というようなことをしばしばやってしまう。たとえ理論上は音符が飽和していて、もうこれ以上足すべきでないとしても、聴こえてくるサウンドが物足りないので、ついつい音符を足してしまうのだ。▼事実、この緩やかに編曲をつづけてきた数年間で私に進歩した点があるとすれば、それは最初によりよい音のセッティングをすることで、昔よりも少ない音符で満足できる響きを生み出せるようになったことかもしれない。上達の道としては完全に外道だが、私は今でも音楽より音の方が好きなのである。

[2643] Nov 23, 2016

寒風吹きすさぶ中、お宮参りへ行く。▼本来は生後一ヶ月の行事だが、我が子は生後三ヶ月での参上。実際、徒歩圏内に神社のない地域では、まだ首も座らず慌ただしい時期に赤ちゃんを連れまわすのは現実的に厳しいので、あとまわしにされるのもめずらしくはないようだ。最近子供の生まれた同僚も生後百日の節目に行こうかと言っていた。それくらいがちょうどよいと思う。▼手水舎で手を清め、二礼二拍手一礼。初穂料を納めて野菜や果物が奉納された小さな社殿で待つ。七五三シーズンながら他に客はなく、ご祈祷のときは事実上の貸し切りとなった。お祓いを受け、祝詞を賜り、これにて神事はすべて終了、という段になって、それまでずっと大人しくしていた赤ちゃんから「ブリブリブリ」とお礼の音が鳴り響いたのは、まあまあ、良い土産話である。▼スタジオでの撮影もした。あまり一般的でないマイナーな行事を除けば、あとは五歳になるまで大きな神事もあるまい。

[2642] Nov 22, 2016

私がバッハのダブルコンチェルトをよく聴くのは、第一楽章から第三楽章まで退屈なところが全くなく、気分良く、心地よく、流れるように聴けるからだ。もっとも第二楽章は昔は飛ばして聴くこともあったくらい苦手だったが、八分の十二拍子だということを知ってからはゆったりと息の長いリズムを感じられるようになって、今では気に入っている。メタ情報が有益に働いている例である。▼同時に、バッハはヴァイオリン版(BWV1042)よりチェンバロ版(BWV1062)の方を先に構想していた、と私は勝手に思っている。もちろん番号が示すように史実とは異なる。しかしどうしても私にはこの曲はチェンバロ版の方が真の姿、原初の姿のような気がしてならない。もしかしてそういう可能性もあるのではないか……と疑いながら二曲を交互に聴くのもまた面白かったりする。妄想で拵えたものとはいえ、これだってメタ情報が楽しみ方に影響を与えている好例だろう。

[2641] Nov 21, 2016

久しぶりに『最強伝説黒沢』が読みたくなってKindleストアへ行くと、1巻〜3巻がアンリミテッドで読み放題になっていた。アマゾンの思惑通り、一ヶ月無料キャンペーンに申し込んだまま解約せず、なし崩し的にメンバーになってしまった、あのアンリミテッドである。この三冊だけでも月額分はペイしているので、許せないこともないと思ってしまうあたりが術中のようで憎らしい。▼『最強伝説黒沢』で思い出すのは、大学の同期の一人が「読んだら即ゴミ箱に捨てたくなるほどつまらない漫画」と唾棄した日のことだ。私は当時も「黒沢」は個性的で面白い作品だと思っていたので、同意しかねる旨をやんわりと伝えたが、実際、尖った作品の評価は人によって異なるものだなと思った。もっとも彼が読んだのは一巻だけなので、「黒沢」が単なる悪趣味なダメ人間の観察日記のような漫画だと勘違いしてしまったのだとしたら残念なことだ。あれは一読の価値ある作品である。

[2640] Nov 20, 2016

ディズニーシー感想編、番外回は食事。▼素晴らしき夢の国にひとつだけ欠点があるとしたら何か。それは食事だと言う話は事前に識者から聞いていた。レストランに入るくらいならひとつでも多くアトラクションで遊んだ方が良いと。客は味など気にしていない、だからレストランにコストはかけぬ、そういうスタンスなのだと。▼ありうる話とは思いつつも、天下のディズニーともあろうものがまさか……と半信半疑でいた。さて、全信か全疑かを決めるため近くの店へ入ってみると、果たして某識者の言う通りであった。実に高い。そして全く旨くない。▼ディズニー全体がぼったくりとは思わない。ポップコーンの値段は良心的だし、アイスもまあまあ、ペットボトルの値付けも縁日並みの低水準だ。しかし、レストランだけは別格の低コストパフォーマンスである。少なくとも私たちはそう判断した。童心あふれる夢の国に飯を食いに来るなというメッセージなのかもしれない。

[2639] Nov 19, 2016

ディズニーシー感想編、第三回はアトラクション。▼最初に乗ったのは「フランダーのフライングフィッシュコースター」。絶叫系は常に拒否してきた私だが、これくらい小ぢんまりした初心者向けなら大丈夫だろうということで景気付けに選んでみた。カーブでかかる横向きのGは慣れない分さすがに酔いが来るが、速度と高低差は案外平気。次は「センターオブジアース」にチャレンジしてみたい気にはなった。成長である。▼最も並んだのは「トイストーリー・マニア!」の100分待ち。ファストパスは入園前に売り切れたので地道に並んだ。結果的には最も面白いアトラクションだったが、もういちど100分並んで遊ぶかと言われると首を縦には振りがたい。これとタワーオブテラーに人気が集中しすぎている節はある。▼混み具合と気持ちよさのバランスが良かったのは「ジャスミンのフライングカーペット」か。想像以上に人力の「タートルトーク」も新鮮で楽しかった。

[2638] Nov 18, 2016

ディズニーシー感想編、第二回は外観。▼入場して最初に「おや?」と思ったのは、愉快な音楽が柱の上に括り付けられた黒くて四角くてごつい、業務用スピーカーでございますと言わんばかりの押し出しのスピーカーから流されていること。鏡を排するほど徹底した非現実感の演出で有名なディズニーが、この想像以上に現実的な物体の存在を許しているのは意外だと思った。▼あちこち回っていると、そういう妥協した外観が案外多いことに気づく。洞窟の隅には排水口があるし、地下王国には非常口があるし、要塞にはエレベーターがあるし、何よりアトラクションの看板には現実感満載のスポンサー企業ロゴが貼り付けてある。要するに、思ったより外観の制御は緩い。▼無理やり隠そうとすればするほど非常口のように「致し方ない」部分が目立ってしまうので、割り切って脳内補正に任せる道を採ったのだろう。妥当な戦略ではないかと、二人でそんな話をしていた。つづく。

[2637] Nov 17, 2016

ディズニーシー感想編、第一回は総評。▼十分、面白かった。十時前に到着して二十時半に去るまで、ほとんど休憩らしい休憩を取っていない。並んでいるかアトラクションに参加しているかのいずれかで、夕方以降は足が鉄の棒になった。疲れ果てるまで遊べるというのは大人になってからはそう得られない貴重な機会だ。譲り受けた無料券に盛大な感謝を捧げたい。▼ディズニーリゾートの中でもディズニーシーは少々大人向けだ。心身ともに大人になった今だからわかるテーマパークとしての完成度、奥行きのようなものが確かにある。それが魅力の根底になっている。なので、高校生の(しかも精神的には小中学生程度であった)私にわからなかったのは当然だ。中学生にブルックナーの交響曲を聴かせるようなものである。▼ただ、あのとき解散を決めたアラビアンコーストの広場が、ひと目見てそれとわかるほど見事に当時のままだったことには少なからず感動した。つづく。

[2636] Nov 16, 2016

メタ情報によって芸術の価値は左右されうるか、という議論はときどき起きる。音楽のタイトル、小説家の半生、絵画の社会的背景、建築の経済効果、ゲームの設定資料集。挙げればキリがない。▼イエス派もノー派も同じくらいの勢力だと思っているが、私の答えは今のところ次の通りだ。イエスかノーかと問われればイエス。ただし、価値の中に占めるメタ情報の割合が大きくなるほど、芸術はエンターテイメントに近づいていく。▼両者が地続きであって、しかもその尺度は貴賤ではないという考え方は特異でも目新しくもないが、作者が定めた作品という枠の中の価値と、メタ情報による価値の配合比率こそが横軸であるという定義はあまり見たことがない。これを私だけが辿り着いた真実などと吹聴するつもりはないけれど、作品のメタ情報という視点によって、自分の立ち位置がよりはっきりとする可能性はある。私はメタ情報を込めるのが好きだから、芸術家ではないのだ。

[2635] Nov 15, 2016

参考書・問題集による学習効果を飛躍的に高める3つの方法。某まとめのような見出しをつけてみる。▼一、索引に必ず目を通す。単語帳であれ資料集であれ、索引ほど記憶の強化に適したコンテンツはない。キーワードだけを一覧し、記憶を頼りに内容と結びつけていく作業は、記憶の強度と寿命を大幅に引き伸ばしてくれる。しかも、万が一忘れていたときには頁数を見て即座に再確認できるという優れものだ。端書きは飛ばしても、索引を見ずに本を閉じるべきではない。▼二、選択肢問題を解いたら「ハズレの選択肢がハズレである理由を自分で自分に述べて」「他にも正解になりうる選択肢をひとつ提示してみせる」クセをつける。これをやらずに千問解くより、これをやって百問解いた方がいい。特に高難易度の問題に対する対応力の伸びしろが違ってくる。▼三、その日学んだことの中のひとつでもいいから、誰かに話しておく。教える必要はない。話すだけで十分である。

[2634] Nov 14, 2016

今週、嫁とディズニーランドへ行く。目下、絶賛計画中。▼最後に訪ねたのは何年前か全く覚えていない。たしか高校の行事か何かでディズニーシーへ行き、午前中は班ごとに決められたルートを見学、午後は解散して自由行動と言われたので、いつもの面子と早々に舞浜を抜け出して別の場所(恐らくゲームセンター)へ遊びに行った記憶だけある。お察しの通り、欠片も興味はなかった。▼それから十余年。ディズニーの映画もそれなりに観たし、大人になった今ならそんなことはない――と胸を張って言いたいところだが、正直なところ、訪ねてみるまでどう思うかわからないというのが本音だ。楽しみではある。つまらないという予感もしない。ただ、遥か昔にバックレた記憶が凍ったままの場所に舞い戻ったとき、自分がどういう感情を抱くか想像しにくい、という感じはする。夢の国が青臭いと思うほど枯れてはいないつもりだ。どうなるか。答え合わせは木曜日を待つべし。

[2633] Nov 13, 2016

Apollo7、購入。想像以上に快適なので、想像通り良い点と、予想外に良い点を書いていく。▼想像通り良いのは紐のない開放感。音楽を聴きながらでも紐の存在を気にせず携帯を動かせるのは素晴らしいの一言だ。耳より手が楽になる。音楽を聴くことと携帯操作が完全に分離される。▼予想外に良いのは、第一に曲を聴きながら携帯を手放せること。家の中くらいならよほどのことがない限り接続は切れない。ベッドサイドに携帯を放置したまま家事をしながら曲やラジオを聴くこともできる。IPX5防水なので、気をつければお風呂の中でも聴けるだろう。恐るべき自由度だ。▼第二に、ケースの出来。充電器を兼ねているのにかっちりセットする必要がなく、放り込むだけのような感覚で仕舞える。細かい使用感を大事にしている開発の姿勢がうかがえる。最後は、本体側から曲送りや一時停止が出来る点。しかもマイク内蔵なので、ハンズフリーで通話応答すら可能だ。恐れ入る。

[2632] Nov 12, 2016

利便性には時として機能や性能以上に金を払う価値がある。XperiaXZの話ではない。ワイヤレスイヤホンの件である。▼数ヶ月前、アーリーアダプターになりたいという欲求を抑えてEARINを見送り、最も有望そうだった別の製品に目星を付けた。それが「Apollo7」という商品。途中で頓挫することも、どこかのマグカップのように延期に延期を重ねることもなく、この九月に晴れて発売の運びとなった。ここでも慎重を期してすぐには飛びつかなかったが、レビューを見る限りユーザーからもプロからも評価は極めて高い。完全ワイヤレスタイプの黎明期の完成形という声も聞かれるくらいである。▼さすがに試着してから買うが、私も手を出すことに決めた。バッテリーが三時間しか持たないところは不満だが、これは他の製品群も軒並み同じである以上、現行技術の限界と思って割り切るしかないだろう。両耳から垂れる紐のない通勤ライフという新世界。価格に見合う価値はある。

[2631] Nov 11, 2016

昨日の記事、XperiaXZに対してややネガティブに見えるので、そうでもないということを補足しておこう。▼第一に、手に持った感触が良いと書いたが、これは本当に良い。私も何百と店頭で携帯を握ってきたが、これほど手に馴染んでくる機体は稀である。側面の丸みや大きさなど要因はさまざまあるが、最大の要因は重さだろう。近ごろの端末は薄さと軽さを追求しすぎていて、手に取っても物体を握っているという感覚に乏しい。携帯のサイズに切り抜いたコピー用紙が持ちやすいかという話だ。▼第二に、性能が物足りないと書いたが、フラッグシップの標準となってきたメモリ4GB・Quad HDは、九割超のユーザーが持て余していると思われる。完全にオーバースペック。ならば余計な性能を積んでさらに値段を高くする必要などない、という発想は、実はユーザー目線で見てもそう間違っていないのである。私は、XperiaXZはバランスの良い隠れた銘機になりうると思っている。

[2630] Nov 10, 2016

性能、デザイン、ステータスの三位一体を見事に実現したアップル。高価ながら先進技術を惜しみなく注ぎ込んだモデルを次々と発表するサムスン。ハイエンド機に匹敵するほどの性能を格安で提供する中国メーカー達。激化するスマートフォン市場の中で、このたびソニーが打ち出したフラッグシップ「XperiaXZ」に複雑な思いを抱いた。2016年末に出たあのXperiaの最上級モデルが、メモリ3GB、フルHDである。定価にして半額以下のAxon7がメモリ4GB、Quad HDということを思えば悲しいスペックではないか。▼ただ、持ったときの感触の良さ、親しみやすさ、質の高さは感じる。価格競争には全くついていけていないが、スマートフォンを機能と見ず持ち歩く物として見るのであれば、Xperiaにもまだ独自の価値があると思った。Xperiaブランドが誇るのは他の追随を許さぬ性能ではなく、何か物としてしっくりくるという、職人の手作り的な魅力に変わりつつあるのかもしれない。

[2629] Nov 09, 2016

仕事のついでに朝から大統領選の行方を見守っていた。開票直前までは多くのニュースやメディアがクリントン有利と伝えていたし、支持率調査の数字などもそれを裏付けていたのだが、いざ開票してみると想定外にトランプの勢いが強い。クリントンサイドの死守州はことごとく接戦に持ち込まれ、昼頃、フロリダまでトランプに落ちた。このときはさすがにフロアからも歓声と嘆息が聞こえてきた。▼結局、フロリダのみならず、当選ジンクスのあるオハイオ、ノースカロライナ、ペンシルバニアと、ほとんどの「激戦区」を失った民主党に道はなかった。共和党の完全勝利。トランプ大統領の誕生である。私は政治に疎いし、まして国際政治となるとさして知ったかぶることもできないが、自分の会社や業界に、ひいては私の給料に、何かよからぬ影響がありそうだということはわかる。キャンペーン中に吐いた彼の数々の暴言が、票集めのためのビッグマウスであったことを祈る。

[2628] Nov 08, 2016

予告通りApple Pencilについての雑感を書く。▼遅延について。いまだかつてないほど反応は良いが、全く遅れがないというほどでもない。違和感なくメモを取れるという点では実用に値するが、「紙とペン」に錯覚するほどのレスポンスを得るためには、もうひと頑張りレイテンシを詰める必要がある。▼触感について。人によっては気にならないのだろうが、硬い表面に硬い筆先を滑らせるのは思いのほか書きにくかった。つるつるして筆先が止まらないので、どうしても字が乱れる。また、筆先の浮かしが足りないせいか、あらぬところが繋がってしまったりして、書道で書くような漢字になってしまうのも面白くない。はっきりいって、手書き入力はまだ圧倒的に英語向きである。日本語を書くには無理がある。▼ペンそのもの。丸すぎるし滑りすぎる。もうちょっと普通のペンに学んでもよかったのではないか。本体に収納することもできないので、管理しにくい印象を受けた。

[2627] Nov 07, 2016

昼休み。さっそくiPadを触りに行く。▼まずは12.9インチのサイズ感を確認。でかい。当初は重さがネックと思っていたが、実際に買うかもしれない前提で触ってみると重さよりデカさに怯む。ノートであれディスプレイであれ大画面が好きな私でさえ、ちょっとためらう大きさである。膝の上で使うならともかく、左手に本体、右手にペンを持って文字を書く格好では、とても長い時間は耐えられそうにない。ノートよりもホワイトボードに近い感覚だ。▼一方、9.7インチ。これは手にしっくりくるが、ディスプレイの実面積は約291.4平方cmしかない。A5の紙が約310.8平方cmなので、それより小さいことになる。したがって、こちらはノートよりもメモ帳に近い感覚。勉強ノートとして十分な情報量を確保できるかは疑問が残る。▼公式によると来年に10.5インチの中間モデルが投入されるそうなので、待ってみるのも手かもしれない。ペンの手触りについては明日の記事に回す。

[2626] Nov 06, 2016

受信用デバイスひとつ。送信用デバイスひとつ。このアイデアは今でも正しいと思っている。しかし今、ここに無視できない別の需要が現れた。勉強用デバイスである。▼ふいに外で時間が出来て、さて勉強の続きでもしようかと思ったとき、書籍は手元にあるがノートが無いので、どうもやる気が起きない――そんな状況はしばしばある。とくに章立ての参考書などでノートを取っている場合、外で章を進めてしまうとノートが飛び飛びになってしまう。これは地味に不愉快だ。▼したがって、学生の頃から親しんできた、B5よりA4の方が好みだと言ったばかりの、あの「ノート」こそが、デバイスとして仮想化されるべきなのではないかと思い始めてきた。EvernoteやOneNote、手製PHPのオンラインメモなど、何度も何度も挫折してきた道のりだが、時代が早すぎてデバイス性能の方が追いついていなかったという事情もある。第三のデバイスを検討する日が来たのかもしれない。

[2625] Nov 05, 2016

せっかくラップトップがあるので、Civ6が起動できるか試してみた。性能はともかく解像度は3K。プレイに支障はないはずだ。▼結果。起動できるし、プレイできるが、二つの理由でつらい。一、ターン終了から次のターン開始までが長すぎる。さすがに演算能力が追いついていないということか。最初からラップトップでプレイしていれば気にならないのかもしれないが、先にデスクトップでプレイしていると待ち時間の長さに少々げんなりしてしまう。二、爆熱。予想の斜め上を行く熱量。CもGも全力で稼働すると、ここまで熱くなるのかという発熱ぶり。これからは冬なので膝は構わないが、本体側の寿命は確実に削られている。そこまでして外で遊びたいかと問われれば首肯しがたい。▼結論。外ではシヴィロペディアを見て勉強する程度がよかろう。やりたいことをいつでもやれるようにするのではなく、適した時間に適した行為を行うことこそタイムマネジメントである。

[2624] Nov 04, 2016

血液検査。大きな異常はないが、尿酸値が高いと言われた。前に検査したときも同じことを言われた覚えがある。とすれば、ここのところ明太子を食べすぎたから、とばかりも言えまい。慢性的に尿酸値が高くなっている可能性がある。ただでさえ満身創痍なところへ痛風などまっぴらごめんだ。▼ラーメンの頻度は以前より減らしているし、甘いものを完全に断つことは出来ないので、ひとつ取り掛かりやすいところから――ということで、しばらく禁酒令を出す。せっかく旨い酒をもらったところだが、ひとつ二百円もするロックアイスを買ってきてまで堪能したし、山崎の方はすぐ駄目になるものでもない。運動と禁酒で種々の数値を取り戻した後、自分へのご褒美として改めていただくのがよかろう。もちろん節度を持って。リバウンドしては意味がない。▼勉強もしたい。運動もせねばならない。子どもとも遊びたい。無論、仕事も大事。三十代とはかくも大変な時期であるか。

[2623] Nov 03, 2016

動くに動けない一日。ぼちぼちCiv6を遊んでいたら、なんだかんだで神難易度もクリアしてしまったので、改めて高難易度を総括する。▼観光出力約700での文化勝利。隣のアラビアが宇宙を狙っていたが、全都市に散らせたスパイで妨害しつづけた結果、パーツが完成することはなかった。自分の勝利を盤石にするため武力に訴えるという行動を取らないところが、今回の終盤のAI最大の弱点だと思う。序盤こそ好戦的だが中盤以降は非難声明ばかりでちっとも攻めてこない。こちらの勝利を潰しにも来ない。勝利を目指す気概に欠けている。▼都市拡張さえ上手く行けば、不死や神でもスコア差や研究力差以上に勝機があると見て良いので、挑戦中の人がいたら諦めずに最後まで戦ってみて欲しい。宗教勝利さえ警戒していれば科学勝利はある程度妨害できるので、時間を稼いで先に宇宙に逃げるも良し、文化で押し切るも良し。楽勝とまでは言わないが、前作ほどきつくはない。

[2622] Nov 02, 2016

座業の宿命か。臀部に違和感を覚えたので病院へ行くと、軽度ながら痔であった。正式名称、血栓性外痔核。要するに血豆である。皮膚の中にあるうちは良いが、皮膚の外に出てくると日常生活もままならないほど痛くなるらしい。日帰り手術を推奨されたので、それではお願いしますということで、危なっかしい血栓にさっさと別れを告げた。軽度なうちに処置できたおかげで、想像ほどは痛くなかった。▼しかし、術後に麻酔が切れて来るとさすがに痛い。歩くのも痛い。痛み止めはもらっているが、幼児期に喘息を患っているためロキソニンが処方できないということで、安全だが少々心許ないいつもの痛み止め、カロナールである。しかも体験者の話を聞く限りでは、術後の排便は手術を後悔するほど痛いとのこと。なんとも不安な駆け出しだがメスを入れてしまったものは仕方がない。明日の祝日と土日を活かして安静にさせていただく。とんだ経験値を積んでしまったものだ。

[2621] Nov 01, 2016

会社で使う「業務ノート」が六十冊目に到達。この恐るべき冊数はメモをこまめに取るからではなく、人に何かを伝えたり、考えごとをしたりするとき、いつもノートに落書きをするクセに起因している。いくつかの丸と線が大きく書かれただけのページ、唐突に現れる謎のグラフ、頭の中身をぶちまけたような文字だらけの一角。控えめに言って、九割はもはや解読不能である。解読不能なものを残しておいても仕方がない。なので、定期的にシュレッダーにかけている。▼六十冊目から趣向を変えてA4ノートにしてみた。学校や家ではA4派だが、会社ではデスクスペースの都合上B5ノートを使っていたのだ。しかし、六十冊目で今更感はあるが、B5はやはり絵を書くには狭い。フローチャートを書くにしても、対岸の相手に見えるほど大きく書くには広いA4の幅が適している。ついでにペンも青ペンに変えてみた。これはまったくの眉唾だが、リラックス効果があるらしい。

[2620] Oct 31, 2016

思っていたよりあっさりではあるが、宣言通り不死難易度をクリアしたので、勝利目的のヘビープレイを一旦終わる。ここからは難易度を再び落として内政・戦争の研究をするのがよかろう。一度も使ったことのない政策、一度も生産したことのないユニット、まだまだ山ほどある。▼AIについて。はっきり言って頭は悪い。もともと高難易度は出力が高いのだから、あまり小賢しいことをせず科学特化、戦争特化で得意分野に注力すればそれだけで厄介な存在になるはずだが、そういうわけでもなく、どの指導者も中途半端に全方面で立ち回ろうとする。そのせいで終盤の勝ち切る力が妙に弱い。皇帝、不死、ともにしんどいのは最初の蛮族と初期宣戦だった。中盤まで生き残れれば勝算は高い。▼これだけゲーム要素が増えてくると、賢いAIを作ろうとしても上手く立ち回れず裏目に出るのだろう。戦争もあまり上手いとは言えない。Civ4の頃の方がAI指導者は強かった印象だ。

[2619] Oct 30, 2016

Civ6、ひとまず皇帝難易度をクリア。中国・始皇帝での科学勝利。序盤の蛮族対策こそ大変だが、中盤以降は科学と文化だけでも気をつけて最適化していれば、安定しない難易度ではなさそうだ。ただ、恐らく数ターンの差でスキタイの宗教勝利が危なかった。文化勝利同様、気づいたときにはもう止められないタイプの勝利なので、宗教大国は侮らず先手の対策が必要だ。要するに、滅ぼしに行かなければならない。▼続いて今は、不死難易度で勝算四割程度のゲームを進行中。文明競争する以前に蛮族があまりにも酷いので、序盤を安定させるためシュメール・ギルガメッシュを使っている。彼以上に高難易度で序盤をこなせる指導者はいないだろう。目指す勝利の形は決まっていないが、基本的には科学勝利が厳しければ文化勝利という二段構えの戦略で行く。時間もあまり取れないので最高難易度クリアにこだわるつもりはないが、せめて不死くらいは安定するまでやってみたい。

[2618] Oct 29, 2016

最近、ディクテーションやシャドーイングに興味がある。学生の頃と違って机に向かう時間があまり取れないので、通勤中、つまり歩きながらや電車に乗りながらの勉強が求められるわけだが、揺れる車内で単語帳や参考書の活字を追うよりは、耳での学習の方が集中しやすい。▼ディクテーションは通勤と相性が悪そうだが、ラップトップを活用すると捗るという話を聞いた。聞き取った文章をタイピングで打ち込んでいくわけだ。スペルミスの訂正がしやすく、スクリプトの参照などもラップトップ内で出来てしまうため、意外とノートに書き出すより効率が良いらしい。理にはかなっている。▼シャドーイングはこそこそ声で。さすがに電車内で独り言を言うわけにもいかぬ。妙な発音のクセがついてしまう可能性はあるが、得られるものも大きいので目を瞑ろう。イヤホンをして、ラップトップに何かを打ち込みながら口を動かしている怪しい人がいたら、それは私かもしれない。

[2617] Oct 28, 2016

お風呂とストーブの季節になってきた。ついに今年も冬である。▼毎年、冬と言えば繁忙期であったが、今年はプロジェクトの立ち上げに重なったおかげで、比較的ゆとりのある年末を迎えられる。子どもとも遊びたいし、曲も進めたいし、Civ6も神難易度とは言わないまでも不死くらいはクリアしたいし、英語の勉強も継続したいし、やりたいことは山のようにあるから、ゆとりはあっても暇することはないだろう。もちろん飲み会も増えてくる。疲れ方は全く違うにせよ、仕事が繁忙でなければプライベートが繁忙になるだけという見方もありそうだ。▼ときに、こう実際に肌寒くなってくると、子どもの夏生まれが親孝行と言われた理由もわかる気がする。お風呂のときにいちいち脱衣所を温めておく必要もないし、広い場所で悠々と着替えも出来る。ミルクを作りに台所へ行くのも、冬の寒い夜に比べればなんてことはない。暑さを嫌う暑がりな私だが、今年は夏に感謝している。

[2616] Oct 27, 2016

Civ6では斥候が犬を連れている。アイコンも犬のマークだ。ところが、この斥候を戦士や投石兵で倒すと、斥候は倒れて死ぬのに犬だけは無傷のまま残り、何のモーションもなくゆっくりとフェードアウトで消えていく。よく見ていないと気づかないが、確かに犬は死なない。▼実は馬も同じである。騎兵に跨っている兵士は落ちて死ぬが、馬は死なずに画面の外へ逃げていく。明らかに意図的だ。動物愛護団体からのクレームを警戒して、ゲーム中では決して動物を死なせないという方針を取っているのだろう。そういえばCiv4には蛮族の前哨戦としてライオンや熊などの動物がいたのに、前作からは登場しなくなってしまった。動物なんて、出さなくて済むなら出したくないというのが本音かもしれない。しかしだとすれば、わざわざ斥候が犬連れである必要こそない気もするが……。▼声の大きい人たちのためにゲームの表現や仕様が捻じ曲げられていくのは、あまり面白くはない。

[2615] Oct 26, 2016

prevent、hinder、hamper、deter。ニュアンスは違うが、全て「妨げる」という訳が可能な単語である。▼単語帳や辞書だけで勉強している限り、これらの単語を使い分けることは難しい。しかし、だからといって「妨げる」という表現がしたいとき、どの単語も発しないのでは本末転倒だ。たとえ文脈に適切でなくとも良いから、どれかひとつは口に出したい。そういうとき私たちが口にするのは、候補の中で最初に習った単語ではないかと思う。上の四つならpreventを選択する人が多いのではないだろうか。なぜならpreventは受験英語に頻出だが、他の三つはどちらかというとTOEICやTOEFL寄りの語彙である。受験から社会人英語というありがちな道を辿ったなら、必然的にhinderやdeterよりpreventの方が口に出やすいということになる。▼教育の順序が発話に影響する。つまり、初学者の話す英語の語彙は、実は国によってけっこう個性があるのではないか。そんな雑談をした。

[2614] Oct 25, 2016

Galaxy Note7が今も各地で火を吹いている。サムスンは原因の特定に手間取っているらしく、後継機も爆発の可能性を秘めたままリリースされるのではないかと懸念されるような状態だ。スペック上は現時点で最強クラスの名機。予算さえ潤沢にあれば買っていたかもしれないだけに、人生何がさいわいするかわからない。▼一方、予算がないことで選ばれた私のAxon7は日々順調に働いてくれている。ローンチ価格の399ドルは破格と言うしかあるまい。敢えて難点を挙げるなら、GPSの掴みが悪いことと、カメラのカバーガラスが外れやすいこと。それから一部のアプリからは脱獄済みと見なされてセキュリティに弾かれてしまうことがある点も、購入を検討するなら考慮に入れた方がいいだろう。ポケモンGOやツムツムをプレイすることがメインの人にはオススメできない。むしろ動画と音を楽しみたい人に向いている。バックドア云々が気になる人はもとより買わない方が良い。

[2613] Oct 24, 2016

しばらくはCiv6の雑感を定期的に投下していく。今回は不満点について。▼指導者、難易度などのゲーム作成設定が保存されない。同設定で何度もやり直すのはよくあること。なぜ毎度設定しなければならないのか。どうして前作まで出来ていたことが出来なくなっているのか。▼ユニットの自動選択。特定のユニットを行動終了すると、ワンテンポ遅れて別のユニットが自動的にアクティブになる。自動選択自体もいらないが、遅れのせいで他のユニットを移動させようとしたら別ユニットにアクティブが移って労働者や開拓者があらぬところへ行ってしまう。まさかオフにするオプションすら存在しないとは。テストプレイで何も思わなかったのだろうか。▼高難易度の蛮族とAIがやたらと好戦的。これはCiv5の初期〜中期もそうだった。第二都市を建てたばかりの頃に騎兵ラッシュなどされても困る。対応の手がほとんどない。「神」難易度はリセット祭りになる予感がしている。

[2612] Oct 23, 2016

出産祝いに獺祭・等外23と山崎18年をいただいた。どちらも大好きな酒である。ありがたく頂戴する。▼等外とは等外米を使用した酒のこと。等級米と違い粒が不揃いな等外米は通常酒造りに適さないと言われているが、旭酒造は敢えてこれを「獺祭」ブランドの新たなラインナップとし、従来の「獺祭」に使う等級米と、この新商品に使う等外米を同時に買い取る約束を結ぶことで、山田錦生産者の歩留まりを向上させ、一方で常に品薄な獺祭を待ち望む消費者には、訳ありだが手頃に獺祭の味を楽しめる選択肢を提供したわけである。三方三様得の妙手と言えるだろう。尚、瓶にも記されている通り、等外米の注意点は味の劣化が早いこと。生産から一ヶ月以内には飲んで欲しいと書かれている。もちろん味はちゃんと獺祭なので、さっさと飲んでしまう人には魅力的な選択肢だ。▼山崎18年の方はどうか。これは言うに及ばず。文句なく旨い。響21年が超えられるかどうか。

[2611] Oct 22, 2016

アシックスのスニーカー、二代目を探している。ランニング用に購入した初代は思いがけず履き心地が良く、ちょっとした外出や休日出勤などで活躍してくれた。スニーカーとは横幅が狭く私の足には合わないモノ、という若い頃からの思い込みを一蹴してくれたメーカーである。とにかく横幅が広くて痛くない。▼アシックスのランニングシューズには2E相当の「レギュラー」と4E相当の「スーパーワイド」がある。いつも横幅で靴を諦める身にとって後者の存在はありがたいが、同じ型番でもSWになるとデザインが変わってしまうのは痛手だ。気に入ったデザインが片方しかなかったりすると悩みの種になる。実はSWも4Eと言うほど広くはなく、どのみちシームレスなので2Eとそこまで履き心地に差はないのだが、少しでも締め付けが強ければそれだけ足も靴も痛みやすい。28のSWか、28.5のレギュラーか。ABCマートで試着をしながら私も目下検討中である。

[2610] Oct 21, 2016

CivilizationVI、ついに到来。時間は少ないが、早速プレイしてみた。指導者は適当に選んだクレオパトラ。以下、雑感。▼とにかく情報量が多い。常に多方面へ気を配らないと文明の成長速度に大きな差が出る。傑作や宗教といった前作終盤の要素をまるまる残したまま、設備、住宅、政府の要素が追加されたことで、序盤といえども最適解を探すことが極めて難しくなっている。時は中世。すでに頭がパンクしそうである。▼グラフィックはリアルからトゥーンへ。また、都市の表現力が大きく向上した。建設物によって様相が変わるので、アップで見るとそれなり楽しめる。▼UIと操作感はまずまず。ただ、探索済みエリアと視界内が明確に色分けされているのはありがたいが、探索済みかつ視界外と未探索エリアの色味が似すぎていてややこしい。前者は灰色とかにしてもよかったのではないか。▼まとめ。シリーズ最難と言ってもよい難易度。慣れるには時間がかかりそうだ。

[2609] Oct 20, 2016

英単語学習について。同じ未知の単語でも、何故かすんなり覚えてしまう単語、いつも意味を勘違いしてしまう単語、何度見ても忘れてしまう単語、さまざまある。どれも意味づけと反復によって定着させていくことに変わりはないが、初見であっという間に覚えたきり永久に忘れることのない単語がいくつもあることを考えると、全てそう上手く行けばいいのにと思わずにはいられない。▼覚えやすさの差が何に起因するか、明確な理由はわからない。ただ、些細なことでもいいので、単語にひとつTipsを紐付けておくと記憶には残りやすいだろう。たとえばrebateは「払い戻し」と訳せるが、refundが全額の払い戻しであるのに対して、rebateは一部の払い戻し、つまり割戻金に近いニュアンスだという知識にまで手を伸ばしておけば、rebate=払い戻しと暗記したときより長く記憶には残るはずだ。覚えやすい語は、頭の裏側でこういう紐付けが勝手になされているのかもしれない。

[2608] Oct 19, 2016

いくつか面白いポッドキャストを見つけたので、最近は会社の行き帰りに日替わりで聴いている。映像モノと違って、乗り換えのときにいちいち止める必要がないのはたいへん勝手が良い。▼リスニングはポッドキャスト、ボキャブラリーは単語帳、テスト対策は「特急」シリーズ、リーディングはKindle Unlimitedで読めるハリーポッター英語版、それとこのところ時間がないことを言い訳に読んでいなかったHBR。各方面、無理なく習慣化できるアイテムが揃ってきたように思う。強いて言えばスピーキングの強化は抜けているが、これは独学独習がもっとも難しいところ。英語カフェのような「話せる場所」へ足を運ばなければならないが、そこまで本腰を入れるつもりは今のところない。仕事と趣味の両方で、英語での情報収集やフォーラムへの投稿がスラスラ出来ればこと足りる。話す力は喫緊の要求ではない。▼一日二十四時間。使える時間は限られる。有効に活用したい。

[2607] Oct 18, 2016

満を持してのPSVR。社会現象とは言えないまでも、転売屋が跋扈する程度には動きがあった。ブームの兆しはある。あとは兆しが光になるかどうか。▼VRの「酔い」については、酔う人、酔わない人がはっきりとわかれる。大丈夫な人は小一時間没頭しても何事もないが、駄目な人は五分で吐き気がしてくる。残念ながら私は後者。それなり練りこまれたと思われる製品のカメラでも、到底十分以上耐えられる気がしなかった。先日、車酔いで吐いたときと全く同じ症状である。胃に空気が溜まったような感覚がして、やがて強い嘔吐感に襲われる。▼さらに苦しいのは、この吐き気がVRをプレイしているときだけでなく、VRから現実にもどってきたときも再現してしまうことだ。つまり、今度は現実のビューイングが気持ち悪く感じるのである。体験者の中で二番目に重症だった私は、完全回復まで二時間かかった。これが本当に流行るのか。今のところ極めて懐疑的である。

[2606] Oct 17, 2016

TOEICの参考書を見ると、本の名前に「860」や「990」といった数字がやたらとついている。そうして、試みに某990と名付けられた本の裏面を見ると、小さく「対象レベル:スコア730から」と書いてあったりする。▼もちろん、今現在730点の者が990点を目指す本、と捉えても間違いではあるまい。しかし「990」の名前を冠しつつも、コンテンツのレベルはせいぜい800点前後しかない本が溢れているのも事実である。▼なぜスコア表記が誇張されるのか。理由は二つありそうだ。一、学習者は自惚れ屋であるので、目標を高く持つという大義名分のもと、高いスコアの記された本に手が伸びやすい。立ち読みしてみて「これなら行けそう」と思えば、つい買ってしまう。二、学習者は見栄っ張りなので、どうせ同じ程度の内容なら、より高いスコアの記された本を公共の場で広げたいと思っている。その方が格好がつく。▼さて、果たして邪推かどうか。

[2605] Oct 16, 2016

会社の健康診断。詳細なレポートはまだ来ないが、その場で測定された視力については気がかりな結果となった。眼鏡をかけた状態で、左が0.7、右が0.3。去年の測定では左が0.5、右が0.4だったが、今更視力が良くなるとは思えないので、単にコンディションが悪かったのだろう。しかし右目は明らかに見え方が悪い。▼試しに室内で片目ずつ、遠くの文字を読もうとしてみたら、左目なら楽々読める貼り紙の文字が、右目では全く滲んで見えなかった。残念ながら0.7/0.3という測定値は体感に合っている。どうして右ばかり悪くなってしまったか。心当たりはない。▼調べた限りでは、一、効き目は酷使するので視力が落ちやすく、二、両目の視力に差が出ると悪い方の目は使わなくなるため、さらに視力が悪化してしまう傾向がある、とのこと。一と二がそもそも矛盾しているような気もするが、私の効き目は左なので一は当たらない。今後は二が不安である。

[2604] Oct 15, 2016

横浜DeNAベイスターズのシーズンが終わった。敗退は悔しいが、クライマックスシリーズ初出場、しかも三位でファイナルへ駒を進められたのは素直に上出来と思う。無得点での敗退も阻止し、最後の最後まで食らいつく意地を見せてくれた。間違いなく良いチームになっている。優勝の年も遠くはないだろう。▼さて、ここからはストーブリーグの季節である。最大の関心は山口俊。果たして残ってくれるかどうか。くわえて残留が気になるのはエリアンとモスコーソ。財布だけでなく外国人枠とも相談になるが、個人的にはどちらにも残って欲しいと思っている。▼他方、投高打低と言われながらも全体的にレベルの高いドラフトは、例年通り投手中心で攻めるのか、それとも今年の高山のような活きの良いルーキーバッターを見出しに行くか――。そんな諸々をファン同士、あるいは球団の垣根を超えて云々し合う、見えざる冬のリーグが始まる。試合はなくても野球は忙しいのだ。

[2603] Oct 14, 2016

sleek。なめらかな、流れるような。sober。地味な、落ち着いた。▼最近単語帳で覚えた形容詞だが、どちらも覚えてから二日以内に動画で耳にした。sleekはAxon7のレビュー動画で「sleek design」だと言われ、soberは同じくスマホのレビュー動画でgoogleのPixelが「sober design」だと評されていたのである。どちらも知らなければ聞き流していただろう。聞き流しているうちは、sleekやsoberの意味はなかなかわかりそうにない。単語力がリスニング力に直結することを実感した一幕である。▼もうひとつ。「近いこと」を意味するproximityも単語帳で見た名詞だが、こちらはいまいち意味がわからなかった。近いことって何だ。こんな単語に出会うことがあるのだろうか。訝しんでいたら、あっさり数日後に出会った。これもスマホのレビュー記事。proximity sensorによって自動的に通話モードに切り替わるという文脈であった。つまり、近接センサーということであろう。

[2602] Oct 13, 2016

これまでさまざまなディスプレイを趣味用、仕事用ともに使ってきた。そのささやかな経験から、ベストなディスプレイについて暫定的な結論を下しておく。▼第一に、27インチ以上か未満か。これは画面までの距離による。手を伸ばしても手首が届かないくらいの距離まで遠くに置けるなら27インチ以上も可。そうでないなら25インチか23.8インチを検討すべし。▼第二に、解像度。27インチ以上はWQHD、未満はフルHD。動画制作など特殊な作業を除けば4Kは通常不要。「拡大」設定に対応していないアプリが多く、文字の大きさ・太さのばらつき、キャプチャの不具合など、悩みの方が多い。▼第三に、光沢の有無。観賞用ならグレア、作業用ならノングレア。テレビ代わりに使うのでなければ、ノングレアの方が目には優しい。▼最終的には、家を27インチWQHD二枚、会社をWQHD一枚と支給品のSXGA一枚のデュアルにしたいと思っている。ただし、ヘッドフォンよりは後回しである。

[2601] Oct 12, 2016

子どもが泣き止まない。▼私もかつてはそうだったらしいが、とにかく泣く。いつも起きて泣いている。ひとりで機嫌よく横になっているということがまずない。酷いときはまるまる一日中起きていて、お腹がいっぱいだろうとなんだろうと泣きつづける。一般に、赤ちゃんが泣き止まないときは一に空腹、二におむつ、三に室温、四に体調を疑えと言われているが、今も大泣きしている彼は、満腹でミルクも飲もうとしないし、おむつは綺麗だし、室温はいつも通り適温だし、体温は平熱である。そうして抱っこしていても尋常じゃない泣き方をしている。かれこれ二時間くらい泣いている。▼二ヶ月くらいになると「理由もなく」泣きたいから泣くこともあるそうで、あまり無理に泣き止ませようとしない方がいい、とも言われたが、そうは言っても心配になるのが親心というもの。朝まで泣き通されてはこちらの気力も持たないし、もうひとつ、何かヒントが欲しいところではある。

[2600] Oct 11, 2016

愛用のヘッドフォン、ゼンハイザーのHD650。しかしこの頃、左耳から異音がするようになってきた。とくに椅子から身を起こしたときなど、物理的に移動したときは激しいノイズが聴こえてくる。ダイヤフラムの異常か、あるいはコイルの不具合か、何の検討もつかないが、六年間も酷使してきたので、そろそろガタが来てもおかしくない時期ではあるだろう。買い替えが近い。▼次の機体候補は現状三つ。一つ目は再びHD650。長い付き合いだが不満は欠片もないし、掛け心地も良い。変えて失敗するくらいなら安牌である。二つ目は素直にグレードアップさせてHD800。予算捻出は至難だが、新世界が開ける可能性はある。HD800Sは価格差ほどの価値を見出せないので見送ることになりそうだ。最後に、三つ目はベイヤーダイナミックのT1。聴くジャンルにも合うし、以前からテスラドライバーには興味があった。セカンドジェネレーションである必要はない。

[2599] Oct 10, 2016

クライマックスシリーズ、ファーストステージ最終戦。素晴らしい試合だった。贔屓の眼鏡を外し、初出場のCSという文脈から切り離しても尚、名勝負と言うべきだろう。今年のベストマッチと言っても過言ではない。最初の大舞台でこれだけの熱闘を披露してみせたベイスターズは、もう胸を張っていいと思う。▼標準的なハイライトはロペスの先制2ラン、阿部の同点2ラン、関根の犠牲フライ、村田の同点ソロ、そして最後のバッター阿部のライトフライというところだろうが、私の選ぶベストシーンは9回ウラ、ノーアウトランナー1塁で投じた田中健二朗の牽制だ。巨人の切り札、盗塁成功率100%を誇る走塁の天才・鈴木尚広を見事に刺した値千金の牽制アウト。これがなかったら延長戦を待たずに試合終了だった可能性は高い。シーズン中には決して見ることのできなかった、しびれる場面である。▼とにかく両チーム死力を尽くした総力戦だった。勝利できて嬉しい。

[2598] Oct 09, 2016

早朝。ちょっとしたトラブルで大雨の横浜を走り抜け、昼前に帰宅してから再びハマスタへ。同僚と連れ立って、赴くは特設の球場外ビアガーデンである。▼雨上がりの芝。三十分前に到着するも、ビニールシートエリアは当然のように満員だった。千人をゆうに越えると思われる立ち見客。その列に加わって、ベイスターズラガーと屋台の(あまり美味しくはない)軽食をいただきながら、現地の中継を観る。ミットに球の収まる音が鋭い打球音に聞こえるようなスピーカーの具合に誑かされて、外野フライがことごとくホームランに思えたため、梶谷、ロペス、筒香、宮崎。何度もぬか喜びさせられた。最後の最後、下園の鋭い打球もしかり。打った瞬間立ち上がる千人超――そして落胆する千人超。▼負けはしたが見ごたえのある試合ではあった。とくに七回を二安打で抑えきったあの今永の勇姿は、深くファンの心に刻まれたことだろう。明日はファースト最終戦。絶対勝ちたい。

[2597] Oct 08, 2016

吐いた。十年ぶりくらいと思う。少なくとも「400」を開始した2009年8月以来はなさそうだ。記憶にも記録にも残っていない。▼ところで、食べたものをほとんど全て戻してしまった後、ふと考えた。今日は明らかに食べすぎてしまったが、消化される前に吐いたのだから、これは結局カロリーを摂取していないことになるのだろうか。▼答えはイエス。何にせよ身体に吸収されていないのだから、端的に言えば摂取カロリーにはカウントされない。しかし恐ろしいことに、それなら食べたらすぐに吐いてしまえという「嘔吐ダイエット」なる危険な行為があるそうだ。当然、高確率で摂食障害の引き金になり、進行すればうつ病、身体的にも食道炎や胃炎を引き起こし、免疫系も疲弊し……と心身ともにロクなことがないので、ダイエットなどと呼べる代物ではなく、ほとんど自傷行為である。好きなだけ食べたいが運動せずに痩せたいという歪んだ要求の成れの果てであろう。

[2596] Oct 07, 2016

ドラマや映画の視聴はリスニングの強化にあまり効果的でない。そんな英語学習ノウハウの記事を見た。その真偽を云々できるほど私はリスニングに通じていないので、立場はあくまで中立だが、的を射た指摘も多いので要点を摘んでおく。▼一、束縛される時間に対して、英語を聴いている時間が実は少ない。ストーリーものには「地の文」にあたる無言のシーンが不可欠だ。一般に、二時間の映画で英会話を聴いている時間は一時間以下だという。二、ドラマや映画の英語は自然な英語ではない。ちょっとした会話でも気の利いた表現やユーモアが散らされすぎて、全く意味がわからなかったり、自分で使いこなすには難しすぎたりする。三、映像を見つづけていなければならないため、時間を強力に拘束される。つまり「ながら聴き」が出来ない。通勤中に観るとしても、乗り換え中は止めざるを得ないだろう。▼通信量を著しく消費するという「四」を足してもいいかもしれない。

[2595] Oct 06, 2016

先日病院で盗まれた軽量の80cm傘を再購入して、ひきつづき愛用している。足が濡れない雨は素敵だ。もっと早くに買っていれば、疎ましい気持ちで形成されてしまった雨の心象風景も、今とは違ったものになっていたかもしれない。▼ときに、この傘を出勤路でたまたま一緒になったシンガポール出身の先輩に自慢したところ、「そう、私はこれが傘って思う」と予想外の返事が帰ってきた。曰く、シンガポールから日本に来た人がみんな驚くことのひとつに、「傘が小さい!」という感想があるのだそうだ。高温多湿、雨季は毎日が雨模様で、乾季もスコールに見舞われる彼の国では、日本で標準的な60〜70cmの傘など役者不足も甚だしいということだろう。土地がなく道の狭い日本では、大きい傘が迷惑になりやすいという事情もあるかもしれない。▼ただ、私が購入を見送ったメガブレラ――90cm傘については、サイズ感を手で伝えると、それはさすがに大きすぎ、と笑っていた。

[2594] Oct 05, 2016

本格的に通勤で新携帯を使ってみて。▼第一の感動は、行きと帰りでフルに動画を見ても耐えられるバッテリー。会社で充電しなくても帰宅時に30%は残っている。充電は夜だけでいい。第二は、本当にオーディオプレイヤー要らずの高音質。クラウドストレージ経由で曲の確認が楽々出来るのはありがたい。もちろん、動画を見るに際しても嬉しいポイント。第三は、ウェブ閲覧時の視認性の高さ。調べ物をするのが億劫にならない。一度大画面を使ったら戻れないと言われる所以もわかる。次の端末も5.5インチ以上になりそうだ。▼難点はポケットの中での存在感と、通信量か。大容量プランを選んだとはいえ三日間ですでに2GB以上使用している。月間20GBペースである。ただ、ここ三日は実験的に動画ばかり見ていたが、本を読んだり将棋をしたり、寝たりする日も当然あるのだから、工夫すれば12GB以内に抑えてメインSIM一枚で運用することも可能だろう。

[2593] Oct 04, 2016

既存コードの視認性を高めるべく、テンプレートで小細工が出来ないかどうか諸々試すデバッグコードを書いていたら、ビルドエラーの嵐になった。先輩と喋りながらちょこっと書いてはビルド、といういい加減な手順でやっていたとはいえ、単純に返り値が抜けていたり、ただ括弧がなかったり、テンプレート特殊化の構文が間違っていたり、なんとも凡ミスだらけである。コーディングも英語と同じ。長く使っていなければ、かくも鈍るということだ。▼もちろん、こんななまくら刀では仕事にならぬ。慣らし運転はさっさと終えて、真剣な作業に入らなければならない。勤続六年、ようやく巡ってきたシステム最下層の完全再設計チャンスである。私のコーディングスキルを信頼してもらえたことは嬉しいが、今作のみならず今後の品質も左右する大仕事。責任は重大だ。十分なリサーチと執拗なテストで、最高に頑健な、そして必要十分な、可読性の高い基礎クラス群を作りたい。

[2592] Oct 03, 2016

来年。忙しくなると予想される時期が大幅に変更された。九月あたりから年末にかけての秋冬と思われていた最繁忙期は、半年ほど倒しされて三月から八月となる。特にピークは五月以降だろう。▼忙しくなって潤うのは願ったりだが、最大の悩みどころは保育園。嫁の育休が短くなるリスクをとっても、立地の選びやすい来年四月を入園時期の第一候補に考えていたが、まさにその時期から繁忙期とあっては、二人とも働きはじめると同時に慣れない保育園通いが開始、しかも私は遅くまで帰らないという唐突な修羅場が訪れてしまう。一方、育休を一年に伸ばして八月までとすると、今度は保育園の選択肢が減る。しかも下手をしたらマスター直前という時期に、保育園探しに奔走しなければならないかもしれない。そうして、万が一入園できないとなったら……。▼よって、一年半延長も視野に入れつつ再検討を行う。依然として来年四月が有力とは思うが、軽々には決められない。

[2591] Oct 02, 2016

本日は「すた丼」にチャレンジ。豚肉、にんにく、あらびきブラックペッパー。休暇明けの仕事始め、ひとつ景気をつけるにはちょうどいい。▼味のことだけ考えればしゃぶしゃぶ肉で作りたいが、財布とも相談してアメリカ産の豚ロース(徳用)二割引を選択。みりんと酒と味覇とおろしにんにくとを適宜混ぜ、湯通しした豚肉に炒めたネギを絡めて塩コショウで軽く味付け。味付け海苔を乗せた硬めのご飯にこれらを投下し、最後に温泉卵とたくあんを添えれば完成である。▼さて、味は。うん、とても薄い――我が家は基本的に薄味志向なので、このたびは敢えて本家「すた丼」のような濃い味にすべく、入れすぎと思うくらい各種調味料を入れてみたのだが、全く足りなかった。いったい店ではどれほど塩分を入れているのか、空恐ろしくなる。薄いなりにまとまった味ではあるので、無理に店味に寄せる必要はないのだが、平凡な肉ご飯になってしまったのはちょっぴり悔しい。

[2590] Oct 01, 2016

第2期叡王戦、本線第一回戦、羽生三冠vs山崎八段の棋譜を見る。横歩取りから開戦した空中戦、相手の喉笛を狙い合う桂馬の飛び合い、終盤に入っても尚詰め切れず、起死回生の角から精算して仕切り直し、161手の激戦を制したのは、やはりというかなんというか、来る年も来る年も衰えつづけて未だ全盛期の羽生三冠であった。かなり見ごたえのある棋譜である。▼現実味を帯びてきた羽生さんと将棋AIの真剣勝負だが、私は見たい気もするし見たくない気もする。正直、今のAIが何の制約条件もなく全力を出したら、どうあがいても人類では勝てない。もはや人間vsAIの思考ゲーム対戦は、AI側にどういう枷をかけるかという段階まで来てしまっている。ディープラーニングはデータ量と階層を増やせばいくらでも強くなるのだから、勝負の結果がどうあれAI側が「全力」でない以上、誰をどう褒め称えるべきか、戸惑う結果になってしまいそうな気がするのである。

[2589] Sep 30, 2016

今日PCを立ち上げたら、ウインドウズに大きな更新が適用されたらしく、「ただいま準備しています……」というインストール時のような全画面ガイダンスが流れた。そうしてトップページに辿り着くと、まず目についたのはEdgeブラウザ。私は諸事情により今でもIEを常用しているので、タスクバーの左端はIEに設定していたのだが、これがなぜか勝手にEdgeブラウザにすり替わっている。不穏な空気が漂う。▼次に、スカイプアイコンが消えている。どうやら統合版が勝手に優先されているらしい。さらには前に無効化したはずのCortanaが復活している。他にも、WebとWindowsを検索ボックスが消えた。eLisencerが起動時にライセンス読み込みに失敗するようになった。管理者権限を持たないアプリからライセンスを認識しなくなる現象が発生するようになった、等々。▼要するに何もかも余計なお世話である。マイクロソフトがナルシズムから脱却できる日を心待ちにしている。

[2588] Sep 29, 2016

「!」。感嘆符、通称ビックリマーク。今日では小説にも違和感なく登場するほど言語に浸透してきた記号だが、この「!」について、ふと疑問に思ったことがある。書き順である。▼私は常に上から書く。線を引いて、点で止める。しかしそう書いてながら、不思議なことに正しい書き順は点からなのだと思っていた。点から発したエネルギーが!と上に跳ね出すイメージである。実際、上から派と下から派、どちらの流派も一定数はいるようだ。では、本当のところはどうなのか。▼実は感嘆符の明確な起源はわかっていない。ただ有力な説は二つある。一、叫びを意味するラテン語"INCLAMATIO"を略して最初と最後のIOを縦に書いたとする説。二、ラテン語で感情の高ぶりをあらわす間投詞io(イオー)を同じく縦に書いたとする説。いずれにしても線はi、点はoであるらしい。とすれば書き順は上から下が正しそうである。イメージが文字化されたのではなく、略語だったわけだ。

[2587] Sep 28, 2016

赤ちゃんの微笑みには生理的微笑と社会的微笑の二種類がある。たとえば私の子どもは生後一ヶ月になったところだが、つついたりあやしていたりしていると、ときどき何の脈絡もなくニヤッと笑う。これは生理的微笑で、赤ちゃんの意志とは関係なく無意識に行われる微笑みである。両親にいっそう関心を寄せてもらい、より世話をしてもらうために、自分の可愛さを本能でアピールしているわけだ。▼生理的微笑は一ヶ月から二ヶ月くらい経つと徐々に減り、代わりに社会的微笑みが現れ始める。これは、微笑むことでより自分にとって嬉しいことをしてくれる、自分にやさしくしてくれるということを学習した赤ちゃんが、私たちの働きかけに対する反応として行う微笑みである。こちらの献身に対して笑顔という報酬で答えてくれるので、この段階になると子育てが一気に楽しくなるという人もいるようだ。▼ちなみに、大人になるとここに新たな笑いが加わる。愛想笑いである。

[2586] Sep 27, 2016

週刊少年ジャンプで連載中のダンス漫画、横田卓馬の『背すじをピン!と』に、金龍院貴正というライバルキャラクターが登場する。三強の一角として描かれる彼の持ち味は、抜群の安定感で踊る基本足型。その太ましく特徴的な容姿とは裏腹に、ただひたすら基本型だけを磨きつづけた技術は本物で、「基本を突き詰めれば誰にも真似できない唯一無二の「業」になる」と学生チャンピオンの咲本譲治も評している。▼別段、好きなキャラと言うわけではないが、親近感はある。ブランクを挟んで七年近くも編曲をしていながら、今でも使えるのは基本三和音のみ。とがった音使い、壮大な展開、自分らしさ、独特の持ち味……そういうものに惹かれつつもついに近寄れず、蓋を開けてみれば基本以外のことは何ひとつ出来ずに来た私にとって、それでも極めればいつかは何者かになれると主張する彼の存在は励みになる。研ぎ澄まされた基本型という到達点も、目標としては悪くない。

[2585] Sep 26, 2016

「これだけ暗記!君も簡単に小説が書ける五百の単語」とか「泣かせるクライマックスで使いたい、ちょっとオシャレな掛け合い集」とか、そういう馬鹿げた本は見たことがないし、あってもすぐに馬鹿げているとわかる。けれども、たとえば小説を音楽に、単語を和音に、掛け合いをコード進行に変えると、あら不思議。そういう本は山ほど見たことがある。なぜだろう。▼作曲家の方が物書きに比べて楽観的で作業的だ、などというつもりはない。心ある人ならどちらだって、単語や和音のような部品をかき集めただけで作品が仕上がらないことくらい重々承知しているはずだ。では改めて、なぜか。実は、現段階では問題提起にとどまる。音符と言語の記号性の違いや、アナログ情報の解像度の差、あるいは再利用性に関する文化的な側面など、いろいろ考えてみたが、明確に言い切るのは難しいと判断した。今日のところは本当に不思議に思っただけである。解決次第、別に書く。

[2584] Sep 25, 2016

「家系ラーメンが美味しいと思えない」と言われたので、私もそう思うと答えたら、「それなのにどうして食べるの?」と訊かれた。明確な回答はある。しかしそれを披露する前に、まずは寿々喜家について書かねばなるまい。▼家系と言えば長いこと壱八家で満足してきた私だが、ちょうどつけ麺の方で一燈やとみ田に行脚し始めた頃、家系も頂点を食べてみたくなり、上星川の「寿々喜家」へ行った。辺鄙な立地、古びた店舗。しかし肝心の味は下馬評通りで、家系の型に則りながらここまで旨いラーメンが作れるものかと感動さえした。▼ただ、同時に家系の限界も感じてしまった。家系は、たぶんこれ以上は旨くは出来ない――いや、これ以上旨くしたら家系ではなくなってしまう。家系とは、要するにジャンクなのである。「旨い、旨い!」と息を切らせて食べるような絶品ではありえないが、だからこそたまに食べたくなるのだ。夜中のカップラーメンと同じジャンルである。

[2583] Sep 24, 2016

やっとクーラーの要らない気候になったと思ったら、今度は途端に肌寒い。「暑さ寒さも彼岸から」なんて揶揄されているほど、こう夏と冬の境目がばっさりだと身体も壊しやすくなる。ここ二週間で何度か頭痛にも見舞われた。あんまりカロナールで誤魔化していると耐性が付きそうで怖い。▼せかせか働いているせいか、外傷も目に見えて増えた。先述の仙骨打撲に加え、右足の内側に少々深い突き刺し傷、左足の爪損傷、右手の親指と左手の薬指にはそれぞれ切り傷がある。メッシュ状になって耐水力の上がった新生ケアリーブをペタペタと貼り付ける毎日だ。ただ、生傷はいろいろあれど、とりわけ痛いのはやはり仙骨。立ったり座ったりがすっかりおっかなびっくりになってしまった。▼ぎっくり腰のときにも痛感したことだが、腰、首、頭、要するに脊髄の周辺は、三十過ぎたらしっかりいたわってやらないとロクなことにならない。体が物理的に脆くなるのはいやなものだ。

[2582] Sep 23, 2016

将棋ウォーズが「棋神解析」なる課金サービスをはじめた。これは、任意の対戦ログ(棋譜)の特定の手番で、どんな一手を打つのが正解だったのかをコンピューターが解析して教えてくれるサービスである。有利に進めてきたゲームで最後に詰めきれず負けたときなど、「どうしてもここで良い一手が思いつかなかった!」という場面は対戦の中で数え切れず出て来るもの。そこへ事後的にそっと手を差し伸べて、もやもやを解決すると共に棋力向上を促してくれるというわけだ。▼この新サービス、かなりクリティカルな課金要素だと思う。従来の課金要素である「棋神が五手代わりに指してくれる」権利なんてちっとも欲しくならなかったが、今度の棋神解析は、フェアだし、棋力向上にも繋がるし、純粋に知りたいことが知れて面白い。なにより使って後悔する余地のないアイテムである。課金して後ろめたさがなく、気持ちが晴れること。課金の基本はこうでなくてはならない。

[2581] Sep 22, 2016

一週間ほど前。赤ん坊の世話をしているさなか、腰を落とした場所が不運で椅子の背板の角に尻を打った。椅子の背後に立ったとき、自然と両手をかける位置に突き出した、あの左右の突起である。ぶつけた瞬間も相当に痛かったが、それからというもの硬いところへ座るたびに尾骨のあたりが痛むので、先日、不安になって整形外科に行ってきた。▼先生の言葉を要約すると、以下の通り。その位置のレントゲンは気安く撮れない。撮ったところで折れてようが折れていまいが治療法に差はない。痛み止めを塗って我慢しろ。痛みが引くまで長ければ半年はかかると思え。一ヶ月で治れば運がいい。とくべついたわる必要はないが、痛みが強くなるような体勢や運動は避けること。最後に、そこは尾骨じゃなくて仙骨。▼以上の流れで、痛み止めを処方されて帰ってきた。だんだんと痛みが強くなってきているのが不安だったが、そういうものらしいので、納得して我慢することにする。

[2580] Sep 21, 2016

このところ洗いたての衣服が少々臭うのは、台風による雨つづきで生乾きの洗濯物が増えたからだと思っていが、どうやら洗濯機の状態も良くなかったらしい。槽洗濯モードを選んで酸素系溶剤で十一時間、塩素系溶剤で十一時間、まるまる二日かけて黒カビの徹底除去をした。内部の汚れがどれだけひどかったかは排水フィルタの具合で事後的に判断するしかないが、お世辞にも褒められた衛生ではなかったようだ。▼ときに酸素系と塩素系はいわゆる「混ぜるな危険」であって、連続して使うのは大丈夫かと思われるかもしれないが、今回のような徹底した掃討作戦では、この順番での二段構えが技ありらしい。端的に言えば、酸素系で剥がして、塩素系で溶かす。それぞれが持つ除去力と分解力を最大限に活かすわけだ。もちろん、前段の酸素系溶剤が排水フィルタの前で詰まっていたりしないかどうか存分の注意を払う必要はあるが、慎重にやれば問題はない。効果は抜群である。

[2579] Sep 20, 2016

荒れ狂う台風の中、出生にまつわる書類提出のため臨時出社。「子どもが生まれたら必ずしなければならない7つのこと」のような情報サイトで、ドミノ倒し式に書類をもらったり提出したりする手順を見るたび、どうせ必須の手続きなら最初のひとつに集約してくれればいいのにと思う。▼とりわけ戸惑ったのは健康保険証の発行だ。区役所配布の手引きには出生届のコピーが必要と記載されているが、提出してしまった出生届のコピーをもらう方法は事実上存在しないらしい。つまり、あらかじめコピーしておかなければ二度と入手はできないということだ。デバッグ不足のゲームのバグじゃあるまいし、そんなものが後工程で必要になるのはおかしくないだろうか。▼結局、必要な書類は(これも少々理解に苦しむが)人によるらしく、私の場合は母子手帳のコピーだけで足りた。一刻も早くマイナンバー制度が普及して、複雑怪奇なプロセスがすべて背景化してくれることを祈る。

[2578] Sep 19, 2016

我らがベイスターズ、球団初のクライマックスシリーズ(CS)進出を決めた。まずは盛大に喜びたい。▼2007年にCSが創設されて以来、セ・パ12球団でただ一人、ベイスターズだけはCSへ駒を進めたことがなかった。セ・リーグ優勝も目指すべき夢には違いないが、それ以前にCSへの出場が悲願だったわけだ。実際、野球ニュースでは軒並みトップページを飾り、公式サイトには動画付きの特設ページが現れ、サンスポは号外を配り、ノジマはCS進出セールを開催するなど、まるで優勝したかのような騒ぎである。ここまで来たらいっそ、優勝チームの目の前で胴上げでもして欲しかった。笑いとともに盛り上がったかもしれない。▼ともかくあとは残り四試合、きっちり勝ち切って二位の座を奪い、横浜スタジアムでの開催を目指したい。二位・巨人との試合はもう二試合しかないので自力の二位は無いが、ゲーム差はたったの2.5。十分まくれる位置につけている。

[2577] Sep 18, 2016

うどんをすする音で赤ちゃんが泣き止むという、にわかに信じがたい記事を読んだ。実験してみたところ、十人中九人が本当に泣き止んだとか。いつもならホントかいなで済ませるところだが、さいわい今の私には確かめてみることができる。やってみた。▼朝。目覚めて腹が減ったのか大泣き。ミルクをつくる間にうどんのすすり真似をしてみる。ピタリと真顔になる。昼。理由もわからず泣く。またすすり真似をしてみる。泣き顔が一転して普段の顔に戻り、体の動きが止まる。本日、計五回実験してみたが、死ぬほど腹ペコだったらしいお風呂後を除く四回は全て泣き止ませることに成功した。まさか本当だったなんて。今年最大級の衝撃である。▼どんな赤ちゃんでも確実に泣き止むとまでは言えないだろうが、これほど有意な効果がある以上、赤ちゃんが胎内で聴いていた音に周波数が似ているとか、何かしら科学的な根拠はあるのだろう。これからも便利に使わせていただく。

[2576] Sep 17, 2016

私は紅茶に砂糖を入れない。ましてミルクなんか天地がひっくり返っても入れない。しかし、たとえばストレートティーと一緒に練乳ミルクアイスをいただくとしたら、これは大歓迎である。なぜか。▼感覚ではわかっているつもりでも明確に理由を説明できなかったので、晩御飯の後、まさにこの組み合わせで試してみた。弟がアメリカ土産に買ってきてくれた80パック4ドルの紅茶と、ローソンで買ってきた新作のリッチミルクアイス。さて、どうして私はこれらの組み合わせを旨いと思うのか。▼答えは出た。つまり、私が好んでいるのは、ミルクアイスによる口の中の甘みを、紅茶の苦みでかき消していく瞬間だということらしい。アイスと紅茶の配分を自分の意思で制御しながら作り出す、甘い状態と苦い状態の落差にカタルシスを感じているわけだ。とすれば、最初から甘みの平均化された砂糖入り紅茶やミルクティーでは、この要求を満たすことは全くできないのである。

[2575] Sep 16, 2016

数日前、ヨドバシカメラの地下で病院の順番待ちをしていたら、リュックを背負ったガタイのいい初老の男性に話しかけられた。「そのスマートフォン、どういうことに使うんだい?」▼「ほとんど遊びですね。ゲームとか、将棋とか。」「そうなんだ。ニュースとかは見ない?」「あんまり。たまに見ます。」「そうか。僕はね、市立図書館で外国の新聞を読んでいるんだ。」話はすぐに彼の自己紹介になった。「英字新聞ですか?」「それもだけど、中国語、ロシア語、フランス語も。十ヶ国語くらいやってる。」そうして、白い紙に太い鉛筆で書かれた筆記体の英語のメモを見せ、私のスマートフォンでBBCニュースの中国語サイトを見てみろと言い、英語の勉強法についての講釈を行い、自分の過去を語って、そのうち帰っていった。▼落ちも何もないが、暇つぶしにはちょうどいい、面白いおじいさんだった。退職後のこれから、ジャーナリストになるのが目標なのだそうだ。

[2574] Sep 15, 2016

いま手がけている曲のEQやリバーブ、コンプレッサなどの設定は、簡素ながらクセのある値になっていて、ひとつバイパスしただけでも相当に違う音がする。▼遥か過去の自分が何を思ってこういう音作りにしたのか、今となってはあまりよく覚えていないが、全てオフにしたときの音と比較してみると、低音の重さを犠牲にして中高域の伸びを取り、複雑な響きよりは明瞭で力強いアタックを好み、サステインの減衰を抑えてロングトーンが映える、そんなバランスにしたらしい。そのせいで今、困ることもあるのだが、そこは当初の思惑を尊重して設定には手を付けないでいる。どのみち、何かを立てれば何かが立たないだろう。▼特に、ロングトーンの伸び方が尋常でないのは、弦楽器の音に憧れていた当時の私が、なんとかピアノでもロングを良く聴かせたいと苦心した結果だろう。今、同じ設定を再現できる自信はないので、集中力と粘着力を傾けた過去の自分に感謝したい。

[2573] Sep 14, 2016

スマートフォンのフロントスピーカーがグレードアップしたことで、食器を洗うときやミルクをあげるときなど、手すきの時間にちょこっと動画を見たり曲を聴いたりするのが当たり前になった。どちらもこれまではモバイルに期待していなかった行為である。こだわりがない限り、端末性能が向上すれば純粋にやれることも増え、やることも増えていくということだ。▼今後しばらくはモバイルやウェアラブルに生活の機能が集中していくだろう。私は全くおサイフケータイを使いこなせていないが、先駆者たちはすでに財布を持たない生活も始めている。「スマートフォンを落としたら全てお終いじゃないか」という人もいるが、同じく落としたら破滅感のある財布と違って、拾った他人がそう簡単には利用できないスマートフォンの方がセキュリティ性は遥かに高い。指紋認証付きの端末に全て詰まってくれた方がありがたいのである。今となっては私もそうなることを願っている。

[2572] Sep 13, 2016

キーを上げ下げしてゲシュタルト崩壊を防ぎつつ、思わぬ瑕疵を見つける手法についての補足。かなり昔、この手について公に話したところ、実際にどれくらい上げたり下げたりするのかという質問をもらったことがある。私の答えは今でも変わらない。プラスマイナス「3」である。▼4以上を聴かない理由は単純だ。上下幅が3を超えると、響きが違いすぎて違和感がアテにならなくなってくる。妙な場所を見つけるための手なのに、どこもかしこも妙に聞こえてきては困る。一方、ときに3まで上下させる理由は、プラス3やマイナス3が、ちゃんと「高すぎてキンキン」したり「低すぎてドロドロ」したりするのを確認するためだ。プラス3が普通に聴けてしまうとしたら、オリジナルの音域が低すぎる可能性がある。そして逆もしかり。3はほとんど音域確認用である。▼時折+1の方が断然良く聴こえる場所があったりして悩ましいが、差し引いても有効な手だと思っている。

[2571] Sep 12, 2016

広島が二十五年ぶりに優勝した。広島ではテレビの視聴率が60%を超え、優勝の瞬間は70%に達するなど、二十五年前に次いで二位を記録したそうだ。大騒ぎである。▼私はもちろんシーズンを通してベイスターズを応援してきたが、広島が頭ひとつ抜けてきた夏以降は、このまま広島に優勝してもらっていいのでは、と周りに言っていた。今年の広島は文句なく強いし、新井がいて、黒田がいて、これでリーグ優勝となれば、いちばん綺麗にまとまるだろうと。少なくとも巨人の逆転優勝なんて面白くもなんともない。それよりは断然、広島優勝が見たい。新井や黒田の胴上げが見たい。▼そう思っていたら、あれよあれよという間に優勝が決まり、望んでいた場面も見ることが出来た。よほどの広島アンチでない限り、野球ファンなら感動のシーンである。二十五年間、このときを待ちつづけた広島ファンの心中はいかほどか。はらはら泣いて立ち尽くすファンの姿も美しかった。

[2570] Sep 11, 2016

曲の盛り上がる所を創るのは楽しいが、ちょっと苦手だ。盛り上げ方がどうこうというより、何度もプレイバックしていると耳や頭が痛くなってくる。そのうち音がゲシュタルト崩壊して、何もわからなくなってくる。こうなるとしばらくお手上げである。▼同じ場所を聞き過ぎて良し悪しが判断しにくくなってきたとき、よく使う手はキーを上下させてみることだが、キーを変えてもフォルテはフォルテ。この問題は解決しない。では単純に音量を小さくするのはどうか。これは当たり前の手に思えるが、やってみると案外上手く機能しない。キーを上げ下げしてフレーズの特徴や問題点を炙りだすのとは正反対に、いろいろなものが聞こえなくなってしまうからだ。聞こえ方が変わるだけでなく、情報量が落ちてしまうのである。▼したがって、今のところ「我慢する」以外に方策がない。うまい手を見つけた暁には書きたいが、いつになることか。解のない問いではないことを祈る。

[2569] Sep 10, 2016

打ち込みピアノで高速トリルを作るとき、音符をきっちり揃えてしまうといかにも機械音な感じがして気持ち悪いので、そこだけスナップなしのモードに切り替えて少しずつ前後にズラしている。昔はキーボードでリアルタイム入力した音符を元にしていたが、最近は慣れてきたのでマウス打ちでもいけるようになった。▼ただ、どうやらトリルの出口が重要な音である場合、つまりアウフタクト的な役割をさせるトリルの場合、最後の方だけはテンポに揃えた方が聞こえが良いらしい。今回、一小節まるまるのトリルを何通りか作ってみて聴き比べたところ、「最後までバラつかせている<全て揃えている<最後の一拍だけ揃えている」の順で格好良かった。何故かは知らないが、確かにそう感じた。▼この結果を支持してくれるような理論があるとは思えないが、ピアノらしくないピアノの打ち込みにも、良く聴こえるための小細工というか、工夫のしどころはあるものだなと思った。

[2568] Sep 09, 2016

子どもは名前も正式に決まり順調に育っているので、並べて事もなし。よって連日携帯の話とする。▼BiglobeのSIM、データ通信12GBプランを契約した。音声通話の契約には件の証明書類が必要だが、データ通信ならクレジットカードひとつで即日開通する。音声通話はFREETELの従量課金か、または同じBiglobeの最低容量のプランを契約してデュアル運用するつもりだ。大容量のデータと小容量の音声通話。最低のコストで最大の通信量を得るための均衡点を探り続けた末の結論である。▼運用初日。思わぬ自体は早速起きた。なんとツムツムがプレイできない。どうやら端末が脱獄(Root化)状態扱いされて、不正を働いているとみなされているようだ。Xiaomiの端末ではRoot化しなくても同じエラーが出るという報告を見たが、残念ながらAxon7も同様であった。有志が公開しているAPKを使ってチェックをバイパスする方法もあるが、出来れば穏やかな方法を探したいところである。

[2567] Sep 08, 2016

運転免許証がなく、パスポートの期限も切れている今、「顔写真付きの身分証明書」が私にはない。そうして厄介なことに、これがないと携帯の通話SIM契約が出来ない。仕方がないのでマイナンバーカードの申請に着手する。どうせいつかはやらなければならない作業である。▼手段は三つ。通知カードに必要な情報を記入して郵送する方法。自分でデジタル写真を撮影してインターネットで申請する方法。マイナンバーカードを申請可能な証明用写真機を使って撮影と申請を同時に行う方法。このたびは本気なのか、役所仕事がネット申請に対応しているのは驚きである。▼私はというと、スマートフォンで自分を撮影して証明カードに耐える写真になるか自信がなかったので、区役所へ行ったついでに申請可能な写真機について窓口に尋ねてみたのだが、そんな機械は知りません、申請は郵送かネットの二つだけじゃないですか、と一蹴されてしまった。やっぱり役所仕事である。

[2566] Sep 07, 2016

多くの動画配信サービスには、ユーザーの通信速度に合わせて画質を自動で調整するオプションがある。このオプション、速いときは高画質、遅いときは低画質に切り替えて、音と映像に途切れがないよう動画を見させてくれるので、一見素晴らしい機能に思えるのだが、無配慮に使うと危険な一面もある。通信量である。▼最近の「高画質」はたいていHDを意味する。そうして、動画フォーマットの違いこそあれ、HDの視聴に必要なデータ量は約900KB。単純計算で二時間の映画を観ると6GB消費することになる。キャリア三社の通信速度は昼や夕方などのピークでなければ10Mbps以上は出るので、迂闊に映画など観ようものなら月の通信量制限を一瞬でオーバーしてしまうわけだ。HDならまだしも、フルHDや4Kが選択可能な動画など、ドラマを一話うっかり観ただけでおしまいである。通信量テロである。▼そういうわけで自動設定は推奨しない。中画質あたりが無難である。

[2565] Sep 06, 2016

去年の七月、つまり一年以上前、玄関先にヤモリの家族がいると書いた。大きいヤモリと小さいヤモリ。帰宅すると外灯の近くからするりと降りて来る。おかえりのつもりなのかなと笑っていたが、どうやら私の気配に驚いて身を隠していたらしい。毎夜夕飯の邪魔をしていたわけだ。▼その二匹のヤモリ、不思議なことにまだ我が家の玄関にいる。よほど居心地がいいのか、あるいは餌が良く取れるのか。ヤモリがご飯を食べられなくては困るからと、日々欠かさず外灯を点けていた甲斐(?)があったのかもしれない。去年は小さかった方も、心持ち大きくなった。▼ヤモリの寿命を調べてみたところ、長ければ十年以上生きるとか。彼らが今、何歳か知らないが、あと数年はいてもおかしくないということだ。別に飼っているわけではないし、彼らのおかげで玄関に虫がいないというわけでもないのだが、こう付き合いが長くなると、いなくなったらいなくなったで寂しい気もする。

[2564] Sep 05, 2016

「こち亀」がコミックス200巻をキリに終わるらしい。ジャンプを読み始めた頃からの長い長い付き合いなので寂しい気もするが、このところは勢い重視の濃いキャラクターが増えすぎて、話自体より人物の存在感で魅せる一発漫才のような、ちょっと混沌とした様相になっていたので、ここらで踏ん切りをつけるのは良いタイミングかもしれない。今のところ候補はいないが、同系列の後釜が育ってくれることに期待しよう。▼この頃は読む作品が少ないなと言いながら惰性で読み続けるのが週刊誌というもの。**しか読まないなんて言ってる人に比べれば、私はけっこう読んでる方……と思っていたが、改めて目次を見てみると、意外にも半分以上は読んでいなかった。原因は単純だ。要するに、萌系はけっして嫌いじゃないが、ジャンプで読みたいわけではない、ということ。それはしかるべき別の場所に求めるから、もっと熱をくれ。同じ状況の人は多いのではないかと思う。

[2563] Sep 04, 2016

朝起きたらバッテリー残量が30%になっていた。寝る前には70%以上あったはずである。バッテリードレインだ。▼二日前までは確認できなかった現象なので、原因は特定しやすい。電源管理システムは時計ウィジェットがあやしいと示唆してきたが、さすがにそんなわけもなく、二日前からインストールしたアプリや変えた設定を思い出しながら辿っていくと、果たして真犯人はGPSであった。高精度GPSがドレインを起こしていたらしい。端末が届いた当初はちゃんと遊べたポケモンGOが、この頃「GPS信号を探しています」のエラーばかりで遊べないので、試しに設定を高精度にしてみたのだが、これがスリープ中もひたすら電源を食い尽くしていたのである。形を変えたポケドレインだったわけだ。▼改めて省電力設定。スリープ状態を三時間継続しても100%からバッテリーが減らないことを確認。スナドラ820の力かもしれないが、電源は優秀な端末である。

[2562] Sep 03, 2016

映画・ドラマの視聴サービス遍歴。U-NEXTは月額が高く観たい作品も少ないので、一ヶ月のトライアルが終了次第辞めてしまった。huluは本命だったが、いざアカウントを作成してスマートフォンで視聴を始めると「不明なエラーが発生しました。」の一言。再起動や再インストールも試したがダメ。エラーコードのひとつも出ていれば自分で調べる気にもなるが、何の手がかりもないので諦めた。どうやら同じ症状の人が多い様子。退会者のおせっかいだが、huluは一刻も早く対策した方がいいと思う。▼そういうわけでNetflixに落ち着いた。月額が千円以下で、問題なく再生でき、しかもフルハウスの一期がある。最高だ。前評判ではhuluの方がドラマに強いという話だったが、Netflixもそう大きく負けてはいないように見える。何しろ言わずと知れた大手。これからどんどん追加してくれるに違いない。▼尚、資金は最近あまり聴いていないDigitally Importedの解約で賄った。

[2561] Sep 02, 2016

人生でいちばん楽しかった時期と、いちばん充実していた時期と、いちばん身になった時期と、いちばん自分らしかった時期は、それぞれ違う。上の四つの時期、あなたはどうだろう?▼いちばん**だった時期が、**が良いことであれ悪いことであれ、あまり被らないとしたら、人生が多彩であることに感謝すべきなのかもしれない。逆に言えば、何もかもが上手く行っている時期はないし、何もかもが上手く行っていない時期も、じつは言うほどないということだ。もしかしたらそれらは、たとえあっても思い出に残りにくいのかもしれない。▼全てをどこと述べる気はないけれど、「いちばん自分らしかった」時期は、今よりもっと積極的に文章を書いていた頃だ。少しでも良い文章を書くために、いろいろなことを調べて、研究して、挑戦していた、物書きがメインの時期。あの頃にもどりたいというわけではないが、やはりあれが私の気質であり原点なのだと常々思っている。

[2560] Sep 01, 2016

到着したAxon7に挿すSIMカードを物色している。OCNモバイルONE、mineo、Biglobeの三候補が主軸。現在の7GB制限だと最終週は毎月のように残り通信量を気にしているので、最低でも10GBは欲しい。使い放題プランは実測サイトを渡り歩いた後で諦めた。使い放題の恩恵を受けたい場面とは、たいていの場合は動画視聴である。その動画視聴がまともに出来ないほど速度が安定しないのなら意味がない。▼10GB最安のOCN、公衆Wi-Fiに加え魅力的な12GBプランを擁するBiglobe、通信安定感とフォーラムの充実が評判のmineo。今のところどれも決め手に欠ける。ただ、通信力は時とともに大きく変わるので、今現在の速度よりこれまでの回線強化実績の方が重要だと思っている。そういう意味では最大級のユーザー数を支えてきたOCNか、回線強化の規模と時期と明確にし、積極的に行っているmineoが一歩優位。後は使ってみないとわからない領域なので、決め打ちで飛び込んでみよう。

[2559] Aug 31, 2016

まだ名も無きベイビーが退院してきて初日。迎えに行って、寝床をつくって、オムツ替えやらミルクやらと何やかんや世話をして、新たに必要だと判明した品々を買い出しに出かけ、あっという間に遠方から新携帯が国際配達で届き、そのうちに頼んでいたベビーベッドも届いて、組み立てて、グズりだした王子様をお風呂に入れて、着替えさせて、云々かんぬん。怒涛の一日だったが、環境づくりや新携帯のセットアップなどやりたかったことはいろいろ出来た。満足している。▼赤ん坊のことは追い追い書くとして、優先順ではないと断りつつ、携帯については付記しておこう。ZTEのAxon7。信じられないくらい使いやすい。もしグローバル版と大差のない値段でキャリアから正式に出るなら、今冬の目玉になるだろう。画面の美しさ、フロントスピーカーの音質は想像を越える。唯一の課題と言われていたUIまわりはNovaLauncherで綺麗に解決するから、今のところ不満は一切ない。

[2558] Aug 30, 2016

今期は「ジョジョ」しか定期視聴しているアニメがないので、さすがに一本では寂しいからと『NEW GAME』を見始めた。180度毛色は違うが、それもまた良い。▼内容はゲーム会社の職場を題材にした女の子だらけのほのぼの4コマ漫画。作者は実際にゲーム会社で勤務した経験があるらしく、時折業界特有の自然な社畜感も描かれる。しかし、そう頻繁に「あるある」と頷けるかというとそうでもなく、ヒロインたちの楽しげな雰囲気に引きずられて「こんな職場が現実にあるか!」と突っ込みたくなるようなマイルドな仕上がりになっている。まあ、社畜感満載で可愛い女の子たちがリアルに病んでいくシナリオもオンリーワンでよかったのかもしれないが、きららキャラットの世界には合わなかったということだろう。辿り着く先は今の路線しかあるまい。▼まだ評価には時期尚早だが、面白くなくはないので見続ける。気持ちの休憩にはちょうどいい。明日も一日がんばるぞい!

[2557] Aug 29, 2016

挙動不審な台風10号のせいで空模様も読めなくなっている。夕方、病院から買い出しでコンビニへ出るとき、空は見事に晴れていたし距離も近いからと一旦は手ぶらで行きかけたが、お守り代わりと思ってお気に入りの80cm傘を持って出た。お守りといういささか神秘的な思考の習慣、あるいは第六感に感謝するべきだろう。果たしてコンビニから出ると豪雨であった。▼そんな豪雨でも足元が濡れない80cm傘、購入後はずっと愛用してきたのだが、悲しいことに今日、面会時間を終えて出ると傘立てから消えていた。要するにパクられていた。そう大きくない病院である。傘立ての中でもひときわ長く大きく目立つ特殊な傘を、まさか堂々と持って帰る輩がいるとは思わなかった。迂闊だった。▼お気に入りだっただけにショックは大きい。紛うことなき窃盗・犯罪なのに、傘と自転車だけは盗んでもたいした悪ではないと思っている連中がどうしているのか、心の底から疑問である。

[2556] Aug 28, 2016

平成28年8月28日、午後8時22分。2と8しかない日時に第一子が誕生したのでここに記す。男の子。名前はまだない。▼趣味に偏る記事の都合、ここまで家庭のことはあまり書かないで来たが、子どもとなるとそういうわけにもいくまい。しばらくは生活資源の多くを持っていかれることかと思う。関連記事も増えるだろう。それなりしっかりした大人として、仕事、家庭、趣味の三本立てを上手にやっていきたい。▼本当なら子どもの写真を撮るために新しいスマートフォンを間に合わせたかったが、先日書いた通り発送は月曜日。ちょっと遅かった。今日のところは旧式のカメラでパシャパシャ撮っている。これを機会に一旦アマチュアカメラマンにジョブチェンジするのも良いだろう。絞りがどうとかフレーミングがどうとかそれらしいことを言い出したら、凝り出したと思っていただいてよい。▼今日のところは病院に泊まる。子どもは新生児室へ。明日から忙しくなる。

[2555] Aug 27, 2016

仮予約したという記事の翌日に予約キャンセルの旨を報告するのも筋が悪いが、毎日のようにeBayで粘着していたら、とうとうグローバル版の出品を見つけたので、そちらに流れた。一足先に手に入ることになる。▼もともと日本への発送はできない設定だったが、出品者にコンタクトを取って送料の上乗せや関税等々について話し合った末、海外発送にトライしてもらえることになった。こういうときのための英語力である。ドット落ちがないこと、傷や汚れがないこと、正常動作確認済みであること、それにグローバル版を証明する部位の写真など、面倒な要求にも丁寧に答えていただいた。特にドット落ちの有無を確認できたのは大きい。Expansysでは三点以上のドット抜けがないと交換には応じてもらえないので、どんなに目立つ点でも二点以下では泣き寝入りになる。それを思えば少々割高でも文句はないだろう。▼発送は月曜とのこと。遥か西、バルカン半島からやってくる。

[2554] Aug 26, 2016

ZTEのAxon7がExpansysで仮予約を開始した。待望のグローバル版で、価格は47,845円。海外定価は$400だが、いつもの「日本価格」が適用されれば六万超えもありえたので、この価格は良心的といえる。しかも入荷時にキャンセル可能な仮予約をするだけで、さらに一割引だ。申し込まない手はない。▼HuaweiのP9と最後まで悩んだ。正直に言うと今でも悩んでいる。画面解像度(QHD)、グラフィックス性能、音質はAxon7に軍配が上がるが、見た目の美しさ、サイズの小ささ、軽さ、カメラ性能はP9が勝る。値段はeBay価格なら大差はないので、見てよし触ってよし、薄くて軽くて高性能なP9は最高の選択肢にも思えるのだが、まさに極薄であるが故に机から持ち上げにくいのは、いろいろなところに端末を置きたがる私にとって致命的と思われた。そこが決め手になった。▼故に今のところ、仮予約が本予約になればそれでよし。あまり遅いようならP9で妥協する、というプランである。

[2553] Aug 25, 2016

『ファイアボール』と『ファイアボール チャーミング』を観る。▼『ズートピア』の感触が非常に良かったので、次の作品に変なバイアスが掛からないよう、小休止のつもりで借りた。二期「チャーミング」は初見だが、一期は七年か八年くらい前に観ている。2010年7月の記事にドロッセルお嬢さまのfigmaを探している件があるので、その周辺だろう。▼内容は、近ごろ観直した『ウサビッチ』と同じようなシュール系のショートアニメ。ただ、本作のほうが言葉遊びがふんだんでパロディ寄りである。「日本国内で制作された日本人スタッフによる作品」というだけでもディズニーとしては異例なのに、それがテレビやインターネットで無料公開されたとして、実験的だと話題になった。▼ゲデヒトニスの不思議な言葉遣いやドロッセルお嬢さまの動きは相変わらず面白い。二期はややネタ切れ感があり、お嬢さまの造形も好きではなかった。人に薦めるなら一期である。

[2552] Aug 24, 2016

『ズートピア』を観る。今年公開されたばかりのディズニー・アニメーション・スタジオ最新作。ツタヤで二泊三日の貸し出しが始まっていた。▼文句なく傑作。今まで見てきたディズニー&ピクサー作品の中でも指折りである。動物たちが進化して人間のような文明を築いた社会の話、という着想自体は非凡ではないかもしれないが、その着想を演出的にも技術的にも120%活かしきっているところが素晴らしい。ズートピアは、その住人が動物たちでなければ意味をなさない街である。どでかいキリンとちっちゃいネズミが、そのサイズを保持したまま共存するために設計された街である。本当にそういう世界だったら、こんな街だろうなと思えるような街なのだ。▼もちろんストーリーもキャラクターも非常に良かった。ジュディもニックも、ディズニーというよりハリウッド映画の主役のようだ。そして「そこで回収するのかよ!」と叫ばずにはいられない衝撃のオチ。星五つ。

[2551] Aug 23, 2016

「絶賛」という単語を見ていてふと思った。日本語を学ぶ外国人にとって、この「絶」という漢字はどう理解されるのだろう。▼たとえば「絶望」と「絶賛」では絶による修飾の意味が正反対に思える。絶望は望みのない状態だが、絶賛は賛辞の嵐だ。あるのかないのか、何なのか。▼成り立ちを調べてみた。絶は糸と刀と卩から成る会意文字。卩はセツと読み人がひざまずく姿を表す。つまり、人が膝をついて刀で糸を切ることを意味する文字であり、タツことが原義である。ここから転じてタツという行為がタエルという状態になり、タエルは程度が昂じてカケハナレルとなった。「絶海」は陸から遠くかけ離れた海を言う。これが尋常から良い方へかけ離れることになれば、優れている、並大抵でないという「絶賛」寄りの意味になるわけだ。▼わかりきったことのようではあるが、見知った単語でもこうして各々漢字の原義から辿リ直すと、あいまいさが整理されてすっきりする。

[2550] Aug 22, 2016

『アーロと少年』を観る。原題は"The Good Dinosaur"。▼率直に言って、そこまで面白くはなかった。ダメではないが……と言う感じ。素晴らしい出来栄えの作品が多いディズニー/ピクサーにあってはどうしても落ちる。『インサイド・ヘッド』の方が良かったと思う。▼誇張された恐竜の動き、卓越した水の表現、人語を解さない少年の感情表現、言葉の一切ないクライマックス。やりたいことは伝わってくるし、特に水の表現などは「最近のCGは本当に凄い」などと月並みな感嘆を漏らして唸るしかない仕上がりにはなっているのだが、マクロに見ると脚本や展開は、いわゆる成長モノのテンプレに当てはめた印象が強い。クライマックスに向かう道程のほとんど全てが予想の範疇に収まってしまった上、ラストもあっさり終わってしまった。私が最後に発した言葉は「おや、これで終わるんだね。」である。残念ながら、いま一歩何か欲しかったと思わせるタイトルであった。

[2549] Aug 21, 2016

スマートフォンのレビュー動画をひたすら見ていると、なぜかdecentという単語をよく耳にする。"build quality is decent."とか"Battery life is really decent."とか。某英和辞典によるとdecent自体はTOEIC470点程度の単語で、学校的にも高校三年生レベルとあるから難易度の高い語ではないのだろうが、これまで読んできた文章ではほとんど出会ったことがなかったので、こう短期間で何十回も浴びると不思議な気がしてくる。▼しかもこの単語には「見苦しくない、ちゃんとした」という意味と「かなりの、相当な」という意味があって、バッテリーライフがdecentだと言われても凄いのか凄くないのかよくわからない。ただ話者のニュアンスからすると、べた褒めではなく一歩引いた賛辞という印象で、まあそれなりだよね、必要な分はあるよね、悪くはないよね、という意味で使っているように感じる。言葉より声や表情で意味が汲み取れるのは動画サイトさまさまである。

[2548] Aug 20, 2016

『インサイド・ヘッド』を観る。去年公開されたばかりのピクサー作品で、今まで観た中ではもっとも新しい。原題は"Inside Out"。童話原作でもなければ続編でもなく、何かのパロディでもない、完全オリジナル作品である。▼主人公は11歳の少女ライリー。彼女の頭の中には、ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリという5つの感情たちが住んでいる――。このへんまでパッケージを読んだときは、ターゲット年齢低めのキャラ物かと思っていたが、どっこい本格的な冒険ファンタジーで予想を裏切られた。設定も話もよく練られているし、ライリーの行動が常に感情たちのやりとりに先取りされているところも捻りがあって面白い。オリジナルとしては渾身の一作だと思う。▼感情たちの名前で「ムカムカ」はやや浮いているようだが、Disgustingと言われると五人衆に仲間入りしているのも頷ける気がする。うんざりして嫌なものと距離を取りたくなる気持ちである。

[2547] Aug 19, 2016

携帯電話のバッテリーは充電回数500回が換え時の目安。換えられない場合はこのあたりから目に見えて使い勝手が悪くなる。もちろんバッテリーの劣化は充電回数だけでなく熱にも大きく依存するので、負荷の高いゲームを遊びながら急速充電して毎日のように本体を爆熱化していたりすると、平均より遥かに早くお釈迦になる。▼バッテリーが劣化すると、単純に言って総容量が少なくなったように見える。今、使用開始から二年二ヶ月の間、毎日のように複数回充電を繰り返してきて瀕死の淵にある私の携帯は、フル充電まで数十分しか要らない反面、ウェブ閲覧とゲームと動画再生を適度にしていたら二時間も持たない。700mAhくらいしかバッテリーとして機能していない状態なのだろう。一日に四回も五回も充電するのは当たり前になってきた。文鎮の一歩手前である。▼現世代機といえども、このあたりの運命は変わらない。ひとつ次元の違うバッテリーの登場が待たれる。

[2546] Aug 18, 2016

ディープラーニングを用いた自動翻訳が成る日は近い。これは妄想どころか予想ですらなく、人工知能界隈の現状から必然的に導き出される未来である。▼実際、人間と同じように思考し翻訳するマシンは、もうほとんど出来上がっていると言ってもよい。最新の人工知能には次の二つのことが出来ている。一、自然言語を入力して対応する画像を出力すること。二、画像を入力して対応する自然言語を出力すること。調べていただければ、これら二つの処理がすでに驚くべき精度と柔軟性で機能していることがわかると思う。画像化が困難と思われるような抽象的な言説にも対応しつつあるのだから驚きだ。認識能力と言語化能力はすでに赤ちゃんよりマシかもしれない。▼そうして、一と二が出来ているのだから、一を英語で行い、二を日本語で行えば、これはもうそのまま翻訳である。逐語訳でも統計翻訳でもない、まさしく「意訳」である。あとはチューニングの問題でしかない。

[2545] Aug 17, 2016

今週はディズニー週間だ。千年前のスコットランドを舞台にしたお伽話、『メリダとおそろしの森』を観る。▼スコットランドの空気感、皮や脂肪の弛む動きまでリアルな熊のアニメーション、その熊が気品溢れる仕草をしてみせる滑稽さ、そういう制作の細部に傾けられた情熱には唸らされる一方、脚本を含めた映画としての完成度は、言葉を濁すようだが玉虫色の感触がした。うん、まあ……無難に面白かったね。そんな感じだ。首を傾げる筋書きも少なくない。どうして魔女がいつも人を熊にばかりするのかとか、なんでメリダは一人でタペストリーを取りに行かなかったのかとか、散々な目に遭ったとはいえエリノアは最後まで謝っていないけれど、それで良いのかとか。疑問符を残したまま感動するのは、不可能ではないが難しい。▼メイキングは興味深く観た。12人のアーティスト総勢でスコットランド視察に出かけたとか、相変わらず羽振りの良さは妬ましかったけれど。

[2544] Aug 16, 2016

『シュガー・ラッシュ』を観る。ゲームのキャラクターが主人公のアドベンチャー・ファンタジーという位置づけだったので、どちらかと言うとネタ系かなと思っていたが、いざ観てみると想像以上に面白かった。版権はオマケ。オリジナルだけでちゃんと成り立っている。▼本編については、フェリックスが良い奴過ぎず悪い奴過ぎず、妙に人間くさい名脇役に徹していた点と、ヴァネロペが最後までしおらしくせずに生意気娘を通したところが好評価。小悪魔が感情を見せて良いのはラストだけと相場が決まっている。ストーリーは大体先が読める展開つづきで良く言えば王道。良く言って良いと思う。▼感心したのはボーナスコンテンツのメイキングビデオ。お菓子の家を本当にお菓子で作ったとか、コーラの泉にメントスを落下させる実験を実際にしてみたりとか、本編の表現をリアルにするための努力を全く惜しんでいない。羨ましい予算、いや、あやかりたい実証精神である。

[2543] Aug 15, 2016

まだまだ携帯のことを調べている。技適とバンドの問題さえクリアしていればOnePlus3で即決なのだが、どちらも目を瞑りにくい案件だ。健康増進法レベルで形骸化した法律とはいえ、法は法なので後ろめたいし、Band19の非対応も社屋が半分地下であることを考えると危なっかしい。Band1とBand3があるので東名阪エリアなら大丈夫……と信じて飛び込むには高価な買い物である。軽々には飛べない。▼技適とバンドをクリアしつつ、性能要求も満たす5.5型となるとZTEのAxon7がぴたり該当する。2560x1440は過剰気味ながら、音質にこだわりの逸品で趣味的にも申し分ない。OnePlus3に劣る点は(恐らく3D-Touchのせいだと思うが)同サイズで17グラムも増してしまった重量くらいか。個人的には指紋認証は背面ではなくOnePlus3のように前面にあったほうが嬉しいが、代わりにOnePlus3と違ってイヤホンジャックが上面にあるのはありがたい。まさに帯に短し襷に長し。決まらない。

[2542] Aug 14, 2016

『ファインディング・ニモ』を観る。初出は2003年とかなり古い作品だが、『ファインディング・ドリー』の影響でレンタル人気が高いからか、三泊四日の貸し出しになっていた。さすがにツタヤ。ちゃっかりしている。▼グレートバリアリーフに住むクマノミのお父さんが、ダイバーにさらわれた息子を探して旅する話。一方、過保護で頭の堅い頑固親父が波瀾万丈な冒険を通じて自らの頑なさを反省し、信じることを学んで子離れする教訓譚でもある。今までに見たディズニー/ピクサー作品の中では、かなりモラル色の強いタイトルだと思った。▼日本語版だと全くわからないのは、作中何度か出てくる「クマノミならジョークが上手いはずだ!」というやりとり。これはクマノミがその派手な色彩になぞらえてクラウンフィッシュ(道化師の魚)と呼ばれることから来ている。英語ならクマノミの部分が「Clown Fish」と発音されるからピンと来るわけだ。言語移植は難しい。

[2541] Aug 13, 2016

リオ五輪。テニス男子シングルス準決勝。錦織vsマレーを観る。一試合でも解説付きで見れば、大体ルールがわかるのはテニスの良い所。遥か昔、錦織の試合をネット中継で見たことがあったので、このたびも苦労なく試合に入っていけた。▼さて、以降は試合結果のネタバレを含むので注意して欲しい。展開を丁寧になぞるほどは覚えていないが、二セット目の5−4で迎えた最後のデュース。マレーは取れば決勝進出、錦織は落とせば準決勝敗退、ともに死んでも取りたいポイントを巡る壮絶なラリーは息も出来ない緊迫感で、見応え抜群の応酬だった。最後の最後、体勢を崩されたマレーが返した片手のショットがインに落ちたときは、誰もが「技術」より「執念」という言葉を脳裏に描いたことだろうと思う。まさに勝負を決する一撃であった。▼世界ランキング2位の壁は厚かった。けれども、銅メダル獲得のチャンスはまだ残っている。明日の3位決定戦もしかと見届けよう。

[2540] Aug 12, 2016

十年以上の長きにわたり、一度も開けられることのなかった扉をひらく。家の裏手に通じる台所の扉である。▼そこは2m級の古く高い棚に阻まれて、幾年も大掃除をくぐり抜けてきた禁断の領域だった。人の住まう家の中で最も廃墟に近い地だ。案の定、俄仕込みの文章では形容しがたいほどの汚さで、もはや漂白剤も薄めている場合ではなく原液での活躍となった。黒また黒。ウエスが山のように積み重なっていく。▼台所をまるごと磨き上げたときは日も落ちていた。朝から調子が悪かったこともあってふらふらになったが、床から壁までピカピカになったのは気分がいい。大掃除を妨げていた巨大な壁も取り払ってしまい、寝室で使っていた小さな本棚を代わりに据えたので、今度からはこまめに掃除も出来ると思う。五歳からの付き合いで心情的に捨てにくかった白い本棚に、食器棚としての第二の人生が拓けたのも良かった。夏休みのオトナの宿題、まずはひとつ制覇である。

[2539] Aug 11, 2016

相変わらず次のスマートフォンに悩み中。GSMArenaのスペック表は見尽くしたと言って良いくらい見た。「こんなのがあったならこっちを買っていたのに!」という台詞だけは吐きたくないと常に思っている私である。知らない端末など、ひとつたりともあってはならない。▼Kindleとウェブ閲覧を主目的とするなら、5.2inch〜6.0inchが希望。最大サイズの6インチなら"mate8"は最有力候補だが、これまで幅63mmしかないSERIE miniを使っていた人間が、超狭ベゼルとはいえ80mm以上の横幅を持つ機体に乗り換えて、日々の運搬にストレスを感じないかは不安が残る。5.7ならDeluxeを待つかNexus6Pか。5.5ならmateSまたはOnePlus3の二択。実用上、帯域に問題ないようなら後者の一択である。ここはさらなる実体験調査が必要だ。▼たいした差がないなら多少割高でも日本製を選ぶ心づもりはあるのだが、残念ながら今のところ心躍る国産品は皆無である。この現状はいささか悲しい。

[2538] Aug 10, 2016

夏季休暇に入る。やることは主に曲のつづきと家の掃除。古い戸棚を片付けて、本棚を整理して、網戸を水洗いして、台所の奥を綺麗にする。さらっと書いたが最後がいちばん大変だ。鍋類を並べる巨大な棚の、その裏がどうなっているかは誰にもわからない。蜘蛛の巣くらいで済めば良い方かもしれない。▼外壁、玄関、庭、ベランダ、網戸、物置、家の中……と順番に掃除していくと、全て終わった頃にはまた外壁が汚くなっている。甲斐がないわけではないが、終わりも見えない堂々巡り。老後はマンションに住みたいと願う人が増えている理由もわかる。▼昔、隣の家に入った庭師がぼやいていたそうだ。今どきの若者は、こういう面倒をみんな金で人にやらせて解決する、と。しかしどうだろうか。昔は一軒家のメンテナンスも一種の道楽だったのだろうが、現代人はたとえ金があっても時間がない。つまり道楽の余裕がなくなっているだけではないのか、と思わないでもない。

[2537] Aug 09, 2016

眼科と皮膚科へ行く。例によって眼科はものもらい。アレルギー体質なので罹りやすいのは仕方ないが、両目とも傷んでいて日常生活がしんどくなった。いつもの薬をもらう。眼圧に異常はないが、念のため次回は眼底検査するとのこと。▼皮膚科は夏季休暇に入る前の薬補給。とくにザイザル錠がなくなるのは困る。事前予約ができるだけ良いが、診察に二時間、薬の処方に四十五分かかった。病院は混雑しているからわかるものの、薬局は閑散としていて私の他に二人くらいしか人がいなかったのに、どうして一時間近く待たなければならないのか、不思議で仕方ない。誰も呼ばれない十五分から二十分のあいだ、窓口の向こうでは何が行われているのだろう。▼待ち時間にノートパソコンで携帯のスペックを調べる。Deluxeの日本価格予想に失望しているところへ、ZTEの「nubia Z11」やHuaweiの「Mate S」あたりが視野に入ってくる。向こう二年は付き合う相棒。後悔したくない。

[2536] Aug 08, 2016

『塔の上のラプンツェル』を観る。相変わらずおてんばな女の子が大好きなディズニーらしく、向こう見ずで怖いもの知らずで、それでいて優しい心を持つ、長い長い髪の王女様が主人公の、ドタバタアクションとラブロマンスである。▼いつも通り、そんな長い髪で洞窟を走れるわけがないだろうとか、いくらなんでも馬が賢すぎだろうとか、そういう野暮なツッコミは無用だが、ひとつだけ、どうにも感情移入しにくい点があって困った。つまり、赤ん坊の頃からこんな生い立ちをしてきたら、こんな明るくて元気な娘には育たんだろう、と思わずにはいられないのである。こういう納得の行かなさは、時として車が喋る世界より受け入れがたい。▼童話「ラプンツェル」の設定と、ディズニーが理想とするキャラクターとが、それぞれ別々にあって、繋ぎ目が考慮されないまま組み合わされてしまった感は残る。しかしまあ、ラプンツェルは可愛いし、語も面白いので良しとしよう。

[2535] Aug 07, 2016

保険に入る。二十代はたいした保険にも入らずリスキーな人生を送っていたが、三十代となってはケガも病気も一気に現実味を帯びてくるので、このままではいかんと一念発起した。ただでさえ少ない月収から保険料が引かれるのは深刻だが、人生の必要経費と割り切るしかないだろう。▼評判など諸々調べた結果、店舗が近く馴染みのあるアフラックにした。寄らば大樹の陰、大企業の元。内情に詳しい人からは情弱と言われてしまうかもしれないが、これだけ長いあいだ多くの顧客を集めて運営が成り立っていること自体がひとつの安心材料でもある。いざというときのバックアップを頼む存在。格安でも不安な相手には任せにくい。▼病気、ケガ、生命保険、ガン、給与サポート。全てひっくるめて月二万に収めたいという要求に合わせてカスタマイズしてもらい、満足いく形にできた。あとは資金がショートしないよう頑張って働くまでである。保険料を払うために働くのである。

[2534] Aug 06, 2016

大学の研究室のOB会へ行く。最初の誘いを見逃していてリマインダで気づき、やや駆け込み乗車気味の参加になってしまったが、さいわい快く受け入れてくれた。あまり詳しいことは書けないが、後輩たちがいろんな分野で活躍している話を聞くのは楽しい。教授もますます時の人である。▼私は学部と修士で研究室をまたいでいて、今日の会は修士の方だが、こちらでは一期生になる。つまり、先輩はいない。知っている人は教授本人と、ひとつふたつ下の後輩くらいである。一方、学部の方では最年少なので、同じOB会でも全く毛色が違ってくる。どちらにも気兼ねなく参加できるのはありがたい。▼帰りは池袋の三省堂に寄った。蔵書数はかつての渋谷ブックファーストや新宿の紀伊国屋より少なそうだが、空間づくりが上手いのか印象が良い。かつて、引っ越しのために池袋で本屋めぐりできなくなったことを嘆いていた文人がいたが、その気持ちがわかったような気がした。

[2533] Aug 05, 2016

某所のカンファレンスに部署の代表として出席したときのこと。服装にスーツ着用の指定はなかったので、フォーマル寄りのビジネスカジュアルで出向いたが、道中、崩しすぎではないかと不安に思っていた。服装は自由と言いながら、本当にカジュアルを着てくると場違いになるという、あの企業面接のような暗黙のルールがあったらどうしよう……さて着いてみて。ちょっとしたカルチャーショックを受けた。Tシャツに短パンのおっさんがいる。たくさんいる。▼休日のだらしないお父さんか、虫捕り少年の心を持ち続けているやんちゃな中年か。ドレスコードもへったくれもない格好の人々が、正規の参加者札を首から提げて、クーラーの効いた会議ホールでアチーアチーとうちわを扇いでいる。もはやビジネスカジュアルが堅すぎて浮いている――とまでは言わないが、なるほどこういうこともあるのかと呆気に取られたことを、明日のOB会に着ていく服に悩んで思い出した。

[2532] Aug 04, 2016

TOEICが今年から新形式に変わっているらしい。問題形式が大幅に変更されたわけではなく、あくまで「現代の英語コミュニケーションに即したアップデート」であり、旧形式と新形式でスコアの意味に変わりはないという。それはそうだろう。そうでなくては困る。▼TOEICの傾向は毎年少しずつ変わっているので、古い参考書で勉強するのは良くないと識者は言うが、私の蔵書と今の新刊にそこまで差があるとは思わない。彼らも商売なので、たまには新形式と大々的に打ち出したいし、その新形式に対応した最新の参考書という形でテコ入れを図りたいというのが本音ではないかと思う。▼第一、学ぶのは言語である。言語の本質が数年単位でコロコロ変わるはずはない。高得点を取ることだけが目的ならともかく、英語力を測るためにTOEICを利用するつもりなら、古きを捨てて最新式を追いかけるのは金の無駄というものだろう。何事も流行に流されてはいけない。

[2531] Aug 03, 2016

横浜スタジアムへ行く。四月二十八日、惨敗だった中日戦以来。「次はもっと声を出すべく外野席に行こうと二人で決意した」その決意の通り、外野席へ行った。▼スタジアムに近づいたとき、五番・原口の応援歌が聞こえてきたので嫌な予感はしていたが、やはり一点先制されていた。入場したのはちょうど一回裏。これは厳しい戦いになるかもしれないと思っていたら、席に着くや否やデッドボールとエラーで同点に。さらには梶谷と筒香の連続HRであっという間に4−1である。開始早々大盛り上がりで、弁当も食べないうちから満腹になってしまった。▼外野席の熱気はとにかく激しい。攻撃のときは立ちっぱなしの叫びっぱなしで、八回裏には酸欠で足元がふらついてしまった。もちろん喉はガラガラである。隣の人が言っていたように、こうして大声を出して応援すること自体が楽しいのだ。踊って歌って盛り上げる。観戦ではなく応援の楽しみが、外野席の持ち味である。

[2530] Aug 02, 2016

XPS13-9350の購入からしばらく経つ。バッテリーを長持ちさせるため毎日は充電していないが、もともとロングバッテリーが売りの機種なので気にせず使えている。届いた日からバッグに入れなかった日は一日もない。役に立っている証拠である。▼とくに役立っているのは外よりも家の中だ。帰宅してすぐにリビングテーブルへ愛機を出せば、軽い調べ物やネットサーフィンのためだけにパソコンルームへ行かなくて済む。画像を見せて相談しながら決めるような買い物にもたいへん便利だ。さしずめ子機である。セカンドメインとして十分活躍してくれている。▼外出中の勉強やニュースサイト閲覧に、送受信各一デバイスのポリシーを破ってタブレットが欲しくなることもあるが、三台目を持ってリズムを崩すよりは、インプットを紙の本に頼ったり、大きめサイズの携帯でカバーするなど別の道を探したい。何度も失敗してきた流れだ。受信端末を増やすのはもうこりごりである。

[2529] Aug 01, 2016

最初のロングメドレーを仕上げたとき、学生だったこともあり、実働時間はほとんど深夜だった。ヘッドフォンを被ったまま椅子の上で寝てしまったことも多々ある。当時はまだHD650なんて上等な代物ではなく、確かビクターのRX900だったはずだ。キャスターの故障で去年廃棄した焦げ茶の机に向かって、半分寝ながら創っていた。▼八年近く前の話だが、そのときの後遺症とも呼べる反射が今の私にも残っている。ヘッドフォンをつけて自分の創りかけをプレイバックしていると、急激に眠くなってくるのだ。抗いがたい眠気が襲ってきて、気づくと再生バーが終端小節の右端を叩いている。さして眠くない昼間でも変わらないので、当時の灼熱の記憶が私の身体に影響を及ぼしていると見るのが妥当ではないかと思う。▼ただ、曲が不快な状態では眠りにくいので、寝るようになったら現在のパートがそこそこ仕上がってきた証拠でもある。これは良い指標になっている。

[2528] Jul 31, 2016

オーディオマニアを名乗るほどの財力はないにせよ、苟もイヤホンやヘッドフォンの良し悪しを云々する人間なら、今年はとうに触れてなければいけない商品があるはずだ。世界初の完全ワイヤレスイヤホン、"EARIN"である。▼もちろんKickStarterの頃からマークはしていた。なにせ耳栓のような小さなユニットを左右の耳に入れるだけでリスニング・スタンバイという夢のようなシロモノである。耳から垂れる重たい紐を毎日のように疎ましく思っている私が、まさに待ち望んでいた製品そのものではないか。▼さて、しかし発売からしばらく経った今でも、私はまだ本品を購入していない。装着感は良好で値段は想定の範囲内、音質は無線ゆえ推して図るべしだが、許容できないのはバッテリーである。いくらケースが臨時充電器になるとはいえ、公称ですら三時間という稼働時間はとても毎日の使用に耐えると思えない。せめてもう一声――と改良版の登場を待っているのである。

[2527] Jul 30, 2016

風呂場にムカデが出た。出たというより、入ったらすでに居た。どこから侵入したのか知らないが、浴槽に入ったものの滑りが良いせいで外に出られず困っているらしい。同じところをぐるぐるまわっているので、虫取り網で掬ってビニール袋に入れ、家の外へ逃がしてやった。▼最初に見たときの感想は、やはり君は足が気持ち悪いな、であった。すばしこく逃げまわったりのたうち回ったりするゴキブリと違って、動きは緩やかで行き先の予測もつくし、「ここから出してくれー」と言わんばかりの必至な様子も伝わってくる。飛べないところも安心だ。しかし如何せん足が気持ち悪い。致命的に気持ち悪い。▼それにヤスデやゲジと違って、ムカデは益虫でも不快害虫でもなく、神経毒持ちのれっきとした害虫である。まだ咬まれたことはないが、咬まれたら相当に痛いらしい。故に、やはり好感は一切持てない。我が家に巣食う雀たちに賃料代わりで始末して欲しいところである。

[2526] Jul 29, 2016

今、私が発売を待っているZenFone3は、無印もDeluxeも「デュアルスタンバイ」に対応している。日本版で削除されない保証はないが、国内でも使えるとしたら最高だ。▼現在流通しているデュアルSIMはシングルスタンバイがほとんどで、二枚SIMを挿せると謳っていても現実には手動でアクティブなカードを切り替えなければならず、物理的に挿し替える手間が省ける程度のものでしかない。しかしデュアルスタンバイなら二枚同時に待ち受けが可能だ。つまり、もし3G/4Gの同時待ち受けが出来るなら、MNO3社の音声通信で旧来の電話機能を賄い、データ通信は格安のMVNOを使うといった運用で月額費用を大幅に抑えられることになる。▼実際、私もここ数ヶ月は四週目になると必ず7GBを超えて速度制限を受けている。テザリングも出来なくなってたいそう不便だし、常にMAXで課金される料金も馬鹿にならない。待望のデュアルスタンバイ対応機に期待大である。

[2525] Jul 28, 2016

庭の蛇口からホースをひいて、二階のベランダを掃除する。十年くらい雨ざらしにされていた場所だけに、どこもかしこもすこぶる汚い。漂白剤に浸したデッキブラシで青カビを落とし、煤や木屑は水圧で掻き集めて捨てる。雀の巣のせいか、手摺にはいくつも鳥の糞がこびりついていた。これを拭うのがまたけっこう大変な作業だったりする。日の落ち始めた夕暮れ時の水仕事である。▼潔癖とは思わないが、人並み以上に虫や汚れが苦手な私にとって、入り組んだ場所のドロドロやベトベトは見るのも嫌な存在だ。ただ、見るのも嫌だからこそ、それを自分の手で駆逐していける清掃作業というのは案外楽しい。ピカピカになった場所を眺めて悦に入るというよりは、まっさらな表面に突き出した不規則な凸凹を削り落として、生理的な快感を得るような感じである。瑕疵のない完成品を鑑賞するよりも、不快感を削ぎ落としながら制作を進めている最中の方が楽しいのと同じである。

[2524] Jul 27, 2016

今月末から弟が再びアメリカへ行く。行くのはいいが、普段使いのリュックサックが小さすぎて、前など帰りは洋服を紙袋に入れて帰国してくる始末。これはいかんということで大きめのリュックを買うことにした。▼折しもアマゾンはバッグセールの真っ最中。最大70%オフの恩恵を受けて、通常価格16000円の40L型を5000円で買うことが出来たのだが、届いてみるとこれがどうにも小さい。高さも幅も奥行きも今までのと同じくらいに見える。しかもバッグの表記はなぜか「45L」で、いろいろ辻褄が合っていない。素材も雨で溶けそうなペラペラのナイロンである。安かろう悪かろう。▼かの偉大なるゲームクリエイター、シド・マイヤーはこう言っている。ゲームのパラメーター調整には二種類しか方法がない。半分にするか、倍にするかである、と。我々もまたそうすべきであった。30Lで不足と思うなら、まずは60Lの品物から検討するべきだったのだ。

[2523] Jul 26, 2016

ポケモンGOの影響で久々に初代ポケモンの音楽が聴きたくなり、戦闘曲だけでもと思って一通り聴いた。ちゃんと聴くのは十何年ぶりだが、今でも全く色褪せない必要十分な音づくりに改めて感動する。この低音の少なさは神がかり的だ。同時発音数という厳しい制約の時代が生んだ名作たちの列に連なる曲である。▼ノリや激しさを出すとき、私などはどうしても低音やフォルテに頼ってしまうが、実際、本当に優れた曲は想像以上に少ない音数、最小限の打楽器、高い音域、早すぎないテンポ――で「熱い」フレーズを作り上げている。全ての強拍でシンバルを打ち鳴らすような真似をしなくても、音色の調合と和声の展開によって、聴衆に手に汗握る感覚を呼び起こすことは出来るのである。▼音数は迫力の前提ではないという当たり前だが忘れがちな真実を思い出すには、やはり90年代のゲーム音楽がうってつけである。懐古趣味とはまた別に、まだまだ研究する余地がある。

[2522] Jul 25, 2016

数日前、茨城県周辺で震度4程度の地震が相次いだ。たとえ規模が大きくなくても、こう近い場所で地震が頻発すると、首都圏に生活する者としては東京直下型の影に怯えてしまう。あんまり無闇に怖がっても仕方のないことだが、最低限の備えはしておかなければと思ってしまうのが人の心である。▼しかし、リュックをまるごと売るタイプの「防災セット」は、売り出し文句の派手さに比べてレビューのテンションが低い。イメージ写真とは似ても似つかないビニール製の袋が送られてきたとか、ほとんど壊れかけの中国製の品物ばかり詰まっていたとか、中身に対して値段が高すぎるとか、苦情はさまざまである。いずれにしても、防災を人任せにする横着代は高くつくということだ。▼なので、私たちは自分でつくることにした。数多ある防災セットの広告は、買い揃えるべき品の参考リストとして有効に活用させていただく。リュックも自分好みに出来て良いことずくめである。

[2521] Jul 24, 2016

Cubaseを起動したら、ViennaEnsambleがエラーを吐いた。ロード中にプラグインの生成に失敗したという。昨日起動したときは何ともなかったのに、音源からエフェクト類まで何ひとつ動かなくなった。プリセットもロードできない。ホールの設定からミキシングの具合まで、前の状態を再現できる自信はとてもなかったが、フォーラムの類似質問を辿りながらアレコレ再インストールや設定弄りを繰り返していたら、結局はなんとか元の状態で動作させることができた。▼ソフトウェアバージョンを更新した覚えは全くないが、どうやらEnsamble側から古い音源プラグインが読み込めなくなっていたらしい。後方互換しないアップデートを告知もなくやらせるのもどうかと思うし、エラーメッセージも要領を得ないあたり、少しVSLへの信頼を損なった出来事ではある。Windowsの復元コマンドのように、いつでも昔の「動作状態」に戻せるようなメメント機構があればいいのにと思った。

[2520] Jul 23, 2016

ひきつづきポケモンGOの話。私の携帯は目下話題のシャープ製で、今から二年前に購入したSHL-24。Androidバージョンは4.2が上限で、ポケモンGOには対応していない。それで私はプレイを諦めていたのだが、弟の指摘で気がついた。そういえばNexus7を持っているじゃないか。▼Androidは5.1。2013年モデルなのでRAMも2GB。必要条件はぎりぎりながら満たしている。それでもGooglePlayには「端末が対応していない」とにべもなく蹴られてしまったが、APK 0.29.3を公式から落として直接インストールしたら問題なく動作してくれた。これで私も一足遅れてポケモントレーナーである。▼プレイ感想は追い追い。携帯の買い替えを急ぐ必要がなくなったので、日本国内では九月から十月とも言われているZenfone3(Deluxe)の発売をじっくり待てるのも助かる。余談だが、GPSの精度が粗いせいで稀に家の中からポケストップにアクセスできるのも嬉しい。蕎麦屋さまさまである。

[2519] Jul 22, 2016

午前中に「ポケモンGO」の日本配信が始まったとき、社内で「ポケモン来たぞ!」と声があがった。昼食で外へ出ると、スマホを掲げて練り歩く人が視界に必ず一人はいる。駅周辺にはPokemon!とアクセントを弾ませながらはしゃぐ外国人たちの姿もあった。適当に選んだ飯屋の席に着くと、後ろから「ポケモンが……」と会話が聞こえてくる。会社へ戻ると、すでにポケモンを捕まえた駆け出しトレーナーたちが何人か談笑に興じていた。社会現象だな、と肌で感じた。▼あとはこのブームがどれだけつづくかだ。あのイングレスとて「最高に面白そうなゲーム」でありながら「すぐに飽きる」という欠点からはついに逃れられなかった。ポケモンGOも、プレイヤーたちの姿と画面を見ていると、よくもこんな面白そうなゲームを作ったものだと感心しつつ、しかしすぐに飽きそうだなという思いもよぎる。この課題の継続性をどう克服していくか。任天堂の腕の見せどころだろう。

[2518] Jul 21, 2016

スマートフォンという受信機と、ノートパソコンという発信機を得て、バックパックの重量もそれなりになってきたところ。受信端末と発信端末をひとつずつという配分は、紆余曲折の末に辿り着いたモバイルの結論でもある。これ以上は持ち歩けないし、バッテリー管理も出来ない。私には二台が限界である。▼しかし、ひとつ浮いたアイテムが出来てしまう。音楽プレイヤーだ。AK120-IIは音質も大満足で長いこと活躍してもらったが、ハイレゾブームが個人的に”寒い”こともあり、またスマホ側の音質もサイアクというほどではなくなってきたので、存在意義が少しずつ薄れてきている。三台目の端末なので充電も疎かなことが多く、家に置いて出る日も増えてきた。潮時なのかもしれない。▼オーディオも受信に分類するなら、スマホにまとめた方が賢くはある。WindowsPhoneでさえなければElite-x3も視野に入ったが、そうでなければZenFone3無印かDeluxeが落とし所だろう。

[2517] Jul 20, 2016

XPS13-9350が到着。まっさらな状態のわけあり品で、BIOSからドライバインストールまで諸々手動で出来る人限定の販売ということで、格安で入手することが出来た。もちろんこの手の初期設定は朝飯前だ。二時間弱で全ての設定が終わって、問題なく動作するところまで来た。▼これからしばらく使い込んで、タッチパネルありモデルの選択が正しかったのかどうか、やはりSurfaceProにすべきだったのかどうかなど、いろいろ考えていくことになる。クラムシェル型だとタッチは不要どころか害悪という派閥も強いが、私はすでにセットアップの段階で相当触っているので、とても不要とは思えない。パネル搭載分の値段上昇と、バッテリー持ちの悪化に耐えられるかどうかだろう。こういう要素は長いあいだ使ってみないとわからない。▼PCIeだけあって起動速度はまずまず。3K解像度は少々オーバースペックだが、拡大表示で文字など美しいのは嬉しい。本格稼働させていこう。

[2516] Jul 19, 2016

明日からポケモンGOが日本でも配信されるらしい、とリーク記事が流れている。ポケモンは赤・緑をやったきり、まったく疎遠に生きてきた私だが、正直、ポケモンGOの企画力には脱帽しているところだ。心ひそかに配信開始を待っていた。▼イングレスが世に出たときからARには絶大な可能性を感じていた。VRよりよほど未来がある、という主張もいつかの記事に書いたと思う。ポケモンGOはこのARの力を完璧に活かした。ゲームのコンセプトを聞いただけで「これは面白そうだ!」と確信できる作品が、近年どれくらい出ただろうか。もちろんゲームの真の評価はリリース後の運営、アップデート、バグの量やバランスの設計などに大きく左右されるだろうけれど、現時点で世界が抱くワクワク感は計り知れないものがある。▼しかし、残念ながら私の携帯はAndroid4.4に対応していない。スペック的にはもう少し長く使える端末だが、悲しいかな、ここでお別れである。

[2515] Jul 18, 2016

買い物への道すがら、やけに雀が多いなと思った。小さな雀がそこら中を、文字通り飛んだり跳ねたりしている。ちゃんと避けてくれるので歩行の邪魔にはならない。巣立ちの季節かな。そんなふうに思っていた。▼ところがそれどころではなかった。いつものPC部屋。エアコンのダクトを通すために開けた壁の穴に、外から雀が巣を作っていたのだ。よく聞くと壁の中から鳴き声がする。これは一大事である。▼鳥獣保護法によると、雀などの巣は雛が巣立ってからでなければ除去してはならないらしい。しかし、巣は私たちの天敵と言っても良いダニを無尽蔵に繁殖させるため、時間が経つと家の中まで大量のダニが湧いてきてしまう恐れがある。そうなったらせっかくダニの撲滅に尽くしている日々の努力が台無だ。まさしく喫緊の死活問題である。▼目下、取り付け工事業者に落ち度の有無を確認依頼中。除去作業には十万以上かかるらしい。財布の方もだいぶ死活問題である。

[2514] Jul 17, 2016

ディズニー好きの同僚に勧められた作品『ヘラクレス』を観る。▼ギリシャ神話をベースにしつつも、半神半人ではなく最初から神として生まれていたり、その母がアルクメネではなくヘラであったりと、ほとんどオリジナルと言えるほどの近い改変ぶりで、公開当時は賛否両論を呼んだらしい。しかし、いかにもディズニーらしくミュージカル風に仕立てられたストーリーは、破綻もなく勢いも良く、観ている者に細かいことを言わせない迫真さがある。”重箱つつき”を黙らせる威風堂々の佇まい。この評価は私がディズニーに与える常の評価になりそうだ。▼ストーリーラインの特色は、ヘラクレスの受ける苦難が少なく期間も短いところだろう。地上の英雄となった完全無欠のヘラクレスは、映画の王道展開なら不運か宿命によって一度は地獄に落ちるところだが、本作では結局パーフェクトなまま全て丸く収めている。カタルシスは弱めだが消化の良い順風満帆の英雄譚である。

[2513] Jul 16, 2016

数日前からスマートフォンの万歩計機能を有効にしている。ひょんなことから自分の日々の歩数を確かめてみたくなったのだ。しかし、計り始めて早々、思いもかけないことが起きた。▼計測初日。帰りのヨドバシカメラでふと、この標準的な通勤の行き帰りでどれくらい歩いているのかなと思い、歩数を確認してみると、なんと7777歩であった。くだらないようだがけっこう驚いた。長く続けていればそういう日もあるだろうが、初日の出来事である。幸運を感じても不思議ではない。▼そうして二日後。いつも通り漫然とツムツムを遊んでいたら、これもまた全くの偶然から、所持コイン数が777777枚になった。今度は思わず声が出た。万歩計の事件があったから尚更である。この短い間に私は7を10個も並べてみせたわけだ。▼単なる偶然の一幕で片付けてもよかったが、せっかく心の大義名分を得たので、十数年ぶりにサマージャンボ宝くじを買ってみた次第である。

[2512] Jul 15, 2016

紆余曲折あったが、DellのXPS13(QHD+Touch)に決めた。2in1は諦めた形になる。▼決め手はキーボードに尽きる。通い詰めて何度も打鍵感を確認したが、Surface Pro4のベコベコ感は文章書きとしてどうしても許容できなかった。これにElite x2のキーボードがついていたら即決なのに、と何度思ったか知れない。マイクロソフトには是非、高級感のある手触りを追求する前にキーボードの剛性を追求して欲しいものだ。▼もうひとつの判断材料は、携帯。次に買い換えるときは大画面にしようと考えているので、ここに2in1が重なるとタブレット的な端末が二台になってしまう。これはいかにもセンスがない。受信機は携帯、発信機はラップトップと住み分ける方がシンプルだ。今や候補はクラムシェルに絞られた。▼あとは好みの世界である。通信感度やサポートの質など悪評も少なくないが、デザインも性能もちょうどよくスッと気に入ったので、ここはひとつ直感に託してみたい。

[2511] Jul 14, 2016

社員食堂のチープなうどんを食べる。▼数ある食堂メニューの中でも、私はとりわけこのうどんが気に入っている。典型的な関東風の濃いつゆに、スーパーで売っていそうな格安麺を投入、おばちゃんの気分で茹で加減が決まり、わかめとかまぼこが申し訳程度に添えられた三百円の素うどんだ。これに七味唐辛子を多めに入れる。濃い味の汁に辛さが絡んでいっそうジャンキーな味わいになる。関西の人はきっとこれをうどんとは認めないだろう。うどん風の何かである。しかし、なぜか妙に旨い。▼客観的に見て美味でない食べ物が主観的に旨いと感じられる場合、その人はその品を小さい頃から食べつけていた可能性が高い。出身地方を遠く離れてきた人々が、口を揃えて故郷の飯ほど旨いものはないと主張するのは、単に過去が美化されているばかりではないということだ。▼私にとってもこのうどんもどき、昔どこかで食べたことのある味である。この記憶の遡行が美味なのだ。

[2510] Jul 13, 2016

川崎市市民ミュージアムで開催されるマンガ展のポスターを見た。銃を構えて臨戦態勢でこちらを見つめているのは「ゴルゴ」と「よつば」。なかなか味のある共演である。シンプルながら人目を引く、センス良い広告だと思った。▼ふと思い出したのは、東京オリンピックの公式アニメグッズだ。あまりのダサさに大不評だが、いざこうして「センスのある」絵を見てしまうと、あのTシャツやうちわに対して「センスがない」と評するのはお門違いではないかと思えてくる。センスがないというのは、真面目に作ったものに対して尚、何か美的感覚が欠如しているさまを表す言葉であろう。あれらのアニメグッズはどう見ても真面目にデザインされたとは思えない。「真面目に作れ」が先である。そのあとでセンスの問題が立ち上がる。▼いくら巧妙に隠しても手抜きはたいてい悟られてしまうものだが、悟られる以前にあからさまだとしたら、それはまだ評価の俎上にすらないのだ。

[2509] Jul 12, 2016

いまさらながらDX11の基礎知識を学び直すべく『Practical Rendering and Computation with Direct3D 11』を買った。発売から五年近く経つが、未だに日本語訳は出ていないらしい。▼本の存在は前から知っていたが、仕事の綾でDX11に直接関わる機会がほとんどなく、機会がなければ必要ない、必要なければ学ばないという典型的な惰性で真面目に取り合わずに来た。しかしここへ来てDX11の実装に携わり、よりハードウェアに近いところで基礎的な知識の不足が露呈。これはいかんなと思って即注文したのである。本は注文の翌日に届いた。毎度のことながら、このスピード感は恐ろしい。▼描画を生業にする者なら本書の内容は基礎も基礎だろうから、面白い内容を見つけて記事にするようなことは出来ないだろう。記事にしにくい本を読み始めると、安易に読書へネタを見いだせなくなるので自然と日常生活に意識が向く。実体験を解剖し始める。これはこれで良いことである。

[2508] Jul 11, 2016

これから何を勉強したらいいですか、と後輩のプログラマに訊かれた。「これから何をしたいかによるね」というのが正直な答えだが、月並みすぎるし、はぐらかしているようで気に食わない。もう少しマシな言い方を考えて答えてみた。「それはあなたがどんなバグと戦いたいかによるね。」▼どんな分野だって、自分で考えて自分で実装して、物が出来上がっていくあいだはそれなりに楽しい。しかし終盤、バグと戦う時期が訪れたら世界は変わる。自分の意志など及びもせぬ想定外の現象を前に、ただこつこつと時間と労力をかけて原因を解明し修正を加えていく、そういう地道な仕事をしなければならない。その仕事の質が気に入るものを選んで勉強していくのがよかろう、と私は思う。▼バグを追うことに楽しみを見いだせる分野があるなら、その分野に飛び込んでいくのが幸せだ。その飛び込みの準備運動としてバグの追い方を学んでおくことは、間違いなく役に立つだろう。

[2507] Jul 10, 2016

野球が好きな人の中には、数字が好きなので野球が好きという人が一定数いるらしい。打率、打点、本塁打、盗塁、OPS、防御率、与四球、奪三振……ペナントレースは数字の宝庫だ。誰々の打率が何厘上がって、一位との差が何分になったとか、数字の上がり下がりを見ているだけで楽しいという気持ちはよくわかる。贔屓の球団や目をかけている選手の数字だけを追っていれば、試合自体は見ていなくてもかまわないという人がいても不思議ではない。▼今日はそれに近い気持ちで参議院選挙の開票速報を見ていた。残り十数議席を残して自民の単独過半数や改憲派の三分の二が成るか成らずかというところ。個々の政党が掲げている政策がどうであるとか、実際に自民が過半数を達成したら国がどうなるとか、そういう興味が全くなくても、各政党の候補が数字を伸ばしたり落としたりしている様子には何か純粋な楽しさがある。子どもでもわかる子はわかる。数字の魔力である。

[2506] Jul 09, 2016

『シンデレラ』を観る。ディズニーが挑む傑作童話の実写版ということで、どちらかというとCG合成寄りの変わり種かと思っていたら、想像以上に「実写映画」として良く出来ていた。良い脚本、良い編集、良い演技。実に気合いが入っている。▼意地悪な継母とその姉妹、健気に働くシンデレラ、魔法使いのおばあさん、カボチャの馬車、ガラスの靴、階段、真夜中の鐘、花嫁を探す王子様……。私たちが「シンデレラ」と聞いて思い浮かべるシーンの全てを削ることなく実写に仕上げつつ、一方、王子の人柄や継母の心境といったような、原作ではあまり触れられることのない要素も描いてみせる。盲目的な原作崇拝でも陶酔的なオリジナル志向でもない、まさに理想のアレンジ作品といったところ。潔い直球勝負である。▼BDのボーナスコンテンツで見る主演のリリー・ジェームズも、なんだか作中のシンデレラとそんなに変わらないような、不思議な魅力があって素敵だった。

[2505] Jul 08, 2016

日常性を妨げる困難に直面したとき、人は即座に代わりの緊急ルートを探す。たとえば卑近な例では朝の電車。乗り換えの駅に到達したところで人身事故が発生し、先の通勤路が断たれてしまった。さて、どうすればいいだろう。▼いろんな選択肢がある。復旧見込みを駅員に問い詰めて、徒歩の方が早そうなら歩いて行く。タクシーが拾えそうなら拾う、あるいは携帯で呼んでみる。別路線の乗り継ぎで辿りつけないか検討する。この駅まで行けば近くに繋がるバスが出ているはずだ、等。そうして私たちは最小限の遅刻で会社に辿り着く。情報収集力を駆使して最適な選択肢を選び出した手腕である。▼しかし、ここにはひとつ大切な視点が抜け落ちている。本当に大切な視点だ。即ち、出社を諦めるという選択肢である。実際、たとえ電車が遅れなくたって、会社に行かないという選択肢は常にあるのだ。そういう自然な発想が出来なくなるほど追い詰められないよう気をつけたい。

[2504] Jul 07, 2016

三十六度の猛暑。烏龍茶を片手に日傘を差して東京の道を歩いた。こんな日和に出張研修である。▼地下道から地上へ出たとき、あまりに眩しい陽の輝きに思わず目を瞑った。路面もビルも白く煌めく大手町である。近くのピロティに逃げこんだら、同じように日差しを逃れてか、ちょっとした人だかりが出来ていた。影つづきの先にフローズンの看板を掲げるローソンが見える。甘いものを食べる気もしない暑さだが、砕いた氷の誘惑にレジは長蛇の列だった。商品を片手に汗だくの人々がドアから出てくる。ちゃちいプラスチックカップは、日向に出たら氷よりも先に溶けてしまいそうだ。▼七月の頭に連続で三十度超えを記録したときも予感したが、今日で確信に変わった。今年は文句なく猛暑だろう。繁忙期から今の今まで何だかんだで振替休日をほとんど使っていないから、ここぞとばかり八月は自宅警備をさせてもらおうと思っている。部屋でフローズンでも食べたいものだ。

[2503] Jul 06, 2016

私は車に乗らない。目が悪いので運転が怖いし、そもそも免許を持っていない。今後、強烈な必要に迫られれば考えを改めるかもしれないが、今のところ車を持つ気持ちも予定もない。公共交通機関が便利な地域にいることの甘えでもある。▼よく、ハンドルを握ると人格の変わる人がいる、と言う。そうして実は、その人格はその人の本性なのだという話を聞いた。曰く、普段は自分が弱いことを知っているために乱暴な本性を抑えている人でも、人間に比べれば圧倒的に強くて速い車に乗ると、まるで機械の身体を得て自分が強くなったような気になるので、急に柄が悪くなったり、舌打ちをしたりするようになるのだそうだ。▼納得の行く話ではある。しかし舌打ちに関しては、運転中は両手両足が塞がっていてストレスを発散する普段の動きの癖が制限されてしまうので、自由に使える舌でいらだちを表現するしかなくなるのではないか、という別の解釈もありえそうだと思った。

[2502] Jul 05, 2016

隙を見てはIntelのCPU性能比較表を見ている。出来合いのコストパフォーマンスも十分にあがってしまい、自作の魅力がそれほどなくなってしまった昨今、性能表を穴が開くほど見つめる機会は少ない。しかし、m3-6Y30とi5-6300Uの違いは如何ほどかとか、m7-6Y75のポテンシャルはどうかとか、そういう疑問に自答できないのはファッションギークとしても癪である。この際、知識を整理し直したいと思い立った。▼デスクトップ向けとモバイル向けの混合表を見ていて思ったのは、想像していたほど両者の性能差は小さくないということだ。「Surface Bookがi7を搭載する!」と聞けば我が家のデスクトップマシンが追い抜かれたように感じるが、実際には同じi7でもBookのi7-6600Uと家のi7-4770Kの間には倍以上の性能差がある。i5やi7と言っただけでは性能は測れないのだ。モバイル系の広告が種別ばかり強調して型番を明記したがらない理由もこのあたりにあるのかもしれない。

[2501] Jul 04, 2016

『カーズ2』を観る。105分、楽しめたので文句を言うつもりはないが、はっきり言って前作『カーズ』ほど面白くはなかった。失敗とまでは言われない続編のしぼみ感。奇抜な本編が絶妙なバランスで完成しているとき、起こりがちな事態ではある。▼「ラジエーター・スプリングス」のトリックスター。お馬鹿だけど愛嬌のあるレッカー車のメーターを主役に据えて、伝えたいメッセージがある、やってみたいことがある――そういう作者の思いは理解できるのだが、その目的が先行しすぎてストーリーにもキャラクター性にも歪みが出ている。その歪みが要所要所で引っかかって、こちらはまだもやもやしているのに、本編は構わず大団円を迎えるという具合。しかもその大団円を導くのは、肝心の主役の「お馬鹿で愛嬌」な性質をちょっと無視した強引な展開である。視聴後にすっきりとはできなかった。▼あれだけたくさん作品があればこういうこともある。次に期待しよう。

[2500] Jul 03, 2016

千回に到達したときは、さすがにキリがいいなと思っていた。百回は続かないだろうと予言されて始まった「400」だけに、その十倍続いたことは快挙だと思われた。そこで打ち切って終わりにする考えもないではなかったが、やめることはいつでも出来るからと思い、構わず先に進んだ。その後、二千のキリを迎えて、さあ次は三千だ、と息巻いていたのだが、私にとっては二千五百も捨てがたいマイルストーンであることに、ついさっき気がついた。百万字である。▼何度も話題に出して恐縮だが、私は「400」が何か区切りを迎えるたびに、遥か昔に見た名前も思い出せないサイトの、名前も思い出せない管理人の言葉をいつも思い出す。「とにかく五十万字も書いた、そのことを嬉しく思う。」あれから何年経ったか。考察で五十万字を埋め尽くした彼に比べて、私の雑文の重要度は比べるべくもないだろうが、しかし私は、とにかく百万字も書いた。そのことを嬉しく思う。

[2499] Jul 02, 2016

リュックサックの肩紐に取り付ける小さなポーチのことを何と呼べばいいかわからなくて困っている。近い形状の物があまりないならgoogle画像検索を活かせるが、このたびは物自体がただのポーチなので、検索してもガジェットポーチやらバッグインバッグやらが出てきてしまって正解に辿りつけない。「これ」と思う品をクリックしてみると、商品カテゴリには「リュックにつける小さなポーチ」と書いてあったりする。もしかしたら名前なんて無いのかもしれない。▼こういうとき、さっさと知恵袋や教えてgoo!で教えを請うのも立派な手のはずだが、いまだにそれが選択肢として頭に浮かんでこない自分のことを不思議に思う。この期に及んで人に訊くのが億劫だとか無知を晒すのがイヤだとか思っているわけではないはずだが、なんとなく、自力で調べてわかるものなら時間をかけてもいいから自分で完結したいと思っている自分がいる。この気持ちの出処はいまだに謎である。

[2498] Jul 01, 2016

またしても前日の記事をドラフトにしてしまった。起き出してきた午前三時。寝ぼけてはいなかったが、目が霞んでいたのでロクに見えていなかったのだろう。それに自分しか使わないUIとはいえ、投稿ボタンの隣にドラフトチェックがあるのもよろしくない。もう何年もまともに使っていない機能だし、削除してしまった方が良いかもしれない。▼閑話休題。ここのところよくヨドバシカメラへ行く。各種ラップトップのスペック表は諳んじるほど見て飽きたので、必要なスペックの方はCorem3/4GB/128GBで良しと定めて、残りは実機の感触で決めようという段階だ。Surface Pro4で決まりかけていた案件だが、要求性能を上記のように定めたことで「Yoga 700」が強力な対抗馬として浮上してきている。カスタマイズ性を捨てて必要十分な機能を盛り込み、コストパフォーマンスを追求した本製品は、まさにミドルレンジの傑作。あとは解像度と、ペンを使うかどうかが焦点になる。

[2497] Jun 30, 2016

新人のプログラマが課題を仕上げてきた。成果物はもちろん、ソースコードも皆に見えるよう公開されている。貴重な機会なので時間を拝借して一人ひとり見ていった。▼コードの質について、書き方がどうとか、センスがどうとか、そういう野暮なことを言うつもりはハナからなかった。興味があったのは彼らのバックボーンである。課題の期間が短いおかげで、表面上はC++でも、実際には彼らの書き慣れている言語の匂いが強烈に残っていることが多いのだ。▼見てみた印象は例年と大差なし。C言語しか触ったことのなさそうな子が二人、明らかなJava使いが一人、プログラム自体あまり書いたことがなさそうな子が数人、残りはそつなくC++を使いこなしている感じである。意外だったのは11/14使いが一人もいなかったこと。大学の情報系の授業がまだCやJava寄りであることの証左かもしれない。▼彼らはこれからC++の闇と戦っていくことになる。いよいよ実戦開始である。

[2496] Jun 29, 2016

後方不注意でサボテンにぶつかった。砂漠を歩いていたわけではない。狭い雑居ビルの屋上へつづく階段に、大きなサボテンが置かれていたのだ。ちょうど人を避けて後ろ向きにあがったところ、ちくりと太ももを刺されたのである。薄暗闇の中に潜むサボテン。視界のみならず意識の外でもある。刺されるまでは気づかなかった。▼踏み込みが浅かったので大きな怪我はないが、ズボンの裏側が何箇所か貫かれてしまって、指で触るとわかる程度のほつれが出来てしまった。今はまだ小さいが、洗濯で広がらないか心配だ。ポケットに穴が開いたりチャックが閉まらなくなったり、今度はサボテンに貫かれたりで、今年は信じがたいほどのズボン厄年である。▼腰回りのサイズが変動する都合、上と違って下にはあまり金額をかけない主義だった私が、はじめて少々奮発してみたズボンの初週の運命が、よりによってサボテンとは。小説にしても現実味がなさすぎて使えないネタだろう。

[2495] Jun 28, 2016

メインの財布を二つ折りから長財布に切り替えて以降、簡易財布代わりに名刺入れを使っている。PontaカードやTSUTAYAカードなど使用頻度の高い数枚と、昼食程度の金額を入れておくにはちょうどよいコンパクトさだ。▼唯一の問題は、間違えて小銭の入っている方を手前に開いてしまうと中の小銭を盛大にこぼしてしまうこと。これを解消すべく、同じようなサイズ感で小銭入れの部分にチャックのついている品を探し始めたのだが、探せども探せども一向に見つからない。なんのことはない、カード数枚と小銭少々を小さく持ち運びたいというだけなのに、このニーズに答えてくれる品が百貨店の財布コーナーに全く無いとは驚きである。▼全く無いとは言いすぎで、ランバンに一点、ポールスミスに一点はあったのだが、どちらも微妙に目的を外れていた。あっさり見つかると思っていただけに、まさかという思いである。なんでもありそうな世の中だが、ありそうなものが無い。

[2494] Jun 27, 2016

ひきつづきディズニー。『カーズ』を観る。カタカナのタイトルを見ても何の話かピンと来ないが、原題は"Cars"。車が主人公の物語である。▼車が主人公と言うだけなら他にもありそうな設定だが、この作品の面白くも奇妙なところは、人が車にすり替わっているだけでなく、牛や虫までもが車になっているということだ。哺乳類だろうと昆虫だろうとおかまいなし。生きとし生けるものはみな車なのである。道中、トウモロコシ畑の描写が出てくるが、あのトウモロコシは一体誰が食べるのだろうか。▼モンスターズ・インクのときも思ったが、ディズニーはいつもぶっ飛んだ設定の上に物語を組み立ててくる。世界観の構築スケールが大きいというか、アイデアの活かし方が旨いというか、とにかくエッジの効き方が半端じゃないのだ。このあたりあらためてさすがと言わざるを得ない。勉強のために見ているわけではないが、ゲームづくりのためにも学ぶべきところは山ほどある。

[2493] Jun 26, 2016

お中元を買う。こういうとき横浜で高島屋に比べてそごうの優れている点は、地下食品売り場が格段に歩きやすいことだ。混雑のわりに通路の狭すぎる高島屋に引き換え、そごうはとにかく店舗間の余裕をたっぷり取っている。エスカレーター前にどでかいゆるキャラの着ぐるみがいてもさして通行の邪魔にならないほどだ。お中元を選ぶときなど、あちこちを見て回る場合には、こうした余裕が必須になる。人混みをぐるぐる歩き回る気にはなれない。▼そんなこんなで、そごうのミレニアムポイントカードを作った。前年度にそごうで買い物をした金額に応じて次年度のポイント%が決まる仕組みだが、この基準金額を家族のカードなら合算できる点がありがたい。ただ、登録は実に面倒だった。どうして同じカードの登録に名前や住所を三回も四回も書かなければならないのか。ひたすら手書きで書類を埋めていく担当の姿を見て、百貨店はまだ二十世紀なんだなと思ってしまった。

[2492] Jun 25, 2016

南半球から一時的に帰国した元同僚と話す。半年間滞在してみた感想は、と月並みなことを訊くと、ゆったりしたところがすごく肌に合うと答えた。実に意外な答えである。なにせ彼女は日本にいたとき、まったくゆったりはしていなかった。▼曰く、たとえば他人が待ち合わせに遅刻してくるといったような、日本にいたときは出くわすたびにイライラしていた出来事が、向こうではあまりにも日常的に起こる。そうなるともはや怒るのも馬鹿らしく、他のみんなも笑って済ませているのだから、自分だけカリカリするのも無意味ではないかと、良い意味で感化されたのだという。他にもいろいろエピソードを語ってくれたが、要するに「世界は大らかなんだな」という感慨が、彼女のトークに響く通奏低音であった。▼日本はあまりにもせせこましすぎる。間の文化などといいながら空白の時間を極度に嫌う国民性は、やはり島国根性と言うしかないのだろう。彼女は楽しそうだった。

[2491] Jun 24, 2016

中華屋さんで昼ごはんを食べていたら、備え付けのテレビでイギリスのEU離脱が確実との速報が流れた。七割方開票が終わった段階で離脱票が残留票を3%近く引き離していたので、残りの地域が残留派だったとしても巻き返しはつらかろうなと思っていたが、やはりの結果になった。▼これからどうなるのだろう。経済アナリストの分析やブログを読んでいても、可能な未来がたくさんあるとわかるだけで、どの道に入っていくかはさっぱりわからない。ただ、多くのルートでイギリス貧困層の未来はあまり明るくないようだ。この手の大きな決定が、たいてい窮地にあるものの窮状を加速するのは不思議である。敗者に巻き込まれたくない人々の勝ち逃げ狙いと、地獄を見つめて生きるのに疲れた人々の死に急ぎが、言わば同時に弱者を殺す方へ作用してしまうのかもしれない。▼何にせよEUにはヒビが入った。修繕が成るか、あるいは大破か。不穏なことにならなければと願う。

[2490] Jun 23, 2016

「昼のラーメンは上手に付き合っていくのがまるそうだ。」六年前の記事の結びだが、この「まるそうだ」という表現についての一幕。角が立たない、無難である、といった意味合いで形容詞「まるい」を使っている場面だが、造語とまでは言えないまでも一般的な用法ではない。辞書を引くと「円満である」とあるので、このあたりから転用したスラングだろうという結論に落ち着いた。▼しかし驚いたのはここからだ。なんと、マルソウダという名前の魚がいるらしい。調べてみると本当にいる。スズキ目サバ科ソウダガツオ科の海水魚である。ソウダガツオとは変わった名前だが、「騒々しく騒ぐ鰹」の意味であるとか、「鰹だそうだ」を倒置した洒落であるとか、語源には諸説あるらしい。同じソウダガツオ属であるヒラソウダと合わせて鯖系・鰹系の中でもとりわけ旨いらしいが、鮮度落ちが激しいため産地での消費が基本。一般のご家庭の食卓にならぶことは稀なのだソウダ。

[2489] Jun 22, 2016

会社のアドレスに不思議なメールが届いた。題名は「Windows8.1へようこそ!」。差出人はマイクロソフト公式。マシンは10にアップグレードしたばかりである。▼メール本文ではWindows8.1がいかに素晴らしいOSであるか説かれていた。「個性を輝かせよう!」と題されたセクションでは、デスクトップのカスタマイズ方法が紹介されている。個性を輝かせたいと思って壁紙やテーマカラーを変える人がどれほどいるのか知らないが、これぞマイクロソフト流の大言壮語である。文面のそこかしこに迸る自信、Windows8.1を選ばないなんてありえないと言わんばかりのビッグマウス。なるほど、フィッシング詐欺でもウイルスでもなく、れっきとした公式のメールであるようだ。▼あんまり不意打ちだったので考えなしについ最後まで読んでしまったが、まっとうな商品紹介の最後には見事なオチが用意されていた。「いますぐWindows10にアップグレードしよう!」なんなんだ、君は。

[2488] Jun 21, 2016

『醸し人九平次』を飲む。副題に「human」と名付けられた山田錦の純米大吟醸。humanとは風変わり。「国境や文化、すべての境界を越える酒でありたい。」そんな思いが込められているそうだ。▼九平次ブランドは全てそうだが、ボトルは明らかにワインを意識している。その筋に詳しい後輩に話を聞くと、多くの蔵元が今、日本酒をオシャレな高級品としてワインに匹敵する地位に押し上げようと力を入れているらしい。ボトルとラベルで高級感を出すとなると、必然風合いも似てくるわけだ。▼わけても「醸し人九平次」ブランドの蔵元である「株式会社萬乗醸造」は国際派の旗手らしく、蔵元自らフランスへ出向いて高級レストランに販路を確立。「別誂」と名のつくフラッグシップは、今や三ツ星レストランでも採用されるほどの人気ぶりだとか。今回のヒューマンはそれよりもカジュアル寄りだが、フルーティで旨いことは間違いない。獺祭よりは独特の癖があるように思う。

[2487] Jun 20, 2016

将棋。最近は三分切れ負けルールの方でよく遊ぶが、劣勢のときの戦い方について、ひとつ会得したことがある。簡単な思考ルーチンだ。「相手の攻めに押されて手が止まってしまったら、敵陣――つまり相手側の三段目までのどこかに歩を打ち込めないか検討してみる。」▼将棋は攻め合いのゲームだが、敵の猛攻を浴びて自陣が危険に晒されると思わず反撃を忘れてしまうものだ。しかし、当然ながら相手は猛攻のために防御を犠牲にしているはずである。そうして、その脆い部分には案外『歩』がいちばん効く。相手の攻めが飛車の睨みを頼りにしているなら、飛車の横へタダで捨てる歩も十二分に働いてくれるだろう。こうした「攻めの形の守り」は意識の埒外に置かれることが多いので、私のような初心者は決め事にしてしまうと良いわけだ。手が止まったら、歩の検討。▼悩んだときに取るべき反射的な行動を定めておくことは、将棋に限らず全般に有効なテクニックである。

[2486] Jun 19, 2016

『カールじいさんの空飛ぶ家』を観る。好奇心の塊なおじいさんがあれやこれやと手を尽くして我が家を空に飛ばしてしまう――そんなポップでコメディな物語かと思っていたら全く違った。けっこうシリアスでドラマティックなファンタジー冒険譚である。私の評価は高い。▼たかが風船で家がまるごと空を飛んでしまったり、それが一昼夜のうちに北アメリカから南アメリカへ辿り着いてしまったり、階段の登り降りもままならないご老体がテーブルマウンテンの密林でハリウッドばりのアクションを繰り広げたりと、ツッコミどころは満載なのだが、そのツッコミをギャグではなくシリアスで回避しようとしている点は面白い。ありえない出来事をさもありなんと思わせるために、その無茶ごとを主人公たちの真剣な動機と行動の中に埋め込んでしまうやり方だ。真剣に妻の夢を叶えたいと願う男が風船で南アメリカを目指すなら、それは間違いなく馬鹿げたことではないのである。

[2485] Jun 18, 2016

ファスナーが壊れてウエス行きとなったズボンの代わりを買いに行く。もともと春夏秋のスリーシーズンを白二枚と灰色一枚の計三枚で着回していたので、ここで灰色に脱落されるのはつらい。合わせやすいオフホワイトとはいえ、一色でのコーディネートには限界がある。▼事前の狙い目はずばり紺。先日、鉄紺のカーディガンを仕入れたので、これに合わせるのがよかろうと目論んでいた。しかし買ってきたのは初めてのカーキ色。カーキは上級者向けで難しいと思っていたのだが、店舗内のさまざまなポロシャツを合わせてみると、茶系はかなり広義に相性が良く、白もピンクもいける。奇をてらわなければかえって万能な色なのだと知った。▼肌の都合で綿90%以上、シワの都合で綿98%以下を求めていたが、この要求もぴたりと満たす。ここまで条件が揃ったなら、当初の予定からは外れるが、ひとつ挑戦してみるのもいいだろう。こうして新たに一色が加わったのである。

[2484] Jun 17, 2016

ひきつづきバグ調査のためGPUの解析。浅い部分でミスがあることを期待したが、とうとうシェーダのネイティブコードまで辿り着いてしまった。該当のバグが発生する状況下でindefiniteな値を持つレジスタを見つけたので、そこから芋づる式にアセンブラの動作を追っていく。どうやら全く別の場所のゼロ除算で発生したinfiniteが、ずっと後の工程で不定形に化けたものらしい。しかも特定のレアな条件を満たさない限り、この不定形レジスタには後で必ず0が乗算されるため、通常時は何事もなかったかのように正しい挙動をしてしまう――これが真相であった。▼こういった問題が「原因不明」の一言で片付けられてきた過去を考えると、チームとしても個人としても、かなりよくバグが取れるようになってきてるとは思う。プログラムが量子的な振る舞いをすることはないのだから、究極的には原因不明なバグなんて存在しえないのだ。ひとえに解く側の能力の問題である。

[2483] Jun 16, 2016

所属していた部署が解体されて事実上の社内吸収合併となり、直属の上司とさらにその上の上司は二人とも異動してしまったので、新たな直属のマネージャーが少しずつ私たち漂泊組の顔と名前を一致させていく、さながら外様の状態である。▼かたや長年付き合ってきた信頼の置ける仲間たち。かたや実力のほどもわからず素性も知れぬ謎の集団。これでは正当に評価などされないのではないかと後輩が心配していた。誰でも感じる不安ではあるだろう。しかし、無理やりポジティブに捉えなくとも外様はそう悪い状態ではないと私は思う。かえってチャンスでもある。▼実際、外からやってきた人というのは、既存のメンバーより良い仕事をすると、何か新鮮で底知れぬ感じがして過大な実力者に見えるものだ。悪い仕事をすればこんなものかと見限られてしまう場合もあるが、それは古い仲間とて同じ条件である。だからここ一年、最初はいつも以上に気合を入れよう。そう答えた。

[2482] Jun 15, 2016

このごろ飛蚊症に悩まされている。昔から視力はひどかったし、多少の浮遊物は認めるところだったが、いつからか白い壁や青い空を眺めたときのゴミの量がたいそう多くなっていることに気がついた。強い近視だと若いうちから自覚しやすいと言うし、加齢で仕方ない部分もあるが、別の病気の前兆という可能性もあるので早めに検査はしたい。飛蚊症自体は治らないにせよ、網膜はく離のような致命的な症状に繋がる危険が避けられれば良しだ。▼網膜はく離の前には「網膜裂孔」という網膜に小さな穴や亀裂が入ってしまう状態が先行するが、浮遊する黒い影が目を動かした時についてくるようなら、それはまだ網膜裂孔まで至っていない可能性が高いようだ。素人判断は危ないが、安心するための材料にはなる。眼鏡を外して何度か試したが、今のところ全ての影はちゃんと目の動きについてくるようだ。ちなみにルテインも症状を緩和してくれるらしいが、さほど信じていない。

[2481] Jun 14, 2016

各所のベンチマークを覗いてみると、SurfacePro4のm3タイプはSurfacePro3のi5に迫る数字を出している。迫るだけでさすがに負けるが、i5の15Wに対して4.5WのTDPはかなり魅力的だ。グラフィックス性能も大差はない。性能をそこそこに電力消費を抑えたければm3は良い選択肢になりうる。▼第一、とにかく安い。海外通販のアウトレットも視野に入れれば六万円程度でキーボードまで揃ってしまう。128GBと少なめなストレージとメモリ4GBの心許なさは否めないが、メイン機にする野望をなかば諦めてテキストワーク主体のポータビリティ重視に切り替えるなら、価格の面でほとんど一択になってくるだろう。▼データ管理にはOffice365に付属する1TBのOneDriveも有効に活かしたい。重いデータや秘匿性の高いデータは自宅のメイン機に。閲覧頻度の高い情報や、消えては困る大切なデータはクラウドに。こうした小回りを効かせるためには、スキマ時間で作業のできる端末が要る。

[2480] Jun 13, 2016

スマートウォッチを始めとするウェアラブルの市場には、今のところ健康管理を売りにした品が多い。広告も、スポーティな老若男女が郊外の広々とした通りを走り抜け、いい汗を拭いながら手元の端末をにこやかに眺める動画ばかりだ。彼ら彼女らはきっとスマートウォッチなんかなくても健康だろう。みんなが憧れ、しかし実践はしないヘルシーな生活がそこにはある。▼心拍数、脈拍はもちろん、走行距離から歩数まで、さまざまな値を測定できる多機能モデルも出ているが、もっともみんなが測りたいであろう「体重」を測れる商品はまだないね、という話になった。どうやって測るのだと言われたら難しいが、難しいからこそビジネスチャンスはありそうだ。腕を振り回したときのトルクから逆算するか。水分と脂肪量と骨密度から割り出すか。あれこれ空想をめぐらした後、辿り着いた結論は無難な「靴」だった。後で知ったことだが、スマートシューズは目下開発中である。

[2479] Jun 12, 2016

はじめて月島へ行く。地上へ出て最初に感じる印象は、下町の上にすっぽりと観光地のガワをかぶせた町。看板にも柱にも、よく見ると至る所に英語のガイダンスがある。これがジャパニーズ下町ですよと、まるで町ごと観光客に「展示」しているような風景が特徴的だった。▼オタク街秋葉原も然りだが、ある街がひょんなことから何かで有名になった結果、その何かをより良く体現するよう街の方が書き換えられていくという流れはめずらしくない。これを拝金主義に敗北した歪な街のあり方と見るか、商業を求心力とする本来の街のあり方と見るかは、食べものの好みと同じくらい意見のわかれるところだろう。ダシの効いた深みのある味が好きか、強い調味料で味付けされた味が好きかの違いだ。▼もんじゃ焼きの主流は恐らく後者であろう。濃い味をぱりっと焼き上げて大雑把に食べる。味の深みを云々するのは粋じゃない。食べる。うまい。それでいい。そんなおやつである。

[2478] Jun 11, 2016

頭痛がひどい。このところ健康一途であったので、もしや風邪でもひいたかと早めに寝込んでみたが、深夜に起きて今、少しは楽になっているので一過性と信じたい。会社でお互いに伝染しあって休んでいた面々も、頭が痛いとは言ってなかったはずだ。私の番というわけではなかろう。▼怪しいのは肩だ。二日前、早朝から尋常ではなく肩が痛かった。ふだん肩こりに悩んでいるわけではないので、寝違えたかな、くらいに思っていたが、鞄を片側掛けにしてから徐々にダメージを受けていた可能性も否めない。それがついに爆発して肩→首→頭と来ている可能性はある。▼もともとはスーツに合わせる鞄がないという理由で買った鞄だが、カジュアルでも行けそうということで使い出したら、ほとんど常用になってしまった。しかし持ち物が増えるにつれて肩への負担が増してきたのなら、これはいよいよ楽さ重視のバックパックも必要であろう。モバイルノートが来たら尚更である。

[2477] Jun 10, 2016

SurfacePro4とYoga900sで悩んでいるうちに、X1Yogaという新星が候補に現れた。1.3kg超と少々重いが、14型の大きなディスプレイと打鍵感のしっかりしたトラックポイントつきキーボードの魅力は捨てがたい。もちろんYogaなので各種タブレットモードも充実している。▼なにより付属のペンが本体に収納できる点が素晴らしい。もちろんその状態で充電もできる。落ちないし、失くさない。磁石で本体にくっつけるタイプより便利なのは明白だろう。900sと違ってキーボードも本家ThinkPad仕様。打鍵感も弾力ある手応えで、ノートとは思えない仕上がりになっている。なかなか隙のない製品だ。それでも最大の壁はやはりタッチ時の画面の揺れ。これらメリットの合計に匹敵するデメリットである。▼そこで浮上するのが、SurfacePro4にThinkPad仕様のBluetoothキーボードを組み合わせるという奇策。実は正規のタイプカバーを買うより割安である。目下、最右翼の案ではないか。

[2476] Jun 09, 2016

牛歩がどれくらい遅いかというくだらない話から、動物一般の走る速度の話になり、いろいろ調べた。全ての陸生動物で瞬間最大速度を競うなら言わずと知れたチーターがいちばんだが、日本に生息している動物に限定すると野うさぎが時速約72キロで最も速いらしい。サラブレッドやグレイハウンドがこれにつづく。ヒグマやロバ、キツネ、イノシシなども50キロ付近で十分速い。▼この手のランキングは珍しくもないが、視点を瞬間最大から持久力に変えると面白い情報が出てくる。中距離から長距離へと走行距離が伸びたときに走破が速い動物は誰かということだ。答えは、意外にも「ヒト」である。てっきり馬かと思ったが、フルマラソンのような長距離になるとヒトに軍配が上がるらしい。他のどんな陸生動物と比べても群を抜いた持久力を誇る。さすがに厚く重たい毛皮を脱ぎ捨てただけのことはある。▼ちなみに牛は走っても時速20キロ程度。さほど速くはなかった。

[2475] Jun 08, 2016

「累」という漫画を読む。これで「かさね」と読む。有隣堂で長いこと展示されている特集で知った。展示の規模が大きいのもさることながら、一枚絵とキャプションにセンスを感じたのでkindleで一巻を買ってみたわけだ。▼そうして気づけば八巻まで読了。ここ何年かで読んだ新作の中でも指折りと言って良いほど面白い。久々に衝動買いの漫画で当たりを引いた気分だ。口紅というたったひとつのファンタジーを軸に展開するリアルな心の葛藤劇。リアルと言っても、けっして登場人物たちの性格や立ち振舞いが全て現実的なわけではないのだが、そこにリアリティを感じさせるのがフィクション作家の腕の見せ所なのは言うまでもなかろう。まさに本作の重要な主題のひとつである「真実よりもほんとうらしい嘘」である。▼明るい話ではないため、合わない人もいそうなストーリーではあるが、それを言い出したらキリはない。それも踏まえて高評価である。九巻が待ち遠しい。

[2474] Jun 07, 2016

自宅のメインPCが危うい事実を承けて、これまで蓄積してきた情報のクラウドベースな整理とマルチデバイス化を目指し、持ち運び用の端末を検討している。検討自体は何ヶ月も前からしているが、予算が立たぬこととモデルを決めかねることから先延ばしになっていた。特に最後の二択が難攻不落である。SurfaceProかノートPCか。▼SurfaceProの魅力は、なんといってもキックスタンド。これのおかげでタッチ時にも画面が揺れず操作がしやすい。2in1系のノートは軒並みここがアウトである。特殊な形状にしない限り触るとすぐに画面が揺れる。揺れてタッチが上手くいかないこともある。安定感はSurfaceProの圧勝だ。▼しかし私を悩ませる最大の欠点は、キーボードを掴んで本体を持ちあげられない仕様にある。カバー型の宿命だが外で使うには取り回しが悪い。あくまでタブレットであり、真にノートではないのだと痛感させられる、私的には譲りにくいポイントである。

[2473] Jun 06, 2016

それほど関わりは深くなかったが二言三言は言葉を交わしたことがある二つ上の先輩が、このたび長期休職になった。違うチームなので詳しい顛末は聞いていないが、多くの休職者がそうであるように、やはり心の問題らしい。一方、その先輩よりずっと親しい同僚の一人も、このごろ週の半分以上を体調不良で欠席している。間もなく来なくなるかもしれないというマネージャの見立ては、たぶん正しい。ちょっと前、彼は転職先を必死に探していると零していた。もう一人は別のプロジェクトの後輩で、意気盛んな頑張り屋だったが、与えられた職務を重荷としてか心身ともに怪しい状態だという。▼梅雨。この手の話は例年いろんなところから出てくるが、毎度ながら私には為す術がない。突き放すわけではなく、つらいと思うなら一刻も早く転職先を見つけて辞めた方が良いのだろう。合わない人には合わない職場である。そんな職場に合うことが良い事とも限らないではないか。

[2472] Jun 05, 2016

どんちゃん騒ぎをやる。そう形容するのがもっともふさわしい、大義名分もなく、上下関係もなく、面倒な一人語りもない宴である。私もまた、ご縁があったので参加させていただいた。▼酒と鍋を囲んで思い思いに駄弁るだけ。「〜せねばらなない」という義務が限りなく皆無に近い状態は、怠惰と言われても仕方はないが一種心地良い。飲み会と名のつく行事をさほど好む私ではないが、日ごろ義務に縛られて窮屈な心が宴によって解放される、そのメカニズムのようなものは体感できた気がする。▼明日を犠牲にしてでも全ての責務を今いっとき、忘れてしまいたいと願う心が人を酒に駆り立てる。そういう人が集まれば、自然と宴になる。ただし、それを自ら求めるようになってしまっては危険だ。恒常的に発散が必要な心の状態がつづくようなら、もはや発散は適切な治療ではない。発散を強いる要因を取り除く方が先である。このあたりのバランスを間違えないようにしたい。

[2471] Jun 04, 2016

『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』を観る。ちょっとシュールなミュージカル人形劇だ。わかるようなわからないような、筋道よりもノリと勢いを重視しているような、それでいて何かを示唆しているような。シュールとはたいていそういうものだが、観る人が思い思いに自分なりの教訓や感動を引き出せるタイプの作品だろう。▼私はというと、素直に「餅は餅屋」というメッセージを受け取ってみた。人気者でもあり実力者でもある魅力的な人格者が、もはや成功することのわかりきっている自分のフィールドにふと飽きてしまい、刺激的だが自分の天性にはそぐわない新たな領域へと全力でダイブして大失敗をしてしまう。なるほど失敗も経験ではある。が、やはり餅は餅屋。せっかく活躍できる場所があるのなら、そこで輝いていた方が誰にとっても良いことなのだと、我が家の居心地を確認し直す旅だったのではないかと、そんなふうに本作のストーリーを解釈してみた。

[2470] Jun 03, 2016

高速化という名のゲームで終日遊ぶ。バンド幅の違うメモリにそれぞれ何をどう乗せ換えればGPUが最速に駆動するか。ひたすら試行して錯誤してフレームレートを詰めていくのは、パズルゲームでハイスコアを追求するのと同じ感覚だ。ミリ秒の単位で詰められなくなると、マイクロ秒の最適化余地を探す。さすがにナノ秒単位での計測はしないが、本当に無駄があって、また本当に求められているなら、いつかやらなければならない日も来るだろう。▼冗談でも皮肉でもなく、私はこういう仕事が好きである。頭をフル回転させて遊んで帰って給料が貰えるとは素敵じゃないか。ルールの中でとある数値を改善していくことに没頭し、取り組み始めたら全く時間を忘れてしまうという点、比喩ではなく本当にゲームで遊んでいるのと変わりはない。就活生諸氏はぜひ、時間の進みが早く感じられるような作業を主とする仕事に就く、という視点も持ちあわせてみてはいかがだろうか。

[2469] Jun 02, 2016

これまで私のスマートフォンではKindleで漫画が読めなかった。ダウンロードしようとすると「このコンテンツはサイズが大きすぎるためダウンロード出来ません」と断られてエラーのマークがつく。解せない話だ。今どきたかだか50MBのファイルが大きすぎるわけはないし、第一、テザリングならタブレットの方ではダウンロードできるのだから、親機で無理というのは筋が通らぬ。設定が間違っているのではないかとか、メモリが足りないのではないかとか、今日まで悪戦苦闘していた。▼結果的にはアプリを更新したら直ってしまったので、何が真の原因かはわからずじまいである。それほど古い状態で放置していたわけでもないから、最近発生し、また最近修正されたバグなのだろう。似たような症状に苦しんでいる人がいたら、ベタだが更新は試してみた方が良いかもしれない。▼ともあれこれでまたも携帯の大画面志向が強まってしまった。5インチ超へ乗り換えの日も近い。

[2468] Jun 01, 2016

早寝早起き、と言うにはちょっとどうか。現在午前四時。三十分ほど仮眠のつもりが五時間近く寝てしまったものらしい。喉が乾いて目が覚めたのだった。▼このまま朝まで起きていれば私も健全な朝型の仲間入りだが、そんな胆力もないので記事を書き終えたらきっとまた寝てしまう。実際、偉人伝を読んでもっとも感嘆し、また落胆するのは、偉大なことを成し遂げた人は共通して朝型であるという、彼らの早寝早起きぶりを紹介するくだりだ。▼村上春樹と小澤征爾の対談本でも早朝仕事の重要性については触れられていた。朝四時に起きてランニングし、小説を書く村上春樹。同じくらい早くに起きて、楽譜の読解をする小澤征爾。仕事が捗るのは朝ということで二人の意見は一致を見る。年をとったからではなく、昔からそういう習慣らしい。▼朝四時なんて、私にとってはそろそろ寝るかと思うような時間だ。たしかに眠くなってきた。偉大なことを成し遂げるにはほど遠い。

[2467] May 31, 2016

いよいよ今季は試練――そんな言葉で結んだのが去年のこと。結局、試練は乗り越えたと行ってもよい成績にはなった。今年も恒例、POGの記録を母名で残す。楽しく振り返る日も来るだろう。以下、母名のみ指名順。マジックストーム、ハッピーパス、ミュージカルロマンス、ナスカ、アビラ、レディアルバローザ、エポキシ、フラニーフロイド、タイキクラリティ、ジンジャーパンチ。▼希望一位はドバイマジェスティだったが、ぎりぎり負けて去年にひきつづきハズレ選択を迫られる。牝馬候補筆頭のマジックストームが拾えたのは不幸中の幸い。ただ、素直にドバイマジェスティと行ければ次は牝馬のラヴズオンリーミーという大成功の一位二位も可能だったが、一位の牝馬が枷になって牡牝のリズムは崩れてしまった。そのせいもあってルーラーシップが三頭もいる。新種牡馬としてはリスキーである。下位指名も例年とは毛色の違う感じになってしまった。命運や、いかに。

[2466] May 30, 2016

ジャンプを電子版へ移行した。月額900円で読み放題、バックナンバーは登録月の全てと前月最終週の一巻を閲覧可能。三週間ほど前から移行の心づもりがあって紙版を買っていなかったので、五月分が読めるうちに急いで登録を済ませた。▼今は適当な端末がないので閲覧はスマートフォンから。ブラウザ版はスライドするたびに画面が揺れて使い勝手がお話にならないので、すぐにアプリ版へ移動したが、やはり操作感はKindleに比べるべくもない。「ジャンプ漫画が『無料で』読めるアプリ!」という触れ込みも、当然ながらジャンプが無料で読めるわけではないので、いわゆる「嘘は言っていない」という釣り文句。このあたりのチグハグさ、一愛読者としてはなんだかなと思ってしまう。▼とはいえいつもの分厚い紙を縛って捨てるもったいなさと手間を考えれば、デジタル版の存在はありがたい。今は長所と短所が釣り合ってトントンというところ。今後の改良を待ちたい。

[2465] May 29, 2016

『アナと雪の女王』を観る。字幕で見たのでタイトルは『Frozen』だった。めずらしいことだが邦題の方が素敵だと思う。日本人の感覚かもしれないが、あの内容に『Frozen』はちょっと堅苦しい。▼例の歌のシーンなど有名なところは動画や何やで観ていたから、そこは感動を新たにするまでもなかったが、案外あっさりとまとめたストーリーのなりゆきと、何よりアナの性格が想像とはだいぶ違った。頭より先に体が動く、絵に描いたような向こう見ずのおてんば姫。それでいて繊細で素直なところもある、なかなか魅力的なキャラクターだ。個人的にはけっこう好きな描かれ方である。▼それもあって「アナ」が明記されている邦題の方が良く感じるのかもしれない。とにもかくにも90分の楽しみとしては上等だった。シーンのところどころ、画面を華やかに彩るレンダリングの手法が、あれは何、これは何と目についてしまうところは残念ながら職業病。それもまた一興である。

[2464] May 28, 2016

数を絞ってでも一流のみを摂るべきか。それとも二流三流をたくさん摂るべきか。アウトプットの質を高めるために、どういうインプットが望ましいかについて、三人で軽い議論を交わした。私以外の二人の意見は、一致して後者の「二流三流でも手数」であった。論拠もはっきりしている。失敗学の見地からすれば、成功のパターンはさまざまだが失敗のパターンは共通しているので、悪いものだけを多く獲って同じ轍を踏まぬようにすることは確実な効果を見込めるというのである。▼なるほど利のない意見ではない。しかしどちらかというと前者の「一流を少量」派の私からすると、失敗学の援用は逆にも解釈できると思う。なぜなら失敗、つまり二流三流のパターンが共通しているとしたら、それをいくら採ったところで自分の引き出しは全く増えないからだ。さまざまな成功の形がありうるからこそ、可能性を探るためにも、語彙を増やすためにも、一流が必要なのではないか。

[2463] May 27, 2016

今週末はダービー。レベルが高くて誰が勝つのか全く予想も出来ない。全く予想も出来ないときは純粋な観戦に楽しみを見出して、無理に馬券を買わないのが正道だ。穴は狙うべくして狙うもの。わからないから穴狙いなんて、ロクな結果にはならない。▼ダービーが終われば新たなPOGが始まる。今年も戦略はいつも通り。「二人以上の目利きが、同じところを褒めている馬を優先して獲る。」基本線は常にここである。私は、二歳馬に対する自分の判断をさほど信用していないし、オーナーや調教師の売り込み文句も額面通りに受け取りはしない。毎年のように「兄弟の中ではいちばん」と言われながら、愚にもつかない凡走で未勝利の季節を終える馬が何頭いることか。▼しかし二人、三人のプロたちが別の紙面でこぞって同じ長所を認めているなら、本物である可能性が高いだろう。褒めている「内容」が一致すること。あとは多少フィーリングでも構わない。まぎれも楽しい。

[2462] May 26, 2016

三島由紀夫『金閣寺』読了。まとまった感想は読書ノートに記すとして、ここには断片的な雑感を重ねておく。濾過されていない分、純な感想である。▼暗い。とにかく暗い。言葉が美しいせいでいっそう暗い。表現力は見事。平明といえば嘘になるが、古典的ながら現代人にも十分通じる無理のなさ。知らなかった熟語の意味をいくつも発見した。名作らしく多面的な解釈が可能で、またそうした解釈を誘う。美について、狂気について、人生について、どんなに俗っぽく浅い考えであれ、ひとまず自分で考えてみずにはいられなくなる。こういう自己の特殊性を守るために肯定する心理、高校生くらいのときに一度は通るよな、と頬杖をついてみることだってそう。つまりは術中である。私は金閣寺をあまり美しいとは思わないが、恐らくこの小説にとって、金閣寺は別に金閣寺でなくともよかった。言わば金閣寺を出汁に、自分の美学をふんだんに盛り込んだポットシチューである。

[2461] May 25, 2016

DeNAベイスターズの躍進が凄まじい。最大で11あった借金をあっという間に2まで返済した猛烈な追い上げもさることながら、それをフロックとは感じさせない投打の厚み、いよいよチームとして本格化した気配がする。さまざまな実験を試みて四月に払った授業料も、いま思えばけっして高くはなかったのかもしれない。▼このあいだ「贔屓球団を持つことの楽しさは?」と訊かれてとっさに答えが出なかった。今なら何と答えるか。勝敗と順位の一喜一憂もあるが、それぞれに違う長所・短所を持つ選手たちが、監督の采配のもとチームとして完成していく姿を見るのが心地よいというのもたしかにある。適材が適所へ収まっていくという純粋にパズル的な楽しさ。その結果として勝利が得られれば言うことはない。▼ベイスターズが勝った日は隔日制限を設けつつビールを頂いている。文字通り夢なかばに終わった昨シーズンの悔しさを晴らすべく、このまま勝ちつづけて欲しい。

[2460] May 24, 2016

花村太郎『知的トレーニングの技術』は、先日も書いた通り独習者のための良きバイブルになりうる本だが、三十分の曲に喩えるなら、強く感銘を受けるイントロに始まり、独創的なモチーフを展開しつつ十五分頃にクライマックスを迎え、名曲の予感を漂わせたところで急激に多義的で難解な引用句の海に沈んでいくといったところ。実際、読み終えて最も印象に残っているのが「はしがき」というのは、読んだ私としてもモヤモヤするところがある。知的ノウハウの伝授は難しい。▼「必要以上に知的生産のシステムを複雑にしたり、情報の精度を追求したりして、知的創造のために「考える」時間を奪われないようにすること。情報のメモ魔・整理魔になってデータの山にうずもれ、しまいに何のための情報整理かわからなくなってしまう(中略)はっきり言ってこれは、情報整理ごっこでしかない。永遠に準備体操をつづけるようなものだ。」創造という目的を見失わないように。

[2459] May 23, 2016

モバイル端末用の国語辞典アプリ。どちらかというと電子化に力を入れている三省堂は決まりとして、「新明解」か「大辞林」かで悩んでいた。収録語彙数で言えば圧倒的に大辞林だが、新明解国語辞典の楽しさは言うに及ばず、文字数足らず。「新解さん」の魅力をご存じない方は、すぐにでも検索されたい。ネタ方面ばかり取り上げられがちだが、現代の用途に即した人間味のある解釈という哲学は大いに好感が持てる辞書である。▼しかし本日、小説中「狼藉たる花」という表現の意味がわからず、これは好機とばかり本屋で両方引いてみたところ、気持ちは大きく大辞林に傾いた。狼藉は「乱暴」の意の名詞で使われることが多いが、タリを伴い「物が乱雑に取り散らかっているさま」という意味の形容動詞にもなる。この点の明記、用法の詳細さ、さらには出典の有無。やはり数倍近い質量の違いは大きいと実感してしまったのだ。▼大辞林有利。最終結論は近日中に出したい。

[2458] May 22, 2016

小林秀雄は文芸時評を辞めた後、「省みると何をしていたかわけがわからぬ」と言っている。「人を説得したと自惚れたり、文学を指導したと妄想したりしていたのだからね。四十にもなると自分のリミットというものがおぼろげながらわかってくる。」今まで無茶なことをやっていたと思って呆然とするという小林秀雄に対して、横光利一の答え。「僕はリミットが分りすぎて困ってしまった一人だ。も一度見失ってしまいたいものだ。」▼三十、四十と若さを失うにつれ、私たちは「リミット知らず」ではいられなくなる。一度リミットを知って絶望したら、何かに取り憑かれて我を忘れない限り、もうリミットは超えられなくなる。老いて後のなお弛まぬ前進に必要なのは、努力でも気概でも覚悟でも根性でもなく、無謀な行動が賢明な思考に先立つほどの愚かさであろう。▼進みたいならば賢明であることをやめよう。何をしていたか、わけがわからぬくらいでちょうどよいのだ。

[2457] May 21, 2016

とある日、あまり忘れたくない日にハンカチを忘れたので、午後からの用事ということもあり、行きがけに高島屋で新しいのを求めた。惹かれたのはアイロンがいらないという触れ込みの一枚。眼鏡も拭けるというモコモコした手触りや、麻のようなパサついた素材など、私には好ましくない代わり種が並んでいる中で、この実用的な謳い文句は訴える力が一段強い。デザインもメーカーも様々だが、同じ「アイロンいらず」シリーズならどれでも、という気持ちで適用に斜めチェックのやつを買った。▼さて、洗濯して干して最初の一日。果たして本当にアイロンはいらないのかと広げてみたら、他のハンカチと変わらずヨレヨレである。失望半分、予想通り半分。さして落ち込みもしなかったが、明くる日また洗濯してみたところ、今度は見違えるほどパリッと仕上がった。要するにシワが出来るかどうかは干し方によるのだ。「綺麗に干せばアイロンは不要」が広告の真意であろう。

[2456] May 20, 2016

高校の時の古典教師がよく言っていた。作家にはそれぞれ適齢期があると。退職の折の送別会でも同じことを言った。俺の年ではもうミシマやダザイは読めん。お前らの年だってどうか。十代、せめて二十代でなければ。読んでいても照れくさい。▼三島、太宰は私が意識して避けてきた作家の代表二名である。もちろん食わずぎらいだ。読書初めの頃、二十世紀生まれの作家はひとまずやめようと決め込んでいたので、それこそ三島の恩師にあたる川端が1899年生まれでぎりぎり。そこから先は触らずで済ませているうちに、適齢期を過ぎてしまったのである。▼しかし今、やっと三島に手を出す決心がついた。気まぐれも込みで理由はいろいろある。適齢期云々についても、ここ最近の経験で私の精神は他人にちょうど十年ほど遅れていることがはっきりとわかったから、それなら十歳差し引いてぴったりだ。立ち読みでも拒否反応はなかった。今なら読める。そう思うのである。

[2455] May 19, 2016

教本や講座の類に、よくこんな前書きがある――これはあくまで私のやり方です。答えに辿り着く道はひとつではありません。他にもいろいろな方法があることを肝に銘じてください。云々……。▼しかし実のところ、初学者の心構えとしては逆の方が良いのではないかと私は思う。つまり、いまここで言われていることこそが、唯一無二の絶対的な方法なのではないかと、まずはそう思い込んでみるほうがよかろうと思うのだ。本気の学習は得てして盲信から始まるものである。▼第一、まだ取り組んだ経験もないものに「やり方はいくらでもある」という態度を取るのはいかがなものか。ちょっと急だったり泥濘んでいたりで行きにくい道に出会うたび、山頂への道は他にもあるさ、などと迂回していたら、永久に頂へは辿りつけはしまい。だが、ひとたび山頂へ辿り着いたなら、落ち着いて景色を見渡して、いろんなルートを探してみるのもよいだろう。話は登ってからなのである。

[2454] May 18, 2016

『測量野帳』を使い始めてから一週間。ここらで使い勝手を評価しておく。▼野帳と言うだけのことはあり、野外、つまり机のない状態での書き心地は◎。背面の固さは折り紙つきだ。防水性能の恩恵は今のところ受けていないが、急な大雨で鞄ごとびしょ濡れになるようなことがあればきっと役に立つだろう。▼カバーについて。何日か運用したら専用カバーを購入するかどうか決めようと思っていたが、現時点での私の答えは「不要」。もともと丈夫に出来ていて保護する必要はないし、細い隙間にもすんなり入る薄型・小型の利を捨てるのは惜しい。二百円というお買い得感もカバーが数千円では霞んでしまう。ペンが本体に装着しにくいことと、余裕のある空間に入れておくと頁が勝手に開いてしまう問題とを我慢できるなら、敢えてノーカバーで運用するのもひとつの正解だろう。▼結論として。値段を考えれば星五つ以外の評価は不可能。大特価十冊セットの購入が急がれる。

[2453] May 17, 2016

独学、独習に関する書籍をまとめ読みしている。ハウツー系の本は数冊を一気に読んだ方が影響を受けすぎなくて良く、自分なりの方法論も立てやすい。▼現在、苅谷剛彦『知的複眼思考法』と、花村太郎『知的トレーニングの技術』を読了したところ。細かい書評は割愛するが、どちらがお勧めかと訊かれたら後者と答える。ただし前半部のみ。たいへん良い本には違いないが、話の視程が大きくなる後半部は偉人の思想の切り貼りと寄せ集めに終始していて、正直あまり面白くない。特定の章を堺に、何年も執筆の間があいたのではないかと思うほど、別人のように衒学的になる。あるいは詩人になったり知識人になったりする。そういうのはいらなかった。▼独学は諸刃の刃である。よほどの興味と覚悟とに支えられた独学でなければ、たいていは地道で着実なトレーニングを避ける口実に過ぎない。独学を単なる甘えにしないためにも、自分にシビアな独学論を持たねばならない。

[2451] May 16, 2016

文学者の全集は目次を見ているだけで面白い。小説作品のみならず、評論から小品、書簡まで収めている本物の「全集」なら尚更だ。本当なら、それでも作家の「全て」では到底ないのだけれど、少なくとも読者を想定して公開された文書の全て、つまり「作家としての彼」の全てがそこにある、と思うと、最初から最後まで読んでみたいと思う気持ちはいやが上にも高まる。不揃いの中古全集が一気に値落ちする理由でもある。▼全集を読みたいと思うライトファンにとって、最大の障壁は価格よりも大きさであろう。もしも志賀直哉や里見クの全集が文庫で出てくれたら、私は間違いなく買うし読む。志賀直哉全集はいまだに我が家のガラス戸に守り神として鎮座しているが、読み直したいと思って開けるたび、重量に圧倒されて元に戻してしまうのだ。▼そういうわけで私は「ちくま日本文学」シリーズのようなノリで、作家の全集を次々と文庫化してくれる企画を待ち望んでいる。

[2450] May 15, 2016

ベイスターズのエースは井納か山口か――それはさておき、野球でチームを牽引する優れたピッチャーをなぜ「エース」と言うのか。私はこれまで当たり前のように、ピッチャーの守備番号が「1」だからか、トランプのエース、つまり切り札のことだろうと思っていたのだが、ふいに調べてみて仰天した。なんと由来は人名らしい。1869年に69戦65勝を記録した怪物ピッチャー「エイサ・ブレイナード」にちなんで、「エイサのような奴だ!」が「エース」になったとか。▼そんな馬鹿な。エースパイロットのエース、トランプのエースとは全く別語源だと言うのか。よくある都市伝説の類かと思ったが、いくつかの出処を辿ってみても、それなり信憑性のある説らしい。ブログや掲示板を転々とした後、今更のようにウィキペディアを見ると、エイサ・ブレイナードの記事には『切り札選手をあらわす「エース」の語源と言われる選手。』とある。信じがたいが、そうらしい。

[2449] May 14, 2016

私は身体が大きいので、洋服は必ずXL(2L)サイズを求める。一目見て「Lは厳しいかも」と思わせるくらいには大きいのだが、これだけ多くのショップがあると稀にはひどい店員もいるもので、以前などたまたま手にしていたMサイズの服を「大変よくお似合いです」などと月並みに煽てた挙句、そのまま買わせようとした輩もいた。試着していたら袖も通らなかっただろう。モラルも何もあったものではない。▼気をつけなければいけないのは「外国のLサイズなので大丈夫」という説得だ。これはけっこうひっかかる。実際には肩幅が問題になって外国だろうとアメリカだろうとLでは窮屈なのだが、これは日本で言うXLサイズですよ、などと言われるとXLサイズを求めた手前ばっさり否定もしにくいのだ。インナーはもう二、三着、これで窮屈なものを買ってしまっている。最悪の場合は弟にあげるしかない。当然過ぎる結論だが、店員が何と言おうと試着は必須である。

[2448] May 13, 2016

紀伊国屋へ行く。筑摩書房から出ている文庫版の漱石全集が一巻だけでも試し読みできないかという目論見がもともとであったが、その希望は早々に挫かれたので、残り時間は著者にこだわりなくゆっくり文学棚をめぐってきた。▼速読ブームが静かに去り、あらためて遅読・精読の重要さが説かれるようになってきた昨今。昔も速読したわけではないが、精読とは言えないスピードであっさり通り過ぎた作品たちを、今いちど読み返してもいいかなという気持ちになってきた。漱石然り、荷風然り、小林秀雄然り。しかし同時に、いざ再読と思うと猛烈に腰が重くなるのも確かだ。▼実際、気に入った音楽は何十回でも何百回でも聴くのに、気に入った本を二度読むのが億劫とはどういうことなのか。時折考えてみるものの明確な回答を出せずにいる。再読に時間を割くなら「他に読みたい本」がいくらでもあるのに大して、「他に聴きたい曲」というのはあまりないからかもしれない。

[2447] May 12, 2016

スマートフォンを見比べている。三年前モデルまで圏内に入れるとして、2013年モデルから2016年モデルまで、条件に合う機体をウェブで探してざっくりとした自分用のカタログを作り、ヨドバシカメラや中古ショップで実物に触れる。▼とにかく実物に触れる回数を増やすことが大事だ。スマートフォンの持ち心地や使い心地はスペックで見てもほとんどわからない。同じ5インチでも背面のカーブの具合で手のひらへの馴染み方は違うし、同じ解像度でも液晶面の反射率やライトの具合で見やすさは変わる。重さも要注意だ。スマホのような機器は、重量が軽いほど軽く感じるわけではない。感覚としての軽さには重心の位置が大きく影響する。鉛の棒をスマホの上端か下端につけたら、明らかに上端の方が重く感じるだろう。▼今のところ候補は何台かあるが、月額7000円を超える支払いを無駄とみて、SIMフリーへ移行するかどうかが目下最大の悩みどころである。

[2446] May 11, 2016

漱石の本を探していたら、Kindle版の「全作品集」がたったの二百円で売られているのを見つけた。青空文庫があるとはいえ、あの夏目漱石先生のありとあらゆる著作が詰まって二百円である。悲しいやら嬉しいやら、なんともわからない。▼Nexus7で読む電子書籍は全く快適だったが、どうしても二つの端末を管理するのが面倒で、鞄を変えるときに移し忘れたり、バッテリーが切れたりと、読書行為の外側で煩わしいことが多かった。こうなると、大画面のスマホを買うしかない、となる。画面サイズは5.5inch〜6.4inchが理想的だ。前から大画面スマホの否定派だったが、今こうしてやむなく肯定派に回ったとき、世間のトレンドは大型を避けて小型スマホに移行しているというのだから、なんとも皮肉である。▼auキャリアの現世代機には金額面であまり良い候補がない。2016夏モデルに期待する手もあるが、出来れば「XperiaZUltra」あたりを安く拾って差し替えたいところだ。

[2445] May 10, 2016

本日は、漱石が芥川龍之介に送ったという激励の手紙より孫引きスクラップ。▼「牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。僕のような老獪なものでも、只今牛と馬とつがって孕める事ある相の子位な程度のものです。あせっては不可せん。頭を悪くしては不可ません。根気づくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません。うんうん死ぬ迄押すのです。それ丈です。決して相手を拵えてそれを押しちゃ不可ません。相手はいくらでも後から後からと出て来ます。そうして吾々を悩ませます。牛は超然として押していくのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。」▼偉大なる明治の知性が、新進気鋭の若き天才に贈る牛歩のススメ。こういう格好良いことを気取らずに言える素敵な文化人になりたいものだ。

[2444] May 09, 2016

筆箱やメモ帳についていろいろ調べているうちに興味を惹かれるアイテムを見つけた。知る人ぞ知る有名ノート、コクヨの『測量野帳』だ。▼その名からわかる通り、もとは測量士のために作られたという小さな手帳型ノートである。ポケットサイズ、頑丈な表紙、百八十度まで見開きできる柔軟さなど、まさに野外での使用を想定したつくりで、発売から半世紀以上を経た今でもデザインが変わらないという見事なロングセラー商品だ。有隣堂で手にとってみたが、たしかに感触は良好で、二百円という安価からは信じられない安心感がある。▼モレスキンからロルバーン、ロディアまで、いくつもの定番を乗り換えてきたというメモ帳マニアが、ついにこの「測量野帳」を永遠の愛用品としたらしい――そんな話を読んでいよいよ感心し、つい一冊買ってしまった。この商品をこよなく愛する人々は巷で「ヤチョラー」と呼ばれているらしいが、果たして私も仲間入りするのだろうか。

[2443] May 08, 2016

筆箱。学生の頃は必携だったのに、いつの間にか持たなくなってしまった。タブレット端末の進化で急なメモを紙に取る必要がなくなったからかもしれないし、書き物の主戦力がシャープペンシルと鉛筆の複合兵科からボールペンオンリーへと変わり、消しゴムなど雑多なアイテムを持つ必要がなくなったからかもしれない。いずれにしても筆箱の出番は昔に比べて減った。▼試みに高級筆箱の売り文句を見てみたら、このデジタル時代だからこそ「敢えて手書きを重視する人のために」とある。この文言には少なからぬショックを受けた。今の御時世、筆箱はもはや公式にカウンターカルチャーなアイテムなのだ。折しも今朝は全国の小中学校で無線LANの配備が着々進んでいるという記事を新聞で見たばかり。やがて学校でもタブレットペン以外の筆記用具を使わなくなるとしたら、筆箱は本当にマニアだけの携帯品になってしまうかもしれない。そう思ったらひとつ欲しくなった。

[2442] May 07, 2016

ド・ゴール将軍は、常に寸暇を惜しんで「ボンヤリ」していたそうだ。ボンヤリすることの大切さをよく知る者の逸話として、端的で仕上がりが良い。▼塾講師時代を思い返してみると、真面目で頑張り屋だが勉強のコツを掴めず成績を伸ばせない子は、この「ボンヤリ」が下手だったように思う。意識という脳の表側が苦手とする情報の体系化は、それが得意な無意識という脳の裏側に任せた方がよいのだが、自分の脳のはたらきに十分な自信が持てないと、意識から消すこと=記憶が失われることだと怯えてしまい、いつまでも無意識を稼働させることができないのだ。言わば部下を信頼出来ない上司のような状態である。いくら真面目で頑張り屋でも、それでは仕事は上手くいかない。▼脳の使い方も適材適所。意識だけで出来ることには限りがある。意識の力で関心のある情報を集めるだけ集め、分類し、分析したら、後は寸暇を惜しんでもボンヤリしなければならないのである。

[2441] May 06, 2016

街行く人のバッグを観察していると、女性のバックパック率が高いことに気づく。一昔前のバックパック――リュックサックは、機能性のみを追求する学生や、実用第一の登山家のためのガジェットという印象だったと思うが、今や日々の荷物も背中に背負うスタイルがオシャレということになっているらしい。たしかに時代は変わっているようだ。▼色はカーキ色からネイビー、ベージュ、模様入りと様々。昔ながらの黒リュックを背負っている子も多い。メーカーも工夫しているのか、どれもけっしてダサくはないし、小柄で華奢なハンドバッグよりアクティブで健康的に見える節もある。ただし、真面目な社会分析の方向に今は話を広げたくないので、あくまで個人的な感想としておきたい。四百文字はいつだって、ジェンダーを扱うには狭すぎる。▼ともあれ、私と同じようにバックパックから長らく離れていた人は、改めて選択肢のひとつに、今年あたり見直してみてはいかが。

[2440] May 05, 2016

某所でオールシーズン用のビジネスバッグを買った。雨の日も使うので革は避けてナイロン。スーツに合わせるわけではないから機能性重視で差し支えない。▼気に入った品に店頭在庫が無く取り寄せと言われ、さて後日、電話を受けて出向いてみると、届いたバッグは脚の一部が欠けていた。これには店員も真っ青である。こちらとしては他の用事もあったことだし、どのみちGWに要るわけではないから連休後で十分、と伝えたのだが、それでも平身低頭、大袈裟なくらいに謝られた。さして怒るような話でもなし、この程度のことは笑って済ませたい性分なのだが、なかなか相手が悲壮モードから折れてくれないこともある。このあたりの呼吸は客商売の中でも難しい部類だろう。▼余談だが、こういうとき良い具合に気さくな感じで詫びのオマケを要求できる人は凄いと思う。けっして図々しい態度ではなく、相手から自発的にサービスを引き出すような話術。一種の才能である。

[2439] May 04, 2016

久しぶりのラーメン開拓。幡ヶ谷の金色不如帰へ行くも、ぎりぎり午前の部に間に合わず撤退。進路を変えて新宿の塩ラーメン「麺屋海神」へ。某所の情報には夜の部が四時半からとあったが、三十分前に訪ねたら運良くすでに開いていたので、待ち時間なしで滑りこんだ。▼トッピングは全部入りで、基本の「あら炊き塩らぁめん」を注文。魚のアラを炊きあげて取る出汁が絶品と評判だが、入荷する魚は毎日違うらしく、カウンター正面には「本日の魚」が貼りだされている。本日は真鯛、平目、穴子、関八、平政の顔ぶれ。この組み合わせだからこの味が、などと私にわかるわけではないが、たしかにスープは魚介の旨味が上品に溶けこんだ薄味の逸品だった。▼評判に違わず旨いは旨い。しかし辛口で言うなら、薄味好きの私でも味のパンチがやや物足りないかな、と思ったのは事実。そこは恐らく辛味が合いそうなので、次はぜひ「辛塩らぁめん」の方を食べてみたいところだ。

[2438] May 03, 2016

今日、ホコリまみれで屋根裏の掃除を終え、電灯を付け替えるべくヨドバシカメラへ足を運んだら、帰りのエスカレーターで不思議な言葉を聞いた。売り子さんの声だ。「作りたての天然水はいかがでしょうか?」▼はて。今のはなんだろう。確かめる間もなくエスカレーターは下の階へ進んでしまったが、聞き間違いでなかったことは確かだ。作りたての天然水。作りたての「水素水」ならまだわかるが、作っているのに天然水とはいかに。気になって仕方がないので、次の機会にもういちど確かめてみようと思っている。▼それにしても昨今の水素水ブームは勢いが凄い。コンビニの清涼飲料水コーナーにもしっかり場所を占めて、いよいよ私のような「興味ない勢」の目にも止まらざるを得ないほど生活に侵食してきた様相だ。水素水。マイナスイオンと同じで、今更オカルトとかニセ科学とか言う方が野暮と思える系譜である。各人が自由に判断して飲みたければ飲めばよろしい。

[2437] May 02, 2016

接続詞を適切に使うと文章の論理は明確になっていく。ここでの「接続詞」は品詞としての接続詞よりも広く取って良い。「もうひとつ例を挙げれば」とか「そうした状況にも関わらず」とか、前の文章を承けて次の文章の役割を明確にする類の繋ぎは全て、論理の流れをわかりやすくする力を持っている。▼しかし、全ての文章同士を適切な接続詞で繋ごうとすると、くどくて読みにくい冗長な文章になってしまう。そこで、論理の流れを読者が暗黙の内に汲み取ってくれるであろう接続詞は省く。省いて前後の繋がりが曖昧になるようなら省かずに残す。▼この二段階の推敲を経て生まれた文章は、若干の機械臭を残しつつも案外とさっぱりしていて、わかりやすく流暢な文章になっていることが多い。即興性を重視する時はやらないが、長文を要する仕事のメールなど、かたい場面では稀に使う手法である。すっきりと文章をまとめるのが苦手な人は、ぜひ一度は試してみて欲しい。

[2436] May 01, 2016

毎週映画を観るのもけっこう大変だ。本と違って、常にまとまった二時間を要求されるのは厳しい。百円で一枚、BDを借りては七日以内に見られず、「またこれを貸してください」と何度もやってしまった。長期レンタル料と思えば高くはないが、少々間抜けではある。▼最初に借りてから数十日、ようやく『モンスターズ・ユニバーシティ』を観る。あの『モンスターズ・インク』の続編である。続編と言っても未来の話ではなく、マイクとサリーの出会いを描く過去の話。成功作の過去編なんて、ちょっとお察しかな……と期待値は気持ち下げていたが、しっかり良い意味で予想を裏切ってもらった。▼特にCGの出来栄えは圧巻。十二年の時を経て、3D技術もここまで進化したかと思わされる。ゼロ年代のレンダリング技術の進化を比較するにはちょうどいい材料かもしれない。前作の映像を今見て楽しめる人なら文句なくオススメだ。期待に応えてくれること請け合いである。

[2435] Apr 30, 2016

イギリスの高級ファッションブランド「ダンヒル」は、もとは馬具の会社だった。その馬具専門の家業を子供のアルフレッド・ダンヒルが受け継ぎ、今の私たちがイメージする衣類やアクセサリー会社としての「ダンヒル」になったという。馬具とファッション。意外なようだがロンドン創立ということを考えればわからないでもない。▼アルファベットが縦に長く伸びるダンヒルのロゴは、初めて見たときは「よくこんなロゴが思いついたものだ」と驚嘆したものだ。独創的だが変ではない、絶妙なデザイン。描いた人も凄いが、これで行こうと決めた人も凄い。大きく飾る看板向きというよりは小さく記す刻印向きのデザインにも見えるので、もしかしたら馬具の時代から使っているのかもしれない。▼最近追加されたという新ロゴは一文字分の複雑な文様で、バッグなどについていると、これはこれでオシャレなワンポイントになっている。なかなか不思議で素敵なブランドである。

[2434] Apr 29, 2016

昨今、熱狂著しいVRだが、私は今のところゲームの世界でVRにあまり明るい未来はないと思っている。平たく言えばVRゲーム否定派だ。理由はいくつもあって、これが最大の原因と言い切ることは難しいが、開発の難しさが作品の面白さに見合わないこと、という言い方が最も近い。コスト高なわりに、面白そうな「新しい遊び」が生まれてきそうに思えないのだ。▼VRの未来は、もっと別の業界にいくらでもある。たとえば建築。現在でも3DCGによるプレゼンは一般的だが、VRならこれをさらに推し進めて、施工前に体験できる仮想プロトタイプを提示することも可能になるだろう。ライティングも予定地の条件に合わせれば建てずして様々な調整・修正もできるようになる。こちらの方がよほどありうる未来ではないか。▼あるいは医療……と進めたいところだが、それは紙面が足りない。前向きな意見で締めるなら、ARには大いにゲームの未来があると思っている。

[2433] Apr 28, 2016

深夜残業と早朝出勤が功を奏して、なんとか定時退社で横浜スタジアムへ。今日は会社の同僚と中日戦の観戦である。▼運悪く雨の日にあたってしまったが、夕方以降の降水確率は50%ということで、中止にもならず、小降りに降られる程度でさほど難なく観ることができた。ビニールポンチョを着たのも初めてだ。いつもこうでは困るが、濡れるに任せて半ばやけくそで声を出すのも案外楽しい。▼試合の方はベイスターズの悪いところが出てしまって散々だったが、完封されたわけでもないし、桑原のHRも見られたし、新たなアイドル・ザガースキーの勇姿も良かったし、それなり騒げたのでまずまずといったところ。気になるのは筒香の途中退場だが、これはもう座して続報を待つしかない。心残りと言えば、一度くらいはチャンテが歌いたかったことか。あの盛り上がりは現地ならではの醍醐味。次はもっと声を出すべく外野席に行こうと二人で決意した敗戦の帰り道だった。

[2432] Apr 27, 2016

「あなたがこの会社で成し遂げたいことは何ですか?」そんな質問をもし社員全員に投げかけたら、少しばかりの人は熱心に夢を答え、多くの人が惰性と似たような意味の答えを返し、残りの少数が、はて、考えてみれば自分が今の環境で成し遂げたいことなどあるのだろうかと、改めて疑問を抱くだろう。そうして疑問が氷解した暁には、会社を辞めてしまうかもしれない。▼自分に対して「この人生の意味は?」と問いつづけると、魂が抜けていくような錯覚を抱くことがある。実際、「あなたがソコに所属する意味は?」という問いかけは、ソコがどんな場所であれ相手をソコから離脱させる力を持っている。家族から、学校から、社会から、国から、あるいは現世から。だからもしあなたが今いる場所に留まりたいなら、そこにいることの意味を問い過ぎるのは危険である。問えば問うほど泥沼に嵌まる可能性が高い。はっきりさせようなんて考えないほうが人生良いこともある。

[2431] Apr 26, 2016

最近、頭の体操を兼ねてアルゴリズム系のパズルをちまちま解いている。秤で偽コインを見つける問題とか、狼と山羊とキャベツが川を渡る問題とか、数字あてゲームとか、懐かしい題材もたくさんあるが、それはそれで懐かしみながらサクサク解くのも良い。本気の難問が相手ではかえって消耗してしまうので、今は仕事に支障を来さない程度に脳みそのバックグラウンドを回せる初中級くらいが適任だ。▼久々に問題紹介。難しすぎずに面白かったものをひとつ。正方形を3つL字型に繋げた3マス分のブロックで、次の盤面を隙間なく埋めることは可能か。(1)一辺が「3のn乗」マスの正方形盤。たとえばn=2なら9☓9マスの盤面。(2)同様に一辺が「5のn乗」の場合。(3)「6のn乗」の場合。(4)一辺は「2のn乗」だが、一箇所だけ角の1マスが欠けている盤。▼肩の力を抜いて、通勤・通学時間にでも頭の中で考えてみて欲しい。紙があると少々楽になる。

[2430] Apr 25, 2016

急激に暑くなってきた。「サンバリア100」の出番も近い。そうして、こう暑くなってしまうとジャケットを着る気も萎え、それよりは新しいシャツを何枚か……と夏のスタイルに惹かれはじめる。一旦間を置いて、ジャケットのことは秋まで伏せておくのも悪手ではなかろう。▼それに、急を要する別の買い物も出来てしまった。普段使いのバッグがなかば壊れてきたのだ。良い機会でもあるので、濃紺か黒のビジネスバッグをひとつ、そう値の張らない範囲で仕入れてみようと思ったが、これまた形状も機能も様々、素材も革からナイロンから種々あって、ジャケットに劣らず難しい。中身が重くなりがちなので本体が軽いこと、雨でも使えること、丈夫なこと――あたりの要求を満たすならナイロンかと思うが、最近の革は案外ナイロンに匹敵する利便性を備えていたりするので侮れない。ともかくも機能性重視で、奇抜よりはクラシックに、良品を探してまたも調査祭りである。

[2429] Apr 24, 2016

仕事で評価されない人、とりわけ仕事が出来ないために評価されていないと本人が気づいていないタイプの人に共通する考え方は驚くほど似ている。たまたま二人揃ってクダを巻いているところに出くわしたので、痛切にそう感じてしまった。彼らの主張は二段階から成る。一、自分は人より献身的に仕事をしている。二、それなのに評価されないという理不尽な処遇を受けている。▼彼らは常に、いかに自分が他の誰よりも「頑張って」仕事をしているかということを強調する。誰かがどれくらい頑張っているかということはチームにとってたいして意味を持たないし、チームがメンバーに期待しているのはアウトプットだけなのだが、自分は成果に貢献したのか、他のメンバーに満足してもらえる仕事をしたのか、次回も信頼してもらえるに足るパフォーマンスを見せたのか、そういう第三者からの視点が決定的に欠如しているために、周りからの評価は全て理不尽に見えるのである。

[2428] Apr 23, 2016

ご祝儀で悲鳴のあがる四月ではあったが、結婚式ラッシュもついに最終章。今日は挙式から二次会まで終日参加する久々の機会だった。素敵な式で満足したが、朝から挙式、披露宴とつづいて、二次会までの待機時間は炎天下の銀座六丁目を歩行者天国でぶらつき、二次会、三次会とつづいて、今、深夜三時となると眠気も最高潮である。引き出物を云々する間もなく今日は寝たいところだ。▼しかし、同僚の結婚式であれば回数も少なく限られるからよいが、部下に呼ばれるようになったら大変だろうなと思う。まして最初の一人を受諾したら、他の面々に対して断るわけにもいくまい。ご祝儀は飛ぶし、休日はなくなるしで、呼ばれる嬉しさを差し引いてもつらいものがあるのではないか。あるいは本人より先に上司の嫁が怒りそうだ、などと思索をめぐらせつつ焼き菓子を食べ、ベイスターズの快勝を喜び、ぼんやりと良い気分に浸りながら布団にフェードアウトしたい時分である。

[2427] Apr 22, 2016

昼食。某博多ラーメンの店へ久々に足を運んだら、入口付近に大きな業務用の釜が置いてあって、紅しょうがや高菜、ゆでたまごと共に「好きなだけ食べてください」と手書きのポップが添えられていた。紅しょうがはともかく、米と高菜とゆでたまごがあればそれなり箸は進むから、事実上ラーメンを一杯注文すれば、あとは腹一杯になるまでたらふくご飯が食べられるという学生には嬉しい仕様である。たしかに客層も運動部系の学生寄りになっていた。▼数日前に訪ねた別のラーメン屋では、以前は無料であったご飯が五十円とはいえ有料に変わり、学生の姿が激減していたことを考えると、学生街でラーメン屋を営むにあたってメインターゲットの機嫌を損ねないことがいかに大切かよくわかる。どちらの店も大きく味を上げたり落としたりしたわけではないが、客の入り方は明らかに以前とは逆の様相であった。ラーメン屋が無料ご飯で命運分けるとは、客商売の難しさである。

[2426] Apr 21, 2016

第二ロットを買う時期になってきたので、サプリメントの現状を報告する。▼飲み忘れると当日中に不調を感じることもあるほど効いているのがルテイン。ブラックカラント入りの方が効果はてきめんだったが、ランニングコストが高すぎるため通常のルテインカプセルに切り替えた。これでも夕方の目のかすみは大幅に軽減される。▼次に外せないのはアルギニン&オルニチン。日々一錠の運用だが、朝の目覚めは比較的爽快。飲んで帰った日は寝る前に三錠ほど飲んでいるが、これまで二日酔いには一度もなっていない。▼ビタミンCは肌の調子に寄与していると思われるが、飲まなかったからといって大きな問題はないので保険代わり。マルチビタミンも同様、あくまで栄養欠損の埋め合わせを期待している。EPAとユビキノールに関しては、効果を「実感」することは全く出来ないが、長期的な健康を維持するための成分という性質上、信じるより他に仕方がないと思っている。

[2425] Apr 20, 2016

「職業プログラマの魅力は何ですか?」プログラマ志望の子はもともとプログラムが大好きなことが多いので、あまりそういった質問をしない。プログラムを書くのが楽しいのだから、プログラマも楽しいに決まっている。そう信じている節がある。▼しかし、当然だが自分一人で自由に書くプログラムより、制約も理不尽も多く、時におぞましいほど汚いコードを読み、またそんな身の毛のよだつコードを自分で書かなければならないような事態に陥る職業プログラマの方が、純粋なコーディング作業は楽しくない。では改めて、職業プログラマの魅力とは何だろうか。▼私は、独力で業務効率を何倍にも出来るという、能力開発の伸びしろの広さだと思っている。スーパープログラマは凡人の十倍仕事をすると言われるが、これは全く誇張ではない。他の職種に比べて、自分の成長がアウトプットの増加に反映されるスピードと比率の高い点が、プログラマの面白いところではないか。

[2424] Apr 19, 2016

去年か一昨年の新人には、どういうわけかお茶好き、カフェ好きが多かったが、今年は音楽好きとラーメン好きが多いらしい。どうして毎年一定の傾向があるのか知らないが、趣味の欄に音楽を選択する人が多いのは嬉しいことである。▼ただ、趣味の「音楽」は「読書」と同じくらい幅広い。実際、音楽を趣味と自称する者同士で会話が弾むケースはそんなに多くないのではないだろうか。聴く人、観る人、作る人。同じ聴くでもジャンルが違えば異国同然。しかも読書より領域間の垣根が深いので、オールマイティにこなせる人は稀である。まるで大学の専門教育のようだ。実際、内に籠ろうとする閉鎖性の高さは共通している気がする。▼趣味なんて所詮プライベートなものなのだから、そもそも他人と語らうことに楽しみを見出そうとするのがズレているのさ。自分一人で楽しめばいい――そんな斜に構えた意見も、こと音楽に関しては正しいように思えてくる今日この頃である。

[2423] Apr 18, 2016

ツムツムからの流れで、ディズニーの作品を観てみようキャンペーンを実施中。『モンスターズ・インク』を観る。十五年近く前に公開されたピクサーのCGアニメーション映画である。▼これまでに観たピクサーの作品は『トイ・ストーリー』と『バグズ・ライフ』の二本だけだが、当時、どちらもそれなりに楽しんだ記憶があった。モンスターズ・インクは名前だけ知っていて、インクというくらいだから何かペイント系の遊びが入ったCG作品なのかなと思っていたが、このたびあらすじを見てinkではなくincなのかと納得。紛らわしくはあるが、「モンスター株式会社」ではまるきりセンスがないので、カタカナ邦訳も仕方なしというところだろう。▼で、面白かったかと言われれば、面白かった。ピクサーのCG長編に期待する面白さが期待通りに得られた。誰がこんなの考えついたんだと思うほど突飛なアイデアを、さすがの手腕できっちりストーリーに仕立てた作品である。

[2422] Apr 17, 2016

今年も新人名簿がやってきた。詳細なプロフィールが配られるのはまだ先だが、こうして人の名前をずらりと一覧する機会はあまりないので、ひとまず順番に見ているだけで面白い。めずらしい苗字も攻めた名前も様々だ。▼我が社が殊更、特殊な名前の子を採用しているのではないとしたら、この五年間でファーストネームのトレンドは大きく変わったと思う。キラキラネームとまでは言わないまでも、私と近い世代ではほとんど見ることのなかった漢字やよみがなが急激に増えた。逆にオーソドックスな名前の方が目を引くくらいである。個性派曰く「無個性」な名前をつけた方が目立つというのは、何か皮肉めいている気もする。▼もちろん私は古い人間なので堅めの名前の方が安心できるが、さりとて個性的な名前も時代の流れ。否定する気はさらさらない。ただ、誰も彼もオンリーワンに見えるような世界にあっては、並大抵のひねりでは浮かんで来れないなと思うだけである。

[2421] Apr 16, 2016

「美意識高きリラックススタイル」という単語が脳裏から離れない。とあるファッション雑誌の煽り文句に使われていたフレーズだが、アイタタと思いつつも何か訴えてくるものがある。リラックスとは気を緩めることではない、美意識を高く持って脱力せよ。そんな啓示が詰め込まれた一文だ。なるほど、写真のナイスミドルはイスラエルの砂漠を背景にばっちりキマっている。ただし着ているジャケットは云十万だ。パンツと合わせると百万を超える。気高き美意識は相応の値段も求めるのであろう。▼メンズファッション雑誌のコーナーには、こんなもの誰が読むのだろうと思うようなターゲット不明の一冊がときどきある。百万以上する上下をポンと買えるような層が街角の本屋で千二百円の雑誌を立ち読みするのかどうか、私の預かり知る所ではないが、ハイソサエティの世界を覗いて富豪気分だけ味わうにはちょうどよいから、主にそういう用途で売れているのかもしれない。

[2420] Apr 15, 2016

晒し、叩き、ヘイト、拡散……。思えば十代初めにインターネットへ踏み込んでから、その成長と足並みを揃えるように青春時代を過ごしてきた私だが、二十年後の今、この世界は絶望的に息苦しくなってきたと感じる。滅多なことは言えない。まともなことも言えない。馬鹿も出来ない。真面目なことも出来ない。まるで、あらゆる領域に「壇」が誕生してしまったような煩わしさだ。もちろん文壇の「壇」である。▼今、何か「インターネット壇」とでも呼びたくなるような不可視のもやもやが現れている。それもたくさんだ。何かを発信する誰かはもはや重要ではなくなって、代わりに「壇」と「壇」がやりあっている。もはやインターネットで何かを発信することは、自分とは縁もゆかりもない「壇」たちが罵り合うための材料を与えているに過ぎないかのようだ。しかも「壇」はもやもやであって、そこに帰属意識を抱くことは出来ない。実に空虚な、ないがしろの世界である。

[2419] Apr 14, 2016

現実の貯金は苦手だけれど、ゲームの世界で仮想通貨を貯めるのは楽しい。そんな人、それなりいるのではないだろうか。もちろん私もその一人だが、ツムツムでコインを蓄える傍ら、その理由について考えてみた。▼考えてみた結果は実に当たり前の答えだ。一、現実世界の欲望はゲームの世界より遥かに幅広い。今、手元にいくらかの金があれば、出来ることは山のようにある。つまり、散財に対する辛抱が難しい。二、仮想世界には予想外の出費がない。ゲームのお金は自分が使いたいと思った時にしかなくならない。我慢して貯めたのに病気の治療費でパアになることもない。つまり、安心して貯められる。銀行が倒産するリスクは、ゲームの運営が終了するリスクと差し引きにしておこう。▼我慢しやすく安心して貯められる未来の快楽へのカウントアップ。現実でもそんな心運びができればいいのだが、それが出来ないからこその代償行為であると言ってもいいかもしれない。

[2418] Apr 13, 2016

ヨドバシ横浜店の地下にあった『カレーの市民アルバ』が、レストランフロアの全面改装に伴い閉店して『ゴーゴーカレー』になった。ゴーゴーカレー。学校帰りの秋葉原でよく見かけるたび一度は食べてみたいと思いながら機会を逸し続けてきたのだが、数年の時を経て、ようやくそのときが訪れたようだ。早速食べてみる。▼カレーの種類はアルバと同じく金沢カレー。金沢カレーとは、ルーが濃厚で、キャベツの千切りが乗り、ステンレスの皿に盛られ、フォークや先割れスプーンで食べる、ソースのかかった黒いカツカレーである。アルバのときから私は好きだったが、ゴーゴーカレーもやはり旨い。ロゴのゴリラに象徴されるように、味付けも店舗の雰囲気も気取った風がなく、ざっくりとしたところが魅力である。▼お土産にはレトルトカレーを買って帰れるようだ。もう何回か通ってみて家でも食べたくなったら購入を検討してみよう。尚、トッピングはチーズがオススメ。

[2417] Apr 12, 2016

生まれて初めて自分のためにファッション雑誌を買う。「自分のために」というのは、服飾・デザインの勉強がてらに見るのは好きなので、自分が着るということを完全に度外視した購入を抜きにすれば、ということだ。生活に役立てる情報として仕入れたのが初ということになる。なんであれ初は良い。▼この手の本、モデルが格好良すぎて全く参考にならないという話はよく聞く。たしかに服の着こなしや体型に依存するシルエットはそうかもしれない。けれどもインナーとジャケットの配色や、三十代に似合うネクタイの柄などモデル本人に関わりの薄いユニバーサルな意見については十分参考になる。要するに、写真の品の良し悪しを見るのではなく、一段階抽象化したレベルの良し悪しを見ていけばいいわけだ。▼もっとも品物をクールに見せたい一心で外人を使うのは反則スレスレとも思うが、雑誌本体を安くするための広告も兼ねているのだから、ある程度は仕方あるまい。

[2416] Apr 11, 2016

「優しい人」には何種類かのタイプがある。本当に心根が優しくて、他人の悲しみが自分のことのように気がかりになる人。心のなかには穏やかでないものがありながら、優しくしなかったときの険悪さが嫌いなので優しくする人。いざというとき人に優しくして欲しいから、人にも優しく接する人。他にもあるだろうが、ここでは大別して三種類としてみた。あなたが優しい人だとしたら、どれかにあてはまるだろうか。▼不思議、あるいは皮肉なことだが、どのタイプの人も生きていくのに苦労はしそうである。最初の人はいろんな不幸を背負い込んで心の休まる暇がないし、二番目の人は和を尊ぶに自分を殺していかなければならないし、三番目の人は、いくら他人に優しく接しても、いざというときにはつらく当たられて悲しい思いをするだろう。そうして、各々それを損とか不公平とかとは思えないところに苦労がある。苦労しながら生きていくのが性格というだけに過ぎない。

[2415] Apr 10, 2016

携帯の充電器を買う。我が家ではいままでひとつの充電器をみんなで使いまわしていたのだが、私が携帯と携帯の携帯充電器を両方充電するために――つまり、携帯本体だけでなく持ち運び用のバッテリーまで家のコンセントから充電するものだから、需要過多になってきたのである。獅子奮迅の働きを見せる旧充電器様の前に、充電待ちの行列が出来ることもあったくらいだ。▼さて、新しいタイプは2.4A出力なので給電が非常に速い。最近人気の急速充電を謳うタイプだが、充電される側に余計な負担がかからないのかどうかは気になるところ。某所には「電極活物質の不動態化」「過電圧によるガス発生」「電解質の分解」などにより電池性能を低下させる恐れがあると記述されているし、そもそも体感的に急速充電の方が本体温度があがるので、これだけでも電池にかかる負荷は大きい気がする。時間に余裕があるなら、低出力・低速版と使い分けた方がいいのかもしれない。

[2414] Apr 09, 2016

銀座から新橋まで歩く。銀座とひとくちに言っても広いもので、東京メトロ東銀座駅からJR新橋駅までたっぷり歩くと三十分近くかかった。▼このあたりを歩いていて面白いのは、目も眩むような眩しさの新しい建物と、何十年も前から放置されているような古い建物とが、あたりまえのように共存しているところだ。銀座四丁目から、有楽町と新橋を結ぶ「近道」まで歩いてみればわかる。この景観の移り変わりは、ちょっと他では見られない奇妙なものだ。まるで数分の間に何十年もの時を遡行したような錯覚を起こす。「ユービック」の世界である。▼流行を追う先端の街でありながら、東京であるという理由だけで焦る必要もなく、したがって古いものは遠慮無く古いままにしておける、そんな余裕の現れかもしれないと話していた。今日は新橋で乗車したが、浜松町まで足を伸ばせば、全く違う町並みが現れる。この「ごった煮感」が、いかにも東京である。東京でしかない。

[2413] Apr 08, 2016

某掲示板の不毛なクオリティ戦争を俯瞰しつつ、生地のメーカーや型番、風合いの違いや特徴などを調べている。なるべく知識優先でコストパフォーマンス等々は後回しにするつもりでいたが、どうしても相場が目に入ってしまうので、伊勢丹の価格を思い出すにつけ百貨店の宿命ともいえるロイヤリティの重荷を感じてしまう。企業か個人か、大手か中小か。このあたりの取捨選択はいつも難しいところだ。▼「銀座山形屋」と「テーラーフクオカ」は今のところ気になっている二店舗。伊勢丹ほど価格付けが高くはないが、激安を謳っているわけでもなく、代わりにオーダーのレベルを何段階かで指定できる方式を採用している。つまり、金額の分だけきっちり仕事をしますよ、というスタンスだ。私のような初心者は低い水準から初めてみて、いつか目が肥えて不満が出てきたら徐々にレベル上げていくという使い方もできる。融通が良さそうなのは間違いない。近々訪ねてみよう。

[2412] Apr 07, 2016

昔、我が部署にはスーパープログラマと呼ばれた人がいた。いかにも天才肌らしく、夏場は半ズボンにTシャツの装いで、マスターアップ直前のとある昼に突然失踪したと思ったら、なんとちょっくらヨドバシカメラまで買い物に行っていたという猛者である。残念ながら、私の入社後すぐ別の会社へ転職してしまった。給料が三倍になったと言っていたらしい。▼彼のソースコードは実に特徴的だ。コメントが一切ない。あるのは一行目の署名だけである。彼はこう言っていた。コメントが必要なコードなんて、書き方が間違っているのだと。ちゃんと書かれたコードは、ただ読んだだけで意図も挙動も伝わるものなのだと。そうして五年後の今。コメントは親切につけることを心がけてきた私にも、ようやく彼の主張がわかりはじめてきた。たしかに、正しく、美しく、即ち、必要十分に機能を満たした最小限のプログラムは、それ自体が全てを語っている。もはや注釈は不要なのだ。

[2411] Apr 06, 2016

プログラマが売っているのはロジックである。ロジックがしっかりしているという信頼である。したがって自分の責任下にあるコードの中に、どうしてそう書かれているかを説明できない行など一行たりともあってはならない。あればそれは失態である。流用だとか納期だとか釈明候補は山程あれ、有効に機能する言い分は無いに等しい。説明不能な処理がひとつでも含まれたプログラムは、致命的な欠陥プログラムでありうるからだ。説明不能に柱が一本抜かれた家など住みたいと思う人はいないだろう。▼とりあえず動いているプログラムは、とりあえず建っている家と同じくらい不安で、信頼できず、実用性に欠けるシロモノである。完成形がこのようになるだろうという示唆を与えるプロトタイプとしては役に立つかもしれないが、それに壁紙を貼ったとしても家になるわけではない。それはほとんど詐欺師の所業である。取りも直さずプログラマにも詐欺師がいるということだ。

[2410] Apr 05, 2016

ユザワヤへ行く。生地が見たかったのもあるし、あまり知られていないがオーダースーツの歴史もそれなり長い大型チェーンである。▼横浜ベイクオーター店は新宿や蒲田に比べると品揃えは少ないと聞いているが、それでも屋内の二階仕立てで十分広い。大仰な花の柄がついた生地や、アニマルプリントなどの格安生地が入り口付近にごろごろと転がっているあたり、ブランド物の高級品というより使い手のよい日用品を手頃な価格で提供する店舗に見える。▼実際、規模の経済をフル活用した圧倒的な安さはイージーオーダーでも評判だ。キャンペーン中とはいえ、通常価格22万円のゼニアのスーツ上下が59800円。ダンヒルやロロピアーナも軒並み同じような価格で売られていて、なかなかのブランド価格崩壊ぶりである。柄も型も真面目な傾向なので、カジュアルジャケットを注文するというよりは、本当にビジネススーツを誂えるときの心強い味方といったところだろう。

[2409] Apr 04, 2016

腹回りの脂肪を落とすと銘打つ運動・ストレッチは調べれば山程あるが、思うに、山程あるせいで、どれにも手をつけずに何もやらない人が多いのではないか。私も大概な怠け者だが、怠け者だからこそ腹部に肉もつくわけで、そういう怠け者が六も七も手順があるような運動をいくつもこなせるわけがないのだ。最初だけ妙に頑張って、やがて細かい所を忘れてやらなくなるのがオチである。▼怠け者が一定の成果を出すには、理不尽でもいいから自分なりの制約を決め込んだ方がいい。言わばルート弾きに徹底したベースのようなもので、変に動かすよりは安定する。私がスピーカーや洋服のメーカーミーハーから入るのも似たような理由だ。そういうわけで、今回のダイエットメニューについても、ジョギング、プランク、スクワットの三種しかやらないと決めている。決めているから続けられるわけだ。「より効率のよいやり方」という響きに流されない意志も時には必要である。

[2408] Apr 03, 2016

高額商品購入前の凝り性がさいわいして、だいぶ生地メーカーに詳しくなってきた。これまでの人生でまったく関わってこなかった領域だ。品質の評判が良かったり、名前の感触が気に入ったり、ロゴがかっこよかったり、印象は様々だが、調べれば調べるほど音楽のジャンルほどに千差万別で恐れ入る。▼圧倒的に見る機会が多いのはエルメネジルド・ゼニアだが、これは価格帯的に論外となる。生地サンプルを触ってみた感触と評判、名前の感じ、そしてなによりチョコレートのようなロゴが好みなのはロロピアーナだ。近視眼から遠目で見てもすぐにわかる特徴的な色合いが素敵である。▼それにしてもオーダーで生地を選ぶときの、あの生地見本帳が実に欲しい。メーカーごとの見本を手に入れて、家でじっくり型番を見ながら触って比べてみたいものだ。あいにく、調べてみたら一般消費者は購入できないものがほとんどらしい。通い詰めて記憶を頭に叩き込むしかないようだ。

[2407] Apr 02, 2016

村上春樹の流れから世界史に気持ちが移って以来、また文学から疎遠になりつつあるのだが、世界史に強い中公文庫の棚を見ていたら、ドナルド・キーンの『日本文学史』が気になった。▼世界文学から日本文学に移動してきたときの私は、なんとなくのミーハー心からラフカディオ・ハーンやドナルド・キーンを無意識に避けていたように思う。今なら素直に読めそうな気がするし、なにより立ち読みしただけで既に面白い。どうしても読みたい一人の文学者が見つからない時は、俯瞰的な列伝を読んでみるのがいちばんだ。欲しい服がないときにカタログを眺めるようなものである。▼その系統で最後に読んだのは『文壇よもやま話』だろうか。あれも随分多くの「名前は知っているが、どんな人か、どんな作品を書いた人はよくしらない」作家について多くを知るきっかけになった。『日本文学史』は比べればかためだが、同じく示唆に富んだ香りがする。欲しいものリストに追加。

[2406] Apr 01, 2016

病院で二時間半待ち。昔なら嘆息ものだが、今は外出して喫茶店にでも入り、ネットから診察番号を確認していればよいので、ずいぶん楽になった。病院側だって狭い待合室に所狭しと不機嫌な人々が詰め込まれているのを良しとはしないだろう。ささやかながら技術がもたらしたウィンウィンである。▼待機中には近くの高島屋で再びジャケット巡り。ただ、デザインと値段とフィット具合が全てハマる商品がそうあるはずもなく、同僚が言っていたように、デザイナーに強いこだわりがないならオーダーで作った方が良いのかもしれない。オーダーなんていかにも高そうだが、調べてみるとパターンオーダーやイージーオーダーなら同品質の吊しと値段は大差ないようだ。オーダーメイドに金を出すか、デザイナーブランドに金を出すかの二択なら、私は喜んで前者を取る。▼そういうわけでしばらくはジャケット制作奮闘記も日誌のラインナップ入りだ。初夏までには完成させたい。

[2405] Mar 31, 2016

年度末の夕方に百貨店へ行く。紳士服の六階は閉店間際で人も少ない。悠々とジャケットを見て回る。▼長らくスーツとジャケットは別物だと思っていたが、正確な区別はないらしく、もともとはスーツの上のことをテーラードジャケットと呼んでいたらしい。それが今で言うジャケットのようなカジュアルなタイプもテーラードジャケットと呼ばれるようになり、紛らわしいので呼び名を譲ってスーツはスーツ、ジャケットはジャケットになったということだ。慣用的には、ビジネス寄りで肩を出し生地もつややかなフォーマルタイプがスーツ、普段着寄りで丸みがあり生地のふんわりしたカジュアルタイプがジャケットとなる。それ以外の違いはデザインの問題であろう。▼私が求めているのは、「できるだけフォーマルよりのジャケット」だ。できればドレスコードの緩い社外の行事にも着て行きたい。したがって、裏を返せば「カジュアルに着られるスーツ」でも良いことになる。

[2404] Mar 30, 2016

競馬にかこつけた話。競馬で勝てるのはどんな馬だろうか。純粋に脚の早い馬。折り合いのつく馬。根性のある馬、などなど。競馬ゲームでいうところのスピードやスタミナに該当する能力値が想像されるところだろう。しかし、たとえ全てを備えていても、毎回大きく出遅れていてはハイレベルなレースで勝ちきることは難しい。▼出遅れ。これは単なる能力の低さではなく、他の能力の高さを無効化してしまうバッドステータスである。それでは私たちの仕事にも当てはめてみよう。つまり、仕事が早く、コミュニケーション能力が高く、追い込みのど根性があっても、そもそも仕事を始めるのが遅い人はどうなのだろうか。「いつになったら準備が出来るの?」と言いたくなるような人、あなたのまわりにはいませんか。▼何か新しいタスクが舞い込んできたとき、「その仕事を開始できるようになるまでの時間を最短化する」という意識を素早く持てるかどうかは案外重要である。

[2403] Mar 29, 2016

久しぶりの代理配信。三時間とはいえ実況と解説の一人二役で喉がカラカラだ。実況プレイをリアルタイムでソロ配信しているゲーム実況者は改めて凄いと思う。とても真似できそうにない。▼ゲーム実況者になるつもりはないが、上手くしゃべる方法についてはいつも意識している。小林秀雄は落語を聴いて勉強したそうだ。私は、なかなかこれと教師を決められないでいるが、呂律を意識する、助詞を上げない、文意が伝わりやすい語順で話す、重要なことは繰り返すなど、数点のポイントはマイクの前で注意している。発声より内容にまつわる後半の二つはとくに大切だ。いくらアナウンサーのような美声でハキハキしゃべっても、語順がデタラメでは中身が頭に入らないし、聴き手の注意の問題で重要な単語が聞き落とされることもある。▼指先ばかりでしゃべっていると、思いのほか口は回らなくなるものだ。人前で一方的に話す機会は、無理にでも定期的に持ったほうがいい。

[2402] Mar 28, 2016

招待されて「ツムツム」を始める。ワンテンポ遅れて流行りものに手を出すのはいつものことだ。最近のスマホゲームでは王道とも言えるスワップ型パズルである。▼どっぷりハマるかと言われたらハマらないと思うが、ちょっと触っただけでも設計上の優れた点がたくさん見つかる。見つかるというほど探さなくても目につくぐらいだ。ゲーム内通貨の獲得やプレイ資源の回復にまつわる諸々のルールは、友達との連携も含めて相当に練りこまれていて、「製作者のさせたいことをユーザーがしたいと思うようにする」という、ゲーム設計におけるひとつの至上命題が高い水準で実現されている。似た作品が学ぶべきところは山ほどありそうだ。▼とはいえ、継続プレイへの誘導力は認めるが、ゲームの自体は単純なので、キャラクターの解禁欲とハイスコア競争のどちらにも浸からなければ飽きが来るのも早いかもしれない。私もやはり、いつもの「詰む詰む」の方が性にあっている。

[2401] Mar 27, 2016

開幕戦を勝利で飾ったベイスターズも、カードが終わってみれば一勝二敗で負け越し。相手の投手が良かったからと言っていいかどうか、安打の割に得点力もなく、二敗はどちらも終盤の逆転負け。しかも三戦目は先発の石田が二安打無失点に抑えた直後、中継ぎ二人が六失点するという悔いの残る戦いとなった。▼とはいえ試合は始まったばかり。中継ぎだって良い時もあれば悪いときもある。石田も二安打ピッチングとはいえ明らかにスタミナが切れていたし、厳しいファンが言うほどラミレス監督の継投采配ミスとは言えないだろう。ルーキー柴田の活躍もあり、ロマックの器用なバッティングもあり、しっかりワンバウンドを止めてくれる待望の鉄壁マスクあり、筒香の打った瞬間にわかる綺麗なHRありで、前向きになる要素はいくらでもある緒戦三戦であった。▼当日記は今年もDeNAベイスターズを応援しています――ただし競馬と同じで、記事にするのは時折にとどめたい。

[2400] Mar 26, 2016

最近、書店の売上ランキング上位に心理学の本が多い。もちろん学術的な本ではなく、ビジネスの成功哲学なり自己啓発なりを心理学の衣に包んで紹介するタイプのライトな読み物系である。真面目に心理学を研究している人が、こうした書籍に心理学という学問の名前をアテていることについてどう思っているか知らないが、想像するにあまり歓迎はしていないであろう。▼こうした「心理学」を習得するメリットは、自分の感じ方や考え方が万人のそれではないということを再確認できるところだ。たとえば四魂を知って自らの個性の所属を見つけたとき、他の象限に属する人たちは物事をそんなふうに捉えるのかと驚くこともあるだろう。その驚きが成果である。しかし、これを他人に適用して対人関係を上手く運ぼうとするのは危険である。次の鉄則は心に刻んでおくべきだろう。「心理学を駆使して人の好感を得ることは可能だが、それがバレた場合には問答無用で嫌われる。」

[2399] Mar 25, 2016

思わぬ事情で仕事中に待機時間が生まれる。差し迫った仕事も少ない。修羅場の前から書き溜めていたノートを取り出し、オリジナルゲームの企画を詰めていく。半年前に書いたメモは今見返すと大体色褪せているが、中には当時と同じ期待感をもって眺められる仕様や設定もあるので、褪せる項目は褪せるに任せ、いつ見返しても鮮やかに浮かんでくる部分だけを残していけば、いつか瑕疵の少ない佳き企画になるであろう。力を得た暁には自分で作れればいいなと思うくらいの、のんびり長期戦である。▼こういうのがもし世に出たら「構想○年」とか煽りが入るのだろう。実際、ゲームに限らず娯楽にまつわる作品には、かたや時期を逃しては魅力が激減するので一気呵成に仕上げるべきタイプがあり、かたや時代の趨勢と面白さの本質にほとんど相関がないのでじっくり練り上げるべきタイプの二種類がある。私が書いているのは後者である。今のところは後者にしか興味がない。

[2398] Mar 24, 2016

明日はプロ野球、開幕戦。賭博問題でペナントリーグもどうなることかと思ったが、無事開催されるようで何よりだ。横浜DeNAベイスターズ。今年こそ優勝できそうな勢いにケチをつけられても困る。控えめに言ってもAクラスは狙えるだろう――毎年、優勝の可能性も最下位の可能性も同じように秘めているのがベイスターズの不思議な魅力である。そうして、どうにでもなりうるのなら悲観する手はないだろう。優勝、Aクラス。期待して当然というものだ。▼さいわい今年の春から夏にかけては、私の所属するチームで残業祭りは開催されない予定になっている。であれば、定時の日を決め打って最速でハマスタに駆け込めば、プレイボールには間に合わないものの、恐らく1回裏までには球場に入れる計算だ。去年の夏から秋にかけて、肝心なときに応援に行けなかった悔いを今年こそは少し晴らすことにしよう。ついでに球団醸造のオリジナルビールも飲めれば言うことはない。

[2397] Mar 23, 2016

22日の記事がドラフトになっていた。まあ、たまにはミスもいいだろう。毎日ちゃんと人間が手で更新していることがわかっていただけると思う。▼閑話休題。久々にセンスの良い音MADを見つけて唸っていた。場面場面で音と映像の相性が非常に良い。思うにそれは、音楽のメロディが持っている大きなラインを映像選択に活かしているからだ。旋律を聴いているとき無意識に動く首や顎の動きとでも言うべきか、リズムとメロディの組み合わせで生まれる「線」にきっちり合わせて映像を切り貼りしている。だから観ていて気持ちがいい。聴いていて気持ちがいい。▼これ、言うは易しで、ちゃんとできている音MADは意外に少ない。たいていの作品はリズムの方に合わせてしまっている。音MADを作ったこともないのに偉そうなことを言うのは躊躇われるが、音と映像のリンケージが高ければ高いほど良作である世界にあっては、このライン、ぜひ大切にして欲しいものだ。

[2397] Mar 22, 2016

最近、「ステラおばさんのクッキー」でクッキーの詰め放題というやつをやってみた。小さい頃、ここのチョコチップクッキーが大好きで、贅沢なお菓子としてお土産にもらったときはたいそう喜んでいた記憶がある。それが今や、大人になって詰め放題だ。ちょっとしたロマンではないか。▼専用の袋に詰められるだけ詰めてよく、落とさない限りは上にはみ出してもOKという気前の良さがイベントの趣旨らしい。袋はかなり小さいので、すり切りで入れたら量り売りと同じくらいの金額分しか入れられない。実質、どこまで上に積めるかが勝負になる。袋の口から上にクッキーが6〜7枚溢れるほど入れてみたが、880円の詰め放題に対して1200円分だった。▼ネットの特集記事などを見ると、私の3倍近く積んでいる猛者もいる。まるで袋の上に巨大な花が咲いているようだ。枚数自慢のツイッターもちらほら。溢れて良いという寛容なゲーム設計の成し得た話題性である。

[2396] Mar 21, 2016

ウィリアム・H・マクニールの『世界史』を読んでいて思うこと。たしかに名著。「読むシヴィライゼーション」というレビューをつけた某人には拍手喝采を送りたい。それほど文明発展の流れを簡潔に、わかりやすく、的確に説明している。しかし、ではこれから世界史を学ぼうと思っている人に薦めるかと言われると疑問符がつく。二冊という分量の宿命だろうが、文明の興亡が駆け足すぎるのだ。多分、初学の人が読んでも、国名と人名を追いきるのが難しかろうと思う。▼上巻をそろそろ読み終える。頁をめくっていると、すでに知っていること、忘れていたこと、断片的だった知識、そういう諸々が一筋の物語にまとめられていく。間違いなく、マクニールの「世界史」はふりかえりのための名著であろう。中学でも高校でも独学でも漫画でも、一度は学んだことがあって、しかし記憶がおぼろげだという人にこそ、ぴったりハマる著作である。残りの中公文庫既刊も楽しみだ。

[2395] Mar 20, 2016

私の探していた洋服は、アパレル用語でヘンリーネックと言うらしい。用語なんて言わなくても、知っている人は普通に知っている言葉なのかもしれないが、疎い私には初耳の単語である。したがって探すこともできなかった。ちょうど一週間前の、音楽について知りたいと言ってきた人の気持ちが、まさによくわかったのである。▼さて、ヘンリーネックで探してみたら、すぐにとは行かなかったが、納得の行く候補を何点か見出すことはできた。あとは値段と生地の相談。私は都合上、綿100%でなければ常用できないが、安価な品は大体綿95%で、痒いところにあとちょっと手が届かない。私のように100%にこだわる人も少なく無いだろうし、5%くらいケチらなくてもと思うのだが、そこは綿にしにくい場所があるとか、作り手にも安く仕上げるための事情があるのだろう。とにもかくにも、二時間ほど見まわって一件落着。めったに買わない分、洋服選びは骨が折れる。

[2394] Mar 19, 2016

訳あって、とある条件の服を探す。半袖で、白無地で、襟がないポロシャツ。いや、襟がないポロシャツは矛盾している。ポロシャツのようなシャツで、ボタンの留めはあるが襟がないものと言うべきだ。やや特殊だが、柄物でもないしさくっと見つかるだろう――そう思ってブランド店からユニクロ、無印良品と渡り歩いたが、条件を全て満たす品が絶妙に無い。白無地のポロシャツというだけで数店舗に一枚の有様だ。事前の想定にピタリと来る商品を見つけ出すのは難しい。▼それにしても百貨店の洋服探しは、ちょっとでも店舗に脚を踏み入れると店員さんが話しかけてくるので、条件モノを探しているときは少々厄介だ。助けは不要ですよという空気を醸すだけでにこやかにすっと離れてくれる出来た人もいるのだが、中には全く空気を読まずに条件に外れた品の商品説明を始めて来る人もいる。マネキンのレベルも様々だ。気楽さを求めてユニクロへ行く人の気持ちもわかる。

[2393] Mar 18, 2016

たいした量ではないが、殴り書かれた英語を和訳するという、ちょっと経験のない仕事を片手間にしてみて、カンマの万能さを思い知った。▼これまで訳してきた英文は、勉強であれメールの翻訳であれ、原文はちゃんと思考と主張が整理されていて、正しく訳せば正しい日本語の文章になるはずのものばかりだった。しかし、このたびは原文がすでに文法も内容もあやしいので、目指すべき正解の存在が疑わしい状況。こうなると難易度は一段上がる。口語体の混入もさることながら、カンマが頻繁に現れては主題を飛ばし、文法を薙ぎ倒していくのだ。とはいえ訳出語の文章は自然に見せなければならないから、ときどき意訳が火を吹くことになる。こういうとき物書き時代に蓄えた言い回しや語彙の引き出しは頼もしい。▼昔、生徒にもよく言ったことだが、和訳に必要なのは英語力より日本語力である。英単語の意味を繋げて流暢な日本語が浮かんでくれば、訳は自ずと成るのだ。

[2392] Mar 17, 2016

一、とにかく穴熊に組む。二、どれだけ駒損してもいいので、飛車角を切ってでも相手の玉周りに絡みつく。三、可能な限り王手や詰めろを続ける。以上、3ステップで完了。コレをやられると十中八九、時間切れで敗ける。なんともひどい。▼この頃、あまりに連続して別の人に同じ手を食った。隠れた定石になっているのか知らないが、はっきり言って面白くないし、やってるほうだって面白くなかろうと思う。まあ、勝てば官軍と割りきっている一派には関係のない話かもしれないし、ルールの中で勝利を収めているのだから汚いと言われる筋合いもない、真の上級者なら時間がなくても穴熊くらい崩せるだろう、悔しければ勝ってみろということになるのだろうが、これが相対してみると勝ち切るのはかなり難しい。ただ、十分将棋の超急戦棒銀や右四間飛車のように、こんな手法が三分将棋の一級、二級周辺の定番になっているとしたら、将棋ゲームとしては悲しいことである。

[2391] Mar 16, 2016

三十代になると水を飲んでも太るという。もちろん太りやすくなることの喩えではあるだろうが、たしかに脂肪の付き方がぐっと変わってくる実感はある。まあ、三十代にもなれば、のうのうと生きていてはいけないということだろう。一種、人生に新たな深刻さが持ち込まれるわけである。▼肌の調子も良くなってきたので、しばらく封印していたジョギングを再開。先にスクワットで脚を補強したせいか、前のように最初の上り坂で即リタイアということにはならなかったが、どこが最初に悲鳴を上げるかと思ったら、なんと喉が痛くなった。三月とはいえ、深夜はまだ寒すぎるのだ。吸い込む空気が冷たいことばかりは、いくら着込んだところでどうにかなるものでもない。冬場にジョギングやランニングをしている人がどう対策しているのか、ちょっと聞いてみたいものだ。▼ともあれ、本日の成果は緩やかなアップダウン込みで3.6km。しばらく健康マニアになってみよう。

[2390] Mar 15, 2016

深夜。パソコンの前に座ってふと思い出したのは、去年の夏、欲しくて仕方がないのに全く入荷されないとある品を、冬になって在庫が出来たら来年のために買っておこうと決意したこと。半年越しの決意なんて、よほど深刻でなければ忘れてしまうものだ。それがふいに思い出された理由は全く不明だが、その「とある品」とはサンバリア100という日傘である。▼その遮光力と品質の高さから、夏はいつも品切れになるほど人気らしい。実際、私の狙っていた大判の男性用フロスト柄は、暑い時期が終わるまでついに在庫が復活しなかった。そのときはそれで諦めて、年末にでもなれば確実にストックが出来るさ、くらいに思っていたら、こうして三月になっていたわけである。思い出したが吉日、資金は乏しいが必ず必要になるものなので、思い切って注文した。折りたたみと迷ったが、日傘の折りたたみは段数に関わらず相当面倒。私のような無精者はやはり長傘タイプである。

[2389] Mar 14, 2016

何気なく文庫本まわりを周遊していたら、『2分間ミステリー』という懐かしいタイトルを見つけた。ミステリー。がっつり読みたいと思ったら青背だろうが、それほど入れ込みたくない、けれどちょっぴり探偵気分が欲しい……そんなときにうってつけのクイズ本風味なつまみ食いミステリーである。うっかり長く立ち読みしてしまったので、申し訳ないから購入した。帰り道のぱらぱらにちょうどいい。▼この手の本、各話の出来栄えは大別して四種類ある。「これはやられた!」「普通にわかった」「納得いかん」「意味わからん」。このうち面白いと感じるのは最初だけなので、実際には3/4くらいモヤモヤした気持ちで読んでいるわけだ。逆に言えばそれくらいの期待値で読んだ方がいい。上質な謎解きのアハ体験がお望みなら、横着せずにちゃんと名作中編や長編にあたったほうがいいだろう。ペーパーバックの雑学本と同じ。暇つぶしである。だが、良い暇つぶしである。

[2388] Mar 13, 2016

音楽について知りたいという人がいた。私が音楽について教えられることが特別あるとは思わないけれど、たとえば何が知りたいのかと訊くと、少し小首を傾げたあと「聴いただけで曲のジャンルがわかるようになりたいです」と答えた。ジャンルがわかるようになりたいとは、また何故。それで何か役に立つことがあるかねと訊き返す。「もっとこういう曲が聴きたいと思ったとき、探せるじゃないですか。」なるほど、もっともな答えが返ってきた。▼音楽のジャンルなんて無限にあるので、細かく覚えてもキリはないし、大雑把すぎても用をなさない。彼の必要を満たすにはどんな用語を教えるべきだろう。目下、回答を保留して考え中だが、わかりやすいのは懐の広いハウスを利用して、○○ハウスの○○の部分を並べていくことかもしれない。ハウスという一定の基準を与えた上で、○○が付くとこういう雰囲気になるよ、と言えるのは助かりものである。よし、それでいこう。

[2387] Mar 12, 2016

今日はじめて名前を知った「まむし指」。一万人に一人の確率で発症するという遺伝性の性質で、先端の関節だけがマムシが鎌首をもたげたように曲がることからそう呼ばれるという。爪先が押しつぶされてひしゃげたような形になるため、コンプレックスを持つ人も多いのだとか。なるほど、全く知らなかった。昔から左手の親指だけ妙に短くて潰れているなとは思っていたけれど。どうやら私も一万分の一で隔世遺伝を引き当てたらしい。しかも右手は普通の形状、これはいっそうレアだという。▼三十年間、生活に困ったことはない。左手でスペースキーがちょっと押しにくいくらいか。調べてみるとまむし指の人は器用だとか金運が高いとか、いろいろ良いことも書かれている。いいじゃないか。特別な仕事でない限り見た目以外に支障はないので、素直に名称の判明と思わぬレアリティを喜んでいる。ただし、残念ながら現在のところ器用さも金運も身についてはいないようだ。

[2386] Mar 11, 2016

『Effective Modern C++』を読み進めている。伝説的C++教本『Effective C++』の正統続編にあたる著作だ。C++11/14対応。スコット・メイヤーズの言語仕様に関する深い理解と鋭い洞察は相変わらずだが、これまでピアソンエデュケーションから出ていた三冊と決定的に異なるのは、ずばり翻訳の読みやすさ。メイヤーズの文章がもともと読みにくいのではと疑っていた諸氏は反省すべきである。日本語として自然な文章、誤訳の少なさ。この二点が守られていることのありがたさ。ついつい忘れてしまう輝きだ。▼今、autoにまつわる章を終えたところ。まだまだ序盤だ。テンプレートメタプログラミングの経験がないと読みにくいところもあるが、ある程度テンプレートの仕組みがわかっていれば理解はできるので問題ない。とにかく何度も言うようだがC++11/14はこれまでのC++98/03とはもはや別の言語と言ってよいほどのバージョンである。勉強なしに習得できるものではない。

[2385] Mar 10, 2016

研究や仕事以外でこんなに多忙な月はなかった。打ち上げ、送別会、納会、約束だった後輩への奢り、約束だった先輩からの奢り、あるいは同期同士の飲み会、さらには結婚式の二次会が二つと、重なりまくって平日から休日までイベントだらけになっている。四月にはもうひとつ結婚式と、新人歓迎会が控えているというのに、早くも財布がパンクしそうな勢いだ。飲みの少ない平和な職場ではあるが、今月は全く例外である。▼もちろん、ほとんどの会は楽しく過ごせるので、仕事がピークだったときに比べてつらいとは微塵も思わないが、もしこれが楽しくない会もあり、かつ毎月のように連れまわされるとしたらとても堪らない。つくづくそんな業界に入らなくてよかったと思う。些細なプライベートで飲み会を断る最近の若者。それはそれでけっこうなことじゃないか。飲みニケーションにも理はあるので否定はしないが、酒なんて飲みたい人が飲みたい分だけ飲めばいいのだ。

[2384] Mar 09, 2016

買い物でちょっと後悔してしまった話。「もういちどくらい着れる服」や「明日着ていく服」を掛ける専用のハンガースタンドが欲しくて探したところ、候補が二つ残った。ひとつは底面に簀の子のような板のついた、シルエットが三角形の品。オシャレ重視でさっぱりとした仕上がり、しかし耐荷重は少々弱い。もうひとつは底面だけでなく上面にも天板のついた四角形シルエットの品。ダークブラウンの天板と銀色のアルミフレームが寝室にはやや重厚すぎるが、がっちりしたつくりで耐荷重は強い。▼両者、比べた結果、値段が安く頑丈そうな後者を選んだのだが、最大の誤算は上部の天板であった。組み立ててみると私の目線にちょうど天板があたってしまい、肝心のポールに近づきにくいのである。洋服をかけるには腰をかがめた変な姿勢にならざるをえない。全く、家具を買うときは想像力をフル稼働して、脳内で実物を部屋に置いてみないと痛い目を見るという好例である。

[2383] Mar 08, 2016

ようやく追加分のサプリボトルが届き、当初予定していたラインナップが完成した。自分なりに深く研究した末の選択。愛着の湧きようはまるでPOGの指名のようだ。したがってこちらもメンツを記しておこう。▼主力はMegaFoodのメンズとビタミンC。ビタミンとミネラルはこれで十分。眼のためにルテイン。今回はお試しでブラックカラントの抽出物をブレンドした上位版も頼んでみた。大差ないと感じれば次からは安いルテインのみのボトルで事足りる。EPA&DHA。もはや鉄板のオメガ3脂肪酸。アルギニン&オルニチン。一日1〜6カプセルとあるが平常時は1錠で運用する。ユビキノール。特殊な高吸収タイプ。これも1〜3錠の指定だが1錠で様子を見る。▼以上、6ボトルとしばらく付き合ってみることにする。リピートしない可能性がもっとも高いのは効果を検証しにくいユビキノールだろう。ルテインやアルギニンは単価が安いので続けやすい。値段も重要だ。

[2382] Mar 07, 2016

最近、サプリメントもさることながら出費過多で節制していることもあって、高いわりにすぐ読み終わってしまうビジネス書籍を買いにくくなってきた。さすがにキャッチーなタイトルをつけているだけあって、書店を歩いていると一読してみたい本は溢れているのだが、いかんせん一冊二千円以上が当たり前のジャンル。ソフトカバー、二千円、三百頁以下となると、とても出費に見合う気がしない。▼ここで図書館という選択肢も浮上してくるが、あいにく通勤路には図書館がないし、大学も今のルートからは逆方向。中途半端に悩ましい状況ではある。電子書籍もあと一歩進んで、動画サイトでのアニメ視聴のように期間制限つきの割安閲覧が出来るようになればいいのだが、今のところはマイナーな雑誌や個人出版がメインのサブコンテンツ止まりだ。月額課金でアマゾン書籍が読み放題なんてサービスが始まったら、五千円くらいまで払えるという人も多いのではないだろうか。

[2381] Mar 06, 2016

「憧れのタワーマンション」というフレーズがいつからか聞かれるようになった。金持ちとしてのステータス。その到着点が豪邸でなくタワーマンションなのは、生半可な収入では豪邸など建てられないが、郊外のタワーマンションならそれなりの収入でもなんとか行けるのではないかという現実的な落としどころを見ているからだろう。不景気は妄想にも格下げを要求する。▼タワーマンションにさほど憧れはないが、本屋で雑誌を立ち読みしていたとき、高層からの美しい夜景を背景にしたオーディオルームの写真を見て、これならアリかなと思ってしまった。ハイソサエティに興味はないが、より趣味に直結した快楽と組み合わさると、ガラス張りの窓に広がる都会の夜景は得も言われぬ魔力を持っているように思う。ただ人の趣味はそれぞれなので売るほうも何とも言いがたく、故にタワーマンションの広告には具体性がなくポエミーな言葉が多いのだろう。そんなふうに思った。

[2380] Mar 05, 2016

一年間、自治会の持ち回り班長を終えて。毎月の定例会議に出席し、回覧板をつくり、各戸配布物を配って回り、アンケートを集計し、催し物の提出物を取りまとめ、夏祭りの設営や防犯パトロールなど定期的に訪れる雑務に参加する。ハードというほどの分量ではないが、現役で働いている人間が並行でやるには少々荷が重い。進んでやりたがる人はいないだろう。まして役員ともなると猶更だ。来期、役員として残留することを希望した今期の班長はいなかった。▼どの自治体も今は運営が極めて困難になっているという。どこも現役を退いたばかりの六十五歳から七十五歳あたり、時間はできたが体力はまだそれなりにあるという世代を頼りにする他なく、したがって居住者の世代交代が行われないうちのような町では、平均年齢が上がるにつれて七十五歳以上の世帯か空き家しかなくなるというわけで、自治会もなかば消滅してしまうのだ。生命力とは即ち、若い人口なのである。

[2379] Mar 04, 2016

本当に効き目があればすぐに効く――。マルチビタミン&ミネラルを飲み始めてちょうど一週間、明らかに変化のあった点について記録を残す。▼一、間食が減った。特に昼食から夕食のあいだに摂取する余計なカロリーが減っている。理由は単純。栄養はもう十分足りているという意識があるので、栄養ドリンクやカロリーメイトのような糖分入りのお菓子を食べなくなったからだ。あるいは栄養はもう十分という身体の信号もあるのか知らないが、前に比べてさほど食べたくないという気もする。食事の時のサイドオーダーも少なくなった。▼二、水分の摂取量が減った。何の栄養素が足りたことでそうなったか見当もつかないが、以前ほど喉が渇かない。それでも常人より多めだが、今は3リットル/日程度に落ち着いている。三、この一週間、ムズムズ脚が発症していない。ただし元の頻度が週に一度あるかないかなので、本件は少し早計かもしれぬ。今のところはこれくらいか。

[2378] Mar 03, 2016

ほとんどのユーザーはゲームをプレイしているあいだ、カメラを勝手に動かさないで欲しいと思っている。一方、自分が操作した結果とはいえキャラクターが物陰に隠れて見えなくなってしまったり、戦いにくいカメラアングルになってしまったりするのもやめて欲しいと思っている。動かさないで欲しいが、動かして欲しい。インタラクティブなカメラ設計の難しさはここにある。▼上質な解決策はひとつしかない。ユーザーに気づかれることのないよう、さりげなく動いてプレイを助けることだ。ゲームカメラは、特別なことは何もしていない、平凡なカメラだと思われなければならない。周到に準備し、計画し、配慮しつつも、何もしておりませんがという涼しい顔をしていなければならない。ゲームカメラの心とは、まさしくおもてなしの心である。▼存在を感じさせないことに全力を尽くすのは寂しいようにも思えるが、プログラマの挑戦としてはやりがいのある分野であろう。

[2377] Mar 02, 2016

身近なところに意外な存在。同じ部署内でもっとも仕事ができる人の一人、と私が思っているシンガポール出身の先輩が結構なサプリマニアであった。なるほど三十代後半には全く見えない若々しさと疲れ知らずの働きぶりもサプリの支えるところありかと勝手に合点が行く。ともかく経験値は高い。▼そんな先輩からのアドバイスをまとめる。最初にマルチビタミンを選ぶのは間違っていない。ただ、並行してピンポイントな栄養を補給するサプリも探りながら採った方がいい。二日や三日で明らかな効き目のでる品に出会ったら常用に加えていき、マルチビタミンを弱くするか、あるいはいつか止める。なんとなく気分がよくなるとか安心するという曖昧な効果なら採らない方がいい。などなど。▼そんな先輩の「明らかに効く」オススメは、ルテインとオルニチン&アルギニン。目の弱い私はルテインが気になっていたので、こちらは即注文。残りのこぼれ話は次の機会にまわそう。

[2376] Mar 01, 2016

楽しい飲み会。けれども、またひとり同期が辞めていくことになった。半分、予測していたことではあるし、ポジティブな辞め方ではあるので、まあまあ、これも笑って送り出せるところではあるけれど、久々に「仲良し」が辞めるだけに寂しさも多くある。同部署内で言えば、残り五人。なんだか『バトルロワイヤル』の住人になったような気分だ。最後まで生き残っても生還とは限らないバトルロワイヤルだ。▼出て行っても不透明、残っても不透明。先行き不透明というのは決して悪いことではないが、出ていく方が環境が変わる分、最初の一年、二年は急勾配の学習曲線を登っていけるので、当の本人は大変かもしれないが、外から見ると羨ましくもある。ボケ防止のコツは何を置いても「慣れないことをしてみること」。慣れたことだけやっていては、人間、成長しないし頭も鈍る。慣れないことに飛び込もう。ひとつ、革新をもたらす腹案を上司に提案するときが来たようだ。

[2375] Feb 29, 2016

ツタヤに『バタフライ・エフェクト』がない。▼本当にないのだ。ケースは4つある。いつも空だ。毎週月曜日に、あるいは不意打ちで水や木に、土日の買い物ついでに、覗いてみるのだが一本たりともあった試しがない。いつも4本の空ケースが並んでいるだけである。対照的に、あまり出来がよくないと評判の「2」や「3」は山盛りだ。これだけ見れば「1」は大人気で返却されるたびに即貸し出されると考えるのが妥当だが、なにしろ二か月近く通いつめて店頭にあるのを一度も見たことがないのだから、もともと在庫がないのではないかと疑いたくもなる。あと数回訪ねて手に入らなければ店員にこう尋ねてみよう。本当にこれ、在庫あるんですか?▼二か月前、「1」と間違えて「3」を借り、そうと気づかないまま観終わってしまって以来、なかなか観られないでいるシリーズ最高傑作である。三部作で最初の作品が最高傑作と言われるのは何とも残念だが、観てはみたい。

[2374] Feb 28, 2016

もう少しサプリメントの話題。今回、MegaFoodに決めた理由はいろいろあるが、なかでもウエイトが大きかったのはセレンの含有量が少ないことだ。LEMやAliveなど多くの人気海外サプリは200mcgとなっているが、成人男性の摂取推奨量が一日30µg程度であることを考えると明らかに多い。含有量が推奨量を上回るのはオーバードーザーにとっては当然のことかもしれないが、セレンは上限量も低めなので、日常生活でも魚介類から随分な量を採る日本人にとっては容易に過剰摂取となりうるのだ。▼一方、MegaFoodのMensは20µg。これなら、まぐろや明太子を食べつつ飲んでも、セレン過剰にはならない程度に抑えられていると言える。セレンの過剰摂取は爪の変形や脱毛を引き起こすらしいので、頭髪が気になる人は特に要注意だ。セレンのみならず、一般にミネラルの過剰摂取は諸々問題を引き起こすので、サプリ選びでは第一に注意したいポイントである。銅、亜鉛も警戒対象だ。

[2373] Feb 27, 2016

サプリメント、さっさと決着。家用にディアナチュラの「ストロング39アミノマルチビタミン&ミネラル」を、会社用にMegaFoodの男性用と追加のビタミンCを、それぞれ購入した。家でだらだら過ごすときは安価で手軽な国産品、がっつり働くときは飲みにくかろうと効力重視で安全な高級海外サプリメントというコンセプトだ。▼後者は、方々で評判の良いライフエクステンションミックスと最後まで迷ったが、月当りの価格が高すぎることと売り切れの多さで継続性と将来性が不安になり、同じくらい評判の良い、かつ販売が安定していそうなMegaFoodを選んだ。こちら、栄養成分量は海外製品らしからぬ控えめさだが、極めて信頼性の高いホールフードとのこと。スポーツマンでもあるまいし、そこまでばりばりオーバードーズする必要もないので、それならより安心できる方が精神的にも良いと思って選んだ。臭いも他の合成モノほど酷くないらしい。実物の到着が楽しみだ。

[2372] Feb 26, 2016

久しぶりの本屋廻り、本棚廻り。今日は制御工学のコーナーで立ち読みに耽る。次回、さらにカメラの挙動を改善するための一歩目として、フィードバック制御の基礎は洗い直したかったのだ。もちろん、理想的な制御関数が用意できればそれで全てが上手くいくなんて思ってはいないが、どんな回路で変数や関数が影響し合っているのか本人でさえわからないまま対処療法的に条件分岐の山を築いていくよりは、ある程度記述可能なシステムでことを進めていく方が、より頑健な振る舞いを期待できるだろう。▼ただ「はじめての制御工学」から「現場で役立つフィードバック制御」までいろいろざっと読んでみたが、入門書としてしっくりくる一冊に出会えなかったので、今日はおとなしく引き下がる。あまり専門的すぎると学習意欲がそがれてしまうのは当然だが、逆にあまり入門すぎてもウェブの情報で事足りてしまうと思ってしまうのは悩みどころだ。昨今の参考書籍は難しい。

[2371] Feb 25, 2016

ネイチャーメイドのサプリメント・栄養成分比較ページを見ていて思ったこと。たしかにバランス良くビタミンやミネラルを補給できるように見えるが、どれも絶妙に含有量が少ない。もちろん、人はサプリメントのみにて生きるにあらず、三食も普通に食べることを見越しての含有量ではあるだろう。しかし、ある特定の栄養素が決定的に不足している場合、その欠如を埋めるほどの摂取はできないということになる。マルチであるが故に、何粒も食べれば他の栄養素が過剰摂取になってしまうからだ。▼サプリメントは薬ではなくあくまで「食品」。決定的な栄養不足を単体で補うには荷が重い。それだけの摂取で食事にビタミンが要らぬということではなく、摂取の底上げ程度に考えるのがよいだろう。そういうわけで、私の偏った食生活にピタリと嵌るサプリメントを探しているが、期待をかけすぎないよう安くて手軽で飲みやすい、つまりは続けやすい品にしようと思っている。

[2370] Feb 24, 2016

20世紀映画の傑作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ三部作を観る。どれも傑作の傑作たる所以がよくわかるテンポの良い作品だった。▼当たり前と言えば当たり前だが、注意して観れば観るほど随所にハリウッドの脚本術が詰まっているのは面白い。主人公たちはいつも時間に追われているし、一見ストーリーに関係のない小道具やアイテムは後で必ず役に立つ。アクションを伴わない状況説明は最小限しかないし、物語を前に進める力のない場面は全て大胆にカットされている。試みに「脚本術」の表題を見ながらお浚いしてみたいくらいだ。たぶん、ほとんどの大項目が何らかの形で実践されているだろう。▼もちろん、なぜそこで時間ぎりぎりに飛ぶのかとか、どうしてあれを持っていかないのかとか、細かいツッコミはいくらでもできるが、そんなツッコミをする方が野暮だと思えるような作品を名作と言う。こと面白さにかけては構成とテンポに勝る要素はない。

[2369] Feb 23, 2016

品は旨いが店員の質が残念な寿司屋の話。味は値段なりに良いと思うので何かの折には訪ねてみるが、いつも店員の対応にがっかりする。今日の出来事は以下の通り。▼一、最初の注文。呼び鈴を鳴らすと遠くから「はーい」と声がするものの、誰も来ない。これが二回。仕方なく声をあげて挙手で呼ぶも返事のみ。次の大声でようやく来たが待たせたという様子はない。二、お茶の交換。お待ちくださいと言って下がった店員、そのままどこかへ消えて二度と来ず。三、三十分待ってようやく最初の寿司が来る。しかし寿司と同時にお願いしたお椀はなし。催促してもしばらく音沙汰なく、やっと来たのは寿司を全て食べ終えてから。四、紙に書いて出しているのにオーダー漏れ。帆立の串が通っていない。さすがにキャンセル。▼帰り際、隣の席のおじさんが「もう二度も確認してるんだぞ。いい加減にしてくれ」と店員を叱りつけていた。つまりそういう店なんだろう。実に惜しい。

[2368] Feb 22, 2016

将棋ソフトと八枚落ちで対戦。いくらなんでも八枚落ちで負けはしないだろうと思っていたら、玉と金しかいないのにとんでもなく守りが硬い。開始の時点で5000だった評価値は徐々に下がり、2000をうかがったあたりで形勢が怪しくなる。10秒将棋で考え無しに打っていたからと言い訳をしても仕方ないが、タダで桂馬と銀を献上してしまったところで評価値が逆転した。あとは当然のように寄せ切られて負けである。本気のソフトは恐ろしい。▼あとで検討したことだが、八枚落ちなら龍で相手玉を後ろから押さえ、自陣は金銀と馬で固めて、あとは桂馬を早めに跳ねていけば、そうそう不利な形にはならないようだ。しかし、六枚落ちとなると今のところCPUとメモリをフル稼働させたソフト相手に勝てる気はしない。たとえ龍や馬を相手にしても、歩の配置と玉の位置次第で少ない駒でも硬く守れるということを痛感させられる。ソフトとの駒落ち戦も勉強には良い。

[2367] Feb 21, 2016

毎週日曜夜の買い出しに、この頃はほとんど出かけていない。西友のネットスーパーを使い始めたからだ。いつでもどこでも思いついたら注文できる手軽さに加え、重い思いをしなくても配達してくれるありがたさ。さらに値段も地元のスーパーより安い。さすがに四割引きで冷凍食品を買い溜めるようなことはできないが、定価は十分割安である。食品類の質も良い。もちろん、ティッシュペーパーや洗剤のような日用品にも対応している。そこは通販の強み、そこらの大きめなスーパーにある一般品はたいてい揃っていると思っていい。▼利用時の注意点は、難点は配送時に必ず誰かが家にいなければ置いていってはくれないことくらいか。問題ともいえないくらい些細な問題ではある。また、注文の品が売り切れなどで無かった場合、代わりの商品を届けてくれるよう設定することも可能だ。値段的にはこちらが得をする交換しかされないので、場合によってはいっそうお得となる。

[2366] Feb 20, 2016

私は、喫茶店でアイスティーを飲んだときグラスの底に残るような一口大の氷を見ると、ついつい齧って食べてしまう。細かい氷なら猶更だ。身体に熱がこもりやすい体質だと漢方の先生に言われたので、なるほどこれは無意識に身体を冷やしているのだろうと、そう長いこと思っていた。▼ところが、まさか先日の話に繋がるのだが、今日の飲み会で聞いたところによると、氷を食べたくなるのは鉄分が不足している証拠らしい。ムズムズ脚症候群に続いてここまで条件が重なってくると信憑性も相当だ。もっとも、この氷を食べたくなる病気「氷食症」は、鉄が欠乏した場合に起こりやすいとは言われているものの、正式な原因は解明されていないので、氷が食べたい=鉄分が足りないと端的に言うことはできないが、条件が絡んであやしいのは確かである。▼健康診断で鉄不足を指摘されたことはまだないが、氷が食べたくなったら別の機関で血液検査をした方がいいかもしれない。

[2365] Feb 19, 2016

ストリートファイターVのアマゾンレビューが荒れている。辛口評価者の言い分は大体同じだ。なぜアーケードモードがないのか。なぜオンライン対戦でしか遊ばせてくれないのか。フルプライスで発売しておいて、あれもこれも未実装ですは酷いじゃないか。未完成品を売らないでくれ。▼一方、海外のレビューやメタスコアは軒並み高評価である。この態度の差は、少なからず海外と日本のゲーム像の違いにも起因しているのだろう。発売後のアップデートで「進化していくゲーム」というパッケージのあり方を受け入れられる層が、日本ではまだマイノリティだということだ。まして古参ファンの多いタイトルの正統ナンバリング。買ったらすぐに盛り沢山で遊べるというイメージを持ってしまっても無理はない。▼ゲームの詰まったディスクという商品を買うのではなく、これから始まるサービスに登録料を払うという認識。果たして今後、日本でも多数派になってくるだろうか。

[2364] Feb 18, 2016

ふと思い出した話。入社してまもなく配属が決定、その配属先の部署と立食パーティーをしていたときのこと。どちらかというと和気あいあいとした歓迎の会という雰囲気だったが、そんな中、ガツガツと偉い人に絡んで行って、「自分、ドMなんでキツイのは大歓迎です!」「根性だけが取り柄ですから!」と自己アピールに勤しむ同期が一人いた。積極的な売り込みが出来る人は凄いな、と遠巻きに見ていた記憶がある。▼ただ、彼はもう会社にはいない。主に上司と馬が合わないという理由で早々に辞めてしまったのだ。本人の主張に曰く「理不尽な」指示や叱責が多いことに耐えられなかったらしい。しかし、客観的に見ても彼のメンタルは常人より脆かった。在りし日のアピールが、果たして不安の裏返しだったのか、本当に自覚がなかっただけなのか、今となってはわからないが、元気や根性の売り込みはいまいち信用しにくいと思うようになってしまったエピソードである。

[2363] Feb 17, 2016

私は極端に寝つきが悪く、眠りが浅い。理由はさまざまあるのだが、大きな理由のひとつが、布団に入ると足が「なんだかぐあーっと」して眠れないというものだ。こういう表現しかできない妙な感覚で、痛くも痒くもないのだが、とにかく足を動かしていないと嫌な感じがするのである。▼しかしこの症状、血行が悪いのだろうくらいに思っていたら、なんとれっきとした病気であった。通称・ムズムズ脚症候群。ドーパミンの機能障害及び鉄代謝異常によって引き起こされるという。脚を動かしたいという不快な強い欲求、安静にしているときに発生、運動によって改善する、日中より夜間に悪化、という四つの診断基準を見事に満たしているので、まず間違いはないだろう。▼「この症状を悪化させる生活習慣」の項を見ると、ひとつ心当たりもある。カフェインの過剰摂取だ。平均して一日二リットルから三リットルの緑茶ないし烏龍茶を飲んでいる私なので、ありうる話である。

[2362] Feb 16, 2016

とんでもないドキュメントを見た。よろしくない話なので詳細は伏せるが、遺憾の意が伝わればさいわいだ。▼とある公開ツールの拡張機能を使うべく、拡張用のプラグインをインストールしたところ、「機能を有効にするための手順」なるドキュメントが同梱されていた。手順も何も拡張プラグインなのだからインストールすればすぐに使えるのが普通ではと訝しみつつ、さて開いて読んでみると、pdfにして39枚の大作である。chmでも30を超えるページ数。手順1、次のパスから○○というタグを含むファイルを見つけ出し、タグの名前属性を確認する。手順2、次の内容を持つ設定ファイルを作成する。手順3……と延々つづく説明だが、恐るべきことに、これらの「手順」のほとんどはプラグインのインストーラーが自動で行っているのである。本当に私がやるべき作業は膨大な手順のうちのごく一部に過ぎない。その一部を知るためだけに、全てを読まされるのだ。最悪である。

[2361] Feb 15, 2016

昔から「課金合戦」はどこにでもある。最近のあくどいと称されるアイドルやガチャの商法も、一皮剥けば伝統的な搾取の手法と何も変わりはない。ただ、搾取される方がより強くわかりやすい散財の刺激を求めるようになったので、搾取する方は手口を隠したりオブラートに包んだりする意味がなくなってしまっただけのことだ。散財せよ。さすれば汝は幸せになるであろう。この神託で事足りるようになったのだ。▼なぜそうなったのか。馬鹿自慢。それもあるだろう。しかしそれだけではない。合理性が神のように尊ばれる現代社会にあっては、不合理に身を委ねること自体が得がたい快感になりうる。そうして、その手口が露骨になったということは、それだけ社会が私たちを合理性で縛ろうとする縛りの強さが増してきた証拠でもある。合理性が重要な社会であればあるほど、不合理な散財をする者の快感は強くなるのだ。彼はしきたりから解放された人間、解脱者なのである。

[2360] Feb 14, 2016

東西教会、和解。ローマ法王とロシア正教最高位の会談が実現したという。さらりと告げられたニュースではあるが、1054年に大分裂して以来、ローマ・カトリック教会と東方正教会が繰り広げてきた長い戦いを考えれば、結構な出来事である。▼融和のきっかけはもちろんISILだ。東西教会、言い換えれば欧州と東欧・ロシアの緩衝地帯をめぐるいざこざを棚上げしてでも、まずはイスラム過激派組織のキリスト教への攻撃を協力して跳ね返そうという主旨である。皮肉にも――あるいは当然の成り行きでもあるが――イスラム原理主義の活動が、キリスト教における最大の亀裂を繋ぎ合わせようとしているわけだ。▼今はまだ教会のトップ会談が実現したに過ぎないが、政治はいつも会話から。国家を超えた影響力を持つ両名の、条件つきではあるが友好的な宣言を受けて、世界政治が大きく動く可能性もある。今年はどうも世界の経済と宗教にとって波乱の年になりそうだ。

[2359] Feb 13, 2016

暖房なしでも深夜が過ごせるくらい暖かい。この週末は馬鹿に気温が高くなるそうだ。ついさっき玉ねぎを買いに外へ出たら、初夏の夜を思い出すような優しい風だった。今日は晴れたが、明日は雨。最高気温は二十三度になるという。▼若い頃は寒さに強い私だったが、近頃は変温動物かと思うほど外気温の変化に弱く、布団を抜け出してトイレに起きただけでも、もどってくると手足の先が冷たくなっていたりする。症状からすると「末端冷え性」というやつかもしれない。手のひらを開いたり閉じたり、あるいは爪を横から揉んだり、手足の血行を良くすることで改善はできるが、根本的な治癒のためには何より筋肉を増やすことが求められるようだ。筋肉がなければ血は上手く廻らない。故に、身体の末端が冷えていく。▼しかし、血行の悪さが原因だとすると、夏になると今度はすぐに熱を帯びて高温になる私の身体反応には反している。やはり私は変温動物なのかもしれない。

[2358] Feb 12, 2016

故・米長永世棋聖が昔、大盤解説で言っていた。将棋は人なんです。盤面だけ見るんじゃないんですよ。この人ならどう打つかということを私は常に考えてるんです、と。▼卑近なところに持ち込ませていただこう。人を見て先を予測する。対戦ゲームでは俗に「人読み」と呼ばれる技術だ。Civ5のマルチプレイも、この人読みが楽しい。たとえば、シングルプレイの内政をやりこんでいる人なら、自分の美しい研究ルートが乱れることを嫌うので、自分から他国に手を出してこないし軍備も疎かになりやすい。一方、短期決戦マルチでいつも遊んでいる戦争狂は、序盤さえ遠交近攻で抑え込んでしまえば後半戦の科学競争について来れず勝手に脱落してくれる、などなど。▼他にも、好きな遺産や目指しやすい勝利、テクノロジー選択の指向、外交の誠実さ、裏切りの頻度、挙げればキリがない。人を読むという無限の大海。これぞマルチの醍醐味である。一度ハマったら抜け出せない。

[2357] Feb 11, 2016

二年くらい前の話。オシャレというほどではないが、フォーマルな恰好をもう少しブラッシュアップしてみようと新宿の伊勢丹を訪ねたことがある。予算はほどほど。ジャケットの一枚でも良いものが見つかれば御の字と思っていた。さて、しかしぐるぐると各階を周回した後、私は手ぶらで帰りの電車に乗った。理由は至って単純だ。ここで洋服を買うなら頭からつま先まで全部揃えないと意味がない――そう感じたからである。▼着古したTシャツに薔薇を差しても逆効果にしかならないように、オシャレも全体の釣り合いが取れていなければ滑稽となる。これを転じて音楽畑に話を移してみれば、私の苦手とするテンションやアボイドのようなオシャレコードも、かっこいいからと言って安易に真似たり捻じ込んだりすれば、前後から浮きに浮いて間抜けな音にしか聞こえないだろう。積み上げたお膳立てがあっての「かっこよさ」である。部分的に取り入れることはできないのだ。

[2356] Feb 10, 2016

定期健診のついでに視力検査と眼圧検査。眼圧の方はぎりぎり正常値らしいが、視力は二年前からかなり低下しているとのこと。現在の眼鏡に買い替えたのは2014年の6月だが、そのときは0.7に合わせて度を決めたはず。それが今、左0.5の右0.4ということで、古い眼鏡の矯正視力0.2に大分近づいてしまっている。毎日のパソコンワークが祟っているのはわかっているが、わかったところで仕事柄どうにもならない。あと二年もしたら、また町中の看板の文字は読めないのが当たり前という生活に慣れてしまうかと思うと怖くなる。▼それでも、三か月以上私を悩ませている瞼の疾患については、徐々に良くなってきているらしい。今日から抗菌剤のクラビットは外された。右目が大きく開かなくなって、鏡で見ていても少し人相が変わってしまったが、根気よく治療していくしかない。文字が見にくいせいで、読書と執筆がしんどくなったのが一番の困りものである。

[2355] Feb 09, 2016

甘い食べ物は大好物だが甘い飲み物は滅多に飲まない私が、ふと気が向いて購入した炭酸ジュースをこぼしたときの話。飲みなれてないせいか喉を通るときにむせてしまい、まだ半分以上残っている缶を勢いよくテーブルにたたきつけてしまった。もちろん缶の口から盛大にジュースが弾け飛ぶ。▼本やノートがなかったのを幸い、濡れた布でちまちま掃除をしていたが、どうも「炭酸ジュースをこぼしてしまった」ことの絶望感が抱いていたイメージほどにない。つまり、あんまりベタついていないのだ。昔、それこそ人工甘味料なんてなかった時代には、炭酸をこぼしたら何回拭いてもベタつきが取れないほど酷い思いをしたものだが、最近は純粋な砂糖でない甘味料が進化しているのだろう。砂糖でなければベタつきもしないというわけだ。なんとも時代の変遷を感じる掃除であった。▼全くの私事だが、私の「滅多に飲まない」には砂糖ゼロ系の飲料も含まれる。お茶が一番いい。

[2354] Feb 08, 2016

横浜駅には駄菓子屋がある、という話を前にも書いた。相鉄線の一階改札から地下へ降りて伊勢丹の奥、しかもフードコートへ繋がる広い通りとは反対側の隅に位置するお店なので、少し見つけにくいかもしれないが、某漫画のブームもあって、この頃は店内も若い人で賑わっている。今日も気分転換に懐かしのアイテムを求めていったら、町の駄菓子屋さんと同じくらいしかない小さな空間の中に、十人以上の老若男女が集まっていた。老若といいつつほとんど若である。老は老夫婦が一組だけだった。▼品揃えは良いが少々値段が高いのは難点で、気分的には三百円から五百円のつもりが会計になると七百円と言われたりする。十円も命銭の子どもたちには少々手が出しにくい。まさに大人のための駄菓子といった価格付けだ。今日は頼まれもので、私が見たことも聞いたこともなかった「ウメトラ兄弟」という一品を買って帰った。生産終了品だが、そこそこ有名ではあったらしい。

[2353] Feb 07, 2016

もっともセンスのあるラーメン屋の名前は何か。そんなくだらない話題でいっとき盛り上がった。ラーメン屋の名前。家系はたいてい○○家だから、センスピカイチを見つけ出すのは難しい。同じく店長の名前をそのまま店名にしているつけ麺系もチャンスは少なそうだ。ではどこがいいか。ありきたりな名前がいくつか挙げられたあとで、「これだ!」と言う店がひとつ飛び出した。横浜西口、『豚そば秀吉』である。▼意味はともかく、このインパクトは凄い。初めて見かけたときから名前が脳裏にこびりついて離れない。何が凄いのか、何が覚えやすいのか、確たることは言えないが、「豚そば」というぶっちゃけた食べ物に太閤秀吉の御名を冠するギャップの強烈さと、ブタソバヒデヨシと8ビートに乗せたようなリズム感の良さが特筆なのであろう。もちろん、センスとインパクトは別物だが、ラーメン屋なら人に覚えられる名前こそセンスの賜物だ――などと宣う休日だった。

[2352] Feb 06, 2016

ピアノ連弾とピアノ二台は似ているようで異なるコンセプトだ。最近、非常に優れたピアノ連弾のアレンジ作品を聴いて、改めてそう感じた。妙なことを言うようだが、ピアノ連弾はやっぱりピアノなのだ。その作品も、二台ではなく連弾として、つまりピアノとして譜面を作り、弾いていた。あれがもし二台というコンセプトのもとに動いていたら、今と同じ完成度が得られていたかどうかはわからない。▼ピアノ連弾はピアノ。ではピアノ二台は何なのか。これ、とはっきり言えるわけではないが、私のイメージは室内楽かバンドである。連弾も二台も音は同じピアノ、しかし音響の発信源がひとつのピアノという物体でなくなると、ソロで弾かれるときのあの凝縮された輝かしさは薄れ、大勢がそこにいるかのような華やかな性質の方が強くなってくる。つまり、なんだか賑やかになるのだ。だからピアノを連弾でなく二台で使うなら、やはり定位はきちんと分かれていた方がいい。

[2351] Feb 05, 2016

マクドナルドの傍を通りかかったら、大きなポスターに少しばかり美味しそうなバーガーが描かれている。たまには食べていくのもありかな。そう思って商品名を見てみると「北海道産ほくほくポテトとチェダーチーズに焦がし醤油風味の特製オニオンソースが効いたジューシービーフバーガー(仮)」とある。また昨今のラノベのような、面倒くさい話題づくりをしたものだと呆れつつ、適当に北海道ポテトバーガーとでも呼んでやろうと考えていたら、目に飛び込んできたのはこんなフレーズだった。「あなたがつけたい名前で注文してください。」▼もちろん昼食は松屋にした。まだ食べたこともないバーガーにつけたい名前なんてないからだ。いい案が思いつかないので今日はスルー。この心理、私だけではあるまい。昔あったメニュー撤廃の件といい、移ろいやすい顧客の心を自ら突き放す企画を次々打ち出してくるのはどういうわけなのか。不思議なお店になったものである。

[2350] Feb 04, 2016

古典的なクラシック音楽が崇拝していたドミナントモーションによるV−Iの終わり方に付きまとう「わざとらしさ」を回避するため、近代ポップスが編み出した汎用技法のひとつが、V4−V−Iというsus4からの流れを作った上でVを抜いてしまい、その代わりVsus4の持つi音をI△7のviiやI9のiiに繋げてしまおうという荒業であった。これをトニックへの解決と呼ぶかどうかは別にしても、実際、Vsus4の亜種であるIV/v->I△7やIIm/v->I9がなんとなく私たちの耳に「わりと新しめな感じ」として馴染んでくるのは確かだ。▼こう考えると小難しくて面倒な音楽理論も世界史のようでちょっと楽しめる。コードネームだのスケールだの意味記憶的に覚えていくのは苦手だが、背後に人間的なエピソードが見出せれば、それはエピソード記憶として脳に多少は残ってくれる。今回の小噺はブログ由来の話だが、こういう流れ重視の理論本はまだ見たことがない。誰か書いてくれないだろうか。

[2349] Feb 03, 2016

ノロウイルスの感染者が現れてしまった。曰く心当たりはあって、先日、生ガキを食べたらしい。食品衛生の資格を持つ某人に言わせれば、ノロが怖いなら生ガキだけは口にするべきではないとのこと。昨今流行りのオイスターバーも、衛生を知る人からすればロシアンルーレットで遊びに行くのと大差はないようだ。昔のフグと同じで、覚悟のあるものだけが食するべき品である。私はカキが苦手でひとまずよかった。▼ノロウイルスの感染経路は飛沫。風邪ほど周辺者を巻き込みはしないが、うつったときの破壊力がすさまじいだけに身構えてしまう。インフルエンザで出社停止になるなら、ノロでも出社を差し控える会社的な決まりが欲しいくらいだ。特にトイレは、その人が前に入っているかもしれないと思うと怖くて入りにくい。そんなこんなで仕事はゆったりしつつも戦々恐々の職場である。もしあなたも生ガキが食べたくなったら、ノロのことも少しだけ思い出して欲しい。

[2348] Feb 02, 2016

弁証法。テーゼとアンチテーゼの衝突からジンテーゼに至る。これは西欧大陸が辿り着いたひとつの統一的自己分析でもあった。何かにつけて対立させることで、より優れた結論を生み出すというやり方は、こうひとくくりにしては怒られるかもしれないが、西欧文化的な気質の代表格である。彼らは戦うことで高次元に進むのだ。▼そこへ行くと、私たち日本人の使う言葉に「落としどころ」という単語があることは興味深い。ジンテーゼの砕けた日本語訳としては悪くないと思われる。そうして、何より注目に値するのは、彼らが対立の末「上へ」行くのに対し、私たちは対立を避けて「下へ」落とすところである。大陸がぶつかって山が出来るイメージとは対照的に、「落としどころ」の文化では、対立する二者はお互いの距離と速度を測りつつ、いい感じに自ら折れて下向きに融合点を探っていくのだ。▼まあ、適当きわまりない言葉の文化論だが、言いたいことは伝わると思う。

[2347] Feb 01, 2016

ここまでの作りかけを通勤時間にヘッドフォンで聴いていて、どうにも納得の行かないところが二つあった。ひとつは、ミキシングやリバーブをいくら調整しても、低音付近がもわもわして聞こえること。もうひとつは、低音と高音の定位が作り出すステレオの広がりに面白みがなく、単調に聞こえること。▼そうして今日、首をひねりながらあれこれ弄っていたら、ようやく不満の原因に気がついた。今まではピアノ二台を低音が中央に、高音が左右の端に来るような向きに配置していたが、この向きがよくなかったのだ。曲を安定させるために低音を真ん中に配し、音高をなるべく左右で均等になるよう振り分けるのは定石のひとつだが、二台ピアノでは必ずしも正しくなかったのである。いや、正しいか正しくないかはわからないが、少なくとも私の耳には気に入らなかったのだ。▼今はこうだろうと思える妥当な配置に行きついている。聴こえも悪くない。あとは調整あるのみだ。

[2346] Jan 31, 2016

毎年のことなのに、二月に入るとログファイルの生成バグでアクセスできなくなることをすっかり忘れていた。もはやこのバグを見るたび「ああ、もう二月なのか。」と一年の経過を実感するようになっている。去年も時間が出来たら直そうと思っていたけれど、結局直さないまま来てしまった。今年もそうなるような気がする。年に一度、サーバーへの管理者アクセスが出来ることを確かめるのも悪くない。▼そうして今日、二月分のログを生成するためにサーバー上のファイルをあれこれしていたら、アクセスログが1MBを超えているのに気がついた。アクセスログなんていう機能がついていることすら忘れかけていたが、中を見てみると年間で約二万ページビューが記録されている。ユニークアクセスではないので実際の閲覧数はもっと低いと思われるが、なんの飾り気もない個人の日記帳にこれだけ足を運んでもらえるのは嬉しい。変なキリではあるが、今年もどうぞよろしく。

[2345] Jan 30, 2016

ようやく休日の時間が出来たので、かなり久々にCiv5のマルチを遊ぶ。チャットに入るのすら数か月ぶりだが、常連の顔ぶれはそこまで変わっていない。▼さて、あれほど戦略を研究したりデータを詰め込んだり、ときには解説をしたりして遊びこんだゲームだが、いざ数か月離れてみてプレイするといろんなことを忘れていてびっくりする。たいていの要素が理詰めで最適化できるCiv5にあっては、上手いプレイとは要するに「しまった」を出来るだけ少なくするプレイということになるのだが、やるべきことや定石を忘れていれば注意の行き届かぬところが増えるのも道理、ルネサンス入りする頃にはミスの連発で完全に後進国となってしまった。もはや挽回は難しい。▼それでも、遅れた国は遅れた国はなりに面白い立ち回り方をしてみせることができる懐の広さもCiv5マルチの魅力である。最後まで諦めないで戦えば、たとえ勝てないまでも、結末の姿を変えることはできるのだ。

[2344] Jan 29, 2016

今、フロアを最も踊らせる男――アヴィーチー、ことティム・バークリングのデビューアルバム『トゥルー』を聴く。なるほど、世界は今、こういう音楽で踊るのか。▼どの曲も想像より遥かにシンプルな構成で、キックも背景に溶け込んでいったような穏やかな主張しかしていない。最初、すべてがまろやかに流れすぎていて少々物足りないような気もしたが、しばらく聴いているうちに、こうしてヘッドフォンで聴くのではなく実際にフロアで身体を揺らして踊るためには、これくらいのまとまりがちょうどよいのではないかと思い始めた。逆に、踊らないことを前提に作られた視聴用のダンスミュージックの、あの原音のエッジが効き過ぎたつくりの方が不自然なのかもしれない。▼もとよりダンスは刹那的な快感が本懐だ。そこは、記憶に残る名曲という迷信からも解放された世界である。この「刹那のエネルギー爆発」を生み出せる力こそ、名DJには求められているのだろう。

[2343] Jan 28, 2016

ガールズ&パンツァーの劇場版を見る。いつか見なければと思いつつ迎えてしまった最寄りの上映最終日。疲労も抜けきらない中、足を引きずって観に行ったが、全くもって苦労が報われた気分である。文句なしに最高の出来だった。アニメ版できっちり作り上げた作品を劇場版で再びここまで仕上げてくれたことは尊敬に値する。素直に嬉しい。▼多くはネタバレになるので語れないが、主要キャラクターに均等なスポットライトがあたっている点には感心した。あてるべくしてあてたという嫌味さがなく、誰にでも自然に「その子らしい」見せ場が用意されている。上手く配分したものだと思う。また、ストーリーも気張って妙なことをせず王道一筋。おかげで凝った交戦シーンやキャラクター同士の掛け合いに集中できるというわけだ。▼単なる萌えアニメの一派と思って遠ざけている人がいたら、もったいないのでまずはアニメから見てみた方がよいと月並みな推薦をしておこう。

[2342] Jan 27, 2016

「オーケストラ」と銘打ったCDを一枚レンタルしてきた。横文字と文章の多用された曲名リストからはどことなく現代的な匂いも漂ってくるが、よくある地雷の「オーケストラ風」というわけでもなさそうなので、期待してオーディオプレイヤーに取り込んでみたのである。▼さて、一曲目。最初から毛色がおかしい。エレクトロばりの尖った電子音が聴こえてくる。もしかして電子音がオーケストラのように構成されているのか?――そうでもない。ただのダンス音楽だ。しかもあまりパッとしない出来栄え。インポートするCDを間違えたのだろうか。疑ってみるもプレイヤーに表示される曲名は残念ながらジャケットの記載に一致する。つまり、オーケストラでもなんでもないのだ。▼私自身、何かオーケストラに強い思い入れがあるわけではないが、こうも誤用というか悪用されているのを見ると釈然としない気分になる。誇大広告も時には結構。しかし真っ赤な嘘はいけない。

[2341] Jan 26, 2016

つい先日、CDプレイヤーを買うためにヨドバシカメラへ行ったら、CDからスマホ系の端末に直接リッピングができるという機械が推されているのを見かけた。これを使えばいちいちPCにインポートしなくてもCDから音楽を吸い出せるというわけだ。音楽は基本スマホで聴く、という人にはうってつけのアイテムである。▼しかし、こんな便利アイテムが出回ってはCDレンタル業も大変だろう。なにせレンタルされたCDがその場でスマホにリッピングされてしまうわけだから……そう思いながらツタヤへ足を運んでみたところ、ちょっと仰天した。店内POPで大々的に広告されているのは、先ほどのリッピング装置ではないか!▼もちろん、わかっていたことではあるが、レンタル店が公式に取り込みを推奨している光景を目の当たりにすると、彼らがコピーガードの手法を血眼で探していた黎明期の絵とは隔世の感がある。時代の流れは強く、我々の適応力もまた強いのだ。

[2340] Jan 25, 2016

制作中の曲について、リバーブを以前使っていた空間にもどしてみた。たしかに今の深いリバーブはコンサートホールをよく再現できているが、音の輪郭がぼやけている分、イヤホンやスピーカーで聴いたときの硬さが足りず、どうにも難解な印象を受ける。平たく言えば、聴いていて楽しくない。▼一般に、リスナーの視聴環境を考えて音作りを変えるのは愚策だと言われるが、私がいちばんよく聴く環境で楽しくないというのは、そもそも私が楽しくないのだから問題外である。即ち、騒々しい街角や電車内で、ヘッドフォンから聴こえる音が、粒立ちよくはっきりと聞こえて曲を楽しめること。これは作品の出来栄え云々以前に、私の曲を私が聴いて楽しむための必要条件なのだ。▼そんなわけで少し硬めの音に戻してみたが、さすがに前のプリセットのままでは楽器が近すぎるので、今のプリセットと良いとこ取りをすべく細かい調整を進めていく。微調整も制作の醍醐味である。

[2339] Jan 24, 2016

この週末は何十年かに一度の寒波が来ると脅かされていたが、土曜日はわりあい涼しくも例年の域を出ず、今日もまた暖かい日差しが部屋に差し込んでくる穏やかな日和。結局は毎度お馴染みのボジョレー・ヌーボー的な大言壮語かと呆れていたが、さて夕方、日が落ちて八時過ぎ、買い物のために外へ出るや猛烈な反省を強いられた。なんという凍てつく寒さ。北国の空気である。買い物へはロシア人のような恰好に着直して出発した。▼それから今の深夜まで、家の中の大気は温度を下げつづけている。暖房を全て切ったら床から冷気が侵入してきて、たちまち凍り付いてしまうのではないかという『デイ・アフター・トゥモロー』な妄想に駆られたりしつつ、上も下も二枚重ねでなんとか耐えているところだ。▼寒がりにして暑がりな融通の利かぬ私だが、ここ数年で寒さの方が暑さより苦手になった気がする。体調、思考力、やる気。寒さは全てを奪っていく。恐ろしい敵である。

[2338] Jan 23, 2016

再びディスプレイの話。売れ筋から見ると最近のトレンドはフルHDか4Kの二択だが、マルチモニター派にはまだWQHDの需要がそれなりある。広い作業領域が欲しいからこそマルチにしているのにフルHDでは三枚並べても4K以下で情けないし、さりとて4Kを複数表示するにはグラフィックボードの性能が足りない。こうなるとWQHDを二〜三枚揃えるのが最も理に適っているわけだ。▼そんな需要を満たすためか、海外では25インチワイドのWQHDモニターが次々に作られている。ドットピッチの小さすぎる23.8と、物理的に場所を食い過ぎる27インチの中間解だ。まことに残念ながら、日本向けのカタログに全く載ってこないのは不思議だが、パネル生産の都合か何か、ともかく我々には窺い知れない事情があるのかもしれない。国内販売ありで選択肢になりうるのはDELLの格安WQHDモデル「U2515H」あたりか。不具合も多いと聞くが、安価でVESA規格対応の条件つきならほとんど一択だろう。

[2337] Jan 22, 2016

EIZOの27W型、フルフラット・フレームレスのディスプレイ「FlexScan EV2750」が相当に良い。まだ買っていないので使用感ではなく店頭での印象だが、WQHDでマルチディスプレイ環境を組むなら一択では、と思えるほどに素敵な仕上がりになっている。ネックは価格だけ。他社の安めなWQHDに比べて倍近い値段をどう捉えるかである。少なくとも、現行のヨドバシ価格10万越えでは若干割高感は否めない。▼対抗馬はテレビパネルの流用で価格が急激に下落してきた4Kシリーズだろう。125%〜150%表示で運用すれば文字の細かさも気にならないので、どうせ同じような値段なら4Kを……と考える気持ちはわからないでもない。ただ、28インチではどうあがいてもオリジナルサイズでの使用は不可能なので、結局は低解像度で使うなら、グラフィックボードに負荷のかからないWQHDを選ぶのが無難という節もある。この辺はもう各人が環境の最終形を見据えて判断するしかないところだ。

[2336] Jan 21, 2016

家電量販店へ行くと、LANケーブルはたいてい「高速」と称してカテゴリー7がおすすめされている。カテゴリー6や6Aとの違いも小さく貼り出されているが、そんなものに視線を移す暇もなく、カテゴリー7の棚に掲げられた大きな「迷ったらコレ!」につられて買ってしまう人も多いだろう。▼端的に言って、現在、カテゴリー7は九割以上の家庭においてオーバースペックである。各社が貸し出している最新のルーターラインナップを考えれば6Aすら怪しい。我が家のauひかりも5eが限界だ。そのあたり、調べる人なら良いが、ケーブルだけ高速化してもルーターがボトルネックになっていたら意味がないのだという点を注意せず、初心者をカテゴリー7へ誘導するのは少々フェアさに欠ける気もする。▼将来を見据えて最高速を買うのも結構だが、どうせそのときはそのときで換えの効くパーツだ。利便性を向上したいならケーブルの形状に気を使った方がいいだろう。

[2335] Jan 20, 2016

ひょんなことから「なかなか」という言葉について考えだした。なかなか、とはどういう副詞だろうか。▼肯定的な述語を伴う場合、なかなかよく出来ている、なかなか良い状態だ、などの「なかなか」は、最高とは言えないが上出来という程度の位置づけに物事を評価している。否定的な述語を伴う場合も、なかなか厳しい、なかなかつらい、など、形容詞を強調しつつ極端ではないことを匂わせている。一方、否定「〜ない」を伴う場合、なかなか進まない、なかなか出来上がらない、なかなか調子が出ないといったように、事の進捗具合が思わしくないときに使われている例が多い。▼これら三通りの例から考えてみると、中々という漢字からもわかるように、極端ではないが、と前置きするようなニュアンスを伴う程度の強調、とくに、「私が思っていたよりは」とでも言いたげな、主観的な評価の空気を醸すために用いられる副詞だと言えそうだ。明日、広辞苑でも見てみよう。

[2334] Jan 19, 2016

肉を食べる。ひたすら肉を食べる。肉を食べるパーティー。分厚いステーキはそれなり旨いのが幸か不幸か、2ポンド近い塊を6人テーブルに追加し放題、食べ放題。ほとんどやけくそである。結局、肉は一人頭1ポンド以上食べた計算。ここにポテトなど揚げ物、マカロニサラダ、ガーリックライス、ご飯二杯、デザートに杏仁豆腐とプリン、パイナップルが加わる。大食漢でもなんでもない私にとっては狂気の沙汰だ。喉まで何かが出かかるほど物を食べたのは数年ぶりである。▼ともあれ、そんな羽目を外した宴をもって、今回のプロジェクトは一段落ということになった。作業的にはまだまだやることは山積みで段落もなにもついていないが、それはそれ、これはこれ。ひとまずは区切りである。期間が長かっただけに、プライベートでやりたいこと、やらねばならないことは随分溜まってきた。大仕事の後こそ、でだらけてはいけない。なすべきこと、きびきびこなしていこう。

[2333] Jan 18, 2016

オーディオプレイヤーにそれなりこだわってきたが、一周まわってポータブルCDプレイヤーが欲しいと思い始めている。理由は最近足を運ぶようになった通勤途上のツタヤ。だいたい映画を借りるために立ち寄るのだが、棚には一度聴いてみたいと思うCDが溢れている。そうして、恐らくは一度で満足するであろう。であれば何で聴くのが良いかと言えば、借りて即、帰りの電車で聴ききれる、ポータブルCDプレイヤーに越したものはないわけだ。▼同じ理由で画面のついたポータブルDVDプレイヤーにも惹かれたが、こちらはまだ軽いタイプでも1キロ超とあまりに重いし、映画を見切れるほどの乗車時間もないので早々に諦めた。それに、通勤時間でスクリーニングするのはハズレが多いと思うからであって、映画DVDならそうそう駄作を引くとも思われぬ。宝探しをするならやっぱり玉石混交のCDめぐりがうってつけだろう。▼早速、今週中にも購入を検討してみたい。

[2332] Jan 17, 2016

マルチスレッド。古典的なプログラマにはわかりにくいと嫌われるが、私は、たとえ性能が十分余っているとしても、現在あるプログラムのマルチスレッド化を真剣に考えることは様々な役に立つと思っている――思い始めている。理由を以下に述べよう。▼一、マルチスレッド前提で組まれたコードをシングルスレッドでオーバーヘッドなく動かすことは簡単だが、その逆は至難である。つまり、性能や環境がいざマルチスレッドを要求したとき、あとから対応するのは極めて困難である。▼二、マルチスレッド化による性能向上を達成するには、とりもなおさずシステムが綿密に設計されていなければならない。言い換えれば、マルチスレッド化にしにくい箇所は、システムとして悪い設計がなされている可能性が高い。そういう場所を炙り出して、適切な設計を考えるきっかけになる。▼三を書くつもりで始めたが余白が足りないようだ。とにかく、考えてみて損はない技術である。

[2331] Jan 16, 2016

マーラーの交響曲第2番「復活」を聴く。指揮者はパーヴォ・ヤルヴィ。レナード・バーンスタインの薫陶を受けた人物のひとりとして小澤征爾と村上春樹の対談の中で名前が出ていたので覚えていた。派手さや豪奢さはないが、堅実で丁寧な印象を受けるナイスミドルである。頭に光る汗が美しい。▼しかし、滅多にないことではあるが、実は聴きながら途中で寝てしまった。第三楽章の途中でうとうとしはじめて、第四楽章の声楽が出てきたあたりから記憶がない。意識を取り戻したのは拍手が聞こえてきたときだ。通常、くだらない音楽やつまらない演奏で眠ることは難しいので、よほど眠かったのでなければ、よほど名演だったということになろう。そういうわけで後半こそ聞き逃したが、曲と指揮者への好印象は加点された。次は目覚めて明晰なときに聴きなおしたい。▼尚、同指揮者にはベートーヴェンの交響曲全集もあるが、こちらは新品の販売は終わっているようで残念。

[2330] Jan 15, 2016

死ぬほど大変だったプロジェクトがマスターアップを迎えた矢先、死ぬほど面倒な事態に巻き込まれている。もっとも、具体的なことを書くつもりがないので、せめて後で自分でこの記事を読み返してみて、ああ、あの当時はもうダメかと思ったけれど、結局はなんとかなったなあ、なんて思い出話のひとつになっていることを祈るばかりである。祈って記事に託すばかりである。▼そんな曖昧模糊とした悲嘆では四百文字の半分も埋められないので、ひとつ苦しくも楽しかった今回のプロジェクトを振り返ろう。スタートアップは一昨年で、私の参入が四月。まだ前の戦いの熱気も冷めやらぬ時期から、タイトな日程に悲鳴をあげる期待のメインストリームに突っ込まれた。七月から深夜残業開始、八月からは休日出勤も開始。夏休みも返上した。冬の三ヶ月は公私共に怒涛のような時間を過ごして憔悴の極み。そうして今、ゴールテープを切った先に新たな試練が用意されているとは。

[2329] Jan 14, 2016

セグメント化違反とバスエラーはどうも混用される節がある。試みにひとつ、簡潔に違いをまとめてみよう。▼正確ではないが最もわかりやすい憶え方は、セグメント化違反は仮想メモリに対するアクセス違反、バスエラーは物理メモリに対するアクセス違反という分け方だ。言い換えれば、セグメント化違反はメモリそのものに対する不正ではなく、メモリを扱う機構が用意した保護システムに対するバイオレーションである。書き込みできない領域に書き込もうとした、物理メモリにマップされていない領域が指定された、などで言われる「領域」とは、いずれも仮想アドレスのことだ。そうして、この仮想アドレスによる保護機構を正しく拔けることが出来たものの、さていよいよ物理メモリの0か1を読み取ろうとしたら、何らかの理由で読み取ることができなかった――これがバスエラーである。▼尚、よく聞く間違いだが「セグメント違反」という言葉はないので注意したい。

[2328] Jan 13, 2016

わけあって、久々に手書きの手紙を書く。論文やレポートならともかく、私信となると手書きなんて何年ぶりかわからない。▼普段から文章を書き慣れているおかげか、とくに手紙の作法やらテンプレートやらを参照しなくても一発書きでそれなり整合性のある手紙の体裁になるのは助かるが、字の汚さばかりはどうにもならない。汚いというほど汚いとは思っていないが、まあ、お世辞にも綺麗とは言えない癖字である。さりとて、字というやつはどういうわけか、せめても丁寧に書こうとすると余計にギクシャクして読みにくくなるので、雑にならないくらいにさらさらと流さないといけない、その力加減が久方ぶりだと実に難しいのだ。▼結局、指がこなれないうちは何をどうやったって書けやしない。最初の一枚は捨てるつもりで書いた。なんとか二枚目でモノになってくれたのは儲けものだが、つくづく、文字ひとつ書くだけでも長い時間が空くと危ないなと思った一幕である。

[2327] Jan 12, 2016

IK Multimediaの『Miroslav Philharmonik 2』について情報収集。オーケストラ音源としてはGarritan同様安価ながら、その可能性はVienna Symphonic Libraryにも匹敵すると囁かれた名作の後継機である。果たして真価はいかに。▼サンプルの聴き歩きからざっくり判定すると「VSLに匹敵する」は煽り過ぎと思うものの、標準的なオーケストラを揃えるだけでも50万近くかかるVSLに対して、オールインワンで6万円の値段は破格と認めざるをえない。シンセサイザー風のエディット画面もデジタル音楽制作に慣れた人ならかえって扱いやすいだろう。実際に使わないうちから使いやすさを云々するのも気は引けるが、インターフェースを吟味する限りでは、ユーザビリティはMP2に軍配があがりそうな気配もする。▼ともあれ、オーケストラ音源も群雄割拠になるのは良いことだ。毛色が違えばそれだけ曲風への向き不向きも吸収できる。選択肢は大いに越したことはない。

[2326] Jan 11, 2016

「――静寂は人の心に安らぎをあたえ、美しさを感じさせる。音楽はまず、このような静寂を美しいと認めるところから出発するといえよう。作曲家は自分の書いたある旋律が気にいらないとき、ただちにそれを消し去ってしまうだろう。書いた音を消し去るということは、とりも直さずふたたび静寂に戻ることであり、その行為は、もとの静寂のほうがより美しいことを、みずから認めた結果にほかならない。音楽は静寂の美に対立し、それへの対決から生まれるのであって、音楽の創造とは、静寂の美に対して、音を素材とする新たな美を目指すことのなかにある。」芥川也寸志より。▼ここで言われる静寂とは、けっして無音のことではない。音楽の終わった状態、つまり私たちの日常において、とりたてて誰も大きな音を発していない状況――それはたぶんに小さな音響の渦を含んでいる――が静寂だ。つまり、静寂を破るものという点では、無音は音と何ら変わりないのである。

[2325] Jan 10, 2016

元旦にひいた「おみくじ」をテーブルに見つけた。大吉に満足して、それきりだったありがたい紙だ。冒頭に歌が付してある。「冬かれて休みしときに深山木は花咲く春の待たれけるかな」つまり、騒がず時を待てということだ。大吉にしては随分辛抱を要求してくるアドバイスではある。▼「商売」の項目には「利益少なし時を待て」。まさかまさか、今回のプロジェクトは売上面では失敗に終わるのか、などと不安になってみたり。面白かったのは「失物、近くにあり」で、ちょうどおみくじを引いた日の朝、めったに見失うことのない携帯電話がどこにあるかわからなくなってしまって、家中くまなく探したのだが見つからず、かなり時間が経ってから見つかったのが、なんとバイブでさえ振動音を鳴らせないほど枕元の隙間にすっぽり嵌っていたという珍事であった。まさに失せ物、近くにあり。▼そんなわけで当たりそうな気配もするから、今年は慌てずの精神で行くとしよう。

[2324] Jan 09, 2016

安倍総理の「妻がパートに出れば月収25万円」発言を受けてのプチ騒ぎ。人々の反応は大きく5通りに分けられそうだ。▼「1.安倍総理は庶民感覚が全くわかっていない。最低だ!」「2.庶民感覚がないのは困るが、たとえ話の中で出した数字にたいした意味なんてないだろう」「3.どんな文脈であれパートで25万なんて数字が浮かんでしまうことこそ庶民感覚の無さを裏付けている。嘆かわしい。」「4.不適切な例示で反感を買ったのはまずいが、そもそも貧困対策をする人に庶民感覚なんて必要ないだろう」「5.言葉の揚げ足取りなんて無意味だ。心底どうでもよい」▼もっとも反射的で感情的な反応が1。それを諌めるのが2。諌める立場に反論する深読み派が3。1〜3が前提とする庶民感覚の必要性を疑うのが4。完全に無関心なのが5。私の立場は4に近い。生活体験と政策設計は全く別領域の話である。神学を修める人が無神論者でいていけない理由はない。

[2323] Jan 08, 2016

自分の与えているものが相手の欲しいものとは限らない。言葉にすれば当たり前のようだが、みんなけっこう忘れている真実でもある。だから、真に相手のことを考えているのではなく、単に「何かをしてあげている自分」が大好きな人は、自分の「親切」を拒否されると猛烈に怒る。「冗談じゃない。こんなにしてあげてるっていうのに、何が不満だって言うんだ!?」▼<大変な自分>をアイデンティティにする人は、仕事はこなすので作業的に重要な人物にはなり得るが、どうしても人からはあまり好かれない。たとえ普段は明るく振舞っていても、それが「無理して明るく振舞っている」ことがバレてしまったらオシマイだ。明るく振る舞うのも彼ら彼女らの考えるサービスの一つということになる。こちらはいつも明るくしてあげているというのに……。▼マイペースで、出来ることだけをこなし、無茶はしない。そういう考え方もあると知らなければ、彼らは孤立してしまう。

[2322] Jan 07, 2016

テキサスホールデムではショーダウンでツーペア以上の手が成立していることはあまりない。たいていは対子系の勝負になる。ペアが決まれば一安心、ツーペアに伸びれば勝負も出来る、スリーカードなら自分から大勝負に打って出ても良い。そんな具合だ。▼とはいえ対子系を極めたスリーカードも、ストレートやフラッシュという側面攻撃には常に脅かされている。ストレートは、言わば強さのルールが変わるポイントだ。誰かがストレートやフラッシュを成立させれば、数字の重複という世界での序列はたちまち意味を失ってしまう。▼しかし、ここがポーカーの絶妙なところだが、成立すればほとんど負けなしに思えるフラッシュにも天敵がいる。立ちはだかる対子の亡霊、フルハウスである。ポーカーの面白さはフルハウスという役の位置づけをここに置いたからこそと言っても言い過ぎではないだろう。誰もが強者の幻影を払いきれないからこそ駆け引きが成立するのである。

[2321] Jan 06, 2016

もらい物で、久々に「うさぎや」のどら焼きを食べる。やはり旨い。好きな品のひとつなので、何が良いのか考えながらアピールしてみよう。▼まず、箱の重さ。これは「うさぎや」のどら焼きを買ったとき、思う人は最初に思うかもしれないが、枚数から想像する以上に重い。手首にずしりと来る。濃厚でなめらかなどら焼きを支える中核としての、あんこの密度を端的に示しているといえる。十勝産の小豆だ。▼次に、皮の柔らかいしっとり感。しかし、矛盾しているようだが、食感は案外さくっとしている。そのパサパサしない不思議な弾力は「生感」とでも言うべきか。実際、作りたてを食べると、何か生き物を口にしているような気分になる。生地に加えられている蜂蜜がそう感じさせるのかもしれない。▼最後に、甘い。甘さ控えめも悪くないが、やはりどら焼きは甘くてなんぼだ。とろけるような甘さが嫌味にならない按配こそ匠の技である。街角で見かけたらぜひどうぞ。

[2320] Jan 05, 2016

3つのコアに、詰めて詰めて。もはやプログラマとは呼べぬパズル職人な日々。とにかく更新内容を細分化して、参照に気をつけながら重ねていく。トライ、計測。まだ隙間がある。ここに詰め込める内容はないか。感と経験を頼りにコードを探していく。この値の更新は先に回しても良いのでは。全ての計算は無理でも、他の値に依存しない部分だけは先行して計算してもいいだろう――高速化という名のマルチスレッド地獄である。▼徹底的に隙間を埋めていくこの感じ、iPodの開発にまつわる噂を思い出した。曰く、これ以上の小型化は絶対に無理だと主張する開発陣に対して、ジョブズはiPodを水槽に落としてみせたのそうだ。ブクブク。泡が出る。ほら、まだ隙間があるじゃないか。埋めればいけるだろう?▼そういうわけで我々もまた、遊休CPUという泡を無くすために昼夜最適化に追われている。技術力の問われる仕事を任されるのは良いことだ。いよいよ終盤戦である。

[2319] Jan 04, 2016

弟の買ってきたクラブミュージックの塊みたいなCDを聴いている。出来は良い。かなり良い。同人CDとしては出色だ。何が良いって、とにかくキックの音が良い。定位は完璧で、脳幹と視床の繋目にザクザク刺さる。芯があって、力強くて、それでいてもわもわしてなくて、「これぞキック」と言うべき素晴らしいショットに仕上がっているのだ。もし自分でキックを仕上げることがあったら、絶対にリファレンスにしたい。そう言わしめる出来栄えである。▼で、実を言うと、ウワモノや展開については、まあまあという渋いコメントになってしまうのだが、それでもトータルの点数としては星四つ以上をつけたくなるのは、とにかくキックの感動的なハマり具合ゆえ。キックを前提とする曲では、当たり前だがキックが命なのだ。当たり前だが、誰にでもは出来ないことだ。出来ていることの方が少ないことだ。一にも二にも命。命が生きていれば他は多少ナンでも良いのである。

[2318] Jan 03, 2016

最近、外へ出ると涙が止まらなくなるし、しきりに目は痒いし、それが長いこと続いているので素人調べしてみると、症状はピタリ「眼瞼炎」というやつに該当するらしい。それもどうやらあまりよろしくない状況。一刻も早く眼科へ行きたいところだが、明後日にならないと開いていないので予約だけして明日は様子見になる。▼最初にガタが来るのは首から上だろうと思っていたが、眼となると元から風前の灯なだけに危機感はいっそう大きい。恐らく、年末から年始にかけて集中状態が続いたせいで、モニターから顔を背ける休憩時間が思っている以上に少なくなっていたのだろう。これはいけない。身体の中で大事でない器官などひとつもないが、眼を失ってはプログラマも何も出来たものではないのだから、診察はマスターアップより優先させていただこう。▼このプロジェクトが終わったら、口から鼻、耳も含めて、一度しっかり首から上の病院めぐりをしたいところである。

[2317] Jan 02, 2016

飯にでも行くか、といつものノリで繰り出したものの、町は明かりもなくシャッターばかり。最近は百貨店なんかが張り切って元旦から商売するので、三が日なんて無いも同然だと思っていたが、こう小さな駅前の飯屋となるとさすがにお休みである。▼営業中なのは牛丼や「てんや」のようなチェーン店か、博多ラーメン屋か、あるいは中華。チェーン店が休まないのは知れたことだし、中華は正月を休日とする理由を見出していないかもしれないが、ラーメン屋の中でも博多ラーメンだけが営業している理由はわからない。しかし夕食に博多ラーメンというのも物足りないので、大人しく中華にした。五目焼きそばに餃子。なかなかの油である。▼実際、こう判で押したような仕事生活を彩る唯一の変わり映えは食生活だ。ここがいい加減になってしまったらいよいよ心も腐る気がする。今日は何を食べたと日々書き留めるだけで、案外、鬱気味な精神も救われるのではないだろうか。

[2316] Jan 01, 2016

あけましておめでとうございます。今年も変わらず400文字の運営、よろしくお願いいたします。▼やっぱり、ですます調の方が性に合うのだが、である調より文字数を食うので仕方がない。ただ、もう少し硬軟織り交ぜても良いかなとは思う。『雑文集』で村上春樹がそんな文体を使っていた。あの、堅い文章の中へ急に現れるですます調は、最初は面食らってしまうが、慣れてくるとリズムが変わって面白い。ねじ込んでくるタイミングも絶妙なので、そうなんですか、とこちらまで思わず丁寧になってしまう。▼もちろん、あれは熟練されたプロの技であって、素人がむやみに真似をしても、たどたどしく一貫性のない文章が出来上がるだけ。柔らかさを求めるなら、まずは単語の選び方から工夫するのがいいだろう。柔軟さ。今年の抱負を言うなら、この言葉がいい。柔らかく行こう。柔軟な心がけでいこう。ふわっとして芯があるというのは、私の理想とするイメージである。

[2315] Dec 31, 2015

毎年、大晦日や元旦は記念日の感慨ばかりでたいしたことは書いていないが、自分で過去を振り返るには便利な習慣だ。去年はホロヴィッツのインポートに勤しみ、一昨年は珍しく仕事がなく、その前の年は職場の会議室でやかましい面子と蕎麦をすすっている。記憶の中では一昨年の印象がいちばん鮮明だ。超大型連勤の最後の日。「野郎ども、蕎麦を食うぞ!」会社に出前の無茶をして蕎麦を奢ってくれた豪快なリーダーは、今はもういなくなってしまった。▼当時、渦中のときは「楽しかった」なんて言いにくい疲労困憊のさなかだったが、こうして過去の出来事になってしまえば、多少の美化は考慮しても、充実していた日々という名の良い思い出の一ページになっている。過去なんてそんなものだ。人生の中に占めた意味や価値は、そのとき感じる印象とはズレていることもままある。自分の身に起きたことは常に、判断保留、あとで考える、くらいがちょうどよいと思うのだ。

[2314] Dec 30, 2015

本日は会社に宿泊。宿泊といっても寝るわけではない。もちろん徹夜でバグの調査にあたる。まともな大晦日を過ごせる年は遠い。▼宿泊つながりで最近知ったことをひとつ。後輩の一人が外で年越しをしたいと宿を探していたが、観光名所の温泉旅館には断られることがしばしばあったという。彼はそれを「予想通り」ダメだったと言うが、私にはどうして一人の客を断るのかピンと来なかったので訊いてみると、なるほど合点がいった。つまり、この時期に人里はなれた観光地の旅館へ一人でふらりとやってくる客には、平たく言えば自殺者が多いので旅館の方も警戒しているというのである。なるほど。▼結局、彼は都心の豪奢なホテルで年越しをすることに決めたそうだ。そこまでして年の変わり目に外で過ごしたい理由は私にはわからないが、ここぞとばかりに遠くへ旅行する人も多いというから、新年を変わった場所で迎えたい気持ちには、何か共通する心理があるのだろう。

[2313] Dec 29, 2015

年末のゴルゴ13巡業は滞り無く5巻へ。通しで読んでいると作品の巧いところが目についてきて面白い。とくに作中の時間の流れ方。序破急のテンプレートをなぞるようなブレない構成と、ゴルゴの仕事に与えられた不可能スレスレの時間制限、これだけで一定の面白さは約束されているようなものだ。▼ハリウッドの脚本術も口うるさく指摘しているように、読者の興奮を掻き立てるシナリオには必ず時間制限がなければならない。『ゴルゴ13』は忠実にそれを守っている。いつ狙撃してもいいようなターゲットなんて絶対に出てこない。いつでも脱出できるような窮地に置かれたりもしない。デューク・東郷に与えられる猶予の時間は、僅か数日であり、僅か数時間であり、ときには僅か数秒である。つまり、いつも僅かである。「いつも僅かである」ということだけが重要だ。時間の多寡は関係ない。読者にそう感じさせるお膳立ての巧さこそが、即ち話作りの巧さなのである。

[2312] Dec 28, 2015

世の風は仕事納め。もっとも、このご時世、28日にきっちり仕事を納められる人も少ないだろうし、逆にそういう余裕のある人は土日を良いことに26日から冬季休暇に入っているだろうから、今日を今年最後の出勤とする社会人はそう多くないのかもしれない。休暇入りを祝うはしゃいだ空気は、夕飯に訪ねた近くのハブにも見られなかった。それにしても年の瀬にカジュアルバーを尋ねて、さんざん食い漁った挙句、烏龍茶だけ飲んで職場に帰るとは。なんとも言いがたい。▼現在のところ大晦日と元旦だけは会社方針で全員休日になる予定だが、当然ながら「緊急時を除き」という文言は生きている。毎日が緊急事態なので、緊急の上にも緊急なら致し方なしと解釈すべきであろう。今年もいろいろなことがあったな、なんて淡い回想に浸る時間はないが、来年は今年より忙しくなるだろうという確かな予感はある。予感というより、もはや明白なる予測である。来たる年に乾杯。

[2311] Dec 27, 2015

午後四時。有馬記念にも関わらず仕事場に束縛された私のもとへ、強烈な画像が送られてきた。「大勝利」――単勝、ゴールドアクター、10万円。相変わらず豪快な競馬を遊ぶ我が友人からの勝利報告である。おまけに、きっちりサウンズオブアースを紐に据えた馬連流しも添えられてきた。正確に弾いていないが、二百万〜三百万のあいだの勝ちであろう。いやはや、なんとも豪快。▼かくいう私はたいして面子に思い入れもなく、細々と遊んでかすりもせず。まあ、携帯で買って仕事場でそっと結果を知るだけの競馬なんて、当たっても外れてもさほど面白くないものだ。ギャンブルと利殖は違う。ギャンブルは熱狂が本懐である。金を賭けるのは汗をかくためのスパイスに過ぎない。冷静に買って冷静に当たっても、それは幸運な臨時収入というだけだ。まして外れた暁には何が何やら、それこそ金の無駄遣い以外の何物でもない。今日は少々無駄遣いであった。次回は燃えよう。

[2310] Dec 26, 2015

将棋をしたりポーカーをしたり、ここぞとばかりに遊びまくる通勤の行き帰りだが、ひとつ思いついたことがあって実行に移してみた。電子書籍でやってみたかったこと。今こそゴルゴ13を全巻読んでみたい。▼途中で挫折する気もするが、とにかく思い立ったが吉日、1巻を購入してみた。ところが、携帯で落とそうとするといきなりエラーメッセージが出現。「ファイルサイズが大きすぎます。Wi-Fiに接続してください。」LTEだから何の問題もないのに、なんというおせっかいだろう。さいわい本命の端末側では、携帯からのテザリングで落とすことが出来た。無意味な警告である。▼さて、1巻のゴルゴは、私の知るデューク・東郷とはちょっと違っていて新鮮だ。この頃のゴルゴはまだ、今ほど無口ではないし、焦ったり、慌てたり、舌打ちしたり、ドヤ顔をしたりする。つまり、人間味がある。これからどんなふうに変わっていくかも見つつ、細かい薀蓄を楽しんでみよう。

[2309] Dec 25, 2015

「日本人はどうしてクリスマスにチキンを食べるんだ?」チームの外国人3人に不思議がられたのは、クリスマスツリーでもケーキでもプレゼントでもなく、チキンであった。実際、コンビニからスーパーまで、日本のクリスマスが売り出す食品はこれでもかというほどチキン一色である。あれがさっぱりわからないらしい。▼私の率直で勝手な回答は「日本ではターキーが手に入りにくいから、その代わりでは?」だった。確かにそうかもしれないね、と3人。あやしい説だが納得していただけたなら何よりである。それより、私たちがクリスマスと言えばこれだよ、といって見せてもらったのは、白、赤、緑の三色で織られた杖状のミント飴であった。なるほど見かけたことはある。白赤の二色は通年売られているが、ここへ緑が加わるとクリスマスらしくなるそうだ。はて、緑とは。雪の白、サンタの赤に加えて緑といえば、クリスマスの飾りとしては定番の柊のイメージであろう。

[2308] Dec 24, 2015

メリー・クリスマス。サンタさんからの素敵なプレゼントは、明日までに必ず直さなければいけないGP∪クラッシュだよ。▼毎年のことながら会社は大盛況だ。今年はいつにもましてサンタさんを称するあしながおじさんも多く、棚にはたくさんのお菓子が並べられていた。八つ橋、カントリーマアム、チョコクッキー、ドーナッツ。脳には糖分が必要だからとコテコテの言い訳をして甘味を貪る。人が羽目を外すには大義名分が必要だ。社会的行事なんて、ほとんどは大義名分のためにあるようなものである。ハレがなくてはケも映えない。▼しかし、この土壇場で確定ハングアップというブラックサンタの贈り物のせいで、今年はあわやクリスマスに泊まりこむところだったが、さいわいホワイトサンタの起こしてくれた奇跡が終電五分前に我々にクラッシュの原因を教えてくれた。「クリスマスミラクル!」と奇妙なテンションで一同叫び、走って部屋を出る。そんな会社である。

[2307] Dec 23, 2015

内容に関係なく、タイトルだけの面白さ、美しさを表彰する「日本タイトルだけ大賞」の2015年王者が決まった。「やさしく象に踏まれたい」。なかなかの貫禄である。詩集のタイトルだが、これだけで著者の詩的センスがうかがえるようだ。▼世の中にはキャッチーなフレーズを題にした作品がたくさんある。名前が面白いというだけで一世を風靡してしまう場合もある。一見、そうしたインパクトとは無縁に思える学術の世界だって、優れた名前の論文はよく読まれ、よく讃えられ、よく引用されたりする。だからこそコピー屋さんは職業として存在できるのだ。フレーズを考案するだけで対価が貰えるなんて、考えてみれば凄いことではないか。▼ところで、私が最近見た中で個人的に大賞をあげるとしたら、初出はやや古いが土橋章宏の小説「超高速!参勤交代」をあげたい。この引きは強烈である。初めて見かけたらどうしたって手に取ってしまう。唸らずにはいられない。

[2306] Dec 22, 2015

WSOPのアプリを入れてみた。いつかカジノへ行きたいと常々思っている気持ちを少し現実へ近づけるため、そろそろテキサスホールデムでもやりこんでおいて損はない。通勤時間の読書も疲れた脳に染みてこなくなったし、そういうときはゲームで気分を変えるのも大切だ。▼さて、本格ポーカーが楽しめるという言葉通り、ビジュアルからレスポンスまで実によく作りこまれた良作だが、運営側の責任でないとはいえ、実際には何も賭けていないので、すぐに場を荒らす参加者が現れてしまうのが悩みどころだ。トーナメントの初戦だというのにプリフロップでオールインしてきたり、毎ターンごとにビックブラインドの倍々でレイズしてきたり、失うものがあれば到底やりそうにないことを平気でやってくる輩がいる。もちろん長い目で見れば彼らはカモなのだが、初期クレジットの限られているゲームを遊ぶには邪魔な存在だ。架空のギャンブルゲームを設計する難しさである。

[2305] Dec 21, 2015

バーンスタインが振るマーラーの交響曲のDVD全集、タワーレコードで見かけたときは三曲つづセットのバラ売りで、合計二万円くらいの価格付けだったが、アマゾンで調べてみたら9枚組ボックスが八千円で出ていたから、これはこちらがお値打ちだろうと注文してみた。在庫・納期のところには「クリスマスイヴまでに届きます」なんて洒落たことが書いてある。残念、誰かへのプレゼントではありませんよ。▼さて、どうせ深夜しか暇もなし、今年の年末年始の映像面はこれで困るまい。あとは音楽面だが、せっかくユニバーサルプレイヤーを揃えたのでブルーレイオーディオなんかも聴いてみたものの、凄いと言われれば凄い気もするし、実はただのCDだよと言われても納得してしまう気もする程度の感想で、「さすがブルーレイオーディオだ!」と叫ぶにはまだまだ耳の解析能力が足りない。しばらくは古いCDの聴き直しでも間が持ちそうである。整理にもちょうどよい。

[2304] Dec 20, 2015

一口におせち料理といっても構成は様々だ。一般には、黒豆や伊達巻、栗きんとん、紅白かまぼこといった祝の肴と、酢の物、煮物、焼き物というラインナップだが、こうした縛りの中でも高級品を作ろうと思えばいくらでも作れるもので、組重から飛び出さんばかりの海老を配してみたり、しきたりなんてなんのその、黒毛和牛のローストビーフを重ねてみたり、フォアグラを酒煮にしてみたり、とびっこの代わりにキャビアを散りばめてみたり、案外やりたい放題である。▼百貨店で扱うデリバリーのおせちは、二段組なら通常一万円から十万円、三段組以上で高級店なら十万円を超える品も出てくるというオーダーである。勝手な推測だが、二万円から四万円の一家族用が売れ筋ではないかと思う。しかし前述のような贅沢を極めた最高級品だと、二百万近くする品もあるようだ。四段組、フレンチワイン付き、金百八十万。もはや金を使うために金を使っているような世界である。

[2303] Dec 19, 2015

後輩が一人と同期が一人、あるいはときどきもう一人。いつも昼飯と夕飯に出かける面子は決まっている。三人または四人。飯屋へ行くには少なすぎず多すぎず、ちょうどよい人数だ。ときどき誰かが休んでも一人になることはない。▼さて、固定した面子に問題はないが、固定した飯屋には問題がある。行き先の選択肢に挙がるのは、どこもかしこも最近行ったばかりのような気がする店だけだ。実際、こう毎日ぐるぐる同じ土地をまわっていると、どこへ行っていて、どこへ行っていないのかわからなくなってくる。店を登録して訪ねた記録をメモしつつ、知らぬ間にご無沙汰な店や、最近食べ過ぎなジャンルのリストをみんなで共有できるアプリがあればいいのにという話になった。▼残念ながら軽く探した限りでは該当するアプリはない。エクセルでも共有すれば話は早いが面倒だ。こんな内輪の不満から生まれてくるサービスが、ときどき成功して人気になったりするのだろう。

[2302] Dec 18, 2015

私は基本的に自堕落な人間である。だから、終電で疲れて家に帰ったらもう何もかもやりたくなくて、洋服のままベッドにダイブしてもおかしくないのだが、そうしないのはこの400があるからだ。どんなにへとへとでもそのまま寝るわけにはいかないので、眠気を吹き飛ばして風呂や着替えや歯磨きを終え、あとは日誌でも自説の展開でも常々感じていることでも、とにかく思いつくままに記事を書いて寝ることになる。この一連の流れを促す強制力はもはや習慣という生ぬるい名前では呼べまい。私の始めた気まぐれが、何年もの時を経るにつれ、いつの間にか私の生活を乗っ取ったのである。▼自堕落な人間が何かを継続させたかったら、やろうと決意するとか、気持ちを駆り立てるとか、そういう自発の努力だけでは不十分だ。有効な方法はただひとつ。やらねばならなくなるしかない。やらねばならなくなるまでは何の疑いも持たずに続けることが、何かを続ける秘訣である。

[2301] Dec 17, 2015

同僚のひとりの精神状態がちょっとまずい。もともと仕事が(本人の基準で)上手くいっていなかったところへ、結婚の話も出ていた彼女と八年付き合った末に宗教上の理由で別れざるを得なくなったというダブルパンチ、いつにもまして煙草の消費量も増え、傍目にもへとへとになっている。俺に向いてる仕事って何だと思う、と聞かれた私は、せめてもの誠意として真面目に向いてそうな仕事を挙げてみた。ありがとう、食事時にすまんと彼は言った。▼仕事を辞めたい、転職したいと考えている人にたいして、そういう経験のない私がたいしたアドバイスをできるはずもないが、真面目すぎる彼の性格を考えると、次が決まらないうちにとりあえず今の会社を辞め、つなぎでアルバイトやフリーターをするようなことは絶対にしない方がよいと思っている。そういう趣旨のことだけははっきりと伝えた。俺もそう思う。俺はたぶん、そうなったらもどってこれない。そう彼は答えた。

[2300] Dec 16, 2015

マーラーの第一番、どのへんが「巨人」なんだろうと思って調べてみたら、ジャン・パウルの小説『巨人』に由来するらしい。なるほど、別に巨人が目覚めて動き出すような話ではないわけだ。しかもマーラー本人は後にこの表題を撤回している。ベートーヴェンの月光と似たような事情だろう。わかりやすい愛称は一旦広まると回収は難しい。▼私はいつも曲には題名や愛称がついていてほしいと思っている。無名の曲より覚えやすいし、何より自分なりの解釈をあてはめて「こんなストーリーを表現した曲かな」と想像しながら聴くのは、それが合っているか間違っているかとは何の関係もなく楽しいものだ。妄想はこちらの勝手である。たとえば、私が「巨人」の第一楽章を聴いているときに思い描いている情景は、さしずめ「ワンダと巨像」のような世界観だったりするのだ。淡色のファンタジー。そこから壮大な巨人幻想小説が生まれたからって、マーラーも私を恨みはしまい。

[2299] Dec 15, 2015

マスターアップぎりぎりだというのに、ご多分に漏れず最後の最後でクオリティを追求する勢力が発言権を得て、とある仕様を捩じ込むことになった。過去の製品で実績があるからと、まっさらなら二週間かかるところをなんとか三日でやってくれという。よっぽど断りたかったところだが、どうやら実装は不可避だし、ちょうど去年じっくり研究したところでもあったから、妨害なしのフルタイム三日ならという条件で請け負った。▼さて、早速過去の実績とやらを見てみなければなるまい。時間もないのでモジュールの完全流用も視野に入れてコードを紐解いてみる。たしかに実装のあとが残っているようだ。しかし、これでは動かないような気がするが……。数時間後、悪寒は現実となった。実績なんてなかったのだ。仕様はかつて一度取り掛かられ、ひっそりと諦められ、みんなが実装されたと思い込んだまま、実は全く機能していなかったのである。期限まで残り二日となった。

[2298] Dec 14, 2015

色相が立てば彩度が立たず、彩度が立てば明暗が立たず、明暗が立てば色相が立たぬ。あれこれいじくり回してようやく全てが上手くいったと思ったら、今度はコントラストの強さが合わない。ガンマ補正した画像を元にグレーディングを施して、さらに逆ガンマ補正をかけたときに正しく見えるような絵をつくる、そのとき生成されたルックアップテーブルへのアクセス座標をカラーに見立てて再びガンマ補正をかけるという、何を言っているのかわからないような複雑怪奇な操作を経て、ようやく正解と思われる絵面が現れてきたのは、終電が発車する僅か十分前のことであった。▼色調整にまつわる面倒事は山のようにあるが、ガンマ補正ほどシンプルでわかりにくいものはない。色を持ち上げるのか抑えるのか。数値を増やすのか減らすのか。階調が潰れてしまう条件は。ガンマ補正した結果今の色空間は何になったのか――2.2がゲシュタルト崩壊しそうな今日この頃である。

[2297] Dec 13, 2015

リビングボードを組み立てる。こんな大きな家具の組み立ては久しぶりだが、さすがはハヤミ、ひとつひとつのパーツにちゃんと見分けのつく形状をつけて、それでいて全体のデザインと機能性を崩さない部品構成なっている。二流の会社がコスト削減のために組み立て式の商品をつくってもこうはならない。わけのわからない板と似たり寄ったりなネジと不親切な説明書で買い手を混乱させるだけである。不器用な私でも迷う余地のない7工程を淡々とこなして完成品に出来るのは、ひとえにハヤミの持つ組み立て式ノウハウのおかげだろう。▼アンプとブルーレイプレーヤーをすんなり収められる内寸の商品をと思って選んだわけだが、結果的には色合いもスピーカーのウォルナットに近くて馴染み、大切な機器をしっかりと守るガラスカバーの存在も頼もしい。予算と重量は想定を超えたが、十分満足行く買い物だったと言えるだろう。良い品、長く。最低でも十年以上は使いたい。

[2296] Dec 12, 2015

観たい映画はアマゾンで、聴きたい曲もアマゾンで。欲しいものはクリックひとつで何でもすぐに手に入る。データだけではだめ、どうしても物が必要となっても、たいていの場所には即日即時お届けだ。お坊さんで話題になったように、サービスさえアマゾンで注文する時代である。▼個人の生活という単位で見れば、もはやアマゾンで出来ないことはなくなっていくのだろう。そのうちアマゾンで習い事ができるようになるかもしれない。学校や予備校が出来るかもしれない。アマゾンで仕事が発注・受注できるようになってもおかしくない。ゆりかごから墓場まで。やがてアマゾンという単語が生活を意味する一般語に昇格される、そんな未来もありうるだろう。無いとはいえない勢いである。▼カードの明細がアマゾンで埋め尽くされていているのを見て、そんな時代の流れをひしひしと感じてしまった。アマゾン七割。ここへヨドバシドットコムを足せば、出費の大半を占める。

[2295] Dec 11, 2015

CDを二枚買った。ヨドバシカメラでアンプを試聴していたとき気に入った曲があったので出典を調べ、その曲が入ったアルバムを購入したのが一枚。最初のCDを検索しているときにオススメされた同ジャンルの作品が一枚。どちらもバイオリンだ。▼結論を述べよう。まさか同じバイオリンでここまで差があるとは、と驚かされる体験になった。ヨドバシの一枚はとにかく音と音楽が噛み合っている。演者が自分の出す音の性質をわかっていて、どういう音楽づくりをすればいいのか理解しているからこそ生まれる完成度だ。ミックスの質も良い。▼しかし、もう一枚は期待を全く裏切られる形になった。演奏自体は巧いが、バックの音作りからミックスまで演奏以外の要素がことごとく壊滅的で、せっかくの良いところが何も聞こえてこない。興味のないことを疎かにした結果、誇るべきものがスポイルされてしまったのだ。対照的な二枚。尚、良い方は宮本笑里さんのCDである。

[2294] Dec 10, 2015

HDMIケーブルが足りないことに気がついた。必要なのはHDMI2.0準拠で18Gbpsの転送速度を達成できるケーブルである。はて、HDMI2.0とは何だったろうか。ケーブルも2.0専用でなければならないのか。▼調べ直してみたら案外面倒くさいことになっていた。ケーブルには全て後方互換性があり同じHDMI規格であれば何でも繋ぐことはできるが、どれくらいの転送速度を実現できるかはケーブルによるというのである。つまり、たとえば巷でハイスピードと呼ばれている「カテゴリー2」のケーブルは公称10.2Gbpsと謳っているが、これは前の規格であるHDMI1.4の限界転送速度に合わせて表記しているだけで、HDMI2.0機器に繋いだら、あっさり18Gbpsを達成するかもしれないのだ。もちろん、しないかもしれない。だから「ケーブルによる」のである。▼現在、公称で18Gbpsを達成すると表記しているケーブルは高価で少ない。いっそ旧規格の高級品で賭けに出るか、悩ましいところだ。

[2293] Dec 09, 2015

夕食は松屋のカレギュウをかきこんで、残りの休憩時間を仮眠室で寝る。ひとときの不眠症に比べれば今の夜はぐっすり眠れているが、寒いせいか朝方に起きてしまうようで、睡眠時間はそう長くない。帰宅、シャワー、日課を淡々とこなしていても三時をまわってしまう日々が続く。残念ながら来年まで続く。▼社会人になって六年目。思い返せば精神的にも肉体的にも今年よりきついプロジェクトはたくさんあったが、今年より修羅場の期間が長かったプロジェクトはひとつもない。たいてい、ある月に深夜残業が始まって、次の月に休日出勤が始まって、そこから二ヶ月か三ヶ月でマスターアップに雪崩れ込むのが通常だった。長くても五ヶ月というわけだ。それが今年は七月から深夜も出ている。すでに五ヶ月が経過している。▼最近決まったスケジュールによれば、この旅は七ヶ月目をもってついに終わりを迎えるそうだ。あと少し。全力で走り切るためにも、油断はできない。

[2292] Dec 08, 2015

寒い。凍えそうなほど寒い。今年の冬は暖冬なんて、毎年言われている気がするけれど信じられない。真夏に着るような薄っぺらい寝間着で過ごしているのが悪いのだが、諸事情により私の冬服は大幅に失われてしまったのである。新しいやつを買うか夏用と半纏の組み合わせで一冬凌いでしまうか、ここはひとつ考えどころだ。▼しかし、そこまで寒いならハロゲンヒーターでも新調すれば良いものを、結局、この冬の収入を叩いたのはアンプとプレーヤーとスピーカーであった。それもこのたびは全く制作には関係のない純粋な趣味観賞用ということで、ああだこうだと言い訳する余地は全くない。趣味である。癒やしである。▼構成は恐らくミドルレンジのやや下、エントリークラスの上位あたりか。もちろんピュアオーディオな人々になる気はないので、年単位で見て当分は今のままで良いと思っている。この世界はとにかく対数なのだ。身の丈を超えたらすかさず痛い目に遭う。

[2291] Dec 07, 2015

マランツによるエントリークラスのプリメインアンプにPM6005がある。価格は実売で4万円前後。一方、USB−DACに付加価値を見出さない人にとって7005は対象外だから検討するひとつ上のモデルは8005ということになるが、こちらは実売で9万5000円といったところ。実に倍以上の開きがある。▼6005は欧州で人気を誇る名機6004の後継機ということもあって、根強いファンも多いらしい。実際、それぞれの型番で検索をかけてみると、海外のフォーラムなどでは8005との優劣を争う板があったりする。これだけ価格差のある品同士で「vs」スレが立つのは凄いことだ。6005の能力の高さが伺える。▼あとはあくまで私の聴き比べた感想。B&Wのそれなりのスピーカーなら6005でも十分鳴るが、8005の方が音に芯があってクリア。中域のもわもわした感じもない。対数的に値段の高くなる世界にあっては、妥当な価格付けと言える。

[2290] Dec 06, 2015

木造の二階建て。二階にはどれくらいの重量まで家具を置けるのだろうか。ざっくりと調べてみた。▼もちろん広さと配置と築年数にもよるが、一般的な木造家屋なら少なくとも八畳の部屋で2tくらいはいけるらしい。2t。2000kg。50kgのリビングボードを上げるのは重すぎるだろうかと心配していた私にとって、この数字はちょっと意外だった。適切に荷重が分散してさえいれば、通常の家具配置で二階の床が抜けることを心配する必要はないということだ。▼それでも特に注意せよと言われていたのは、重量が大きいにも関わらず四脚で支えるようなタイプの家具と、水槽やウォーターベッドである。水はいつも想像以上に重い。2tを導く計算は1m四方に180kgだが、そこへ高さ50cmの水槽を置いたら500kgの荷重となってしまう。リビングボードの重さなど比ではない。水の次に気をつけるべきものがあるとすれば密集した本だろう。文庫本でも4000冊あれば合計1tになる。侮れない。

[2289] Dec 05, 2015

職場でインフルエンザが猛威を振るっている。といっても、インフルエンザが蔓延しているわけではない。今年は妙なことに、インフルエンザの予防接種でダウンする人が続出しているのだ。重篤な体調不良者を出さないために、軽症な体調不良者が量産された格好である。▼そもそも注射の時点で例年よりなぜか痛いようだと噂にはなっていた。ウイルスの種類を増やしたことで注射が痛くなる理由はあるのだろうか。詳しくは知らないが、私も注入時はいつもより痛くて、「注射きらいですか?」と女医さんに訊かれたくらいである。きらいですけどどうしてですかと訊き返したら「身体が逃げてますよ」と笑われた。無意識に注射針から遠ざかろうとしていたらしい。▼結果、私は頭痛だけで済んだが、他の人は肌の腫れ、吐き気、発熱などなど、重い人は一足先に寝込んでしまった。インフルエンザとのイタチごっこも一体いつまで続くのか。せめて人類が敗北しないことを祈る。

[2288] Dec 04, 2015

今年のPOG指名はボロボロかなと思っていたら、下位でひょっこり拾ったドレッドノータスが予想外の活躍をしてくれている。ハービンジャー☓ディアデラノビアなんて、どうしてこんな下位まで残っているんだろうと思って何気なく指名した子だ。あとで聞いてみたら、だいたい皆、遅いのではないかという見解だったらしい。間に合えばモノになるかもしれないけど、それにしたってハービンジャーではどうかな、という勘定だろう。蓋を開けてみれば見事モノになっていた。▼京都二歳。タイムは平凡だが、大味に捲くるのではなくじわりと伸びて差し切るハービンジャーらしからぬ競馬は、柏木先生も将来性ありの太鼓判だ。実際、道中さんざんかかっての競馬なので、そのあたりがまともになってくれば大化けの余地は十分ある。今のところはまだ大器の可能性止まりだが、今は可能性でも大歓迎だ。可能性の獣。二着のリスペクトアースともども出世してくれればよろしい。

[2287] Dec 03, 2015

今日の帰路はマーラーの第二番「復活」第一楽章の後半、不安を孕んだppから突如ティンパニが豪快に鳴り響きffに転じるところで、寒い風に吹かれた足元の木の葉がザザザと前に流れていった。そのぴたりと曲にあって格好いいことと言ったら。よく出来た映画の一幕を観ているような、あるいはその映画世界の一員になったような気分である。環境音楽信奉者の気持ちがわからないでもない。▼マーラーの曲は多調的で並行的で分裂症的だと言われるが、私には彼の曲はどうにも現代映画的に聞こえる。映画音楽のようだというのではない。無関係のようでいて、しかし聴衆にはなんとなく意味の繋がりがわかる、いつかどこかで重要なプロットに結びつく気がする、そんなシーンを織り交ぜてひとつの巨大な物語を作り出す手法が、いかにも映画くさいのだ。モンタージュ的と言ってもいい。美味しいところの盛りだくさん、味わい方はお好きにどうぞ――そんな現代的感覚である。

[2286] Dec 02, 2015

寒くなってきた。このところは毎日ワインレッドのダウンジャケットを羽織って行く。暑すぎず、寒すぎず、堅苦しくなく、軽薄すぎもしない。便利なのでお気に入りだ。さらに寒くなれば、初年度に張り込んだカシミアコートの出番になる。▼コート、セーターといえば怖いのは虫食いだ。我が家ではいつも「ウール食べる虫」の愛称(?)で呼ばれている奴に、今年も一着やられていた。ナフタリンなど物ともしないタフな一族が住み着いているのかもしれない。▼ときに、いつも「またウール食べる虫がいた!」などと言われている彼の正式名称は「ヒメマルカツオブシムシ」。ヒメ・マル・カツオブシムシと読み分ける。鰹節に似ているカツオブシムシの、マルくて小さい幼虫というところだろう。繊維質ばかり好んで食べるれっきとした害虫だが、タンパク質を食べて骨は食べないという性質を利用して、骨格標本を作るのに利用されるなど、役に立っている一面もあるようだ。

[2285] Dec 01, 2015

会社を辞めた元同期の一人が海外に旅立っていった。場所はオーストラリア。先のことはわからないが、向こうで暮らすことも視野に入れるという。旦那になるべき人の仕事がどうなるか、それ次第ということだ。本人にそんな感慨はないだろうが、傍から見ているとなかなかドラマチックな話ではないか。▼オーストラリア。私の貧弱な想像力ではカンガルーやオージー・ビーフ、せいぜいシドニー・オペラハウスが関の山だ。それくらい、かの国は私の生活にとって縁遠い。どんな食べものが美味しいのか。どんな音楽が流行っているのか。どんなファッションが主流なのか。要するに、どんな国なのか、全然知らないということだ。帰国時の土産話が今から楽しみである。▼自分のことを思い返せば、最後に国から出たのは研究室の合宿で行ったグァム。社会人になってからはきっぱり国内にひきこもっているわけだ。七年目の来年、ひとつ飛行機の羽を伸ばしてみるのも悪くない。

[2284] Nov 30, 2015

小澤征爾の次は『1Q84』に手を出してみた。六巻組の単行本。まだほとんど読んでいない。▼ちょうど折よく、村上春樹が小説を書くための極意を披露したというので、記事を読みに行ったらカキフライの話が出ていた。『雑文集』の最初の一遍もカキフライについての話だ。よほどカキフライが好きなんだろう。▼記事の引用する彼の言葉によれば、彼の奥さんは揚げ物が嫌いで自分のためにカキフライを揚げてはくれないので、好物を食べるためには自分で揚げなければならない。ときに、朝四時とか五時に起きて一人でもくもくと小説を書くのも、自分が好きだから書いているのであって、してみればカキフライを揚げているようなものだ。自分の小説を書くという気持ちでいると上手く言葉が出てこなくなるが、カキフライを揚げているんだと思えば気持ちが楽になって、筆もすらすら進んでいく。小説を書くのは、カキフライを揚げることなのだ、と。そういう話であった。

[2283] Nov 29, 2015

ベートーヴェンの弦楽四重奏がiTunesに残っていたので何曲か聴いてみたが、ジャズを聴いたときと同じような「よくわからなさ」を感じた。よりによってジャズとは。一体どういうことだろう。唸ってみたがわからない。交響曲にしろ弦楽四重奏にしろ、ちゃんと聴くにはレベルが足りないということなのだろうか。レベルなら経験値で上がるからまだ良いが、「聴く素養」とかそんなものがもしあったらお手上げである。▼とにかく、よくわからないので今は心地よい背景音楽として耳に当てるしかない。取り立てて弦楽器の音が好きなわけではないが、ひとつの音にクレッシェンドをかけられるのは魅力的だ。刻んでいく弦もきらいじゃないが、それならピアノのスタッカートでもと思ってしまうので、私にとってはやはり息の長いロングトーンが弦楽曲の醍醐味になる。よく歌う楽器だ。歌える音だ。これに比べるとピアノで歌うのは難しい。ピアノにはおしゃべりの方が似合う。

[2282] Nov 28, 2015

小澤征爾☓村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』読了。いつか読んでみたいと思っていた本だったので、このたびの村上春樹流れに便乗して読みきった。▼頁数に比べると扱うトピックスは少なめで、語られているエピソードの量とか俎上に上がる曲目の数とか、そういうことを言い出したら物足りなく感じるかもしれないが、宇多田ヒカルの顔が濃いかどうかについて意見が分かれる一幕のような、対談というよりお喋りの記録とでも言うべき雰囲気には和まされる。小澤征爾とはこういう人なのね、とわかった気になるためには十分だ。いや、お腹いっぱいである。▼対談に触発されて聴いてみたいと思い始めたのは、前述のブラームスもそうだが、主に弦楽四重奏だ。正直、あまり意識して聴いたことがない。CDも全然ない。交響曲より関心の薄かった領域である。なので、どこからとっついていいかもわからないが、調べながら有名ドコロのCDを漁ってみよう。

[2281] Nov 27, 2015

SC203には同軸デジタル入力がない。一方、クアッドキャプチャには光デジタル出力がない。所詮1m程度のケーブル、アナログにしたところで大した問題ではないが、微妙に噛み合わないのは残念だ。▼SC203を手に入れてから早や一週間だが、「今週こそ正念場」が毎週続いている今現在にあっては、深夜二時近くに帰宅して爆音を鳴らすわけにもいかず、ウインドウズの起動音とシステムアラートくらいしか発声させてあげられていない申し訳なさである。試聴のときに聴いた弦は素晴らしかったので、早いところピアノも聴いてみたい。この近さでどこまで奥行きが見えるか、あるいは見えなくなっているか、確かめてみる必要がある。▼そういうわけで、良い物を手に入れたにも関わらず、相変わらず音楽を聴けるのは通勤時間だけ。新規開拓も疲れるのでマーラーの『巨人』ばかり聞いていたら、第二楽章のメロディが頭のなかでぐるぐる回るようになってしまった。

[2280] Nov 26, 2015

ブラームスの1番はベートーヴェンの10番と評されるという話を、村上春樹と小澤征爾の対談で読んだ。誰が評したのか。簡単に調べた限りではビューローだそうだが、確かな出典は確認できていない。ただ、説得力のある喩えではある。真面目にブラームスが聞いてみたくなった。▼それにしても小澤征爾のしゃべり方が、なんだか我が親友にそっくりな気がして、音楽の素養と素質に優れた人間は話し言葉にも似たような洒脱さを持つのだろうか……などと思う。軽快にして簡素。真にものごとを極めた人の話には独特のリズムがある。そういうリズムに乗せられた話というのは、それ以上何も飾らなくても身を乗り出すほど面白いものなのだ。▼ベートーヴェンの交響曲第十番と言われたら、今まで興味はなかったが、ブラームスが聞きたくなってくるというもの。しかしあいにく手持ちのCDがないので今日はマーラーの一番を聴いて帰った。マーラーはフォルテが多くて良い。

[2279] Nov 25, 2015

最近、スマートフォンで人のブログを読むことが増えた。同じような話題、同じようなネタしか繰り返さないニュースサイトやまとめサイトに飽きてきたというのもある。ひとつのサイトに投稿される4本の記事を毎日見るより、一週間に一度しか更新されないブログのブックマークを28コ持っていた方が、話題が多彩で面白いということだ。少なくとも今はそう感じられる。それで、いろいろとブログを漁っている。▼興味のある話題を扱うブログを探すのはわりあい簡単だ。興味のある言葉をいくつか並べて、その後ろに「ブログ」「blog」を追加して検索すればいい。馬鹿馬鹿しいようだが、ブログはなんといっても文章が主力なので、検索の元になるワードプールは広い。「興味のある言葉」が限定的だったり長かったりしても案外ヒットしてくれる。▼知りたい情報を探しているさなかに偶然たどり着くことの多いブログだが、たまには意識的に探してみるのも楽しいものだ。

[2278] Nov 24, 2015

一日中メモリと向き合った。文字通り一日中だ。朝、ついたら騒ぎになっていて、原因不明のハングアップがあるという。私がそれを追いはじめた経緯は省略するが、アセンブラの解読だけでは不十分であることがわかったのは昼過ぎで、そこからはデュアルディスプレイにメモリを映しだしてひたすら破壊者を探しだす作業である。該当のメモリは、かなり悪質な壊れ方をしていた。▼根を詰めること十二時間、ようやく辿り着いた答えは二重解放であった。全く、時間差の二重解放ほど厄介なものはない。グラフィックスアロケータに投げられるフリーの先頭アドレスを何百も監視していて、ふと同じアドレスが寄越されているのに気づいたのがさいわいだった。もう少し眠くてぼんやりしていたら、この問題は明日に持ち越されていただろう。▼脳みそがくたくたとはこのことだ。目もしぱしぱする。今日はもう、余計なことは考えるまい。本も読まずに、アニソンを聞いて帰った。

[2277] Nov 23, 2015

さて、村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』読了。じつは結末は『雑文集』でさりげなくネタバレされていたから知っていたのだが、そのせいで面白みが半減したということはないと思う。むしろ、その結末に向かっていくことを知っていたおかげで混乱せずに読めたかもしれない。どうしてこの物語が面白いのか、この物語の何がそんなに私を引っ張っていくのか、説明は出来ないが面白かったというしかない。▼彼の小説が興味深いのは、小説の中に出てくる何かを暗示していそうな事物が、いかにも作者の計算によって拵えられましたという感じがなくて、あたりまえのように物語世界の中に登場してくるところだ。全ては登場すべくして登場しているので、こちらとしてもいちいち、これには意味がある、意味がないと考えたり疑ったりする必要がない。全てがありえそうだと思えてしまう。これこそありえない世界を描くファンタジーの醍醐味であろう。

[2276] Nov 22, 2015

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み進めている。下巻の後半。もうすぐ終わるところだが、まあ、控えめに言ってもそんじょそこらのファンタジーよりだいぶ面白い。ただ、『雑文集』を読んだ後だと思うところもたくさんある。何より「ハードボイルド・ワンダーランド」の方の主人公があんまりにも作者その人過ぎて、シリアスなシーンでも笑いをこらえきれないところがあるのだ。陰鬱なシーンで街を歩く「私」が目にするのは、中日対ヤクルトの試合結果である。ヤクルトは6−2で負けていた。もちろん村上春樹は熱心なヤクルトファンである。▼他にも、『雑文集』で書いていた趣味の諸々が、みっちりと「私」の趣味になって小説中に散りばめられている。他の作品はどうか知らないが、設定年齢が近いこともあるし、恐らくこの「私」こそが村上春樹本人にいちばん近いのではないか。作者も遠慮無く自分を憑依させられたのではないかと思った。

[2275] Nov 21, 2015

ピアノに刺すべきプラグインについて嗅ぎまわっている。打ち込みにおけるピアノの不人気から推して知るべしだが、やはり情報が少ない。加えてピアノという楽器はとにかく音域の広い楽器である。音域も広いし用途も広い。つまり、こうすれば良いピアノの音になるというミキシングの方程式が他の楽器に比べると提示しにくいわけだ。あらゆる音域について、削った方がいいこともあればブーストした方が良いこともある。▼一方、リバーブについては意見が分かれているようだ。音源付属のリバーブがもっとも馴染むという人もいれば、あんなのはおもちゃのようなもの、やはり専用プラグインを刺した方が断然という人もいる。また専用プラグイン派も派閥はそれぞれで、Altiverbが最強という大樹の陰から聞いたこともないフリープラグインの組み合わせを賛美する声まで色々だ。▼しかし、要するに正解はないのだろう。自分だけのピアノは、自分の耳で勝ち取るしかない。

[2274] Nov 20, 2015

偏愛か、バランス感覚か。この選択はちょっと難しい。真に良いものは偏愛からしか生まれないと言っても過言ではないし、いやいや、真に良いものはバランス感覚からしか生まれないのだと言い返しても言い過ぎではない気がする。尖るのか、広がるのか。スペシャリストか、ゼネラリストか。仕事のキャリアや趣味の洗練や人生の楽しみ方について、ほとんどの人が悩んでいるのは大方この二択なのではないかと思えてくる。▼もちろん正解なんてない。正解なんてないが、二択を提示されたら常に別の可能性を探る捻くれ者であることも得てして大切だ。たいていの場合、二律背反は疑わしい。いろんなものをバランス良く偏愛するという欲張りな態度があってもいいし、バランスという状態をひたすら偏愛するマニアックな性格があってもいいではないか。そうして開き直ってみると、私はたしかに三番目の選択肢――バランスの良い偏愛――がいちばん性に合っている気がする。

[2273] Nov 19, 2015

『雑文集』を終えて、次は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み始める。チョイスに深い意味はない。適当に良いサイズの長編を選んだだけだ。▼いつも通り会社のデスクに置いていたら、読書好きで競馬好きのおじさん先輩から「今度は村上春樹かあ。これは面白いぞ」と、いかにも結末を言いたそうな顔で言われた。曰く、海辺のカフカとねじまき鳥に次いで自分の中では第三位、らしい。私には海辺のカフカはよくわかりませんでしたよと言うと、あれがわからんとこっちはもっとわからんかもなあと親身らしく唸った。▼別の人には「なんで今さら村上春樹を?」と悪気なく訊かれた。村上春樹は昔から苦手だが、『雑文集』を読んで好感を抱いたから、好感が消えないうちにさっさと代表作を読んでしまおうと思い立った、というのが私の飾らない回答である。「ハルキストになるんですか」という追加の問いには、ならないと思うよとシンプルに答えた。

[2272] Nov 18, 2015

村上春樹『雑文集』を読んでいて思うこと。私が村上春樹を「なんか苦手」と思う理由のひとつに、この人の文章がなぜ読みやすいのか、そのワケがわからないからという不気味さがあると思う。言葉が平易だから読みやすいとか、日本語の使い方が巧いとか、音楽的だとか、そういうことはちっとも感じないのだが、とにかく読みやすい。ワケもわからず読みやすい、その「ワケのわからなさ」がそっくり、村上春樹=ワケのわからない作家というイメージに変換されてしまっている気がする。失礼極まりない話だ。▼そろそろ読み終えるところだが、率直に言って面白い。眠い朝の電車でも読んだし、雨がちな昼休みにも抱えて出たし、仕事中もトイレに持ち込みたい気持ちを我慢して手元に置いていたくらいだから、けっこうハマっていたのだろう。勝手に嫌って勝手に気に入って、まこと身勝手な話ではあるが、距離を詰める気になっただけでも書店のフェアに感謝すべきだろう。

[2271] Nov 17, 2015

「The Hammersmith」というKONTAKTのピアノ音源が凄いらしい。3万以上のサンプル数にマイクポジションは6種類、ベロシティレイヤーはIvory IIを越える21段階だとか。しかしこう数字を並べられても、1鍵盤あたり1200サンプルを擁するViennaImperialがある以上、もはや驚異的とは言いにくい。であれば音で感心させて欲しいものだ。昼休みにデモを聞いてみた。▼たいした視聴環境ではないので信頼度は低いが、思ったより着色の少ない簡素な音質で、高音域も低音域もすっきりと伸びていく印象。音圧を上げてもモコモコしたりぼやけたりしにくそうなので、押し出しの強い楽器と合わせてもリアルなまま張り合えるであろう魅力がある。VIに比べるとさすがに音は薄いが、そこは調整でなんとかなるかもしれない。とにかく値段以上の価値はありそうなサンプルである。▼ピアノ音源界もVI以降は停滞気味なので、ここらでひとつスマッシュヒットが欲しいところだ。

[2270] Nov 16, 2015

村上春樹の『海辺のカフカ』を読んだとき、私の感想は「面白いけどよくわからない」であった。文体や語り口の柔らかさは性に合うし、物語にもそれなり納得できたのに、なぜか苦手な作家のような気がして、それ以来は小説を読まなかった。惹かれるものは多く嫌いなところはないのに、なぜか遠ざけてしまう作者。ある意味では不思議な関係性とも言える。▼ならば小説でなければどうか。ちょうど、村上春樹『雑文集』が最寄の書店で平積みだったので、ちょっと立ち読みしてみたところ、やっぱり面白い。いや、少し記憶にある印象よりも回りくどいかな、などと思いつつ、たしかに雑文なら抵抗なく楽しめそうなので、ちょうどしばらく軽い読み物を読んでいなかったから、ブームに乗せられた感はありつつもさっくりと買ってみた。▼特に理由もなく、一方的に距離を保っていた作家との奇妙な再会。もしかしたら村上春樹の小説にちゃんとあたれるいい機会かもしれない。

[2269] Nov 15, 2015

片山杜秀『音盤考現学』読了。いや、これは凄い。こう言ってはなんだけど、これこそ知性ではないか。あまり馴染みのない社会学的な分析から、全く知らない日本の作曲家の考察まで、本当なら興味を失いそうな題材なのに、なぜかスイスイ読めてしまった。これは文章が巧いのだろう。こうもぎゅっと凝縮されていて、しかしわかりやすく説得力がある文体というのは、なかなか稀有である。あやかりたいものだ。▼ただし、音楽に歴史に人の名前から曲の名前まで縦横無尽に固有名詞が飛び交うので、西洋音楽にも邦楽にも、あるいは時代劇にもさっぱり通じないとしたら、さすがにとっかかりがなさすぎるかもしれない。各ジャンルについて少し下調べをしてからの方が、確実に片山杜秀ワールドを楽しめるだろう。▼とにかく久々に痛快な本を読んだ。早速続編を注文している。もしアマゾンレビューに星を四捨五入の小数でつける機能があるなら☆5.4をつけたいところだ。

[2268] Nov 14, 2015

久々に仮眠室で一夜を明かす。相変わらずの盛況で、私が訪れた午前五時にはもう寝床が二つしか空いていなかった。あちこちの二段ベッドから位相の違うつかれた寝息が聞こえてくる。ひときわ目立つ高鼾はカーテン付きのベッドからだろう。こんな騒音の中で眠れるだろうか。心配したが、疲労が勝ってくれたらしい。靴下を脱いだ記憶の次は、もう目覚ましに起こされた。▼八時起床、やりかけの仕事を少し進めてから病院へ。診察によるとひとまず快方には向かっているとのこと。とはいえ薬局では両手で抱えるほどのお土産をどっちゃりもらってしまったが、薬で治るなら安いものだ。健康は金には換えられないと主張するくらいの余裕はまだある。▼のっぴきならない状況は今夜も泊まりを要求しているが、主要な実装は終えたことだし、健康上の都合により今夜ばかりは戦略的撤退を選択しよう。一か八か、睡眠中に脳の深いところで良い解決を考えてもらうのも悪くない。

[2267] Nov 13, 2015

ベッドシーツには「スレッドカウント」という仕様項目がある。省略してTCと書かれることも多い。意味は、1インチ四方に何本の糸が使われているか、つまり糸の密度を表す指標である。「240TC」と書かれていたら、それは1インチ四方に240本の糸が交差しているということだ。▼一般に、スレッドカウントが大きければ大きいほど、シーツは肌触りが良く滑らかになる。二千円くらいの汎用シーツなら200TCくらいだが、物理的な防ダニを謳う商品であれば300TC以上、マイクロコットンなどの高級品になると350〜500TC、あるいは数万円クラスのエジプト綿になると650TCなんて代物も出てきたりする。糸自体の質もあるのでTC=品質とは限らないが、シーツメーカーがこの指標を仕様項目として重要視していることはわかるだろう。▼ダニの通過を気にする人は、ひとつ購入前にTCが300以上かどうかを確認してみると良いかもしれない。

[2266] Nov 12, 2015

優れた物語は、国ごとにローカライズされたり、現代風に翻訳されたり、あるいは演劇のように形式を変えたりしても、その魅力が失われることはない。名作を名作たらしめているのは核となるアイデアであり構造であって、些末な皮相ではないからだ。傑作には強い可塑性がある。ちょっとした改変などに負けたりはしない。▼ところで編曲をめぐる世界には「原曲原理主義」とでも呼べる一派が存在する。彼らは編曲という行為を原曲に対する冒涜と考えている。いかなる編曲も原曲の劣化に過ぎない。原曲というオリジナルこそが唯一の至高であって、編曲なる二番煎じは全て一聴だに値しない駄作だと彼らは主張する。原曲万歳。▼なるほど、であれば原曲原理主義者とはつまり、原曲の価値を最も低く見積もっている人たちであると言えそうだ。皮肉なことだが、そういうことになる。我らが神は病弱なり。イデオロギーが本質に先行して本来の敬意を見失った形の好例だろう。

[2265] Nov 11, 2015

私は、毎日をそれなり合理的に生きている。綿密ではないとしても、自分の将来を論理で組み立てることができる。人生設計という言葉が意味を成すような生活をしている。つまり、私の人生観はまだ論理と構築に比重がある。一方、これだけ荒んだ世の中、将来の計画どころか来週の住処もわからぬという、一寸先は闇を地で行く生活を送る人も少なくない。そういう人にとって、人生は暴力的で刹那的な出来事の点描か、変化もなく出口もない無限に続く麻薬的な通路に映るだろう。▼人の好みは人生観を反映する。今どき西洋近代音楽が流行らないのは、もしかしたら時代の流れが論理の人生を否定する方に向かっているからかもしれない。人生が抗えぬ偶然との衝突だと思えばトータルセリーやトーンクラスターが、変化なき無限回廊だと思えばサイクリックなクラブ音楽が、それぞれ流行っていくということにもなる。現代音楽も伊達ではないのだ。いまや論理は少数派である。

[2264] Nov 10, 2015

許光俊『クラシック知性主義』読了。18人による評論の寄稿集だが、はっきり言って相当な玉石混淆。興味深いもの、面白いものもあったが、酷いのは本当に酷い。ある意味では「知性」の意味を考えさせられる本である。▼「美術とクラシック」「演奏解釈と法解釈」「クラシック音楽にとって知性とは何か」「クラシックと会計学」「クラシックと社会学」このあたりは私にとっては当たり。夢野久作をパロディにした「缶詰の地獄」も嫌いじゃない。その他、つらつらと関連する知識を披露してくれる列挙系の何編かも、知らない知識を補充してくれるという点では読んでよかったと思う。▼「良かった」と「まあまあ」のどちらにも入らなかった数編については、ほとんど記憶に残っていない。もっとも、書き手にも読み手の記憶に残そうという意志はまるきり感じられないので、それでよいのだろう。世の中には、発信しさえすれば受け手が誰もいなくても満足する人はいる。

[2263] Nov 09, 2015

アーロンチェア、到着。シミュレーション通り、ドアは無事通過することができた。早速稼働している。▼座り心地云々もあるが、なにより研究室時代を思い出して懐かしい。やはり他のシリーズに浮気しなくてよかった。「思い出の品」補正による満足度の底上げは想像以上に大きいのだ。最初、全くリクライニングしないので戸惑ったが、調整ノブを何十周もマイナス方向に回しつづけたら徐々に背もたれが柔らかくなって、昔の感覚に近づいてきた。押し戻してくる弾力が素晴らしい。▼そう、座っていて改めて思うが、アーロンチェアは決してくつろぐための椅子ではない。仕事をするための椅子である。休もうする身体をしなやかに受け止めつつも「もう少し頑張りなさい」と体幹を前に押し出しれくれる善意のお目付け役なのだ。今はやるとき。やるときはやる。リラックスしたくなったらちゃんとベッドで寝てきなさい。そんなメリハリが、アーロンチェアの持ち味である。

[2262] Nov 08, 2015

新しいベッドの厚みは30cmある。ところが、「ダニゼロック」のボックスシーツは厚みが25cmの品しか売られていない。たいていのメーカーが30cm、あるいは25cm〜40cmで選べるようにしている中、この25cmへのこだわりは理解しがたいものがある。実際、そのせいで私もダニゼロックを諦めて別のメーカーのパッケージを探そうとしているのだ。それなり大きな機会損失になっている気がする。▼そんな客を狙い撃ちしているかのように、アマゾンで見つけたのが「ダニブロック」のスーパーガードIIだ。ダニゼロック同様、綿100%であることを売りにしていて、ダニを通さない超極細云々の文句も同じ。そうしてきっちり30cm厚のボックスシーツを取り揃えている。おまけに値段は少しだけダニゼロックより安い。正直、胡散臭いので即決は出来なかったが、今の私には魅力的な選択肢に映るのも確かだ。こうして客を逃さないためにもダニゼロックはぜひ30cm厚の開発をしてほしい。

[2261] Nov 07, 2015

火事を防ぐには湿度が大事。それはそうかもしれない。しかし、ひとたび火事になったら加湿器を点けている場合ではないだろう。速やかに消火しなければならない。ぼんやりしていたら何もかも灰になってしまう。▼私たちの身体に起こる炎症というのも、まさに身体が火事になっていると言ってよい状態である。伊達に炎を名乗ってはいないわけだ。したがって対処の意識も予防から鎮火に移らなければならない。ことあるごと、口癖のように「暑い、暑い」と言い始めた時点で、呑気に保湿剤なんか塗っている場合ではなかったのである。▼もちろん、ステロイドは優しい万能薬ではないのだから、鎮火が終わったら頼るのをやめ、再び予防の意識にもどらなければならない。II群は大人に対して連続使用は一週間が望ましいとある。まさに短期決戦。使うべき時はきっちり使って、ストレスを減らし、十分な睡眠を得られるようにして、戦闘体勢を整えてから改めて自立するのだ。

[2260] Nov 06, 2015

6年前の悪友と再開。といっても人ではない。ステロイド外用剤だ。▼絶交してから長い間、一人でも上手くやってきたつもりだったが、この10月、どういうわけか体調が猛烈に悪化した。仕事が忙しいなんて何年間も同じだったので理由にはなりそうもない。医者曰く、理由を探しても仕方がないそうだ。特別な理由なんかなくても、悪化するときは悪化する。そういうものだと。▼ステロイドに関する多くの「恐怖勧告」が誤解に基づく過剰反応であることはわかっているが、それでも当時、文字通り必死の思いで手を切った薬品に手を出すのは気が進まない。しかも処方されたのはU群。ベリーストロング。新たなステージだ。よほど悪化していたらしい。自分ではまだ保湿剤でなんとか戻す気でいたのが恐ろしくなる。▼とはいえ手遅れというほど遅くもない。短期間で卒業して、さっさと前の無難な調子に戻そうではないか。包帯ぐるぐる巻きが学生時代を思い出して楽しい。

[2259] Nov 05, 2015

AKAIのRPM3が到着。配置換えによりスピーカーを失ったキーボードから、とにかく音を出すためにと選んだ即興の品だが、これが見た目も音も見事にハマってくれた。赤いコーポレートカラーはキーボードのLEDにマッチして美しく、取り立てて味付けのないフラットな出音はピアノの表現にうってつけ。小さくても凄いやつだ。値段も予定より低く抑えられた。セッティング成功である。▼他で候補に挙げていたのは前にも書いたタンノイのReveal402やPreSonusのEris4.5だが、前者はやはり奥行きが大きすぎ、後者は使用者の評価こそ高いが情報不足で敬遠した。これらを退けたあと、FostexのPM0.3やPM0.4も急浮上したが、RPM3に比べると少々音がこもり気味だったことと、黒一色のキーボードへ乗せるにはデザイン的に華がなくてやめてしまった。スピーカーは音質が良ければ良いというものでもない。インテリアでもあるのだから、気分が乗ってくる見た目というのも重要だ。

[2258] Nov 04, 2015

今日の帰路はベートーヴェンの「月光」巡り。ホロヴィッツの「月光」も久しく聞いていなかった。▼グールド、ブレンデル、バックハウス、ルービンシュタイン、ポリーニ、その他、月光のラインナップもかなり増えたが、今でも第三楽章はホロヴィッツが最も良いと思う。確かに冒頭フレーズのsfの独自解釈は賛否両論だろうが、全編通しての面白さという点では他の追随を許していない。当時の印象が鮮烈だったせいか、あれからしばらくホロヴィッツの全集を聴きまくっていたせいか、歩く歩調と「間」がぴったり合って気持ちがいい。引き伸ばしたあとの強拍が「ここで来る」というのがなんとなくわかる。それに合わせて足を踏み出す。踏み出したときにはもう後戻りできないわけだから、大地に足が着くタイミングと強拍が見事に一致したなら、文句なく予測成功なのだ。イヤホンの向こうと息の合う感覚が楽しい。▼せっかくだから明日は「熱情」巡りでもしてみようか。

[2257] Nov 03, 2015

描画、レンダリングとは不思議な領域だ。人によっては、描画ほど「ゲームをつくっている気がしない」仕事は無いと言う。たしかに、シナリオやアクションのようなわかりやすいゲーム要素に比べれば、「ゲーム性に関わる描画」を想像するのは難しい。グラフィックスの追求をゲームの進化と結びつけて考えないタイプの人にとっては、描画を詰めるのは煩わしい手間でしかないだろう。▼しかし一方で、アクションの無いゲームや、シナリオのないゲームはいくらでもあるが、描画のないゲームというと考えにくい。ゲームが何らかの画面上で展開する以上、描画はあらゆるゲームに必須の技術である。キャリアの側から言えば、描画の技術は「潰しが効く」ということになるだろう。▼だから転職に有利などとせせこましいことを言うつもりはないが、どのみち一人でゲームを作るなら必須の技術であることは間違いない。チャンスがあるなら、積極的に参画した方が良いと思う。

[2256] Nov 02, 2015

前日の件、アーロンチェアのCサイズ在庫があるという椅子専門店『ワーカホリック』さんにメールで事情を説明し、万が一の場合は取り替えてもらえないかと相談してみたところ、稀に見る「神対応」を受けて感動した。次に要約するのは、深夜に送ったメールに対する翌日昼の回答である。▼「アーロンチェアのCサイズについて、店頭で64cm幅を通すシュミレーションをしてみた。」「ぎりぎり通るという結論だが、ドアをこするかもしれないので注意して欲しい。」「ドアを外した68cmであれば問題なく通る。」「廊下など扉以外の狭い部分はないか確認を。」「長く使うものなので、(不安で小さいサイズを買うくらいなら)適性サイズのチェアをお薦めしたい。」▼最後には、それでも通らなかった場合はご相談ください、とある。至れり尽くせりではないか。特に店頭シミュレートはポイントが高い。安心したので早速注文してしまった。専門店の鑑と言うべき対応だろう。

[2255] Nov 01, 2015

私の部屋の扉は横幅が68cmしかない。ドアがあるので、ここを通れる物の上限という意味では64cmとなる。普段使いでは「少し狭いな」くらいで不自由はしないが、輸入物の家具を買うとなると慎重に寸法を見なければならない。大きめサイズだと物理的に通れないこともある。▼アーロンチェアのCサイズが、まさにその瀬戸際で大いに悩んでいる。脚の幅66cm、アーム間の距離70cm、座面68cm。直方体で包んだら確実に通らないが、脚から座面までが細くなっている分、ひねって希望があるかないか、微妙なラインである。先に背もたれを通して、アームの部分を傾けて、座面を通して……と脳内でシミュレートしてみると九割方いけそうだが、確証はない。▼ショップの但し書きによると、返品は未開封のものに限り、開封済みの場合はキャンセル料を半額いただくとのこと。こんな高額な品の半額をみすみす払いたくはないので、購入直前で再検討となった。なんとも障害が多い。

[2254] Oct 31, 2015

たとえば、自分のやり方に強い自信があり、かつ自信を裏付けるだけの高い能力も持ち合わせる若手がいるとする。彼は上司から仕事を与えられるとき、手法まで細かく指図されることを嫌うだろう。それよりは「やり方は自由でいいから目的を達成してくれ」と信頼して任せてくれる相手の方が合うはずだ。▼さて、そんな彼が上司になったとする。彼はどんな上司になったのだろうか。彼は昔と変わらず自分のやり方に自信を持っている。成果も挙げてきた。彼の自信は間違っていなかったのだ。であれば、彼はもしかしたらこんな上司であるかもしれない。「この仕事なら、やり方はこうしたほうがいいよ。」▼未来の自分が、今の自分にとって理想の上司であるとは限らないということだ。学習と指導のスタイルは、必ずしも噛み合わないのである。相手が誰であっても、その長所を伸ばしたいと思うなら、自分の癖がそれぞれどうであるかについて、よく知っておく必要がある。

[2253] Oct 30, 2015

本を読んでいたらショパンの『葬送行進曲』が出てきた。フレーズのドレミ音階付き。しかしどうも記憶に残る「葬送」のメロディとは違う気がする。そういえばバッグの中のプレイヤーにはホロヴィッツ演奏の「葬送」が入っていたはずだ。▼第一楽章から順に聴いていったら、件のメロディは第三楽章だった。葬送の顔は第三楽章なのだろうかと不思議に思い調べてみたら、そうではなくて、そもそもこの第三楽章こそが「葬送行進曲」という作品であり、ピアノソナタ2番とは「葬送行進曲付きソナタ作品35」のことなのだそうだ。▼余談だが行進曲のWiki、最終段のエピソードが秀逸である。「1933年5月、ドイツ、フランクフルトにおいて、ユダヤ人の著作物を焼く焚書の祭典がナチスによって実施された際、ショパンの葬送行進曲が演奏される中、本は火の中に投げ込まれた。焼かれた本の中には、ショパンと交友のあったハインリヒ・ハイネの著作もあったという。」

[2252] Oct 29, 2015

久しぶりに名刺の受け渡しなんぞを練習した。あなたがたも社会人として六年目、七年目のベテラン。もう名刺交換くらいは慣れたものですよね。指導役の言葉が苦笑を誘う。入社してこの方、業務で誰かと名刺を交換したことなど一度もない。同窓会でも数えるほどだ。プログラマとはそんなものである。▼たいして難しい技術でもなし、さっさと復習を済ませて雑談に入る。名刺も近いうちにデータが主流なって、新人はスマホの取り出し方をマナーとして学ぶようになるかもしれない。実際、役職が変わっただけで名刺を交換し直すくらいなら、名刺へのリンクだけ交換して転職や昇進の情報が相手の画面でもリアルタイムに変わればいいではないか。マイナンバーのように機能してくれればこれほど便利なことはない。いや、それはもはやフェイスブックでは。云々――。▼もっとも、この議論には落とし穴がある。交換相手の中には近況を伝えたくない相手もいるということだ。

[2251] Oct 28, 2015

EVEAudioのSC204、タンノイのReveal402もかなり評判が良いな……などとモニタースピーカーの後継者探しをホクホクやっていたら、衝撃的なことに気がついた。冷静になって測定してみると、これらの4インチスピーカーは、私の脳内に描いていたより遥かに大きいのである。横にすればディスプレイの下に収まる。それはそうかもしれないが、左右に並べたらディスプレイの下の空間は埋め尽くされてしまうほどのボリュームだ。▼物の大きさを頭に思い描くとき、頼りにするのは高さ・幅・奥行きの表記だが、この長さというやつが曲者で、高さはまあまあ、幅もそれほどない、奥行きは許容範囲などと個別に考慮していると、十中八九「体積」を小さく見誤る。パントマイムで見積もろうとしたって、手のひらは勝手に直方体の角を小さく丸めているのだ。まあまあの高さと、それほどでもない幅と、許容範囲な奥行きを持つ直方体は、あなたが思うよりずっとドデカいのである。

[2250] Oct 27, 2015

エルゴトロンのツインアームは上々に機能しているが、ひとつだけ問題が発生した。27インチのWQHDと28インチの4Kを横に並べるにはアームが短すぎるのだ。どちらかがどちらかの上に重なってしまう。それでは意味が無い。延長アームなる便利な品も売られているが、軽い方のディスプレイでも7kg近くあるので、耐荷重は大丈夫でも机にかかるモーメントが心配になってくる。▼将来的に24インチのWQHDトリプルにすることでも夢見て、ここはもうひとつシングルのアームを買うしかあるまい。元からシングル二本にすればよかったので痛い出費だが、もしも机が割れればアームやディスプレイまで巻き込んで、PC環境に修復不可能な傷を負ってしまうかもしれない。こればかりは避けるべきリスクである。▼ツインアームを検討している人は、くれぐれも横並びの可不可に注意されたい。エルゴトロンは奥行きも食うので、想像以上に最適配置はシビアである。

[2249] Oct 26, 2015

とうとうベッドの注文を確定する日が来た。流行りものへ気移りしたり、高級品に目が眩んだりしつつも、最終的に選んだのはオーソドックスなフランスベッドのライフトリートメントである。しかもソフトタイプを選択した。ベッドは硬い方が良いという思い込みが間違っていることをショールームの体験で痛感したのである。▼ベッドの「柔らかさ」には二種類ある。ひとつは、低反発の詰め物が多いマットレスに見られるような、身体の形状に合わせて表面が沈んでいく柔らかさ。もうひとつは、バネの反発は硬く身体は沈まないが、表面の感触は弾力がありやさしく感じる柔らかさだ。ライフトリートメントのソフトは後者にあたる。そうして、寝てみてわかったのは、私が忌避していたのは前者の柔らかさであって、後者の柔らかさではなかったのだ。▼しっかり身体を支えてくれるのなら感触はやはり柔らかい方がいい。ささやかながら体験によって得た価値観の変化である。

[2248] Oct 25, 2015

新宿付近へ私用のついでに「大つけ麺博」へ行く。ラーメンとつけ麺の名店が大久保公園の仮説会場に五店舗ずつを出し合い、味の評価を競う一大イベント。今日は、私の行きつけ「くり山」も参加する白熱の最終週・最終日である。▼購買は食券式。八分盛りのラーメンとつけ麺がそれぞれ食べられる「食べ比べセット」の券を買って、ラーメンは飯田商店、つけ麺はMENSHOへ行く。そうして、まさしくこの飯田商店の塩ラーメンこそ、私がこれまで食べた中で最も旨いと言い切って良い見事な出来栄えであった。▼一口目こそ「薄味なんだな」くらいの印象だが、二口、三口を進めるたびに「いや、これは完成度が高いぞ」と深みのある味わいに惹きこまれ、麺が尽きてスープを飲む段になっては「こんなに旨いスープに浸っていたのか!」と思わず飲み干す感動。食後に満足度が頂点に達するという、ぐうの音も出ない設計である。つけ麺派の私もこれには恐れいった。絶賛したい。

[2247] Oct 24, 2015

爪切り「関孫六」を買う。長いこと「匠」シリーズを使ってきたが、さすがに切れ味が落ちてきたし、足用に大きいサイズを買ってしまって手の爪には使い勝手が悪かった。同じ匠の小型でもよかったが、展示されていた関孫六のサンプルを触ってみると、感触がなかなか良いので乗り換えてみたのである。▼劇的に変わったとは言わないが、新品ということもあってさすがの切れ味。硬い親指の爪もさくさく切れる。一方、難点は付属の爪やすりにあった。前評判では爪やすりの性能も申し分ないと言われていたが、細いやすり地がラバーに深く埋まっているタイプなので、私のように深爪をする人だとラバーに邪魔されて爪がやすりまで届いてくれない。ここに届かないほど深爪してはいけないよという暗黙の警告なのかもしれないが、こちらはこちらで事情があって深爪しているので、残念だが余計なお世話ということになる。やすりは今まで通り、単体の品を使うしかないだろう。

[2246] Oct 23, 2015

研究室で愛用していた記憶とブランドを信じるミーハー心から、新しい椅子はきっとアーロンチェアにしようと決めていたが、いざそろそろ買い換えなければという段になって心が揺れている。アーロンチェアが高級オフィスチェアの代名詞になってから何年も経った今、競合各社がもっと良い品を作っているのではないか。そんなブランドへの言われ無き不信も沸いてきて、オカムラのバロンやコンテッサ、あるいはスチールケースのリープやジェスチャーの評判を調べはじめたのだ。▼調べた結果、アーロンよりこちらがいいと明確に断言できる品には出会ってないが、調べるうちに自分の内なる要求への疑惑も浮かんできた。本当にメッシュ素材でいいのか。ヘッドレストはなくてもいいのか。あるいは逆に、布素材だと夏は暑くないか。エクストラバックだとヘッドフォンに干渉して邪魔にならないか、等々。ついに妄信は覚め、買い物前の熟考モードに移ってしまったのである。

[2245] Oct 22, 2015

どうもこのたびのプロジェクトは情報の流量が少ない、と嘆き合っている。皆、同じように感じているらしい。重要なことが、気が付くと決まっていたり、気が付くと無かったことになっていたりする。ちゃんとした最新情報を手に入れるためには、かなり足繁く自分で聞き回らないといけない。チーム開発では大きなロスだ。▼メールの履歴を検証してみると、もう少し突っ込んだ分析が出来る。このチームは、全体的に情報の流量が少ないのではなく、特定の情報だけが流れてきていないのだ。つまり「これから○○をします」という告知はあるが、「○○はこうなりました」という報告がないのである。だから、様々なことが進行中だとは知りつつも、皆、それがどう落ち着いたのか知らないのだ。▼人に情報を伝えるときは過去・現在・未来を意識せよという。ほうれんそう――報告・連絡・相談は、そのままこの時系列に当てはまる。今のチームは過去を軽視してしまったのだ。

[2244] Oct 21, 2015

エルゴトロンのセットアップに難航する。ただ組み立てるだけかと思ったら想像以上に難しい。なにをやっても根本が曲がらないし、どこのネジをどう回せばどこの関節が緩むのか、まったく直感的に伝わってこない。こんなに要領を得ない説明書は久しぶりだ。昔のMSDNを思い出すほどである。▼ディスプレイの足を分解してから二時間弱かけて、ようやく「モニタアーム環境」と見られる姿には辿り着いた。それでも、ディスプレイが左右方向にロールしてしまう問題を解決するためのネジが、分解不可能なパーツの裏側に隠れていてドライバーが使えなかったり、図面では「ここに嵌める」とある部品が、寸法を間違えたのではないかと疑うほど見るからに嵌らないサイズだったり、延長アームがないと求める高さにならないが、延長アームありだと机を相当壁から離さなければならないなどなど、問題は山積みである。憧れの空中モニター環境。簡単には辿りつけないらしい。

[2243] Oct 20, 2015

二年ほど前に神経を抜いた歯が痛むので、歯医者に行くと根元が炎症しているかもしれないと言う。レントゲンを撮ってみても判定が微妙らしい。詰めた薬と歯のあいだにもすき間があるし、もしかしたら良からぬことになっているかも……こう言われては治療しないわけにも行かず、かぶせ物を外して再治療にかかった。▼初日は古い薬を抜いて根元への道を確保。神経を抜いているから痛くないという理屈はわかるが、細い針のようなもので歯の中をゴリゴリ削られると、心理的にも痛いし、他の場所に響いているのだろう、物理的にもそこそこ痛い。さりとて麻酔をしてくれと言うほどでもないし、耐えるしかない嫌な治療だ。▼神経を抜いた歯の再治療はこれで二度目になる。激痛から逃れるために最後の手段を取り、もはや枯れ木と化した歯にもメンテナンスは必要なのだ。朽ち行くものの保守は空しく悲しいが、来年、三十になったら身体はもうそんな所だらけかもしれない。

[2242] Oct 19, 2015

注文していたエルゴトロンのモニターアーム(ツインタイプ)が今朝、出社前に到着。開封はしたが組み立てている時間はなかった。それに、組み立てる前に必要なものがあるのだ。モニターアームをもう何本も折っているという店員がアドバイスしてくれた。「シングルだろうと、ツインだろうと、当て木は絶対にしてくださいね。地震でぽっきり折れますから。」▼エルゴトロンクラスのしっかりした品でも、地震のような強い揺れでは根元の保証はできないらしい。早速、今日の夕飯にホームセンターへ行く。調べてみたら会社の近くにあった。これは今後の朗報だ。既存品では良いサイズがなかったので、とりわけ丈夫そうな木材を選んで切り出してもらった。見た目は無骨だが、確かに頑丈な木片である。巨大なカッターが動くのを見るのも久しぶりだ。▼あとは深夜に帰宅して、モニターまわりを組みなおす元気が私にあれば、今日中に新環境は整う。記事はまだ借りPCだ。

[2241] Oct 18, 2015

休日出勤の夕食休憩は、いつ取るか、どれくらい取るかについて、常識の範囲内で社員の裁量に任せられている。もちろん、席を離れた時間は正確に休憩時間として計上することを前提としての話だ。つまり、人より早く出社して、その代わり夕方付近に二時間ほど外出して遠出の用事を済ませ、人と同じか少し遅い時間に帰る、といった融通が効くのである。▼これは地味にありがたい。もとより休日出勤していてありがたいというのも変な話だが、繁忙期にはとうてい食べられないラーメン屋にも行けるし、どうしても店舗でなければ手に入らない品を買いに行くこともできる。出勤して仕事を進めつつも、それなり自由があるという状態は、忙しい折にはけっこう嬉しいのだ。▼以上より、教訓。人に余分な仕事をさせたければ、その仕事をしているときにしか得られない特別な自由も一緒に提供しよう。気分を変えるきっかけに、喜々として受け入れる人も出てくるかもしれない。

[2240] Oct 17, 2015

私は交響曲をあまり聴かない。聴き解くのが面倒だから、真剣に聴くのは難しいからというのもあるが、なにより大きいのは、私が音楽を聴くのはほとんどポータブル環境だからである。交響曲はダイナミックレンジが大きいので、喧しい電車内や雑踏の中では、静かなパートがほとんど聞こえないのだ。だから、「今日の通勤音楽」を選ぶときは自然とアタックの強いピアノに惹かれるわけである。▼私がそうである以上に、最近のリスナーは音楽を聴くと言えば外や移動中であることが多いだろう。そうなるとダイナミックレンジの広い曲はいよいよ敬遠されていく気がする。ちょっとまわりがうるさくなると何も聞こえなくなるクラシックより、急に周囲の騒音が増しても四つ打ちだけは安定して聞こえるクラブの方が良いというわけだ。そんな傾向まで意識してミックスのバランスを決めるかどうかは自由だが、私はいつも自分で聞くことを考えて少しだけレンジを狭くしている。

[2239] Oct 16, 2015

「諸君、脱帽したまえ。天才だ!」シューマンによる有名なショパンへの絶賛の言葉である。しかし、評されたショパンの方はシューマンほどロマンティストではなく、むしろ現実的で冷めていたらしい。彼の「作品二」がいかに幻想的で絵画的な描画に満ちているかを事細かに解説するシューマンのエッセイを読んで、ショパンは「このドイツ人の想像には本当に死ぬほど笑った」と友人への手紙に書いたそうだ。▼卑近な例で言えば、現代文の読解問題に似ている。「著者の考えとして適当な物を選べ」という選択肢の正誤は、実際には著者の思惑となんの関係もない。問題制作者にとっては、そう読み取れるということが重要なのであって、本当にそんな思いを込めたかどうかはどうでもよいのだ。シューマンとて仮に機会があったとしても、ショパンに真意を確かめる気はさらさらなかっただろう。自分が見た幻想風景を思うがままに書き連ねることは、もはや新たな創作なのだ。

[2238] Oct 15, 2015

ひょんな理由から小型でパワフルなモニタースピーカーが必要になった。アームで持ち上げたディスプレイの下に入るサイズ。〜25cmの高さが望ましい。3wayを横に置く手段も考えたが、横幅とて無制限ではないので今回は見送る方針。やはり小型と銘打って販売されている品の中から選ぶことになる。▼これまで大型ばかりフォローしてきたので小型モデルにはあまり詳しくなかったが、自宅ミュージシャンが増えた影響もあってか、ここ数年でニアフィールドモニターの需要はどんどん小型化しているらしい。「過去最小」と主張する新作を発売しているメーカーも見かける。マシンの方もタワーですらなくノートPCだったりするので、いよいよ10kgを超えるようなスピーカーは居場所がなくなってきたわけだ。▼いろいろ調べた結果、EVE AUDIOがSC203というパッシブラジエーター搭載の超小型モデルをこれから販売予定らしい。グッドタイミング。現時点での最有力候補である。

[2237] Oct 14, 2015

「言葉の無力について雄弁にまくし立てる」とは、これまで聞いたロマン派の総括として最も優れている。皮肉にも後世からロマン派と名付けられてしまった彼らは、もとより歴史上最もロマンなき場所と時代に生まれ、現実逃避を余儀なくされた人々であった。現実を越えていくには、現実との因縁深き言葉の力を逃れる必要がある。言葉なき世界に死んだ神は居る。▼しかし同時に、彼らの時代は大衆文化の花盛りでもあった。生きていくためには大衆に受け入れられる必要があった。言葉は無力、言葉は無力と独り沈思黙考しながらも、リクエストに応じていれば飯の種を寄越してくれるパトロンはもういない。故に彼らは自分たちの美学を売りに出す必要があった。言葉の時代ではないのだ。言葉を超えた世界を信仰するのだ。我々の音楽こそが、つまりそれである――。▼言わば「沈黙」が大々的に売られたのである。語りえぬ芸術のロマンという模範はこうして生まれたのだ。

[2236] Oct 13, 2015

ある事情で特許関連の文書を読む。難解なテキストは慣れているつもりだったが、これは規格外だ。読んでも意味をわからなくすることに全力を投じているような、難解さのための難解さである。ちょうどよいので識者に話を聞いてみると、やはりそういう側面があるようだ。彼はそれを特許の防御力だと言った。これからやろうとしていることに関係ありそうだが、ちょっと読んだくらいでは意味不明な特許が出されていたら、誰だって脚が鈍るだろうと言うのである。▼敢えて意図を隠蔽したり、本命を悟られないようジャブを混ぜたりと、倫理的な良し悪しは知らないが、特許の駆け引きは実にメタ的で面白い。もちろん、特許の本懐は強い新規性を持つアイデアや技術の保護であって、こんな小手先の陣取り合戦ではないのだが、さりとて空白の緩衝地帯が出来る以上、そこを奪い合いに行くのはマネーマシンとして当然であろう。難解な文書もまた、前線の特許戦術なのである。

[2235] Oct 12, 2015

栄養ドリンクの飲み過ぎは寿命を縮めるとよく言われる。科学的真実なのか副作用の妄想なのかは知らないが、「ここ一番の頑張りに」などと言われると、将来を売り渡すブーストのような気がしてくるのは確かだ。ビタミンはともかく生薬の中には常用が好ましくないものもあるだろう。人によっては過剰摂取が毒になる成分もないとは言えない。▼ユンケルシリーズがあれほど膨大なラインナップを抱えているのも、生薬の配合を変えることで、そうした「個人的に合わない製品」を任意で弾けるようにしようという思想があるような気がする。そうでなければ、ロイヤル黄帝だの黄帝ロイヤルだの、もはや名前の区別もつかないような酷似品を作っていく理由もあるまい。消費者が効き目で使い分けているとは、ちょっと思えないほどの紛らわしさである。▼そんな私は先日の効き目に味を占めて、ユンケルの箱買いを検討中。この手の商品はたいてい箱買いの割引率が大きいのだ。

[2234] Oct 11, 2015

ネットワークオーディオ構築のためにNASを組まないといけないなと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。最近の機器はPCさえ点いていればウインドウズメディアプレイヤーから曲を転送できるようだ。もちろん、使い勝手は劣るが、何万もする高価なNASを組んで見る前に運用してみる手はあるだろう。それで問題がなければ、何も追加予算を費やすこともない。▼この頃、暇つぶしに音楽史の軽い本を読んでいるおかげで、聴いてみたい曲はいくつか溜まっている。曲自体にも作曲家にも時代背景にもさほど興味はないが、本当に各々の著者が言うようなコンテンツがそこにあるのか、ちょっと確かめてみたい気分なのだ。そういう気分になったなら、がっかりしても別にいい。稀代の演奏と讃えられては全く納得のできない解釈であったり、究極の美しさと言われては繊細なだけの力ない音に過ぎなかったり。煽り文とは裏切られることも醍醐味のようなものである。

[2233] Oct 10, 2015

とあるシェーダをつくるべく昼夜設計に勤しむ。トリッキーな要求を含んでいるので、素直に組んでもダメだということには早くから気がついていた。いくつかの問題回避アルゴリズムを噛ませる必要がある。▼数時間後、我ながら画期的なアイデアを思いついて実行に移した。あまり綺麗なやり方とは言えないが、理屈は完璧に合っているし、計算結果も正しくなる自信がある。ペンと紙でロジックの正当性を確認した後、実に泥臭いゴリ押しのプログラムを書いてみたところ、数回の修正で九分九厘動いてしまった。なんという良い仕事だろう。▼しかし、残る一厘の問題解決がどうしてもできないまま時間が過ぎていく。ここに来てようやく私は、ヒントを求めて過去の文献を漁りはじめた。もちろん落ちは想像通りである。私の会心のアルゴリズムと全く同じ手法が、すでに論文で紹介されていたのだ。オマケに一厘の解答付き。十年前の論文である。また車輪を作ってしまった。

[2232] Oct 09, 2015

クラシックとポピュラーは印象で言われるほど対立はしていない。実際、二十世紀以後に勃興した様々な音楽流派を並べてみると――現代音楽、十二音技法、ジャズ、ミニマリズム、クラブミュージック、等々――ポピュラーミュージックほど色濃くクラシックの流儀を受け継いでいる領域はない。第一、クラシックは十九世期末、すでに十分「ポピュラーな」娯楽だった。それがいっそう大衆に浸透し、多様化しただけのことである。世界はまだ、言うほど西洋音楽の系譜から逸れてはいないのだ。▼テオドール・アドルノは、かつてポピュラー音楽を「エヴァーグリーン」と呼んだ。常緑樹のようにいつでも新しく見えるが、しかしいつでも同じものである、そんな皮肉である。しかし、あらゆる木々が立ち枯れていく砂漠化のシーンに常緑樹の栄える一角があるのなら、それはけっこうなことではないか。同じもので満足しつづけられる時期もある。今は繰り返して待つ時期である。

[2231] Oct 08, 2015

フォルツァ6の映像を見る。実写動画と見紛うほどのクオリティを期待したが、思いのほか遠景や建物はマットでのっぺりしている。対して視点の中央、車内カメラで見るところの「フロントガラスの向こう側」は、フォルツァ5より明らかに進化した。特に太陽と水の表現は圧巻である。美麗なグラフィックスを誇りつつも、1080pで60fpsをキープするために力の入れどころを絞ってきたということだろう。よりよく見えるところだけに注力するアプローチはハイエンドの王道である。▼一方、色合いの表現は少々ハイコントラストを意識した絵作りになっていて、たしかに美しくは見えるが、リアリティを追求するならフォルツァ5の方が好みという人もいそうだと感じた。光と影の表現に新鮮な衝撃を与えるためか、太陽光にはケレン味を持たせてあるように思う。誇るポイントを意識的にとがらせた物理表現というハイブリッドな売り方は、今後の主流になってくるかもしれない。

[2230] Oct 07, 2015

もうひとつ和音の話。私は四和音をまったく使いこなせない。意識して使う四和音はたぶんX7だけである。四和音のように聞こえる音があったとしても、それはメロディの動きや内声の進行など横向きの動きが要求した一時的な響きに過ぎない。つまりたまたまである。意識して置ける和音は三和音だけだ。▼いつかは四和音を使いこなせるようになりたいと思ってきたが、結局、身につかなかった。入れどころがわからない。使いようが察せない。気まぐれで入れてみても流れを阻害してしまうのが常で、あれこれいじった挙句に第四音を抜いてしまう。三和音以上に複雑な世界の響きが、手にも頭にも馴染んでこないのである。▼第四、第五の音、テンションノート。知性の世界。使えれば武器にはなるだろう。けれども私が長らく、これらの音とは無縁でやってこれたのも事実。興味がないなら無理やり覚える必要もないのではないか。X7さえあれば、なんとかなるものである。

[2229] Oct 06, 2015

ドミナントモーションとサブドミナントモーションについて、つまりはX−TとW−Tの違いについて。自分のためのメモ代わりに書く。▼X、X7はダイアトニックコードの中では緊張度が最大の和音である。緊張度は最大だが、調性感はかなり強い。Xの音は、今の調がTの調であることを強く意識させる。T−Xと進んでも、Tに戻ってくる気しかしない。だから、X−Tは「緊張が解けて」安心する。そういう解決になる。▼対するWに緊張感はそれほどない。緊張感がないのにW−Tが成立するのは、Wがかなり調性感の薄い音だからだ。T−Wと進んだら、それはW調でのドミナントモーションのようで、Tに戻ってくるか自信がない。Wの音は、今の調が本当にTの調であるかを疑わせる。だからW−Tは「調が確認できて」安心する。やはりTであったか、よかった。そういう類の安心である。▼W−X−Tが鉄板の進行なのは、両方の安心を同時に得られるからだろう。

[2228] Oct 05, 2015

プライベートでも会社でも「人に何かを説明するための文章」をそれなりたくさん書いてきたが、いつも図や絵の強さに打ちひしがれる。真に読み手のことを思うなら、文章だけでわからせようなんて傲慢もいいところだ。たいていの場合、わかりにくいところは文章を練りに練るより、パワーポイントで適当につくった一枚の図を貼った方がわかりやすくなる。明解な絵と端的な文章の組み合わせこそ、古来最強の情報伝達手段であった。▼しかしだからこそ、専門性の高い考察や抽象的な議論をわかりやすく、平易に文章だけで展開しているサイトやブログを見ると、感嘆してついブックマークに入れてしまう。太字や赤字すら使っていない所など芸術の域だ。お世辞にも見やすいとは言えないが、文章だけで納得させられたときに特有の満足感はひとしおである。そう、文章に出来て図表に出来ないことがあるとすれば、この腑に落ちる感覚とでも言うべき説得力の深さなのだろう。

[2227] Oct 04, 2015

買う買う詐欺でちっとも買っていないベッドだが、災い転じて福となり、今は興味の対象が別の商品に移っている。「欲しい」と思ったものを、すぐに手に入れられてしまうのも考えものということだ。予算は少なければ少ないほど無駄遣いが減る。少数、ならば精鋭である。▼メーカーはフランスベッドに絞っているので、狙い目は「こんにゃくマットレス」か、リハテックブランドの「ブレスエアーエクストラ」。前者は今使っている枕、テクノジェルに近いコンセプトの商品で、体圧分散と通気性の良さが売り。後者は今流行りのエアー系素材をスプリングの上に敷いた一体型マットレス。エアー系ブームの火付け役はエアヴィーヴだが、単体商品では薄すぎて不安だし、地面に近いのも埃の吸引が気になるところ。ならばと目を付けたのがブレスエアーエクストラ。フランスベッドと東洋紡のコラボレーション商品である。▼近々、時間を見つけて展示会へ。寝てみた感想は後日。

[2226] Oct 03, 2015

以前から調子の悪いPCだが、このたびはスイッチオンから「回復」ブルースクリーンに直行するなど、もはや復旧不可能な気配を見せている。ごく稀にログイン画面より先に行けるが、スカイプのサインインすらディスクIOで失敗する始末。メインのSSDが物理的に壊れているといったところだろう。SSD換装とウインドウズの再インストールで片がつくなら、面倒ではあるが安いものだ。▼もし、便乗して他に変えたいパーツがあるとしたらケースである。ファンも大きく冷却性能と静音性に不満はない現行機だが、いかんせんHDDベイがディスクドライブと平行な向きをしているタイプで、側面から差し込めないのがつらい。せっかくのミドルタワーも、ここまで電源ケーブルでごわごわになると内部の余裕が台無しだ。フルタワーも視野にいれつつ、もっと大きくてHDD横向きのタイプがいいなと思っている。自作家の行き着く先は巨大ケース、とはよく言ったものだ。

[2225] Oct 02, 2015

艱難辛苦を乗り越えて、ようやく将棋の一級に到達した。毎日、通勤の行きと帰りに気が向いたらスマホでネット対戦するだけの努力を艱難辛苦などとは片腹痛いが、何度も80%に到達しては記録的な連敗を繰り返してふりだしに戻るという、理不尽極まりない仕打ちを受けていた時間の長さが苦労を大袈裟に言わせるのである。昇格という人参を目の前にぶらさげて、延々走っていたわけだ。▼巷で言われる「二級の壁」もこれで超えたことになる。ではこのあとも打ち続けていたらやがては初段かというと、そんな気はまるでしていない。いくら勝てることがあるといっても、基本的には太刀打ちできない初段や二段の連中と毎度互角の勝負をしなければならないのだから、今の私にとっては二級の壁より分厚い「一級の壁」が見える状態である。ここから先はずっとそんな調子だろう。少年ジャンプでも将棋漫画の連載が始まって、将棋人口もじわじわ増えていきそうな気配である。

[2224] Oct 01, 2015

たいして気にも止めていなかったが、マイナンバー制度が始まる。私のような会社務めは言われるままにマイナンバーを会社へ通知するだけだ。▼給料よりも副業で稼いでいるようなサラリーマンがいたら、今ごろ恐々としているかもしれない。私はつい同人で荒稼ぎしているような人々を思い描いてしまったが、そんなマイノリティとは比較にならないほど大捕物になるのは、ホステスのような夜のお仕事だろう。収入も大きいだけに、そうやすやすと脱げる二足わらじでもない。▼さりとて給料は下がりつづけているのだから、副業はやめましょうと平和裏に収まるはずもないだろう。逆に、働くものたちの切実な需要に押される形で、副業禁止の業務規程を強く打ち出すような会社は就職人気が無くなっていくのかもしれない。壊れえぬ籠の夢は、どのみちもう覚めている。二足、三足、器用にわらじを履き替えられる人の方が、かえって安定していると見られる時代になりそうだ。

[2223] Sep 30, 2015

今でこそ「芸術家」や「作品」は主張して当然の概念であり、尊重されてしかるべき名誉と思われているが、少なくとも絵画や音楽について言えば、ほんのルネサンス以前までは作者自らが自分の作品を「私の作品」だと声高に主張するような風習はなかった。彼らはまだ芸術家ではなく、職人だったのである。職人は、質の高い品を創りだすことを名誉とする。自分の創り出した製品に自分の名を刻むことを誇りにする人々ではない。▼そんな人々が自分の名前を売ること、残すことに興味を持ち始めたのは、「私」という自我の発達云々という哲学的な理由よりも、恐らくはメディアの普及によるところが大きい。要するに、名前を売るための経路が充実したから、名前を売りたい人が増えたのだ。インターネットの普及によって、ラーメン屋の店主からブログ主まで「私」をアピールし始めた今日のことを思えば、かなり確からしい推測と言えるだろう。皆、名を残したいのである。

[2222] Sep 29, 2015

文章術を指南すると称する書籍は、ここ数年で飛躍的に増えた。それも昔とは明らかに傾向が変わっている。美文・麗文を書くための作法は急激に鳴りを潜めて、わかりやすく読みやすく、人にメッセージを伝えられる文章、共感を得るための文章を教える本が主流となっている。これらの書籍の読者層が、小説家の卵から、ブログやフェイスブックの著者へと移っている証拠だろう。▼黎明期には日記のデジタル版か、公開されたマニアックなメモ帳くらいの位置づけであったブログが、いつしか「私」をわかってもらうための主要な道具になった。ブログをまずく書くことは、「私」をまずく理解されてしまうことに繋がる。それはいやだ。読者には「私」を上手くわかって欲しい。そのためには文章力を磨くしかない――こういう流れで、目下、教育が頑張っても身につけさせられなかった文章力を、皆が自発的に鍛えようとしているわけだ。「私」以上の学習動機はないのである。

[2221] Sep 28, 2015

昔、何かの将棋の本に書いてあった。序中盤で駒得を重ねて圧倒的な優位を築き、もう相手には攻撃の手段がないから守りを固めるだけで勝てる――そういう状況になっても、自玉のまわりに金銀を貼り付けるような真似をせず、最小限の駒で守り、最小限の駒で攻めきることを考えていないと、将棋はなかなか上達しないと。▼当たり前のようで含蓄の深い助言である。確実な勝利を危うくしてまで修行に務めなくてもいいじゃないか。そういう攻防は序中盤で圧倒できない互角な相手とやればよい。そんなふうに考えてしまうのが通常だ。しかし、その感覚がすでに間違っているのである。序中盤で圧倒できる相手を最適に詰めきれる棋力がないと、序中盤で圧倒できない相手には全く歯が立たないのだ。この「ぎりぎりを読む力」の有無を隔てる壁は確かに存在していて、相当厚い。勝てる相手と勝てない相手がきっぱり分かれるようになってきたら、思い出してもよい真理である。

[2220] Sep 27, 2015

古いタンス。古い机。古い本棚。ありとあらゆる古い物を裏庭に叩きだした。物置を二部屋、空にしようというのだから当然といえば当然だが、うず高く積まれるゴミの量は想像を絶するものがある。加えて、45リットルのゴミ袋に詰めて出した家庭ごみが全部で12袋。そんなつもりはなかったが、結果的にはゴミに囲まれて暮らしていたわけだ。今は憧れの断捨離である。▼何百回と階段を登り降りして、このたび得た教訓は、大きな家具は絶対に分解可能なモジュール式のものを買うべし、ということだ。継ぎ目のない木目に心酔する気持ちもわからないでもないが、いざ捨てるときは心の底から恨めしい。せめてこの板が外れてくれれば、と思う板が外れないばかりに、とんでもない苦労をして階段を回す羽目になるのだ。「買うときは、捨てるときのことも考えて。」味気ない教訓ではあるが、快適な生活は小さな気遣いの積み重ねから。人生の知恵なんてそんなものである。

[2219] Sep 26, 2015

かつて三十年間、ハーバード大学の総長をつとめたチャールズ・W・エリオット博士はこう言った。「紳士淑女の教養として、これだけはぜひとも身につけていただきたいと常々考えている知的財産とでも言うべきものが一つあります。それは、母国語を正確に美しく使いこなす能力です。」▼それでは、誰よりも言葉を「正確に美しく」しかも独創的に使いこなしてきた名作家や名演説家たちは、どのようにしてその能力を身につけたのか。さいわい、彼ら自身がその秘訣を明かしてくれている。要点はどれも同じだ。一流の作品に触れること。辞書を読み込むこと。自分で使ってみること。▼ただ、スティーヴンソンの回答は面白い。曰く、重要なのは模倣だが、模倣する相手は「まねようとしてもまねられないお手本」でなければならない。いくらでも真似てよいが、失敗が目に見えている、そういう相手だけを真似つづけるべきなのだ。失敗こそが成功への唯一の王道なのだから。

[2218] Sep 25, 2015

ブックオフから査定結果が届いた。書籍47点。コミック262点。お値段のつかなかった商品465点。合計七千円とのこと。買値なら軽く二十万は超えるコミックの山が、書籍分を抜いて約四千円で買い取られたと思うと、もはや買い取りというより処分代行に近い。今回はそのつもりで投げているから不満はないが、新品に近い大判コミックも多数含まれていたことを思うと、なかなかに冷徹な査定である。▼点数から見るに、ジャンプコミックスなど小型の単行本は恐らく全て、ないしほとんど「お値段がつかなかった」と見るべきだろう。もしかしたらのつもりでダンボールに入れたハーバードビジネスレビューのバックナンバーも、入れただけ申し訳なかったが、買い取り拒否ということか。逆に意外なのは、十年以上前のプログラミング書籍を押し込んだ「書籍」に三千円もついているところ。古い本とはいえ、現役のC言語であることが幸いしたのだろう。御の字である。

[2217] Sep 24, 2015

同じく『話し方入門』より、ジェスチャーに関する指摘も面白いので紹介。当たり障りないようでいて、本当に古典かと思うほどひとつひとつの指摘が独創的で面白い。スピーチにジェスチャーを用いるとき、初心者の陥りやすい問題のひとつが、「動作が短すぎること」だと言う。▼著者はジェスチャーの多用、ないし意図的な使用には否定的だが、それでも一度繰り出したからには、その動作は思っている以上に長くしなければならないと指摘する。強調したい思想や言葉に添えられたジェスチャーが短いと、自分では意図していない身体の動きにも、まるで意味があるかのように思われてしまうのだ。聴衆の意識は散漫になり、やがて誰もジェスチャーに注意を払わなくなってしまう。▼長く、ゆっくり動かねばならない。重要なことはゆっくりとする。これは基本中の基本である。言葉もそうだ。重要なことはゆっくり言う。決して「大きく言う」ではないところに注意されたい。

[2216] Sep 23, 2015

「だれにもスピーチの能力はある。もし私の言葉が信じられないなら、自分で試してごらんになるとよい。たとえば、あなたの知っている一番礼儀知らずの男をいきなり殴り倒してみなさい。彼は立ち上がると、たぶん何かまくし立てるだろうが、その言い方はほとんど非の打ちどころがないほどみごとなものだろう。あなたが聴衆の前で話す時も、それと同じくらい自然に話していただきたい。」▼『人を動かす』が期待以上だったので、つづけて『話し方入門』に取り掛かる。いかようにも取れるざっくりした題名だが、引用した文章からも、人を説き伏せ雄弁を振るうためのテクニックが書かれているわけではないことがわかっていただけるだろう。性格的に向いていない、あがり症、口下手などなど、理由あってスピーチを苦手とする人でも、同じ目に遭わされたら不意に立派なスピーチが出てきそうなものである。人前で話す訓練とは能力の開発ではなく、心の枷の除去なのだ。

[2215] Sep 22, 2015

「北風と太陽」は、世界中で愛されている数少ない童話である。たとえ自分で読んだことはなくても、そのあらすじと結末を知らない人はそういないだろう。しかし、ときどき不思議に思うことがある。それではなぜ、世の中にはこんなにも、声を荒げ怒鳴り散らすことで人に言うことを聞かせようとする人が多いのだろうか。▼それだけ自分に自信がないからでしょう、とは夕食を共にした後輩の弁。たしかにそうかもしれない。自分に自信がない人は、力を誇示したくなるものだ。彼らの目的は、旅人にコートを着せることではない。自分がいかに強い風を吹かせられるかを知らしめたいのだ。威張るとはそういうことなのだろう。自分のエネルギーを信じられない人は、太陽でいることなどできない。▼そんな話題を食卓に乗せたのも、今日読んだ本が素晴らしかったからである。デール・カーネギー『人を動かす』読了。星五つ。自己啓発の原典にして頂点。本当に良い本だった。

[2214] Sep 21, 2015

「冷たい会社を温かくするには、一つの方法がある。人の名前を覚えることだ。重役たちの中には名前が覚えられないという人もいるが、つまりは重要な仕事が覚えられない、すなわち仕事の基礎ができていないことを告白しているのだ。」テキサス・コマース・バンクシェアズ会長、ベントン・ラヴの言葉。▼古来、偉大な将は部下の名前を覚えることに多大な時間を割いてきた。それが彼らを喜ばせ、献身を引き出す最良の方法だと知っていたからだ。私たちは、自分で思っている以上に自分の名前に誇りを持っている。まさか自分の名前を憶えているなんてと思うような人に名前を呼ばれれば嬉しいし、逆に名前を間違えて呼んでくるような人など信用出来ない。王も、貴族も、科学者も、芸術家も、商人も、なんとかして自分の名前を後世に残そうと苦心しているのは、彼らが世俗的だったからではない。名前が大事だったのだ。名声も、つまるところは名前への誇りなのである。

[2213] Sep 20, 2015

狙っているB&W684S2を改めて試聴。プリメインアンプはマランツに決めているので、低予算で我慢するPM6005、最適解と思われるPM8005、最上位モデルのPM11S3をそれぞれ試してみた。結論としてはやはりPM8005で良い。ここからスピーカーをCM10S2にグレードアップした場合とアンプをPM11S3に変えた場合とで聴き比べてみたが、スピーカーチェンジの方が圧倒的に影響が大きかった。全く、CM10S2のすっきりとした力強さは素晴らしい。遠くない将来、辿り着きたいものだ。▼同じマランツで揃えてネットワークオーディオを組むか、ソニーの力を借りてHDDオーディオへ行くかは決めかねている。楽曲運用の利便性だけならネットワークに軍配を上げたいが、ソニー製品はスマートフォンやタブレットから簡単に操作できるのが魅力だ。長期的な運用を考えれば、よりメンテナンスや操作のストレスが少ない方を選ぶべきなのかもしれない。予算獲得まで、しばらく模索はつづく。

[2212] Sep 19, 2015

左肩の痛みを止めるために慌てて塗った薬が最悪だったらしい。塗った箇所が激しくかぶれたのみならず、その薬のついた手で触ったと思われる箇所まで肌が荒れて、ひどいことになっている。喘息は回避したのに、思わぬ副作用だ。合わない薬の恐ろしさを思い出した。▼しかも最悪なことに、肩こりは一向に治っていない。薬の効き目があるうちは楽になったが、切れてみると悪化しているようにすら思える。加えてこのところは痛み方が特殊で、忘れた頃にビシッと痛みが来てしばらく疼痛がつづき、やがて収まって……を繰り返すという奇妙な状態。痛い場所も一定ではないようで、変な生き物でも住み着いているのではないかと思ったこともある。徹底して左肩のみなのも不気味だ。▼ここまで書いてきて、肩こりとばかり思ってきたが筋をやっている可能性もあるなと思い至った。そんなことになったら最悪だ。厄年ではないはずだが、なかなか難儀な秋を過ごす年になった。

[2211] Sep 18, 2015

孫氏曰く、「兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを睹ざるなり。」物事、多少拙くても速やかに事を進めた結果上手く行くことはあるが、完璧を期したとしてものろのろと事を進めて成功することはない。何事もスピードが命。数ある孫氏の中でも上位五指に入るお気に入りだ。▼しかし同じく孫氏曰く、「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む。」あるいは「未だ戦わずして廟算するに勝つ者は算を得ること多きなり。未だ戦わずして廟算するに勝たざるものは算を得ること少なきなり。算多きは勝ち算少なきは勝たず。況や算無きに於いてをや。」つまり、ちゃんと勝算が見えるまではきちんと準備してから事に臨めとも言っている。▼この二つはいつも両天秤に乗せて憶えた方がいいだろう。要するに、勝算が見えるまではじっくり計画し、勝算が見えたら速やかに行動せよということだ。これはイケるという直感を大切にすべき所以である。

[2210] Sep 17, 2015

C言語カルトクイズ。「int x[3] = { 1, 2, 3 }」のとき、次のコードが意味する処理は何か?「int y = 2[x]」▼単純なわりに、意外と正答率の低い問題ではないだろうか。実用性がほとんどないところも、カルトな感じで良い。正解は、「int y = x[2]」と同じ処理である。そんな馬鹿なと思う人は、operator[]が二つのオペランドに対してどのような処理を行うか、考えてみると腑に落ちるのではないだろうか。ptr[n]とは、*(ptr+n)である。とすれば、n[ptr]は*(n+ptr)であり……これらは全く同じアドレスを指しているではないか!▼そういうわけで、2[x]は普通にx[2]の代わりとして通用する。こうした変わり種について考えてみるのも、より深い言語理解のためには役に立つだろう。言語規約レベルまで煮込んだC言語のカルトクイズ集なんて、あったら面白いかもしれない。堅くて分厚い本より学習が捗りそうだ。ディープな世界を探検するには、遊び心が不可欠である。

[2209] Sep 16, 2015

「誰もがいつかは想定外の不調に陥る。勝ち組と負け組の差は、後者は自分の状態を不公平だと思っていることだ。」クレイグ・ハートマン。▼ギャンブルに関する数多のアドバイスのうちでも、上位にランクインさせたい至言ではないだろうか。不運自慢ほど、負け組ギャンブラーの大好きな話題はないだろう。「僕のツイてないことたるや、ちょっと他人には真似できないね。なにせ、ほとんど奇跡に近いほど低確率の裏目を引き当てたんだから。嘘じゃない。計算してみてくれよ。僕の引いた裏目が出る確率は、数千万分の一しかないんだぜ。」▼その計算は正しいかもしれない。ただし、引きうる裏目のパターンが何万個でもありうることは忘れられている。何千回と試行する中で、彼は偶然ひとつを掴んだに過ぎない。だからこれだけ世の中に「逆奇跡」が溢れているのだ。せめて劇的に負けることで神に選ばれたと思いたがるようになったら、ギャンブラーもおしまいである。

[2208] Sep 15, 2015

数日間に及ぶ頭痛・腹痛地獄のどこかで肩をやってしまったらしく、激しい痛みに悩まされている。激しい痛み、なんて言葉が優しく見えるほど痛い。黙っていても仕事に支障を来すほどなので、たまらず市販の湿布薬と塗り薬をあてがったが、今度はこれが喘息を連れてきた。最近の湿布が喘息に厳しいのは知っていたが、甘く見ていたというか、油断していたというより他にあるまい。発作にならなかっただけマシである。▼したがって現在は頭痛、腹痛、肩痛、喘息の四重苦に責められる形となった。災いは重なるものとよく言うが、考えてみれば甲が乙を、乙が丙を導いてきたわけだから、不運というより因果の必然である。こんな調子で座れない終電をうとうとしていたら、次はどんな災厄を宿すことになるかわかったものではない。▼目下、最悪なのは肩痛であるから、とにかくこいつをなんとかしよう。身体の調子が悪いと何も考える気が起きぬ。不健康な話しかできない。

[2207] Sep 14, 2015

最近、プログラマの美点を強調する本をよく見る。私も、プログラマとしては自画自賛だが、大体同意する。プログラマの性質には、秀でた人間力や仕事力に繋がる良いものがたくさんある。▼ときに、プログラマの悪い点としてよく槍玉に上がるのが「なんでも論理的に考えようとする」だが、これには異論を唱えておきたい。実のところ、彼らが人間関係でトラブルを起こすのは、感情を否定して論理で押し通そうとする場合よりも、「少し見方を変えれば破綻していない論理を、破綻していると言い張る」場合の方が多いように思われる。つまり、皮肉だが、論理力不足による問題なのだ。▼もっとも、感情というものを高次元化された論理と解釈すれば、他人の無意識ではあるが高度に抽象化された論理に対して、自分の意識的な低次元の論理が反抗する形になるので、結局は「感情の否定・論理の賛美」となる。どちらにせよ、論理的すぎることが問題になるのではないわけだ。

[2206] Sep 13, 2015

狼男のことを英語ではウェアウルフ、ワーウルフと言い、フランス語ではルー・ガルーと言う。ウェアウルフは、男性を意味する古英語の「ウェア」に「ウルフ」なのでわかりやすいが、ルー・ガルーの方は少し複雑だ。ルー(loup)はフランス語で狼の意味だが、ガルー(garulf)の方の由来はフランク語のwarwolfであり、つまりはウェアウルフであるので、ルー・ガルーは狼・狼男ということになる。意味だけからすると、実は頭のルーがいらないわけだ。▼とはいえ今となっては狼男に「ガルー」では逆に何か物足りなく感じる。間違っているにも関わらず時を経ても訂正されなかった言葉には、何かしら人を魅了するパワーがあるのだ。ましてウェアウルフが狼男として普通に通用する中、敢えてフランス語を使おうというのだから、ルー・ガルーというこの短く韻を踏んだワンセンスには多分に中二病的なかっこよさがあるのだろう。ドイツ語の「リカントロープ」も根強い。

[2205] Sep 12, 2015

文字通り三日三晩うなされたので、三日三晩同じ話題とする。結局、内科の診断はウイルス性胃腸炎であった。バナン、ハイペン、ガスロン、アレジオン、このあたりの薬が軒並み無意味だったことになる。どうりで治らないわけだ。▼今日の夕方には高熱もようやく落ち着いて37度台まで下りてきた。処方薬も正しい物になったし、やっと快方の兆しが見えてきたところである。暖かくして安静にしていれば来週からは出社できるだろう。忙しい時期にとんだ穴を開けてしまった。迷惑をかけてしまったのもそうだが、期日までに実装したかった機能がいくつか抜けてしまう、そのことも悔やまれる。▼この三日、布団の上で覚醒しているときは、携帯でアンプのことを調べていた。プリメインアンプ導入にあたって、無駄銭を出さないためにも知っておくべきことはたくさんある。明日以降、気が向いたらまとめてみよう。ただし結論は、結局のところスピーカーとの相性に尽きる。

[2204] Sep 11, 2015

二日つづけて病気の話とは色気も何もないが、相変わらず熱が引かない。比較的低温が出る朝でも38.5度分。昼には39度を記録した。昨日は頭痛にばかり意識がまわっていたが、カロナールで頭の痛みがそれなり収まってみると、どうやら本当に痛いのは腹の方だと気づく。時すでに遅し。たっぷり糖分を取ってしまったあとだ。当然、腹痛に糖分はよろしくない。▼こうなると普通は食事をしたくなくなるものだが、空腹でも満腹でも痛みはたいして変わらないし、幸か不幸か食欲があるので、消化に良さそうなものをたらふく食べる。昔から病気をしても食欲が落ちない性質で、風邪をひいたらニンニクとねぎを山盛り食べれば治ってしまうと意気込んで来たが、今回ばかりは頭痛も腹痛もあんまりひどくて参ってしまった。ニンニク療法が通用する相手でもなさそうだ。妙な成人病にでも罹っていたら困るので、明日の朝も駄目なら這ってでも近くの内科へ足を運んでみよう。

[2203] Sep 10, 2015

朝。自治会主催の敬老会の招待状を配るべく、大雨の中を歩きまわる。寝不足なところへ早起きしたせいか、なんだか歩くのがつらくて、もしかしたら今日は体調が悪いかも、くらいに思っていた。▼昼。明らかに頭が痛くなってきた。息切れもひどくて、くらくらする。これはいけないということで、会社を早退して病院へ行くと、果たして熱が38度8分もあった。どうりでつらいはずだ。咳もしていないし、喉も痛くないし、鼻水が出ているわけでもないが、とにかく頭が痛い。まさかとは思ったが、さいわいインフルエンザのチェックは陰性であった。さすがに季節が早すぎる。▼最寄りからタクシーで帰宅。こんなにつらいのは何年ぶりだろうというくらい、死にかけで布団へ潜り込んだ。カロナールを飲んでも頭が痛いというのは、よっぽどである。現在二十三時、こうして文字を書ける程度には回復したが、熱はいっこうに下がる気配がない。今晩で治ってくれればよいが。

[2202] Sep 09, 2015

十年以上テレビのない生活をしてきたが、ディスプレイをモニター代わりにゲームをするのも面倒になってきたし、コンテンツ業界に身を置く者として映画もロクに見られない自宅環境もどうかと思い、このたびテレビの購入を検討している。検討しているだけでいつになるかは不明だが、少なくとも、家電量販店ではよくテレビコーナーを見て回るようになった。十年以上、素通りしつづけてきたフロアである。▼メーカーによる画質の違いは正直よくわからない。わかるのは主張の違いと、消費電力などの明記された数値だけである。それでも強いて言えば、ブラビアは画面の透明感が良く、レグザはコントラストに秀でている印象で、シャープは色合いが好みに合う。他のメーカーに大きな印象はない。このあたり、デモの出来にも依存するところだろうが、今のところは同じ値段とサイズなら手が伸びるのはシャープだろう。会社はいろいろあるが、品物は良質であると信じたい。

[2201] Sep 08, 2015

企画書とひとくちに言っても、流儀やフォーマットはさまざまなので、文字は少ないほうがいいとか、いや絵に頼り過ぎるのはよくないとか、コンセプトだけをアピールすべきとか、いやいや具体的な計画が命だとか、正反対のアドバイスはいくらでもありうるが、それでも共通した定石として、次の一点だけは守るべきだろう。複数のプランを選択肢として提示しないこと。▼企画書を受け取る側にしてみれば、選択肢が存在するのは不思議である。「別に私がやりたいわけではない、君がやりたいんだろう。で、君がやりたいのはどれなんだ。」という話だ。企画書に何らかの選択肢が存在するとしたら、それは企画を詰め切れていない証拠である。あるいは過度の心配症だ。本命のプランAの代わりに、妥協案Bなら通るかもしれないと思ってBを入れる。心配ご無用。本当に企画自体が魅力的なら、都合を合わせた妥協案くらい、受け取る側がいくらでも真剣に考えるものだから。

[2200] Sep 07, 2015

本棚の一番下に、ケーブルをまとめた紙袋がある。HDMI、D-sub、LANケーブル、MIDI変換コネクタ、電源コード……なんでもござれの塊だが、いつか何かに使うかもと思いつづけて早や数年、結局、この紙袋から何かを取り出したことは一度もない。▼要するにゴミなので、整理もせず紙袋のままハードオフに持ち込んだ。古いディスプレイと、ゴム部が溶けてベトベトになった十年前のスピーカーも一緒に売却。フルHDのディスプレイはそこそこで、スピーカーは格安、ケーブル紙袋は無料買い取りかと思っていたら、なんと紙袋は「ケーブル類」という括りで紙幣と交換してくれた。ハードオフ、なかなか侮ったものではない。▼部屋のスペースも資産だと思えば、ゴミに近い品物を抱えておく馬鹿らしさも際立ってくる。物に未練を残しがちな性格の私だが、このたびばかりは断捨離の掟が優先だ。曰く、手にとってときめかないものは捨てよ。わかりやすい整理整頓の至言である。

[2199] Sep 06, 2015

『鋼鉄と火薬』を遊ぶ。文明の強化をモチーフとしたデッキ構築系のカードゲームで、大枠の説明とテストプレイの一回で十分遊べるシンプルさが魅力。「どんな効果のカードがあるか覚えきれないうちは勝てない」ということもないので、頭を使えばやりこんだ人を相手に初心者が一杯食わせるのも不可能ではない。触ったらすぐに遊べる。愛されるゲームはこうでなくてはならぬ。▼兵士、騎士、通過、哲学、畜産、火薬、大砲、電撃戦、インターネットなどなど、Civilizationによく似たテクノロジーが登場するものの、それぞれのカードの効果はさほど表題と結びついていない。違うテクノロジーが同じ効果を持つ場合もある。その他、世界遺産にも固定得点以上の効果がないなど、モチーフとの繋がりの弱さに関しては物足りない部分もある。目を瞑れる範疇だが、敢えて悪いところを挙げるならそこだろう。本格派よりはパーティータイプ。ライトファンに薦めたい品である。

[2198] Sep 05, 2015

オーディオとホームシアターは似て非なるものだ。予算に限りがあるならば、両者の追求を同時に行うべきではない。つまり、良いステレオを目指すか、良いサラウンドを目指すかは、最初に決めるべきだということだ。金に糸目をつけている以上、2chに5.1chの代わりは務まらないし、5.1chで達成できる2ch音質はたかが知れている。どちらにしても、全く予算の無駄なのだ。▼ホームシアターという単語が見事に示している通り、映画館の空気が欲しいなら、迷わずサラウンドを選ぶべきである。昨今流行りのビーム効果については詳しい言及を避けるが、配置や配線が煩わしいなら一考の余地はあるだろう。逆に、映画はあまり見ないというなら、よほど臨場感を重要視するゲームのようなコンテンツのヘビーユーザーでない限り、音質を求めるならステレオ一択である。要するに、チャンネル数は音質の延長線上にある概念ではないということだ。はっきり異なる二軸なのである。

[2197] Sep 04, 2015

とんでもない逆転負けを受けて動揺したり、大金を勝ち取れるチャンスが訪れて興奮したり、ひどいブラフに騙されて激昂したり。きっかけはなんであれ、こうした要因で心が乱され最高のパフォーマンスが発揮できなくなった状態を、ポーカー用語で「ティルト」という。▼プロのポーカープレイヤーは、ティルトこそが自分のポーカーを破滅に導く悪魔であることを知っている。ポーカーで勝ちつづけるためには、自分の身に起きた理不尽について無関心でなければならない。めったにない不運を希少な情報と捉え、長期的な収益の期待値を高めてくれる新たな材料だと考える。短期的な出来事など全て他人事だ。一種の悟りである。▼かっとなるだけがティルトではない。焦りも、恐れも、悲しみも、全てティルトである。自分が本来の能力を発揮できていないと思ったら、ひとつ熟練ポーカープレイヤーにでもなった気持ちで、自分の近況、身の上について無関心になってみよう。

[2196] Sep 03, 2015

ここのところ、帰宅すると玄関先にヤモリがいる。それも決まって、私が玄関に辿り着くと、軒先天井の右端からするすると床まで降りてくるのだ。降りてくると、そのまま動かなくなる。こういうことが二日つづいて、近くに巣でもあるのかなと思っていたら、三日目はなんと小さなヤモリが同伴で、足並みよろしく二匹するすると降りてきた。ヤモリ家族に違いない。▼今日は大きな方が一人で降りてきた。これは歓迎されているのかも、と気を良くして「ただいま」と手を振ってみたが、全くの知らんぷり。一旦降りたあとはぴくりともしない。まあいいさ、愛想はいいから明日も張り切って家の害虫を食べてくださいな。ときどきアシダカグモも見かけるし、我が家は他力本願で盤石なのである。▼ちなみにヤモリは臆病で人には近づかないと言うが、無理に捕まえると噛まれることもあるようだ。ただし、ヤモリの方が顎を痛める程度である。お互いのためにも争う必要はない。

[2195] Sep 02, 2015

最終意思決定者が稀にしか関わることの出来ないプロジェクトは崩壊する。これもまたよく言われる一般則である。▼ここ数ヶ月、同じことの繰り返しで、コアメンバーが目に見えて疲弊してきた。このようにせよという指示、それを実現するための実作業。七日ないし十四日経ってからの「そうじゃない」。そんなことは指示していない、こうしろと言ったのだ。それを実現するための実作業。再びNG。「こういうところからやり直さないと仕上がるわけがない」。あらゆる納期に追われながらのスクラップアンドスクラップ。そろそろ神の意を汲む時間も気力も失われつつある。▼しかし、何が悲しいかといえば、言い訳のしようもなく、明らかに神の言葉が正しいのである。我々は正解に辿り着いていないのだ。そうして、正解に辿りつくことがいかに困難で、たとえ不可能であっても、君たちは正解に辿りついていないと判断を下すことが、意思決定者の正しい役目なのである。

[2194] Sep 01, 2015

五輪エンブレムの取り下げが決まった。頑として盗作を否定する態度を取りつつも、次々と露呈する過去の失策、権利管理の甘さを逆に突かれ、不利な世論が形成されつつある中での決着である。▼私も早くからエンブレム問題には関心を寄せていたが、アイデアが盗作かどうか、選考が出来レースかどうか、あるいは利益のキックバックがいかほどかということよりも、とにかく現行案のダサさだけが気がかりであった。プリミティブなデザインを否定するつもりはないが、それにしてもかっこよくない。そう、かっこよくないのである。▼恐らく、こういうもやもやした気持ちが大勢の中にあったからこそ、あわよくばデザインが変わらないかと暗い期待にも後押しされて、火の勢いに歯止めが効かなくなったのではないか。そんなふうに思っている。たとえ諸々の疑惑があっても、原案がずば抜けてクールなエンブレムだったなら、こんな結末にはならなかったのではないだろうか。

[2193] Aug 31, 2015

弟からサンフランシスコの写真がスカイプで送られてくる。「超美味い」という朝食のフレンチトーストは$9、昨晩の夕食に食べたステーキは$20だそうだ。食べものの物価が高いとは聞いていたが、想像以上に高くて驚いている。▼とはいえ東京も負けてはいない。最近、ラーメン屋も開き直ったのか原価がつらいのか知らないが、平気で基礎値に800円や900円をつけてくるようになった。海苔と味玉を足しただけで1000円を超える計算である。ラーメン一杯にこれだけの対価を払う民族はそういまい。▼会社の先輩が言っていた。体に悪いものは美味いのだと。俺は絶対にそんな誘惑には負けんと断言して、その言葉通り、毎日健康的な粗食で過ごしている。私の見てきた中でもぶっちぎりでストイックな人物だ。さすがにそこまでにはなれないが、高いのは事実だし、体脂肪にも当然良くはない。この誘惑物を断ち切るのは、私が取り組むべき課題のひとつであろう。

[2192] Aug 30, 2015

kindle生活、満喫中。紙の本に未練はあるものの、思ったより馴染んでいる。使ってみて感じた利点を追加で列挙しておこう。▼一、いつも鞄の体積が同じ。これは想像以上に快適だ。読んでいるのが分厚い本でも折り畳み傘やペットボトルを諦める必要がない。「読み終わってしまったとき対策」に二冊、三冊入れることもしなくてよいので、総重量も軽くなっている。▼一、本屋に行かなくていい。本屋好きの私としては利点という名で挙げたくはないが、日付が変わってからでないと会社を出られないような残業続きでも、新作や話題作を探して読めるのは魅力である。kindle以前は、本屋へ行くためだけに慌ただしく早め退社しなければならないことがあった。▼一、案外手が疲れない。膝でも鞄でも机の小物でも、立てかける場所さえあればフリーハンドでスライドできるので、大きい本なら紙を開くより楽である。ハードカバーのビジネス本など間違いなくkindle向きだろう。

[2191] Aug 29, 2015

『進撃の巨人』全巻読了。今更感はあるが、未だに話題沸騰の作品でもあるし、早いうちに読んでみたいとは思っていた。kindleのおかげで、移動中でも次々読んでいけるのは嬉しい。▼さて、作品は、とにかく面白い。面白いというか、息もつかせぬというか、とにかく先を知りたいと思わせる力がある。そうして、ストーリーなんてそう思わせてしまえば、他がどうであれ勝ちである。十五〜十六巻で展開された政治劇は、少々あっさりしすぎていて茶番感も拭えなかったが、最新刊で再び殺伐とした戦闘パートに舵を戻してきたのでほっとした。せっかく他に類を見ない腕力をもった作品だから、政治よりも戦闘で、思想よりも行動で、瑞々しく描かれたキャラクターたちを見たいのである。▼ついでながら『寸劇の巨人』も買ってしまった。現在、全二巻。人物像を崩すことなく可愛いギャグを展開していて、こちらも大いに満足している。他のスピンオフにも手を広げてみよう。

[2190] Aug 28, 2015

アプリ「Q」を遊ぶ。よく練られたお絵かき頭脳ゲームだ。シンプルな画面とシンプルなルールに奥深い攻略要素がある。スマートフォン/タブレットの長所がダイレクトに活かされているのもいい。▼プライマリと呼ばれるグループ60問をひと通りクリアした。正直、何度も「これはクリア可能なようには出来ていないのでは」と疑いかけたが、しばらく放置して他の面を遊んでいると、書き損じや偶然、ヤケを起こした適当描きから新しい着想が見つかって、それを糸口になんとか攻略できるのである。▼そう、このゲームの設計で最も優れている点を挙げるとしたら、まさに新ステージの開放が1面ずつでないところであろう。選択可能なステージの何割かをクリアすると、次の10ステージがまとめて開放される仕組みである。この仕組みがなかったら、私も20面すら行かないうちに投げ出していたはずだ。解禁処理ひとつとってもセンスを要求されるのがゲーム設計である。

[2189] Aug 27, 2015

松尾豊『人工知能は人間を超えるか 〜 ディープラーニングの先にあるもの』読了。角川EPUB選書はとにかくkindle版が安いのでありがたい。人工知能の現状について、これほどわかりやすくまとめられた本は今のところ他にないだろう。AIに憧れる初学者や、関連分野の研究を志す中級者は、文句なく必読である。▼私にとっては懐かしい話ばかりだ。学生当時、多層ニューラルネットワークを用いた教師なし機械学習に、まだディープラーニングなどという格好良い名前はついていなかった。自分の基礎研究の延長線が発展していくのは嬉しいものだが、一方、自分が離れた後に花咲いて、商業的にも研究的にも全盛期を迎えようとしているのは寂しくもある。後を継いだ後輩たちは、大挙してgoogleに取られてしまったとも聞いた。国からすれば国内に留まって欲しいところだが、資金とデータを無尽蔵に抱えるgoogleほど研究しやすい環境もないだろうから、無理からぬ話だろう。

[2188] Aug 26, 2015

最近、脳が萎縮している感じがする。なにかにつけて思考の焦点が合いにくいし、演繹力も低下している。脳は二十を過ぎたら衰えるばかりと言われるが、それからさらに十年も経っていることを考えると、全盛期の脳力とは比べるべくもないだろう。特に入力系統はがっくり落ちる。このことに例外はなさそうだ。年をとって物覚えが良くなったと主張する人に会ったことはない。▼こういうとき、いつもある大学教授の言葉を思い出す。君たち、年をとって今より脳が衰えたら、利発さでは勝負できないんだよ。若い子には絶対に勝てないからね。僕らのような老人の武器は、老獪さだ。老獪さを身に付ける術を学ばなきゃ、遅かれ早かれ役立たずになる。そのための「経験」だ。老獪になるために経験値を貯めると考えたまえ――老獪、というキーワードは今も私の心に残っている。労少なくして有利を築く立ち回り。ここで言われる老獪さとはつまり、大局観のことなのであろう。

[2187] Aug 25, 2015

何を隠そう、私はしじみが大好物である。とんかつ屋で出されるような、赤出汁で味の濃いやつが良い。炊きたての御飯と美味いしじみの味噌汁があれば、それだけで満足の行く食事になる。多少、とんかつが不味くても許せるというものだ。▼家にはインスタントのしじみ汁を常備している。深夜仕事で疲れて帰ったあとの一杯は最高だ。しじみ成分が身体に染み渡り、疲労を癒してくれる気がする。もちろん、ロマンのないことを言えば実際は塩分を摂取しているだけなので、「暴飲」にはくれぐれも注意しなければならない。週に二、三杯が妥当であろう。▼味噌汁の味ではなく、しじみの持つ豊富な栄養が目当てであれば、塩分を採らなくても済むサプリメントの方が良い選択肢だと思う。さいわい、しじみを「ダシ」にしたサプリのラインナップには事欠かない。「にんにくしじみ」などとという私の好物をさらに足した品もあるようだし、いつかは試してみる手もあるだろう。

[2186] Aug 24, 2015

仕事を頼んでもやってくれない怠け者は、きっとみんなに嫌われるだろう。みんな大変な思いをしているのに、なんだあいつは、ひとりだけ楽をして。そんなふうに陰口を叩かれるかもしれない。しかし、プロジェクトにとって真に大きなリスクは彼ではない。本当に怖いのは、頼まれた仕事をなんでもやってくれる人である。▼二人が期待通りに仕事を終えてくれたとき、何も問題は起こらないだろう。しかし、もしどちらかが倒れたりパンクしたりしたらどうなるか。当然、人の仕事までこなしてくれていた働き者が抜けた穴の方が遥かに大きい。しかも働き詰めている彼の方が、予期せぬ不幸に見舞われる可能性は高いのだ。▼逆にプロジェクトがどん詰まりになって、いよいよ破滅だとなったとき、怠け者という「余力」は計算外の力になる可能性を秘めている。彼だってプロジェクトと心中したくはないだろう――これこそ最も管理の難しい概念のひとつ、バッファなのである。

[2185] Aug 23, 2015

物置と化した角部屋を片付けるべく、漫画の整理に取り掛かる。棚から溢れ、溢れ、平積みにされたコミックを掻き集めて並べる作業は一苦労だ。そうしていざ、どうしても残したい本とそうでない本を選り分ける段になると、思っていた以上に存在を忘れていた本が多い。そういえばこんな本、あったな……と表紙を眺めても、主人公の名前さえ出てこない作品である。優先的に「売り確」ダンボールへ詰め込む対象だ。▼Kindleでいつでも買い戻せる安心感のおかげで、昔よりは手放す決断も下しやすい。これでも数年前に半分以上始末しているはずだが、このたびも改めて6箱の「ブックオフ行きダンボール」が誕生した。整頓はまだ終わっていないので、もう数箱増えるかもしれない。よくもまあ、こんなに買ったものだ――Kindleで漫画を買うのが当たり前になれば、こんな感慨にひたることも今後はあるまい。明日は昔好きだった漫画について、紹介がてら短く喋ってみよう。

[2184] Aug 22, 2015

私の好きなフレーズを検索にかけたら、十年近く前のブログが見つかった。よく削除されていないものだ。せっかくなのでトップページをつらつら読んでみる。黒歴史かと思いきや、文章もしっかりしていて悪くない。難しい日本語の操り方は今より上手である。いつからか、しゃべるように書く路線に切り替えてからは、随筆のような文体はすっかり不得手になってしまった。▼検索したフレーズを紹介しないのは、ブログを発見されたくないからである。有名な文豪の言葉なので、私の他に誰一人としてウェブテキストに起している人がいないのは驚きだった。小説や随筆の引用なら格言系のサイトに山ほど転がっていそうなものだが、実際は書籍や他サイトからの孫引き・ひ孫引きばかりで、「格言としてそもそも有名なフレーズ」以外は取り上げられていないようである。猫も杓子もコピーの世の中だ。自分の言葉で素直に語れば、オンリーワンになるのは案外簡単なようである。

[2183] Aug 21, 2015

それなり有名だが、こんな問題がある。地球の表面にぴったり沿うよう、赤道のまわりにロープを張って、端と端を結ぶ。このロープの長さは赤道と同じ長さになるだろう。それでは今、このロープを上に持ち上げて、地球上の全ての点で1mの高さに浮かせたいとする。ロープの全長はどれくらい伸びる必要があるだろうか。▼途方も無い長さが必要なように思える。赤道の長さは4万kmもあるのだから。しかし答えはたったの6.28mである。円周の長さは直径にしか比例しない。その直径が2m増えたとしても、円周の長さは2πしか増えないのである。▼モンティ・ホールのジレンマ同様、人の直感を欺くタイプの問題だ。しかしこの問い方だと、まともに計算せざるを得ず、計算すれば正しい答えが出てしまう。ひっかけ問題として出題するなら、四択にしてどれがいちばん答えに近いかを当てさせるのがよいだろう。数十mという答えですら直感的には選びにくいはずだ。

[2182] Aug 20, 2015

ギャンブラーとは。ギャンブラーとは楽天家である。確かなことはわからないが、きっと未来は自分にとって良いようになるだろうと信じている人々である。大切なものを賭ける瞬間に、それを失って落ち込んでいる自分ではなく、より素晴らしいものを手にして喜んでいる自分の姿が浮かんでくる人々である。手痛い敗北のことは綺麗に忘れ、勝利の美味だけを鮮明に憶えている人々である。▼要するに、彼らは成功のイメージが上手い。成功しかイメージ出来ないのだ。未来が自分の思い通りに確定する瞬間を想像する術に長けていると言い換えてもいい。ギャンブラーは、理由もなく自信満々である。そうして世の中には、理由なき自信を持てずに悩んでいる人がたくさんいることを考えると、ギャンブルも捨てたものではないと思えてくる。もちろん現実は厳しく、中毒者は身を滅ぼすだけだが、成功体験と自信のループを垣間見たければ――試しに馬券でも買ってみてはいかが。

[2181] Aug 19, 2015

「King and Queen」は「王と女王」ではなく「王と王妃」と訳さねばならない、という件について、五年くらい前にここで記事を書いた。改めて今日、何かの拍子にこの話になって、それではもし本当にクイーンが女王だったとして、女王の旦那はなんと呼べばよいのかという展開になった。女王の旦那。配偶者。呼び名はあるのだろうか。▼調べてみるとちゃんとある。「王婿(オウセイ)」と言うそうだ。そうして、これにあたる英単語を探してみると「prince consort」が見つかる。一見、直訳すると皇太子妃かと思ってしまうが、princeは後ろから修飾されているようだ。またprinceは皇子の意ではなく、国家元首の夫になった者に与えられる称号としてのprinceと思われる。▼ひょんなことから複雑な世界に踏み込んでしまったが、ともあれ、つまるところ王妃にあたる英単語はなさそうである。女王であろうと王妃であろうと、彼女の権力に変わりはなかったのかもしれない。

[2180] Aug 18, 2015

二点P、Qがあり、|PQ|=mである。また、∠PXQ=θとなるような点の集合について、その点Xから線分PQにひいた角の二等分線とPQとの交点をY、PQとXYの成す角をφとする。このとき、|XY|を、m,θ、φを用いて表せ。▼差し迫る中間期日を前に、昨日、慌てて解いた問題のひとつ。中線定理と正弦定理を使えば答えは素直に出るが、式はそれほど綺麗にならない。特定の状況下で、カメラの理想的な位置を算出するために立てた問題だ。中線定理、正弦定理、あるいは余弦定理、こういう諸々の道具が頭に浮かんでくることのありがたさをひしひしと感じる。つくづく、頼りになるのは数学なのだ。▼最近は数学の重要性を強調する本も増えてきた。数学がビジネスに効くという売り文句を書店で多く見かけるだけでも、学生の意識は変わってくるかもしれない。数学だけは頭の若いうちに基礎を積んでおくべきだと、改めて年寄り臭いことを言っておこう。

[2179] Aug 17, 2015

「どんなプロジェクトでも簡単に破綻させる方法がある。それは、彼らに十分な時間を与えることだ。」▼悲しいかな。世の中のプロジェクトがどれもこれも「時間がない」と悲鳴を上げているのには、そういう訳がある。逆説的だし、認めたくないが、ある種の真理である。こんな空想をしてみれば了解できる。「もし再来月にマスターアップを迎える今のプロジェクトに、あと三年の猶予があったらどうなるだろう?」▼当初計画は何度も練り直されるだろう。皆、今の答えが満点ではないとわかっているので、当然、ブラッシュアップのための会議を開くだろう。多方面に意見を求め、関わるメンバーを増やし、何通りもの仕様を試すだろう。あれもやろう、それもやろう、こんなことだって出来る――混乱を極めた怪物が誕生する。やがてプロジェクトが再び「二ヶ月前」を迎えた頃には、とても収拾のつかない未曾有の事態になっているであろう。時間とはそういうものである。

[2178] Aug 16, 2015

壊滅的なインターフェースを見た。某大手チケットサイトの登録画面。クレジットカードの情報を入力する段で、有効期限の項目が何度やっても通らない。入力欄はただのボックス。記入例も何もない。"03/20"や"03.20"などいろいろな記入法を試してみるも、エラーは「月/年を記入してください」の一点張り。しかも、このメッセージは完了ボタンを押すまで出ない。入力頁にもどるには端末の「戻る」を押すしかないが、間違えて二回押すともれなくそれまでの入力内容が全て破棄され、トップページに飛ばされるという仕様である。▼誰が作ったんだ、こんなIF。思わず呆れてしまった。自前ならIFを馬鹿にしすぎだし、外注だとしたら詐欺にあっていると思う。まともな登録画面を作るという仕事は、多少の心得があれば難しくないはずだが、大手でもこの有り様では、技術者もまだまだ売り手市場かもしれない。正しい有効期限の入力方法は結局最後までわからなかった。

[2177] Aug 15, 2015

入社以来、捨てずに取っておいた会社の「業務ノート」をシュレッダーにかけた。全四十二冊。メモ、計算用紙、アイデアノートの役割を一身に担ってきた偉大なる紙の堆積である。▼退社するからではない。単純に、四十二冊のノートを保管する場所がなくなってきただけだ。それに私は昔から紙類をすぐボロボロにしてしまうクセがあるので、どのノートも端がぐちゃぐちゃで、水に漬けたあと乾かした本のような、ごわごわで酷い有り様になっている。保存する気がハナからないのだ。いつか見直すかもと思ったこともない。今まで取っておいた方が不思議なのである。▼とはいえ、裁断口が薄く割かれたノートを飲み込んでいるあいだ、過去の落書きをしげしげと眺めてみたりもした。業務の全てがここにある。小学生の頃、全教科を一冊のノートで賄っていたせいで、宿題を提出すると他の科目が板書できなくて、先生に怒られたのを思い出した。性格は変わらないものである。

[2176] Aug 14, 2015

私と同じく電子書籍派に啓蒙されたという先輩の一人が、最近、そのせいで本が読めなくなっているという。今の私には興味深い話だ。▼曰く――初めは自分も取り置きたい本は紙で、読み捨てる本は電子書籍でと主旨を分けた運用をしていたが、そのうち線引きが難しいことに気づき始めた。電子書籍でまとめ買いした本を紙で二重買いしたり、逆に紙で買うまでもなかった本が床に積み上がったりして、後悔することがしばしばあった。そんな経験が溜まるうちに、だんだん本を買うこと自体に抵抗を感じるようになった。紙で買うべきか、電子書籍で買うべきか、ためらうのが億劫になってしまった。▼電子書籍で購入した本の二冊目にして、「これは棚に置きたかったな……」とプチ後悔している私がいるだけに、気持ちはよくわかる。電子版を所持している本は紙版も格安で買えるというよう連携が定着するまで解決しない問題だろう。ひとまずは迷ったら紙の方が安全そうだ。

[2175] Aug 13, 2015

ランドール・マンロー『ホワット・イフ?』読了。電車で読んでいて、笑いを堪えるために下唇を噛まなければならなくなったのは、かなり久々だ。三省堂の人気ランキング棚で見かけたとき、今日は買わないが、近いうちに必ず読むことになるだろうと思った私の直感は正しかった。翌日、購入。翌々日、読了である。▼「野球のボールを光速で投げたらどうなるか?」と言う副題がついている通り、馬鹿げた疑問に科学と数学を駆使して大真面目に答えるという「空想科学読本」的なテイストが基本線。その手の本なら類似品がいくらでもありそうなものだが、本書が突出して面白いのは話の持って行き方である。展開が斜め上というか、そう来るとは思わなかったというか、真面目なサイエンスと思わせて結論はジョークという、その匙加減が絶妙だ。顔のない線画の人物たちも、洒落た台詞から表情が見えてくるようで、なんともじわじわくる。第一印象以上に楽しめる本である。

[2174] Aug 12, 2015

文章、あるいは曲について。アマチュア作品の鑑賞をしていると、それなりの頻度で「偉人の傑作を部分的に引用した作品」に出会う。例外なく印象は悪い。上手く馴染ませたと思っているなら浮いているし、隠蔽できたと思っているならモロバレである。▼唐突な引用は、会話中にいきなり声色を変えるようなものだ。言われている内容など二の次で、その怪訝さに気が向く。作者への不信感が生まれ、その後の話も素直には頭に入ってこなくなる。▼「その引用がなければ作品が成立しない」ほど根の張った計画でない限り、傑作の部分的引用はやめよう。引用したくなる気持ちはたいてい、失敗しそうだから予防線を張りたい、いつもの語彙が尽きた、内容に自信がないから作者の知識を披露したいというような、ロクでもない欲求から生まれてくる。そんな横着心を捩じ伏せて、最初から最後まで自分の言葉で語ることこそ創作の醍醐味だ。褒められたときの嬉しさも一入である。

[2173] Aug 11, 2015

その昔は覚せい剤も、物によっては巷で普通に売られていた。今日では健全にもレッドブルとモンスターエナジーを日替わりで嗜んでいる我々だが、時代が違えばヒロポン片手に昼夜闘う企業戦士になっていたかもしれない。幻の九蓮宝燈が見えないうちに、マスターアップを迎えられればよいのだが……。▼もちろん、現在ではアンフェタミン系の精神刺激薬は覚せい剤取締法によって譲渡、所持、使用が厳密に制限されている。古き除倦覚醒剤は、薬効的に害の少ない「エナジードリンク」に取って代わられたわけだ。▼しかしこうなると、麻薬、覚せい剤の取り締まりが厳しさを増すにつれ、今度はエナジードリンクの過激さが増していく未来が想像できる気もする。世界中を虜にするレッドブルが「栄養ドリンク」の呼称を頑なに避けるのも、栄養ドリンク扱いになると、国や地域によっては医薬品として販売規制を受けてしまう可能性があるからだと言われるくらいなのだから。

[2172] Aug 10, 2015

読みたい本をアマゾンで検索すると、Kindle版は無いことが多い。しかし、最近日課にしている「各カテゴリのランキング上位の逍遥」をしていると、そこそこKindle版が購入可能になっている。つまり、こういうことだ。世のトレンドは電子書籍に向かっている。そうして私の好みは、世の中のトレンドに逆行している。▼ともあれ、Kindle版は価格も安いし、電子が紙に勝るポイントをいくらか持っているのも事実。以前、Nexus7で電子生活を試みたが諦めてしまったのは、まさに趣味にあたる部分、主要な読書を急に電子化しようとしたからだろう。所持していたい気持ちが薄く、読み返すつもりもなく、さほど人に貸そうとも思わないが、目は通して置きたい、なんとなく読んでみたい――そんな本にはやはりKindle版がうってつけかもしれない。▼このように意識を変えた上で、Nexus7を再活用してみよう。いつも充電切れした鞄の中の重たい板に、もういちど輝くチャンスを。

[2171] Aug 09, 2015

ビスマルクは老年、健康のために医者から水分の摂取を制限されていたそうだ。太るから水を飲むな、というのである。▼カロリーのない水を飲んで太る、いわゆる「水太り」が本当かどうかは、素人がちょっと調べてみたくらいでは真実がわからないほど意見が分かれている。しかし、太る、太らないは別としても、摂り過ぎが身体に良くないという点では見解は一致しているようだ。常日頃、絶えざる喉の渇きに悩まされる私としては、最も気になる健康上のトピックのひとつである。▼摂取の適量は一日2リットルまで。野菜などに含まれる水分を含むため、液体として摂るべき水分量はさらに少ない。私が液体で飲む水の量は平均して日に4〜5リットルなので、完全に超過している。とはいえ喉が渇くのはどうしようもないので、最近は塩分を控える方向にシフトして様子を見ているところだ。ジャンクフード、塩分、水の順で控えていけば、結局は肥満の防止にもなるだろう。

[2170] Aug 08, 2015

インターンで二ヶ月ほど、サンフランシスコに行っている弟から写真が届いた。到着からしばらく安否のメールすら寄越さなかったので心配したが、どうやら今のところ問題はないらしい。ミディアムを頼んだら特大サイズの甘いコーラが出てきたというので、早速食文化の違いに直面しているようだ。当人、初海外である。▼かくいう私も、海外は大学入学時に旅行でいった数日間のニューヨーク滞在のみ。それも直前に飲みつけない市販の風邪薬を服用したせいで連日副作用に悩まされ、発熱と化膿で体調は最悪。朦朧とした意識で日本食を求めて暗いビルの影を彷徨った記憶しかない。それに比べれば遥かに良い海外経験になるだろう。▼初海外、初仕事、単騎特攻。働いている今だから思うが、こういう無茶というか、無謀なことも学生のうちしかできない。年寄り臭い台詞かもしれないがつくづくそう思う。後悔はしていないが、私の学生時代は少々保守的過ぎたかもしれない。

[2169] Aug 07, 2015

ちょっと前、おみやげにスルメを頂いた。私は昔からスルメが好物のひとつ。物心付く前からおやつにはスルメを齧っていたらしい。そのときの記憶があるから、今も好きなのだろう。三つ子の魂百まで。▼ところがこのスルメ、大袋ということもあって、そのままではあまり美味くない。仕方ないので、顎を鍛えるにはちょうどいいかと、味は気にせず食べていたが、ふと思い立って炙ってみると、なかなか良い薄味に仕上がった。タッパーに移しかえて部屋に常備し、夜のおやつに少しずつ食べていたのである。▼しかし火を通したことで、味はよくなったが、私の方が油断してしまった。焼いたスルメが悪くなることなんてないだろうとタカをくくって、記録的な猛暑日のつづく今週、机の上に放置していたら、すっかり危険物に変わってしまったのだ。気づいたのは身体に異変が起きてからであった。▼真夏の食べものには注意してしすぎることはない。生物以外も要警戒である。

[2168] Aug 06, 2015

シャワーを浴びるとさっぱりするのは良いことだが、私は昔からどういうわけか、浴室から出ると酸欠状態になっている。シャトルランをやりきった人のように、しばらく床に打ち上げられて動けない。夏は特にそうで、身体が冷えるまでのあいだにかなり体力を消耗してしまう。ふらふらである。▼もともと下が50台、上も100に乗らないほどの低血圧なので、血管が拡張するとさらに血圧が低下し、本当に脳へ酸素がまわっていないのかもしれない。こうした酸欠は脱衣所と浴室の温度差が激しい冬場に起こりやすい症状だと言うが、体温の過渡応答が長く、脱衣所でも高血圧の状態になりにくいであろう私の身体のことを考えれば、夏に起こっていても不思議ではないだろう。▼とにかく、すぐに身体を冷やして血圧を上げている。子供の頃は冷蔵庫に顔を突っ込んだりしていたものだ。こと体温調節に関しては難儀な身体ではあるが、大事故にならないよう気をつけていこう。

[2167] Aug 05, 2015

鳴っていたい、いつまでも鳴っていたいと願いながら、鳴り止みたい、もう鳴り止みたいとも心のどこかで思っている。そんな曲が聴いていて好きだ。ダンスフロアのような執着力と、交響曲のような結末の希求力を、出来ることなら併せ持っていて欲しい。全てを聴き終えたとき、最後まで辿り着いたことへの強烈な満足感と同時に、ああ、もう自分はこの曲について何も聴くものが残っていないんだという、無力感とでも言うべきものが押し寄せてきて欲しいのである。▼もうこれ以上聴くものがなくて苦しいから、仕方なく同じものを聴く――リピートにはそんな動機もあるのではないだろうか。本当にすべてが語り尽くされていたら、二度目を体験したい気分にはならない気がする。鳴り止みたいと思う心を汲んで聴き終えた曲の、今度は、鳴り続けていたかったという思いを汲んで、再び聴き始める。そういう浸り方が性に合う。好き嫌いとはつまり、そんなぐだぐだであろう。

[2166] Aug 04, 2015

西武ライオンズが歴史的な苦境に立たされている。球団記録を塗り替える十三連敗。ライオンズファンの闇は、十二連敗で辛くも踏みとどまった我々ベイスターズファンより、もはや深い。▼パ・リーグはそこまで詳しくないが、ダントツの打点王を抱えて絶好調だったはずの打線が完全に湿気ているのは見ていてわかる。加えて、運にも恵まれない。打てば守れず、守れば打てず。投打が咬み合わないとはまさにこのことだ。誰か一人の活躍では、チームは勝てない。野球がチームスポーツであることを否応なく思い出させる事件である。▼チーム。口にするのは簡単だが、捉え所のない、悩ましい存在だ。チームの調子とは何なのか。どうすればチームとして結果を出せるのか。いつかリーダーとして大きなチームを率いるとき、嫌でも考えなければならないことだが、今のライオンズベンチにかける言葉が見当たらない私は、将来、チームの危機で苦労することになるかもしれない。

[2165] Aug 03, 2015

後輩からの質問。聞く上で、一番好きな楽器は何ですか。私の回答は、ちょっと悩んだ末に本命の「ピアノ」。それに対して、後輩がこんなことを言う。ピアノって、変な言い方ですけど、工夫の余地があんまりないんじゃないですか。叩く強さしか変えられないですよね。聞いてて飽きたりはしないんですか。彼はピアノを貶したかったのではなく、純粋のピアノという楽器の「簡単さ」を疑問に思っていたようだ。▼以下、私の回答を要約する。その通り、こと音を出すということに関しては、ピアノに工夫の余地は少ない。木管と違って、猫でも弾ける。弦楽器と違って、素人でもプロと同じドの音が鳴る。しかしだからこそピアノは、音を出すことではなく曲を弾くことに工夫を凝らす。簡単に音が鳴るという特性が奏者を曲の表現に集中させてくれる。曲、ストーリー、そのレベルだけがピアノの工夫しうる表現だ。ピアノは音を出す楽器じゃない。ドラマを弾く楽器なのだよ。

[2164] Aug 02, 2015

大圖衛玄『ゲームプログラマのためのコーディング技術』読了。数日前の記事で、チームプログラマがコーディング技術を磨くことの悲哀を説きはしたが、かくいう私もやはり個人としてはより良いコードを書きたいと願っている者なので、この手の良書はいつも歓迎である。▼位置づけとしてはリーダブルコードの延長線上といったところ。「ゲームプログラマのための」とあるが、技法がゲームコーディングに特化しているわけではなく、著者のキャリアと具体例がゲームプログラミングであるに過ぎない。誰でも読めるという意味でプラスに捉えるべきだろう。▼傾向は、とにかくコード行数とネストを減らすことに特化した圧縮主義。ラムダ式とSTLによる自己説明的なプログラムを目指す姿勢は徹底していて、そこまでやるかと思わせる原理主義ぶりは嫌いじゃない。巨大なプログラムは自然言語的であることが求められる。条件分岐とループでゴリ押す時代は終わったのだ。

[2163] Aug 01, 2015

早朝、小学校。ぎらぎらと夏の太陽が照りつける炎天下の校庭。町内会の班長業務のひとつ、夏祭りの本部設営である。▼できれば曇ってくれという祈りはどうやら神様の不興を買ったようで、今日の空は雲ひとつない快晴となった。立っているだけで汗が滴り落ちる猛暑の中、軍手越しにもジリジリ熱い金属製のテントを組み立てていく。組み上げたテントだけが唯一の日陰になるので、天蓋の布を張ってから次に取り掛かるまでのあいだが休憩時間だ。暑さと汗はどうにもならない。せめて水だけは浴びるように飲む。▼机を並べたり、椅子を担いだり、飾り物をつけたり、太鼓を動かしたり……雑務をせっせとこなしていたら、なんとか昼には片付いた。一旦帰宅。シャワーを浴びて汗を流し、扇風機の前で身体を休めて、いざ出社――。数十秒で汗だくが帰ってくる。垂直な日光が重たい。出社前に疲れ果てるような日はそうそうないが、案外、仕事ははかどるから不思議である。

[2162] Jul 31, 2015

ウインドウズ10へのアップグレード、完了。帰宅したらアップグレード可能のバルーンが出ていたので、どうせいつかはやらなきゃならんと、スケジュールではなく即実行を選択。即の名に違わぬ早さで、あっという間に「10」のロゴが表示された。あれほど面倒だったOSの更新が、今やワンボタンで完了とは。良い時代になったものだ。▼前評判が好評なのは知っていたが、ざっと触ってみた感触は、アップグレード直後ということを考えると今まででいちばん良い。XPや7のときでもこうすんなりとは馴染めなかったように思う。8でインターフェースの変化に慣らされたのが効いているかもしれない。少なくとも劣化した部分は見当たらないので、常用のアプリケーションが起動しないのでもない限り、8を使い続ける意味はなさそうだ。▼さあ、いよいよ「次」のない時代に辿り着いた。マイクロソフトの新たなる展望、サービスとしてのOSがどうなるか。見物である。

[2161] Jul 30, 2015

耳コピについて尋ねられたので、簡単に私見を述べた。ちゃんとした意味での耳コピはもう長らくやっていないが、訓練のためにするというのであれば、こうしたほうが良いだろうという見解は私にもまだある。▼主張は二つ。一、メロディではなく低音から耳コピすること。低音が取れていればメロディ聴取の助けになるが、メロディは低音の耳コピを助けてくれない。第一、よほど複雑な曲でない限り、メロディの耳コピはもっとも簡単である。もっとも簡単だからと最初に手をつけてしまうと、コードや低音に差し掛かった途端つまづいて、その曲を諦めての繰り返しになり、全く練習が積もらない。▼二、好きな曲よりやりやすい曲を選ぶ。好きでやりやすければ最高に良い。なにしろ耳コピは仕上げなければ力にならない。「取れる所だけ取る」の繰り返しは、得られる経験値がかけた時間の割にあわないと知るべし。人を成長させるのは、十の未完成品より一の完成品である。

[2160] Jul 29, 2015

コーディング技法を扱った本は総じて出来が良い。平易でわかりやすく、書かれていることは正論だ。しかし、この手の本がいつも故意に触れていない真実がある。本が主張するような優れたコードを書くための様々な原則を「全て守っているコード」が最良だとしたとき、最悪なコードは、それらの原則を「全く守っていないコード」ではない。最悪なのは「中途半端に守っているコード」「守りかけて諦めたコード」「守っていたところへ守らない人が手を入れたコード」である。この順に悪くなっていく。▼恐るべき現実との闘いを予感させる真実だ。なぜならこれは、チームプログラミングにおいては、各人が良いコードを書こうとすると、その努力が至らなければ毒になり、また誰か一人が技法を完璧に極めたとしても、そのことによってチームとしての品質は向上するどころか低下する恐れがある、ということを示唆しているからである。逆説的だが、これが悩みの種なのだ。

[2159] Jul 28, 2015

タスク管理、スケジュール管理の出来なさを嘆いている後輩がいる。▼真面目、誠実という柄でもないが、かといっていい加減な性格でもない。なんとかしなきゃと思いつづけてなんともできないタイプである。詳細な予定を立ててはいるが、結局は間に合わなかったり、重要なことが後回しになったりしているのは、恐らく彼が詳細な予定を立てることに向いていないからだろう。▼直接伝えたことの繰り返しだが、いくら世の中で名作と言われるタスク管理ソフトを使っても、自分の性に合わなければ意味が無い。タスク管理とは要するに、自分の性との付き合い方だからである。成功するには「絶対にTODOを使え」と言う人と「絶対にTODOは使うな」と言う人がいる時点でお察しではないか。▼メモを取れば取るほど物忘れをする人もいるということを、メモ信者は決して理解しないものだ。ことこの手の話題に関しては、他人の言い分を鵜呑みにしても百害あって一利なしである。

[2158] Jul 27, 2015

18ヶ月の時を経て、ようやくマグカップが完成したらしい。▼遡ること2013年の暮れ。キックスターターに出ていた「The Temperfect Mug」に出資した。コーヒーを注いですぐは熱すぎて飲めないが、冷まそうと思って放置するとすぐにぬるくなってしまう、そんな苦い経験を元に作られるというマグカップの売りは、「注いだコーヒーが適温まですぐに冷め、その後は温度が下がりにくい」というものであった。価格は40ドル。完成予定時期は2014年7月とあった。▼それからずっと、メールには「もう少しで完成なのだが、予想外の困難が……」という報告が毎月届き続けていたのである。物を完成させるのは本当に難しいものだ。邪推だが、キックスターター企画の多くは立ち消えているのでは……とさえ思ってしまう。マグカップは一年遅れとはいえ完成してよかったが、果たして満足行く仕上がりかどうかは使ってみるまでわからない。到着予定はまだ不明である。

[2157] Jul 26, 2015

Cubase8がけっこうひどい。▼今まで出来ていたことが出来なくなる、いわゆる後方互換性のないソフトウェアは、少なくとも目立つ告知なしに作られてはならないし、たとえ告知があってもそうそう許されるべきものではない。過去のプロジェクトから読み込んだVEのサーバーが立ち上がらない問題を、新しいプロジェクトで立ち上げたVEにこつこつパラメータを移植することで解消していたら、今度はノートの編集にバグが発生した。複数のノートを選択してベロシティーなどを編集すると、ときどき他の遥か離れた小節にある別のノートを無条件に巻き込んで、一律に同じ値を設定してしまうバグである。▼このバグの恐ろしいところは、発生したかどうかが事後的にしか確認できないところだ。通しで聞き直していたら妙に音量のちぐはぐな音を見つけたので、連続アンドゥしてみたら気づいたというレベルである。最悪だ。パッチはまだない。さすがに苦情を検討中である。

[2156] Jul 25, 2015

忙しく仕事をしていると創作する時間がないとか、会社の地位で自尊心が満たされてしまうために意欲がなくなるとか、真の芸術家になるためには勤めの時間は無駄だとか、エネルギーがあるのは若いうちだけだから、年老いる前に芽が出なければもはや成功の目はないとか。▼ときに焦ることもあるだろうが、ここはひとつ晩成の作家、サミュエル・スマイルズの言葉に学んでみよう。「私が若者に言いたいのは、せっせと努力を続けよということだ。失敗したら、やり直せばいい。まじめで誠実にこつこつとやっていれば何事も最後はきっとうまくいく。」▼「いいかね、私は四十五歳で初めて売れる本を書いたんだ。それでも、著作よりビジネスマンとしての素養や習慣のほうを誇りに思ってきた。私には二十一年間の鉄道会社勤務の経験があり、物書きとしてよりも精力的で時間厳守のビジネスマンであることを誇りにしてきた。今、振り返ってみると、すべてが夢のようだよ。」

[2155] Jul 24, 2015

自分をアピールする文章を書く時、慣れていないとやってしまいがちなのが、自分の「機能」を並べることだ。私はこういうことが出来ます。こういうことに秀でています。こういうことなら誰にも負けません。等々。▼優れた販売員なら、購入を迷う客相手に商品の機能を並べ立てたりはしない。代わりに商品の「効用」を強調するだろう。ベネフィットと言い換えてもいい。要は、この商品を買えば、こんなに良いことがありますよ、という話だ。▼自己アピールも同じである。書くべきは聴き手をうんざりさせる自分本位な能力自慢ではなく、その能力のおかげで私はあなたに何をしてあげられるのか、私がいればどんなに良いことがあなたに起こるのか、あなたにとって何が可能になるのか、そういう話であるべきだろう。そういう話こそ、まさに聴き手が聴きたい話だからだ。▼自分の言いたいことではなく相手の聴きたいことを話すこと。読み手の意識。基本中の基本である。

[2154] Jul 23, 2015

私の文章はよく漢字を開き過ぎだと言われる。ここの記事がそうでないのは、つとめて閉じているからだ。本当ならもっと開きたい漢字はたくさんあるが、記事という体裁を意識して常識的な漢字濃度を選んでいる。しかし、同じように意識しているはずの文章でも、たまに「素」が出てしまうらしい。小論文を査読してもらったら、これがひらがななのはどうだろうと首を傾げられた箇所がいくつかあった。指摘されて読み直すと、たしかに論文としては柔らかすぎる印象である。査読者のセンスも素晴らしい。▼小説やエッセイのように自由が効くところなら、読みにくくない限りは遠慮なく開いていく。単に重たくなるのが嫌いだからかもしれないし、目が悪くて密度の濃い文章が嫌いだからかもしれないし、ひらがなのほうが形の好きな単語があるからかもしれないし、中勘助の散文に影響を受けているせいかもしれない。漢字の開きグセ。今となっては出処の不明なクセである。

[2153] Jul 22, 2015

私はどちらかというと新国立競技場の計画見直しに安堵している方だが、それは2500億があまりにも巨額の損失だと思っているからではない。単純に、当初の計画から予算が膨れ上がり過ぎていることに裏を感じるのと、このままでは最終的にいくらになるか検討もつかないことが主な理由だ。▼絶賛炎上中の「たった2500億」発言も、この建築物が国家プロジェクトであることを考えれば、そう大きくは間違っていないと思う。なにしろ2015年度の社会保障予算は110兆円だ。無駄だらけと言われる社会保障費を一年だけ、たったの0.5%削れれば、今よりさらに見積りが倍増しても余裕で箱が建つ計算である。▼そう安易な計算が出来るものでもないことは重々承知だが、「何を基準に高いと言うのか」とぼやきたくなる気持ちも少しはわかる。しかし、費用を絶対値として見ている推進派と、相対値として見ている反対派が妥協することは恐らく出来ないのだろう。

[2152] Jul 21, 2015

初夏から体調は悪化の一途。こう二時帰りの三時就寝がつづいては仕方ないが、今までの繁忙期とくらべても身体へのダメージが大きいのは、今が夏だからだろう。これまで夏に忙しさのピークが来ることはなかった。熱帯夜。加速する睡眠不足。疲労の取れる隙がないということだ。まして8月に向けさらに忙しくなるのだから、戦々恐々せずにはいられない。▼それでも隙を見て、久々の曲計画を楽しんでいる。とにかく聴いて聴いて、聴きまくって、面白いアイデアが浮かんでくれば良し、浮かんでこなくても音楽を聴いているだけなので損はないというわけだ。エクセル片手にあれこれ並べ替えるのは仕事を彷彿とさせるマウスワークだが、2013の「条件付き書式」が死ぬほど使いにくいことを除けば、エクセル作業はもとより嫌いじゃない。どうせ暑くて眠れない夜だから……とつい夜更かしする心を宥めるのが難しいほど、今は気分が乗っている。体力を気分で補うのだ。

[2151] Jul 20, 2015

小論文を書く。文章は書きつけているつもりでも、いざ人に評価される文章をきっちり仕上げるとなると、そうすらすらと言葉が出てくるわけではない。ただ、パラグラフひとつ分の主張さえ決まってしまえば、段落の頭から終わりまでは文法的にも内容的にも一貫性のある文章が書けるのは、日頃の訓練のおかげと言えそうだ。▼いつの間にか書き方も変わっている。以前は冒頭から文字を詰めていくスタイルだったのが、今は主張だけ先に箇条書きや乱暴なスラングで書き出して、細かい言い回しや文章を後から整えるというスタンスになった。いまだに音楽の方が前者の「最初から詰めていかないと整合性が確認できない」段階にいることを考えると、何事につけ、熟練するにつれて後者の手法に移っていくのかもしれない。▼指定はA4で2枚。つまり展開できる大主張は3点から4点。かぶらないように、しかし関連性を失わないように、練り込んでいく作業はいつでも楽しい。

[2150] Jul 19, 2015

ヘヴィなバグをひとつねじ伏せた。フレームレートが安定していて、かつステージをX軸方向に横切らないと起こらないカメラの振動である。▼ワールド座標が影響するあたり生半可なバグでないことはすぐにわかった。しかし現象発生のログを出してみても、個々の姿勢制御パラメータに不都合な箇所は見つからない。距離も、角度も、それぞれがリニアに変化するベース値を元に、独立してバネダンパで制御されている。微振動が発生しているタイミングをジャストで取ってみても、周辺のパラメータは穏やかなままだ。▼変数の遷移を全て吐き出し、エクセルに貼り付けてグラフに起こして、眺めること十時間。ようやく判明した原因を記すには余白が無さ過ぎるが、手短に言えば、従来のカメラシステムでは、各々のパラメータが正常でも、複数のバネダンパが特定の状態を取ると視点位置の振動が起こりうるという根の深い原因であった。たまには前提を疑うことも必要である。

[2149] Jul 18, 2015

ラーニングピラミッドを頼るまでもなく、受動的な学習よりも能動的な学習の方が憶えのいいことは経験的にわかる。同じように趣味もまた、受動的なものより能動的なものの方が没頭しやすいと言えそうだ。受動的な趣味、つまりインプットを中心とする趣味に広く手を出している人が、能動的な趣味、即ちアウトプットを中心とする趣味に打ち込んでいる人を見て、自分にはあれほど熱中できる趣味はないから羨ましい、と言うのを何度か目にしたことがある。▼もしより充実した趣味の時間が欲しいなら、今ある受動的な趣味を能動的な形に変えてみよう。アニメを観る行為は受け身だが、実況スレで実況したり、設定を考察して語ったり、二次創作をしたりすれば立派な能動態になる。野球観戦は、実際に野球を遊べないまでも、バットの素振りをしたり、キャッチボールをしたりすれば能動的だ。受動的趣味の代表格、読書であれば、やはり文章を書いてみるのがよろしかろう。

[2148] Jul 17, 2015

新国立競技場の見直しが決まって、ちょっとほっとしている。私は本件、世間で言われるほど森喜朗元首相が悪者だとは思っていないが、経緯がどうあれ円安も手伝って予算が膨らんでしまったことだけは事実。まして世論が騒ぎ出した現段階の金額で収まるはずもないのだから、収拾がつかなくなる前に撤退できたと言うべきだろう。▼とはいえ、それでは代わりに旧国立競技場の焼き直しを低コストで作ろうとか、実現性の高い伊東豊雄案に切り替えようとか、そんな単純な話でも上手くは行きそうにない現状。決して延期のできないオリンピック開催という納期に向けて、国際社会を納得させつつ現実的な予算で竣工まで漕ぎ着けるかどうか、今度はそちらの不安がよぎってくる。▼せっかくだから世界に誇れる競技場にして欲しい。けれども、莫大な負債を抱えて未来に禍根を残すようなことはして欲しくない。悩ましくもわがままな理想との闘いがついに始まる。戻り道はない。

[2147] Jul 16, 2015

棋聖戦第四局。度肝を抜かれる一手を見た。▼後手・豊島七段の6二金に対して叩いた先手・羽生棋聖の6三歩。手駒に一枚しかない貴重な歩を放っての強気な攻めだが、これ自体は驚くような手ではない。事件が起きたのは豊島七段がこれを取らずに6一金と引いた後。三十分近い長考の末、羽生棋聖が指したのはなんと、6二歩成であった。▼思わず目を疑った。馬鹿な!と叫びそうになるほど、羽生の手としては驚愕である。6三歩と叩いて6一金に6二歩成ということは、同金で一歩丸損。一手前に自ら叩いた歩の完全否定ということだ。結局、打ってみてから活路のないことに気づいて、すかさず反省したということだろうが、羽生さんクラスの人にもこんなことがあるのかと妙な息が漏れた。▼しかし、貴重な歩をタダで捨てる羽目になっても、結局は勝ち切るあたりが最強棋士の面目である。6二歩に対する勝負後のコメントは「恥ずかしいのですが、仕方がない」だった。

[2146] Jul 15, 2015

講義を受ける…5%。読書する…10%。視聴覚教材で学習する…20%。実験教材でデモを見る…30%。グループで討論する…50%。自ら実際に体験する…75%。学んだことを他人に教える…90%。平均学習定着率、ラーニングピラミッドと呼ばれる学習効果のランキングである。▼といっても、こうして眺めていて特別直感に反する項目はないだろう。「講義を受ける」から「デモを見る」までが受け身の学習方法、「討論する」から「他人に教える」までが主体的な学習方法であることからも分かる通り、この表が示唆しているのは、学習に対して主体性が果たす効力の大きさである。▼要するに、十倍良い講義を受けるより、五倍良い本を読むより、一度でも自ら体験してみた方が学習効果は高いということだ。効率の良い勉強法とは、主体的な勉強法に他ならない。百聞は一見に如かず。もちろん、この「見」とは視聴覚の視ではなく、伝聞を挟まぬ眼前の体験を言う。

[2145] Jul 14, 2015

家電は新製品を売るために、旧製品より高く売るために、無理矢理でもアピールポイントをつけなければならない。メーカーの思惑というよりは家電量販店からのプレッシャーである。量販店とてこのご時世、型落ちの割引品しか売れないようなメーカーに割くスペースなど持てない。▼熱帯夜を安全に過ごすため、扇風機を物色に会社傍のヤマダ電機へ出向いて「無理矢理感」を久々に痛感した。涼しくなるための扇風機を買いに来た私に、特価品二万の値札を下げたメーカー各社が胸を張ってくるのは、空気清浄効果であり、衣服の匂い取りであり、1/fゆらぎによる自然な風であり、3D首振りの画期的な動きであり、クールなデザインであり……。▼裏側の通路には三千円のアナログボタン式扇風機が並んでいる。涼しくて、シンプルで、願ったり叶ったりの品だ。そんな過去の優秀な自分自身を出し抜くとっておきの殺し文句が、どうも空振りしているように思えるのである。

[2144] Jul 13, 2015

「講演をするってことが作家にとっては危険きわまりないんです。やってるうちに、えらそうな賢者ぶりが身についてしまいましてね。初めは、一応のたしなみがあれば、講演はいやだとか何とか言うんですけれども、いずれは自分の声に惚れていくんです。うっかりできませんよ。感性が荒れてきます。人前でしゃべりたがるのは人類共通みたいですけどね。ふだんは臆病な人が、でんと構えたりして。とくに意見なしだったはずが、いざ聴衆を前にすると天下のご意見番になります。」▼アメリカの作家、ウィラ・キャザーが、グランドセントラル駅で列車の時間待ち中、アメリカの作家にとって最大の障壁は何だと思うか、と訊かれて。彼女の答えは、商業主義でも、禁酒法でもなく、ずばり講演病。「何ならやってごらんになれば? 日曜学校とか、身よりのない子供の学級なんてところで、一席ぶつんです。大人物になったような気がしますから。すぐ味をしめます。ご用心。」

[2143] Jul 12, 2015

Cubase8でViennaEnsambleProが接続できない。どちらも最新のアップデートを適用してみたが、インスタンスを立ち上げると、ロード直後に落ちてしまう。利用可能なインスタンスの一覧は増やせるが、肝心のインスタンスはどこにもない、あるいは接続できないという状態だ。新規作業が出来ないのみならず、古いファイルもプレイバック出来なくなっているので困るどころの騒ぎではない。▼同様の報告を探すと、有力な日本語ソースは見当たらないが海外のフォーラムでは似た症状を訴えている質問者が数人見つかった。日付はそこそこ古いので、バージョンアップ直後から発生している現象と思われるが、スタインバーグ公式には何の言及もないし、パッチも来ていないようである。最終的に解決していそうなスレッドも今のところ見つからない。▼万策尽きたら、しかるべきところへメールを出す心算。すんなりと後方互換できないメジャーアップデートはやめて欲しいものだ。

[2142] Jul 11, 2015

本を読むのも自己投資。セミナーへ出席するのも自己投資。旅行へ行くのも自己投資。エステに通うのも自己投資――実際、多くの「浪費」が「投資」という耳障りの良い言葉で誤魔化されている。▼浪費と投資の違いを見分ける基準について、わかりやすい話を聞いた。たとえばエステ。自分も美しさを保てるし、旦那も喜んでくれるから、これは自己投資だと主張する奥様について、次のように尋ねてみる。「ではエステに使う金額を十倍にしたら、旦那さんは十倍喜びますか?」▼「お金をかけたら見返りがある」だけでは投資ではない。「お金をかけた『分だけ』見返りがある」のが投資と呼ばれるべき行為であると彼は言う。そうして、投入と回収が比例しているかどうかには、万人が納得できる客観的な基準がなければならない。私は十倍幸せだ!と主張しても、他の多くの人がそうは思わないのであれば、それはやはり投資行為ではなく、趣味への浪費に過ぎないのである。

[2141] Jul 10, 2015

まとめてインタビューばかり読みつづけた後の雑感。インタビューを受けた人々の職業は作家、記者、学者、宗教家、活動家、発明家、政治家と多岐にわたるが、率直に言って政治家がもっとも面白く、作家がもっともつまらなかった。当初想定していた序列とは真逆だが、読後の今にして思えば、即興で人を感化するだけの口が回らなければ政治家は務まらないし、作家の本懐は時間をかけて言葉を煮詰めることであるから、この結果は妥当なのかもしれない。▼言うなれば自らの思想を態度で示すようなメタ的な受け答えはインタビュー向きではなく、事実と、その事実に対する見解を端的に述べてくれる方が、記者の質問に噛み合っている感じがして気持ちが良いということだ。読んでいて人柄も伝わってくる。私としては、第一巻ではビスマルクが最良だった。政治の世界などまるで興味のない私だが、そんな私でも唸らせるほどのカリスマが当時の人々を惹きつけたのであろう。

[2140] Jul 09, 2015

アメリカ先住民シャイアン族の族長<トゥ・ムーン>までの面子に加え、レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ、W・T・ステッド、クリスタベル・パンクハースト、ウッドロー・ウィルソン、グリエルモ・マルコーニ、G・K・チェスタトン。以上、ブリガム・ヤングより二十八名をもって、クリストファー・シルヴェスター編『インタヴューズT〜マルクスからトルストイまで』を読了。▼個々の感想はいずれ個々に述べるし、全体の感想は全三巻を通読するまで保留ということで、いよいよ世界大戦の立役者たちが待つ焦臭い第二巻へ歩を進めるというくらいだが、ひとつ初めて知ったこととしては、文春学芸ライブラリーの紙質が好みに合う。中公文庫より薄く幅を取らず、河出文庫よりさらりと手触りが良くて、新潮文庫よりは厚いがしっかりしている、持ち運びにはちょうどよいタフネスと繊細さだ。無駄に硬い紙を選ぶ傾向のある学術文庫系の中では、一番読みやすいと思う。

[2139] Jul 08, 2015

ギリシャの破綻危機、中国の株価暴落、国内では東芝の不適切会計。経済のビッグニュースには事欠かない年である。もとより普段から債務不履行だの粉飾決算だのと金融にまつわる不誠実な単語が聞かれない日はないが、こと最近のトピックスはどれもこれも規模が大きい。疑惑が疑惑を読んで次々不正が暴かれ、破綻、煽りの不況、自暴自棄……とドミノ倒しが続いたら、実際、どうなるかわかったものではない。第三次なんとかにならないとも限らない不穏な世の中である。▼そうしてこんな惨事の裏には、必ず巨額の富を儲けている人々がいるものだ。まして偶然の機会に便乗して儲けるだけならまだしも、今回のギリシャの一件が少なからずそうであるように、自ら将来の破綻を誘導する手口を繰り出してくるのだから堪らない。ウィルソン大統領の言葉を借りれば「パニック製造人」とでも言うべきヘッジファンドの存在感は、成した悪事と引き換えに日々増すばかりである。

[2138] Jul 07, 2015

誰もいない室内。机の上にコーヒーカップがある。その机から目を逸らして背を向け、もういちど机の上を見たとき、カップが無くなっていたら誰でも驚くだろう。現実のことかどうか疑うに違いない。▼リアリティのある世界とは、予測を充足する未来がやってくる世界のことである。そうしてその予測を立てるための前提となる法則が、物理法則や論理法則のような直感的に覆しにくい法則であればあるほど、予測への裏切りはリアリティを損なう結果になる。重要なのは物理法則そのものではない。物理法則によって物が動く世界に慣れ親しんだ私たちが、予測した通りに物が動いてくれることが重要なのだ。▼リアルな仮想世界の構築は予測ベースのアプローチで行うのが良い。現実世界の諸法則を順に組み込んでいってもリアルに近づいていくとは限らないが、我々の予測に近い動きをするよう実装を進めれば、たとえ牛歩でも少しずつ、目指す世界に近づいていくはずである。

[2137] Jul 06, 2015

またしても将棋の話。仕事も立てこんできて、いよいよ終電帰りも睡魔と同居するようになってきた。ふらふらの頭では手筋も見えない、定石も間違えるというわけで、しぜん勝ち星から遠ざかる。達成率も大幅に下がってしまったので、良いキリだと思って対戦相手の設定レベルを下げてみた。中央からひとつ上。「やや強め」である。▼やや強め。基本的には苦戦を強いられるものの、熟考熟慮すれば勝利も見えてくるような、上達には最も良いとされるレベル。これまで「かなり強め」と闘って負けこんできた身としてはそんなイメージだったが、果たして、2級の私に今日、選ばれた「やや強め」な相手は連勝中の四段であった。先日は五段ともマッチしている。当然、二試合とも目も当てられない圧敗だった。「やや強め」とは一体。▼レベル設定はプレイヤーの自尊心にとってセンシティブな項目のひとつ。慎重にデバッグして理不尽のないようにデザインしたいものである。

[2136] Jul 05, 2015

ダイソン。吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機。吸引力が変わらないのは初めから吸引力が低いからだと揶揄されることもあるが、目詰りを起こしやすいサイクロン式でありながらメンテナンス性の高い掃除機を提供しつづける技術力は確かなもの。実際、ダイソンが犠牲にしているのは明確に「騒音」と「排気」であって、この二点を許容できるなら選択肢としては申し分ない。▼布団からダニを駆逐すべく、ダイソンのV6マットレスを購入。比較実演でもダイソンのパワーは頭ひとつ抜けていたので、ダニの殲滅という目的には最も叶っていると判断した。唸る爆音と強烈な排気は、かける時間帯さえ弁えれば目を瞑れる。早速、先日カバーを取り替えたばかりの、見た目はそれなり綺麗な布団を往復させてみたが、ダストカップ内につもる埃とダニの死骸の量には正直引いた。まわし者のような台詞になってしまうが、もはやこれをかけずに安眠することはできないだろう。

[2135] Jul 04, 2015

ウィリアム・ハワード・ラッセルから、サミュエル・スマイルズ、エミール・ゾラ、アンリ・ロッシュフォール、オスカー・ワイルド、ポール・クリューガー、ヘンリク・イプセン、セシル・ローズ、トゥー・ムーンまで。欧州色の強かった第一巻前半に比べると、南アフリカの両雄からアメリカ先住民の英雄といったところまで、地図的に対象が広がってきている。日本人の選出があるのかどうかはまだ知らない。▼インタビュアーの方ではエドマンド・ギャレットが好印象。「ケープ・タイムズ」の編集長として彼が手がけた南アフリカの政治に関する二編のインタビュー、ポール・クリューガー及びセシル・ローズとの対談は、アフリカにも、政治にも興味のない人でさえ語り手の言葉に惹き込まれるようなつくりになっている。インタビューに逐語的な正確性を求める立場からは演出過剰とも言われてしまうかもしれないが、ライトな読み手としては、面白いに越したことはない。

[2134] Jul 03, 2015

最高の将棋の翌日は、最高の野球になった。逆転サヨナラが劇的なのは常にそうだが、交流戦以来めっきり冴えなかったチームが、交流戦前の絶好調期と同じような展開、粘り強く最後まで諦めず、最後の最後は逆転して締めるという「成功体験」を取り戻せたのは大きい。これがV字回復のターニングポイントになってくれれば良いと思う。▼さて、ときにセ・リーグ全体は異常事態だ。交流戦でパ・リーグに負け越し、かつ首位から五位までたった0.5ゲーム差という凝縮ぶりが創り出した、史上初、全球団が借金という状況である。勝率五割以下で首位。なかなか凄い光景だ。▼こんな異例の出来事が起こるシーズンなら、12連敗したチームが優勝したっていいだろう、と言いたくもなる。非常時には非常識な出来事が重なるもの。ひとつでも通例に当てはまらない状況が発生したら、他のまっとうな予見は疑ってかかるべきだ。こう、少し幅の広い教訓にまとめて形としよう。

[2133] Jul 02, 2015

素敵な将棋を遊んだ。相手は格上の二段。序盤、お互いに角道を閉じての相矢倉かと思われたが、向こうが変化してきたのでこちらも即席で合わせ、矢倉崩れ同士の睨み合いとなる。もちろん、矢倉崩れくらいは何度も指しているが、今回はどうやら両者の呼吸がよく合っていて、守っては危うく、しかし攻めては攻めきれず、玉型と攻めの布陣に気をつけながら一進一退する中盤戦が実に「互角」という風情で、自分的には過去最高と言ってよい名勝負であった。▼残念ながら最後は時間切れを意識した私の突破がぎりぎり無理攻めとなり敗北を喫したが、たとえ負けても勝負後の余韻を楽しめる、そんな試合があるということを改めて思い出したのである。昔、某格闘ゲームのネット対戦でも一度だけ似た体験をした。こちらの刀も向こうのナイフも、紙一重で当たらなかった。永久に舞っていたくなるような、息ぴったりのダンスの如き真剣勝負に、ときどき出逢える楽しみがある。

[2132] Jul 01, 2015

従軍記者の人生は壮絶だ。銃弾で死にかけては記事を書き、病気で死にかけてはまた記事を書く。生涯に赴く前線の数ということでいえば、本職の兵士以上かもしれない。▼ウィリアム・ハワード・ラッセル。1820年、アイルランド生まれ。1843年に「タイムズ」入社。現代における従軍記者の嚆矢。他人の筆で語られる自伝のようなインタビューを読んでいて、昔、バタイユの本で引用されていたエルンスト・ユンガーの戦争描写を思い出した。▼戦争の記録はいつも恐ろしい。戦争の恐怖を醸すには、グロテスクな筆致など全く要らない。発生した事実を淡々と羅列し、目の前の光景を端的に述べた記録こそが最も恐ろしい。脚色されない生の言葉は、戦争という地獄をそっと私たちの傍へ置いていく。私たちの生きる世界が、呼吸する空気が、生活が、ほんの少しの不穏を帯びるという恐怖。親友の不気味な変化こそ最高の恐怖と述べた安部公房の感覚に近いかもしれない。

[2131] Jun 30, 2015

ディスプレイが不安定な理由は、グラフィックボードではなく電源ケーブルだった。つまり、諸々手を突くしてもディスプレイ突然死の現象が収まらないので、映像出力に関係するパーツをひとつひとつ抜き差しして正常なディスプレイとの比較検討をしたところ、電源ケーブルを別物に換えたときにようやく挙動が安定したのである。なかなか悩まされたので気分は良くないが、中古品でこの程度の不具合ならわざわざクレームをつけることもあるまい。▼グラフィックボードの換装は勇み足となってしまったが、HD7770からGTX960への乗り換えなら純粋に性能向上の恩恵が大きいので無駄ではない。ディスプレイポート3基は拡張性の面でも十分だし、三枚同時に動画を再生しても不安定にならない馬力は魅力的である。GTX970が孕んでいる3.5G問題を考慮すれば、コストパフォーマンスは実質現行最強と言ってもいいだろう。良い機会になったと思っておく。

[2130] Jun 29, 2015

『インタヴューズ』の第一巻を読み始めた。これは面白い。題もまた簡潔で良し。二十世紀を生きた偉人たちのインタビュー集である。▼インタビューの歴史、意義、道徳、功罪にまつわる長い序文の後、ブリガム・ヤング、カール・マルクス、チャイニーズ・ゴードン、シオドア・ローズヴェルト、ヘンリー・スタンレー、ロバート・ルイス・スティーヴンソン、マーク・トゥエイン、トマス・エディソン、リリー・ラングトリー、サー・アーサー・サリヴァン、ビスマルク、ウィリアム・ブース将軍、ラドヤード・キプリングまで読了。数人、初見の人もいるが、さすがのラインナップ、誰も彼も二十世紀を代表する名手ばかりである。▼インタビューぎらいが度を超えて、これを犯罪行為と断じ、記者に罵声を浴びせて追い返す一連のやりとりが「インタビュー」となってしまったほどのキプリングが、まさにマーク・トゥエインのインタビュアーであるなんて――最高ではないか!

[2129] Jun 28, 2015

めずらしいミスをやらかした。競馬人生始まって以来かもしれない。▼4Kディスプレイの表示が不安定な原因をグラフィックボードの馬力不足と決定し、GTX960への乗り換えを決意した今日。早速ドスパラへ行こうと家を出る直前、宝塚記念の馬券を買ってから行くべきかどうか逡巡した。しかし、どうせグラボの換装で電源を落とすのだから、点けるだけ面倒なこと。行きの電車でスマホから購入しよう。これが結論となった。▼ところが外へ出ると予想外に暑い。あまりの暑さにくらくらきて、冷たい飲み物をひとつ一気飲み。そうして冷房の効いた車内に入ると安心して、汗がひくまで本でも読もうと文庫本を開いてしまったのである。あとはご想像通り。人間、「**で何かをしよう」と場所を決めて決意したことは、その場所を逃すともう思い出せないものである。果たして買うはずだった馬券は見事的中していた。買う額が控えめのつもりだったのが不幸中の幸いか。

[2128] Jun 27, 2015

同僚の結婚式・二次会へ出席するついでに東急ハンズで爪ヤスリを買う。現在のステンレス爪切り、カット性能には満足しているがヤスリ部分の面積が小さく、かつパワーもないのでつめ先の丸みに粗さが残る。右手は爪の方を動かして削るからまだ良いが、左手はヤスリの方を動かして削るため、本体が無駄に大きいのも悩みの種だった。そこで専用の爪ヤスリである。▼買ったのは表面が強力な荒削り用、裏面が繊細な整形用という使い分けのできるタイプで、荒削り側のパワーはなかなかのもの。鋭く尖った爪先がみるみる丸くなっていく。しかし裏面の整形力は期待したほどではなく、荒削りした凸凹を均すまでにはかなり時間を要する。表面で大きな尖りを省いたら、あとは布でも掻いてしまった方が早いかもしれない。▼二次会は他部署の同期も勢揃いで、豪華絢爛、楽しかった。すでに退職した面々とも久しぶりの顔合わせになる。出席率は高い。みんな元気そうであった。

[2127] Jun 26, 2015

スペインがインカ帝国を征服できたのは、銃、病原菌、鉄のおかげであった。しかしなぜ当時のスペインにはそれらがあり、インカ帝国には無かったのか。なぜアメリカ先住民が旧大陸より先に銃や病原菌や鉄を持ち、ヨーロッパを征服するという歴史にはならなかったのか。なぜ、現代社会にはかくも富と権力の不均衡があるのだろうか。▼ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』下巻読了。個々の歴史について深くは掘り下げない代わりに、巨視的な論理の流れはとにかく単純明快。ユーラシア大陸が覇権を握り、南北アメリカ大陸とアフリカ大陸が富と権力の点で後塵を拝しているという、その格差が何によって生まれたのか、どこでどう差がついたのか、遡って遡って、ついには人口、食料生産の開始時期、栽培可能な植物の分布、家畜化可能な大型哺乳類の数、大陸の形状という解答に辿り着くまでの、壮大な想像力の物語である。話題の本が素直に面白いのはめずらしい。

[2126] Jun 25, 2015

途中で終わっていたマレイ・ペライアのCDインポートを続行。ショパンのバラード四曲が収録されたCDまで頑張ってみた。早速、バラード第一番の聴き比べ。これで同曲の比較は五人目になる。▼端的に。好きか嫌いかで言えば好き。ポリーニよりドラマティックで良く、ホロヴィッツよりは面白みに欠ける。五人の中ではちょうど中央だが、中央値でも平均値よりは上といった印象。第一番に限らず、二番も、三番も、四番も、どれも無難にこなしているのが逆に凄みと言うべきか。間の取り方が誰よりも長い。これをリリカルと形容するのかは知らぬ。四曲の中では三番が最も好みだった。▼とにかくペライアは安心して聴ける。録音状態も新しくて良いので、当然ステレオだし、古い録音にありがちな耳障りなノイズも聞こえない。表現は奇をてらうこともなく、かといって平々凡々でもなく、安定株のポジションへ落ち着きつつある。箱物の価格でいえば、確実にお買い得だ。

[2125] Jun 24, 2015

食洗機工事を申し込み。古いキッチンなので基本工事費用だけで賄えるとは思っていないが、追加費用ありならたいていのお宅には取付け可能ですという力強い売り文句が実に頼もしい。取付不可能と判明した場合は無条件でのキャンセルが可能だという。それだけ工事力に自信があるということだろう。なんだかんだと難癖をつけて、法外な追加費用を請求されない限りは安心だ。▼例によって高い買い物、下調べは過剰なくらいしている。予算が無限にあればミーレが良さそうだったが、工事代行会社の割引が全く適用されないので、本体費用が何倍にもなってしまう。となると、大容量かつ前開き式の選択肢はハーマンのモデルしかない。食洗機を検索して最初にかかるパナソニックの新型は各方面の評判も良いが、引き出し式は絶対に食器の出し入れが面倒だと思っている。横から入れられないことの煩わしさはシミュレーション済みだ。後は戦々恐々、見積もりを待つとしよう。

[2124] Jun 23, 2015

広島カープが史上最多タイの残塁数を記録する激戦を引き分けたり、セ・リーグが首位すら貯金を持たない時代に突入したり、波瀾万丈の「セ界」だが、ベイスターズファンにはありがたいことに、交流戦からつづく悪夢のような連敗がついに止まった。12連敗。交流戦後の監督の弁ではないが、本当によく負けてしまった。▼これまでシーズン中に10連敗以上して優勝したチームはない。そういう意味ではジンクスを2試合も通り過ぎてしまったが、では今季はもう絶望かというと全くそんなことはなく、首位巨人とのゲーム差はたったのひとつ。調子さえ戻っていれば十分首位争いという、近年稀に見る混戦ぶりである。▼いよいよ試合ごとに目の離せない時期になるが、仕事の方もあれやこれやで加熱ぶりが凄まじい。標準報酬月額の増加も気にしていられない初夏の残業祭である。今回はもう、マスターアップまで落ち着くことはないだろう。この予感にはかなり自信がある。

[2123] Jun 22, 2015

ドスパラの中古棚にたったひとつ、ぽつんと置かれていたASUSのPB287Q。安価ながら応答速度1msにDP接続で標準60fpsと、価格に見合わぬ高性能を叩き出すゲーマー御用達の型番だ。唯一、視野角の狭さが難点と言われているが、安いディスプレイに慣れた身なら、それほど狭いとは思わない。まして私のように作業領域の広さだけが目的ならスペックは十分上等だ。▼その掘り出し物が三万三千円で売りに出ていた。中古のバルクとはいえ、そのまま別のショップへ運んでもお釣りが来かねない値段である。ドット抜けチェックまで出来るのだから試さない手はない。即金にて購入。希望より小さい28インチだが使ってみて我慢できれば良し、どうしても駄目なら売りにだすのも一考、そう考えて使い始めたものの、想像以上に文字が小さくて粗いのと、ときどき謎の轟音と共に画面が壊れ、その後しばらく映像を受信しなくなる症状が早くも不安である。夢の4K、現実は厳しそうだ。

[2122] Jun 21, 2015

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』の上巻を読了。朝日新聞の「ゼロ年代の50冊」で第一位に輝いたことで話題になった本。その後、同著者のシリーズは累計100万部を突破している。▼本書のレビューは賛否両論だが、そうなるのもわかる。「〜と思われる」「〜はずがない」という語尾の多さは流し読みでもわかるほどで、データに基づいていない妄想と批判される余地はあるし、「ある研究者はこう言っているが」などと不明瞭な反論者を設定し、論破していく形の自説の補強方法はフェアとは思われない。▼しかしそれでも、本書は良書であると私は思う。たとえ細部が正確でなくとも、これほど明瞭な筋道を立てて文明の興りを解説してくれる著書は稀だし、同じことを何度も問い直す冗長さも、とにかく主題を読者の頭に刻み込むという点では成功している。文明の興りがどんなものであったか、「なんとなくわかる」という緩さこそが、本書の魅力なのである。

[2121] Jun 20, 2015

ピエール・ルメートル『その女アレックス』読了。本屋へいくたび、宣伝タグと帯の面積が増えていって、前代未聞、空前絶後、史上初……とたいそうな売り文句が重ねられているものだから、いいかげん気になって読んでしまった。ジャンルとしてはミステリに属する犯罪小説である。▼短評。展開の先を読ませない妙、読めたと思いきや裏切られる舵取り、想定外のラストなど、たしかに新しく面白いが、設定も含めて少々悪趣味なのは否めない。真に迫るリアリティというよりはインパクト重視だし、読後にメインテーマから考えると序盤の牽引力を担当する初期設定が蛇足のようで、いかにも「釣られた」という感じが残ってしまう。そういう意味でも清々しい読後感とは言いにくい。面白くても読後感の良くない品は、なかなか強くは人に薦めにくいものだ。▼などと不満はありつつも、テンポの良い筆致と登場人物の豊かな個性をもって、十分楽しめたので星は四つとしたい。

[2120] Jun 19, 2015

駅前には若い子たちで賑わう小奇麗なマクドナルドがあり、昼休みのサラリーマンが肉を喰らいに集まる吉野家があり、それらの向かいには「うまい中華そば390円」の看板でお馴染み、日高屋がある。私の職場付近の実地図だ。日高屋の近くにはいつもマクドナルドと吉野家がある。偶然ではない。マクドナルドと吉野家が既にあるところへ店を出すのが、日高屋の成長を支える出店戦略である。▼この戦略、コバンザメのようで触りは悪いがメリットはかなり大きい。第一に立地調査の費用を節約できる。マクドナルドや吉野家が商売を成立させているスポットなら、ファストフード店を運営していける見込みはあるということだ。第二に、ハンバーガーと牛丼にラーメンの選択肢を足すことは、無目的に安い食事を求めて繰り出した人々の足を、より強力に引き込む力になる。タダ乗りされた方にも得はあるということで、角を立てずに穏やかな共生関係へと持ち込めるのである。

[2119] Jun 18, 2015

昼食後、『アンナ・カレーニナ』を探しに御用達の本屋へ。新潮文庫では想像以上に分厚い上中下の三冊がお出迎え。近くの『戦争と平和』まで共謀して、私に長編嫌いの過去を思い出させてくる。ついでに、大の海苔好きが期待して頼んだ生海苔蕎麦の、海苔も蕎麦もスポイルされたがっかりな結末が胃から迫り上がってきた。どうもいけない。▼気分が合わないときは無理して買うこともなし。それより今は中公文庫にならぶ歴史系や戦争戦略系の本が私の気をひく。塩の本も面白そうだ。砂糖も読んだし、塩についても理解を深めるのは楽しそうではないか……等々。▼しかし結局は諸々の積読もあるので購入は見送り。多忙な時期は昼寝との天秤に揺れる昼休みだが、アレジオンの副作用で眠くて仕方ない午後も、出来るだけ耐えて外へ繰り出し、太陽の光を浴びたり、本棚めぐりで頭を楽しませたりしている。つくづく、本屋が入場料を取らないことに感謝しなければならない。

[2118] Jun 17, 2015

「幸福な家庭はどれも似たようなものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」トルストイ『アンナ・カレーニナ』の冒頭。実は本書、まだ読んでいないので引用するのはためらわれたが、現在読み進めている『銃・病原菌・鉄』に言及があったので孫引いてみた。▼トルストイによれば、結婚生活が幸福であるためには、互いに異性として惹かれていること、金銭感覚が一致していること、子供のしつけについての考え方が同じであること、親類への対応、宗教観など、共同生活にまつわる意見が上手く一致していること――などが必要だという。これら全てを満たすことが「似たような幸福」を生み出すのであって、どれかひとつでも欠ければ不幸になる。何が欠けるかで不幸がの形が変わる。だから不幸の形はたくさんある。▼成功とは、数多ある失敗の要因を全て回避した後に得られるもの。成功観としてはかなりシビアだが、現実はそんなものかもしれない。

[2117] Jun 16, 2015

食洗機導入を検討中。我が家のキッチンは旧式だが、工事可能なら据置型ではなくビルトインが良い。どこを見ても据置型の使いにくさを嘆く批評は目につく。最大の難敵は、ただでさえ狭いキッチンのどこに、あの巨大な筐体を据えるのかということだろう。実物を見ると、そのサイズには圧倒される。▼それならば棚を整理して引き出しタイプのビルトインに改造してしまいたいものだ。バスルームを取り替えるような大掛かりな工事ではないため、予算は十万円程度で良いという。程度と言えるほど私にとっては安くないが、リフォームほどの大出費ではないし、得られる恩恵を考えれば割には合う。長期的に見れば水道代・洗剤代が節約できるという点も加算ポイントだ。▼家電製品の充実は最もベタなQOLの向上也。身が楽になれば仕事にもいっそう身が入るということで、ひたすら延期されるベッドと椅子の恨めしい視線は心の背中に冷ややかだが、どうか勘弁して欲しい。

[2116] Jun 15, 2015

「こうした厳しい欲求や、決定的な法則が正しいということをもっともよく証明してくれるのは天才です。生まれながらの才能をもつ者こそが、それらを最初に理解し、もっとも喜んで守るのです。生半可な才能に限って、自分の局限された特殊性を、無条件に完全なものだと考え、自分の間違ったやり方を、抑えることのできない独自性だとか、自立性だとか言って美化したがるのです。」▼「天才は、芸術は自然でないからこそ芸術だということを理解しています。天才は尊敬することに慣れています。それどころか、月並みと呼ばれるものにさえ敬意を払います。というのは、月並みと呼ばれるものは、もっともすぐれたひとたちが、一致して最善のものと考えている、必要なもの、不可欠なものにほかならないからです。」天才に関するゲーテの見解。シェンカーによる引用を孫引きした形だが、強く共感するので転載しておく。ゲーテの言葉はいつ読んでもわかりやすくて良い。

[2115] Jun 14, 2015

野球と将棋がぴったり連動していて面白い。予言したかのようにベイスターズが交流戦史上最低勝率を飾っての泥沼10連敗となった今日、将棋の方も全くの泥沼で10連敗を喫している。達成率80%までが1割、そこから先が9割というこのゲームバランス、誰が得するのかわからないが、あまり気分のいいものではない。以前達成した41連敗の大記録を破ることは二度とないだろうが、80%まではせいぜい4〜5連敗で刻んでいた勝敗も、ここへ来ると10連敗、15連敗が当たり前になってくる。▼三段クラスの突進など咎める方法も捌く方法もさっぱりわからないので、十数手指して敗北確定の投了とは、正直かなりつらいのだが、つらいとぼやいていても仕方ないので、とにかく惨敗率を下げるべく序盤の手筋を勉強するしかない。現在、総合成績は247勝732敗。いつの間にか1000試合が近づいてきた。できればそのときは勝率2割5分で迎えたいものである。

[2114] Jun 13, 2015

カメラ、そしてベクトル。空間認識の苦手な私が正しく3Dカメラの方程式を立てるためには、ひたすら三平面に落とし込んだ幾何学と、記号化された数学に頼るしかなかったので、最近の業務用メモ書きノートは見直すと円や矢印や記号だらけ。今となっては意図を思い出すこともできないような、数ページにわたって描かれるひたすら歪んだ円や直方体は、知らない人が見たら少々狂気じみていると思うかもしれない。字が汚いのも災いしている。▼私は昔から幾何学が大の苦手。特に、空間が三次元になると全く駄目で、例えば数学の問題文などに「正四面体Tに内接する球Sがある」などとあると、その姿は思い描けないし、図形的解釈をするために絵を描こうにも描けないしで、解く手がかりを見つけるのに苦戦したものである。それが今では空間を自由に飛び回るカメラの挙動をプログラムしているのだから、奇妙な御縁だ。そのおかげさまで、今は昔ほどの苦手意識はない。

[2113] Jun 12, 2015

二日前に復活を祈願したばかりだが、二試合残してベイスターズの交流戦最下位は確定した。四球と暴投は見たくないという希望から、決勝点を捧げるワイルドピッチ、三連続四球からの満塁ホームラン被弾、本日はサヨナラ暴投という内容の直近三試合。8連敗の結果を嘆く前に検討すべきことが山ほどありそうだ。六月頭の時点で、二位の19球を遥かに上回るチーム暴投数41は異常である。異常事態と認識した方がいい。▼暗い話題はここまで。明るい話題もある。しとしと雨の降る日も夜遅くまで悪戦苦闘を重ねた結果、ようやくカメラのプログラムが安定してきた。バネダンパに拘らず、ゴムをモデルにした柔軟な計算式を立てた甲斐である。回避ロジックはいささかトラブルシューティング的で汎用性は高くないが、ゲームにおける衝突の先読みという点では、想定される状況が限られているので、それでも十分安定するのである。あとはレアなケースのバグ修正が難題だ。

[2112] Jun 11, 2015

リムスキー=コルサコフはかつて、クラシック楽器の中で長く聴いていても飽きない音の筆頭は弦楽器だと言った。逆に、最も飽きるのが木琴で、次点が鉄琴、チェレスタとなっている。記憶の中で、私はこのチェレスタの場所へ勝手に「ピアノ」を置き換えていたのだが、改めて原典を見ると、コルサコフはピアノフォルテの序列については言及していない。ピアノの音色はどこに挿入されるべきなのだろう。マレイ・ペライアとヴェンゲーロフを交互に聴いていると、どうしても私はヴァイオリンの方が先に飽きてくる。であれば弦楽器より上位に置きたいところだが、果たして客観的にはどうか。▼一点。木琴が飽きると書けば語弊があるが、コルサコフは木琴の音も旋律的で美しいと評価している。ただ音色が特殊な響きを含有しているために、度々聴くと疲労が溜まってしまうから使い方に注意せよと警告しているのである。逆に言えば、それだけ印象的な音ということなのだ。

[2111] Jun 10, 2015

連敗が連敗を呼ぶ。将棋の話でもあるし、ベイスターズの話でもある。将棋については毎度恒例、達成率八割越えからの対戦相手の急激な偏りがあるので、昇段試験みたいなものと思って受け入れているが、ベイスターズの方は言い訳も見当たらぬ、目を覆いたくなる酷さである。現在、勝ち星はたったの3つ。もし残り4試合を全て落とすと、2007年度の交流戦で広島が記録した歴代最低勝率を下回ることになる。壊滅的敗走である。▼もちろん、どんなチームにも調子の悪い時期というのはあるのだから、負けたから腹立たしい、もう見たくないなどということにはならないが、全力で闘って食らいついて及ばないならともかく、毎度毎度、自ら死地に赴いて自滅するような負け方では納得できない。四球と暴投で決勝点を差し上げる展開は、もういい加減にしてくれというのがファン共通の見解ではないだろうか。▼自分の将棋も、贔屓のチームも、劇的な立て直しに期待する。

[2110] Jun 09, 2015

この二日間で書いたコードを全消しすることになった。インターフェースを担当していた頃は、仕様変更に伴う表示部分の作り直しなど日常茶飯事だったので、スクラップ&ビルドは当たり前と思っていたが、グラフィックス畑に来てからというもの、シェーダの挙動をコロコロ変えることはありえない都合、賽の河原の鬼たちとは無縁であった。そして再びカメラの今。ともあれ作ってみなければわからない――そういう世界に帰ってきたのである。▼不要になった計算式やコードを、未練からか横着からか、定義で切ってファイルに残してしまう人をたまに見かける。気持ちはわかるが、絶対にやめたほうがいい。そういうコードは一旦コミットしてバージョン管理にログを残すか、自分のローカルなテキストファイルにでも無造作に貼り付けて、公式の最新コードからは跡形もなく消すようにしよう。私もそうしている。可読性は損なうし、バグの温床にもなるし、良いことはない。

[2109] Jun 08, 2015

二週間ほど前、記事にした「食べものの数え方は、食べたときに残される部位で数えるのだ」という噂話について、食べたときを死んだときと読み換えれば、人もまた一名、二名で然りだなと、そんな合いの手を受けた。なるほど、人は死んで名を残す――これは座布団一枚。▼関連してひとつ。ノリの良さとは何か、という話になった。テンションの高さとは違うという私の主張から生じた疑問である。事実、同僚に一人、テンションは極めて低いがノリは大変に良いという子がいる。彼女が私の反論の論拠になっている。物静かという点では他の追随を許さないが、ノリの良さもピカイチだ。▼私の考えるノリの良さとは、誰かが場を面白くしようとして言葉を発したことに気づいたら、その内容を云々するより先に、いっそうその場が楽しくなるように拾ったり返したりすることを考える、そういう気質である。だから対義語はきっと、ローテンションではなく「マジレス」なのだ。

[2108] Jun 07, 2015

去年からの悲願であったイーモバイルの解約を無事済ませた後、サンシャイン60の59階、高層展望のスカイレストランで中華を食べる。長いのでサンシャイン59とでも呼んでおこう。窓の外は見渡す限り高低差のない平らなビルの連続で、いかにも関東平野という趣きのパノラマであった。忘れがちだが、関東は他の地域に比べれば異例なほど平野なのだ。地上交通網が発展しやすい所以でもある。▼坂を下って東口の傍、タワーレコードでCDを物色。池袋ということで勝手に壮大な品揃えを想像していたのだが、残念ながら横浜店より小規模だった。少なくともクラシックCDについては、横浜店は相当力を入れているのかもしれない。7階のイシバシ楽器も、やはり横浜ダイエー店の方が広々している印象だ。▼最後に地下2階のニコニコ本社も訪れてみたが、失礼ながら、ここは何をしているのかよくわからなかった。中継をしているらしい若者が一人、いたくらいである。

[2107] Jun 06, 2015

本を読んだ成果かどうか、確かなことはわからないが、「十分将棋」の勝率は目に見えて上向いてきた。二段相手でもヒケを取らない、とは言い過ぎかもしれないが、勝負にならない圧敗の形はぐんと減り、時々は勝利も拾えるようになっている。胸を借りるつもりで挑んでいた初段も、今はハナから勝てる気だ。▼以前までと大きく変わったのは、自玉の安全度を測る力だろう。今読んでいる週刊将棋の『将棋・必殺の決め手』が繰り返し刷り込んでくることだが、「自玉はあと何手で詰むのか」と「何を渡しても自玉は詰まないのか」を把握さえしていれば、カウンターを恐れずガンガン攻め込んでいけるし、王手に拘らず必至の形を作りに行く余裕も出来てくる。巧く攻めれば守り駒も出来てくるというわけで、まさに攻撃は最大の防御也。▼相変わらずうっかりミスでの即死もやらかすが、それでも着実に成長している感触はある。有段者への最後の階段、一級まであと残り僅か。

[2106] Jun 05, 2015

凄腕プログラマにカメラロジックについての良い文献がないか訊くと、前にGDCで見た気がするといって席に戻るや、何本かのペーパーをくれた。読んでみると案の定、今組んでいるシステム、ないしこれから組もうとしているシステムの上位互換のようなアルゴリズムである。またしても車輪の再発明をするところだった、危ない、危ない。▼もちろんそのまま適用しても良い結果は得られないのだが、そこを自分たちの都合にあわせて再構成することこそ私の仕事。そう、仕事であって研究や勉強ではないのだから、偉大な先人の成果を盗んで効率的に実装することが私の会社での使命なのだ。もし、その分野に習熟することが後々会社の利益になると確信するのなら、実装が終わった後で存分に学べばよい。▼この割り切りが出来ないと、仕事は巧く回らなくなっていく。割りきらなければ実装は進まない。そうして結局、実装が進まない限り意味ある勉強など出来はしないのだ。

[2105] Jun 04, 2015

最近、通勤の朝には決まってシューマンの「ダヴィット同盟舞曲集」を聴いている。玄関で第一曲の再生を始めると、第四曲の内声にある持続音の連打が拡がっていくタイミングが、ちょうど私の眠気が晴れていくタイミングに重なっていて、心なしか最寄り駅に着く頃の気分が良いからだ。曲のコンセプトがそうであるように、「動」と「静」が繰り返す短いスパンの変化に富んだ構成も、寝惚け頭にはわかりやすくてちょうどよい。▼「いつの世にも喜びは悲しみと共にある。喜びにはひかえめであれ。悲しみには勇気をもって備えよ。」これはダヴィット同盟曲集の冒頭に書かれているという古い格言。明暗の交互に現れるこの曲集にはぴったりの引用だ。ちなみに「ダヴィッド同盟」というのは、芸術に対して保守的な人々を相手に闘う新しい時代の創作者集団――という設定でシューマンが創り出した架空の団体らしい。シューマンという人は、そういうことの好きな人だった。

[2104] Jun 03, 2015

表皮効果という現象がある。交流電流が導体を流れるとき、導体の表面ほど電流密度が高くなる――つまり、交流電流は導体の表面を流れやすいという法則だ。この現象による交流抵抗の増加は大電流を扱う場合は無視できないロスとなるため、直流送電の方が有利とされる理由のひとつとなっている。▼さて、例によってオーディオ業界もこの法則に目をつけた。捻り合わせた導線全体を絶縁体でコーティングする従来の方式ではなく、各導線を別々に絶縁することで表面積を稼いだ「リッツ線」により、今まで以上に優れた音質を得られるというのである。オーディオ信号も交流信号であるから、この理屈は科学の説明するところにピタリと当てはまりそうだ。リッツ線は瞬く間にハイクオリティケーブルの常識となった。▼サイエンスとオカルトを駆使して商品を売り込む彼らの手腕には、全く頭の下がるものがある。余談だが、表皮効果はかなりの高周波数でなければ効果はない。

[2103] Jun 02, 2015

この文言すら毎年恒例のPOG指名大会。三年続いた好調を維持できるかどうか。▼今年度の布陣は例によって指名順(母名のみ)で以下の通り。タンタスエルテ、ドバウィハイツ、ローブデコルテ、アビラ、ハッピーパス、コケレール、ランフォーイット、ディアデラノビア、Believe、River's Player。▼母ラヴズオンリーミーは過去最多の指名被りで引けるわけもなく、あっさり競り負ける。ハズレ一位で牡馬を取る手もあったが、目ぼしいところが軒並み一本釣りされたので、それならばと一位に牝馬で奇襲をかけたが、二位でも引き負け、リスト上位の牡馬はことごとく消え、結局、三位まで全てが牝馬となってしまった。その後も狙いの馬を直前で取られる展開が続き右往左往。今年の自己採点はせいぜい20点といったところだろう。有望株は少ない。▼帰り道、リアルスティール骨折の知らせを見た。これで後半戦も苦しい戦いになる。いよいよ今季は試練かもしれない。

[2102] Jun 01, 2015

今年は持ち回りで町内自治会の班長を担う。回覧板の作成、告知類の配布、自治会の集金や臨時の集会など、正直、繁忙期には殺人的な重荷だが、今はまだぎりぎり両立可能。今日は町内へ会費の集金にまわる。▼善良な町内なので、居留守を使ったり、自治会費を拒否したりする悪質な住民はいない。支払いの延期や分割を申し出る人もいないので、柄の悪い町の集金業務に比べれば楽な方ではあるだろう。それでも移動と記録の手間は想像以上で、半分の世帯から回収するのに二時間弱もかかってしまった。青々と緑の生い茂る玄関先では、腕を縞蚊に刺されるオマケ付きである。▼事務的な集金といえど、金銭をやりとりして終わりではなく、一言二言は雑談も交わすあたりが、冷淡すぎない緩やかな町内の繋がり。領収証の発行に手間取ってもいやな顔ひとつせず、暑いのに大変ですね、おつかれさまですと笑顔で声をかけてもらえるのはじつにありがたい。残り半分はまた後日。

[2101] May 31, 2015

大平武洋『ネット将棋攻略! 早指しの極意』読了。タイトルだけではいかにも三分切れ負けや十秒将棋で時間攻めするための姑息な技を伝授する本のようだが、中身は至って健全、優良。初心者向けの将棋講座として読みやすくまとまっていると思う。早速、いくつか実践投入してみたら、すんなり上手く運んだテクニックもあった。こういう経験が筋の良さとテンポの良さを磨いてくれる。定石を身に付けるための最大の近道は、つべこべ言わずに定石にしたがって何局も指してみるということに尽きる。▼早指しとは時間を節約すること。時間を節約することとは思考の拡がりを制限すること。下手な考え休むに似たりとはよく言ったもので、考えている時間が長いということは、どうしていいかわからずに途方に暮れているだけの状態と紙一重だ。有利な未来への道筋を素早く少ない本数へと絞り込めることが、将棋に限らずなんであっても、熟練者になるための第一歩であろう。

[2100] May 30, 2015

昨日の今日で、敢えてケーブルにまつわる個人的な話。現実とオカルトの境界線上を彷徨うことで見えてくる世界もあるものだ。▼夏用のイヤホンを「雷切」にリケーブルしてからというもの、課題であった低音域〜中音域のこもりが改善されたことと引き換えに、かなり衣擦れの音が気になるようになった。実際、徒歩の振動でケーブルが服に触れただけでも「ドン、ドン」と耳障りな打撃音が鳴る。こうなるとケーブルの材質が硬いのも裏目である。バランスを備えたMMCXリケーブルで一万円を切る価格は魅力だが、FX-850のようにシュア掛けをしないタイプであれば尚更、ケーブル本体へのノイズが増幅すること、接続部がストレートであること、ケーブルの硬さと重みでイヤホン筐体にかかる下向きの力が増すことなどは、後悔しないうちに検討した方が良い。▼ただし、非バランスからバランスへの移行による音質の向上を踏まえて言えば、それでも私の意見は「買い」である。

[2099] May 29, 2015

その昔、とあるオンラインマガジンでこんな企画があった。5人のオーディオマニアを部屋に集めて目隠しをし、良質なスピーカーでジャズを順に流していく。そのあいだ、参加者には知らされていなかったことだが、企画側はスピーカーのケーブルを某有名メーカーの高級ケーブルと、針金ハンガーを捻ってハンダ付けしただけの代物とでランダムに交換していた。そうしてあるタイミングで音質の良し悪しを訊ねると、全員「素晴らしい音質だ」と答えたという。もちろん、接続されていたのはハンガーであった。▼名誉のためにここでは伏せるが、公式には公開されていた某社の高級ケーブルと、針金ハンガーのどちらで音楽が再生されているか、少なくともそこに集合したオーディオマニアたちでは最後まで全く判別できなかったそうだ。この小実験の結果をどう捉えるかは自由だが、私は昔から、音響機器はブラインドテストで販売するのがWIN−WINだと言い続けている。

[2098] May 28, 2015

序盤は奇数筋の歩を突けと言う。直接的には角道の風通しをよくするためだが、最近、もうひとつの格言にも絡んでいる手筋ではないかと思い始めた。案外これができていなくて中盤戦を競り負けることが多いのだ。「桂馬の利き筋、歩の突き捨て。」▼桂馬の初期位置は2筋と8筋なので、打ち駒でない限り、二回跳ねた桂馬の利き筋は奇数筋である。一回跳ねただけの桂馬が攻撃に参加することは稀なので、歩を突き捨てるべきはやはり五段目にいる桂馬の利き筋であろう。矢倉崩しの鉄板である2五桂からの3三歩も、3筋の歩を突き捨ててなければ成立しない。序盤に突いた奇数筋の歩が、中盤に一手素早い攻撃を可能にするわけだ。勝敗分かつ貴重な一手である。▼歩の突き合いは戦略の探りあい。歩の形を見れば、どこに銀を上げたいのか、どこから飛車先を突破したいのか、どこへ桂馬を跳ねたいのか、相手の腹積もりも見えてくる。手のうちの絶妙なるさらし合いである。

[2097] May 27, 2015

「夢なき者は理想なし。理想なき者は信念なし。信念なき者は計画なし。計画なき者は実行なし。実行なき者は成果なし。成果なき者は幸福なし。幸福を求める者は夢なかるべからず。」澁澤榮一、夢七訓。▼プロ野球選手になりたいとか、声優になりたいとか、そういう未来の職業に関する希望が、果たして「夢」なのか「欲」なのか、というジレンマはよく聞かれる。夢を追っているのか。欲にしがみついているのか。自分でもよくわからなくなったら、澁澤翁の言葉を見直してみるのも良い。理想はあるだろうか。信念はあろうだろうか。計画は。実行は。成果は。――七訓を辿っていって、夢があればあるはずのものがないように感じられるなら、出発点は夢ではなかった可能性が高いだろう。▼それにしても最後の一文がいかにも実業家らしい。成果なき者は幸福なし。なかなか厳しい言葉だが、たいていの場合は真実だ。成果を軽視すれば、遅かれ早かれ不幸の中に堕落する。

[2096] May 26, 2015

贈答用の日本酒を買いにクイーンズ伊勢丹の日本酒棚へ行く。ウイスキー党の私にとって日本酒の良し悪しはさっぱりだが、「純米」やら「大吟醸」やらが何を意味するかは前にきっちり調べたのでわかる。この機会に短くまとめておこう。▼「米」と「米麹」だけで出来ていれば「純米」がつく。醸造アルコールが足されていれば「純米」はつかない。また、雑味の元となる米の外側を削り落とす度合いによって、普通、特別、吟醸、大吟醸などと分かれる。ただし「吟醸」「大吟醸」は精米歩合だけでは付かず、低音でゆっくり発酵させる製法を取ったものでなければならない。この製法を取り、かつ精米歩合が50%以下であれば「大吟醸酒」の名を冠することができる。その他、50%〜60%で「吟醸酒」。60%以下だが通常の製法なら「特別純米酒」あるいは「特別本醸造酒」。70%以下なら「純米酒」または「本醸造酒」。その他、規定のない分類が「普通酒」である。

[2095] May 25, 2015

今年もPOGの季節がやってくる。五月は仕事のどんでん返しとベイスターズの絶好調にかまけていたらあっという間。本来であればもうリストは出来ていて、あとはネットの直前情報で健康状態を確認しなければならないフェーズだが、遅れに遅れてまだ二番指名も決まっていないありさまである。慌てていつもの本を仕入れて情報チェック。今年も下馬評さまざまだが、目下好調なのでロジックは変えたくない。▼さて有力馬の並びはというと、今年こそディープインパクトの一強時代と言うにふさわしく、いよいよ投げる変化球がなくなってきた状態。二番手以下で一発を狙うならヴィクトワールピサあたりは狙い目だが、同じ思考に辿り着く人が多く、案外上位で消えていきそうな気配もする。上から順に王道で良血を埋めていくのがもっとも見栄えのする勝ち筋という、なんとも光のない状態ではあるが……。珍しく海外馬にも食指は動かない。今年の二歳馬事情は実に難しい。

[2094] May 24, 2015

阿久津主税『矢倉・角換わりの教科書』読了。実践で上手く行くことは今のところあまりないが、矢倉型を相手にするときの急所を見抜く力はつく。実際、矢倉を学んだ方が良いと判断した理由の半分以上は、自分が矢倉に組みたいからではなく、矢倉に組んでくる相手が有意に多いからだ。もう半分は四間飛車と言いたくなるほど四間飛車も多いが、ともあれネット将棋は切れ負けな都合、時計的な意味での速度が命。オーソドックスな矢倉囲いくらいは呼吸するように崩せなければ話にならない。▼将棋ウォーズは2級が壁と言われるのも、このあたりから皆、基本に忠実な戦法を駆使してくるからだと思われる。囲いの形を勝手に変えないし、中盤までは定跡を間違えない。序盤で多少のミスをしても、教科書通りの堅陣に相手が攻めあぐねるようなら、緩急つけた攻守の手で時間勝ちを狙えるというわけだ。そんな相手に負けるのは癪なので「対矢倉○」を習得すべく勉強である。

[2093] May 23, 2015

逃げて、逃げて、ついにこれ以上は逃げられない正念場で負けるべくして負ける。戦わずして負けるのは、数ある負け方の中でも最悪の負け方だ。もちろん今日のベイスターズもそうだし、野球に限らず人生の勝負事はなんでもそう。難局に全力で立ち向かう気概がなければ、正しい引き際も見極められないし、土壇場の馬鹿力も出てこないし、なにより運が味方しない。運に見放されたら、神に見放されたも同じである。勝利は望めない。▼そんなとき、逃げてしまった選手に憤り、芳しくない監督の采配を嘆くくらいなら、いやな気分を飲み込むように内へ向けて、このさい自分にもあんなふうに逃げていることがないかどうか、反省してみるのも悪くないだろう。年始に立てた目標ノートでも引きずり出して、未達成だったり、着手すらしてない項目を見直してみるのも良い。そうして強い語気で自問しよう。なぜそこで勝負しない。そいつらは全く、怖がるような相手ではないぞ。

[2092] May 22, 2015

食べ物の数え方について語る晩酌の卓。生きている魚は「一匹、二匹」だが、食卓にならぶ死んだ魚は「一尾、二尾」だという難癖に始まり、嘘か真か、動物を食べ物として数える場合には、食べたときに残される部位で数えるのだという話になった。即ち、魚を食べれば尾が残る。牛を食べれば頭が残る。鳥を食べれば羽が残る。▼兎を食べても羽が残らないのは、古の僧侶が獣類を食べる口実に、二本足のウサギを鳥類と見なしたから――なんて俗説もあるが、また別の話。いずれにしても眉唾だが、昨日はいくつ食べた、一昨日はいくつ食べたという記録のための助数詞と考えれば、残った部位で数えようとする気持ちもわかるというもので説得力はある。しかし反論側に立てば、小動物は食卓に並ぼうと一匹、二匹で「匹」とはなんぞや、家畜を引くヒモではないかという主張もあり、そもそも英語などは数詞をつけるだけではないかと言われれば、これもまた頷くより他にない。

[2091] May 21, 2015

本日遭遇したミーティング中のプチ修羅場に対する雑感。▼進退窮まる状況下、ある仕様が根本的な作り直しを余儀なくされた。緊急会議。関係者各位が顔を合わせて、満たすべき要求側から新仕様を組み立てる。侃々諤々の後でまとまった提案を聞いたリーダーはしばらく渋い顔をして、やがて「勝算がない気がする。何か気持ち悪い。」と言った。つまり却下である。▼ベテランの一人が牙を剥いた。完璧な解決策が望めない中、出し合った知恵で合理的に辿り着いた結論を「気持ち悪い」で却下されてたまるか。納得できるはずがない。そういう主旨である。リーダーは、この直感を蔑ろには出来ないと反論。激しい応酬の中、私は、恐らくリーダーの直感は正しくて、しかし彼のやり方は間違っていると感じていた。チームプレイを牽引する人物には、危険な仕様を嗅ぎつけるセンス以上のものが求められるのだ。自らの直感を分析し、言語化し、メンバーを説得する能力である。

[2090] May 20, 2015

矢倉研究二日目。今の時代、ネットでいくらでも棋譜は手に入るが、それでも手元に一冊くらいは教本を置くべきだろうということで、阿久津主税八段の『矢倉・角換わりの教科書』を購入。先のA級順位戦では不本意な結果に終わってしまった阿久津八段だが、前にニコニコ生放送の大盤解説を聞いていたとき、この人の説明はわかりやすいなと好印象を持った記憶があったので、棚に数ある矢倉教本の中から選んでみた。尚、角換わりも玉の囲いが矢倉型であることから含まれている。▼十秒将棋で駒組みなど試しつつ、右銀の活用から端の打診、あるいは三筋の攻めと、戦術の移行ポイントを掴んでいく。先入観の贔屓目はあるかもしれないが、やはり阿久津八段の説明は簡明で良い。ひとつひとつ要所を抑えれば、付け焼き刃で矢倉の型真似をして対応に苦しんだ右四間飛車と矢倉中飛車も撃退できそうだ。▼将棋の型は崩すべからず。型に至る定跡もまた、自己流はありえない。

[2089] May 19, 2015

矢倉の勉強をはじめる。その美しさ、戦略の広さ、発展の多彩さから将棋の純文学とも言われる「矢倉囲い」だが、私はなぜか形も名前も銀冠のほうが好きで、今まで自分で組むことも対策することも避けていた。しかし右玉と銀冠の一辺倒にも飽きてきた最近、居飛車の囲いを改めて洗いなおしていたら、菱矢倉のような格好いい矢倉もあると知って、こういう変化が試合中に出来るなら矢倉も楽しそうだと思い至ったのである。▼さて有隣堂で矢倉の教科書を何冊か立ち読みし、序盤の組み方と中盤の伸ばし方を覚え、十秒将棋で実戦投入。崩壊、また崩壊。恐るべし矢倉。なんという脆さだろう。もちろん私が扱い方を知らないせいなのだが、テンプレのように同じ攻められ方であっという間に落城してしまう。今までまともに戦えていたのも慣れた囲いがあればこそというわけか。対策も研究されている戦法だけに、指しこなすにはきちんと攻防の型を習得する必要がありそうだ。

[2088] May 18, 2015

横浜駅構内に駄菓子屋があるとは知らなかった。ちょっとした甘いモノを目当てに地下のクイーンズ伊勢丹を抜けると、大きな駄菓子屋が居を構えている。駄菓子屋と言っても情緒は二の次、店内の雰囲気は伊勢丹の流れを継いだシンプルなものだが、品揃えは充実していて、少なくとも私にとっての「懐かしの駄菓子」はたいてい見つかるという豊富さである。爪楊枝で食べる小さな餅、凍らせても美味しいチューブ入りのドリンク、カップ入りのふわふわしたクリーム、タバコの真似が出来るココアシガレット……。▼小さな頃は宝の山に見えたものだが、こうまじまじ見ると、とくに液体モノはいかにも身体に悪そうだ。この「うへえ」というなんとも言えない気持ちは大人になってしまった今、取り返しがつかない気がする。自然、カゴには固形ものばかり放り込んだ。財布は社会人。気分は少年時代。味の記憶も美化されていて、あんまり期待して食べるとがっかりするのだが。

[2087] May 17, 2015

元気溌剌としたロングトーンの明るさが魅力なのに、クラブ系のダウナーなお姉さまボイスを出そうとして作りもの感がひどくなってしまったり、語りかけるような落ち着いたスピーキングトーンが売りなのに、幼げで可愛らしい声を捻り出そうとして中途半端に媚びたニュアンスになってしまったり。▼具体的に誰がどうと書くと要らぬ戦争が起こりそうなので書かないが、インディーズに限らず有名アーティストでもそう感じるあたり、やはり自分の天性、持ち味と違うことをしても表現というのは違和感がついて回るものだなと思う。表現する側はだんだん自分に飽きてきて手を変え品を変えたくなるが、享受する側は、いつもその人の”最高”を変わらず供給してくれればいいのにと考えている、そんなミスマッチがあるのかもしれない。自分の殻を破るために敢えて持ち味を無視した内容に挑戦すべき場合もあるが、長期的な勝算なく多角化するのは無謀ということなのだろう。

[2086] May 16, 2015

数年前、同僚がカラオケで歌った曲のサビ入りの転調が格好良くて、その場で曲名を教えてもらったのだが、以来ちゃんと調べることもせず忘れていた。昨日今日とひょんなことからいろいろな曲のイントロを聴いてまわる遊びを初めて、そういえば……と存在を思い出したのである。▼あらためて探してみようにも、すでに肝心の曲名は覚えていない。朧げな記憶は「テイルズの何かの曲」と証言しているが、動画サイトでOP集・ED集をまとめ聴きしてもいっこうに見つからなかった。聴けばすぐにそれとわかる自信はあるのだが、音符を置いてみろと言われてもわからないという、絶妙に解された宙ぶらりんの記憶が恨めしい。上昇しそうなベースラインが予想を裏切り下がっていく、その転調が実に格好良かったのだが……。▼こういう微かな思い出を頼りに曲をつくると、蓋を開けてみたらパクリと言われても仕方のない瓜二つ、なんてことになるのかなと思った次第である。

[2085] May 15, 2015

ひきつづきペライアをラベリングしながらヴェンゲーロフのリスニング。単純作業を良曲の発掘で彩る一石二鳥の横着だ。しかし今日は、どちらかというと完全新規の獲得ではなく、耳馴染みのある曲ながら作者やタイトルを知らないものについて、出自を確認する方に重きを置いてみた。▼クライスラー『美しきロスマリン』、ドヴォルザーク『ユーモレスク変ロ長調Op.101-7』、マスネ『タイスの瞑想曲』がとくに驚いた三曲。フランスのオペラ作曲家、ジュール・マスネに至っては、その名を小耳に挟んだこともなかったが、メロディは初見でも鼻歌でついていけるほど知っている。不思議なものだ。どこでそんなに聴いたのだろう。こういうとき一般的に有力な仮説はCMだろうが、我が家にはもう長いことテレビという家電がないのである。▼なんにせよ『タイスの瞑想曲』は良い曲だ。揺れ動く半音階からタイスの葛藤が浮かんでくる。単純かつ美しい旋律に勝るものはない。

[2084] May 14, 2015

スチュアート・アイサコフ『ピアノの歴史』読了。本編を読みきったところで満足してしまい、補遺と解説だけ残して放置していたので片付けた。タイトルから想像されるほど楽器の進化史ではなく、ピアノ成立の契機と逸話にはさっと触れた後、本題はピアニストたちの物語に移る。▼もっとも印象に残ったのは、我々が今はCDのアーティストとしてのみ知るような一流ピアニスト達が演奏の機会を得るため、そして自分の名声を高めるために行うコンサートの巡業がいかに大変なものであったかという話だ。解説の文章を借りれば、「通行不能な道路にガタボロ馬車、悪徳税関、疫病、海賊、追いはぎの難がピアニストたちを待ちかまえていた。十七世紀には、ツアー演奏家は旅先で無縁仏として葬られることも珍しくなかったという。」▼ピアノ。かつて人間が作り出した最も重要な楽器。デジタルピアノ、物理モデリングと形を変えて、今も進化しつづける不朽の発明品である。

[2083] May 13, 2015

マキシム・ヴェンゲーロフのCDで、何曲か気に入った曲をピックアップしてみたら、これまで寡聞にして知らなかった人の名前が二箇所に見られたので、これはけっこう周波数が合う人なのではと思い調べてみた。名はヘンリク・ヴィエニャフスキ。十九世紀ポーランドのヴァイオリニスト・作曲家である。▼ピアノからクラシックに入った人には馴染みが薄く、ヴァイオリンからクラシックに入った人には有名なのだそうだ。彼の生誕100年を記念して創設された「ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール」は、ヴァイオリニストの登竜門なのだとか。ショパンに通じるところもあるポーランドの気風、わかりやすく軽やかなリズムと情緒あるメロディが聴いていて楽しい。▼選んだのは『華麗なるポロネーズ第1番ニ長調』と『伝説曲』の二曲。ポロネーズは繰り返し立ち戻る主題の華やかさと技巧に富んだ演奏が魅力。伝説曲はゲーム音楽を思わせる感覚が面白かった。

[2082] May 12, 2015

夜。台風の中、買い物へ。想像以上の突風に煽られて傘を一本ダメにする。威力を舐めていたわけではないが、荒れ狂う台風がビルのすき間を抜けてきたときの瞬間最大風速は計り知れないものがある。身体ごと飛ばされるかと思ったほどだ。▼帰宅後は、ヴェンゲーロフと一緒に買ってきたマレイ・ペライアの箱物を開封。アメリカのユダヤ系ピアニストにして指揮者。まだご存命だが、このたびの箱物は『The First 40 Years』というサブタイトルで、現在までにソニー・クラシカルで録音されたレーベルを紙ジャケットにて再現したアニヴァーサリー・ボックスになっている。その豪華さとは裏腹に価格は極めてリーズナブルだが、アマゾンでは品薄で値段も上がりはじめたので、タワーレコードの箱物棚から急いで確保してきたというわけだ。▼ペライアは、ホロヴィッツの演奏するピアノを聴いた最後の人物でもあるらしい。二人の箱物はクローゼットに並べて保管しておこう。

[2081] May 11, 2015

タワーレコードで『Recordings 1991-2007 Complete Maxim Vengerov』を購入。タイトル通り、当世を代表するバイオリニスト、マキシム・ヴェンゲーロフの十七年間の名盤を集めたソニーオリジナルジャケットの箱物である。CD19枚組。▼某全集のように百枚を越える枚数でなければインポートも終わりが見えて良い。帰宅早々、取り込みと簡単なラベリングだけ済ませて、気になる数曲を聴く。もっともまだ、このバイオリニストはやはり凄いとか、何が素晴らしいと言えるほど何もわかりはしないのだが、それでもジャズより良し悪しは嗅ぎ取れるようだ。▼最初に真剣な耳で聴いたバイオリンのDSDサンプル音源であり、以来バイオリン演奏の好みを図る試金石にしているモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第四番も収録されていたが、残念ながら最初の”弾き人知らず”なフリーサンプルを越える演奏にはまだ出会えないようだ。その他の曲をゆっくり聴き進めていこう。

[2080] May 10, 2015

石川不敗伝説にウキウキしたり、母の日でささやかな親孝行をしたり、タワーレコードで欲しい箱物を物色したり並び替えたりしつつ、今日も今日とて整理中のホロヴィッツをつまみ聴く。メンデルスゾーン「スケルツォ・ア・カプリッチョ嬰ヘ短調」とショパン「舟歌嬰ヘ長調」が今回の掘り出し物。こういうバイキング的な楽しみが出来るのも、全集箱物のおかげだ。▼バイオリンではハイフェッツ箱に手を出す前に、やはりモノラルよりはステレオがいいからという理由で、今どきのヴェンゲーロフを狙っている。どのみちまだ好みの傾向も何もわかっていないのだから、それなら巷で絶賛されている人から入るのが堅い。俗手は好手である。ピアノ、バイオリンと手を広げて、管弦楽や交響曲に趣味が届けばいいが、昔から長編小説が大の苦手であることを考えると、長大重厚な作品を満喫する度量は、もしかしたら私には無いかもしれない。とにかくいろいろ聴いてみることだ。

[2079] May 09, 2015

「今は本気でやりたいことがないから、いつか役に立ちそうなスキルの習得に時間を使いたい。」こんな話を、短い間に二回も聞いた。別の人からだ。今、本気でやりたいことしかなくて、いつかなんて将来のことを考えている度量の無い私とは正反対の悩み、あるいは模索と言える。助言も難しい。▼私はいつも、好きなことに熱中する以上の学習効率を得ることは不可能だと思っている。だから、わがままを承知で言えば、身の入らない勉強はしたくない。言い換えれば、そのとき最も身の入ることだけを集中的に勉強したい。気が向いたらやるし、気が向かなければやらないというわけだ。それでは済まされない緊急事態もあるだろうが、そういうときは緊急事態という状況がやる気を燃やしてくれるので心配無用である。▼いつか役に立ちそうなスキルなんて、魅力的なようで素性のあやしい存在に釣られるくらいなら、今に殉じて楽しいことを極めたほうが良いと思うが、如何。

[2078] May 08, 2015

午前中から歩いて、歩いて、汗だくのまま横浜スタジアムへ。ゴールデンウィークのひとつの楽しみ。午後六時から始まる巨人戦。プレイボールの直後に太陽がビルの向こうへ沈んで、にわかに肌寒くなる。外野から沸き起こる応援歌に合わせて、カンフーバットを叩き、声を枯らして、応援、応援。▼井納が崩れて四点のビハインドになったときは、ここまでGWのヤクルト戦を絶好調で勝って来たのに、よりによって私の観戦日にこんなことにならなくても……と暗い雲行きに肩を落としたが、井手のタイムリーで一点を返してからは逆転に向けて応援にも熱がこもり、チャンスのたびに叩いて歌って、ゲーム展開に没頭しているうちに、あれよあれよの大逆転劇である。前言撤回。この試合を見に来れて本当によかった。▼五月初旬のナイターは浜風も涼しく気分がいい。せっかくレプリカ含め応援グッズも揃ったことだし、何かの折にはまたぶらりと足を運んでみることにしよう。

[2077] May 07, 2015

70枚から成るホロヴィッツの「コンプリートオリジナルジャケットコレクション」を徹底的に整理すべく、全ての曲にディスク番号とトラック番号、日本語の曲名をつけていく作業に没頭した。オンラインから回収した曲名が数字だけだったりアルファベット一文字だったり、そもそも間違っていたりで全く使い物にならないので、同梱のライナーノーツとYouTubeを頼りに照合しながらタギングを進める。怪しいなと思ったらすぐ、YouTubeで真偽を確認できるのはありがたい。▼バーバー、スクリャービン、メンデルスゾーン、ブラームス、シューマン、フォーレなど、普段あまり聴かない作曲者の曲もついでに聴いてみる。この中ではシューマンが思ったよりも面白い。CD30まではモノラル録音なので音の狭さは気になるが、ノイズがない限り案外いけるものだ。それでも、ステレオ録音に変わるや、耳への心地よさは段違いになる。ステレオの発明はつくづく偉大だったのだ。

[2076] May 06, 2015

ランナーの盗塁を阻止するために、キャッチャーは捕球した球を正確に、素早く、力強く塁に投げなければならない。そうして重要なことは――かつての名捕手・古田敦也の教えだが――この順番、順不同ではないということだ。確固たる優先順位がある。何よりも正確に投げること。次に、素早く投げること。最後に、力強く投げること。▼正確に、素早く、力強く。どれも必要な要素には違いないが、間違った方向に全力投球された球は単なる暴投、無意味どころか有害だ。また送球が正しくても、ゆっくりしていては肝心の事に間に合わない。そうして、正確で素早く行っても尚、力強さがなければ最後の成果を導くことは出来ないだろう。まさしく、ピーター・ドラッカーの教えにも通じる万能の合言葉である。▼「開拓者、草分けなどと言うが、草を分けるだけならシャベルがあれば誰にでも出来る。重要なのは、その道が正しい目的地に向かって伸びているかどうかである。」

[2075] May 05, 2015

暑くなってきたので布団を冬用から夏用へ。あまり融通の利かないことに、我が家には真冬の極寒に使う分厚い掛け布団と、真夏の熱帯夜に使う薄い掛け布の二種類しかない。まだ初夏と言うのも気がひける皐月の頭、こんな薄布で大丈夫だろうかと最初の夜は足元に厚い方を併用してみたくらいである。朝になったら布団は床に落ちていた。よほど暑かったらしい。▼それでも怖いのは夏風邪だ。想像以上に冷えて、目が覚めたら寒気がしたり喉が痛かったり、なんて体験を繁忙期にしたくはない。予算と電気が無限にあれば、冷房を最強にして通年で分厚い布団を使い、湿度は加湿器でカバーするという贅沢極まりない生活も可能だが、財布的にもエコ的にも全く褒められたものではないし、そういう自然に真正面から逆らうような暮らしは、やっぱり身体にも悪いのではないかと不安な気持ちが拭え切れないのも事実である。手元で保温力の変えられる掛け布があれば最高なのだが。

[2074] May 04, 2015

まだ補遺を読み進めている途中だが、『ピアノの歴史』の目玉は、近世のピアニスト・作曲家を四大元素になぞらえて分類してみせたところだろう。もちろん、全ての人が型に嵌るわけではないし、嵌めるつもりもないがと前置きした上で、本書はピアノアーティストを次のように分けている。火、燃焼派。風、錬金術師。土、リズミスト。水、メロディスト。▼燃焼派の始祖はベートーヴェンだ。起伏する激情を原動力とする音楽である。その精神はリストに受け継がれた。錬金術師はドビュッシーやスクリャービンように、和音の新たな可能性を追求した不思議な響きを魅力とする「音の魔法使い」たち。リズミストの多くは打楽器としてのピアノの可能性を押し広げたジャズ・ピアニストだ。そうしてメロディストは、シューベルト、シューマン、ブラームス、メンデルスゾーン、ショパンにラヴェルといった、美しく印象的な主旋律をもって曲と人を後世に覚えられる人々である。

[2073] May 03, 2015

久々に母校を訪れる。ここ数年で順次改築したとは聞いていたが、敷地を区切る建築やグラウンドの形状、配置、何もかもが様変わりしていて、懐かしい駅から学校までの道のりとは正反対に、もはや校舎に当時の面影はなかった。広々とした食堂、多目的の中庭、階下から仰ぎ見るテラス、教室を支える雄大なピロティ、その向こうに広がる人工芝のサッカー場、右手の屋上にはテニスコート、ガラス張りの立派な職員室。高等学校にして大学のような佇まいである。全く、見事な校舎になった。▼人の変化より場所の変化の方が隔年の思いを強くする。先生たちの頭には白髪が混じり、あるいは抜け落ち、見事に「年を取ったな」と思わせる風貌をしていたが、自分たちも老けている分、それほど強烈にタイムスリップの感覚は生じない。しかし校舎のような場所の記憶が失われると、途端に過去が遠い存在に思えてくるのである。▼学び舎は消えた。記憶の彼方へ。若い未来のため。

[2072] May 02, 2015

先見の明にあふれた偉大な音楽家――『4分33秒』が単なる奇異な作品としてひとり歩きしてしまったために、なにかと誤解されることの多い天才、ジョン・ケージは、学生時代、伝統的な西洋音楽の習得を苦にしていた。「わたしには昔から……和声のセンスがなかった。そのためにいつも壁にぶつかるのだと、シェーンベルクに言われたよ。」そのことが、やがて彼を音楽体験の本質を考察する道へと導いた。▼ミニマリズムの嚆矢と言われるスティーヴ・ライヒも、西洋音楽のテクニックを学ぶのには手こずったらしい。だからこそ彼は、音楽をより抽象的な空間の中に求め、インドの古典旋法やアフリカの打楽器演奏からも多分に影響を受けた。そうして、ゆるやかに変化しつづける構造というアイデアに至った。▼ふたりとも、自らが弱点だと認めたところに強みを築いている。短所を長所に変えるとは、まさにこういうことだろう。無理やり認識を捻じ曲げることではない。

[2071] May 01, 2015

「どんな小さなアメリカの町にも、ウォルマートとブーランジェの教え子がいる。」フランス人の音楽教師、ナディア・ブーランジェの影響はとにかく甚大であったらしい。よほど優れた教師だったのだろう。そう思わせる逸話があった。▼二十世紀の始め。まだタンゴが「みだらで不道徳」という不名誉な評判を得ていた時代。作曲家のアストル・ピアソラは彼女に自作の交響曲やソナタを見てもらっていた。「良く出来ているけれども、ピアソラがどこにもいない」というのがいつもの評価だった。やがて彼女がピアソラの本質を探るべく私生活について尋ねると、初めのうちはタンゴとの関わりを隠していたピアソラも、とうとう自分がキャバレーでタンゴを弾いていることを告白した。▼「彼女は目を開けて、わたしの手を取って言った。『おばかさん、それがピアソラよ!』わたしは十年のあいだに自分が作曲した作品を全部取り出して、二秒のうちに地獄に送ってやったよ。」

[2070] Apr 30, 2015

ラギンと呼ばれた黒人たちのクロックダンス。その打楽器的なリズムをピアノ演奏に取り入れたスタイルは、はるばるニューオーリンズに辿り着いて「ラグタイム」になった。それは、ステュアート・アイサコフの表現を借りれば「規則正しい伴奏を続ける」左手と喧嘩する間違ったアクセントであり、「リズムの精神分裂症」であった。ダンス、スウィング、アクセントの崩壊。ラグタイムとは、ジャズとは、ピアノ世界におけるリズミストたちの台頭だったのだ。▼ジャズ、という言葉の意味については、意外な人物が現地からリポートしている。シンシナティから公害を避けてニューオーリンズへ移ってきたギリシャ生まれのジャーナリスト、我々には小泉八雲の名前で親しいラフカディオ・ハーンによれば、jazzとは「ものごとのスピードを上げたり、面白くしたりする」という意味で南部の黒人たちによく使われていた言葉なのだそうだ。ジャズとはまさにそんな音楽であった。

[2069] Apr 29, 2015

麻雀の筒子を1から9まで9枚、合計18枚を戦士に数の大小で戦うゲーム「ナイン」では、相手より大きい数字を提出できればそのセットを取り牌を2つ回収できるが、最終的な勝敗は9セット終了時に回収した牌の合計点で決まるため、セット単位で見れば「試合に勝って勝負に負けた」ということもある。たとえば自分の提出した「1」が、もし相手の「9」に負けたのだとしたら、これはほとんど勝ちに等しい。相手はたった1点を取るために最強のカードを消耗してしまったのだから。▼期待していたわけでも、諦めていたわけでもなく、ただ中立な立場で今日のベイスターズ戦の成り行きを見ていたが、結果的には「山に谷をぶつける形になったのだから、まだ良し」と言われてしまっても仕方のないような内容になってしまった、先発の高橋尚成である。大一番のミスは即、致命傷。なにも野球に限らない。いつでも我が身だ。プロというのは、つくづく厳しい世界である。

[2069] Apr 28, 2015

「聴衆には三種類ある。ひとつ目は世間の目を気にする人たちだ。アーティストが有名だから見逃してはならないと思い、やってくる。これが最悪だ。最初から最後まで眠っていて、演奏のことは何も記憶にない。次は専門家たちで、演奏者が間違わないか、音だけに耳を澄ます。音楽は聴いていないのだ。」▼「三番目が最高の聴衆だ。わたしを聴きたくてやってくる。わたしを信じてくれていて、最高の音楽を聴きたいと望んでいる。時には最高の演奏ができないこともあるが、その夜は本調子ではなかったと知っているので、また来てくれる。」▼「聴き方でどんな聴衆かわかる。――彼らは音楽を聴いている。ただ音だけ聴いて、速過ぎないかとか、遅過ぎないかとか気にするのでなく。そんなことは二義的でしかない。そんなものは評論家が自分の知識をひけらかすためのものだ。記憶に残るのは芸術性だ。」ホロヴィッツ、聴衆について。音楽を知らない音楽家は山ほどいる。

[2068] Apr 27, 2015

その昔、恐らくは聖歌だろうが、歌を歌うということだけ考えたとき、考慮すべき最低音は「ラ」だった。したがって、理論家はこれをAと名づけた。そこから音がひとつ上がるたびに、ABCD……とアルファベットが増えていく仕組みである。▼やがて旋法が整理され、長調や短調といった概念が確立してくると、C――今で言うところの「ド」――を基準にした方が、何かとわかりやすかろうということになった。しかし今まで使われていた呼称を変えてしまえば諸々問題も出てくる。表記の方はそのままでよかろう。こうして中途半端なCから始まる「ドレミファソラシド」が生まれた。さらに、アルファベットのAをいろはの始点にした結果、日本語表記の「ハニホヘトイロハ」も生まれた。▼システムの変更時、変え損ねてしまった表記法。現代の音呼称は、言わば音楽のレガシーコードというわけだ。「シ」をめぐるドイツ式とアメリカ式の喧嘩といい、面倒なことである。

[2067] Apr 26, 2015

ストーリーにまとまりを持たせ、読後感を充実させるテクニックのひとつに「フレーミング」がある。物語の冒頭で見せた人物や舞台の構図を、そっくりそのまま最終シーンにも配置する技法だ。最初と最後をお揃いにすることで、この話は「ここで始まり、ここで終わったんだ」という枠組みを読者に意識させることができる。そうして外枠がかっちり決まると、中の絵もよくまとまって見えてくる。▼音楽でもしばしば見られる、イントロのアレンジでアウトロを組み立てるやり方は、このフレーミングに該当するだろう。映画や小説に比べて音楽の方が「すぐに繰り返し聴く」機会が多いことを考えれば、単にまとまりをつけるのみならず、冒頭への郷愁を駆り立てるという意味でもいっそう効果的かもしれない。アウトロがイントロへ、欲求的に繋がる仕組みである。定番とはいえ破壊力は抜群。より良い風呂敷の畳み方が思いつかなければ、さくっと頼ってみるのもありだろう。

[2066] Apr 25, 2015

6+3=8。7+2=8。不思議な数学。答えは――音程。▼音程表記では、六度と三度を足すと八度になる。同じ音同士が「一度」なので、足し引きの関係となると数字がひとつズレるのだ。「長六度と短三度で完全八度」という字面も、慣れた人なら当たり前に見えるのかもしれないが、初見ではなかなかに納得しがたい世界である。なぜユニゾンを零度と言わなかったのだろう。▼面倒な音程表記の世界だが、半音の数でN度を定義するのは危なっかしい。完全四度と完全五度だけを丸暗記事項として、完全五度を三度+三度に分割したとき、長いほうが長三度、短い方が短三度と導くべきだろう。あとは八度から短三度を引けば長六度が導けるし、長六度と完全五度の間が長二度――と、短や長を0.5のように見なした式で芋づる式に呼び名の判断がつく。完全N度や長短N度をさらに半音増減したければ、文字通り増N度、減N度というわけだ。なんともややこしい話である。

[2065] Apr 24, 2015

将棋、名人戦が一進一退の盛り上がりを見せる中、個人的な成績は芳しくなく、相変わらず初段相手に序盤・中盤は駒得かつ形勢有利、しかし詰め切れずに逆転負けのパターンを繰り返している。将棋の恐ろしいところは、相手を詰め切れないと、攻めに使った駒が全て敵に回ってしまうこと。2アウト満塁で3者残塁のままイニングを終えたら、次の相手の攻撃はノーアウト満塁から始まるようなものだ。先に仕留めた方が勝つ。容赦なき殴り合いである。▼こうなると、有利なのに詰め切れないというよりは、「有利だから詰め切れない」というケースの方が目立ってくるのが面白いところだ。将棋は逆転の起こりうるゲームだから、形成は有利でも自玉のまわりが不穏になってくると、今の有利を嵩に「決め」たくなってしまう。敵の猛攻を受けきる自信がないから、これほど有利なら「たぶん行けるはず」という不確定な読みに身を預けて、無理攻めの特攻をしてしまうのである。

[2064] Apr 23, 2015

「『第二次世界大戦が始まった』ではダメだ! 『ヒトラー。侵攻。ポーランド』で始めなさい。」バーンズ・アンド・ノーブル書店の編集ディレクター、リズ・シャイアーが大学時代に教授から教わったという掴みの秘訣。シンプルかつ強力なので、受け売りでもいいからまるっと暗記する価値のある素晴らしいアドバイスだ。▼物語の最初では、読者が興味を向けるべき対象を出来るだけ早く提示しなければならない。最もわかりやすいのは人物だ。人物なき物語はない。「ノー・ピープル、ノー・ストーリー。」だから、主要な人物がいるなら、真っ先に彼のことを書くべきなのだ。そうして、次には彼の起こしたアクションがつづくべきだろう。その後で場所や時代背景など、次第に大きな世界を見せていく。あらためて。『ヒトラー。侵攻。ポーランド。』完璧ではないか。▼玄人風味よりインパクトを選びたいもの。静かに立ち上げる誘惑に打ち勝って、最高の掴みを書こう。

[2063] Apr 22, 2015

好調あれば不調あり、不調あれば好調あり。一時は夢の単独首位に立ったベイスターズも投打噛み合わず七連敗で、最下位も見える不穏な位置まで落ち込んでしまったが、七連敗と云えども最近は復活の兆しも見えていた。あとは時が来れば――という、まさにその時が来たのをきっちり捉えて連敗脱出の貴重な勝利である。ようやく旨い酒が飲めるというわけだ。▼不調のスパイラルを断つのは本当に難しい。不調、つまり勝利の不在は、人の言葉を荒ませる。人への呪詛も自暴自棄も、最初は言葉から生まれてくる。その言葉がやがて無言の思考になって、思考が悪い行動を導いて、その行動が心を蝕んで、蝕まれた心は敗北の未来を描いてしまう。「負け癖」とはまだ優しい表現だ。現実の負け癖は呪いである。解くまで未来を目指せない呪いである。▼だからせめて、誰にでも訪れる不調な時期に深淵へと転がり落ちない戒めをするなら、徹頭徹尾、言葉に気をつけることである。

[2062] Apr 21, 2015

『砂糖の歴史』読了。紀元前よりニューギニアで栽培され、北上してインドへ。やがてアラブ世界で発展し、十字軍に連れられて欧州世界へ。大航海時代に乗って西インド諸島へ渡り、アンティグア、ハイチ、ドミニカ、キューバとプランテーションの乱反射。そのうち新しい土壌を求めてアメリカ大陸はルイジアナ、フロリダと支配を広げ、ブラジル、クイーンズランド、モーリシャス……。▼気がつけばぐるりと文字通り世界を一周した砂糖の歴史は、砂糖と言いつつ、ほとんど「奴隷制の歴史」である。甘いモノをめぐる欧州と北米の文化史が二割、砂糖業界の利権主義と健康被害、バイオ燃料への展望など現代的な話題が一割、残り七割が奴隷制や年季奉公制度など強制労働にまつわる話だ。まさに血まみれの砂糖である。痛ましい記録の数々ではあるが、情報量は豊富で、長く楽しめる優秀な読み物だった。歴史本は分厚いに限る。小さなことにどっぷり浸かるのが魅力である。

[2061] Apr 20, 2015

実況・解説することで、初心者にも面白さが伝わりやすい対戦ゲームとはどのようなものか。二十三時の夕食テーブル、いつもの二人で討論となる。▼真夜中に得た怪しげな結論は以下の通り。一、対戦している二人が達人であると素人目にもわかること。また、わかるような解説をすること。いくら解説が熱く戦況を語っても、対戦者たちの何が凄いのかがわからなければ興味は生まれない。ニ、達人の繰り出す「スーパープレイ」が身体性に結びついていること。リアルタイムな凄みであること。裏の取り合いが熱く感じられるのは「裏」や「表」の何たるかを理解している識者に限る。観客が湧くタイミングにズレが生じると、大切なところで盛り上がりを欠く。三、勝負に負けても楽しめそうな雰囲気を醸していること。勝利の味こそ醍醐味というタイプのゲームはそれだけで心理的な障壁が高い。必ずしも運やランダムは必要ないが、まぐれの効きそうに見える方が感触は良い。

[2060] Apr 19, 2015

弟が久しぶりに喘息の発作を起こした。それもかなり重度で、普段なかなか病院に行きたがらないのも祟り、折り悪く吸入薬も切らしている。これはいけないということで、救急にかかるべく近くの総合病院に電話すると、今日は喘息担当の先生がいないから対応できないと言う。緊急だから吸入だけでも、という申し出も却下。別のところへ行ってくれとのことであった。▼私も昔、正月にインフルエンザで39度超の熱を出してその救急を訪れたとき、たぶん風邪ですねとにべもなく追い返されそうになった恨みを忘れてはいないが――なんのための総合病院なのか、わかったものではない。治療の機械だけご立派に陳列して、しかし本当に使いたい人が使いたいときには使えない。ハードウェアだけピカピカに揃えて、ソフトウェアの部分は利用者のことなどまるで無視したボロボロの状態というシステムづくりは、日本の伝統的悪癖である。代替医療に客を取られる所以もわかる。

[2059] Apr 18, 2015

何をやっても上手く行かない絶不調期、スランプは誰にでもあるものだ。それを乗り越えた経験のある人は、絶好調期とスランプは交互に訪れるものだから、諦めないで粘り強く戦うなり、別のことを考えて気晴らしするなりして時を待てと助言することが多い。▼今日、野球の解説者が端的に良いことを言っていた。「スランプは考えることから始まりますからね。」そうしてなぜ考えてしまうかというと、まさに昨日まで全てが上手く行っていたからなのだ。▼人は好調が続くと、何が自分に好調をもたらしているのかとか、このまま上手くやりつづけるにはどうすべきかとか、もっと高みに上り詰めるには何をすればいいかとか、諸々の雑念を抱いてしまう。しかし悲しいかな、その思惑が期待通りに推移することはない。どう手を尽くしても、自然の摂理で調子は落ちてくる。いろいろ考えていた分、自分の分析に自信がなくなってくる。この悪循環がスランプの正体なのである。

[2058] Apr 17, 2015

シンガポールの某社の社長が日本語で挨拶するのを聞いて驚いた。たどたどしくも破綻はしていない日本語の発音が、チームにいるシンガポール出身の先輩とそっくりなのだ。まるで先輩がしゃべっているように錯覚してしまうほど、子音と母音の癖や、音を伸ばすところ詰めるところ、ぴたりと一致するのである。「シングリッシュ」が、聞けばすぐにそれとわかる独特の英語だと言われる所以もわかる気がした。▼日本人の話す英語にも日本人だとすぐにわかるような癖はありますか、といつものカナダ人に聞いてみると、シングリッシュほどは無いと思うが、ときどき日本人しか出さない音、しない言い回しはあるという。日本全国を旅する某趣味人は名古屋出身の顔立ちだけはすぐにわかると言っていたし、耳の肥えた人はロシア人のバイオリンなら聴き分けられるというし、どこまでハッタリかわからないが、地理柄、国柄というのは拭いがたく染み付いているものなのだろう。

[2057] Apr 16, 2015

体調もいささかすぐれない。少し早めに上がれたので、『砂糖の歴史』を読み終わらないうちから後釜を探すべく本屋へ行く。歴史棚、前に見たときは「○○の歴史」が唸るほど並んでいたように思ったが、どうやら記憶違いだったらしく、砂糖の他に食指の動くタイトルはなかった。それならちょっと前に話題になったジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』あたりはどうだろうと探してみるも、草思社文庫が見当たらない。なかなか嵌らないハズレ日もある。▼昨日、恐らくは新入社員に向けた特設コーナーの一冊に「できる人はなぜ本屋で待ち合わせをするのか」というような煽り文句を見た。煽り文句ではなくタイトルだったかもしれない。中は開いていないが、機会あらば本屋へ足を運ぼうとする、そのちょっとした習慣の積み重ねが物を言う的な本であろうか。待ち合わせをすることの是非はともかく、本屋の散歩は安価な出会いが多いので、私も薦めるところである。

[2056] Apr 15, 2015

『砂糖の歴史』をこつこつ読み進める傍ら、中東の歴史全般について詳しい先輩と道中雑談をする。砂糖がヨーロッパで大衆の消費財になったのは十七世紀以降であるという「新しさ」に驚いたという話をしたところ、先輩曰く、アラブ人は昔から砂糖が大好きだったはずなので、十七世紀ということはない、もっと古い歴史があると思うと言う。▼まさしくご名答で、ポリネシアからインドへ、インドから中東へと伝わった砂糖は、蜂蜜が甘味の主流であったヨーロッパより一足先にアラブ世界で開花していた。それを御多分にもれず十字軍が持ち帰ったという流れである。▼大衆の嗜好品となるために足りなかったのは製糖の技術であったようだ。さらに言えば大量生産という概念、あるいは大量生産するために必要な、西インド諸島のような植民地環境――奴隷貿易も含めて――を待たなければならなかった。こうした条件が揃ったとき、砂糖は歴史に猛威を振るい始めたのである。

[2055] Apr 14, 2015

残業後、同期に誘われて珍しい酒場へ行く。ウイスキー五種類の飲み比べに誘われて、辿り着いたのはアットホームなガジェット・バー。本棚のラインナップは思想系ばかりできなくさいが、同居している懐かしのカードゲームやボードゲームが中和している。ウイスキーボトルとバックギャモン。大人の遊び場、というにはやんちゃな感じで、童心の同居した空間が心地よい。▼いくつかゲームを転々としながら飲んでいたら、次第に常連と思しきお兄さんがた、おじさんがたが増えてきて、新規さんなんて珍しいねと女性マスターに言う。そのうちみんなでオススメのボードゲームでも、という流れになったが、残業後ということもあって時間も遅い。終電も近いので再訪を誓って店を出た。ショットグラスで五杯のウイスキーに連れはカクテル。チョコレート、柿ピー、追加のおでん。ひっくるめても居酒屋より安い。仕事が落ち着いたら、ゆっくりモノポリーでもやりたいものだ。

[2054] Apr 13, 2015

五手詰みが見えなくて二段相手に時間切れの敗北。こんなに悔しい思いをしたのは久しぶりだ。残り時間30秒とは言え、棋譜を見直してすぐに気づくような玉頭の銀成くらい見えてもよさそうなものだが。これが実践で見えないからいつまでたっても弱いのだ。詰んだ将棋に玉を凡手で逃がすのは愚の骨頂。大いに反省する必要がある。▼反省しつつもポジティブなことを言えば、ちょっと前はこういう「勝ち将棋を勝てない」試合が1級以下相手によくあった。とすれば二段相手に勝ち将棋を挑めている時点で進歩していると考えてもよさそうなものだ。あとは優勢と勝利の巨大なキャズムを乗り越える必要がある。有利であることと、勝利することの間はかくも広いのだ。▼将棋。直接何かの役に立つ趣味ではないが、いろんなことを教えてくれる。楽しんでいる時間より悔しがっている時間の方が長いのに、それでも続けてしまうのが真の娯楽というべきだろう。研究も忘れずに。

[2053] Apr 12, 2015

アート・テイタム。ジャズ・ピアニストの誰もが憧れる、真のヴァーチュオーゾ。あのホロヴィッツが始めて彼の演奏を聞いたとき、「彼がクラシックピアニストだったら、我々の仕事は無くなってしまう!」と感激し、その後は一週間続けてバードランドに聴きに来たという伝説も。まあ、この絶賛を都合よく曲解して、ホロヴィッツが「恐れを感じて逃げ帰った」などと書いてしまう某歴史家は物書きとしてどうかと思うけれど……。▼そのテイタムのCDを手に入れて、ここしばらく流している。そうしてわかったことは、私にはやはりジャズピアノの良し悪しが全くわからないということだ。本当なら「私も感激した、やはりテイタムは最高の演奏だ」とか格好いいことを言いたいのだが、良いも悪いも好きも嫌いもなくて、ただ難解な哲学を読んでいるように「わからない」のである。耳か心が大人になればいつかわかるんだろうか。苦いコーヒーが、いつしか旨くなるように。

[2052] Apr 11, 2015

とあるハリウッドの映画脚本家は、新しい映画の脚本を書き始める前に必ず「自分が書こうとしている作品のジャンルを決め」「そのジャンルの既存作品を洗い出し」「もっとも優れた作品を越える努力をする」という。他人の類似作品を調査する行為そのものは珍しい習慣ではないが、こう三段階に分けると取るべき行動がいっそうわかりやすい。サボりぐせが勝つと最初の一歩からして怠けてしまう。「ジャンルなんて決めなくていいよ。そんなものはあとから見えてくるさ。」▼某プロダクションに配属されたサウンドクリエイターの体験談で、駆け出しの新人として職務にあたったとき、自分でもなかなか良い仕事が出来たと思って提出した初版をリーダーに見てもらったところ、当時、表現技法の最先端であった映画『マトリックス』のDVDを渡されて、「これより良くしてくれないと困る」と言われたというエピソードは印象的だった。そういう厳しさがなくてはならない。

[2051] Apr 10, 2015

「リアルタイムカメラ」を借りて読む。値段が高いので手を出しにくかったが、同僚が貸してくれたので渡りに船だ。このたびは熟読ではなく、知りたい情報を得るためにざっと目を通しただけだが、書籍の醸す印象ほど数学についての記述はないんだなと思った。どちらかというと企画者向けのカメラ概論か。カメラにはこういう種類があって、こういうパラメータがあって、こういう要件があって……という知識の集成に近い。▼理想的なカメラが何たるかはわかった。「それで、どうすればそれを実現できるの?」という実装者の要求に答える本は、今のところ出版されていないように思う。洋書も探したが無いようだ。抽象度が上がるとカメラというより制御工学になってしまう。インタラクティブなカメラプログラムの設計という視点ではない。▼今はまだ、場合分けによる力技が最適解なのだろう。恐るべきは自然な振る舞いに見えるまでケース文を書き続ける愚直さである。

[2050] Apr 09, 2015

ポジる――根拠もないのに無駄にポジティブになること。やたらポジティブに球団を応援すること。▼横浜ファンは、今夜のセ・リーグ順位表をきっと画像で保存するだろう。ポジるなら今のうち、とばかりに単独首位で湧き立つベイスターズである。もっとも、今夜の順位表が永久保存されるような刹那の輝きでは困るのだが――貯金生活などとは欠片も縁のなかった横浜ファンにとって、想像だにしない好調がもたらした首位という聞きなれない響きは、いささか贅沢な戸惑いを誘うのである。首位。このポジションは住みにくいんだよね、と監督も苦笑いだ。「野球がこんなに楽しかったなんて。」ファンの言葉にもこれまでの苦労が忍ばれる。▼とはいえ、シーズンは始まったばかり。四月に独走した球団が終わってみればBクラスなんてザラにあることだ。好調な滑り出しの惰性も過ぎ、いつか訪れる不調の時期に、応援する側も落胆で崩れないよう気を引き締める必要がある。

[2049] Apr 08, 2015

将棋ウォーズ、長いこと二級昇格がお預けになっている。90%を越えてあと一勝で昇級というところまでは何度も来るのだが、そのたびに「二段」としかマッチングしなくなるので、6連敗〜10連敗して達成率を落とす。また相手が一級レベルになってくると勝ち出して、90%を越えると……の繰り返し。数百戦しているが、まだ二段に勝ったことは一度もない。達成率の上下割は変わらないが、勝てない相手には勝てないのが将棋。これをやられてしまうと辛いのである。▼手筋と詰将棋で中盤戦を予習・復習。序盤の陣形づくりは慣れてきたものの、右玉に囲ったとき、どうしても受けられない浮き飛車&棒銀の攻め筋がある。ネットで調べているが今のところ有効な対策がない。相手がその攻めで来ると読んだ時点で、受けられる銀の形に組み替えるようなバリエーションが必要なのかもしれない。なんにせよ、二段にも勝てるようにならねば昇格はいつまでもお預けである。

[2048] Apr 07, 2015

本気で歌手を目指したいと言う人が同年代から出てきて、なんとはなしに嬉しく思っている。この歳になると「何かになりたい」なんて情熱は聞かなくなるものだ。成功の可能性云々は度外視で応援したくなる。現状の実力からすればかなり険しい道。正攻法では難しいかもしれないが、死力を尽くしていれば思わぬ裏道が見えるかもしれないし、その道程で別の才能に目覚めるかもしれないし、一生を変える誰かに出会うかもしれない。あるいはいいことなんてひとつもなくても、消費する時間は充実するだろう。▼何かに全力を出して悪いようにはならない。やりたいと思うことがあれば、やってみればいい。そういう素直な話なのだが、ときどき、こう実現の難しい夢について語ると「君には無理だ」と頑なに主張する人達も出てくる。彼らの否定が謎の確信に満ちているのは、なぜなら僕には無理だから、という根拠に支えられているからだ。そういう輩は笑顔で無視すればいい。

[2047] Apr 06, 2015

派手に動き回るタイプのアクションゲームでは、プレイヤーが立ち止まったり歩いたりしているとき、操作キャラクターをカメラの左側に捉えて見せることが多い。右側に敵や話し相手を配置する格好だ。理由はさまざまある。三分割の法則により、真正面にキャラクターを置くより絵的に見栄えがするから。戦闘を含め、一対一のやりとりが左対右でわかりやすく提示できるから。などなど。▼けれどもこの配置、逆はない。実際、右に主人公を置くようなカメラワークを見たことがある人は少ないだろう。これは恐らく、映像表現における方向の作用が関係している。映画では一般に左から右への移動がポジティブで自然な動きと見なされるため、ヒーローであり正義であるプレイヤーのアクションはこの向きに起こるべきなのだ。逆に言えば、もし主人公が右から左への移動を強いられるとしたら、それはまさしく惨事へ向かっているという不穏な兆候でなければならないのである。

[2046] Apr 05, 2015

蕁麻疹にかかる。病気に「恐らく」はよろしくないが、状況的に考えて恐らくは食べつけない魚のどれかに反応したものだろう。昨日、口にした物の中で思い当たる候補は、エビの頭、おこぜ、アカムツ、うに、きんき。白身魚はわりあいアレルゲンが少ないことを考えれば、はっきり言って怪しいのはエビの頭である。食べつけないところをチャレンジ精神で無理やり食べてみたのが祟ったか。甲殻類の殻は要注意だ。▼昔使っていた抗ヒスタミン剤は無くなっていたので、今日のところは一旦放置。明日ひどくなっていたら病院へ行こう。それにしても蕁麻疹とは、高校生の頃に寒冷蕁麻疹を患って以来か。あのときは慢性の寒冷蕁麻疹になってしまって、汗はかけない、薄着で外には出られない、熱い風呂には浸かれないと、治癒に半年近くかかる大変な騒動だったが、食べ物由来なら通常は数日で引くというからそう願いたい。見た目が気持ち悪いのはともかく、かゆいのは困る。

[2045] Apr 04, 2015

生まれてはじめて生の茄子を齧った。どうぞ、そのまま食べてくださいと差し出されたツヤツヤのなすびに半信半疑ではあったが、しゃくっと噛んだらまるでりんごのような甘さと水々しさである。旨い野菜の生は本当に旨いと言うが、まさか茄子まで。認識を改めさせられる食体験だった。皮ごと食べて文句なし。▼このご時世に都会生まれの都会育ちともなると、新鮮な野菜を口にする機会もそうそう無くて、生野菜即ちサラダか何かという考え方になってしまう。しかし、もし田舎ではどれもこれも野菜があれほどの味わいを自ら持っているのだとすれば、なるほど肉だの揚げ物だのと油や脂に頼らなくてもやっていける理由がわかるというもの。音源のクオリティが高ければ、闇雲にエフェクタを刺さなくても生のままOUTに送って遜色ないようなものだ。会社の近くにも、新鮮で旨い野菜を手頃な価格で出してくれる店があればよいのだが。願いつつ、またラーメンであろう。

[2044] Apr 03, 2015

今年も新入社員を迎える時期になった。毎年、新しい風が吹き込んでくるのを楽しみにしている。若いエネルギーがないと職場も活気付かない。若手にだらしない姿を見せないよう気張るのも大切なのだ。尊敬できる先輩と、信頼できる後輩。そういう王道な職場にしていきたい。▼飲み会の席では諸々質問を受けるわけだが、残業や賃金についての詳細は赤裸々に語れるものの、派閥とかはありますか、という問いには少々答えにくい。無いと断言したいし、そうあって欲しいが、自分の周りはともかく、あるところには致し方なくあるのが派閥であり政治である。くだらない、興味ないでは済まされないこともあるのがほとほと面倒で、会社にとっても百害あって一利なし、いったい誰が得をしているのやらと思わずにはいられない害悪である。必要悪とも言いたくない。不必要悪である。大きな組織とくだらない諍いは抱き合わせ販売なところもあるしね…‥という回答が精一杯だ。

[2043] Apr 02, 2015

将棋に名局あれば、野球に名試合あり。延長12回の激闘を見事に制し、見事暫定の首位同率に咲いたDeNAベイスターズである。去年は苦戦を強いられた宿敵カープに、まさかの3タテを決めた本拠地開幕戦。上位打線が完璧に機能していた。いくつもの逆境を凌いで追加点を許さなかった投手陣も頼もしい。今年のベイスターズは走りだしからして違う。グリエルのことは残念だったが、好調なチームの流れを崩さないという判断も、恐らく今は正しいのだろう。▼昼休み。本屋で見かけた『熱湯!野球女子』を買う。この手の生活感あふれる題材をデフォルメした4コマシリーズを何と総称するのか知らないが、衝動買いには適した素材だ。この前はSE女子の本を買った。なんとなく読んで、なんとなく可愛くて、なんとなく面白い。そういうゆるい楽しみが心地良い。レジへの道すがらには「ベイスたん」の公式書籍もあった。今日の快勝は、手に取ったご利益かもしれない。

[2042] Apr 01, 2015

弟と、今年の将棋大賞・名局賞がどの試合になるかを予想していた。ふたりとも、全てのタイトル戦を見ているわけではないが、知っている中ではやはり羽生善治王座に豊島将之七段が挑んだ王座戦の第五局が名局であろうということで意見は一致した。▼さて本日発表された名局賞は、なんとドンピシャの王座戦第五局。あんまり綺麗に一点読みが的中したので笑ってしまった。もちろん異論はない。文句なしの名局だ。予言の証拠というわけではないが、去年の記事「1882」に試合の素晴らしさを語った回があるので、興味があれば私と一緒に振り返ってみて頂きたい。手元に棋譜があると尚良いだろう。最近は棋譜の参照も検索ひとつで実に便利だ。▼最優秀棋士賞は20度目の受賞となる羽生善治四冠。言うまでもない棋界のラスボスである。優秀棋士賞は、劇的なる竜王奪取で話題を呼んだ糸谷哲郎竜王。豊島さんも56局の対局数をマークして最多対局賞に選ばれていた。

[2041] Mar 31, 2015

こう毎日のように文章を書いていると、自ら文章を書き慣れないと称する人の添削くらいは出来るようになる。自惚れるわけではないし、頼まれなければやらないが、てにをはの使い方や文章のリズム感はそこそこ身についているようで、粗を探してやろうなんて気がなくても読んでいるだけで目についてくる。細かい修正はざくざくと、論理の甘さは解決案まで織り込んで、軽めに赤ペンを入れて添削の出来上がり。▼人の文章を読んで意見を言うというのは危なっかしい仕事である。前にも書いたかもしれないが、文章を否定するということは、人格を否定することと紙一重なのだ。誰しも、それこそ文章を書き慣れないと自認する人たちさえ、不思議なことに文章への攻撃は人格への攻撃と見做す傾向が強い。こちらが添削の言葉を間違えれば傷つくし、そうなればもう素直に忠告を受け入れてはもらえなくなる。添削まがいのことをするときは、いつも心得ていた方が良いだろう。

[2040] Mar 30, 2015

アステカの帝王モンテスマはチョコレートを飲んでいた。嗜好品ではなく神聖なる神々の飲み物として。ホットココアのように甘くはない。カカオ豆をすり潰して唐辛子を加えたドロドロの苦い液体である。アステカの人々にとって、この飲み物は不老長寿の薬と思われていた。▼これをコルテス将軍がスペインに持ち帰ったのも、炎症に効き、解毒作用があり、疲労回復にも役立つ素晴らしい薬としてであった。チョコレートが今の甘ったるいイメージを持つに至ったのは、あくまで砂糖を加えて後のことである。チョコレートドリンクがあっという間に上流階級から労働者階級まで広まり、コーヒーハウスの定番となったのは、チョコレートが苦くてまずかったからではないかとさえ言われているのだ。十七世紀は砂糖革命の真っ只中。人々は砂糖を舐める口実に、《健康に良い》チョコレートを甘くして飲んだのではないか――。▼『砂糖の歴史』緩読中。なんとも苦い歴史である。

[2039] Mar 29, 2015

『ベスト・アメリカン・短編ミステリ2014』読了。バックナンバーも買いたくなる良質のアンソロジーだった。▼ランドール・シルヴィス「インディアン」。暴力と暴走。兄弟モノは登場人物同士の距離感が見所だと思っているが、その点でも満足できた。パトリシア・スミス「彼らが私たちを捨て去るとき」。日本でそれなり上品な生い立ちを持つとこういう《クズ息子》を想像するのは難しいものだが、結末に納得できるだけの主人公への共感は得られる。挿入詩の力も強い。ベン・ストラウド「シナモン色の肌の女」。これは無し。探偵物なのにさしたる推理もなく、オチも只々気味が悪い。ハンナ・ティンティ「二つ目の弾丸」。筋書きよりも空気とアクションが魅力の活劇。好きな人は好きかもしれない。モーリーン・ダラス・ワトキンス「束縛」。しつこいくらいに引っ張って、これはダレたかと思わせつつ、最後のオチはなるほどと思わせる。語り口もユニークで良い。

[2038] Mar 28, 2015

ダウンコートが必須な冬日から、ジャケット一枚でも熱いくらいな春日へ。毎年、この時期は三寒四温に悩まされる。冷やしたり温めたりの繰り返し。何度もレンジにかけ直した野菜炒めのように、身体もダメージを受けていく。油断した薄っぺらい寝間着で寒夜を寝込もうものなら、あっという間に朝はくしゃみと鼻水だ。そうならないように、いまだに厚い布団で寝ている。だから暑い夜は真夏のように寝苦しい。体温調節の効きにくい身体なので、一旦暖まったら布団を剥いでもすぐには冷めてくれないのである。このところの寝不足はそんな具合に説明できるだろう。▼極限まで寝不足に追いやったラットは、神経に異常を来すことはもちろん、食欲が何倍も過剰になり、しかし体重は激減していくのだそうだ。寝不足で疲弊しているとき、食欲があるから大丈夫という言い訳は通用しないことになる。痩せるのとやつれるのは別物だが、ときどき誤解している人がいるのは怖い。

[2037] Mar 27, 2015

酩酊度八十で書く短編評。▼デニス・マクファデン「ケリーの指輪」はアイルランド観光周遊路の名を持つ魅惑のリングをめぐる物語。正直、後味はあまり良くない。登場人物の人格に少々納得が行かない。マイカ・ネイサン「獲物」は子どもが主役のサスペンス。小さな兄弟が狂気の世界をくぐり抜ける話は、淡々としているほど奥深い。結末はあっさりだが道中の緊張感はある。ジョイス・キャロル・オーツ「いつでもどんな時でもそばにいるよ」はわかっていても背筋の寒くなるストーキング・ホラー。扉の作者コメントで結末をネタバレしているのは頂けないが、付きまとわれる女の子の方の心理がとにかく秀逸なのだ。これは凄い。ナンシー・ピカード「電球」は好みに合わず。どうにもクライマックスが見えない。ビル・プロンジーニ「弾薬通り」は、主役の探偵二人が活躍するであろう他の長編推理小説への誘い。消化不良の最後も、そう考えれば納得できる。広告である。

[2036] Mar 26, 2015

飲み会。飲み会。年度末とはいえ打ち上げ、納会の類が集中する。いくらなんでも連日飲んでばかりでは体が持たない。どさくさの烏龍茶は偉大だ。▼隣のカナダ人とこんな話をした。酔っ払うと、どうも英語がしゃべりにくくなる。日本語は発音できるが、英語の発音は酩酊状態では難しい。舌を使うからではないか。彼、答えて曰く、たしかに自分も酔うと日本語を話し出すことが多い。それに、イングリッシュ・スピーカーは酔うと訳のわからない声を発するイメージがある。レロレロレロ……まさに呂律が回らない状態。▼なるほど日本人も酔えば訳のわからぬことを宣うものだが、それは話の「内容」が支離滅裂なのであって、「音声」が聞き取れなくなるわけではない。何を言っているかわからないほど酔っている状態は、ほとんど前後不覚の重症だ。日本人が平然と人前で酔える理由のひとつに、音の意思疎通が途絶えにくいからというのもあるのかもしれない、と思った。

[2035] Mar 25, 2015

ベストアメリカン短編ミステリ。分厚いので総評を二回に分けよう。「後日の災い」以降で読了したところまで。▼クラーク・ハワード「道は墓場でおしまい」は現在のところベストワン賞。畳み掛けるようなサスペンスと読めない最後、そしてタイトルの魅せ方が秀逸。アンドレ・コーチス「越境」は冬山の脅威を描いて美しい。ただ、同行者たちの名前と性格を一致させるのには少し時間がかかった。ケヴィン・ライヒー「イリノイ州リモーラ」は刑務所建設で復興を果たす街の人と経済を捉える社会派の物語。語り手が「われわれ」と複数形なのは珍しい。ニック・ママタス「シャイニー・カー・イン・ザ・ナイト」は残念ながら私には合わなかった作品。散りばめた言葉のユーモアが邦訳で失われるタイプかもしれない。エミリー・セイント・ジョン・マンデル「漂泊者」は詩的できらきらした文体が魅力のスプリント。この中ではいちばん素直な、そして静かに悲しい話である。

[2034] Mar 24, 2015

スターダスト・クルセイダース。ジョジョ第三部のアニメもDIOに迫って大詰め。前回はダービー兄との戦いだが、承太郎のタバコに対する処置に苦しさが見て取れた。なにかと煩い昨今、現場で様々な葛藤があっただろうと推察される、承太郎の口元の執拗な黒塗りである。▼白熱のシーンを悪い意味で白けさせてしまったことの賛否はともかく、黒塗りの向こうで明らかにタバコを咥えているにも関わらず、吸っている根本の描写はないから証拠がないのでセーフという現行の基準も如何なものか。喫煙行為がかえって目立っているほどだ。形骸化。正直、作り手の問題とは思えない。▼残虐行為はNG。口汚いセリフもNG。セクシャルな表現などもってのほか。漫画・アニメの表現をめぐる「事なかれ主義」の議論も、かつてドラえもんの土足を指摘したPTAを笑えないところまで来ている。潔癖世代の子どもたちが健康に育つかは知らないが、一抹の馬鹿らしさは否めない。

[2033] Mar 23, 2015

デイヴィッド・エジャリー・ゲイツ「後日の災い」はミステリーらしいスリリングな短編だった。良質な物語は想像力をほどよく刺激する。ジグザグに落ちて行くスタッカートを刻みながら、実は旋律線が上昇していくエッシャーのだまし絵のような、素敵なイントロが頭に浮かんできそうだ。だまし絵。知性を装う粗暴、あるいは粗暴を装う知性。▼書棚をふらつく自分の足取りからして、どうやら歴史物に興味が出てきたらしい。数年のブランクを経て再びサイクルが巡ってきたのだろう。「それは今の目的に直接寄与しないのでは?」という誰かの声を強引に押しやって、気ままな心に逆らわないよう何冊か注文してしまう。迷うくらいなら飛び込んだ方がなし。これぞギャンブラー式の処心術、と胸を張れるような稼ぎではないが……。▼無性に目的を立てたくなっては、立てた目的を無視して随意にしたくなる。自由人のようでいて、根底にあるのはやはり怠け者の精神だろう。

[2032] Mar 22, 2015

一晩寝て。枕の調子は極めて快調。狙った効果は完全に発揮してくれた。この枕、感触の良さもさることながら、とにかく重いのだ。▼この頃、寝付けなくて深夜に目を覚ますとき、自分がよく枕を探していることに気がついた。寝相があまりよくないらしく、小さな枕はすぐにどこかへ行ってしまう。酷いときはベッドの下に落ちてしまっていることもある。そうして枕がなくなると、首元が傷んで起きてしまうという流れだ。このパターンに何度も出くわした。▼つまり枕が重ければいいのだ。この着想、案外馬鹿にしたものでもなく、たしかに今朝起きたとき、テクノジェルは夜に置いた通りの場所へしっかり鎮座していてくれた。もちろん枕探しに目覚めることもなし。感動。これで不眠症もどきの寝不足生活も少しはマシになるだろう。▼テクノジェルシリーズにはマットレスも出ているそうで、春限定の割引キャンペーンが進行中。こちらは予算不足だが、気にはなるところ。

[2031] Mar 21, 2015

角不成で大波乱の電王戦第二戦、その幕引きの顛末を携帯で見つつ枕を買いに行く。今の枕は小さいし、長年使い込んだせいでボロボロになってしまった。この頃、眠りが浅いのもそのせいかもしれない。ベッドに先立って新調すべき日常アイテムだったのだ。▼テクノジェルを選択することは早いうちに決めていた。現金が不足している今、ヨドバシのポイントで精算できるのはありがたい。店頭で触ったときは少々気味の悪い感触だと思っていたが、カバーが掛かると思いのほか弾力があって悪くないのである。枕好きからの評判も総じて良い。▼悩んだのは高さ。標準タイプは165〜180cmにオススメだが、こう言われると182cmの私は凄く困る。オススメから2cm過ぎただけで「高め」を選ぶのも危険だ。標準なら万が一のときは誰かに譲ることも出来るので、結局、冒険はしなかった。果たして使用感はどうか。少なくとも、想像以上に冷たいのは既に最高である。

[2030] Mar 20, 2015

トム・バーロウ「覆い隠された罪」、マイクル・コナリー「細かな赤い霧」、オニール・ドゥ・ヌー「重罪隠匿」、アイリーン・ドライヤー「写真の中の水兵」まで読了。ここまで読んで確信したが、これは江戸川乱歩の「ミステリ傑作選」の「ミステリ」とはだいぶ区分が違う。圧巻の推理、奇抜なトリック、大どんでん返し、という推理小説的な要素は少なく、単純にミステリや犯罪を扱う短編小説の選集である。今のところの四作も、犯罪を巡る人々のドラマを描き出す社会的な作品という印象だ。切れ味よりは、味の深みで勝負している。▼訳の軽快さもあって重たくはない。文庫本に換算すれば900ページはありそうなボリュームだが、短編好きならさくさく読んでいけそうだ。今日の散策で他に気になる本が出来てしまって、こちらを最後まで読み通すか少々悩んだが、途中放棄と積読はなるべく避ける主義。しばらくは二冊携えて肩の痛みに耐えよう。贅沢な悩みである。

[2029] Mar 19, 2015

脚本系の本のストックが尽きたので、有隣堂の文学コーナーへ行く。紀伊國屋に比べると所蔵は遥かに少ないので、映画・脚本の棚も見たことのある題ばかり。今ひとつ食指の動かない気分で近くの海外文学棚を漁っていたら、思わず二度見してしまうタイトルの本を見かけた。『ベスト・アメリカン・短編ミステリ2014』。普通に面白そうな短編アンソロジーだ。しかし、併記してある原題は「THE BEST AMERICAN MYSTERY STORIES 2013」である。2013なのか、2014なのか。▼もっとも、そう訳されたのにはそれなりの事情があるはずで、こちらが煩くこだわるようなことではないのだが、結果的にはその違和感が功を奏して私は本書を手に取った。手に取って、ぱらぱらと中を見て、昔読んだミステリ傑作選のようで楽しそうだと思ったから買ったのである。一生かかっても読みきれない本の中、些細なことでも心に掛かるフックがあるということの重要さを思い知った。

[2028] Mar 18, 2015

カール・イグレシアス『脚本を書くための101の習慣〜創作の神様との付き合い方』読了。一流の脚本家22人による、脚本家の卵へ向けたアドバイスのまとめ。会話体とはいえ活字みっちりの濃密な380頁は大満足。インタビューの回答がテーマ別に編纂されているところも目新しい。▼パート5はハリウッドという歪なシステムの中で脚本家として成功し生き残るための「売り込み」テクニックの章で、一見、ハリウッド志向でもなんでもない日本の読者には関係のなさそうなところだが、芸術家とビジネスマンの間で絶妙なバランスを取ることに日々苦労する”師匠”たちの姿は、クリエイティブな仕事についている人なら強く共感するだろう。もちろん、その長年の苦労から得た知見に学ぶところもたくさんある。逆説的だが、ある意味、パート5が本書の中で最も「万人受け」する章かもしれない。▼技巧の本ではないが、脚本関連ではスナイダーに続いて星5つとしたい。

[2027] Mar 17, 2015

ベイマックスの映画を見たとき、予告編で「ストロボ・エッジ」が流れた。なんか見たことあるなと思いつつ、コカ・コーラZEROを片手にぼんやり。キャッチフレーズは耳に残るが、どんな映画なのかを思考する頭は回らない。ベイマックスはまだ始まらないのだろうか……。▼そうして今日。会社の帰り、最寄り駅の床面にどでかいピンク色の広告を見つけた。『ストロボ・エッジ』。なるほど、ここに飾ってあったから「なんか見たことある」と思っていたのか。よく見ると改札にもステッカーが貼ってある。もういちど床面を見る。「この映画は当駅を舞台に撮影されました。」なんだって。▼そういえば緑園都市でも南万騎が原でも、ちょっと前によく何かの撮影をしていたな……と今更のように思い出した。深夜帰りのとき、機材を撤収している姿も見かけたことがある。画像を探してみると、なるほど十数年慣れ親しんだ駅のシーンだ。最近、こんな驚きが多い気がする。

[2026] Mar 16, 2015

仕事力とは何か。技術力とは何か。プログラミング力とは何か。社会人五年目の終わりを迎えて再び自問する。プロジェクトをひとつ越えるたび、内省して成長の軌跡を確認するのだ。重要なのは昔の自分と考え方が変わったところ。職業プログラマになる前と今。最も変化した価値観はなんだろう。▼原理主義的なところは丸くなったかもしれない。最初から破綻しない設計を心がけるのも大切だが、かろうじて動いている継ぎ接ぎだらけのプログラムにバグが生じたとき、瞬時に問題を特定して必要最小限の改修で水漏れを塞ぐ能力も、たしかに立派な「プログラミング技術力」だと思うようになった。▼綺麗なコードは読めて直せて当たり前。ときに意味不明で、意図も謎で、非論理的で、汚くて、全く宗教の合わない他人のコードでも、さくさく読めて直せなければ仕事にならないのだ。そういう「力仕事」をきっちりこなす先輩たちの腕前を見てきて、自分では腑に落ちている。

[2025] Mar 15, 2015

フィリーズレビュー、コートシャルマンは惨敗に終わる。二歳の星と思われていたティルナノーグとコートシャルマンだが、ここが競馬の難しいところ、その後は順調さを欠いて不本意な結末に終わっている。ふたりとも根本的な立て直しが必要だろう。クラシックの夢を、現実的な賞金加算の目標で塗り替えていかなければならない。▼これにかこつけてひとつ。夢が敗れたときに現実を直視せず、過ちを認めないまま夢想と心中するのは敗北だとよく言われる。それはその通りだと思う。しかし、その言い分はいくらか悪用されている節もある。夢を求めて上手く行っているうち、あるいは多少失敗をしても取り返しがつくうちは、せっかくの《非現実的なまでに》高い志を、現実的な目標などにすり替えるべきではないだろう。▼夢を思い、夢を語るということは、意識と言葉で自分を限界の外へ引き延ばそうと努力することである。夢のない人に成長はない。多忙な現実しかない。

[2024] Mar 14, 2015

初めて神楽坂を歩く。牛込神楽坂で降りてから、閑散とした住宅街をうろうろして、なかば迷いながらも神楽坂上の交差点へ。現在地の印がない不親切な地図版に眉をしかめ、古き良き左右の街並みにそぐわない唐突なパチンコ屋に戸惑いつつ、空きっ腹でメインストリートを下っていく。そうして神楽坂下へ抜けて出ると、そこはかつて、大学からの帰り道に「今日は数駅歩こう」と友人達を巻き込んで散歩をしたとき、しばしば徒歩の終着点にしていた飯田橋駅であった。私は全く知らなかったのだ。神楽坂とは、ここのことだったのか。▼名前だけは聞いたことがあるものの、どういう場所かはよく知らない、どこにあるのかも朧げ、しかし印象だけは人づてに聞いている、そんな土地を歩くのは出不精の私でも楽しいと思う。今回のように二束の電流が繋がるような体験は稀だろうが、何かしら思わぬ発見はあるものだ。山盛りの荷物を肩に下げて、帰路は懐かしき南北線である。

[2023] Mar 13, 2015

世間の流行に遅れること数ヵ月。「ベイマックス」を見る。アクションと感動物の良いとこどりなヒーローアニメーションで、派手な動きと迫力の効果音による押して押しての急展開が魅力の快作だ。脚本術から見れば、基本構成に必要十分なパズルのピースを、多少唐突だろうが強引だろうが一通り捩じ込んで、押さえる所はきっちり押さえました、あとは我々製作陣の注力したキャラクターとアニメーションを存分にお楽しみください、と言わんばかりの清々しい割りきりようである。甲斐あって、とにかくテンポは抜群だ。▼グラフィックスもさすがのディズニークオリティで、近未来のロボット工学が浸透した世界の街並みや暮らしをクールに披露してくれた。ヒーローコスチュームには少々疑問符を浮かべたものの、エンディングでアメコミ原画のデザインを見て納得である。諸々、細かいツッコミはいくらでもできるが、勢いが全てに勝った見ていて気持ちの良い作品だった。

[2022] Mar 12, 2015

高山博『ポピュラー音楽作曲のための旋律法』を再読。サンプル音源の都合上、家に長くいるときしか読めないので、こういうときにさらっと復習したい良本だ。▼基礎をさくさく辿りつつ、きらりと光るアドバイスが多い。「内なる唱和」と「同調」の考え方は、こと歌声を意識する曲づくりでは重要だろう。チェストボイスを越える高音域、たとえばA3よりも上の旋律を聴かせるとき、その旋律が反復される順次上行などでわかりやすく誘導されていれば、聴く人は心の中で歌いながら聴いている状態になりやすく、その高音フレーズは「苦しげに」聴こえる可能性がある。▼一方、小節の頭などフレーズの途切れた後で急に現れる高音に対しては、聴き手が同調する時間がないため、自分の外にある芸術品を眺めるような気持ちで聴くことになる。このときは苦しげなニュアンスは付与されず高さの技巧が際立ってくる、という考え方だ。同じ高音でも聴かれ方が変わるのである。

[2021] Mar 11, 2015

「――まあ、その前に脚本を書く時に気をつけなければならないことと言えば”初稿展覧会”にならないことかな。”思いつき”だけで書かれたことが見え見えの原稿を人に読ませるのは感心しない。そういう原稿から何がわかるかというと、書いた人は自分が書いたものを読み返しもせず、推敲もせず、よりよい表現を探しもせず、ただ思いつきを書いただけの怠け者だ、ということだよ。」▼秋葉原の本屋で見かけたとき、これは面白そうだと思って以来、目をつけていた『脚本を書くための101の習慣』を買う。やっぱり面白い。私は脚本家になりたいとはさらさら思っていないのだが、どういうわけか創作指南系の本を読み物として読むなら、脚本家の言葉、脚本術の本がいちばん楽しい。彼らに物事を難しく見せようとか、格好をつけようという気配が全く無く、気さくで愉快で変な人たち(もちろん良い意味で!)が多いからだろうか。とにかく、なんだか明るいのである。

[2020] Mar 10, 2015

音楽理論のような面倒ごとは極力避けて行きたいと思いつつも、いろんな本やらサイトやらをさらさらと読みたければ、基本的な用語の習得は避けられない。その基本的な部分については、ようやく調べなくても理解できるくらいにはなってきたと思う。属七やら副七やら、いろんな「七」はときどきごっちゃになって、何のことやらわからなくなるが、昔はローマ数字やアルファベットが出てくるだけでげんなりしたものだ。▼言葉をいくら覚えたところで実作に寄与することはないのだが、それでもやはり言葉は世界のルーツである。言葉が身についていれば、その世界のより深い概念、より面白い関係、より興味深い概念をすんなり理解できる。理解して、新たな言葉を脳内の「言葉玉」にくっつけることができる。そうしていつしか、その雪だるまが放っておいても勝手に膨れ上がっていくほど大きくなったとき、あらゆる人生の一時が学習也――という達人の境地に達するのだ。

[2019] Mar 09, 2015

先輩からヘッドフォンのオススメを訊かれる。予算は三万円だが、こだわりたいので物次第では超過も辞さないとのこと。デザインは二の次で音質を求めるとのことだが、話を聞く限り家使いの音楽鑑賞がメインのようなので、よほど音質に差が無いのであれば装着感を重視するよう推奨した。恐らくSHUREのオープン型がちょうど良いだろう。ミドルレンジで予算周辺が何点かある。▼ハイレゾコーナーで試着したというソニーのMDRシリーズは、個人的に音の軽さが好かなかったらしい。正直、三万帯なら音質より装着感に注力した方が後々良いと思うのだが、音の傾向が気に入らないなら尾を引く可能性があるので無理に薦めない。装着感の好みとしては側圧の強さを嫌っていたので、デザインを度外視するなら頭の上にやさしく乗るオーディオテクニカのラインナップも合いそうだ。とにかく、人の言葉を取りまとめてぴたり合う品を薦めるのは難しい。店員は偉大である。

[2018] Mar 08, 2015

昔、高校時代の恩師が餞に来れた言葉を思い出す。「なんでもやりたがる好奇心は良いけれど、お前が大きく失敗するとしたら、それはお前の本筋と関係の無い横道に入れ込み過ぎたときだと思う。お前の持ち味はそこじゃないよ。」▼「そこ」と言うのは、私が大学で勉強してみたいと話したラテン語のことを指している。たしかに当時はラテン語に限らず古い諸外国語に興味があった。けれども、今思えば先生の方が私のことをよく理解していたのだろう。結局、それらは一過性の興味に過ぎなかった。やがて語学のことは忘れていった。代わりに文学と哲学にのめり込んだ。数学や工学も楽しかった。そのうち音楽に出会った。そんなクリエイティブな諸々の方が、自分の芯に近い実感があった。▼今、また少しずつ興味が拡散している。こういうときはいつも冒頭の餞を思い出す。面白そうだと思う全てを極めるには、個人の人生は短すぎる。一過性の興味に引きずられないこと。

[2017] Mar 07, 2015

帰宅して、真っ白なノートが机に広がっているのは本当にありがたい。若いころならひと目で覚えられたような物事も、年を食うとなかなかそうはいかないので、こうして白紙に図や文章でまとめていく必要がある。そうできる環境が準備されているのが肝要だ。記憶という行為が億劫になった――そんな人には是非、A4無地ノートを常に広げたまま部屋に置いておくことを薦めたい。▼将棋は右玉を研究中。BEはテクノロジーウェブを書き出して技術名と解禁建造物と効果を暗記。音楽はプロットをスケッチにするため恐る恐る文字を音符へ。企画はひたすらキーワードと文章の羅列。生煮えのアイデアを図にしたり絵にしたりした、他人には読めない謎の暗号。アセンブラやGPUの勉強は会社でも使うので別のノートへ。こうして諸々並行して手を出せるのも、ノートという中間記憶があればこそだ。もともときれいな字を書く人間ではないから、落書きくらいがちょうどいい。

[2016] Mar 06, 2015

初段を目指すには序盤力と終盤力をつけよ、と言う。序盤力とは即ち、安全に強い型へ向かうための定跡を身につけること。戦法や囲いだけ覚えても、組んでいる途中で急戦を仕掛けられてガタガタに崩れ、囲う前に詰んでしまうということはままある。そうならないよう、相手の手と睨み合いながら陣形を進化させていく序盤の攻防を手癖にしなければならない。▼終盤力とは即ち、相手の玉を詰ませる力。将棋とは、駒を得することで優位を築きつつも、最後は歩が二枚あれば相手の玉が詰んでしまうゲーム。目的を「有利」から「勝利」へと切り替えるタイミングが必ずある。その仕掛けの後、きっちり勝ち切ることが出来なければ圧倒は出来ても勝利は出来ない。▼この二点をしっかり押さえれば、その間の「中盤力」は後回しでも良いのだそうだ。どのみち中盤は手も広く、数をこなすことでしか地力のつきにくいところ。意識して勉強するには向かないということなのだろう。

[2015] Mar 05, 2015

文章作法の説明に「半終止」という言葉が使われているのを見た。結論めいたことを匂わせておいて、本当の結論は後回しにするという、元の意味通りのテクニックである。映画なら主人公の目標が見かけ上達成されて、何も失うことなく帰路に着こうとした、まさにその時か。「偽終止」の方が名前的には似合うかもしれない。▼ここらで終止形の用語について、自分のためにも一旦まとめておこう。「正格終止」は基本的なT→D→Tの終止形。T→SD→Tなら「変格終止」、二つの混ぜあわせであるT→SD→D→Tは「混合終止」、またT→D→Tだが最後のTにT以外の代理和音、特にYを用いるものが「偽終止」と呼ばれる。▼楽句・楽節の終わりがDで終止したかのように落ち着く「半終止」は大きな目で見ればいつかはTに帰るので、正格終止の途中版といったところ。終止感の強いDである。正格で最後のTが基本形なら「完全終止」、転回型なら「不完全終止」だ。

[2014] Mar 04, 2015

九ヶ月ぶりにメガネの調整。ちょっと前、冷蔵庫の扉に正面から顔を強打してしまい、緩衝材の役目を果たしてくれたメガネのノーズパッドが歪んでしまったのだ。しばらく我慢してかけていたが、折よく東京メガネさんから催促のハガキも来たので、紀伊國屋へ行くついでに足を運んでみた。▼ヒンジの緩みとテンプルの曲がりを修正。側圧の強いヘッドフォンを常用しているので、このあたりに歪みが出るのは仕方ない。ノーズパッドはかなりの度合い左右でズレていたらしく、調整後はメガネを新調したときのように足取りがくらっとした。もちろん、今までの見え方が悪かったのだ。心なしか遠くの文字がくっきりと見える。▼久々の紀伊國屋は二時間ほど背表紙を眺めてうろうろと。いつもの本屋とは取り揃えている本の傾向が違うので簡単には飽きない。文芸棚に平積みされた久生十蘭の特集が懐かしく、河出書房のジュラネスクをほしいものリストに追加したところである。

[2013] Mar 03, 2015

分島花音ファーストアルバム『ツキナミ』を買う。ノリの良いバイオリン曲を探している中、たまたま見つけた「Killy Killy JOKER」を気に入って、それがきっかけでアニメの方もひと通り見終わったところ、タイムリーにタワーレコードでたまたまアルバムを見つけたのである。JOKER以外では「サクラメイキュウ」「world's end, girl's rondo」が好み。この手のスタイルで出来の良いアニソン作品は久しく聞いていなかったので、ひとまず三周して満足した。▼一方、アニメの方は面白かったが突っ込みどころも多々ある、なかなか評価の難しい出来。とにかく牽引力とインパクトを重視した結果、プロットやキャラクターがぐらぐらしてしまったというところか。自分では楽しんだのでハズレと言うつもりはないが、人には薦めにくい。タイトルが覚えにくいのもあわせて、なにかともったいない作品である。アニメ好きの同僚に聞いたら、案の定タイトルで切っていたそうだ。

[2012] Mar 02, 2015

個人的な名曲の分析中。展開がドラマティックな曲、何故かフレーズを覚えている曲、とにかくかっこいい音があると記憶していた曲、などなどお気に入りの曲を、聞き流しでなく主要なコードくらい取ってみたり、遠くのシンセアルペジオを拾ってみたりする。最高にクールだと思えた進行が、ただのコードにばらしてみると味気なくなってしまうということがしばしばあった。▼世の中、スパイシーで独創的であっと驚くコード進行を追求する教本は多いが、こうしてみると進行そのものが大切とは思えない。同じコードでも左手にトリルを選んだだけで印象は激変する。しかも片方が最高で、片方が微妙となると、これはもうコードなんて奇妙でなければ好きなようにすればよろしい、ただコードを表現する音色や奏法の選択を間違えなければ良し、ということなのではないかと思えてくる。そんな簡単な話ではないだろうが、同じ王道の進行にも無限のバリエーションがあるのだ。

[2011] Mar 01, 2015

将棋界で一番長い日。休日にあかせてA級順位戦リーグ最終局のライブ中継をどっぷり視る。たった今、佐藤九段と深浦九段による入玉模様の大激戦に決着がついたところ。敵陣に成り駒で囲いも囲った佐藤九段の堅陣であったが、持将棋などあってはならぬ、詰め切る深浦九段の執念が上回った。▼三浦九段と阿久津八段は降格が決定。対局前は三浦九段にも降格を避ける目があったものの、単独名人挑戦権を賭けた行方八段が負け、さらに悲願の一勝を賭けた阿久津八段も手痛い逆転負けを喫したことで、勝敗決着前に降格確定となってしまった。来期に即復活出来るかどうかが肝になりそうだ。▼結果的に挑戦権を賭けてのプレーオフは、渡辺二冠、久保九段、行方八段、広瀬八段の、なんと四人ということに。誰が挑戦しても名人戦は初挑戦。最終局以上に熱いプレーオフになりそうだ。良い棋譜を見ていると自分のヘボ将棋もまともになる気がして、気持ち前向きになってくる。

[2010] Feb 28, 2015

ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』読了。フィルムアート社の本は何冊か読んできたけれど、こと脚本術系の本に限って言えば、これが今までで一番良い。同系列の本が好きな人なら自信を持ってオススメできる。あんまり書評で「オススメ」はしないと宣言したこともあったが、文句なしの五ツ星なら広めても世界に損はなかろう。▼値段と頁数から言って、情報量はそこまで多くない。名言も引用句もそんなにない。けれども、読んでいるうちから本当に脚本が書きたくなってくる。思うに、金言や法則を並べ立てて読者を「名脚本家になれそうな気分」にする教本は、本書のような「とりあえず脚本が書きたくなってくる」教本には、どこか一歩及んでいないのだ。▼スナイダーの言葉は、こうすればいいよ、という語り口ではない。僕はこうするよ、もちろん、その方が面白いからね。結果はご覧の通り――というわけだ。自分の実績に物を言わせた見事な構成である。

[2009] Feb 27, 2015

ルールを知らないゲームで遊ぶ。フリーのアプリをダウンロードしてゲーム開始を押すだけで、そんなことも出来てしまう良い時代だ。「あなたのターンです。」手渡された将棋風の画面には、全ての駒が裏返しになった敵陣と、きっちり対称に組まれた自陣の駒。将官、佐官、尉官、騎兵、スパイ、タンク、地雷、ヒコーキ……。軍人将棋である。▼駒に優劣や相性があり、ぶつかり合うと強い方が生き残る点や、相手の本陣に将官を送れば勝ちという勝敗条件など、名前こそ軍人将棋だが将棋とは全く別物だ。相手の駒は全て裏返しなので、自分の駒をぶつけた結果や動きから、駒にアタリをつけて有利になるよう陣形を組み替えて行くのである。▼トランプゲームにありそうな運と推察の遊び。しかしこれらのルールは決着後に知ったもの。実際は闇雲にタンクを敵陣に送って地雷に捕まるまで佐官や尉官を薙ぎ倒すという乱暴なプレイであった。たまには手探りの遊びも悪くない。

[2008] Feb 26, 2015

今日、寝不足解消のため昼食をコンビニで済ませて昼寝をした。雨の日は駅まで食べに出るのも億劫だ。十分で食事を済ませて机に突っ伏すと、なんだかやたら低く感じる。これは家の75cm机の効果に違いない。▼キーボードを叩いているときは気が付きにくいが、伏せるために腰を曲げてみると相当無理をしていることがわかる。身体がガラケーのごとく折りたたまれてしまった気分だ。今回のプロジェクトでは意識して昼寝をしないようにしていたからよかったものの、続けていたら確実に腰を痛めてしまう。やはり70cmは私には低いのだ。▼家の机は、デスクスタンドもあわせて極めて良好。久しぶりにノートを取るのも楽しくて、ついつい遅くまで書き物をしてしまう。A4の無地はアイデア重視の自由帳、B5の6ミリ罫線はまとめ重視の勉強帳。これは高校生のときから変わらないスタイルだ。色やサイズを使い分けると見分けが便利だし、気分も変わる。反射の応用である。

[2007] Feb 25, 2015

「これからつくろうとしているものはどんな作品?」と聞かれれば、たいていの人は思いの丈を語ることくらいできるだろう。ログラインなどと難しいことを言うまでもなく、この質問にまともな回答が返せないようでは、何かをつくろうとしているとはとても言えない。しかしこちらはどうか。「これからつくろうとしているものに、いちばん似ている既存の作品は?」▼かなりクリティカルな質問だと思った。たぶん、これからは毎回必ず自問することになると思う。自分が目指す作品に、最もよく似ている作品。これが挙がらないということは、作品のジャンルを定められていないということだ。理想が先行してあれもこれもでふわふわしているか、あるいは似ている作品など存在するはずもない斬新奇抜な世界初のオリジナルという妄想に囚われているか……。▼ジャンルを知ること。これからつくる料理の名前も言えない人がキッチンにいたら、私ならその料理は食べたくない。

[2006] Feb 24, 2015

書店の世界史棚に立ち尽くした。行きつけの書店では、よく足を運ぶ理工学系や創作系のセクションを越えて、入り口から最も遠いところまで潜らないと歴史・社会学の棚へは辿りつけないのだが、今日は比較的時間に余裕があったので、全階、全棚をぐるりと周回したのである。▼はっきり言って、世界史の棚には他のどの棚より興味を惹くタイトル、題材の本が多い。それなのに私はあまり世界史の本を読まない。このギャップはどういうわけなのか。大判の本が多く、価格のことは本棚への収まりを考えてしまうから。どれも面白そうなので、ひとつを選べないビュリダンのロバ状態だから。ハードカバーが多くて持ち運びに不便そうだから――理由はいくらか思いつくが、決定打はない。興味があることと好んで手に取ることのあいだには、もう一枚、薄いヴェールがあるのだろう。▼今の積み本が消化できたら、久しぶりにディープな世界史の破片をかじってみるのも悪くない。

[2005] Feb 23, 2015

「アウトラインから書く小説再入門」「ストラクチャーから書く小説再入門」の二冊をぴかぴかのデスクにならべて、読み直しつつメモし直しつつ、まずは言う通りに組み立てて行く。「小説再入門」を見ながら曲を組み立てていくのも不届きというか、著者の想定範囲にはなさそうな筋合いだが、こと曲について構成を練るという行為をしたことのない私にとっては良い手引きになっている。▼二冊分、手順を終えたところで、結局、メモやアウトラインは放り出して普段通り好き勝手に作り始める可能性もあるのだが、そういう無為を恐れていては新しいことはできぬ。興味が出たときに後先考えずやってみるのが私のスタイルでもあるので、たまたま構成に興味が湧いたのなら生かさない手はない。それに人間、自信のないことは計画したがらないものである。熟練者が勘で行くのとは違う。計画したこともないのに計画を避けているようなら、それは自信のなさがそうさせるのだ。

[2004] Feb 22, 2015

配置の都合上、机は部屋の電気を背にする形になってので、書き物が暗くないようデスクスタンドを買う。濃木目のボディが、それよりもやや薄い茶系の天板に同系色のアクセントを添えて、われながら写真でも載せたいくらい見事に嵌ったデザインである。メカメカしいデジタルワークのPCサイドに比べて、木材メインで温かみのあるアナログワークの書き物サイド。これはセンス◎だ。素晴らしいじゃないか。▼自画自賛もほどほどに。俄然テンションも上がってきたところで、新プロジェクトのまとめにかかる。メモ帳は使い潰したので大学ノートへ企画のまとめをつらつらと。もっとも、こう書くとばりばり下準備をして捻り出したアイデアのように聞こえるが、実際には考えていることをペンで紙に走らせているだけで、二回同じことを思いつかないよう制御した思いつきに過ぎない。実際、紙の最大のメリットはそこだろう。年を取ると思考が同じところを回りがちだから。

[2003] Feb 21, 2015

注文した、の次の日に「届いた」と書けるのも凄い時代だ。あっという間に机はやってきた。天板の箱と脚の箱。組み立てもシンプル。ひっくり返して勉強机の出来上がり。部屋のインテリアが少しまともになる。▼上下昇降脚はデフォルトで75cmに設定されていたから、人間工学の言う理想的な高さに近いのでそのままにした。やはり体感は高い。座面の高さが45cm、天板の高さが77cmにせよと数値は言うが、測ってみると私の座面は約50cmである。それで高いと感じるのだから、座面を下げたら尚更高くなるが……。▼個人差はあるだろうから、椅子の高さはそのままに、しばらく75cmで慣れてみようと思う。もしかしたら今までの私の「机はこれくらい」と思う基準高が低すぎただけかもしれない。書き物をしていてあからさまに疲れるというほどではないから、数週間して身体に支障が出なければ問題なかろう。広い机は想像力の源。落書き帳をつくって自由にペンを走らせたい。

[2002] Feb 20, 2015

念願の机を注文した。「fantoniGX」のGX-167H、幅160cm*奥70cm。将来性を考慮して書き物机としてはやや広めに選んだ。大きさを感じさせないフレームの軽さが良い。デザインもMEシリーズの次にお気に入りだったので、価格を考えれば一択となる。▼最も悩んだのは高さだ。私の測定では、会社の机と今のサイドテーブルがちょうど70cmなのだが、理想的な机の高さと身長の関係を調べると、私の背丈では75cm〜77cmくらいが最適らしい。とすれば普段の座り方が悪いのか。しかし座高も影響するだろうから、私の場合は75cmでは高すぎるということもあるかもしれない。▼同シリーズには奥行きに応じて高さが72cmと75cmの二通りしか選べないので、どちらもぴったり嵌るとは思えなかったから、結局、やや予算に無理を言って上下昇降脚のオプションをつけた。これで調整可能となる。製品使用者レビューの「上下昇降もつけておけばよかったと後悔しました」が決め手となった。

[2001] Feb 19, 2015

その筋では有名らしいが、私は寡聞にして全く知らなかったピアニスト、シプリアン・カツァリスのショパン「バラード」と「スケルツォ」集を買う。その隣に並んでいたアシュケナージのバラードは、なぜか定価2500円の品が1000円になっていたので、合わせて籠に入れた。ルービンシュタインを超える、あるいはせめて近づくレパートリーが欲しいところで、バラード1番とスケルツォ3番は探索中なのだ。▼アシュケナージはまだ聞いていないが、カツァリスはかなり良かった。残念ながら私にとってルービンシュタインに及ぶことはなかったが、これならようやく「好みの問題」と言えそうなラインだと思う。一拍目のもったいの付け方と、要所要所の音の跳ね方が性に合う人なら、ぴたりと来るかもしれない。私にはどうもそこが合ってこない。▼この頃は手を伸ばしてバラード2番とスケルツォ1番も楽しく聴いている。他のナンバーはまだ耳に通しているくらいだ。

[2000] Feb 18, 2015

飽きっぽい。心移りが激しい。何かを思い立っても長続きしない。そんな私が二千などとという数字を拝めるとは。これもひとえに、つらいときは日記にも満たないような適当な記事でも自分を許して来たおかげである。許し方が正解だった、と言うべきだろう。「一日くらいすっぽかしても良い」という形で緩めていたら、一欠けして二欠けして、そのうち穴だらけになって諦めていたに違いない。これは間違いないと思っている。▼時事ネタあり、雑感あり、書感あり、豆知識あり、チラ裏もあればスクラップブックもあり。偉人の名言をメモしたり、先輩の教えを受け売りしたり、なんでもありで守ってきたのは四百文字、書き溜めなしで毎日書くという、ただそれだけ。当初の目的であった文章力の向上に寄与しているかは未だに確信が持てないものの、何か言いたいことがあるとき、一文目を書くことに抵抗がなくなったのは確実な成長だろう。二千の賜物である。次は三千へ。

[1999] Feb 17, 2015

なるほど、処女作が抜群に良く出来て好評を取り、その流れで二作目を出したら些か蛇足気味になってしまったパターンか。そう一人合点してしまうくらいの一冊。K・M・ワイランド『アウトラインから書く小説再入門〜なぜ、自由に書いたら行き詰まるのか?』読了。一昨日の本は、これの続編にあたる。▼地図は嫌いだし、構成を練るのも好きじゃない、かなりの「パンツァー」な私だが、これを読んだらアウトライン派に転向したくもなるもの。諭されての回心というより、地図嫌いには地図嫌いなりに楽しめる、そして役に立つアウトラインの手法があるのだという柔軟な主張に賛同する形だ。かっちりとロードマップを定めてから創作するのは気に入らないけど、そういうことなら私もたしかにやるべきだな、と思わせる説得力がある。そして、そうしなければならないという強迫観念がない。▼押し付けがましくない教本は良い。心もひらきやすいというもの。太陽である。

[1998] Feb 16, 2015

Cubaseのアップグレードをすべく、7から8へのアップグレードパッケージをオンラインで注文。まもなく小包が届いた。中にはCDが一枚。「CUBASE 7.5」のラベル。▼まさか注文するものを間違えたかと青くなったが、同梱されていた用紙によると「これは8への無償アップグレード権利がついているバージョンだから、インストール後にウェブから勝手に8を落としてきて再アップグレードしてくれればOKです」とのこと。結果的に同じものが手に入るので不満はないが、漂う在庫処分感がなんともいえない。▼KONTAKT5がレジストリに不正な値を残したまま死亡したり、古いVSTiが認識されなくなったり、レイアウトカラーが大幅に変わってしまって気持ちの整理がつかなかったり、いろいろ問題は孕みつつ目下移行中。最近はDAWのアップデートも激しすぎるので、アドビのように購読式にして欲しいと切に思う。継続客がついて収益も安定すると思うのだが、どうだろう。

[1997] Feb 15, 2015

K・M・ワイランド『ストラクチャーから書く小説再入門〜個性は「型」にはめればより生きる』読了。前から欲しいと思っていた本――の横にたまたま並んでいたので、立ち読みしたところ軽くて面白そうだからという衝動買いで手に入れた一冊。読後感は期待通りのあっさりで、要点は飲み込めたからよかったかな、というさっぱりしたものだ。▼小説と映画を一緒くたにしすぎている気はするが、シーンとシークエルの連続でプロットを繋げていく定番手法の紹介などは端的でわかりやすい。具体例は作品が絞られすぎていてやや無理やり感もある。「それでは名作がどうなっているか見てみよう」といっても、長編作品から一部を抜き出して型に嵌めようとすれば、たいていなんとでも言えるものだ。この本の持ち味は、恐らく例示にはない。▼読みやすい、わかりやすい、心に留めておけばいつか役に立つかもしれない。その手の読み物としては満足している。良い薄味である。

[1996] Feb 14, 2015

共同通信杯にPOG馬が二頭出る。リアルスティールとティルナノーグ。一枠一番と二枠二番という見事な内枠ぶり。人気は現在それぞれ三番人気と七番人気だが、ドゥラメンテとアヴニールマルシェの二強が崩れない以上、リアルスティールの三番人気は動かなそうだ。前走、前々走の大敗に目を瞑れるなら馬券的にはティルナノーグの方が妙味あり。頭は面白いかもしれない。▼毎年のように”怪物”が出るご時世だが、先週もルージュバックという牝馬三冠候補が誕生したばかり。このあたりで牡馬の三冠候補も片鱗を見せて欲しいところだ。94年以降、共同通信杯でキャリア一戦の馬が勝った事例はない。勝った事例どころか成績は0−0−0−11、つまり複勝率すら0%という散々な結果なのである。もしキャリア一戦のリアルスティールが勝つようなことがあれば、私としても大いに期待せざるを得ない。あるいはティルナノーグの大復活でも歓迎だ。さて、どうなるか。

[1995] Feb 13, 2015

CPUの性能向上も家庭用についてはi7あたりから進化が緩くなった。CPUのホットな話題は今、モバイル向けの低電力コアとウェアラブル用の小型モジュールである。コアなユーザーのゲーミングPCにしても注力するのはGPUになっているので、もはやCPUの性能向上は求められていないということだ。▼処理速度などいくらあっても足りないと嘆く動画製作者やDTMerはもはや、少数派である。スケールアップの道を捨てて真剣にスケールアウトについて考えるべきだろう。並列で駆動するハードウェアDSPはこれから流行るであろうひとつの解だが、値段的にアマチュアユースとは言いにくい。VEの力を借りて、NASないし共有HDDにセットアップした音源を安物のBTOパソコン数台で立ち上げる……というような設計が現実的だとは思っている。▼ハイエンドは高くつくから、スケールアウトの方がコストにもやさしい。唯一の弱点は消費電力であろう。

[1994] Feb 12, 2015

「作家が犯す最大のミス? 登場人物に対して、また、読者に対して手加減し過ぎることです。」ロリ・デヴォーティ。▼もうすぐ読み終わる本の章頭の引用句より、気に入ったものを並べたい。「最初の一文は、著者に知性があることを読者に信用させるための担保である。」チャック・ウェンディグ。「変化についての物語を書いて下さい……すべてのストーリーは『毛虫と蝶』だから。」ブレイク・スナイダー。「……小説を書き上げるコツと、ストーリーを語り終えるコツとはまったく別物だ。」アン・ライス。▼ストーリーとはなんだろう。プロットとはなんだろう。そういうことを今一度、頭の中でまとめ直すには良い本だった。構成への絶対的信頼、断定的な主張、そして平易な語り口。わりあい好みである。明日は書評になるだろう。▼E・M・フォースター「『王が死に、王妃も死んだ』はストーリー。『王が死に、王妃は悲しみのために死んだ』がプロットである。」

[1993] Feb 11, 2015

ただいま絶賛、延長戦中。掘り起こされていないリスクの大きさを考えると、今までかつてないほど危機的状況ではある。しかし同時に、このままなんとか終着を迎えられそうでもある。その判断が出来ない。あまりにも判断材料がない。ただひたすらデバッグをつづけて確からしさを高めて行くことでしか安心に近づけない状況とは、想像以上に堪えるものだ。▼「少なくとも**に関しては、これでもう確実に大丈夫」というセーフティラインを積み重ねていくことの重要性を痛感させられるプロジェクトではあった。全く新しい企画的な試みも、予算の壁を突破する優れたハッキングも、比較的良好な他部署との人間関係も、いろいろ出来ていながら、チーム全体として足りなかったのは、そのラインの構築に対する意識ではないかと思っている。▼変革と改善への熱量を損なわないまま、安全を確保していく態度を養うバランス感覚が求められる。私にも、これからの後輩達にも。

[1992] Feb 10, 2015

ひょんなことから久しぶりに、自分の過去作品を読み返した。部分的には今より良い文章を書いているなと思う反面、いやに窮屈そうな言い回しも目につく。分不相応な借り物のフレーズが多いとでも言い換えようか。▼流れの中で浮いている「その人のオリジナルではなさそうだ」という一角は、書いている人には何度読み返してもわからないが、読んでいる人には一目でわかるという厄介な性質を持つ。ただ、わかるにはわかるが、受け手も違和感を明文化できないので、なんだかちぐはぐな感じがする、というもどかしい評価に落ち着いてしまう。落ち着いて過去の自分を見直してみない限り、是正される機会が少ないということだ。▼もっとも、そういう引用や真似が力をつけてくれるのだから、過去の自分を非難しているわけではない。偉大な他人の「格好良さ」を臆面もなく借りるのも重要なスキルである。どうやら音楽では、それが出来なかった。成長の遅さの所以である。

[1991] Feb 09, 2015

サイモン・シン『代替医療解剖』読了。宇宙創世、暗号解読、フェルマーの最終定理につづく科学シリーズ第四弾は、これまでの数学ドキュメンタリー流れからは大きく外れる代替医療の話。サイモン・シンの医療本とは、それだけで意外性満点だが、これこそ「信用買い」に値するというものだ。ことこの人に限って、ハズレをひく気配はない。▼ネタバレを避けて詳細は述べない。ただ、一人でも多くの人に読んで欲しい本だとは思う。この本に書いてあることが唯一の真実であって、この本の内容に反する信念を持っている人は啓蒙されて考えを改めるべき――とまでは思わないが、通常医療が敵視されすぎている嫌いのある昨今、改めて代替医療をめぐる最近の研究事情に常識的な範囲内で通じておくのも悪くはあるまい。▼昔、我が家にはアロエがあった。火傷のときにはよく塗ってもらったが、思えばあれは、薬効ではなく冷やしていたのだろう。氷のない時代の知恵なのだ。

[1990] Feb 08, 2015

山口哲一監修『DAWで曲を作る時にプロが実際に行っていること』読了。自己啓発本にいくらでもありそうな胡散臭いタイトルだが、同氏の前作、前々作は、ミュージシャンが語る教則本とは毛色が違って面白かったので信頼買い。事情通によるアンソロジーものは昔から好きな方だ。▼「DAWの利点としてよく”いつでも前に戻ることができる”ということが挙げられますが、これは裏を返せば”いつまでも進んでいない”と同じことだとも思っています。肝心のキックが決まっていなくて、「これもアリかな」「あれもアリかな」という状態では、すべてが曖昧で、何も決まっていないようなものです。」これは第三章よりWatusiさんのお言葉。正直に言うと、本書のメインである第二章は、プロの現場を覗く企画にありがちな高級プラグインの宣伝祭りになっていて、貧乏人としては少々げんなり。それよりは一流人の考え方が素直に読める第三章の方が読んでいて楽しかった。

[1989] Feb 07, 2015

CPUがわからねば機械語はわからぬ。不足するCPU知識を補うため、スキマの時間でざっくりと「後藤弘茂のWeekly海外ニュース」のバックナンバーに目を通す。ウェブで読める記事としては比類ない詳しさで、数ヶ月も遡れば、たいていの旬な話題にはついていけるスグレモノだ。優秀なテクニカルライターにはいつも頭が下がる。▼CP∪調査で乗り出した記事漁りだが、やはりというべきか、昨今の話題はHBMに傾いている。HBMはGDDR5の後継機にあたる超広帯域メモリの規格で、帯域幅がボトルネックとなって進化の止まりつつある高性能プロセッサの世界に一石を投じてくれると期待される存在だが、TSVインターポーザのコスト問題が未解決であった。そこへ、インテルが実用に耐える可能性の高い独自の技術「EMIB」を引っ提げてきているというのだから、2015年はいよいよ……とボルテージが上がっているのである。しばらく動向に注目したい。

[1988] Feb 06, 2015

恐らく将棋ウォーズ史上でも、真剣に勝負している人の成績としてはトップクラスの連敗数ではないかと思うが、四十一連敗という歴史的大敗を喫した後、なんとか悲願の一勝をもぎ取った。その相手が、滅多にあたることのない過去の対戦者の一人で、格上だが前回もこちらが勝っていた。つまり彼には二戦二勝というわけだ。よほど私の戦い方が苦手なのだろう。▼ともあれ貴重な勝ち星を頂戴したが、次の試合は再び負けてしまった。一級相手。相変わらず序中盤は圧倒していると感じたのだが、本当に圧勝しているのか、そんな気でいるだけではないのかという弟の助言に従い将棋所で棋譜を解析にかけてみた。結果、中盤以降は評価値4000の圧勝で、なんと私の投了時には向こうの詰みがあったという状況であった。とんでもなく終盤が弱い上、残り時間二十秒とはいえ、五手詰みすら見えてないということだ。相手の投了シーンで自分が投了していては勝てるはずもない。

[1987] Feb 05, 2015

誕生日なので少し早めに帰宅させていただいて。そうはいっても日付変更ぎりぎりではあるが、なにはともあれ二十九となった。三十になると特別な感慨があるというから、それはそれで楽しみとしておこう。ビールを一杯。久々で脳に効く。▼ひょんなことからデータベースの勉強を始めることになった。C系の言語を主戦場にしてきた私にとって、SQLは完全に未知の世界だ。次の仕事で使う言語がSQLになったわけではないが、これからやろうとしているデータ構築環境の改善には、もはやデータベースの導入が必須との判断を下したところである。ここはひとつ、来年度あたり、構造改革の先駆者として新時代の礎作りに励みたい。▼もっとも本格的な大規模データベースを高水準の安定性で継続運用するような厳しさはないのだから、そう気構えるほどのこともない。せめて明らかな設計の落とし穴に嵌らないよう、事前に定石と流儀を身につけようというくらいの勉強だ。

[1986] Feb 04, 2015

微調整、と修正履歴に書かれたリソース。納品日は〆当日。滑り込みで流れてきた小さなデータ群の中のひとつ。もはや申請の無い修正は不可、という時期に調整を加える特別な許可が上から降りたところであった。そうして、それはバグっていた。▼人は失敗する余地があれば失敗する。たとえそれがどんなに軽微な「微調整」でも、事前に引いたセーフティラインを超えるような変更に安易な許可を与えるべきではなかった。許可を与えたのは私ではないが、私も、その修正ならまさか既存の挙動を壊すようなバグは仕込んでくるまいと思っていたのだから同罪である。やらかす人はやらかすのだ。担当者は向こうさんの若手であった。▼ともかく、仕方がない。ただ、こういう苦い体験を多く通過して、安牌しか切れない人間不信気味の仕事人になってしまうのはダメだろう。他人の仕事に対して慎重になるのと、他人を信用しないのとは違う。そこはこちらの心構えの問題である。

[1985] Feb 03, 2015

岩波文庫が堅くて好きになれないという後輩に、私は講談社学術文庫の方が高いからイヤだと言うと、どうして同じような本なのに値段が大きく違うんですかと訊いてきた。どうしても何も……と言いかけて、たしかに明確な答えが自分には無いことに気がついた。出版社が違うのだから、値段が違うのも当たり前だと思っていた。しかしどうして同じ『荘氏』の値段が倍も三倍も違うのか。▼頁数、発行部数、印刷・運送費、等々、本の価格を決める要因はいくらでもあるが、出版社ごとに抱えている計算式はたいてい企業秘密らしい。気になってちょっと調べてみたくらいでは、出版社による値段の違いを正当化する理由は見当たらなかった。実際、競合他社との比較に意味はないのかもしれない。私の中では講談社学術文庫と講談社文芸文庫がとにかく高い印象だが、それというのも学生時代に読みたい本が講談社にしかなくて、出費のかさんだ思い出が強すぎるのもあるのだろう。

[1984] Feb 02, 2015

一段落つく。楽になったわけではない。段落が終わって句点がついただけだ。戦いは続いている。▼今日もやってきたハングアップのダンプファイル。この頃はARMのアセンブラ解析も楽しくなってきた。まして後輩に教えるとなるといいかげんな理解度ではいられないので、細かいことも調べて固める癖がつく。教えるとは教わること。教える相手のおかげで勉強しているようなものだ。▼とあるクラスの内部で参照されたであろうデータのIDがわかれば、過去に修正したハングと同じかどうかわかるとのこと。二通りの方法で攻める。ひとつは定番、スタティックメンバからのオフセット。これは手間と時間はかかるが正確に辿れば鉄板だ。もうひとつはスタックポインタの履歴からIDが格納されているはずのアドレスを直読みすること。IDに予想がついているなら正確なアドレス計算もいらないから話は早い。案の定、予想通りの16進数が数カ所に確認された。ビンゴだ。

[1983] Feb 01, 2015

体調が悪いのか、星のめぐり合わせが悪いのか、将棋の方は十九連敗中である。こんなに勝てなくなることがあるものかというくらい勝てない。内、十二戦は時間切れ負け。そのうちのさらに半分は、評価値なら四桁は確実な圧倒的優位からの、詰め切れない時間切れである。これが勝ち星にならないようでは話にならない。▼一級と二級で、試合数が多く勝率の高い人に共通しているのは、序盤は「ハメ手」をよく選ぶことと、詰みそうになると損得勘定なしの王手連打で時間切れを狙いに来ることだ。ようは格下をカモにして勝利数を稼いでいると言えばよろしい。▼初段になるとこういうタイプがぐっと減って、序盤から終盤まで安定して隙がなくなってくる。初段を目指すには、言い方は悪いが姑息な手はきっちり咎めて、不安なく勝ち切るだけの棋力が要るということだろう。現在の勝率は二割四分程度。これを三割まで持っていければ、ひとまずは二級・一級が見えてくるか。

[1982] Jan 31, 2015

ARMのアセンブラを、すらすらとは行かないまでも抵抗なく読めるくらいには勉強していた甲斐があったというべきか。シンボル情報の取れないダンプファイルの追跡も去年よりは格段にやりやすくなった。メモリの直読みとアセンブラからのコード推測は、素早いデバッグには必須のスキルである。▼メモリの直読みについては、最初こそ16進数の壁に圧倒されるが、慣れてしまえば案外ウォッチウインドウより見やすいものだ。常にとは言わないが、そういう場合もある。深いところにポインタを辿っていく場合など、ウォッチウインドウの矢印をちまちま開いたり、正しく情報を解釈してもらえるようキャストしたりと手間をかけるくらいなら、メモリに保存されたアドレスを見て飛んだ方が楽々というものである。▼デバッガは便利だが、頼りすぎると地力が身につかなくなる。高級な開発が賛美される時代こそ、低レベルの解析力がプログラマとしての付加価値になるのだ。

[1981] Jan 30, 2015

雪は融けて路は雨の跡。遠くうねるアスファルトの坂道が、街灯の白を柔らかく照り返している。靄にまぎれて曖昧な風景。このノイジーさが現実の”ウリ”であろう。リアル系ゲームグラフィックスが目指しているのは、この乱雑であるが故の情報量だ。アナログ特有の豊かさだ。▼こう考えると、ゲームグラフィックスと打ち込み音楽の軌跡も被るところが出てくるようだ。デジタル音の最大の弱点は、波形が綺麗すぎるために音が薄っぺらく、貧弱に聴こえるところであった。理論通りに写りすぎて現実味のないフォトリアルグラフィックスの黎明期と同じだ。その後、アナログ的な倍音の揺らぎを生み出す装置が研鑽されたおかげで、ようやく今はソフトウェアシンセでも楽器に近い迫力、説得力をもたせられるようになってきている。▼雑味こそ魅なり。人は目の前の実在から出来るだけ多くを引き出したいし、また多くを仮託したいのである。まさしく想像力の生き物である。

[1980] Jan 29, 2015

三十六計逃げるに如かず。後輩が本屋で『孫氏』を買ったとき、このフレーズの故事を思い出した。もっともこの故事、孫氏の兵法三十六計とは無関係である。しかも三十六計には「走為上(ニゲルヲ上ト為ス)」、つまりやばくなったら逃げるが吉との教えもあるので、その点では三十六計の方が有能であって、逃げるに如かずと切り捨てるのもいかがなものか。▼屁理屈はさておき、人は往々にして撤退という有益で正しい選択肢を取ることができない。コンコルド効果などと言うまでもなく、負けの込んだパチンコでどうしても席を立てないのと同じレベルの話である。今までの苦労を無にするくらいなら、なんとか形にさせてください――そうして弄くり回した結果、ダメージは無実の隣人へと拡大していく。▼こうすれば解決します、ダメでした、この場合はこうするべきでした。そんなやりとりを二回、三回繰り返したらもう諦めた方がいい。それはダメな方の「計」である。

[1979] Jan 28, 2015

ニアフィールドとミッドフィールドは用途が違うという。そこまで大きくない音量で鳴らし、歪みを見つけ詳細を聴き分ける分解能特化の小型スピーカーがニアフィールド。ひとまわり上の音圧で部屋全体を鳴らし、大音量の印象でミックスの方向性を決めていく中型がミッドフィールド。▼だから、六畳一間や広くて十畳でも、音量だけで言えばニアさえ鳴らしきれないレベルだが、だからといって自宅や自室でDTMを遊ぶ人がミッドを必要としないということにはならない。ニアは強めに、ミッドは弱めに設定して、両方置く意味はある。お互いの存在意義は被っていない。▼八畳あればミッドフィールドも置いて問題ないそうだ。今の環境ならぎりぎり及第する。もっとも、私にとっては完全にオーバースペックなので、言うほど導入意欲はないのだが、もし潤沢な予算と持ち、シビアなモニター環境を求める猛者がいたら、ニアとミッドの併用は検討してみる価値があるだろう。

[1978] Jan 27, 2015

波はいつも悪用される。目に見えないからだ。有害な波動から人々を守るのが使命の教団あり、運気向上の波動を発しているかもしれないパワーストーンあり。波動と言えば、なんでも中くらいの説得力を持つ。胡散臭いと思いつつ、明確に主張を否定することはできない。▼オーディオがオカルト視されやすいのも同じ理由による。百聞は一見に如かずという慣用句が伝えるように、人は、目の言うことは怪しくても信じるが、耳の言うことは確からしくても信じない。画質は実在する。音質はまやかし。特に根拠の無い価値観が流布していく。音質を聴き分けられるのは訓練されたプロだけで、”普通の人”には音の良し悪しなどわからないと、自称”普通の人”達が口を揃えて言うのだ。プロ側がそう主張するわけではないところが面白い。▼吹く人も多い世界、真贋見極めるのは難しいが、音に詳しくない自分にはわからないもの、と安易に突っぱねられるのは悲しいものがある。

[1977] Jan 26, 2015

落ち込んでいる。仕事でミスをしたわけではない。一手詰めを間違えて初段との試合に負けたのだ。馬で寄れば詰んでいたのに、金を上がってしまった。金の死角に逃げられて時間切れ負けである。▼二枚飛車に攻めこまれて、格上相手にぎりぎりのところまで追い詰められた後、攻防一体の角を頼りに守り抜き、一転攻勢、怒涛の攻撃を仕掛けてついに相手の玉を追い詰めたところで、残り時間は三秒。必至をかけた。相手が適切に受けてきた場合の即打ち手順は出来ている。反応の早さが勝負――待ち構えていると、相手は受けを間違えた。つまり、馬の寄りで即詰みの形になってしまった。▼結果的にはそれが私の仇となる。間違いとはいえ意表を突かれた私は、三秒という残り時間に追われて詰みにもならない愚手を放ってしまった。初段故の粘り勝ちというところか。私のテンションは最悪だが、時間を使いすぎた自分が悪いのである。この数秒を詰めないと、先には進めない。

[1976] Jan 25, 2015

自分ひとりで管理するプログラムなら、設計を見直す手はいくらでもある。継承をやめて集約にシフトしてみるとか、テンプレートプログラムに軸足を移すとか、外部ライブラリを多用してみるとか、思い切って言語を変えるとか。▼ところがチームプログラムとなるとそうはいかない。抵抗勢力などという次元の話でもない。ベテランから新人までスキルレベルの異なる人員で構成されるチームにあっては、どんなに優れた設計をコアメンバーが組んだとしても、精密に噛み合うことで最適に動く歯車を、悪意はなくとも破壊してしまう未熟練工が必ず出てきてしまうのだ。よほどの精鋭部隊でない限り、それは避けられない。▼全体の底上げは教育との戦いだが、つまるところチームプログラムにおける理想的な設計とは、”根性プログラム”のような労働集約的な組み込みでもコミットができる柔軟な設計であろう。善良なる無知が成果をあげられないような土壌は現実的ではない。

[1975] Jan 24, 2015

企画に関する妄想と、将棋に関する煩悶と、GPUクラッシュへの憤りの、三本柱に支えられて生きる。一月はそれで駆け抜けるしかない。▼机については、ガラージのデスクCL(ダークウォルナット柄)がちょうどよいと思っている。GFやGTに比べるといかにも廉価版というつくりではあるが、ここのシリーズは天板がしっかりしているので、大きな耐荷重を求めない限りはシンプルなデスクでも十分だ。ニトリのダイニングテーブルも頑丈さと材質では負けていないが、一介の小部屋には荒削りすぎるデザインと、値段に難がある。ニトリがお値段以上なのは認めるが、奥行き70cmでも2万円を切るCLのコストパフォーマンスには勝てない。▼机、文房具、ノート。追加のディスプレイは物置に眠る旧型でOK。企画以上に妄想だが、将来的にS3Xがもし配置されることになったらどうするか……などと考えながらスペースの埋め方を決める。もちろん、実行は二月だ。

[1974] Jan 23, 2015

アイデアをまとめるのにそろそろメモ帳では追いつかなくなったので、マインドマップめいたこともしていきたいし、早急に大きいノートと机が要る。今月の残業代は机になるのだ。▼なんてことはない思いつきが成長した姿に、私の十年来の夢が詰まっている。つきまとう常識や打算を捨てて「こういうのが好き」だけを掻き集めたら、面白いほど「これがやりたかった!」な内容に仕上がった。錯覚なのかどうかはやってみなければわからない。だから尚更やってみたい。▼アイデアトピックの中には、十年来どころか十六年前の懐かしい思い出が貢献しているものもある。それがまた妙に嬉しかったりする。数百の言葉を書き連ねた末に、生き残ったキーワードはたったの三つ。けれども、慎重に真剣に絞り込んだこの三つからなら、今度は世界を広げていけそうな気がする。あとは時間と人生との戦い。たとえ大筋が変わっても、どうか頓挫せず、お披露目する機会が来ますよう。

[1973] Jan 22, 2015

給与明細がいらした。二十五日が土日なので明日の支給、そして通知は支給日の前日である。十二月の残業祭りが数字になる、悲しくも嬉しい、嬉しくも悲しい瞬間だ。基本給がこんなでも、三倍すればそれなりというもの。税金も一緒に膨れ上がるのは癪だが、有意義に使われていると信じて文句は言うまい。なんだかんだで、この数字に生きるも死ぬもかかっている。利根川先生風に言えば、人生を薄めて売っている実感だ。▼ただ、明日も出社しなければ給料が貰えなくなるという恐怖で出社したことは未だに一度も無い。体調が優れなくても意地で行くのは、そうしなければバグが直せないからで、バグを直したいと思うのは直さなければ怒られるからではなく、直さなければ自分の仕事に納得が行かないからだ。働く人間としては、かなり恵まれた部類にいると思っている。客観的にはどうあれ、存分にこだわりを傾けられる仕事というのは良いものだ。自分を騙す必要がない。

[1972] Jan 21, 2015

「問題を解決しています……。」▼この小さな窓が立ち上がった後、本当にウインドウズさんが問題を解決してくれたことは一度もない。レポートをマイクロソフトに送信しますか、と訊かれるまでの流れ作業だ。再起動なんて試みなくていいから、すぐに終了して欲しいのだが。▼システムやツールの製作者が心がけるべきことは、バッドデータに対してエラーにならないセーフティを張ることではなく、エラーが発生した理由と対処法を速やかに、正確にユーザーへ伝えることである。ユーザーは怪しげな自分の設定に対してシステムがなんとか動いてくれることを期待しているわけではない。動かないならそれはなぜなのか、そしてどうすればいいのかを知りたいだけだ。▼滅多にないからと横着して強制終了を選ばないこと。将来、山のようなレアケースから問い合わせが飛んでくる。リードミーの充実も悪手になりがちだ。あんなものを熟読してくれる聖人なんてそうはいない。

[1971] Jan 20, 2015

「深夜は頭が冴える」という口上は、どうやら将棋で化けの皮が剥がれるようだ。たしかに尋常の眠さを越えると逆に頭が研ぎ澄まされていくような気がすることもあるが、昼と同じようなレベルで将棋を打ってみれば錯覚であることはすぐにわかる。酔拳のごとくふらふらの脳味噌で繋いでいく手。惨敗を喫するのがオチだ。▼そんなデータはないが、時間帯別の勝率を取ったら恐らく深夜帯の勝率は悲惨なことになる。ちょっくら論理的な常識を引きずり出せば、深夜は相手も深夜なのだから昼と夜で勝率が変わることはあるまいという屁理屈にもなるが、そこはこちらが無理して打つ憔悴の夜に対して、相手候補は平均的な夜鷹だと思えばよろしい。▼将棋に「勝ち将棋を勝て」という格言がある。負ける試合はするなという意味ではないのだが、実力で勝てる相手にはきちんと勝ち切れ、という意味に捉えれば、自分の調子が良いときを選んで戦うのも大切な見極めかもしれない。

[1970] Jan 19, 2015

徹夜で終盤に大きく体力を消耗してしまったものの、朝方になんとか全ての致命的なバグを回避し終えて、ぎりぎりではあったが最後のマイルストーンを乗り切った。私はまだ良い方で、メインプログラマは二徹だったから、もうひとり二徹気味の後輩と合わせて、集中力の限界に挑む夜のプログラマ三銃士である。不運も見越してスケジュールを立てるのは本当に難しい。▼回避と書いたのは、問題の根本的な原因はわからなかったからだ。メモリの破壊者を特定することはできなかったが、破壊されては困る領域をあらかじめ別のメモリに乗せ、最近ライブラリに更新のあった機能をカットし、エフェクトについては最近の調整こそ無駄になるが安定していた時期のデータをロールバックすることで安定性を確保。後追い確認でもハングは見られず、結果的にはかなりステイブルなバージョンをつくることができた。あとは本当の原因探しと修正だ。目星はついているが時間が少ない。

[1969] Jan 18, 2015

やはりカードは切る羽目になった。まあ、切り札は文字通り切るためにあるものだ。ここで切らなくていつ切るというタイミングなので良しとする。攻めの契機に角を捨てて飛車先を突破するようなものだ。▼もちろん、泊まった以上、タダ捨てになることだけは避けねばならない。さいわい龍に成る道は見えている。山のような頂点バッファとメモリ配置をバイナリエディタで眺めつづけた一日、もうへとへとだが詰めをしくじらないようミスなく確認を終えなければならない。ここからは二次バグと再現が出ないことをひたすらに祈る時間だ。▼人が少なくなるとビルドに時間がかかる。待機時間にこうして記事を書いたり、憧れのS3Xスピーカーを写真で眺めたりできるのはせめてもの救い。こういう瑣末ごとを許してくれない職場なら、頑張ろうという気も起きないだろう。とにかく今日の峠は頂も近い。きっと良い気分で朝日を拝んで、朝食に博多ラーメンでも食べにいこう。

[1968] Jan 17, 2015

GPUクラッシュ。▼描画同期待ちのまま無限ループに嵌る。コンピュートシェーダがあやしい。しかし原因が特定できない。先週まで安定して動いていたバージョンが、この重要な二連休に動かなくなる悲劇。やはり悪夢は、悪夢にとって都合の良いタイミングで起きるのだ。タイトすぎるスケジュールも自分の首を締めに来る。リソースとデータの駆け込み編集が多すぎてクリティカルな修正を探し出せない。何百というリビジョンの藁のどこかにGP∪を突き刺す針がいる。▼一旦解散、明日は総力戦で原因の特定に動く。最悪の場合は、今回こそ徹底的に避けようと心に決めた泊まり込みのカードを切ることも覚悟しなくてはなるまい。ここまで帰宅できない日をつくらなかったことの方が奇跡的ではある。あと一息というところで舞い込んだ大童。今日はモーツァルトのレクイエムでも聴きながら寝ることにしよう。朝の通勤にはテンションの上がるコテコテのアニソンが良い。

[1967] Jan 16, 2015

スイスフランの歴史的大暴騰。こんな形のチャートは見たことがない。明日は誰か、会社に来なかったりするのだろうか。株に染まった彼は運悪くFXに手を出していないだろうか。あるいは逆に勝ちすぎて働く気を失くした人はいないだろうか。FX長者で引退するなら、せめて現存する山盛りのバグは直してから辞めて欲しいものだ。▼もっとも、そんなドラマな話は不思議と身近では起きないもの。きっと明日はスイスフランの話など食卓にも上がらず、バグまたバグを見つけては潰す地味な土曜日になるのだろう。いや、地味で結構。バグ取りとは地味でなければならぬ。華々しいバグフィックスなどまるで信用に値しない。慌てず、騒がず、言い訳せず、粛々と必要最低限の修正を加えていくのが習いあるプログラマの手筋というものだ。▼レバレッジという毒花に誘われて奈落に落ちるのも、一発逆転の甘美さに抗えないからこそ。苦しいときこそゆっくり進む勇気が必要だ。

[1966] Jan 15, 2015

プロ棋士は十手先、二十手先まで読むという。では我々ヘボ棋士は何手読むべきか。何手読めれば勝てるのか。▼切実に今、「三手」だと思っている。九割がたの七手より完璧な三手なのは当たり前だが、それにしてもどうしてこんなに三手が読めないのか。三手と言えば三歩先の未来まで考えているような口ぶりだが、自分、相手、自分の三手であることを考えれば、三つのうち二つは自分の意志であって推理している手はたったのひとつに過ぎない。そうして、それが出来ない。未来ではなく妄想を信じてしまう。▼打つ。打たれる。しまった。これがなくなれば立派な有段者ではなかろうか。可能な相手の手がたかだか数手しかないのに劣勢につながる変化を見落としてしまう三手の罠は、自分に都合の悪い現実から目を逸したがる人間の無意識の特性を見事に反映している。相手の意識と一戦交えているようで、実は自分の妄想癖と戦っているようなものだ。現実はそう甘くない。

[1965] Jan 14, 2015

失くなるはずのないものが立て続けになくなる不穏な運勢の中、ショパンのポケットスコアが届いた。バラードとスケルツォだけ欲しいと思っていたら第四巻はお誂え向きの「バラード&スケルツォ」である。バラード第一番とスケルツォ第三番だけ、行きの電車で読み聴きしてみた。▼読み聴きといってもそう読めるわけでもないので、毎度おなじみ、音符の上下する形を便りに現在地を探りながら聴いていくのだが、ショパンの楽譜はどうやらハンドフリーで聴くより簡素な印象を受けた。逆に言えば、それだけ楽譜から味付けしている奏者が凄いということにもなるのか。▼それにしても八曲ざっと眺めてみたが、どれも手首の移動が多い、弾くには骨の折れそうな曲である。私が弾くことはないのだから心配するには及ばないが、親指小指のオクターブ弾きが多くて手の小さい人には大変そうだ。ショパンが好きだと言った同僚の手はオクターブもぎりぎり。ままならないものだ。

[1964] Jan 13, 2015

本を失くした。状況を考えると人生で初めての経験かもしれない。帰りの電車で読んでいた『羽生の法則2』、最寄り駅で降りる直前まで読んでいたのは覚えている。さて、暗い夜道を歩いて帰り、家について風呂に浸かり、就寝前にもう一条くらい目を通しておくかとダウンジャケットの周辺を探したが、どこにもないのである。そんなバカな。▼いくらなんでも家にあるだろうと、次の日、出社前に探してみたがやはりない。つまり駅から家のあいだ、歩く以外に何もすることのない道のりで、文庫本とはいえ四百頁超の分厚い物体が忽然と消え失せたことになる。▼落としたらいくらなんでも気づくだろう。駅に着いたときまで読んでいた本を電車に忘れてくる道理もない。手持ちは常用の鞄のみ。鞄にはこの後にひかえているサイモン・シンの『代替医療解剖』が一冊だけ。困り果てて三巻を先に読んでいるところだが、解せない話である。意識への信頼感も揺らいでくる年頃か。

[1963] Jan 12, 2015

たとえば病気をしたとする。病気になってしまうなんてツイてないと、我が身の不運を呪いながらやさぐれた病床生活を送るとする。彼は病から回復したとき不摂生な病床生活のツケを払うことになるだろう。病気は治ったのに、まだこう思うことになるのだ。「病気になんかなって、本当に自分はツイてない。」▼さりとて、病床で病気を喜ぶなんてことは出来ないものだ。忙しいときに風邪で寝込み、咳と鼻水で身体をやられたら、つらいものはつらい。それを無理やり前向きに捉えるのは自己欺瞞というものだろう。ではどうするか。▼病気のときこそ、ふだん面倒がってやらないことを片付けてしまうのがよい。身体の無理はいけないが、気持ちの無理は通してしまう。健康を取り戻した暁には「病気は不運だったけど、あれが片付いたし良かったかな」と思えるようになる。真のポジティブシンキングには布石がいるのだ。前向きな未来は自分で創るもの。尚、私は健康である。

[1962] Jan 11, 2015

無印良品でメモ帳を買った。文庫本メモという文庫本に似た体裁のメモ帳で、そこそこの紙質に簡単ながらスピンまでついて140円。久々のメモ買いに、モレスキンかロディアかそれとも……と悩んでいた私は、ひとまずこれに目をつけた。日用品たるもの、とりあえず使ってみないと何が自分の需要にぴたりと合うかはわからないもの。それならはじめは安物でいいじゃないか。▼使い始めて数ページで、ふたつの問題が明らかになった。表紙の硬いタイプではないので、頁の浅い「薄い側」に書きにくいこと。喫茶店や研究室でメモを取っていた昔と違って電車使いの多い今、見開きタイプのメモ帳は合わない。もうひとつはジェットストリームのボールペンだと裏写りすること。それほどひどくないが文字被りは気になる。そういうわけで、文庫本メモを使い切ったら縦開きタイプのリングメモに切り替えようと思う。少なくともソフト型のモレスキンを買わなかったのは正解だ。

[1961] Jan 10, 2015

このところショパンと将棋ばかりだが、今日は二本立てで近況としよう。▼第三番はかなり聴きこんできた。最初は独特のメインモチーフに引っ張られるが、繰り返し聴いていると本曲の白眉はドラマティックな締めに尽きるのではないかと思えてくる。実際、このまとめ方はかなり凄い。序盤、中盤、終盤、こんこんと語ってきたことがきっちり総括されていて、ごくごく短い人生を駆け抜けてきた後の走馬灯のような趣。それでいて転調は新たな未来も予感させる。最後はモチーフの変形で締め。鮮やかだ。お気に入りクラシックリスト行きは確定である。▼将棋については、銀冠一辺倒ではどうにも差しこなせないので、飛車先を突く相手と四間飛車には無理に組まず、多少防御が疎かでも速攻で相手に形を作らせない普段のスタイルを織り交ぜているところ。勝率も悪くなく、初段への勝ち星もあげて好調だ。一局、銀冠に組んだら見事に十数手で詰まされた試合は要検討である。

[1960] Jan 09, 2015

銀冠を主戦囲いにしようと四苦八苦した挙句、囲いが完成する前に攻められ中盤戦を待たずして敗北の連続、十四連敗を喫して目標の初段も大きく遠ざかってしまったが、ひとまず完成のさせかたには慣れてきた。ただ、やはり相手が飛車先を突いてきたときは角の前があがらなくてつらい。そういうときの定石は、別の組み方にシフトすることなのか、それともお互いに歩を交換しあって組み直す法があるのか、どうか。▼そのあたりの詰めは追々やるとして、やはり銀冠、玉頭にも横にもそつなく硬い。玉を二段目のどこかへ適当に置いて自由気ままに攻めるのとは安心感がまるで違う。攻撃は最大防御ならぬ、防御は最大の攻撃だ。▼しかし将棋上達のためには、硬くして戦えば良いというものでもないらしい。初心者は穴熊を避けるべきとはよく言われる。玉に意識なく広い場所で大駒を振り回すことに慣れてしまうと、諸々筋が悪くなるのだそうだ。中盤力がつかないのである。

[1959] Jan 08, 2015

ショパンのスケルツォ第三番は個人的に懐かしい。中学生くらいだったか、誰かがピアノの発表会で弾いたのを、イントロ直後のメインモチーフが「超魔界村」みたいだと言って面白がっていた。メロディラインだけ見ると実は全くそんなことはないのだが、当時の私には――といいつつ、今でもそう思うのだが――どこか雰囲気が似ていると感じられたのだろう。「スケルツォ第三番」のフリーMIDIデータをどこからか手に入れてきて、音色をオルガンにして鳴らしてみたりしたものだ。ほら見ろ、やっぱり「超魔界村」じゃないか。▼思い出補正はさておき、スケルツォ全四曲の中では第三番が良い。二番の方がとも思っていたが、ああ言ってみたりこう言ってみたり、なんとも定まらない起伏の激しさが聴いていて面白く感じる。バラード第一番には及ばないが、ドラマ性も十分だ。それにやはり、思わず口ずさみたくなるモチーフの力は素晴らしい。名曲とはそうでなければ。

[1958] Jan 07, 2015

手筋を憶えたからといって勝てるわけではないように、プログラミングの読本を読んだからとて、良いプログラムが書けるわけではない。知識だけでは職業プログラムの何たるかはわからないものだ。上達は骨子をどれだけ早く腑に落とすことが出来るかにかかっている。何年もかけていたら後輩に追い抜かれてすぐに用なしだ。競争社会の中の競争社会である。ただしそれは、助けあう競争社会である。▼終盤、解決できない問題を抱えたままデッドラインを越えようとしていた後輩がいたので、自分の作業も逼迫極まりない状況だが、どのみちこのままでは火がつくところ、二日は捨てても仕方ないと助けに入った。先輩風を吹かせたいからか使命感からか、自分の問題を解決するより遥かに手早く仕事をこなしていけたのが不思議な面白さであった。人間、人を助けるときに最も良く力を発揮できるのかもしれない、なんて思ってみたり。だとしたら、素晴らしい生き物じゃないか。

[1957] Jan 06, 2015

『羽生の法則』「金の手筋」編を読了、これで一冊。中盤の攻撃力を鍛える銀の手筋に比べて、やはり金は詰将棋に似た最後の一撃、ないし玉を支える守りの要として、居るべき位置を考える手筋が多い。▼著者の言う通り、将棋を始めたばかりは歩はもちろんとして桂馬や飛車角など大きく動く駒ばかり動かしたがるもの。それというのも、派手に動かす楽しさだけでなく、そもそも銀や金はどこにどう置くのが正着かわからないので、動かす気になれない、動かすだけで一手損したような気分になる、というところが大きいのだろう。だからこそ逆に、銀と金の手筋を修めていれば、初心者が「なぜか勝てない」と思うような中級者の位に上がれることになる。銀と金の心得は、つまり攻防の基本を知ることだ。▼などと偉そうに言ってみたものの、本を読んだくらいでは実践で立ち回れるわけもなし。場数をこなして指先に慣らしていかないと、熟考の末にとんでもない凡手を打つ。

[1956] Jan 05, 2015

通勤時間だけが大切なプライベートタイム。思索も勉強もアイデアの練り込みも、すべてここにかかっている。そう思えば集中力も一入、寝てなんかいられない。酔っぱらいと吐瀉物を避けて二号車に乗り、まばらな空席を見ながらドア傍で仕事を進めるのだ。座ったら寝てしまうし、寝てしまうと寝過ごしてしまう。寝過ごしたらタクシーだ。時間もお金もあんまりもったいないではないか。▼『羽生の法則』「銀の手筋」編を読了。二十項目ほど進んだら実践を挟む形で進めている。実際に力がついているのか、あるいは自信がついたおかげか、格上相手でも序盤から中盤にひるまなくなった。前なら為すすべなく自陣に龍や馬を捩じ込まれていたレベルの相手に、互角の構えから桂馬得で中盤戦を迎える場面も。思わず頬が緩む。▼最後の敵はやはり時間。戦績を見直しても勝勢での時間切れ負けが圧倒的に多い。勝勢は勝ちに非ず。限られた時間で結果を出さなければ負けなのだ。

[1955] Jan 04, 2015

鉄火場を「修羅場」の意味で使っている文脈に出くわしたが、鉄火場とは賭博場のことであって、尻に火がついたような急場のことではない。ギャンブルの如く生死を賭けて燃える心で事にあたっているのなら、それは鉄火場と言えるかもしれないが……。▼さて、プロジェクトもいよいよ正念場。今週の作業次第で何が入るか、何が入らないかの実装が完全に確定し、残りの二週間でバグフィックスを含めたクオリティが決まる。時間がないとか終わらないとか、誰が悪いとか何が悪いとか、喚いたところで仕上がる品に変わりはないのだから、最終盤こそやるべきことを淡々と。なすべきことを粛々と。これがなかなか難しい。▼プライベートでは机とメモ帳と将棋のことを真剣に考える。机の件は今年まるまるかけての一大関心事だ。私にとっては数学の未解決問題にも匹敵する”キーボード前後問題”をなんとしても解決せねばならぬ。賞金は出ないが、解決のメリットは大きい。

[1954] Jan 03, 2015

将棋連盟文庫より『羽生の法則1』「歩の手筋」編読了。「歩の手筋」「金銀の手筋」の二冊を文庫化にあたって一冊にまとめた大ボリュームが嬉しい。▼読み進んでいくと、いかに自分が歩を使えていなかったかを痛感するばかりだが、そこはしっかり学習するとして、予想外に面白いのは言い回しだ。「これで後手はしびれている」「玉頭だけに迫力満点」などなど、短いセンテンスで盤上の空気を伝える文章のセンスに唸る。そんなところが勉強になるとは思わなかった。▼格言の引用が多いのも助かるところ。事例のあとで格言を紹介してくれるから、知らなかった格言の意味も自然と流れで腑に落ちる。字面だけでも暗唱して損がないのは、「王手は追う手」「王は下段に落とせ」「敵の打ちたいところに打て」「大駒は近づけて受けよ」「焦点の歩に好手あり」「三歩あったら継ぎ歩に垂れ歩」「両取り逃げるべからず」あたり。どれも実戦の場面で、とっさの判断に役立つ。

[1953] Jan 02, 2015

1965年、ニューヨークのカーネギーホールにて。1968年、同じくカーネギーホールでTVコンサート。1982年、ロンドンのロイヤルフェスティヴァルホールにて。ホロヴィッツのバラード第一番、ステレオ演奏をポータブルに入れてぐるぐるまわす。さすがに同じ曲だけ延々ループすると精神異常になりそうなので、1972年のニューヨーク、コロンビア30番街スタジオでのステレオ録音による「熱情」と「ワルトシュタイン」を挟んだ。▼その答えとして、やはりホロヴィッツは史上最高に素晴らしいピアノ・プレイヤーだと再実感しつつ、ルービンシュタインのショパン・コレクションをアマゾンで購入したのである。ことショパンに関しては。そうして、ショパンはこれで終いにして、またベートーヴェンに戻ろうと思っている。全集に数多あるスクリャービンとスカルラッティも気になっているが、ピアノソナタ32番の”熟聴”もまだ途中、将棋の勉強も……時間が無限に欲しい。

[1952] Jan 01, 2015

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしく。▼去年も言及した初詣代わりの大勝軒参りだが、寒い寒い雪模様の中をはるばる行ったところ、なんと明日からの営業であった。元旦営業はやめてしまったのか。がっかりして手ぶらで帰る。初日から目論見の外れる年とは、なんとも幸先が悪い。▼ボードゲーム「プエルトリコ」で遊んだりしながら、スキマの時間で『素数の音楽』を読了。素数とリーマン予想をめぐる数学者のドラマはたいへん面白かったが、音楽に対する比喩が執拗すぎるあまり、逆に数学的な説明の厳密さを欠いているところが散見されて、気持ち的に読みにくいところもあった。難解過ぎると文句を言ったり、厳密さが足りないと文句を言ったり、全くひどい読者だが、そうそうピンポイントで好みに合う本など、何千にひとつもありはしないと知っての狼藉である。ジグソーパズルのかけらを求めて濫読するのも、また読者の勝手であろう。星四つ。

[1951] Dec 31, 2014

ホロヴィッツ・オリジナルジャケットコレクションのインポートを完了。電王戦リベンジマッチを見ながら、なんとか残りの58枚を取り込んだ。尚、この記事を書いている午前一時半現在、森下九段とツツカナの激戦にまだ決着はついていないが、森下九段がかなり優勢ではある。あと一息、人間の底力を証明して欲しい。▼それにしてもホロヴィッツがショパンの『バラード第一番』を六回も演奏しているのには驚いた。モノラルが二つ、ステレオが四つ。ありがたいというほかない。今のところ1968年のTVコンサートバージョンがいちばんお気に入りだが、言うほど聴きこんでいないから判断は保留。しかしそれでもルービンシュタインの演奏には勝てない気がする。あの演奏の完璧さは空恐ろしいくらいだ。曲をひとつのドラマに仕上げようという鋼鉄のような意志……。▼そういうわけでショスタコーヴィチを聴く暇はなかった。交響曲というのは、どうも長くて苦手だ。

[1950] Dec 30, 2014

『素数の音楽』にこんなことが書いてあった。曰く、「ショスタコーヴィッチの前衛的な音楽が登場した後で、いくらモーツァルトのような古典派の交響曲を作曲し演奏してみても、たとえそれが完璧な作品であろうと、聴衆にはたいした感銘を与えることができないのである。」何言ってんだ、こいつ。▼さほどモーツァルト好きでもない私とはいえ、古典派をまるごとコケにされたようで聞き捨てならないが、それはそうと私はまだショスタコーヴィッチの曲というのをマトモに聴いたことがなかったので、批判する前にせめて代表作くらいは聴いてみようと、バーンスタイン指揮の交響曲第5番を買ってみた。▼こう来ればレビューがつづきそうなものだが、命からがら逃げ出して終電にありついた深夜の今では、新しい人の曲など真剣に聴く気にもなれないので、ここはひとつ試聴は明日にまわしたい。ホロヴィッツの全集のつづきもインポートしたいし、やることは山ほどある。

[1949] Dec 29, 2014

年の瀬を感じるためにせめて寿司でも食べに行こうぜという同僚の淡い希望は、雪崩れ込んできた怒涛の仕事に呑み込まれて消えた。公式に大晦日の出社が禁じられたことで、逆に明日はみんないつまで仕事をするつもりだろうという気配である。大晦日に出社する人は誰もいないが、三十日の三十時過ぎまで働く人は多そうだ。▼クリスマスもコミケも知らぬ間に過去。毎年のことで冬は諸々あきらめているが、賑やかで楽しい冬の休暇を満喫している人々を身近に見ていると、ただあくせく働くだけの我が身に思うところがないでもない。今日は初段に二連勝できたとか、楽しいことはいくらでもあるのだが、そういうことを余人は大切に思わないようだ。▼月明かりは暖かくない。食べられもしない。夢とか希望とか目標とか、憧れとか、そういうものに惑わされていない人たちの方が現実を上手く生きているように見えるのは、六ペンスなら暖も取れるしパンも買えるからだろう。

[1948] Dec 28, 2014

海外のサイトで公式無料配信されていたDSD音源のサンプルの中に、非常に感銘を受けた名曲があった。タイトルも、作曲者も、演奏者も、何もわからないが、とにかくこれは素晴らしい。とくに最後の長いソロが最高だ。それにしてもいったい、なんという曲なのだろう――もやもやする期間は長くもなく、タワーレコードの店内放送であっさりと素性を知ることが出来た。それはモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第四番だった。▼どうやら有名な曲らしく、それはそれでがっかりなのだが、ともかくちゃんとしたCDを買ってみようと良さ気な奴をピックアップ。しかしいざ聴いてみると、肝心のソロがまったく違う。弾き方もさることながら、譜面すら違うじゃないか。アドリブ・ソロという概念に慣れていなかった私は、こうしてふたたびがっかりすることになったのだった。結局、DSDサンプルにあったお気に入りの演奏は誰の手によるものなのか、まだわかっていない。

[1947] Dec 27, 2014

昔々、新潮クレスト・ブックスというシリーズで見かけた、とある本。凄く面白そうだけど、失礼ながらサイズと想定のバランスが何だか絶妙な地雷臭を醸し出していて、数千円もはたいて買う気にはなれなかった。▼そうして、そんな本の存在すら忘れていたのだったが、このたび「S&H」の棚でばったり再会したのがマーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』である。持ち運びやすい文庫サイズに、900円という手頃な価格。私に読んでもらうためにそうなったと言わんばかりの風体だ。ならば読まねばなるまい。『シンメトリーの地図帳』を後回しにして読み始めた。その後で知ったのだが、ポアンカレ予想やケプラー予想とまとめ買いした「シンメトリー」も、デュ・ソートイ著、冨永星訳で完全に同じ組み合わせである。▼現在途上。ようやくラマヌジャンが出てきたあたり。数学的要素は少なめだが、訳と文が素晴らしく数学者列伝としては格別の仕上がりになっている。

[1946] Dec 26, 2014

今日、初めて「三手詰め」の修行が生きたと実感する勝ち方をした。中飛車の圧力を相手に二筋へ回した飛車からの突貫、と金づくりから交換した角打ちまで大きなミスもなく追い詰めて行くと、相手の王に硬い逃げ道が見えてきた。あの金壁の向こうに逃げられたらカウンターで今度はこちらが砲火を浴びる。残り時間は二分五秒。持ち駒は三枚。絶対に詰みがあるはずだと思って、三手詰めのつもりで必死に解いた。残り二十秒――それは大駒を捨ててのぴったり三手詰めだった。三手詰めというキーワードで自分を縛らなければ間違いなく見えなかった道である。▼土壇場で直感的な選択肢を増やしてくれる、身の丈にあった小さな反復。それが今の私にとっては三手詰めの詰将棋だった。大駒は捨てるもの、という詰将棋界のセオリーが染み付いていたおかげで、飛車を切る道も二分のうちに検討できたのである。ささやかな進歩ではあるが、ちょっと前に進んだ気がして嬉しい。

[1945] Dec 25, 2014

ここまで進化していたとは。恐れ入りました。▼Pianoteq 5、開封してまだ二時間だが早くも感動のポイントが3つある。どれも今までの音源にはなかったものだ。一、鍵盤の硬さが調整できる。しかもp,m,fの打鍵それぞれについて、鍵盤ひとつひとつに設定可能なのだ。このパラメータだけで相当な度合いまで自分好みのピアノ感を追求できる。曲によって変えられるのも魅力だ。二、ペダルが連続変化する。この楽しさ、想像以上というか、破壊力抜群だ。ハーフペダルすら無かったところへ、踏み方次第で無断階に変わるサスティンペダルの登場である。一旦ペダルを上げて、すぐに降ろしたときの残響の挙動も完璧だ。三、軽い。ロード時間なんてほとんどない。実に素晴らしい。▼逆に難点は、リバーブとの相性が悪いところだろうか。音が純すぎるせいで響きの豊かさが増幅されにくいのだと思う。リバーブ前に、サチュレータなんかを噛ませるべきなのかもしれない。

[1944] Dec 24, 2014

メリークリスマス。現在、深夜二時なので間違ってはいない。終電で脇目もふらず直帰ならクリスマス気分なんて視界にも入らないくらいだ。上司の素敵な差し入れだけが、唯一の記念日成分である。▼ロビン・ウィルソン『四色問題』読了。解かれる前までは「四色問題」だが、今日では「四色定理」と呼ぶべきものだ。「四色あれば、どんな地図でも隣り合う国が同じ色を持たないよう塗り分けることができるだろうか?」百年の時を越え提出された答えは「イエス」であった。そうして、提出したのはコンピュータだった。▼ケプラー予想より二十年も早く、数学界に「コンピュータによる虱潰しの証明」という爆弾を投げ込んだのが、この四色定理の証明である。この全く美しくなく、複雑で、しかし間違いなく真でありそうな証明は、単純な論証で確実な真理を導き出すこと数学の真髄だという数学者たちの信念を大きく揺るがしたのだった――S&Hの中では読みやすい一冊。

[1943] Dec 23, 2014

「テクスチャの解像度や描き込み度をひたすら上げていくことにより得られる美麗なグラフィックスのゲーム」と「エネルギー保存則を前提に物理的・光学的現象をシミュレートすることで説得力のあるリアルな映像を提供するゲーム」は、ちょうど「サンプリング音源」と「物理モデリング音源」に対応づけられる。同じ流れを汲んで言えば、「実写」に対応するのが「生演奏」となる。▼もちろん三者三様、それぞれに得意なところと苦手なところがある。サンプリングであれ物理モデリングあれ、よく「生」には表現力が到底敵わないという言い方をされるが、表現力という単語も曲者で、表現したいことを忠実に表現する能力の高さが表現力の高さであるなら、生らしくない映像や音、生身の人間では不可能な挙動を表現したい場合には、「生」の方が表現力は劣るということになる。甲が乙を目指しているわけではないし、上下関係があるわけでもない。タイプが違うのである。

[1942] Dec 22, 2014

はじめてピアノの物理モデリング音源を聴いたとき、面白い試みだが実用はまだまだ先かなと思っていた。それから五年。まさに五年一昔である。MODARTT「Pianoteq5」の音は十分以上に私を納得させた。ここまで来たらサンプリング音源を離れてもいいだろうと、長らく親しんだ形式を捨てさせるだけの説得力がある。未来を感じさせてくれる。▼純粋に今現在の音の善し悪しを比較したらサンプリング型の現行上位音源にはまだまだ敵わないが、調律からハンマーの硬さまであらゆるパラメータが調整可能なカスタマイズ性の高さは強い魅力だ。これは容量に物を言わせる「力技」には難しい芸当で、「原理」側の最大の売り文句でもある。▼リアル楽器の容量合戦も、家庭用ストレージの横ばいで今は頭打ち気味。物理モデリングに乗り換えるなら、ちょっと早めと思える今くらいがちょうど良いのかもしれない。「鬼調整」で、自分だけのピアノを組み立ててみるのも楽しそうだ。

[1941] Dec 21, 2014

朝。足の小指を本棚にぶつけた。ぶつけた、のであればまだよかったかもしれない。それならありふれた冗談で済んだ。しかし現実はぶつけたというより衝突したと言うべき勢いであった。激突と呼んでも良い。爪が割れた。小指は真っ赤になった。▼それでも骨折などしなかったのはありがたいことだが、ふたたび歩きづらくなってしまった。思えばこの一年、フットサルで親指を怪我したことに始まり、足の裏の腱の炎症、人生初のぎっくり腰、そして規模は三者に劣るが今日の小指騒動と、不気味なほど集中して歩行を妨げる足腰の怪我ばかりしている。▼オカルティズムなら何か不吉な暗示というところ、リアリストなら寄る年波と運動不足の祟りというところ。私ならやはり後者を取る。実際、身体の末端まで注意力が回りきらなくなっているとは思うし、歩きづらい足腰が余計に危険を増すので、怪我の連鎖が形を変えて続いているのではないかと思う。皆様、足腰は大切に。

[1940] Dec 20, 2014

400年の時を越え、ケプラー予想は解かれた。四色問題で物議を醸した力技で。プログラムによる「虱潰し戦略」によって。他の数学定理の礎になるわけでもなく、幾何学的真理の組み合わせから導かれるわけでもなく、人が検証することもできない証明から我々は何を得るのか。これはまたひとつ、数学界の厄介な問題である。▼ゲーデルには証明すべき定理そのもの以上に、わかりやすい敵や味方がいた。クロネッカーの亡霊に苦しめられたり、フォン・ノイマンというトリックスターに助けられたり、ヒルベルトというラスボスを倒したりした。証明をめぐる事実そのものがドラマティックだった。それと比べればケプラー予想の証明にはクライマックスがない。▼しかし、それでも一冊の本を読ませる力が著者の「物書き力」である。地味で地道な結末といえども、答えに至る過程と解説と詳細な付録は面白かった。やはり、数学ドキュメンタリーはこうあるべきだと思うのだ。

[1939] Dec 19, 2014

パソコンを起動するたび、しつこくアップデートを薦めてくるので、どうせいつかはやるのだからとアップグレードボタンを押す。「次へ」を連打しようものなら、あやうくBingをデフォルトの検索エンジンにされるところであった。「もうすぐスカイプがよりよいものになります。」▼なんというウソツキだ。安易に流行りを追求した会話調のチャットログは前より遥かに見づらいし、SMSより長文投稿の機会が多いスカイプにあっては連続投稿が勝手にひとつの枠の中へくっつく機能も邪魔である。デザインもPOPすぎて殺風景なデスクトップに似合わない。明らかに焦点はタブレット型のライトユーザーだ。オールドユーザーは切り捨てられてしまった。▼尤も、不満を並べ立ててみたところで継続利用することに変わりはないから、今日のところは言いたいことを言ってみただけだ。せめてクラシック表示の機能だけでも用意してもらえれば、よろこんで適用するまでである。

[1938] Dec 18, 2014

ふいに自分が何次元に存在しているのかわからなくなった。三次元に近いところを漂っている感覚はあるが、二次元にへばりついているような気もするし、四次元に融けていく気もする。三次元の立方体がどんな形だったか、あやふやで自信がなくなって、心のなかですら座標軸が描けなくなったとき、目が覚めて、焦点が直交するXYZにくっきりと一致した。帰宅後すぐ、寝てしまっていたらしい。▼そんな妙な夢を見たのも、当然、ここ二冊の数学本のおかげなのだろう。夢はこの上なくミーハーな存在だ。私は見た夢を覚えている方ではないが、覚醒時でも影響を受けやすい質ではあるので、現実世界のインプットは夢に相当効いてくる。面白い夢、ないし夢現の体験がしたければ、うとうとしてしまう程度に疲れているところへ、普段と違う知識を流し込んでやれば良い。ただ、建築物に関する夢を見た憶えは一度もないので、なんでもかんでもというわけにはいかないようだ。

[1937] Dec 17, 2014

CD70枚から成るホロヴィッツの全集、届いた初日に12枚目までインポートして聴いている。全てモノラルなのでサウンドステージはいささか味気ないが、ステレオまで辿り着くだけの余裕がない。なんとか12枚まで頑張ったのは、そこにショパンの「バラード第一番」があったからだ。▼これでバラード第一番はポリーニ、ルービンシュタイン、ホロヴィッツと三音源が集ったわけだが、まったくもって迷う余地もなくルービンシュタインの圧勝である。ホロヴィッツもさすが、魅力というか魔力というか、不思議な磁場を放つ演奏を繰り広げているが、やはりルービンシュタインの演奏が完璧にこのバラードを語り尽くしている。ポリーニはかなり残念であった。▼もともと演奏というタームないしスキームが好きではない私が、こうして名演奏を漁っているのはなんとも逆説的だが、これは読書のときと同じことが起こっているのだと思う。敵を知り、己を知ればなんとやら。

[1936] Dec 16, 2014

『ケプラー予想』には一風変わった面白い数学者の伝記が出てくる。その男は、数学者としてそれなりの才能に恵まれたが、後世から見ればさしたる成果を残すことが出来なかった。その理由は、本人さえ自覚していたように、徹底して他人の仕事を調べるのが嫌いだからであった。彼はいつも車輪を再発明していた。それなりの証明を行い、それなりの論文を書き上げてから、過去に類似の研究がないか助手に調査させるのである。彼の書いた少なからぬ論文の大半は二番煎じであった。参考文献はほとんどなかったという。▼他人の仕事を軽んじる者に大きな成果は残せない。巨人の肩を引き合いに出すまでもなく、これはもう、いつの時代でもなんの分野でも動かしがたい真実である。人の作品が自分の想像力を損なうなどと考えて孤高を気取っているうちは、既に世の中にある物の劣化版を吐き出す哀れな存在にしかなれない。人間、自分で思っているほど想像力などないものだ。

[1935] Dec 15, 2014

『ポアンカレ予想』を読了して、400頁の本を読んだわりには読書の愉しみも数学への興味も含めて得るところは少なかったかな、とS&Hシリーズ全体への信頼を失いかけるほど落胆気味だったのだが、『ケプラー予想』を読み始めて諸々不安な気持ちがすっかり吹き飛んだ。そうだよ、こういうのが読みたかったんだよ。▼難解だから悪書、易しいから良書と言う気はさらさらない。岩波の「不完全性定理」本は極めて難解だが感動的な仕上がりだった。それでは何が差かといえば、これはもう著者の物書きとしての力量の差と言うしかないのだと思う。この人の話はなんだか面白くないとか、あの人の話は凄く引き込まれるとか、そういう類の文章版だ。▼優れた数学者が優れた数学の教科書を書けるとは限らない。まして読本、ドキュメンタリーとなれば、求められる能力はまるきり別物である。ノンフィクション衝動買いの折には、著者の経歴にも目を通した方が良いだろう。

[1934] Dec 14, 2014

忙しければ忙しいほど健康になる――繁忙期健康論を持論とする私としては、いよいよ最高に健康度が高まってきたところである。やせ我慢でもなければ苦し紛れでもない。披露と不健康は似て非なるものだ。実際、忙しさもピークに達すると、十分な睡眠時間とは言えないにしろ規則正しい就寝と起床のリズムにはなるし、昼食や夕食は切実に健康的な食品を選ぶようになってくるし、時間が惜しいので行き帰りは自然と早足になるし、風邪をひかないよう予防に細心の注意も払う。純粋に生活だけで評価したら、定時帰りの日々よりも遥かに健康的なのだ。▼もちろん忙しさも度が過ぎれば猛毒になる。睡眠時間の決定的な不足、食事の暇がないほどの束縛、会社への泊まり込み、等々。したがって、この繁忙期健康論を持ってしても不健康に陥る兆候が見られたら、そこが臨界点と考えるべきだろう。多忙で徐々に具合を悪くするタイプでは、実際に倒れるまでその見極めが難しい。

[1933] Dec 13, 2014

終電。眠さでぼんやりとしながらヘッドフォンと詰将棋。同じ車両では泥酔した中年が盛大に吐瀉物を撒き散らす。出来事を理解していたというよりは反射的に悪臭を避けて隣の車両へ移った。どこかの駅でキリをつけて、ご迷惑おかけして申し訳ありませんと乗客に謝罪しながら車内の清掃をするのだろう。理不尽至極。実に大変な仕事だ。▼渡辺明『爽快!3手詰トレーニング200』は、米長さんの「1手3手」より遥かに難しい。初心者向けの詰将棋解説、頭の体操というわけにはいかないようだ。本気で考えないと一手目からして浮かんでこない。▼極論、3手読めれば何手でも読める。読みきった先から再び3手繋げればよいのだから。これは言い過ぎにしても、自分の手に応じる相手の手を真剣に想像し、それを受けて再び自分の手を決めるという思考過程こそ読みの基本形である。3手詰こそ、あらゆる局面で最悪の未来を思い描く反射的な悲観を養う格好の訓練なのだ。

[1932] Dec 12, 2014

1手詰め61問、3手詰め139問。合計200問の詰将棋をざっと解く。通勤時間や外食の待ち時間にはちょうどよい頭の体操だ。故・米長邦雄永世棋聖による一風変わった題名のマイナビ将棋文庫『1手3手の詰将棋』である。▼1手詰めなんてつまらない、次の駒で終わりじゃないかと侮る無かれ。解けないことはないにしろ、予想外に時間を使ってしまったり、思わぬ駒の効きが見えていなかったりする。しまったそこは角が効いていたなんて、実践では手遅れもいいところである。そういう軽率なミスをなくすためにも1手詰めのエクセサイズは有効だ。意識改革に、単なる頭の体操以上の意味がある。▼とはいえやはり3手詰めの方がパズルとしては面白いので、駒の動きを軽く見ないぞと心構えができたら本番は3手詰めである。3手。これはもう十分に実践的な手数だ。ちょっとした手違いでいとも簡単に詰みを逃してしまう。早指しの終盤力向上にはうってつけである。

[1931] Dec 11, 2014

某書、八割型読了。やはりサイモン・シンは凄かったんだなと。思い出補正を考慮して割り引いてもそう言える。面白いエピソードと難解な数学をただサンドイッチにしただけではドキュメンタリーにならないということだ。大学の教科書に偉人の逸話コラムが挟まれているようなちぐはぐさは、どうにもバランス感に乏しい。個々のトピックスは面白いのだが、他人に薦めるかと言えばノーである。▼もっとも題材が題材だけに、万人受けする面白い本を書けという方が無理な注文なのかもしれない。ただ、「高校時代に習った幾何学を少し覚えている程度の人々」を想定読者と主張するのは無理がある。明確に無理がある。「リーマン曲率テンソル」「立体トーラスを3−球面から切り出す」「多様体の基本群が単位元でありながら」などなど矢継ぎ早に言われても頭痛のしてこない人でなければ人物列伝としても推奨はできない。期待が大きすぎたのかもしれないが、残念ではある。

[1930] Dec 10, 2014

ホロヴィッツの全集はないかと尋ねては「在庫はありません」と言われるやりとりを、ありあまる期待から二回ほど同店舗で繰り返した甲斐か、忘年会の帰り道、ぎりぎり滑り込んだタワーレコードでクラシックコーナーの全集棚にストンと「オリジナルジャケットコレクション」が鎮座していた。▼財布と会議。数々の古い録音。マスタリングの品質が悪いのはわかっている。モノラルなのもわかっている。とくに聴きたいと思わない未知の曲が山ほどあるのもわかっている。しかし、とりあえずは買ってしまった。ひとたび入れ込んだら負けである。▼ジジジジジ、という耳障りなノイズの向こうで小さく鳴るピアノの音はたしかに心地よいとは言えないが、そういうものだと脳に思い込ませてしまえば耳もノイズに慣れるもの。ある程度は演奏の妙味を味わうこともできる。それでも録音に満足できなければ、あとで必要な物だけ揃えればいい。まずは目録に目を通したいのである。

[1929] Dec 09, 2014

帰路、駅で妙な人を見た。その妙な人がもし見ていたら、妙な人呼ばわりして申し訳ないのだが、終電が去り降車した人も改札の向こうへ捌けた無人に近い深夜の駅、階段の踊り場で垂直に立ち止まり、私には目もくれず無心でポテトを貪り食う姿は、なにしろ妙としか言いようがなかったのである。足元には食べ損ねたポテトの残骸が散らばっていた。危険な感じさえする光景だ。▼私はただ、黙って横を通り過ぎただけで、振り返って顔を見ることもしなかった。触らぬポテトに祟りなし。しかし、その後、遊歩道に出るや闇夜に輝く白のヘッドフォンを装着し、だいぶ打鍵の呼吸を覚えてきたルービンシュタインのバラード第一番のビートを顎で刻みながら、指揮棒代わりにホット十六茶のペットボトルを振り回して歩く男の姿は、これまた第三者から見たら十分すぎるほど不気味であっただろう。そういう私にポテトの巨人をとやかく言う資格はあるまい。彼もまた長身であった。

[1928] Dec 08, 2014

家の鍵を失くした。あちこちに物を忘れたり落としたりする私だが、鍵だけは失くしたことのない元・鍵っ子である。そうそう落としたりはしないので、家だか会社だか洋服だか鞄だか、どこかに紛れているには違いないのだが、未だかつてないクレイジーな忙しさに見舞われて、探している時間すら無いのが困りモノ。今のところは夜更かし気味の弟頼みだが、万が一寒空に取り残されては仕事にも支障が出るので、ほんとうの意味では失くしていない可能性を残しつつも、さっさと合鍵を作るべきかもしれない。そう思いつつ、合鍵を作る時間も取れていない現在である。▼純粋な就業時間合計ではまだ一昨年に比べても少ないはずだが、やはり責任が大きい分なのか、疲弊度は著しく高い。適度な休憩が大事、とも言っていられない緊急事態が立て続けに起こると、デスク・ワークも突如として猛烈なフット・ワークに化けるもので、物理的にもしんどい日々である。頑張れ、自分。

[1927] Dec 07, 2014

臨時収入を良い機会にS&Hシリーズを買う。忙しい時期にまとめ買いすると積読に陥りやすいが、本は機を逃すと急に興味を失うもの。在庫と予算があるうちに本棚へ並べておきたい。▼しかしラフマニノフのような直近の前例もそうだが、面白いかどうかもわからないうちに決め打ちの大量購入は危険である。ならば最もエキサイティングな題材を選んでみて、ダメそうなら他に期待するのも酷であろう。こう考えて「四色問題」「ポアンカレ予想」「ケプラー予想」を選んだ。このクリーンナップ、異存はあるまい。▼あとは著者の質による。サイエンス・ドキュメンタリーはそもそも内容が難解で堅いため、下手にやると事実や事件を時系列に列挙しただけの年表になりがちだ。ノンフィクションに嘘を書いて欲しいとは思わないが、脚色を避け、素材を調理しない美学を持ち込んでくるのは趣味の読者としてはありがたくない。このたびの精鋭たちは、果たしていかがなものか。

[1926] Dec 06, 2014

ラフマニノフを聴く。演奏者はホロヴィッツ。作曲者として、ピアニストとして、互いに理解者であり友人であったふたりのコラボレーション。いい感じに狂っている。狂気と芸術はいつも背中合わせだ。▼ラフマニノフ。かなり昔に自作自演のCDを聞いたことはあるが、たいして興味もなかった時代のことで曲風すら覚えていなかった。今、あらためてベートーヴェンやショパンの流れの中で聴いてみると、残念ながらさほど惹かれない。名曲を選りすぐったベスト盤なので、ショパンのときのようにチョイスが悪いというわけでもあるまい。アシュケナージ演奏のピアノ曲全集を買うか相当な時間迷ったが、早まらなくてよかったと思う。やはり初見の全集投資は危険だ。▼ラフマニノフはこれで一旦置いて、次の新規開拓はまるで知らないスカルラッティあたりが良いかと思っている。一方クラブ系の音源は、ネットで容易に入手できる分、CDを買いにくいのが難しいところだ。

[1925] Dec 05, 2014

あと一歩のところで詰め切れなかったとき、そうして逆転負けや時間切れ負けを喫したとき、すぐに棋譜を振り返り「詰めはあったのだろうか」と自問するようになってきた。そうしないと成長しないところまでは来た。こうすれば詰んでいたのに、という試合もそれなりある。この取りこぼしが着実に勝利へ繋がれば、今のクラスでの勝率も上がってくるだろう。目指せ初段免状。▼もっとも、聞いた話、三段以前は道場のレベルによりけりなので、ひとくちに初段と言ってもピンからキリまで、ある道場の二段や三段が下手をしたら他の道場の初段にまるで歯がたたない、なんてこともあるらしい。統一リーグで成績を残さない限りは目安の域を出ないというわけだ。とはいえ、初学者がやる気を出すためには折にふれて「強くなっている」という錯覚を得るのも大切なこと。その拠り所に公式免状という人参はなかなか魅力的である。通勤時間のにわか将棋、どこまで行けるだろう。

[1924] Dec 04, 2014

手持ちのショパンを何周も聴いてみて、今まで触れてきたショパンの曲はどちらかというとあまり好みでない曲ばかりだったことに気がついた。明るい曲はあまり……と言っていた同僚が正しいように思う。たしかに彼の明るい小品は私も好かない。暗めの要素がこもる中長編の方が性に合う。▼「バラード第一番」は特に聴き応え抜群だ。ルービンシュタインの演奏も神がかっている。ショパン以外では圧倒的にホロヴィッツ推しとなった私だが、ことショパンに関しては今のところルービンシュタインの方が良い。他に有名なショパン・プレイヤーというと誰がいるのか、今のところまだ調べられていないが、探してみたいと思うくらいには、ショパンへの意識も改善された。▼名演奏様々と言うべきか。実際、好きな曲を拙く演奏されるくらいなら、嫌いな曲を美味しく演奏してくれたほうが遥かに聴いていて楽しいものである。お気に入りの曲には波長の合う偉人を探してみよう。

[1923] Dec 03, 2014

健康診断の結果が返却されてきた。油分の多い昼食・夕食の暴飲暴食に、デザートと称する糖分過多、デスクワークの運動不足、体脂肪率は増加傾向……などなどあらゆる不健康ファクターを備えていながら、CだのD2だのという阿鼻叫喚を尻目に、私は例年の如くオールAである。もちろん視力は除く。これは言われたところでどうしようもない。度が強すぎるのも考えものだ。▼体感では不健康だが、血液検査等々の科学的手法によると私はまだ健康体らしい。もっとも、年々確実に不摂生ポイントは貯めているだろうから、どこかで爆発しないとも限らないので油断は禁物。いましばらくは「身体に悪そうなことをしたら、その分だけ良さそうなこともする」という縛りの、プラマイゼロを目指した緩い体調管理をつづけていく。加速する激務。運動不足と睡眠不足の二台巨塔はいつもそこに聳えている。美味しいものを食べて、十分栄養を取って、頭脳をフル回転させていこう。

[1922] Dec 02, 2014

夕食休憩の帰りはいつも皆で本屋へ寄る。たいてい誰も何も買いはしないのだが、新刊のタイトルや帯の煽りにツッコミを入れながら、雑談歩きするのが何とはなしに忙しい時期の息抜きになっている。ライトノベルみたいな周りくどいタイトルのビジネス書籍が増えてきたこととか、「ショパン」の表紙にでかでかとラフマニノフの名前が書き並べてある不思議な絵面とか、新潮にしては珍しいロックフェラーの回顧録……。▼そう、今日ふと吸い寄せられた本は、この回顧録であった。失礼かもしれないが、良くも悪くも新潮文庫らしくないチョイスである。それだけに物珍しさがあった。恐らくはサイモン・シンの科学シリーズがきっかけかと思うが、「Science&History Collection」という新しい文庫内ブランドが出来ていて、その新刊らしい。このSHラベルのついた一角は、なるほど、ズルいくらい牽引力のある題材ばかりである。ペンディング中のドラッカーの次は決まった。

[1921] Dec 01, 2014

冬の恒例、体調不良者も出始めたデスマーチ直行の師走どき。通勤時間はシグDJの奏でるショパンとオンライン将棋で使い尽くして、めっきり本を読んでいない。その将棋とて今日は格上相手に勝てる試合を二つも落として悔しい思いをした。かたや序盤中盤を完全に制圧したにもかかわらず、無理攻めと終盤の軽率なミスで逆転を許し負け。かたや九割がた詰んでいたのに逃げ粘られて詰め切れず時間切れ負け。後者は棋譜を見なおしたら簡単な詰みがあっただけに痛い。これこそ「詰めが甘い」というものだ。▼プロジェクトも詰めの時期に来ている。オンライン将棋なら棋譜を見直して「次こそは」で済むかもしれないが、仕事となればそうはいかない。良かれと思って一手進めたつもりが、結果的に二歩後退を余儀なくされることもある。早め早めの部分凍結。全体の挙動を変える変更は最上位の慎重さで。王手、王手と安牌で繋いで、マスターアップという詰みに向かうべし。

[1920] Nov 30, 2014

短所のない完璧超人はいない。長所の方が多ければ十分優れた人格者、短所と長所が同じくらいの人が通常で、あまりよろしくない場合には、僅かな長所に後は短所ばかりという人もいるだろう。▼では人格者ばかり掻き集めて仕事をすれば上手く行く、なんて人事計画を立てようものなら採用担当者も逃げ出すというものだ。人をまとめようとすれば、不思議と良、可、悪が2:6:2くらいのバランスで集まるものである。▼ここで、2割の良が仕事をこなして利益を上げ、残る8割がそのおこぼれに預かるという図式を想像すれば、悲観組織論となる。「出来ない人間」が「出来る人間」にたかるためのシステムが出来上がってしまう。しかし、可や悪には不得手なことを全くさせず、僅かでもいいから優れた点や得意なことを活かしてそれだけに専念してもらえば10割が良となる。これ以上に経済的な人的資源の活用法は無い。不況のときほど尖った人が重宝される所以である。

[1919] Nov 29, 2014

プライベート・メモの「買うものリスト」の中に、もはや買うべきでない項目がいくつか残っている。そのうちのひとつ「BEA-1788+SE846」は、DAPもヘッドフォンも揃えた今となっては全く意味のない消し忘れだが、この呪文のようなメモを見ていると不思議な気持ちになる。この覚書、煮詰めて煮詰めてようやく出した結論を書き留めたはずだが、結果として私の手元にはBEA1788ケーブルもSE846イヤホンもないわけだ。これぞ唯一の回答だと信じて出した答えは、唯一でもなんでもなかった。▼膨大な汗の果て、某かの答えに辿り着いたら、意図的にそれを選択肢の中から排除してみると良い。これしかないという確信をわざと崩して、他に目を向けて、もっと面白い選択がいくらでもあるじゃないかという経験を積んでみる。こんな馬鹿げた修行でも、繰り返しているうちにどんどん視野が広くなっていく。軽率な勇み足が減っていく。最初の解を捨てて困ることもあまりない。

[1918] Nov 28, 2014

マウリツィオ・ポリーニの全集が届いた。早速、三大ソナタから聴く。なんだこれは。凄い。▼癖がないのに味がある、というと褒め言葉になるか不安だが、このクオリティでこの価格でベートーヴェンのピアノソナタ全集というのは、ちょっと破格なのではないだろうか。これは多くの人にとって、決定版候補待ったなしの逸品ではないかと思う。どれも録音の品質が高いところも好評価だ。残念だったのはオンラインのトラック情報がぐちゃぐちゃだったことくらいである。▼それでも、あくまで私の好みで言えばホロヴィッツの次にはなる。先日の順で言えばホロヴィッツとルービンシュタインのあいだ。しかしホロヴィッツにはピアノソナタの演奏は少ないから、私にとってもやはりポリーニの存在は文句なく貴重である。どれも名演奏ないし面白い演奏ばかり。とはいえグールドの16番にブレンデルの32番は譲れないところ。全ナンバーにベストワンを見つけたいところだ。

[1917] Nov 27, 2014

最初に疑うのはデータである。次に、自分のコード。つづいて外部クラスの動作。それでもダメならライブラリ、SDK、コンパイラ……と低レベルに遡り、最後にハードウェアであろう。良心あるプログラマなら、冗談でもない限り最初から機材やコンパイラの故障は疑わないものだ。▼そもそも疑っていてはキリがない。たいていの場合、バグと呼ばれるものの原因の9割は不正なデータで、9分はコードのミスである。9厘ほどはライブラリのバグもあるだろう。長いプロジェクトで9厘は、そこそこ引く確率だ。▼しかし、こんな短い間にSDKとコンパイラのバグで二回も悩まされるとは思わなかった。原因を砕いて砕いて、ついに到達したアセンブラコードの振る舞いが、恐らくはコンパイラの最適化による生成ミスであろうということが判明したときの達成感と脱力感は凄まじい。些細な違和感から始まった探偵業も、往々にして想像以上に長い旅を強いられるものである。

[1916] Nov 26, 2014

ホロヴィッツのCD、やや変わったトラックが2つある。ひとつは、曲の最後に盛大な拍手が入っているもの。コンサートの録音ならめずらしくないかもしれないが、他には無いのにこの曲にだけ「ブラボー!」の大喝采が入っている。よほど名演奏だったのか拍手の始まりが曲の最後に被せ気味なので、自然にカット出来なかったのではないか、拍手の途中で切れるくらいなら喝采も全部入れてしまえという判断だったのではないかと勝手に推測している。▼もうひとつは最初から最後まで咳が収録されているもの。仕方ないとはいえよくこれを製品CDに出したなと思うほど、押し殺してもいない「ゴッホゴホ!」という盛大な、恐らく同一人物によるものであろう咳が絶え間なく曲をぶった切っている。自分の咳で不快にさせた総人数ならギネスにでも乗れそうな彼が、コンサート会場を出た後でどんな目に遭ったか知らないが、歴史的録音にはこういうこともあるとひとつ学んだ。

[1915] Nov 25, 2014

将棋にもいろいろな型がある。戦法があり囲いがある。長年、フリースタイルで下手の横好きをしてきた私だが、このところ通勤時間の「将棋ウォーズ」が楽しい。これは本当によく出来ている。▼狙ってであれ偶然であれ、対戦中に戦法や囲いを完成させるとカードが集まる。「原始棒銀」「右四間飛車」あるいは「天守閣美濃」「ミレニアム囲い」などなど。古の定番戦法から最近編み出された新しい戦術まで、かなりの数を網羅していて飽きない。空欄がなかなか埋まらないと、フリースタイルのつもりでも自分がいかに決まりきった型しか通過していないかがよくわかり、勉強する気を掻き立てる。▼単純な囲いなら仕方はないが、私はしょっちゅう「いちご囲い」を通過するようだ。形が苺に似ていることから名付けられたそうだが、どこをどう見ても苺には見えない。王は左に寄せるので左美濃の形になりやすい。右四間飛車に滅法弱い。一手損角換わりはしない。等々……。

[1914] Nov 24, 2014

閉店ぎりぎりに駆け込んだタワーレコードのクラシックコーナーで、普段は新進気鋭の若手バイオリニストやらドラマで使われた曲の有名人カバーやらがラインナップされる売上ランキングの1位に、ベートーヴェンのピアノソナタがランクインしていた。マウリツィオ・ポリーニがついにピアノソナタ全集を完成させたCDだというので話題になっているのだそうだ。先週の発売である。▼これと、アシュケナージの全集があれば、ブレンデルと合わせて全集三本柱になるだろう。フリードリヒ・グルダも「これこそ至高のピアノソナタ」と絶賛する人がいるほどなので聴いてはみたいが、モノラル録音というのが若干気になっている。名演奏にモノラルもステレオも関係ないと言われてしまいそうだが、リスニング趣味人としてはどうしてもモノラルは少々味気ないと思ってしまうのだ。などと言うと今度はサラウンド党に鼻で笑われるので、適度が一番である。オーディオ沼は深い。

[1913] Nov 23, 2014

マズルカ。ポーランドの舞曲。同じ3拍子の舞曲であるポロネーズよりは一般的にテンポが早い。一拍目が付点リズムになり、アクセントは二拍目以降に置かれる。▼ショパンというと「子犬のワルツ」や「華麗なる大円舞曲」を思い浮かべることが多かったが、このところルービンシュタインとホロヴィッツのマズルカやポロネーズの有名どころを繰り返し聴いていて、これならショパンも面白いかなと思うようになってきた。ベートーヴェンのピアノソナタほどの中毒性はないが、シンプルであるが故に、感情から演奏への綾がダイレクトに聞こえてくる気がする。▼ショパン好きの同僚の女の子が、ショパンは暗い曲が楽しいと言っていた。明るいショパンは嫌いなのだそうだ。その基準で行くと、当然ながら「英雄」も明るい部類に入ってしまうらしい。どちらかというとショパンが苦手な私でも、あれは愛聴に値する名曲だと思うのだが――なかなか好みとは難しいものである。

[1912] Nov 22, 2014

寒い寒いと震えながら起きたら、内側の薄手な毛布を残して、本命の厚手布団が床に落ちていた。いつからか知らないが冷えきっている。大切な時期にやらかしたものだ。さいわい風邪はひかなかった。尚、毛布はかけるより敷く方が暖かいらしい。▼師走並みの寒さがつづく晩秋だが、外使いのヘッドフォンは想像以上に防寒具としても優秀だ。遮音性もほどほどなので、スマホをいじりながら歩くというような愚かな真似をしなければ、音量を小さくするか音を切れば危なくない。片耳使いの可能なDJモデルだけに、すぐ着脱できるのも魅力である。▼まして電車内なら安全万端――とタカをくくっていたら、オンライン将棋の白熱戦に入れ込んでいるうちに、ルービンシュタインの華麗なるショパンがアナウンスもかき消して、終電を乗り過ごしてしまった。完全起床状態での乗り過ごしは久しぶりである。残業代はタクシー代に消えた。仕事は進んだのがせめてもの救いである。

[1911] Nov 21, 2014

チームで仕事をするとき、自分の作業効率を格段に高め、かつチーム全体のアウトプットにも貢献する重要なスキルがひとつある。未知の問題が発生したとき「それは自分が対処すべき仕事ではない」という真実を一刻も早く提出する力である。▼仕事が遅い人の言い訳には定形がある。そのひとつが「今日も関係のない仕事に追われて自分の作業が出来なかった」である。彼らはいつも自分の仕事を先送りにして、頼まれてもいない他人の尻拭いをする。謎の問題に直面して、時間をかけて調べ上げ、ついに責任は他の誰かにあったことが判明したと、いかにも嫌そうに武勇伝を語る。勘違いである。その問題が、より迅速にそれを始末できる当該者のところに回らなかったことが罪なのだ。▼症状を一見しただけで直感的に自分の職分ではないことを悟る力は、長年の経験が培う貴重な専門技術である。人の仕事はなるべくしない。なぜなら、それは人の方が速く処理できるのだから。

[1910] Nov 20, 2014

せっかくだからしゃべる興味の引かないうちに「Signature DJ」の感想を記す。▼予想通り元気で華やかなアニソンが見事に合う。とくにシンセ系のバッキングがあると最高に良い。声質的にも相性が良いのかfripSideがかなりハマる。逆に大人しくしとやかなバラード系統は苦手。とはいえ水樹奈々が楽しく聴けるので、私的にはアニソン方面に全く不満はない。▼得意ジャンルは「打ち込み系」と総括して良い。低・中・高の音域が綺麗に住み分けられているので、全方面に音が溢れている洪水系でもひとつひとつの音がちゃんと拾える。しかしクラシックがダメかというと意外にもそうではなく、マーラーなどは想像以上にうまく聴ける。低音がしっかりしているから、ティンパニの鳴り響くような迫力系は問答無用で好評価にならざるを得ない。その他、カントリーからピアノソロまでさまざま試したが、アニソン、打ち込み、迫力系クラシックがベストスリーになりそうである。

[1909] Nov 19, 2014

「白」を購入。何度も試聴を繰り返したモデルなので装着感から音の出方まで最高なのは言うまでもないが、それでも展示品と商品で聞こえ方が違うということはある。繋いでみるまでは不安だったが、問題なかった。音漏れチェックも問題なくクリア。これでようやくポータブル環境が完成したわけだ。▼気分によってヘッドフォンを変えたり、新モデルが出る度に乗り換えたりするほどの余裕はないので、これもまた外使いの相棒として長く大切に使うことになるだろう。故障以外でオーディオ機器を無駄に浮かせる気はさらさらない。想像通り夏場は使えそうにないので、イヤホン「S2」にもまだまだ働いてもらうことになる。▼ひたすらに明るい音。元気の出るノリ。力強くも品の良い低音。見た目より広めの音場。各音域の清々しい分離感。HD650とは異なる性格の持ち主で、今までの曲もなんだか新鮮に聴ける。黒には悪いが、君にしてよかった。よろしく、シグDJ。

[1908] Nov 18, 2014

そう多くはないが、今プレイリストにいる人達だけで、ひとまず「月光」第三楽章の聴き比べをしてみた。もはや巧拙を論じるような面子ではない。当然、以下、好みについての評価である。▼ホロヴィッツ>>ルービンシュタイン>グールド>ブレンデル>>バックハウス>ケンプ。ホロヴィッツは、ちょっと他とは比較にならないくらい、抑揚の付け方からペダルの踏み方まで何もかも性にあっている。他の演奏でも、あの極限まで引き伸ばされたトリルの小節がないと逆に物足りないくらいだ。ルービンシュタインは第一印象ほど嫌いではなかった。ところどころバスのラインを強調する弾き方が、ふだん聞こえにくい音を教えてくれて面白い。グールドの超高速月光は、これはこれでひとつの完成形。ブレンデルはやはりオーソドックスな弾き味だ。そうして残念ながら、最後の二人は合わない。とくにケンプは何もかも合わない。広いピアニスト界、そんな御縁もあると学んだ。

[1907] Nov 17, 2014

いましばらく音響機器の話。どうしてもシュア掛けに耐えられない私の耳に合う良いBAイヤホンはついに見つからず、身体的に痒みを耐えるかヘッドフォンの外使いに手を出すかという二択まで来て一旦判断を保留。仮にヘッドフォンなら……とふたたび試聴生活に入って出した結論もやはり二択であった。とある機種の「黒」と「白」である。▼かたや全音域でバランスに優れどんなジャンルでも上手な優等生の黒、かたや中高域から美しく分離したタイトで強烈な低音が魅力のジャンルを選ぶじゃじゃ馬の白。よく同シリーズでここまで出音を変えたものだ。▼総合点数をつけるなら明らかに黒が上だが、私はたぶん白を選ぶと思う。黒はたしかに優等生だが、家使いなら上位互換がいくらでもいそうなものだ。しかし白の個性、クラブ系やアニソンにはとびきり合いそうなハマリ系の魅力は替えが利かない。したがって白に軍配。自分の意志ながら、なにかと示唆深い選択である。

[1906] Nov 16, 2014

あんまりヨドバシカメラの試聴機を聞きすぎていたら、とうとう据え置きプレイヤーの全20曲を聴き尽くしてしまった。いまだにヘッドフォン/イヤホンは買えていないので今しばらくは冷やかしで申し訳ないのだが、その20曲の中に1曲、かなり素敵な曲があったので、洋楽だったが歌詞を思い出し検索。曲名がわかったのでタワーレコードでCDを買ってみた。ヴァネッサ・カールトンの「A Thousand Miles」という曲である。▼名曲らしいが詳しくは知らない。ただ、彼女の声はたいへん良い。ピアノも綺麗だ。ついでながら、fripSideの「only my railgun」とスクリレックスの1stアルバム、それとラブライブのアルバムを購入。今更CDを買うのも不思議な気分だが、昔、友達がCD漁りに明け暮れていたころ、そういうことに全く興味のなかった私だから、例によって十年後の今、こうなっていても不思議はない。ただラブライブだけ音質がいまひとつなのは残念だった。

[1905] Nov 15, 2014

夜。吹きさらしの大通りを同僚と歩きながら、競馬の必勝法について話していた。下馬評もネットで見るご時世、本気で予想なんかせず、プロの印を鵜呑みにして買う人も多いだろう。鵜呑みといかないまでも、参考にはしていたり、あるいは無意識に、心のどこかで安心材料にしている可能性は高い。「印も厚いし、これなら来るかも……。」▼であれば長期的に見て、プロの印がつかない、あるいは薄い馬を自動的に買い続ければ、相対的に期待値は高くなるのではないか、というのである。データマイニングで馬柱を拾ってきて分析すれば、フルオートで期待値の高い馬券を買うことができるではないか。与太話ではあるが、もしも「予想のプロ」と呼ばれる人たちが、一人ひとりはともかく寄せ集めて平均すれば的中率が人並みにしかならないというのであれば、この手法はかなり優秀だと思われる。▼何のことはない、私のフーラブライドに予想外の厚い印がついた鬱憤である。

[1904] Nov 14, 2014

写真が趣味だというカナダ人が、カメラほど金のかかる趣味はそうないと言うので、いかにオーディオが金食い虫かについて解説を加えつつ、私にはひとつ納得のいかないことがある、という話をした。折にふれて思うことではある。写真が趣味の誰かが十万のカメラを買うと、「本格的な趣味だね」と肯定的な感嘆で迎えられるのに、音楽が趣味の誰かが十万のイヤホンを買うと、まっとうな金銭感覚のないクレイジーだと言われるのはなぜなのか。▼カメラでもイヤホンでも、安物と高級品の違いはたいてい判別できる。素人には違いがわからないという理由は妥当ではない。しかし、違いがあってもそれを歓迎できない、たいして嬉しくないという感覚は、眼よりも耳の方が強いのではないか。眼は同時に二つの写真を比較できるが、耳は同時に二つの音楽を聴き比べることはできないから、片方に慣れればそれでいいという妥協が生まれやすいのではないか。そんな結論を出した。

[1903] Nov 13, 2014

巨匠のピアノ演奏動画でこんなコメントを見た。曰く、ミスタッチが多すぎるから、自分のピアノの先生の方が上手いと思う、という。煽りというより、どうにもピアノ学習生の素朴な意見である。▼ピアノ演奏に対するミスタッチの指摘は良からぬ風物詩のようなものだが、先生の巨匠に対する恐縮はさておき、彼は今、正確に弾くことが即ち上手いという物差しでピアノを測っている。そうしてその価値観は、他のコメントが親の敵の如く叩いているほど責められるべきものでもない。▼成長には段階がある。ミスをしないことが素晴らしいという物差しのもとでストイックに練習した方が良い時期もあるだろう。型から外れたいと心底願うまでは、型に嵌っている方が近道ということはよくある。最初から天才的な演奏を目指したところで、自分だけが独創的で芸術的だと信じるひとりよがりな演奏が身体に染み付くだけだ。”大人”な意見を頭ごなしに浴びせるのも如何なものか。

[1902] Nov 12, 2014

ヘッドフォン女子なるものが某所で紹介されたらしい。それも、あんまり良い紹介のされ方ではなかったようだ。ファッション感覚で音楽通のフリができるとでもいうような、本当に良い音、良い音楽が好きな女の子が聞いたらがっかりしそうなレッテルを貼られていたようである。外にヘッドフォンを持ち歩くのは想像以上に骨が折れる。音楽通のフリでやるにはいささかつらいし、長続きするとも思えない。少なくとも私はそういう人を知らない。▼ヘッドフォンの外使いを思い留まらせる要因は多々ある。まさにこういう偏見というか世間の目もそうだし、コードの取り回しが難しく、使わないときの始末に困る。混雑している場所では邪魔になるし、遮音性が高すぎて危険なこともある。夏場など暑くてつけていられないかもしれない。しかし、同価格帯のイヤホンでは到底実現できない音質や音場の広がりという、デメリットを補ってあまりある恩恵が、人を悩ませるのである。

[1901] Nov 11, 2014

標準的な価格のBDドライブと、倍近くするリッチなBDドライブがぽつんと二つ並置されていたので、率直に「何が違うんです?」と訊くと、率直な「艶ですね」という答えが帰ってきた。「艶ですか。」「そうです。手触りが良いんです。あとは付属するソフトなんかも違いますが、ドライブとしての性能は大差ないですね。多少は静かですが。」「ありがとうございます。」安い方を買って帰る。高額新商品を差別化するべく、メーカーも大変だ。▼早速、新しいCDをライブラリに加えていく。しかしウィルヘルム・ケンプは好きな人には申し訳ないが全く好みに合わなかった。今までで最も肌に合わない悲愴、月光、熱情の三大ソナタである。どうももったいぶった感じがするというか、ねっとりとして重たいというか、格調高いと言うべきなのかもしれないが、ことごとくノリが一致しない。相性の問題なのだろうか。文章にもそういうことはママある。しかし残念ではある。

[1900] Nov 10, 2014

フライング気味だが、ホロヴィッツの月光は素晴らしいと思う。これまでグールドの演奏が最も理想に近かったが、今ではホロヴィッツの演奏がいちばんいい。第一楽章、第二楽章、第三楽章、全て通して◎である。とくに第三楽章は、出だしから駆け上がり着地点のスフォルツァートを完全に無視して広く広く抑揚の幅を取ったり、ところどころに強烈なスタッカートを混ぜてフレーズに勢いを与えたりと、他に類を見ない独特なアレンジングが圧倒的である。「なるほど。とにかくなんか凄いぞ、これは!」▼32番のように、正統派の解釈でまっすぐ弾くことが最高の演出になるようなナンバーもあるが、月光に関しては逆に、解釈のオリジナリティと派手さが活きてくるような気がする。それは激しい第三楽章に限らず第一楽章にしても、極限までシンプルだからこそ、どこかに大胆な試みやハッとするような指使いがないと飽きてしまうのではないか。そう思わせる名演である。

[1899] Nov 09, 2014

iTunesを捨ててWindowsMediaPlayerの元へ意気揚々と帰還したのは良いが、今度はDVDドライブが完全に故障した。足の裏といい腰といい、iPodといい、最近、身の回りであまりにもいろいろなものが壊れすぎだと思う。身体以上に高価なものはないが、いくら買い戻せる機械製品でも、これ以上高額なものに逝かれると財布が持たない。PCや携帯は勘弁してもらいたいものだ。▼手持ちCDの再取り込みができなくなったので、ドライブは外付けで追加購入。現在、ブルーレイの再生環境がないので、このさいブルーレイディスクを備えることにしようと思うが、新品のBDドライブを数百枚のCDで消耗させるのも馬鹿らしいので、旧音源については諦めて今までのファイルを使い回し、これから購入する音源だけWMP+OneDriveの新環境で運用していくことにする。後は常用アプリケーションがクラウド管理できるようになれば最高だ。ハンドフリーのPCライフに期待がかかる。

[1898] Nov 08, 2014

ゲームのエフェクトと聞いて多くの和製ゲームのプレイヤーが思い浮かべるのは、攻撃魔法の炎や回復効果のキラメキなど、ゲーム意味と彩りを添えてくれる賑やかしかつ記号的な存在だろう。これらのエフェクトは付加的な存在だから、通常のプレイ画面を邪魔することのないよう半透明になる。▼しかし、こうした「アニメ的」なエフェクトは、昨今のトレンドであるディファードレンダリングとは極めて相性が悪い。物理的に正しい表現しか認めない世界における正しいエフェクトとは、光源やフォグなど現実世界でも起こりうる光学現象だけである。▼ここに、日本が海外技術に追従するべくフォトリアルを取り入れつつ、アニメ的表現も保存しようというハイブリッド戦略を取る場合のバッティングポイントがある。リアルでなければ世界に馴染まない。しかしリアルなエフェクトでは記号的効果が果たせない。アニメ表現に郷愁を抱くクリエイターは必ず直面する難問である。

[1897] Nov 07, 2014

ベートーヴェン全集を買ったとき、自分のベートーヴェン・リスニングはとりあえずここから始まるんだと思った。1枚100円にも満たない投げ売り価格の廉価版、演奏もたいしたものは収録されていないだろう。それでもいい。全曲をいつでも聴けるようになるのだから安いものだと思っていた。▼あれからしばらくして、様々な奏者のピアノソナタをそれなりには聴いてきたつもりだが、ついに投げ売りのブレンデルを超える演奏は、少なくとも29番と32番に関しては出会えていないのである。廉価版なんてとんでもなかった。オーソドックスの天才。全集というリファレンス的な商品にとっては最高の人選ではなかろうか。他の一癖も二癖もある演奏を知っている今なら、尚更そう思う。▼他人の追随を許さないところまで極めれば、基本に忠実であることもまた最強の個性である。この先、”好みの奏者”はいくらでも見つかるだろうが、ブレンデルへの敬意は変わるまい。

[1896] Nov 06, 2014

右耳の調子がどうも良くない。何を聴いても僅かながらパンニングが左にズレていると感じる。イヤホンなら、左耳のヘッドを耳から軽く離して、密着していない状態にすると音の配置がちょうど中央に聞こえる具合だ。イヤホンが壊れているのではと疑いたいところだが、逆にかけてみても形が上手くあわなくて正直よくわからない。家のヘッドフォンでもごくごく左が強く聞こえるという気はするが、確証は持てないでいる。▼突発性難聴については発症日が明確にわかるケースが多いらしく、今回のように気づいたら片方がやや弱く聞こえる、そんな気がする、という程度では可能性は低いらしい。ただ、小さい頃に患った前庭神経炎もあり、右耳の荒れには悩まされてきたところであるから、身体的にも思うフシは大いにあるわけで、微々たる症状でも不安にはなるわけだ。そんな現実から逃げるように、ホロヴィッツとルービンシュタインのピアノソナタをカートに投げ入れた。

[1895] Nov 05, 2014

非常に複雑な手順を辿るとハングするバグを夕食前に報告されて、難航しそうな気配をひしひしと感じつつ、腹が減っては戦はできぬ、BMIが微増していたり、上は92から下は58しかない低血圧だったり、あまり成績の良いとは言えない健康診断の速報に後ろ髪を引かれながらも、がっつりラーメンを食べて帰還した。さて、取り組んでみるとこれが予想以上に重い。▼未解決なのでなんともいえないが、八割方特定した原因としては、歴戦のプログラマなら「ありがちすぎる」と一蹴するかもしれない定番中の定番、不正なポインタの勝手なバックアップと勝手な再利用によるヌルポインタアクセスである。しかしコードがアプリケーションとライブラリを行き来しながらメモリを破壊していくようなバグはとびきり追いにくいので、ほんの些細なミス、不注意、ライブラリと利用者の思惑の違い、その定番が修羅場のプロジェクトを殺しに来る。開発末期。イナゴの襲来である。

[1894] Nov 04, 2014

仕事の脈絡からSteamの話題になり、たまたまトップページにCivが表示されていて、本当にひょんなことから、このプロジェクトで一緒に仕事をしている外国人の先輩がけっこうなCiv5プレイヤーであることを知った。ひとしきり盛り上がった。昨日、BEの最高難易度をクリアしたばかりだと言うと、クレイジーだと笑っていた。▼夕飯時には別の同僚たちとポケモンの話題で盛り上がった。初回、イーブイは誰に進化させたかとか、四天王って誰だっけとか、アニメのサトシはどうして観る度に違う女の子を連れているのかとか、実に他愛ない話ではあるが、たしかに夕飯を旨くしていた。大人になると忙しくてなかなかゲームなんてと言いつつも、なんだかんだで自分のまわりはかなりの度合い、ゲームの話で繋がっている。▼大勢とゲームで遊んだ。ゲームについて語り合った。ゲームを通じて知り合った。ほとんど私という一人格を築き上げたようなものだ。なんとも偉大である。

[1893] Nov 03, 2014

20時間で最高難易度の牙城は崩れなかったBEだが、30時間よりは前に塵と化してしまった。純血アフィニティーで「約束の地」勝利。「オウチ デンワ」という実績がアンロックされた。"Phone Home, It's Me -- God," という、かの約束の地をめぐる宗教関連の記事のヘッドラインが元と思われる。▼AIが弱すぎるという報告は各所から上がっているようだ。たしかに弱すぎる。内政も出来ていないし戦争も弱い。しかし開発を擁護するなら、これはゲーム設計上ある程度仕方がない気もする。前述の通り切り札をぶつけあうタイプの勝負なので、「人読み」や「賭け」など尖らせた戦略を要所で取らなければならないが、これはAIの苦手とするところだし、逆に本気でやりすぎれば、積まれた牌の中身から、こちらの手牌まで知り尽くされている麻雀のように、文字通り「クリア不可能な」難易度になってしまう。だから、強者と戦りたければ、マルチを遊ぶしかないのだ。

[1892] Nov 02, 2014

2011年6月14日。三年以上前の記事に燦然と輝く「スピルバーグ」の名前。天皇賞秋を制した彼は、私にとっては少々活躍するのが遅すぎたようだ。去年の1000万下を契機に連戦連勝で着実に力をつけてきた彼は、重賞未勝利のままG1・天皇賞の大舞台を獲ってしまった。大金星と言うほどの人気薄ではないが、躍進目覚ましい絶好調の新星である。▼重賞未勝利と言えば、菊花賞のトーホウジャッカルもそうだった。この一年、振り返ってみると一番人気が人気通り勝利したG1がほとんどない。実際、桜花賞のハープスター、安田記念のジャスタウェイ、宝塚記念のゴールドシップ、以上の三頭だけではなかろうか。並べてみれば見事に凱旋門賞組である。日本を代表する実力者の威光を除いては、コパノリッキーに始まる今年2014年は、大舞台が波乱する運命にあったのかもしれない。しかし、綺麗にまとめるつもりがミッキーアイルを思い出した。ご愛嬌である。

[1891] Nov 01, 2014

流れに乗って最高難易度「アポロ」も軽くクリア――とは行かなかった。さすがにプレイ開始から20時間も立たないうちに崩れるような「クリア不可能なほど難しい難易度」では困る。スラブ連邦との超越競争に数ターン差で負けてしまったのだった。ただ、Civ5の創造主に比べればクリアは圧倒的に近い。あと数回も挑めば簡単に取れてしまいそうな気配である。バランスの問題か。▼UIの拙さは散々指摘があるらしいので敢えて触れはしまい。目下最大の問題点は、交易ありきのゲームなのに、交易先を選ぶ行為がゲーム中でもっとも面倒くさくて苦痛であるところか。交易先の変更頻度が高過ぎるし、大量の候補都市からひとつを選ぶこと自体に大した差が見いだせないところも「ただの面倒な通過儀礼」感を助長している。最終決戦中など、どこでもいいからオートで適当に送ってくれと叫びたくなったのは私だけではあるまい。さて、最初のパッチでどこまで改善されるか。

[1890] Oct 31, 2014

イヤホンと腰の話ばかりでマンネリも甚だしいところ。ひとつ気分を変えてゲームの話としよう。Civilization: Beyond Earth、ついに稼働。▼どちらかというとアルファケンタウリの続編と言われる本作だが、あくまで公式の主張する通り、Civ5の続編と見て比較してみると、最大の違いはソロプレイのつまらなさとマルチの”面白そうさ”である。まだマルチプレイしていないので面白いとは断言できないが、確実にマルチでやれば楽しそうだという確信が持てるゲームバランスになっている。明らかに、AI相手に遊ぶゲームではない。▼内政と軍事で相手を出し抜く点はCiv5と共通だが、BEの場合は国力で出し抜くというより、切り札の読み合いという印象が強い。切り札がハマれば科学も国力も無関係に蹂躙できるが、ズバリ読まれれば手痛い反撃は避けられない、そういう戦略の絡み合いが随所に仕込んであるのだ。▼だからAIが弱い。さっくり”不死”を至高で解放勝利した。

[1889] Oct 30, 2014

明日起きれば今日よりは良くなってるよと言われたものの、いざ起きてみると容態は悪化していたのだった。本当に治ってくれるのだろうか。▼疑っても仕方がないので痛み止めを飲んで寝る。痛み止めを飲んでいても痛い。これは参った。寝てばかりもいられないので必要な作業をしたり、椅子に座ってみたりもする。そのうち、ひとつ面白いことに気がついた。▼肘掛け椅子の左肘掛けに左肘をもたせかけて前屈みになる体勢と、床に直接膝立ちになって背筋を伸ばす体勢。この二つ、どちらも良い姿勢とは言えないが、痛みのない体勢だった。普段の姿勢の中でも特に悪い姿勢を再現すると楽になるということは、変な癖がついてしまっているか、その姿勢でいるための筋肉が発達しているか、何かしら理由はあるのだろう。長い目で見れば良いことではないが、今日だけはこれらの姿勢に頼らせてもらった。痛くないなら負担もかかっていまいという前提が正しければ良いのだが。

[1888] Oct 29, 2014

朝起きたら歩けないほど悪化していたので整形外科へ行く。以前、足裏の腱が炎症したときお世話になったところである。ぎっくり腰という病気があるわけではないんだ、という説明を受けつつ、低周波治療器をあててもらって、簡易コルセットと痛み止め、それに特大の湿布を処方された。痛み止めと湿布の効果はまだわからないが、コルセットはきつく締めているとさすがに腰を固定してくれるので良い。すたすたとは歩けないまでも座った体制でじっとしていれば激痛が走ることはなくなった。▼とにかく安静にすること。安静にしていれば嘘のように治る。人にもよるが三日から一週間、それ以上過ぎても痛みが引かないなら別の病気も疑った方がいい。そういうわけで私の使命は、いかに安静に仕事をするかということになる。実際、デスクに着いてしまえば家のPCに座るのと大差はないだろうが、ここで九十分通勤の難点が出てくるわけだ。通勤ラッシュ時間帯は外したい。

[1887] Oct 28, 2014

生まれてはじめてぎっくり腰になる。風邪気味のせいか、はたまた秋に飛び出した妙な花粉のせいか、朝方の特大くしゃみが引き金になった。ギシギシと痛みはじめた腰まわりは昼から夕方にかけて硬くなり重くなり、夜にはもはや動かし得ぬ激痛の塊へと変わってしまった。身体を引きずるように家へ向かう。石造りの階段をあがり、二階に店を構える地元のカイロプラクティックは、無慈悲にも「定休日:火曜日」の札を下げてシャッターを閉めていた。なんともタイミングが悪い。▼人によっては一歩たりとも動けなくなるほど痛いというから、よろよろとは言え足で帰宅出来た私はまだ軽傷と言うべきだろう。とはいえ、ぎっくり腰というのも素人判断、神経痛もさまざまだから「数日安静にしていれば治るだろう」などとタカをくくるのは危険というもの。やはり本業の人に診てもらわなければ安心できない。あとは明日の朝、起きてみて今より悪化していなければいいのだが。

[1886] Oct 27, 2014

このあいだ、ちょっとした遠出の前に本屋へ寄ると、「かりあげくん」の新刊が出ていたので思わず買ってしまった。たかだか数十分、電車に揺られるお供だが、これがなんともちょうどいいのである。だから家には飛び飛びの「かりあげくん」が何冊かある。何の脈絡もなく、17巻や41巻が転がっている。▼今日は夕食休憩のとき、「とある日常のいんでっくすさん」が平積みされていたのでこれを購入。最近は、あずまんがのような日常系でもなく、きらら系列のようなバリバリの萌え系でもない、ただひたすらにカワイイを目指したスピンオフ四コマが流行っている。「咲日和」もそうだろうか。ファンがサイトに日替わりで上げていくショート漫画の<プロ版>寄せ集めとでも言うべき、二次創作に限りなく近い公式ライトコンテンツ。四コマ=ギャグという図式すら成立しない、不思議な世界である。▼私はその手の作品も大好きだ。言うまでもなく、可愛いは正義である。

[1885] Oct 26, 2014

Civ5史上最高の名勝負を見させてもらった。▼新作が発売されたことでCiv5コミュニティの住民も次第にそちらへ移り始め、名残惜しいもののCiv5のマルチ全盛時代は終わりを告げようとしている中、古典的ながら最後の蝋燭の炎の如く、次々と激熱の試合が繰り広げられるコミュニティローカル大会である。ウィナーズファイナルはこれぞ長期マルチと呼ぶに相応しい究極の白熱戦であった。これ以上、文字で内容を書くのは難しいのが悔やまれる。▼これがあるから**はやめられない、という中毒性を浮き彫りにしてくれるコンテンツに出会うと、それを心から楽しんでいる反面、自分もそういうものを作り出したいものだといつも思う。優等生じゃなくてもいい。シェアNo.1じゃなくてもいい。最高傑作じゃなくてもいい。ただ、誰かが「これがあるからやめられないんだ。かけがえがないんだ」と思ったり言ったりしてくれるようなものが生み出されば、それに勝る報酬はない。

[1884] Oct 25, 2014

ウエストンのイヤホンを試聴する。ここばかり取り立てて言うわけではなく、各社のイヤホンも隙あらば定期的に視聴しているのだが、とりわけウエストンの音は気に入った。ダイナミックからバランスドアーマチュアへの移行で音質の変化が楽しみでもあり不安材料でもある中、UM-50Proは現行機に近い感触を出してくれたし、W60を筆頭に置くWシリーズの上品な音も聞く音楽によく合う。▼以前、某カメラでShureのSE846を視聴したとき、いくらフラッグシップでもこんな低音の出方では……と、バランスドアーマチュア全体への信用さえ失いかけたが、あるとき別の店でもういちど視聴してみると、別の商品としか思えないほど、均整のとれた素晴らしい音を披露してくれた。今でも最初の機体は壊れていたのではと疑っているが、何にせよイヤホン類は買う前に同一機種でも別の店で視聴してみたほうがよさそうだ。思わぬ発見があるかもしれないし、聴きすぎて損なことはない。

[1883] Oct 24, 2014

私がイヤホンを楽しみに毎日楽しく過ごしている中、プロジェクトはいつも通りの修羅場へ向けて着々を歩を進めているようで、体調を崩したり、元気のなくなる人もちらほら出てきた。もちろん、忙しければ気持ちの萎える人が出てくるのも仕方のないことではあるが、元気すぎるほど元気で豪胆だった後輩のひとりが、かなり精神的に追い込まれている様子なのが気がかりではある。パートが遠くて直接のサポートは難しいが、話を聞く限り上司との関係に難があるようだ。体力は十分、仕事量もまだまだいける、それでもつらいという。そういうこともあるんだなと私が思う以上に、本人が驚いている。▼私は、そういう人間関係で苦しんだことがない。宝くじは当たらないが、人運だけは昔から本当に良い。今までトラブルに遭遇しなかったのはありがたいことだと思う。願わくば今後も巻き込まれたくはないものだ。ただ、いざというとき免疫がないのは危険なのかもしれない。

[1882] Oct 23, 2014

後手5六角から先手8八桂までの中盤から終盤の流れは最高に熱かった。攻め手がなくじりじりと歩を集めつつ形成を整える序盤、やがて開幕した右辺の戦いでは「と金」を許して押し込まれた後手が苦しくなり、そこから次第に先手優勢の声が強くなる中、突如として先手玉を脅かす角の効き。後手9八飛車を先手が桂馬で抑えたときは、もしや大逆転もあるのかと、視聴者にも解説者にも思わせた。▼名局である。しかし逆転はなかった。一分将棋になってからの羽生王座は鬼神のごとく強かった。豊島七段の凌ぎも凄まじかったが、暴走かと思われる捨て飛車から9一銀、ここからの歩の釣り出しは圧巻である。どこからどこまで読んでいたのか。全くもって”最強”の壁は厚い。▼アンチ羽生でもなんでもないが、豊島さんのように若い世代が将棋界に新しい風を吹き込んでくれた方が、私のような「動画勢」には面白い展開になりそうな気がする。月次だが、がんばって欲しい。

[1881] Oct 22, 2014

シェーダが想定外の挙動を示したので、計算ミスでもしたかと思って追い始めたのが夕食前の午後四時。挙動の様子からして真っ先に浮動小数点の計算誤差が疑われたので、その線でデバッグコードを書いて確かめると、予想は的中していそうな変化が見られたもののやはり正しくは動かない。それどころかデバッグコードが詳細になればなるほど不可解な出力になっていく。そんな馬鹿な、と思わず声が出る。▼今日中に答えが出たのはさいわいだった。現行SDKバージョンにおけるコンパイラの最適化バグであった。吐き出されたアセンブラコードが、シェーダコードの意図した計算と違う。符号計算が正しく行われていないのだった。しかも次の更新を待てるかどうか、わからないので仕方なく、醜いことこの上ないハッキングコードに五行の長文コメントを添えて回避策を取る。終電前に解決したのは運が良かったのかもしれないが、なんとも不毛なデバッグにげんなりである。

[1880] Oct 21, 2014

イヤホンも量産品から高級品、はては各社のカスタムIEMまで、本体について手に入るメジャーな情報を調べ尽くすと、ほどなくしてケーブルに至る。リケーブル。素材。銀の音色。銅の音色。オーディオオカルトに踏み込んだ世界かと思っていたが、猛者たちが自信を持って「別世界」と断言する様子を見ていると、なんだかそれが当たり前のような気がしてきてしまう。私はまだ、リケーブルによる「絶大な音質の向上」は体験したことがない。▼眉唾かどうかは自ら試して知るのがよかろう。そういう意味でも、今回は最初に備品のケーブルでしばらく聞いてみて、それから狙いのケーブルに付け替えるという段階をちゃんと設けることにしている。ただ、イヤホンとケーブルにも相性があり、組み合わせ次第では悪化するケースもあるというから、各所で高評価を受け、すでに実績のあるペアを候補に選んでいる。玄人気取りより資金が大事。ここは初心者らしく、安牌を切る。

[1879] Oct 20, 2014

ここらで一度、イヤホンの基礎知識をひとつまとめ直しておこう。ダイナミック型とバランスドアーマチュア型について。▼機械的、専門的な話を省いて言えば、ダイナミック型は低音から高音まで広い周波数帯域をカバーしつつ、特定の帯域を強調するのにも長けた形式。低音派や高音派など帯域の好みがはっきりした「原音再現より演出重視」のタイプに適している。比較的安価で生産可能。ハイエンドも存在するが、リーズナブルな価格帯の主流がこちら。▼バランスドアーマチュア型は原音再生力に優れているが、ひとつのドライバで出せる周波数帯域が狭い上に高価なため、よほどのハイエンドでない限り特定の帯域が犠牲になる。ただし元の音を忠実に出力する能力の高さ、それによる音の粒立ちの良さから、フラットに曲を聴きたい人やモニター用途に適している。▼私はダイナミック型しか使ったことがない。バランスドアーマチュア型もひとつ、欲しいところではある。

[1878] Oct 19, 2014

日曜日は来週に備えて家で休もうと決めていたのに、やっぱりいろいろ気になって視聴の旅に出掛けてしまった。晴れて気分の良い日に引きこもるのがイヤだったという理由もあるが、最大の理由はやはりオーディオプレイヤーの不在である。いつまでも初手の打てない将棋はつらい。▼ひとつだけ言えることは、最初に思いついた構成をそのまま購入する財力が無くて本当に良かったということだ。現在、最適と思われる構成の中に、当初思い描いていたデバイスはひとつもない。熟考しないうちに「これがいちばん」などと決めつけてしまうと痛い目を見る。喉の火傷も良き思い出にしてしまう。▼どうせたいした耳があるわけでもなし、あんまり凝りたくはなかったが、ヘッドフォンを諦めてイヤホン路線に切り替えたところで、バランス出力へのリケーブルだけはせざるを得ないだろう。しかし、プレイヤーとリケーブルイヤホンだけの組み合わせなら、シンプルそのものである。

[1877] Oct 18, 2014

とにもかくにも新しい外出用再生環境が要る。将来的な拡張も見据えて様々なルートを検討した結果、選択肢は数本に絞られた。絞り込んだ選択肢をさらに絞る。一本の紐になるまで絞り切る。知恵熱で風邪の症状が加速する。オーディオプレイヤーとポータブルヘッドフォン。薬の副作用で眠い脳に、出来るだけ多くの組み合わせを流し込んだ。▼得た知見と感想は多いが、いちばん予想に反していたのはハイエンドのプレイヤーがインピーダンス高めのヘッドフォンを直挿ししても、かなりの音圧とクオリティを叩きだしてくることだった。AKの上位機ともなると、下手なポータブルアンプなど挿そうものなら確実に音質は劣化しそうである。TH900レベルが素で鳴らせる携帯機。大人気も頷けるというものだ。▼外出用はフットワークが命。面倒くささは機器数の三乗に比例する。ライトニングケーブルが軒並み短いことも手伝って、i+アンプルートは消失の見通しである。

[1876] Oct 17, 2014

iPodが大破したと書いた。あれから数日、調べてみると全く同じ症状の人が質問掲示板に見つかって、どうやら自力での修復は不可能な故障と判明した。公式サポートセンターへ行くしかない。最寄りの所へ駆け込んでみる。▼「本日の受付は終わりました。」受付終了時間の一時間前だった。曰く、待機中の客で閉店を迎えてしまうから、新規の受付は打ち切りになったという。もっともである。では明日、何時に来ればよいかと聞くと、「開店と同時にいらしても三時間は待たれるかと」との回答。三時間待たなければ見積りも取れないサポートセンターとは。憤慨どころか噴飯モノである。▼大人気御礼、なんてドヤ顔をしている状況ではないのではないか、案内員さん。全体の出荷数が多いとはいえ、これだけの故障を叩きだしておきながら三時間も待機するような窓口しか用意しないというのでは、あまりに悲しい事態ではありませんか――iにまたひとつ失望した日であった。

[1875] Oct 16, 2014

隣の人が風邪をひいた。いつも通り仕事をしていたら、夕方、急に喉が痛くなったと訴えて早めに帰宅した。そんなこともあるものですか、しかしお大事に。マツモトキヨシがまだ開いていますから薬か栄養ドリンクなど仕入れて帰ると良いと思います。そう見送った翌日、私が風邪を引いた。夕方、何の前触れもなく、急に喉が痛くなった。鼻水が出てきた。熱があるらしい。頭も痛くなってきた。▼さいわい、今週いっぱいとメドをつけていた仕事が早めに片付きそうなので、明日、深夜ぎりぎりまで残ることはしなくてもよさそうな運びではある。きちんと毎食後に風邪薬を服用していれば大事にはなるまい。ならないで欲しい。同じ風邪かわからないが、不意の病気という意味では綺麗に席を横へズレて順々に連鎖反応を起こしている。衝立すらない開けた大部屋で何十人もが仕事を共にしていれば、それも仕方ないことだろう。集団生活の宿命である。次は私の隣かもしれない。

[1874] Oct 15, 2014

44.1kHz/16bitのCD/DAスペックを何らかの点で超えているオーディオ解像度のことを「ハイレゾリューション」と言う。停滞気味だったオーディオ各社が必至で普及に努めたこともあり、対応プレイヤー、対応ヘッドフォンも増えてきたことで、ようやくハイレゾの愛称が浸透してきたわけだが、そんな「超解像度」にどちらかというと早いうちから否定的であった私も、アイリバーが贈る新たなフラッグシップ「AK120 II」については認めざるを得ないと思った。この音質、ポータブルでは頭ひとつ抜ける。▼他のハイレゾ再生機を聴く限り、ハイレゾだから良いというわけでもあるまい。ハイレゾの旗手としてもてはやされる某社の製品も、これならまだ乗り換えはいいかな、とためらう程度であった。そこへ来て「AK120 II」の出来は、新時代へ移行したい気持ちを駆り立てる何かを孕んでいたことは間違いない。問題は価格である。気持ちは湧いたが、買えるのは当分先であろう。

[1873] Oct 14, 2014

人気のラーメン屋、夕食時は混みあうので店内に立って並ぶ。細い、狭い店に待ち人がずらり八人。手ぶらで来たので暇になり左右を観察すると、八人中六人がスマートフォンを手にしている。そうして、かろうじて見える限りではそのうち五人が何らかのゲームで遊んでいる。待ち時間はゲーム。当たり前じゃないか、と言わんばかりに画面へ集中、指をスライドする。▼先日、夜遅い満員電車の中で、まわりから押し寄せる人波を押し返しては舌打ちし、舌打ちしては押しのけて、周囲の冷たい視線を物ともせずスマホゲームに熱中している四十代くらいのおじさんがいた。その近く、小さな英語教材を遠慮がちに広げている予備校生らしき青年が、電車の揺れでスマホおじさんの方へ流されると、スマホおじさんは今にも怒鳴り出しそうな剣幕を向けて、身体全体で青年に強烈なタックルを浴びせていた。何駅ものあいだつづいていた。あの悲しい光景をふいに思い出したのである。

[1872] Oct 13, 2014

ハロウィン特別企画につられて久しぶりにマクドナルドへ行く。本当に久しぶりで、本当に驚いたのは、昔なら四人席を探すのに苦労していた時間帯にもかかわらず、席なんか選び放題のがらがらで、店内に誰もいないことだった。あれだけ群がっていた学生とファミリーはどこに行ってしまったのだろう。待機レジの前でメニューを眺める。早く注文してくれと言わんばかりの、笑顔の視線がかゆい。▼普段、大企業の赤字が発表されても影響を身近に感じることはないが、今回のマクドナルドばかりは、まさしく企業の逼迫した状況が現実に伝わってくるシビアな光景を見てしまった気がした。値段をコロコロ変えるのが良くなかったとか、100円マックがダメだったとか、高級路線が失敗したとか、巷ではいろいろ言われるものの、真の原因は私たち外の人間にはよくわからない。しかし原因はわからなくても結果はわかる。この客の居なさ、尋常ではない。立て直しはあるのか。

[1871] Oct 12, 2014

革命とイノベーションは違う。似て非なるどころか、全く別のものである。イノベーションは、どんなにささやかなイノベーションであれ、社会の富の産出量や共同体の総幸福を増加させる。一方、革命は社会のパワーバランスを劇的に変える。誰が強者で誰が弱者かをひっくり返す。それが革命である。トランプゲームの大富豪を考えればわかる。誰かが4枚のカードで「革命」したところで、皆に良いカードが入るわけではない。立場が逆転するだけである。▼ピーター・ドラッカー名著集五巻『イノベーションと企業家精神』読了。イノベーションという言葉につきまとう「破壊的」なイメージを捨てて読んだほうが良い原点の書。実際、五巻まで読んできて、現在のところ本巻が頭ひとつ抜けていちばん面白い。全部読み終えたら三巻くらい「読みなおすべき巻」を選ぶつもりでいるが、今のところ筆頭候補である。企業であれ個人であれ、イノベーションがなければ明日はない。

[1870] Oct 11, 2014

社会人生活はRPGよりシューティングに似ている。ただストーリーを進めていってもレベルは上がらない。意識してトレーニングしなければ、永久にタスクという弾を処理して立ち回れるようにはならない。▼仕事とシューティングの不心得は似ている。一、反射神経が鈍い。目の前の弾が見えていても処理できない。回避も対策も間に合わない。二、視野が狭い。自機の近くばかり見て動こうとする。そうして逃げ場のない死地に追いやられていく。運が悪かったと嘆く。三、些事にとらわれる。画面端から現れるザコ敵の列を最後まで倒しきりたいという勝手な欲求から、中央に現れた真の強敵を後回しにする。気づいたときには手遅れなほど弾幕が張られている。四、抱え落ちする。ボムという切り札があるにもかかわらず、もったいなさやプライドから使うのをためらう。実力で難局を抜けることにこだわりすぎて、より大きな力に頼ることを忘れ、大事なライフをふいにする。

[1869] Oct 10, 2014

前日の、市場志向であることの尊さについての例は枚挙に暇がないが、最も印象深い実例をひとつだけ引用したい。本当に示唆深い話である。▼「第二次世界大戦の直後、インドのある小さな会社がヨーロッパからライセンスを買って原動機付き自転車の生産販売を始めた。インドにはうってつけの製品に思われた。しかしあまり売れなかった。ところがその会社のオーナーはある地方から原動機だけの注文がかなりあることに気づいた。初めはそうした注文は断りたかった。あの小さな原動機で何ができるというのか。だが好奇心から一応その地方へ出かけてみた。そこで彼は農民たちがその原動機で灌漑を行っているのを見た。この会社は、今日では灌漑用小型ポンプの世界最大のメーカーとして年間数百万台を生産販売し、東南アジア全体に農業革命をもたらしつつある。」▼読書が充実しているときは引用で十分。それにつけても「ちょっと好奇心」のなんと偉大なことだろうか。

[1868] Oct 09, 2014

「ベンチャーが成功するのは、多くの場合、予想もしなかった市場で予想もしなかった客が、予想もしなかった製品やサービスを、予想もしなかった目的のために買ってくれるときである。」▼改革を志すものは目的を持っている。革新を実現できるだけの情熱を傾けるからには、確固たる信念を持っている。故に、多くの場合、自分の世紀の発明が、目的と異なる領域で歓迎されると不機嫌になる。不愉快だと感じる。腹を立てる。場合によっては自らその「正しくない」使用を妨害しさえする。しかし、真に改革を目指すなら、それは傲慢である。▼たいていの場合、改革は、革新は、思い描いた未来を思い描いた通りに達成することよりも、全く予期しない展開を受けて、全く予期しない方向へ方針を変えることでもたらされる方が多い。必要なのは判断力と適応力である。予期せぬ誰かにウケたなら、そこが最大の機会である。間違いなく彼らはそれを心待ちにしていたのだから。

[1867] Oct 08, 2014

「○○するための3つの方法」「△△にならないための7つの心得」など、「短いセンテンスで表現された目的+具体的な項目の数」をヘッドラインに据えるブログ記事やコラムはいつからか急激に増えた。このあいだ読んだ記事に至っては「成功者からアドバイスをもらいやすくなる3つの方法」である。アドバイスをもらう方法というアドバイス、メタアドバイスだ。健康ブームの次に来たのは、もしかしたらアドバイスブームなのかもしれない。▼メタアドバイスの3項目はここにメモしておこう。「ファーストコンタクトを恐れないこと」「質問を具体的にすること」「返事がなければ再連絡すること」。大物相手だからといって物怖じする必要はない、失うものはないのだから聞きたいことがあるなら聞いてみればよい。ただ、相手が答えやすい質問の形にすること。そして、返信を忘れている可能性を考慮して、返事がなければリマインドを送ること。至ってシンプルである。

[1866] Oct 07, 2014

Civ5のテクノロジーツリーの中に「銀行制度」がある。技術、と言われると小首を傾げるが、否定する程でもない。「ペニシリン」とならんで微妙な立ち位置である。そのペニシリンについては前日触れたので、銀行制度についても書いておこう。▼この銀行制度、時代的にも不思議な位置にいる。何しろ「火薬」「活版印刷」と同列だ。火薬の発明を工場による本格的な運用が開始した時期と考え、活版印刷もグーテンベルクとすれば、いずれも15世紀前後である。ルネサンスの始まりである。とすればこの銀行、現代的な銀行制度の幕開けとして引き合いに出される1694年創立のイングランド銀行ではあるまい。欧州初の公的為替銀行であるアムステルダム銀行も1609年創立でやや下る。一体、何をもって銀行制度であろうか。▼気になって調べてみると、西ヨーロッパ初の紙幣導入が1483年だそうだ。時代は完全に一致するので、これを銀行制度の黎明と見ているのかもしれない。

[1865] Oct 06, 2014

台風、暴風雨。朝からレインコートを着込んで区役所へ行く。今後の日程を考えると、今日中にどうしても取らなければならない書類である。吹いている方向さえわからない竜巻のような風雨の中、駅にたどり着くと、出掛けにウェブでチェックしたときは「平常通り運行」していた電車が全線運転見合わせとなっていた。「運転再開は台風通過後の見込みとなっております。」タクシーで行く。▼到着。いつ来ても時間の進み方が緩やかな区役所で所定の手続きを終え、町へ出ると真夏のような日差しである。強力、強烈。長袖長ズボンの上に着込んだ上下のレインコートと、大雪の中にも分け入れる長靴が、蒸して蒸して容赦なく身体を殺しにくる。さっき冷たい雨風を避けて歩いていたばかりなのに、今度は汗だくになりながら脱いだコート片手に坂道を登っていく。こんな平凡な日に、平凡な日の半日足らずに、降って湧いた二重苦とは。連日の睡眠不足が加わって三重苦である。

[1864] Oct 05, 2014

期待を馳せた凱旋門賞、今年も日本は勝つことができなかった。前に、前にと言われていたレースだが、ゴールドシップもハープスターも結局は最後方から行ってしまった。そうして前残りになった。結果論と言えばそれまでだが、勝つためにと期待されたレース運びが出来なかった上、それがために負けてしまうというのは悔しい結果ではある。ハープスター6着、ジャスタウェイ8着、ゴールドシップ14着。▼勝ったトレヴもやはり強かった。強かったし、今回の流れの中では理想的な競馬が出来たと思う。オルフェーブルの惜敗につづく今年の結果を受けて、来年から日本の凱旋門賞挑戦の機運はどういう方角に向いていくだろうか。トレヴのような競馬が出来なければ獲れないタイトル、ならば外人騎手に託すという一手に出るか、それとも凱旋門賞にこだわる必要もないとすっかり諦めるか。後者も懸命かもしれないが、ファンとしては来年も夢を見させて欲しいものである。

[1863] Oct 04, 2014

iPodがお亡くなりになった。▼開発機材に繋いで充電していたら、あるとき機材が相当なローレベルのエラーでハングアップした。再起動すら受け付けない状態だったが、マニュアルを見ながらシステムの初期化を行うと、さいわい機材は復旧してくれた。しかし、騒動が収束したころ繋いでいたことを思い出したiPodの画面を見ると、まるでセーフモードのようなシンプルな背景に、見たことのないフォントでエラーが吐かれていた。▼復活の儀式をさまざま行ってみたものの、うんともすんとも言わない。パソコンに接続するとパソコンの方がビジーになる始末である。素人修理できるレベルではない状態まで壊れてしまったらしい。しかし、OneDriveとの連携を考えると携帯機での音楽再生に切り替えたいと思っていたところでもあるし、最近このタイプのiPodが生産中止になって中古の価格は高騰しているというから、それならいっそ修理して売ってしまうのも手かと思っている。

[1862] Oct 03, 2014

猫も杓子も物理ベース、マテリアルベースでリアル志向のご時世だが、パラメータの持ち方に細かな違いがあるとはいえ、基礎理論は同じ現実の物理学・光学である。つまり目指す見た目は究極的に同じものだということだ。リアルな解像度。リアルな質感。リアルな反射。▼しかし、物体についてのリアリティはかなり確保されてきた。しかるべき解像度で見れば、すでに現実と区別のつかない動画も出来つつある。ここからは、リアリティに乗せる「プラスアルファ」を何にするか、その選択と追求がオリジナリティに直結する時代に突入するだろう。▼このアルファ、まだまだ開拓の余地は十分にある。多くの海外勢は人間の仕草や表情に宿る知性の再現に尽力しているし、逆にトゥーンレンダリング、ノンフォトリアルと物理ベースの融合に機会を見出そうとしているところもある。レイトレの未来は如何。VRは。ARは。考えることが山のようにある業界、嬉しい限りである。

[1861] Oct 02, 2014

ドラッカー名著集第四巻『非営利組織の経営』読了。▼本書で言われる非営利組織の定義はかなり広い。大学、学校、ガールスカウト、心臓協会、救世軍、教会。異なるミッションを持つ、さまざまな組織が議論の対象となる。しかし心臓部は次のように総括できるだろう。利益という尺度のない世界で、成果とはなにか。成果をあげるにはどうすればよいか。なぜ成果をあげなければならないか。▼非営利組織のマネジメントは、大儀に奉じているという意識から、しばしば成果を軽視しがちである。しかし、非営利組織に働く人の多くは無給のボランティアであり、彼らは給与を得ない代わりに仕事の充実を対価としている。仕事の充実とは成果に他ならない。成果をあげることが彼らの義務であり目的なのだ。非営利組織こそ企業にもまして成果を重視しなければならないのである。▼非営利組織を部活動やサークルと読み替えても楽しく読める、実はシリーズ中でも柔らかい一冊。

[1860] Oct 01, 2014

彼らは細菌学者だった。細菌を研究する化学者だった。細菌を研究するには、細菌の培養基を作らねばならぬ。これが大変だった。培養にはいつも天敵がいた。培養基が育つ前に細菌を殺してしまうカビだった。同業者の間では広く知られた頭痛の種だった。「またやられたよ。」「うちもだ。」▼しかし、それこそ我々の求めているものではないのか。気がついた一人が世紀の発見者となった。つまるところ、アレクサンダー・フレミングが発見したのはペニシリウムの「存在」ではなく「価値」であった。細菌に対抗しうる存在を探すために細菌を抹殺するカビと戦う日々に、彼は別の機会を見出した。そのときからペニシリウムは障害ではなくなった。類稀な資源へと姿を変えた。人類を救う貴重な財産となった。▼石油しかり、穀物しかり、世の中、元から資源であった物はない。最初はみんな厄介者だ。厄介者が価値を生んだとき、資源に化ける。手持ちの頭痛を数えてみよう。

[1859] Sep 30, 2014

「何によって憶えられたいかね。」ドラッカーは十三歳のとき、宗教の先生フリーグラー牧師に授業でこう聞かれた。教室の誰も答えられなかった。「答えられると思って聞いたわけではない。でも五〇になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ。」▼シュンペーターは若いころ、同じ質問に対して「欧州一の馬術家として、欧州一の美人の愛人として、偉大なる経済学者として」と答えた。亡くなる直前、再び同じ問いに答えたとき、馬のことも女性のことも言わなかった。インフレの危機を最初に指摘した者として憶えられたいと言った。そして、彼はそのように憶えられた。▼「これは、自己刷新を促す問いである。自分自身を若干違う人間として、しかしなりうる人間として見るよう仕向けてくれる問いである。」彼に限らず、私は偉大な牧師の言葉が大好きだ。毎日ではなくても、毎年いちどは問い直したい問いである。いつも、今でもそう思っている。

[1858] Sep 29, 2014

オリエンタルランドでは、公式のスポンサー以外がディズニーランドやディズニーシーのチケットを景品として提供することは認めていない。だから小さな書店くじの一等賞や町内商店街の大当たりには、「浦安のテーマパーク・ペアチケット」などと婉曲に書いてある。浦安に他のテーマパークがあるわけではない。いや、恐らくそうに違いない、と私も言うべきだろう。大人の事情である。▼そんな按配で浦安のテーマパークチケットが当たる抽選会の広告をひらひらさせながら、他の施設も婉曲表現したらどんなふうになるだろうかと言い合って遊ぶ昼下がり。東京近郊のドーム型球場だとか、富士山の見える遊園地だとか、わかりやすいんだかわかりにくいんだか、名作から迷作まで生んでは忘れ、生まれては消えて、本気で笑いを取りに行くわけでもなく、顧客に訴求するキャッチコピーを考えるでもなく、だらだらとただ刹那的に行う言葉遊びの楽しさを思い出したのである。

[1857] Sep 28, 2014

細かいスキマ時間を見つけてはベートーヴェンのピアノソナタばかり聴いていたら、久しぶりにDAWへもどって自分のピアノを聞いた時、ありがちなこととはいえ、あまりの落差にげんなりしてしまった。張り合おうとか、比べるとか、そんな話ではなくて純粋に気分の問題だが、趣味は気分の問題こそ核心の問題である。なるほど、良いものばかりを聞くというのも良いことばかりではない。▼単純な音、単純な和音、単純な構成、凝ったところは不出来というのも不名誉なものだが、呆れ返るほど単純に出来ている。こんなものなら誰にでも出来そうなものだが、誰にでも出来そうなものでも、誰もやっていないものを作るのが面白くもあるので、そこは自分でも納得している。人が納得するかは別問題だが、あんまり意識しすぎると深みに嵌ってしまうから、敢えて考えないようにする気安さも必要だろう。それにこう、いろいろ思うフシがあることこそ趣味の醍醐味なのだから。

[1856] Sep 27, 2014

Civ5大会二回戦。とくに良いところも無く敗けてしまった。目指していた戦略を発揮できる時代まで生き延びられなかったのは残念だが、ラッシュの時期があわなかったので仕方がない。次はがんばろう――と言いたいところだが、次回作"Beyond the Earth"の発売も間近なので、Civ5の長期戦を本気でやる機会はもうないかもしれない。そう思うと力を出しきれなかったのはちょっと残念ではある。▼もっとも、BEが最初から優れたゲームであるとは思わない。恐らくは、最初のバージョンはCiv5より面白く無いゲームになるだろうと思っている。しかしそれはCiv5とて同じこと。最初のバージョンは前作より面白くないと散々言われたものだ。それでも無印から今のパッチまで進化し続けて、今では序盤から終盤まで駆け引きの楽しめる最高の作品になった。BEもそんな道を歩んでくれるだろうと期待するなら、人柱上等、初期からしっかり遊び尽くしていきたいと思うのである。

[1855] Sep 26, 2014

私が常用している歯磨き粉は第一三共ヘルスケアの「クリーンデンタル(マイルド)」である。しかし、このたび何箱目かを購入してきて、常用している癖に効能も成分も確認したことはないなと思って、いちど捨てた箱を拾い上げてみた。何に効くのか。何が入っているのか。▼効能。歯周病の予防。歯槽膿漏の予防。歯石の沈着を防ぐ。口臭防止。虫歯の発生及び進行の予防。歯を白くする。タバコのヤニ除去。口中の浄化。口中を爽快にする。要するに口の中に良いことのほとんどである、と主張している。最後の一項目が浮いて見えるのは気のせいだろうか。▼成分。マクロゴール400、LSS、IPMP、ゼオライト、βグリチルレチン酸、εアミノカプロン酸、塩化ナトリウム、ビタミンE、フッ化ナトリウム、等。順に平たく言うと、軟膏基剤、界面活性剤、殺菌成分、吸着剤、消炎成分、塩、ビタミン、フッ素である。なんというまっとうな成分だろう。一安心である。

[1854] Sep 25, 2014

ビジネスとは人間関係にまつわる問題の解決法を探る先駆的な分野である。二十世紀のはじめ、ビジネスが社会に与える恩恵を予見していた偉大な経営哲学者、「マネジメントの予言者」ことメアリー・パーカー・フォレットの見解をひとつ。意見の違いがあるときには誰が正しいかを考えてはならない。何が正しいかさえ考えてはならない。全員の答えが正しいと考えるべきである。「ただし、違う問題に対してである。全員が違う現実を見ている。」▼対立意見とは言葉の綾で、実際に意見同士が真に対立していることはあまりない。ただ、彼らは違う現実を見ている。同じ症状に違う問題を認識している。正しいことは何かを各々が真摯に考えた結果、意見の対立が生じることは素晴らしいことなのだ。それは私たちが結果的に、チームとして、問題を多角的に見ることができていることの証拠なのだ。逆に言えば、全会一致は誰も問題について真剣に考えていないのと同義である。

[1853] Sep 24, 2014

社会の利益を会社の利益に。会社の利益を”私”の利益に。そのためのマネジメントである。全二十九章と結論から成るドラッカー不朽の名著『現代の経営』読了。原題は直訳すると「経営の実践」であり、こちらの方が意図に近い気もするが、邦訳の方が重厚な教科書的響きがある。ただし意訳とともに忘れてはならない。経営とは良き意図ではない。常に「するもの」である。つまり実践である。▼本文中に何度も(恐らく何百回も)出てくる「経営管理者」という単語はやや馴染みないが、今ならマネージャと読み替えても差し障りは無い。ただ誤解の余地もある。経営管理者であることは、マネージャと呼ばれる地位についていることとは関係ない。自分を、仕事を、プロジェクトを、マネジメントする全ての人間が経営管理者である。半世紀以上前、すでに”国民総経営者”が社会の要請であり急務であることを叫んでいた先見の天才がいたわけだ。二十一世紀の達成率は如何。

[1852] Sep 23, 2014

「若干誇張していうならば、今日大学で教えている科目のうち、経営管理者の準備として最も有効な職業教育は、詩を書くことと短編小説を書くことである。自らの考えを表現する方法、言葉とその意味、文章を書くことを教えることである。」▼ドラッカーは膨大な著作の中で、いろんなことをいろんな側面から「大切だ」と言っている。何が大切かは状況によりけりという当然のことを、当然のままに済ませることなく、ひとつひとつの具体的な状況と、そのときに大切なことが何かをコツコツ営々、紐解いていったことこそ彼の偉業だったからだ。▼だから、部分を切り取るとあらゆる「○○が大切」という主張をドラッカーの名のもとに引き出すことができる。これが「まとめ本」の怖い所だ。マスコミばりの手腕で捌いていけば、経営管理者に必要な素養は、情緒でも、数理的手法でも、それこそ「詩」にでも出来てしまう。故に、豊富な原著を解いてみるのが最も安全なのだ。

[1851] Sep 22, 2014

電王戦タッグマッチをダイジェストで見る。初戦と決勝戦だけはフルで視聴、三浦先生と藤井先生の振り飛車・居飛車談義は楽しかった。▼「森下九段&ツツカナ」コンビと「中村六段&習甦」コンビの決勝戦は、短い時間ながら大激戦で、将棋観戦の醍醐味がみっちり詰まっていたと思う。序盤から終盤まで評価値もほとんど互角のまま、30秒将棋にもつれ込んでからは怒涛の攻防、そうしてまさかの詰み逃しも。絶体絶命の窮地を逃れた中村六段、一転攻勢に移るも、見事捌き切って馬の良手ひとつから牙城を落とした森下九段の粘り腰は凄かった。▼こうしてコンビ戦を見ていると、コンピュータは中盤に強いという定説の意味がわかってくる。広すぎる序盤は人の経験と勘で形づくりを進め、限定された可能性の中に良手と悪手が入り混じる中盤ではコンピュータの正確さが物を言い、良型の陣よりも王の詰みを優先する終盤では再び人の知恵が活きてくる。そんな具合である。

[1850] Sep 21, 2014

数日前、ベートーヴェンのピアノソナタで今まで見逃していた面白い曲というのが、第5番であった。私のiPodにはグレン・グールド、バックハウス、ブレンデルのピアノソナタがそれぞれランダムな順番で格納されているのだが、たまたまあまり聞かないゾーンに突入してぼんやり会社への道を歩いていた朝、これはけっこう楽しいのではと気がついた曲のトラック番号を覚えて、帰宅後に聴き直してみたら5番の第3楽章だったという次第である。▼そのあと数回聴き直してさらに面白いと思った符牒は、後に熱情や運命で大ブレイクするあのフレーズ、ででででん、が曲の中盤に潜んでいるところだ。奇しくもこちらも5番である。大家もこうやって小さな動機を何度も何度も使い慣らしながらいつか名曲を仕上げるのだなあと思うと、個人の歴史の重みと同時に、時間をかけて仕上がっていく人間存在としての偉人の身近さを感じる。ゆっくり成長することなら私にもできるのだ。

[1849] Sep 20, 2014

海風のよく通る街は道幅が広い。風を通すためか、海沿いの立地が低地価なために表面積を広く使えるためか、わからないが、どこも贅沢な区画の作り方をする。オフィスビルにも敷地の広さに物を言わせて奇妙なデザインを押し出した「エゴ型」が多い。意味なく迂回する通路。誰にも使われないデッドスペース。迷路のようなショッピングモール。利用者のために作られたとは到底思えない芸術的なイコンである。▼建築物に限らないが、利用できる空間・時間・リソースが過剰に多く与えられると、人はロクな仕事ができないようだ。何事も限界ぎりぎりまで切り詰めて、かつかつにまわすのがプロジェクト運営として正解というものだろう。実働部隊としては苦しくとも、投入対生産の割合は確実に最適化されている。金がないから良い仕事ができない、良い作品ができないと嘆いている人に予算をふんだんに与えたところで、良い物があがってくる見込みはあまりないのである。

[1848] Sep 19, 2014

東京ゲームショウ、ビジネスデイ。目玉タイトルの不在はここ数年いつものことで、もはや嘆くようなことでもない、市場の流れである。いよいよ群雄割拠が板についてきたということだ。グリーやDeNAがややおとなしくなって、代わりに艦隊これくしょんを擁するDMMゲームが一躍存在感。海外勢はいつものメンツといつものラインナップでさして変わりなし。ごく小さなところを除いては、ひと通り全てのブースをまわった。▼それにしても毎年ゲームショウに来るたび、オンライン情報の豊富さにまいってしまう。二日目ともなるとメーカー側がよほど極秘にしてない限り、文章なり画像なり動画なりが高解像度で即日アップロードされてしまう今日、足を棒にしてビジネスデイを調査するメリットは漠然とした業界空気の感得しかない。撮影禁止の札を掲げるブースも多いが効果はどこまでというところ。大規模なオフラインイベントの発展と継続の難しさをひしと感じる。

[1847] Sep 18, 2014

追いにくいバグの話をすればキリはない。そのわりには、こういうバグは追いにくいから作らないように心がけよう、という「失敗学」的なプログラミングの教科書をまだ見たことがない気がする。実例つきで「追いにくいバグ100選」なんてどうだろうか。かなり需要はあると思うのだが。▼今日は、100選が実現されればどちらもノミネートされるであろう二つのバグに出くわした。両手に華である。ひとつは王道中の王道、未初期化ポインタへのアクセスによる遅延ハング。もうひとつは邪道、今日までコンパイラを騙してビルドエラーを阻止していた箇所の、最適化レベルを変更にしたことによる意図しない処理の変更。▼前者については、忘れずに初期化してくれとしかいいようがない。確実に呼ばれるクラスの関数内に、デバッグ定義で全メンバポインタへの無意味なアクセスでも試しておくと良いと思う。後者は、コードハックには勇気とメモが要るという教訓である。

[1846] Sep 17, 2014

またひとり貴重な人を見送ることになって。「社外に知り合いが増えてラッキーと思え馬鹿野郎。」▼ずいぶん長く居た。もう社内で出来ることはやり尽くした。このままナンバリングを作り続ける俺なんか見たくないだろ?とうそぶく大先輩の顔はいつも通り笑顔である。言葉は悪いが、いつも笑顔である。だからこのたびも、ただ楽しそうなことがみんな会社の外にあるから、当たり前のように飛び出していったように見える。実際にどんな思惑・事情があったかは知らない。▼しんみりしているわけではないが、戦力はやはり落ちるなという実感がある。組織論曰く、不可欠な人間はいない、どんなに必要だと思う人でも抜けた後は必ず埋める人が現れると言うが、仕事の上ではたとえそうでも、人格はそうもいかない。ああいう人格の持ち主が職場にいるというだけで、面白い仕事が生まれてくるということもある。そういう気配の消失が惜しい。次の職場でも大成功しますよう。

[1845] Sep 16, 2014

ベートーヴェンのピアノソナタで、彼自身の命名かどうかに関わらず一般に通称のついているものは、8番「悲愴」12番「葬送」13番「幻想曲風」14番「月光」15番「田園」17番「テンペスト」21番「ワルトシュタイン」23番「熱情」26番「告別」29番「ハンマークラヴィーア」である。▼名曲だから通称がついたとか、通称がついていると名曲とか、必ずしもそういうわけではないのだが、やはりこう番号のみと愛称持ちが並んでしまうと、聞かれるのはいつでもどこでも愛称持ちの方ばかりとなる。人気ランキングまでは知らないが、悲愴、月光、熱情あたりの知名度は抜きん出ているだろう。▼最近、他のナンバーも意識して――つまり「この曲がこの番号」と思い出しながら聞くようになって、愛称持ち以外にも気に入るナンバーが増えてきた。当たり前だが、いい曲・面白い曲がたくさんある。手軽に発掘したければ、やはり全曲通してみるのが一番だろう。

[1844] Sep 15, 2014

人を成長させようとする人がいちばん成長する。「それどころか、人の成長のために働かない限り、自ら成長することはない。経営管理者が自らに対する要求の水準を高めることができるのも、人を成長させようとする努力を通じてである。」▼名著集第二巻。『現代の経営』上巻を読了。『経営者の条件』に先立つこと十二年、後のあらゆる著作の礎となるドラッカーの源泉であり、現代を生きる経営者たちの必読書でもある。経営者でもなんでもない私が読んで面白いのだから、彼らが読まない理由はなかろう。▼「あらゆる職業において最高の仕事をする人たちとは、自らが訓練し育成した者たちを、あとに残す最も誇るべき記念碑と見る人たちである。」かなり多くの頁が明日の人材を育成する手段について割かれている。カーネギーが自らの墓碑銘に刻ませた言葉など、二度紹介されたほどだ。「おのれよりも優れたものに働いてもらう方法を知る男、ここに眠る」勲章である。

[1843] Sep 14, 2014

どうして野球の球団なんて応援するのか、自分にはそういう一喜一憂がないからよくわからないという人に、最近、こういう回答をした。ドライな言い方をすれば、応援とは気分の投資である。▼この投資、嬉しい事にゼロサムではない。たいていの場合、負けたときの「がっかり感」より勝ったときの「うきうき感」の方が大きい。それはいつも負けてばかりのチームでも変わらない。そういうチームが勝ったときの喜びは負けの累積鬱憤を帳消しにしてくれる。帳消しどころか、ファンの心のなかでは、黒字として帳簿がつけられる。均してみれば誰も不幸にならない気分の投資場。それがスポーツ、ひいてはエンターテイメントというものではないかと。▼もちろん、普段からこんな覚めた心持ちで試合を見ているわけではない。終盤に追いついてサヨナラ勝ちした日は、仕事が手に付かないこともある。うかれて後輩に奢ってしまうこともある。しかし、こんな見方も面白かろう。

[1842] Sep 13, 2014

誰かが間違ったことをしたために生まれたバグは直しやすい。発見が速ければ尚更だ。異変に気づいた人が、すぐに「誰か」の更新差分を見て、原因を特定すればいい。これほど容易な仕事はない。▼誰かが正しいことをしたために生まれたバグは、これよりもやや難しくなる。正しいことをしたために、これまで隠れていた不正が別の場所で顕在化してしまうパターンだ。更新差分に悪いところがないので嵌ってしまい、真の原因へ辿り着くまでに時間がかかる。バグの発生した領域が更新箇所と離れていればいるほど、検出は困難になる。「そんなところのコードは、最近誰も触っていないが……。」▼そうして最悪のバグは、みんなが正しいことをしたために生まれたバグである。みんながいっせいに正しいことをして生み出されたバグは国籍を持たぬ怪物のようなものだ。原因、対応、もはやすぐには何もわからない。わからないがとにかく倒すしかない。そんな天災の類である。

[1841] Sep 12, 2014

将棋、このところGPSとの対戦がメインになってきた話をしていると、面白そうだとは思うが自分はやはり将棋のような「思考物」が苦手だから、釣りの方がいいと言う。かくいう私の方は釣りなどしたことはないわけで、今度は話者交代、釣りの魅力について聞いていると、どうも目指しているところは変わらないのではないかという説が出てきた。ひたすら考え尽くすことと、ひたすら何も考えないこと。たまの休日、どちらも雑事を離れて無我を得る二つの道ではないか。▼経験のない釣りについて深くは語れないが、少なくとも将棋に関しては、こと接戦の終盤戦にあっては、この桂馬を打てば優位を築けるかどうかが世界の全て、それ以外の思考を脳が一切目指さない、受け付けない――そんな時間が必ずある。腕の良し悪しと関係なくあるものだ。そのとき脳は、煮詰めているようで実は解放されている。悩ましく答えの出ないつまらぬ煩悩から自由になっているのである。

[1840] Sep 11, 2014

ダイヤモンド社よりドラッカー名著集1巻『経営者の条件』読了。▼なぜ今更ドラッカーか。答えは四つある。久々に小林秀雄を読んで自分の中で原点回帰の気持ちが湧いてきたこと。いつか制覇しようと思っていたワイン色の小ぶりなハードカバーの感触が『学生との対話』にそっくりだったこと。ささやかながら値の張る買い物を可能にするだけの臨時収入があったこと。そうして最後に、ドラッカーに今更もなにもないことである。▼『経営者の条件』はかなり昔に洋書で読んだ。数年経って、働いてみて、受け取り方が劇的に違うかと言われると、そうでもない。ただ、仕事と成果という、たった二つの単語について深く考え直すためには最良の材料だと改めて思う。本文より、あまりにも有名なフレーズを残しておこう。「成果をあげることは習慣である。したがって、他の習慣と同じように身につけることのできるものである。そして身につけなければならないものである。」

[1839] Sep 10, 2014

良い仕事をする秘訣は優先順位をつけることだと誰もが言う。物事に優先順位をつけ、上位から順番に片付けていく、これを淡々と繰り返すことが秘訣だと。しかし、誰もが言うにも関わらず、実践できる人は滅多にいない。これについては、ピーター・ドラッカーの至言が限りなく正解であろうと思っている。優先順位をつけるのは簡単なこと。真にやらねばならぬことは、劣後順位をつけることなのだ、と。▼仕事に劣後順位をつけるということは、延期する項目、つまり間違いなく断念することになるであろう項目を明らかにするということだ。捨てる品を決めることだ。たとえそれが、他の誰かのお気に入り、最優先事項であったとしても、捨てなければならない。そうしなければ真に優先度の高い仕事に集中することはできない。▼良い仕事をする秘訣は、今、もっともなされるべき仕事だけをすることである。そのためには、なされえない仕事は最初に捨てなければならない。

[1838] Sep 09, 2014

夜中、驚いて飛び起きた。右の親指、爪が半分吹き飛んだらしい。もちろん、吹き飛んだというのは体感で、現実には剥がれかけが毛布の繊維にひっかかって、その毛布を蹴飛ばした拍子に爪が持って行かれたのだろう。とにかく、驚いて飛び起きた。▼もう数ヶ月も前にフットサルで怪我をして、黒ずんだ爪が根本から伸びてきた。それがちょうど爪の半分まで来たところで、生えてきた新品の爪から戦力外通告を受けたのだろう。少し早すぎる気もするが、ともあれ怪我の後はこれで綺麗になくなった。あとは正常な爪が伸びきるのを待てばいい。▼皮膚を傷つけないようにという配慮もあって手の爪は頻繁に整える方だが、足の爪は案外ノーマークで、放ったらかしの伸び放題にしていることも多い。吹き飛ぶ前にちょっとでも刈りこんでおけば、毛布にかかることもなかっただろう。こういう小さな反省をルーチンワークに足していくライフスタイルを定着させたいと思っている。

[1837] Sep 08, 2014

昨日のスクラップブック、引用のあとにひとこと添えようと思ったら、思いもかけず綺麗に400字でぴたり、収まってしまったので、自分の言葉がゼロという回に前例はないがこれはこれでとそのままにした。語るべきことなしという賛辞。これは誰かの文芸評論のようではないか。小林秀雄『学生との対話』読了。▼終生、もっともな理由から自らの講演を録音で流布することを嫌い、書き起こしの制作をNHKにすら許さなかった小林秀雄だが、この国民文化研究会をはじめ、様々な人々の思惑が積み重なって、彼の貴重な声は今、CDにも文章にもなっている。故人の意に背く非道の業ではないかと言う人もいるかもしれないが、私はやはり、こうして尊敬する人物の肉声と聞いたり読んだりできることが正直に嬉しい。この本もまた、ごくごく純粋に、私と同じような時代を超えたファンのために、その一心で刊行されたものだろう。感謝千万。ありがたく読ませていただいた。

[1836] Sep 07, 2014

「やっぱり天才というものはあるのですよ。僕らは天才じゃないから、天才のものを読んでみますと、自分がたいへん情けなく思えるのです。それは誰にでもあることで、そんなことを僕ら凡人はあまり気にしてはいけません。「僕は感受性を持っていないのではあるまいか」などと考えてはいけない。そうではないのです。」▼「僕ら凡人は、そんなことをくよくよ思っちゃいけない。俺には感受性がないんじゃないか、そんな余計なことを考えちゃいけない。感受性はみんな持ってます。感受性が非常に鋭い人と鋭くない人はあるかもしれないけれど、あんまり鋭いと気が狂うからね、それはそれでかわいそうだ。ちょうどうまい具合に育てばいいけれどね。▼ただ、諸君が持っている感受性を、学問で、あるいは生意気な心で、傲慢な心で、隠してはいけない。諸君の感受性は、傲慢な心さえなければ、どんどん育つのです。そういうふうに考えたほうがいいのではないですかな。」

[1835] Sep 06, 2014

「つまりね、君は客観的にはなれるが、無私にはなかなかなれない。しかし、書いている時に、「私」を何も加えないで「私」が出てくる、そういうことがあるんだ。君は、自分を表そうと思っても、表れはしないよ。自分を表そうを思って表しているやつは気違いです。自分で自分を表そうとしているから、気が違ってくるんです。よく観察してごらんなさい。自己を主張しようとしている人間は、みんな狂的ですよ。そういう人は、自己の主張がどこか傷つけられると、人を傷つけます。」▼「本当にいい音楽とか、いい絵とかには、何か非常にやさしい、当り前なものがあります。真理というものも、ほんとうは大変やさしく、単純なものではないでしょうか。現代の絵や音楽には、その単純なものが抜け落ちています。」久しぶりに小林秀雄スクラップブック。彼の言葉は、自分で余計な注釈や考察を挟まなくてもスルリと腑に落ちるので、頭と胃にやさしい。休日の友人である。

[1834] Sep 05, 2014

『PLOT05 伊東豊雄:建築のプロセス』読了。多摩美術大学の図書館につづいて杉並区立杉並芸術会館こと「座・高円寺」、最後は「台湾大学社会科学部棟」と三建築を追う。▼いつも中間フェーズにストラクチャー・スタディと施工現場の声が挿入されている構成が素晴らしいと思った。現実に建物を建てる過程を飛ばさなかったおかげで、建築家が建築哲学とアイデアを語ったと思いきや、次の章ではご覧のとおり、思惑通りの建物が建ちました……という白々しさがなくなっている。豊富な実物の写真が全て章末に置かれているつくりも心にくい。いやはや、書籍もやはり展開の妙こそ肝よ。▼個人的な好みとして、高円寺の屋根はひと目でクールだと思った。最初にフラットルーフが検討されていたことの方が信じられないくらい、これしかないという形状をしている。台湾大学の図書館については、建築は好きだが読書姿を外から見られるのは嫌だなとわがままを思った。

[1833] Sep 04, 2014

毎年恒例、今年もCEDECへ出る。仕事の都合上、参加セッションは例年の半分以下とかなり絞った。少数精鋭。ダイレクトに響いてきそうなトピックスをつまみ食い。▼いつもウェブの記事や書籍でお世話になっているが、西川善司さんのセッションを受講したのは初めて。今回はパネルディスカッションの司会ということで進行役に徹していたが、2014年現在のグラフィックス事情について中級者向けの総まとめも、ご本人から聞いてみたいところである。物理ベース、レイトレーシングも包括した上でまたひとつ、現行機の最新技術を書籍化してもらえたら嬉しい。▼最近は、良くも悪くもセッションの多くが記事になったり動画になったりで、熱心な学習者ならパシフィコ横浜まで足を運ばなくても講演のエッセンスを存分吸収できるようになっている。現地組もうかうかしてはいられない。参加数が少ない分、出来る限りのフォローはきちんとしておこう。勉強あるのみ。

[1832] Sep 03, 2014

『PLOT05 伊東豊雄:建築のプロセス』まずは多摩美術大学八王子キャンパス図書館の章を読み終える。90,000Rのディテールにかける職人達の誇りとこだわり。当事者の言葉から、施工当時の写真から、あるいは初期案と実施案の平面図比較から、計画と思考の変遷が浮き彫りになる。▼そう、こういう本を求めていた。読本シリーズも好きだが、こちらの方がいっそう性に合う。ひとつの建築物に充てる頁数が浅すぎず深すぎずでちょうどいいし、形状や構造の選択について最も肝心な、最も知りたい「なぜそうしたのか」がはっきりわかるようになっている。紙の向こうを見通す神の目がなくても、わかるように紙面が読者を導いてくれる。これも本のコンセプト勝ちだろう。▼私がいつもいつも音楽の世界に足りないと言っている<書籍>とはまさにこれのことだ。ある楽曲について作者自身も巻き添えに制作のプロセスを検証する試みを、私はまだ一冊も知らない。

[1831] Sep 02, 2014

「様々な苦闘のプロセスは、すべてモノに転化されて必ず表出してきますからね。」施工過程で現れてくる様相を逆に隠蔽しようとするかのような、情熱で押し切りたいがそうし切れない台北現場のもどかしさを総して曰く、伊東豊雄の弁。産みの苦しみに苛まれたときは思い出してみたい言葉だ。▼しかし夜道にフレーズを反芻していて、ふとこの言い分がどうしても通らない身近なカテゴリがあることに気がついた。染み込んだ汗の量、悪戦苦闘の個人的な軌跡が成果物の出来栄えに現れてくれない無慈悲な領域。プログラミングである。▼「プログラムは思い通りには動かない。書いた通りに動く。」至言。想いを込めても仕方がない。ただ正しくあれば良い。最初から正しく書かれたプログラムが、最も良いプログラムである。私的な四苦八苦という形で埋め込まれたコード・ノイズは、どう間違っても芸術作品のように好解釈をされる余地がない。ただの疵、ただのバグなのだ。

[1830] Sep 01, 2014

やや気は早いがプロジェクトが終わって休暇を手にしたら、学生のとき趣味にしていた国内旅行が久々にしたいと後輩が言い出した。ミスリーディング承知の出だしだが、まさか旅行嫌いの私が言うはずもない。アテもなく北から南までまわるのもいいが、今回は世界遺産をいちどに制覇するのも楽しそうだと言っている。私もそれは楽しそうだと思う。いいじゃないか、それがいいと素直な後押し。これまた気の早い話だが、来年の春夏は土産話にこと欠くまい。▼旅行が羨ましいのは、出発してしまえばよほどのトラブルでもない限り完遂するより他にないところだ。いくら壮大な計画を立てても自宅で出来る「コツコツ系」は軟弱な精神では厳しい。三日もすれば自堕落に流されてしまうというものだ。始まれば後は否応なく、自分以外の力に引きずられて大きな経験を成し遂げられる旅行という形は、休暇の過ごし方としてひとつの完成形なのかもしれない。憧れるが苦手である。

[1829] Aug 31, 2014

三浦俊彦『思考実験リアルゲーム』読了。「思考実験とは何か」をテーマに、様々な哲学的パラドクスを解き明かしていく物語仕立ての思考実験論。▼いつも通り氏の作品は面白かったのだが、正直、タイトルの「リアルゲーム」は謎だし、サブタイトルの「知的勝ち残りのために」も何か違う。本書を読み終えたからといって現実社会で知的な生き残りが図れるようになるわけではない。そういうタイプの本ではない。そのあたりの煽り方に残念さを感じる。柄谷行人と隣り合うような社会棚のど真ん中に並べた書店にも罪がないとは言えまい。▼量子不死と2封筒問題の連結も少々突飛に思えた。理屈はわかるが、あの流れで得心の行く読者はあまり多くないのでは……と余計なお世話の心配を抱く。どうにもやはり、具体的な「誤謬者諸氏」への反駁という大目的の元に突き動かされていた印象が拭いきれなかった。爽やかな続編が出てくれればいいなと思う。どのみち買うは買う。

[1828] Aug 30, 2014

一昔前、たとえばアマゾンがまだ通販の覇権を握る前の時代、オンラインの通販という仕組みそのものが「上級者向け」だった。得体の知れない”ホームページ”の入力欄に、クレジットカードの番号を晒すなんてありえない。無事入金できても物が届くかどうかわからない。物が届いてもちゃんとした商品かどうかあやしいものだ。インターネットで安全安心に買い物なんて、遠い未来のことのように思えた。▼十年経って。いまや高額商品のみならず、日常的な品物まで海外からさくさくと送られてくるようになった。どういう経路で輸入されているかわかる間もなく、わずか数日で当たり前のように手元へ届く。国境の壁の薄らぎを痛切に感じる変化である。▼では今現在、可能ではあるが、なんとなくやりたくはないなと自分で考えていることは何か。あの昔の通販に対する思いに似た気持ちを抱いている対象は何かと問うと、案外、クラウドワーキングが近いように思っている。

[1827] Aug 29, 2014

直感に反する真実を持つ点で、二封筒問題の貫禄は素晴らしい。しかも未開封バージョンから開封バージョンへ歩を進めることで難易度が跳ね上がる、飛天御剣流も真っ青の二段構えである。問題設定の詳細については「二つの封筒問題」などで検索して欲しい。開封バージョンが見当たらなければ、追加すべき記述はこうだ。封筒を交換するかどうかは封筒を開封してから決めることとする。――自らの手札が定数になった状態での期待値計算が導く結論は実に美しく悩ましい。▼それにしても三浦先生、過去作で紹介した二封筒に対する読者の反応で、何かよほどいやなことでもあったのだろうか。この問題を未解決問題にしたがる輩や、無限の概念を持ちだして数学的な詭弁を弄するペテン師に対する怒りと呆れが文章に滲み出ている。紙面を通じて作者の興奮が伝わってくる。過剰演出のように振る舞う一種の本音のようなものか。しかしどうか不理解者にも寛容であって欲しい。

[1826] Aug 28, 2014

楽しみにしていた全三巻の考察本が、最終巻だけ先に単独で送られてくるという嫌がらせを経てついに揃ったので、ようやく紐解く時が来たと鞄に詰め込んで帰路に期待していたところ、たまたま立ち寄った馴染みの薄い本屋で三浦俊彦の新刊を見つけてしまった。出版は今年の頭なので新というほど新しくはないが、見落としていたらしい。『戦争パラドクス』『論理パラドクシカ』以来と思うとかなり久しぶりである。もちろん即購入。心待ちにしていた考察本は後にしよう。▼三浦俊彦の論理本シリーズには昔から世話になっている。本気の論理学では堅すぎてつらいし、さりとてクイズ本のような軽さでは分析が浅すぎる、そんな間隙を絶妙に突いて「深いが軽くて面白い」を体現したシリーズはまさに理想の「論理遊び」本であった。まだ途中だが、本作は今までより設問数をぐっと減らして代わりに思考実験をより丁寧に行うストーリーものの様相。休憩気分で読み進めたい。

[1825] Aug 27, 2014

アーロンチェアへのあこがれを捨てきれないまま、椅子探しの旅をつづける。彼の覇権からはもうかなり時間が経っているから、名目上はリーディングカンパニーでも、使い勝手や座り心地の費用対効果ではとっくに他へ冠を取られているかもしれない。そんな不安とも期待ともつかぬ状態。▼椅子の評価というのは難しいものらしく、アマチュアがアマゾンにつけた評価を見ても、プロのレビュアーが書いた実体験に基づく記事を読んでも、肝心の「結局、良い椅子なのかどうか」は見えてこないことが多い。ある人が完璧な椅子だと褒めて星5をつけても、別の記者がレビューで酷評していたりする。どちらの評価文も具体的な指摘がされているだけに不気味である。椅子の「良さ」は、他の家具や機材と比べても、人に応じてあんまり違いすぎるのかもしれない。▼現行の椅子はリクライニングが壊れてきた。安物である。そのうち怪我をしそうで怖いのだが、次の目処がつかない。

[1824] Aug 26, 2014

「社会との接点を持つことこそ、表現になる時代になってきたと思う。篠原一男の『住宅論』は「拒否の時代」の典型的なテキストで、ぼくの『10宅論』は「拒否の時代」を茶化したわけです。今や、自然体で社会と接することがそのまま表現になる時代に、やっとなってきたのではないでしょうか。」▼Wood/bergみたいな別荘がいつか持ちたいものだと思いつつ、隈研吾『住宅らしさ』読了。GAのインタビュー本は本当にハズレがなくていい。断面図、立面図、アクソノメトリックが場違いなほど詳細で、大判の写真と余白の多い文章に紛れて良いアクセントになっている。製図に詳しい後輩に見せたら、自分とは線の引き方や記号の付け方が違うと面白がっていた。▼「日本の建築家」を読んだ時、この人の話・哲学は面白そうだとアタリをつけていたので、恐らくは読本シリーズの亜種と思われる本書も読んでみた。GAの出版物も残り少なくなってきて、少々寂しくもある。

[1823] Aug 25, 2014

ハープスターのことを書く機会もやや増えてきた。愛馬、世界へ。▼オークスの惜敗から夏を越えて、じつに良い方向へ成長してくれたようだ。展開に恵まれたことを差し引いても札幌記念のパフォーマンスは素晴らしかった。猛然と追い込んでくるゴールドシップを退け、他の重賞常連勢を5馬身以上離しての快勝。仕上がり途上なら文句ない内容だ。いよいよ凱旋門賞が見えてきた。▼私は凱旋門賞至上主義を賛美する立場ではないが、それでも陣営の決めたことなら素直に応援したい。もちろん、洋芝、距離延長と不安材料はいくらでもあるが、負けたら悔しくて怒るほどの確勝級でもなく、さりとて勝利の可能性など皆無というほど絶望的でもない、今のハープスターくらいの状況がいちばん応援しがいがあるのではないか。そんなふうに思っている。▼ロンシャンでは川田騎手が手綱を取る予定とのこと。外人の方がと言う声もあるが、勝ったときの感動を思えば、これでいい。

[1822] Aug 24, 2014

定期演奏会のチケットを頂いたので、久しぶりにオーケストラを聞く。感想は二つ。ファゴットのソロがものすごく格好良かったこと。そして毎度のことながら、木琴・鉄琴担当の人が素敵だったこと。長い休みのパートでも絶えず体全体でリズムを取っている姿が楽しげでたいへん良い。叩きながら自分も聴衆としてコンサートを満喫している風。見ている方も飽きないというものだ。▼一方、素人なので真実はわからないが、前回・前々回と同じく弦楽器がなかなか響いて来ないなと思った。プログラムの中間くらいから徐々に大きく聞こえ始めたので、ホールの問題というわけではないのかもしれない。アンサンブルにもスロースターターがあるのだろうか。▼それにしても、コンサートの良さは認めつつやはり家で録音を聞く方がいいなと思ってしまうのは――客席では踊れない。これに尽きる。体を揺らすのも憚られる空気。手のひらくらいしか動かせない。それが不満なのだ。

[1821] Aug 23, 2014

デトロイト出身のビートメイカー、サディークからサウレコ読者へのアドバイス。「すべての音楽のジャンルを学んで、感謝することだね。感謝することで、異なるスタイルの音楽を学べる。」「自分のパレットを広げて、違ったスタイルの音楽に耳を傾けるんだ。それから楽器を学んでおくといいと思う。」「楽器を弾けるからこそ聴こえてくる音/作れる音楽があるし、武器になると思うよ。」▼このアドバイス、インタビューの末尾としては一見ありきたりだが、妙に気に入った。言い回しの細かい所と小綺麗なラボラトリーの写真から率直らしい人柄が伝わって来たからかもしれない。感謝、パレット、武器。ひとつひとつのキーワードから、彼が音楽/楽器をどう捉えているかのイメージが立ち上がってくる。戦場の興奮。充実した銃器ボックスを漁る幸せ。自分の戦い方を編んでいく楽しみ。こんなにいろいろあるんだ、ありがたく使わせてもらおうぜ――そんな眩しい気概。

[1820] Aug 22, 2014

信じれば、ウソもマコト。それは虚を真実と言い張り退かぬ強情な捏造でも、深く願えばいつかは叶うと無責任な標榜をする楽観的なロマンティシズムでもない。創作に対するひとつの現実的な態度である。信念の力でフィクションをリアルに変えること。それこそが想像力の仕事である。▼今日は前後編。冒頭の句にはいつかふたたびお出ましいただくことにして。『月刊少女野崎くん』の公式ファンブックを買う。単行本サイズでありながらここまで気合の入った公式ファンブックにはなかなかお目にかかれない。既存漫画の切り貼りに、読者なら誰でも知ってる情報を書き添えただけのスクラップをファンブックと称して発売する邪悪な出版社諸氏は、本書を読み込んで深く反省していただきたい。▼こちらも人に薦められて好きになったシリーズだが、漫画原作もアニメも実にキュートな仕上がりで微笑ましい。何の邪念もなくハマれる”かわいい”コンテンツとしてオススメだ。

[1819] Aug 21, 2014

陳腐化という言葉は長いライフサイクルを想像させる。なにごとも栄華の時期が存在すればこその衰退だ。いつか「あれはもう古いよね」と言われる作品を生み出すことも芸術家のひとつの夢ではあるまいか。▼昨今のコンテンツは完成の瞬間から風化が始まり、誰かの分析を待たずして世の中から消える。風化の速度が速すぎてライフサイクルすら描けない。作品は制作途上でカテゴライズされ、完成と同時にコモディティ化し、消費の重力に晒されてデータベースの中に埋没していく。これこそ自らの思想を体現する作品だと主張する暇もない。消費、制作、消費、制作……脅迫的な永久連鎖がつづく。▼「誰もいない部屋で鳴る音楽に価値はあるか。」そんな哲学に興じているうちは平和だったのかもしれない。「誰かの耳元で鳴る音楽に価値はあるか。」音楽の価値を誰も想像できなくなったとき、音楽は終わる。ストーリーテラーの次に失権するのはアーティストかもしれない。

[1818] Aug 20, 2014

めずらしく人から借りた本を読んだ。『虎よ!虎よ!』を貸したら二冊になって返ってきたのだ。とにかくひどくて面白いから読んでみろと言われ、半信半疑で表紙をめくったのが今日の朝。裏表紙に辿り着いたのが帰りの電車。とにかくひどくて面白かった。なるほど鬼才だ。思わず貸したくなる気持ちもわかる。▼『野アまど劇場』読了。最初の行を読んでいるうちはまだ真面目な短篇集かと思っていたがとんでもなかった。常識破りの短編遊びだ。いわゆる「ぶっ壊れギャグ」に属した見かけでいながら、展開づくりと筆の運びはいたって冷静。緩急こそが笑いの源、まさに計算尽くの壊れ方だ。驀進するノリとテンションだけでは上質なギャグは生み出せないという好例である。▼さんざ好き放題やっておきながら最後の方は小綺麗な秀作で固め、なんだか心温まる良い作家だったな……という改竄された印象を残そうとする、短篇集そのものの編み方もじつに姑息で素晴らしい。

[1817] Aug 19, 2014

キーボード・マガジン夏号。日本音楽界を牽引したカリスマ二名、小室哲哉と冨田勲のシンセサイザーをめぐる対談で、冨田氏が面白い喩えを披露してくれた。初音ミクを評して曰く、人形浄瑠璃のようなものだと。人形自身は演じていないが、あやつる人間の感性によって生きている人間よりすごいものを出す。その電子版だと。▼今、どうしてシンセサイザーが人を集められるのか。アナログインターフェースを持つソフトシンセが人気を博している意味は何か。これから音楽はどこへ向かうのか。本来、そんなに深い話はしていないはずで、シンセサイザーにまつわる個人的な雑談の域を出ないのだが、小室哲哉氏の軽妙な語りはザクザク核心をついていると思った。やはり天才か、と心のなかで呟く電車内。六頁の対談を二周。▼シンセサイザー特集というと、どうにもVCFだLFOと基礎的な解説に偏りがちだが、楽器としての意義について深く考察した文章も読んでみたい。

[1816] Aug 18, 2014

問題。日本ベッドは、日本のベッドメーカーである。では、フランスベッドはどこの国のメーカーか。▼オーディオ機器のブランドとして名高いDENONが実はデンオン、すなわち「電音」であり日本企業であるように、すぐには日本企業とわからない、あるいは外国の企業だと誤解してしまう会社がある。恥ずかしい話、私はローランドも長らく日本の会社ではないと思っていた。ヤマハに対抗するドイツかどこかの老舗ブランドという勝手なイメージを抱いていたのである。誤解の由来がどこにあるかはわからない。▼しかしとりわけわかりにくいのは、やはりフランスベッド株式会社だろう。こちら、れっきとした日本企業である。「欧米のベッドをそのまま真似て作ったのではいけない。日本人に合うベッドづくりが必要だと確信した」という彼らが聞こえの良さを重視して自らの看板にフランスの名を借りた心境は察しかねるが、おかげでブランドの確立には成功したようだ。

[1815] Aug 17, 2014

セブンイレブンの牛たんビーフシチューが旨いというので、「超熟」と一緒に籠へ積み込み夕飯代わりに食べてみた。たしかに旨い。五百円近い値段にしては量が少ないものの出来は極めて良好、パンにもよく合う。コンビニで贅沢という矛盾めいたフレーズも、あながち絵空事ではなくなってきた。▼年末に懸賞やら引き換え券やらで大放出するにも関わらず、PONTAカードに現在6500ポイントが溜まっているほどのローソンユーザーではあるが、オリジナルブランドのレトルト・冷凍食品系はセブンイレブンは頭ひとつ抜けて良いクオリティを保っていると思う。アイスクーラーの中にならぶ、そっけない包装のつけ麺やらお好み焼きやらは、正直、どれも値段以上に味が良い。こうした「準インスタント食品」を悪く思わないようになると、善かれ悪しかれ食生活も変わる。頼りすぎて自炊等をしなくなるのも問題だが、かたくなに選択肢から排除するほどの下策ではない。

[1814] Aug 16, 2014

『劇場版魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』を観る。長らく観たいと思いつつ上映中は機会を逃し続けていた本作。ホットな時期には乗り遅れたが、さいわい誰にもネタバレはされていなかったので、最後まで新鮮な気持ちで楽しませていただいた。▼もちろんそれは、鑑賞後の気分が新鮮・爽やかであったかどうかとは別問題である。賛否両論の問題作という噂もちらほら耳にはしていたが、なるほど、噂の湧いて出てくることには合点のいく内容だ。出来栄えの良し悪しはともかく、展開と顛末に納得出来ない人もいるかもしれない。▼私はといえば、話の行き先に目処がついてからは、ストーリーより背景や小道具などアーティスティックな詳細に気を取られていたし、スクリーンで再びさやかの勇姿が見られたので十分満足している。伝説的な数字を記録した本編のブルーレイ売上が支えた予算の賜物か、アニメの続編劇場版としては文句のない作り込みの深さだった。

[1813] Aug 15, 2014

昔、中学生のころ、どちらかと言えば教師に従順でないワルガキどもに連れられて、下校時に制服のままボウリングへ繰り出したことがある。制服のまま遊びに出かけること自体は禁止とはいえ珍しい行為ではなかったが、そのときはひとりでは決して選ばないガラの悪い地区へふらふらと舞い込んだところが少し特別であった。▼そうして、そう遠くない地でありながら、以来訪れることのなかった思い出の中の幻を十数年ぶりにたまたま歩いた。煤けた黄色の看板、ところどころ閉まるシャッター、乱立する小さなパチンコ屋、築数十年の商店街、綺羅びやかを装いつつ埃臭さを隠し切れない雑食な町並み。驚くべきことに、町は記憶の彼方で霞んでいた当時の印象と何ひとつ変わっていなかった。ほんとうに何も変わっていないのだろう。頓挫したとはいえ、未来に向かって開発の進められた海側の変化に比べればゼロに等しい。発展の「済んだ」町の有り様を感じた瞬間であった。

[1812] Aug 14, 2014

かたや難しい語彙に長け、日本語独特のイディオムを使いこなし、まるで日本人のように流暢な日本語をあやつるが、話す内容はいつも中学生の雑談にも見合わぬつまらない定型句ばかりの外国人。かたや発音は聞き取りにくく語彙も貧弱、ときどきは間違った日本語も使ってしまうが、話の中身は他のどんな友人からも聞けないくらいスリリングで面白い外国人。さて、どちらと会話したいか。どちらと友達になりたいか。▼英語を勉強するとき、日常会話から攻めていくスタイルは間違っていない。ちょっとしたキャッチボールができるようになれば、英会話のハードルが下がるし達成感も得られる。定型句の復唱で送受信の感覚を掴んでいくのも大切だ。けれども先の例は恐らく、英語ネイティブの側から見たって同じことなのだ。英語がペラペラな日本人。だからどうした。俺だってペラペラだよ。そう一笑に付されないだけの人間力がなければ、敢えて英語を話す甲斐に乏しい。

[1811] Aug 13, 2014

建築好きになったもともとの動機が芸術新潮で読んだフィリップ・ジョンソン特集だったか、それとも庭にまつわる小説を書くために濫読した庭園系の書籍だったか、覚えていないがたぶん両方だろう。ほどよく和洋折衷、違うテーマをささやかに共有していたのも手伝った。どちらか一方では足りなかったかもしれない。▼SS作家とはいえ物を書いていると興味の範囲はひとまわりもふたまわりも広がっていく。没頭することで逆に守備範囲の広がる趣味というのは、実はなかなかないものだ。文章書きはそれだけで十分報われると思っている。▼だからもちろんいつでも書きたい気持ちに溢れてはいるのだが、さてそれではまとまった長文を、となると腰は重い。怖いのは、それなら出来るだけ自分の「足し」になるものを……という、正に本末転倒な選択をしてしまうことだ。手段と目的のなんとやら。絶対にダメだ。その奈落にだけは落ちないよう、慎重にテーマを選っている。

[1810] Aug 12, 2014

そろそろ足の指がつりそうだ、と事前にわかることがある。親指が意思と関係なく手前に浮いてきて、制御が効かなくなる感覚。放っておくと間もなくつる。さいわいにも発症前に気づいた場合は、手で指を手前に思いっきり引っ張れば回避できるようだ。フットサルで全力疾走中に足をつったとき、すかさずケアしてくれた元サッカー部の手際の良さが印象的だった。▼昨日、やたらと右足の親指をつるので、糖尿病やら何やら、変な病気の前兆ではないかと不安にもなったが、タネが割れてみればなんということはない、曲の制作中、無意識に右足の親指でリズムをとっていたらしい。それが長時間に及んだので筋肉が疲弊して、夜になると悲鳴をあげだしたという具合であった。▼このこと自体は笑い話に過ぎないが、実際、日々の仕事など恒常的に長時間を費やす場所での良からぬ癖については把握しておく必要があるなと思った。変だと思う自らの身体の動き、観察してみては。

[1809] Aug 11, 2014

諸説あるとは思うが、弦楽器音源の現行御三家というと、EW、LASS、VSLということになるだろう。EWがいよいよハリウッドの最上位もCCCで値引き始めて他社もうかうかしていられない折、休日を利用してデモ音源を片端から聴き比べてみた。尚、いつものことながら買う気はない。▼LASSはとにかく楽器としての弦のニュアンスが強くて、それが良し悪し。他の楽器と絡むにはやや主張が強すぎる気もする。もっとも、だからこそLASSはオーケストラ音源ではないのだが。EWはハリウッドの名に違わぬ迫力ある重厚なサウンド、とくに金管系のアタックの強さが魅力。比べて、VSLは繊細という言葉が似合う。正直、どちらがよりクラシカルということもないと思う。使い分けの問題だろう。▼ともあれ寡占状態さえならなければ悪いようにはなるまい。各社、切磋琢磨してクオリティを上げつつ、できれば値段もいいところに落としこんで欲しいなと思う。

[1808] Aug 10, 2014

野球は昔からどこのファンでもないのだが、最近はニコニコ生放送で試合が見られることもあって横浜を応援している。横浜という育ちの街が好きなついでに地元球団を応援するのは珍しくもない。勝敗に一喜一憂するほどのコアファンではないが、勝ち負けの試合なら肩を持つ。今年はAクラス入りも夢ではない。素直に頑張って欲しい。▼そうそう多いケースかどうかわからないが、私のように生放送から入る人が増えてくれば進出した甲斐もあるというものだろう。エンターテイメントは今、露出場所の選択が非常に難しい時期にある。テレビCMを打てば鉄板、街看板と新聞見開きでさらに良しという安直な時代は終わってしまった。それでもいまだにテレビCMの力は圧倒的に強いのだが……コストパフォーマンスという視点では、徐々に他の「賢い選択」に負けつつある。安く人目を引けるメディアはどこか。未来の投資家、若者の集うコミュニティはどこか。鷹の目が要る。

[1807] Aug 09, 2014

将棋。将棋。ひたすら将棋を打つ。といっても、今日は「どうぶつしょうぎ」でも通常の本将棋でもなくて、安南将棋やオセロ将棋に代表されるような、ローカルルールの色物将棋である。「将棋ったーβ」で面白そうなルールをいくつか試してみた。▼色物系には通常の将棋力が効いてくるタイプと、全く別の思考回路を要求されるタイプがあるが、将棋の面影を残した前者の括りでなかなか奥が深いと感じたのは「コイン将棋」と「核分裂」のふたつ。シンプルでありながらハチャメチャにならない適度な外伝ぶりが良いスパイスになっている。▼全て遊んだわけではないので他にも掘り出し物はあるかもしれない。209種類の駒がある「大局将棋」という古将棋はいつか打ってみたいが、ルールの把握だけで一日以上かかりそうだ。うわさの「量子将棋」は駒を動かすと内部エラーになってしまい、遊べなかった。リアルでは実現の難しいルールが気軽に遊べるのは嬉しいことだ。

[1806] Aug 08, 2014

気圧の変化か、気管支の調子が若干よくない。ゆっくりした台風がやってくる。エボラウイルスの良からぬニュースといい、荒れつづける天候といい、海外も国内も盆休みの旅行組は渋い顔だ。▼熱中症の大バーゲンと言われる快晴が象徴的な夏コミも、今現在の予報では雷雨になるらしい。私は、都合で行けない可能性も出てきたので今のところはなんともだが、参加するとしても午後からだろうから気は楽だ。去年のサークル参加から早や一年。早やと言いつつ、この一年は妙に長く感じた。あちらこちら、いろいろ手を出したからかもしれない。のんびりしつつも多くの進展はあった。▼二枚目のCDはまだ一曲目だが終わりは見えてきた。雛形だけは最後まで打ち込んである状態。もっとも、ここからが最高に大変なのだが、最高にテンションが上がるところでもあるので、一気呵成に片付けたい。片付けるのはタダだ。予算もない身、旅行などに出ている場合ではないのである。

[1805] Aug 07, 2014

建築家が自らを分析するとロクなことがない。だから自分の手法については論じない。藤森照信氏、曰く。「例えば、喋らなかった時の菊竹清訓さんは本当に凄かった。それが、周りにいた「しゃべくり」の黒川紀章さんや磯崎新さんに、どれだけの脅威を与えていたか。彼らがぐちゃぐちゃと喋っていることを、菊竹さんは線一本でやり遂げてしまう。一方、菊竹さんも、彼らに劣等感を持っていたから、何とか理論を出そうとしたのだと思います。」▼何を言うかに劣らず何を言わないかも大切な言葉の使い方である。銀と金で優劣をつける必要まではないかもしれないが、語る言葉に自分自身が引きずられてしまうくらいなら、敢えて言語化しないという選択を取ることも時に必要だ。だから彼は「自分の造形については言語化しないようにしてきた。聞かれたり、言われたりすることに納得しながら、他人が鏡のように写してくれることによって、自分の像を探しているのです。」

[1804] Aug 06, 2014

もういちど「どうぶつしょうぎ」の話。電車の中、開く本もなく暇していたのでアプリを起動しCOM戦をやってみた。対戦相手と難易度は最もやさしいところから順に進まないといけないらしい。面倒ではあるが、眠たいので雑魚狩りくらいがちょうどいいと、試合開始。ひよこを前に出す。王手。さてCOMはというと、王の眼前、ひよこ兵を無視してキリンをひとつ前に動かしたのだった。勝利である。▼ゲームを「簡単にする」のは意外と難しい。麻雀ゲームの黎明期、開発者が苦労したのはいかにCOMを上手に負けさせるかであった。途中まで本気で計算してテンパイ直前になるとランダムでツモ切りというありがちなロジックでは、接待感が強すぎてゲームにならないのだ。どうぶつしょうぎの最弱COMたちは、その後もこちらの射程にライオンを突っ込ませてくるなど、大胆な接待を繰り返していた。「弱さの追求」がなされていなかったのは、ちょっと残念ではある。

[1803] Aug 05, 2014

クローゼットの奥深くにしまわれた将棋盤を引っ張りだして、久々に弟と将棋を打つ。最近、電王戦の煽りを受けて「どうぶつしょうぎ」など遊んでいたが、せっかく立派な将棋盤があるのだから……と思い出してアンティークを復活させたのである。数年ぶりの陽の目。駒入れを閉じる輪ゴムは溶けていた。持ち時間20分の真剣勝負は一勝一敗。電王戦研究のおかげか、二人とも数年前よりはかなり強くなっているようだ。終局の形がいかにもそれらしい。▼ところで、「どうぶつしょうぎ」も非常によく設計されたゲームなので紹介したい。3X4の小さな盤面で、1マスしか動けない歩、角、飛、王の四種類の駒を用いて戦うミニ将棋。しかし、これがなかなかどうして面白い。将棋の戦略、そのエッセンスがみっちり詰め込まれている。終盤の詰めろ探しに使う脳みその回転数は盤面のシンプルさからは想像できないだろう。公式アプリもあるので、友人との暇つぶしにも良い。

[1802] Aug 04, 2014

サブカルチャー社会学の本は、申し訳ないが総じて読みにくい。間違いなく平易な日本語で言い換え可能な単語の横文字化、もやもやするスラッシュの嵐(自己/他者)、紙面を埋め尽くす膨大な量の特殊括弧。まっとうな批評であろう、かたい論文であろうとする努力が文章に注ぎ込まれすぎている気がする。単にそういう因習なのか、所詮サブカルと言われないための無意識の自己防御なのか……。▼ちなみに「スラッシュ」は社会学に限らず批評系の文章では定番。私は「または」か同義語の意味でしか使わないが、普通はそういう意味ではなく、逆に対義語や反対語を高次に融合するため用いられる。対概念がいつでも入れ替わり可能な状態、ともに融け合うことでどちらとも捉えられる新たな概念。平たく言えば、一文字でなんとなくジンテーゼを調達できるお手軽記号である。そうして調達された新概念がクリシェよろしく使いまわされ、世の中に/が氾濫するというわけだ。

[1801] Aug 03, 2014

足を怪我した。歩くたび足の裏が猛烈に痛い。指の付け根あたりが軋む感じだ。症状は酷くなるばかりなので、さすがに整形外科へ行く。触診。レントゲン。等々。▼さて先生の見解はなんとか腱の炎症ということで、病的なものではなさそうだから消炎剤をこまめに貼り替えて大人しく歩いていなさいという診断であった。歩けば歩くほど悪化したり、取り返しのつかないことになるような事態でないとわかるだけで安心する。痛いくらいなら多少は我慢すればいい。安心のための医者、侮るべからず。▼消炎剤はよく効いてくれて歩けないほどの痛みではなくなった。それにしても解せないのは、心当たりがまったくないことだ。医者にも訊かれたが、最近は激しい運動も長時間の歩行もしていないし、足に強い衝撃も加えていない。朝起きたら痛かったというだけだ。ということは、寝ているあいだに何かあったことになる。まさか夢遊病で歩きまわってでもいたか。そんな馬鹿な。

[1800] Aug 02, 2014

GAスタジオ・トークシリーズ『日本の建築家』読了。副題は「22人の建築家の、ここだけの話」。構造エンジニアの佐藤淳さんがいたり、家具デザイナーの藤江和子さんがいたり、やや広い意味での建築をめぐる人選ながら、顔ぶれはまさしく豪華絢爛。これは実にありがたい。▼メモした文章、考察を加えたい哲学、反論したい意見、山盛りで記事単体にはとても書ききれないが、とにかくこうして自分も何かを言いたくなる本というのはすべて良書である。読み手の中で触媒として働く書籍は貴重也。このたびはゆっくり読んだこともあって、いろいろ考えさせてもらった。謙虚でひかえめな人が多いなとか。音楽家なら、これほど繰り返し「社会」と言う言葉は使わないなとか。情報化の先について考えたり語ったりする人は、やはりまだいないのだなとか……。▼567頁のボリュームも大満足の一冊。GAの本はいまのところどれも当たり。既刊は順番に制覇していきたい。

[1799] Aug 01, 2014

みんな新しい表現を模索したい。しかし予算がない。予算がなければ工数が立たない。技術的野望は一蹴される。アーティストの願いは駆逐される。制限こそ創作などと言えないところまで追い詰められる。逼迫、汲々。もはや最適解は何もしないことだ。二周遅れ上等。ともかく体力を使うことは一切したくない……。▼これは、予算のないプロジェクトの悲哀ではない。悲哀と呼ぶには感傷主義が行き過ぎる。企業のあり方の問題だ。これが金欠業界の現実なのだ。売上目標が伸びなければ予算の立ちようがない。前提からして詰将棋。▼石山修武氏が語る、ロンドンAAスクールの話。「アラブ人の学生がドローイングした実現不可能であろう建築に対して、「こんな建築は立たないだろう」と言っても、「パパのお金で建てられるよ」と言い返される。教師は何も言えなくなるよな。これもアラブ人のリアリティだからね。」金のある所とない所では、物の捉え方が根本的に違う。

[1798] Jul 31, 2014

批評家の不在が創作者の不幸という考え方は、漠然と理解していたものの、案外言語化された明快な主張に出くわすことがなかった。西沢立衛氏のコメントから。▼「すごい批評家がいると、建築家は緊張する。そっちから光を当てられると、自分の建築はどう見えてしまうんだろう、自分はどんな言葉に置き換えられてしまうのか、そういう具体的な緊張があるはずです。」「逆に、批評家の言葉は人を解放もします。ぼくらは言葉で勇気づけられる。でも、批評家のいない社会は平等で、なんとなく建築家として快適にいろいろ提案できてしまう。批評家不在の時代というものは、創作という意味ではむしろハンディだと思います。」▼ニュースサイトのヘッドラインを斜め読みしただけで万事を了解したかのように振る舞う解説者が氾濫するこのご時世、創作者は抑圧から解放されて自由になりすぎたのかもしれない。どこかで誰かが痛いところをつかなければ。真の批評家が要る。

[1797] Jul 30, 2014

思い切った値上げで物議渦中の一品、松屋の「プレミアム牛丼」を食べる。290円から380円へ、30%超の価格アップ。飲食店のメニューとしては破格である。チェーン同士でパイを食い合う不毛な「10円価格競争」から一抜け宣言といったところ。苦し紛れに映るとは言え、中途半端な値上げにするくらいならと付加価値をつけて高額化に許しを請う形は潔い。▼さて、食べてみると、松屋とは長い付き合いになる私としては、これだけがらりと味が変わるなら値上げも「アリ」だと率直に思った。ブルジョアを気取るつもりはないが、290円という価格は少々「安すぎて気持ちがわるい」と思っていたくらいなので、食後感と支払いが正しく釣り合うところまで来たとも言える。折しも世は賞味期限切れチキン問題で、限界を超えた安かろう悪かろうの存在に辟易してきたところ。ジャンクでも出来る限りの安心を。<庶民のプレミアム>を追う一手は正しいかもしれない。

[1796] Jul 29, 2014

「ぼくは、「お金がたくさんあるから、良い建物になる」なんて信じていません。建築とは、発明と発見です。お金が一〇〇円しかなくても、五〇〇〇円の価値を発明すればいいのです。うまく行かない時もパッと切り替えて、別のことを考える必要がある。」「モノを作る人は、上手くなくても、最低好きじゃないと困る。そして、美しいと思う感受性がないと駄目だと思う。実際に手を動かす際にも、「デザインをする」という気持ちはあっても、「発明する」という気持ちがない。デザインは少々器用であればできるけど、発明には、時間も労力もかかる。なのに、器用にデザインする=建築をつくると勘違いしているんじゃないかな。」▼二川幸夫氏による山本理顕氏へのインタビューより抜粋。インタビューする人の方に目が行くのも不思議だが、二冊目にして私は二川幸夫氏の建築観ないし創作観はなんとなく、良いな、と思っている。なので、自然にメモの量が増えていく。

[1795] Jul 28, 2014

生徒に英語の重要性をわからせるにはどうしたらいいかという悩みを受けて、あれこれ月並みな案は出したものの月並みの域を出ず、どうしても「役に立つ、楽しい、世界が広がる」などありふれたキーワードに回収されていくふわふわした議論になんとか錨を降ろしてみたのが「検索ゲームをしてみてはどうか」という提案だった。▼内容は単純明快。用意した問題にgoogle検索を用いて回答するゲームである。別にbingでも良い。ただし出題に仕込みをひとつ。難易度があがるほど、ウェブ上に日本語ソースのないトピックを問題に選ぶこと。▼要するに、デジタル・ディバイドを肌で感じてもらう目論見である。ググればなんでもわかりそうな今の御時世、しかし他人を出し抜く有益な情報を得ようとしたとき、悲しいかな、いかに日本語が貧弱なツールかということを理解してもらうには手っ取り早いのではないか。少なくとも、手がかりにはなるのではないか。そんな話をした。

[1794] Jul 27, 2014

サビのダブステップに飽きてきた。ばっさりした言い分だが率直な感想だ。ブロステップでも同じこと。使い勝手が良すぎたか。彼らは蕩尽されてしまった。▼作りこまれたダブステップはたしかに格好いい。問題は曲の中にそのイディオムを埋め込むためのパターンが少なすぎることだ。執拗なリピート。細分化するビート。突然のミュート。そして始まるダブステップ風のサビ――なんというワンパターン。がっかりするほどの定型句。しかも曲が終わってみると、たいていの場合、あそこはダブステップである必要があったのかと思うような使い方しかされていない。流行りだから捩じ込んでみました、というスタンスで手垢をつけられすぎてしまったのだ。▼かの有名な「死亡フラグ」だって当初は真面目なセリフ技法だった。乱用の結果、失笑を誘うクリシェに堕ちてしまっただけだ。ダブステップの件は、音楽のイディオムも容易に同じ道を辿りうるというひとつの例である。

[1793] Jul 26, 2014

技術翻訳の難しさは想像に難くない。こと情報速度の早い領域の技術本は、何はさておき一刻も早い上梓が求められる。洒落た日本語訳を悠長に模索している時間もないので、仕方なく直訳気味の不格好な訳になってしまう。初訳の技術本に読みやすい日本語を求めるのは酷というものだ。▼とはいえ、それだけは駄目だろうと言いたくなるがっかり訳もある。わけてもつらいのが専門用語の過剰訳だ。カタカナの英語呼称が通称の言葉を無理やり訳されると非常に読みにくい。もしも頂点陰影機とか三角形準備とか言われたら、グラフィックスパイプラインの理解もガタ落ちである。影マップ。なんのことだ。なんだシャドウマップか。たしかに影マップと呼んでいた時期もあるが……。▼意訳しすぎと言われない線を守りつつ読みやすい翻訳を書くのは難しい。翻訳が拙くて読みにくいという評価を技術本に下すのは避けようと思いつつ、やはり今の本はところどころつらいなと思う。

[1792] Jul 25, 2014

暑い。暑い。昼飯は積極的に人を誘い外へ出かける主義だが、猛暑の夏だけは例外だ。焦げてしまうよ。今日はコンビニで済ませます。朝のうちに購入済み。告知してエアコンの社内にひきこもる。席にいるとどうしても仕事の話が舞い込んでくるので、とりとめのないディスカッションをしたり、新規プロジェクトのヒアリングに対応したりする。肩の力が抜けた時間は案外良いアイデアが出るものだ。▼一方、プライベートのこと。県内最強と言われる旨いラーメン屋まで、遠い駅からさらに徒歩三十分。はるばる出掛けた結果が率直に言って職場近郊の某店の下位互換、がっかりして帰路を歩いていると、ちょうど悩んでいた曲の「転」についての良い構想が浮かんできた。ある小節数について、8か12か、なぜ16がダメなのか……と右往左往していたところへ、「10なのでは?」という素朴な思いが浮かんできたのだ。早速打ち込んでみると、はたしてこれは正解であった。

[1791] Jul 24, 2014

SSAOを実装する。頭の中のロジックをコードに放り出してコンバートしたら、最初からそれらしい絵が出たので安心した。モデルの周辺にゴーストめいたアーティファクトが浮かんだが、アウトラインを忠実になぞる薄い線を見るにつけ、サンプリングのためのレイをランダマイズするためのノイズ法線テクスチャがないからだとすぐにわかる。Gimpでさくさく色ノイズを生成してセット。想定通りの点描画が描かれる。▼これだけでも遠目には綺麗に映るが、さすがにニア付近は汚れて見えるので、セオリー通りガウスブラーをかけて補正。さらに独特の色みを出すためHSV空間で明度と彩度をいろいろいじり、大方納得行く見た目に近づいてきている。目的地の決まっている実装は実に楽だ。▼このごろはリアル系であるなしに関わらずAOはシャドウ強化の必須テクニックのようになってきた。SSだから実装コストも処理コストも安い。偉人誰だか、良い発明をしたものだ。

[1790] Jul 23, 2014

磯崎新&鈴木博之による建築批評対談『二〇世紀の現代建築を検証する』読了。▼豪華絢爛な写真とともに鳥瞰する戦前・戦後の世界の建築批評。あるいは建築写真をめぐる意見の衝突。「あとしまつ」と題したあとがきで磯崎新氏が言うように、聞き手であり写真の撮り手でもある二川氏が「オレが撮った写真をお前ら二人で裏付けろ」と対談の体で二人に語らせた企画だと解釈しても成立しそうな内容である。名建築と名おしゃべりの取り合わせとでも言うべきか。読んでて楽しい写真集。▼自分について言えば、バウハウス前後の戦前欧州は良いが、南米や西海岸、あるいはCIAM崩壊以降の戦後世界、そしてなにより日本についての知識は弱いなと思った。社会がどうだ思想がどうだと論じる側に回る気はさらさらないが、文章中で名前の挙がる建築家のバックボーンくらい知らないと貴重な対談も楽しみが薄れてしまう。建築物の「乱読」がまだ足りていない状態かなと思う。

[1789] Jul 22, 2014

注文から長い月日を経てようやくGP∪PROが届いたので、予定していたデイリー論文消化期間を昨日から始める。日課にしては少々重く2本目にして疲弊気味。なんとか1巻収録分の40本くらいなら持つのではないかと無根拠に信じる。そのまま2巻に雪崩れ込むかどうかは未定だ。▼英語のレベルはやさしいので困らないが、論文調の文章を見ること自体が久しぶりすぎて構成に慣れない。論文というものの性質上で執筆者の罪ではないが、大真面目に字面を追うと重複した主張なり文章なりも多いなと思う。このあたり脳内ですらすら流し読めれば読破効率もあがるだろう。▼読後メモは頑張り過ぎると続かないので本当にメモ程度。もし理解できない数式などにあたったら、ここに記して後で時間のあるときに検証すればいい。所詮はただの栄養補給。カロリーメイトの如く、気楽にいただくのがよろしかろう。唯一。移動中に読みにくいハードカバーなのはつくづく残念だ。

[1788] Jul 21, 2014

建築家という職業が注目を集めだしたのは、他の芸術に比べれば遥かに最近のことだ。十七世紀以前の著名な建築家と言われてもピンと来ない。”建物もつくった芸術家”という括りでなければ、語りにくいところがある。▼コルビュジェにしてもミースにしても、近代建築家として名を残した巨匠たちは皆、自分の売り込みが旨かった。世の中にプレゼンスを示していく能力に長けていた。つらつら名を上げてみても、近代建築の名手にひきこもるタイプの芸術家はいない。ライトはそれが上手く出来なかったと言うが、上手く行かなかったということは果敢にトライしていたことの裏返しでもある。結果的に彼は、壮大な公共事業とは別のところ、郊外邸宅の世界で高名を得ることになったわけだ。▼職業としての”建築家”のデビューはマスメディアの勃興と時代を同じくしている。自分は建築家として社会に何をコミットできるか。そのアピール能力も含めて彼らは建築家なのだ。

[1787] Jul 20, 2014

普段なかなか取り上げないトピックのまわりで会話がヒートアップして、この二日の自由時間を使い尽くした。結論が出る類の話でもなし、思うところはいろいろあるが、不得手な領域について議論するのも悪くないものだ。頭の絞り方がいつもと違う。得意分野の饒舌が、いかに怠惰な行為か改めてわかる。▼とはいえ、身内の会話なら不慣れ不得手のぐだぐだでもよかろうが、不特定多数に価値ある情報を発信するとなると、やはり人は知悉した事柄について語るしかないのだろう。プレーンテキストで思惑を保存する試み。今まで何度もトライしては失敗してきたが、ようやく計画に現実味が出てきた。ここまで来ると一生をかけた夢のひとつだ。得意なこと、頑張って勉強したこと、苦労して習得した知識……なんとかわかりやすく次の人に伝えたいと思う気持ちは、たぶん二十年前から変わらない。▼ワンノートをもう少し使いこなしたら、ひな形の作成に取り掛かってみよう。

[1786] Jul 19, 2014

「期限内に終わらせることはマストだが、期限内に理解することはマストではない。」Y先輩の基本哲学だ。会社は僕らの勉強に金を払うわけではない。旺盛な知識欲を持つ人間が陥る罠を、先輩もまたそうであるだけに誰よりも心得ているのだ。▼目の前の技術的問題を「理解」しなくても、結果としてたまたま「解決」することはある。ここで「それではいけない。根本的な原因を理解しなくては」と何の検証もなく逸る行為の愚かさを、冒頭の言葉は戒めている。求められているのはアウトプットだ。そこでインプットに走るのは、君のエゴではないのか。▼理解を追うな、というのではない。理解することがチームへの貢献に繋がることを、周りに納得させられるだけの根拠が必要だというのである。ここは抑えておかないと必ず終盤で余計に時間を使います。私がここをわかっておけば今後の作業の短縮が見込めます。等々、しかと言えて後の「時間の前借り」が筋なのである。

[1785] Jul 18, 2014

贔屓の店で「トリッパ」のカレーを注文。一緒に行く同僚がそればかり食べるので、よほど旨いのだろうと思っていた。▼ベースは辛口のチキンカレー。柔らかいチキンと噛みごたえのあるトリッパが絡み合う。絶妙な触感だ。半分くらい食べたところで、満足気にスプーンを進める同僚に、私は訊いた。「ところで、トリッパって何?」▼イカか何かじゃなかったか、と言うので、イカとチキンとはまた面妖なと思いつつ、ときどき適当なことを言う彼のことなので……と手元のスマホで調べてみた。トリッパ。「イタリア語で家畜の胃を食用に切り出したもののこと。」衝撃。私の嫌いなもつじゃないか。途端、なんだか急に食欲が萎えてしまった。心なしか味まで落ちた気がする。正体がわかって旨くなる料理などそうないのだから、食事中に調べ物などするものではないなと思った。▼尚、問い直すと「胃か何かだってオレ、言ったよね」と同僚。なるほど、それは私の耳が悪い。

[1784] Jul 17, 2014

寝酒はよく眠れる、という迷信は、全く迷信以上のものではないらしい。私もそれを聞いてから寝る前に酒を容れるのは止めた。止めたら睡眠が深くなった、と言えるほど劇的な変化はないが、知らないうちに貯めていた無駄なつかれは解消されているのだろう。そちらを信じたほうがよほど健康的だ。▼眠りを深くするための技術ないし習慣づくりに関する助言は巷にあふれているが、正直なところ、「寝る前にパソコンと向き合わない」という難題がクリティカルな要因であるために、なかなかその他の悪習を潰していく気になれないところ。寝たいならパソコンを点けなければいい、そうは言っても諸々の事情、あるいは依存からして点けないわけにはいかない。現代人の慢性疾患だ。▼ブルーライトカットでマシになるだろうか。ひとまず朝方まで寝付けない日々は過ぎた。平均五時間確保できれば生活に支障はないだろう。この不眠症もどきとも長い付き合いになりそうである。

[1783] Jul 16, 2014

GAJAPAN、なかなかいい本をつくる。書籍のサイズもちょうどいいし、写真の多めな組版も魅力的だ――『ル・コルビュジエ読本』読了。▼鈴木恂、入江経一、青木淳、林美佐、千代章一郎、隈研吾、井上章一、鈴木了二、吉阪隆正、平田晃久、高間三郎、米田明、佐々木睦朗、伊東豊雄、磯崎新、槇文彦、原広司、月尾嘉男、横山禎徳。十九人の語る十九様のコルビュジエ。住宅のコンセプトから見る哲学と人柄、後期の傑作「ロンシャンの礼拝堂」「ラ・トゥーレット修道院」をめぐる大家晩年の考察、そして、チャンディガールに見る都市計画のあれこれ。コルビュジエをざっと概観する教科書としては、ライトでスリリングで文句なしだ。▼単純な脳で恐縮だが、今までどちらかというとミース寄りだった私も、各氏のコルビュジエ熱にあてられてだいぶ彼が好きになった。3Dパース全集で文章と写真から起こした建築物の粗を補完しつつ、もう少しフォローしてみたい。

[1782] Jul 15, 2014

「この人、ボケて昔の原理を忘れちゃったんじゃないの?」という程度になって、初めて「応用」と言えると思う。(笑)「応用」とは、それ位の果敢さがないと駄目なんだということを、ぼくはコルビュジエのメッセージとして受け取るんだよね。コルビュジエから抜け出せない人間の言う「応用」は、単なる「模倣」でしかない。」「「原理」とは、こんなに豊かなモノを生み出せるという「タガの外れ方」が、コルビュジエ最大のメセージだと思う。」「ニーマイヤーの建築を見ていると、「巨匠! オーガニック・フォームで好きにデザインしてください」という前提を、ヒシヒシと感じてしまうでしょ(笑)下手すると、老境ってそうなってしまう。」▼建築家・隈研吾氏の、コルビュジエを評して曰く。真から出でて行を通り草に至る老境への長い道のりを、ボケるくらいじゃないと、と言い回す面白さに感心した。ニーマイヤーへの言及も至極納得できる。今日は引用まで。

[1781] Jul 14, 2014

EVOの決勝戦を観る。今年は決勝トーナメントが日本時間にして平日朝から昼の開催となり、社会人殺しになってしまった。昼はイヤホン。夕方は即帰宅。会社でのネタバレを慎重に避けてタイムシフトに飛びつく。ありがたい時代になった。▼今大会も、悔しいところはいくつもあれ名勝負連発の素晴らしい大会だった。もっとも格闘ゲーム経験に乏しく「動画勢」の誹りを免れない身としては、誰々のどの試合が良かったとか悪かったなどと批評するつもりはない。ただ、去年も同じことを書いた気もするが、ウル4はやはり解説が素晴らしかった。初心者の疑問には的確な先回り、選手の心理や目論見も推察しつつ展開を簡潔にまとめていく。無駄な薀蓄の披露やダメ出しに終始する情けない解説とは一線を画す手際である。▼悪い解説は良い試合を台無しにする。良い解説は良い試合をさらに何倍も良くする。こういう大会では、事後的にもっと解説力も褒められていいと思う。

[1780] Jul 13, 2014

マーティン・レディ『C++のためのAPIデザイン』読了。最近のC++系書籍の中では三指に入る当たり本。ただし後半が役に立つかどうかは読者がどういうプログラマ職に就いているかによる。▼7章まではC++プログラマなら誰にでも役に立つ。役に立つというより、ここに書いてある知識を知らずに職業プログラマとしての中級者の壁を越えるのは不可能と言ってもいい。APIを磨くということ。自分の世界だけで完結する趣味のプログラミングでは意識を徹底するのが難しい。▼8章以降は本格的なライブラリ作成者のための具体的なアドバイスになる。後方互換性、バージョン管理、ドキュメント、自動テスト、スクリプト、プラグイン拡張性の確保、などなど。縁のない人には縁のない内容だが、もし社内ライブラリを使用してプログラムを書いているなら、彼らがどういう苦労の末にそのライブラリを創り上げたかを理解し、仲良くやっていくのには役立つはずだ。

[1779] Jul 12, 2014

最寄り駅前の商店街は屋根がレンガ色に統一されている。今日、そのレンガとレンガのあいだにぽかりと見事な満月が見えた。あまり情緒があるとは言えない汚れた赤とならんで浮かぶ丸い発光体は、やはり情緒があるとは言えなかった。なんとも見すぼらしい絵に見える。▼道路へ抜けて、今度は白いアパートが満月の付き添いになる。見栄えはするが感動はない。毒にも薬にもならぬ凡庸なアーバン・ムーン。環境音楽に似ている。そうしてさらに歩くと、今度は黒い家と庭の木立が背景に。これは素晴らしい。途端にぴたりと絵が出来た。緑の影、群青の空、白い月。▼世阿弥風に言えば、月の美しさというものはなく、美しい月があるだけだということになろう。けれどもこうしてみると美しい月というものもやはりなく、あるのはただ「月が美しく在る」という按配のみ、とも言えそうではないか。しかし、それでは美しい音があるというのは……。この指摘にはしっぽを巻く。

[1778] Jul 11, 2014

雨つづきで外の本屋へしばらく通えなかったから、今日はゆっくり本棚を眺めてきた。つい先日、神保町で建築関連を仕入れてきたばかりなので、このうえさらに積読を重ねるつもりはないが、EDMブーム以来めっきり触れていなかった音楽系の読み物など、ひとつはあると気分が向いたら助かるだろう。そう思って、久々にバッハに関係のある文章でも流し込んでみようかなと「作曲家」ラベルの棚を漁り始めた。ショパン、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン……。▼バッハの名を含んだ本は一冊もなかった。一介の音楽棚としては巨大といっていい品揃えの中、バッハはどこにもいなかった。バッハ、かくも不遇なるものか。意気消沈して建築棚へ行くと、そこは二列を埋め尽くす充実の所蔵である。この格差。楽譜という暗号化文書の世界だから仕方のないことではあるが、それにしても「読める音楽」の少なさは群を抜いていると思う。文章とは相性が悪いのだろうか。

[1777] Jul 10, 2014

ブログの延長線上にある意見交換サイトや記事まとめサイトでは、消え行く新聞へのレクイエムをこのごろよく見かける。「新聞はもう終わった。」▼もともと新聞を読まないのでピンと来ないが、新聞各社の売上減少率は、数字だけ見ると本当に「消え行く」と言う表現が的確なほど酷い。絶対数で毎年このまま減ったら、私がお爺さんになる前に購読者はゼロになる。そういう減り方だ。紙からウェブへゆるやかに移転しているのでは、とも思ったが、残念ながらデータは「新聞セクション」のものであった。ウェブの売上も含んでいる。▼ただ、ことさら新聞ばかりに一言物申そうという風潮が強いのは、有名サイトで記事を書く人に元新聞記者やジャーナリズムの関係者が多いからではないだろうか。さらば新聞、というのはつまり、彼らの回顧、反省、あるいは復讐だったりするわけだ。新聞に限らず、既存メディアは今、どこだって苦しい。消え行く業界、明日は我が身かも。

[1776] Jul 09, 2014

読書をして得た内容をまとめようとすると、「紹介文」か「内容の反復」か、いずれかになりやすい。ちゃんと書かれればどちらも有益な文章であることに違いないが、些かもの寂しいところもある。紹介。オススメですと結ばれた他人の感想文を見て、読んだ本が今まで何冊あっただろうか。両手が必要か、あやしいものだ。▼解説。真に解説できるほどの力量もないのに解説らしい格好をつけようとすると、主張も言い回しも何もかも、引用のオンパレードになる。アマゾンレビューには後者のタイプがかなり多い。読者の文章と作者の文章が入り交じる、堅くて柔らかいちぐはぐな文章。自身は読んだこともない第三者の批判。専門用語の洪水。▼読書をした。それについて何か書きたい。けれども上のどちらにもなりたくないなと思ったとき、私にいちばん気安いのは「読書にかこつけて」何か書くことだ。本はきっかけ。せっかくだから何か書いておこう。そんな書き方がいい。

[1775] Jul 08, 2014

数学者として、作家として、そしてなにより組版システムTexの開発者として有名なドナルド・クヌースが残した教訓は数多いが、わけても駆け出しの開発者にとって有益なコメントはこれだろう。「未熟な最適化は諸悪の根源である。」▼パフォーマンス・チューニング病。どんなに気をつけても罹る人は罹る。最適化という言葉の響きが美しすぎるからだろうか。UIのパーツモジュールを最適化しました。ネットワークまわりを最適化しました。描画プロセスを最適化しました。「最適化しました。」と言うだけで、高度に技術的な仕事を成し遂げたような錯覚が得られてしまう。最適化。自分酔い。中二病。だから病なのだ。▼適切な最適化は、安定したシステムに対して、客観的な計測と共に、システム内外の全容を知り尽くした人間が注意深く行うものであって、不確かな未来の予測に基づき自分勝手に進められるような仕事ではない。局所的な最適化は、ただの害悪である。

[1774] Jul 07, 2014

完璧主義者にも二種類いる。一、自分に完璧を求めつつ、相手にも完璧を求める潔癖主義の系譜。二、自分には完璧を求めるが、他人には寛容な修行僧の系列。▼想像通り、前者の方が迷惑である。付き合いにくい。肩が凝らないかなどと訝しもうものなら反撃の説教で肩が凝るのはこちらである。「不真面目かつ誠実に」をモットーに生きる私にとって完璧などというものを要求されるほど面倒な話はない。さいわい私の半径一歩には同じ完璧主義でも後者のタイプが多いようだ。彼らもまた、ときどき息の詰まるようなことを言いはするが、こうしろ、ああしろと言うわけではないから直接の害はない。逆に、行き過ぎたストイックを諌められたら素直に聞き入れる柔軟さも持ちあわせている。これはこれである意味「完璧」な人格というものだ。▼ともあれ潔癖型には近寄らないに限る。人には完璧を押し付けて、自分には甘いという怪物さえしばしば居るのだから。地雷原である。

[1773] Jul 06, 2014

ひきつづき神保町での話。岩波「青」を読み始めた後輩に、日本人の著作で哲学寄りのオススメは、という漠然とした質問を受けたので、ちょうど岩波の棚にいたこともあり、これはよい機会と『寺田寅彦随筆集』を推した。じつは遥か昔、数年前にも彼に推奨したことのある品だが、彼は覚えていないだろう。冊子を手にして適当に開き、皆そうだが、活字の小ささに眉を顰めて閉じる。困ったことだ。▼傍に平積みで『柿の種』が並んでいたので、それなら手始めにこちらはどうかと言うと、こちらは素直に受け入れてくれた。随筆集と比べれば圧倒的に読みやすい版組だ。寺田寅彦氏がいかに素晴らしいか、説得する言葉に乏しい自分もイヤだが、この手の名著に人を寄せ付けぬレイアウトを当てはめるのも大罪ではないかとつくづく思うのである。▼余談だが、昔、血眼になって探していたが見つけられなかった古語訳の新約聖書が岩波から出ていた。ごく最近の品だ。近々買う。

[1772] Jul 05, 2014

同期・後輩と神保町へ。家を出るときはざんざん降られたが、到着してからは晴れた。水の滴る傘を提げて入店するわけにもいかない都合、予定の立て直しをしなくて済んでありがたい。目当てその1、ジークフリード・ギーディオンの『空間・時間・建築』は、合本の在庫がなく旧版も第一巻のみしか置いてないということで断念したが、もうひとつの目当て、『調性音楽のシェンカー分析』は手に入れた。同じ店にコルサコフの『管弦楽法原理』も見つけたが、こちらは上下巻で三万五千円。さすがに予算外だ。▼その他、建築系数冊と音楽系数冊を両手に提げて、ランニングの人たちと向かい合いつつ皇居の外側をぐるり、有楽町を通過して銀座から新橋へ。ひよわな腕がしびれて痛い。足は丈夫な方だが手に持つ荷物があるとからきしダメだ。後輩オススメの店で旨い鰹のたたきを食べて、払いは諸事情により全て私。まあまあ、たまには良いでしょう。明日は筋肉痛に違いない。

[1771] Jul 04, 2014

クラスTがクラスSを継承するならば、現存するSは既存のコードを破壊すること無く全てTに置き換えられるべきである。クラスを継承させるかどうかの判断に強力な材料を提供してくれる「リスコフの置換原則」だ。▼例えば楕円クラスを継承して円クラスを作るかどうかの判断。円は楕円の特殊形なので派生可能に思えるが、楕円には長径Aと短径Bを設定する関数が公開されているだろう。これを派生クラスがどう扱えばよいか。公開をやめて直径の設定関数のみとすれば、原則に違反するのは明らかだ。▼故に、これらは残さざるをえない。代わりに、各々の設定関数が内部的に直径Rを更新するような設計にしたとする。こうすると、今度はA≠Bを確認した後で楕円を生成したはずのクライアントが、B/(A−B)を計算したところでクラッシュしてしまう。これは立派な既存コードの破壊行為だ。つまり、円クラスは楕円クラスを継承してつくるべきではないのである。

[1770] Jul 03, 2014

昔から、靴を買うのは一仕事だ。あちこちまわって良い品を見つけても、十中八九「サイズがない」と言われる。悲しいかな、日本の百貨店は28cmを入れてくれない。バーゲンになると尚更で、たいてい27か27.5までしか在庫がないと言う。靴ばかりは履きもしないものを買うのは躊躇われるので、それならけっこう、となってしまう。せめてあと0.5cm小さければなと思う。デザインと機能要求とサイズ。ぴたりと合わせるのが格段に難しい。▼海外サイズに直すと、私の足はアメリカ表記で「10」、イギリス表記では「9.5」、フランス表記では「43」となる。米英で同サイズの表現が0.5ズレているところが実に紛らわしい。輸入物を買うときはメーカーの国に注意したほうが良さそうだ。結局、スイスメーカーの43サイズで良さ気なスニーカーを見つけたので、今回の探索は成果まずまず。いつか海外でも出掛けた折にまとめて買ってしまいたいものだ。

[1769] Jul 02, 2014

すでに管理職となった元プログラマの大先輩から、C++という言語すらなかった時代の開発風景を詳しく聞く機会を得た。C言語、さらに遡ってFORTRAN。すべてのアプリケーションコードはワンオフで書かれていた。再利用という考え方はなかった。それでも、そのタイトルに特化されたローレベルな設計には、それはそれでバグは少なく高速に動作していた、と先輩は言う。▼破滅が訪れたのは、C++の導入期であった。それまで無秩序という安定に仰臥していた開発陣は、秩序、構造化の壁にぶち当たり、粉々に砕けてしまった。部分的に構造化されて過剰包装となり、誰かがそこに適当な穴を開けて便宜を図り、構造化に組せぬ反骨派が従来のやり方を捩じ込んで……リアルに職場から「逃げ出した」プログラマもいたという。▼それから十数年、先輩も含め、歴戦の生き残りたちが整えてくれた今のコード。でも、まだまだこれからだ。進化させるのは私たちである。

[1768] Jul 01, 2014

「珊瑚礁」のレトルトカレーがたいへん美味しかったので、これはレトルトも侮れないなと認識を新たにした。そのついでに、もうひとつくらい当たりが引きたくて、いかにも旨そうな「鳥肌の立つカレー:キーマカレー」を購入。旨そうというのは、パッケージがとか名前がというのでなく、値段が他の倍くらいするからであって、ブランドに騙されやすい人のようだが、こういう品物、無駄に価格はつかないものだ。▼試食。鳥肌が立つ。なんという辛さ。鳥肌の立つカレーとはこういうことなのか。珊瑚礁のカレーも辛さの指標は「5」だったはず。全くアテにならない数字だ。ともかく、甘いものと水で辛さを宥めつつクーラー全開でスプーンを進めてみると、たしかに旨いは旨い。辛い、辛い、の中に時折、キーマカレーの旨味がにじみ出る。キーマ好きならいちどは食べてみても後悔しないのではないか。総括、冷凍食品と同じく、レトルトカレーも良い速度で進化している。

[1767] Jun 30, 2014

体力に余裕があることをアピールするため、タバコを吸う。経済力に余裕があることをアピールするため、高価な時計や服飾を身に付ける。よくある話だ。それでは、思考力に余裕があることを示す、なんてことがあるだろうかという話になった。▼もしかしたらそれは、時事ネタや国際情勢について語ることなのかもしれない。日々の仕事に追われているばかりではありません。私はより広く社会のことを観察し、世界の行く先を考察するだけの余裕を持ちあわせているのです。▼穿ち過ぎかもしれない。しかし、教養の枠を遠く越えて、ときに自身の職務に関連する領域も越えて、新聞や本で読んだことの復唱をささやき交わすとき、それはやはりタバコや時計に類する習慣ではないかと思えてくる。余裕を見せるのは結構なこと。格好つけるのは一向にかまわない。けれども、身の丈を越えたアピールをしたとき、たちまちそれは嫌味となり、笑いの種となる。そういう性質である。

[1766] Jun 29, 2014

『映画脚本100のダメ出し』は前半がストーリーテリング、後半がライティングに関する教本となっている。脚本フォーマット、ト書きやセリフの削り方など文章作法に焦点を当てた後者については映画ないし脚本特有の作法が多く、一般の応用は効きにくいかもしれないが、だらだらした文章を削り、ストーリーの速度を保つテクニックからは学べるところも多いだろう。それに、英語の映画脚本など書く機会は一生ないなんて、決めつけるのも早計ではないか。▼気に入った条文を列挙してみようとしたが、感想と考察も付記すると四千字を越えるのでここではやらない。最近導入したワンノートか、懐かしのエバーノートにでも書きなぐることにする。たまには長文が読みたいです、という嬉しいメールを受けてブログの再開にも乗り気だが、秋からまた忙殺されて更新が止まると思うと萎縮してしまう。著者のアドバイスを活かすなら、書きたいときに書けばそれでよいのだが。

[1765] Jun 28, 2014

「奇妙なものだ。作曲家はハーモニーや音楽理論を学ぶ。画家は必ず、デザインを知っている。建築家も、基礎の習得が必須である。なのに、文章を書こうとする者は、学ぼうとしない。紙に文字を書きさえすれば、作家になれると考える。」▼ウィリアム・M・エイカーズ『映画脚本100のダメ出し』読了。ただし冒頭の引用は著者ではなく、ツルゲーネフの発言。本は、非常に良い本なので読後感想は二日に分けたい。全く別の本を買うつもりで棚に立ち寄り、タイトルに惹かれて立ち読み。早く帰りたそうな同僚の隣で悩みに悩んだ挙句、衝動買いした。▼覚えやすい見出しと理解を促す印象的な引用。穿ったことを言わない率直で実用的なアドバイス。ユーモアのある文章、読みやすい翻訳。教本としても立派だが、馴染みのないハリウッドの作法、脚本家という仕事の実際が垣間見れるエピソードの数々も面白かった。名著という堅い肩書きの似合わぬ、楽しい読み物である。

[1764] Jun 27, 2014

「演出」を表すクラスや関数にどんな名前をつけるか、いつも頭を抱える。ゲームプログラムではとくに難題だ。Staging、これはステージと紛らわしい。Renderingは描画を意味する用語だし、Effectは当然エフェクトと解釈される。Sceneも同じ理由でダメ。bitは論外だ。Productionでは意味が広すぎる。Renditionはあまりに馴染みがない。theatricsではいかにも大げさだ。何を選んでもすっきりとハマらない。▼この話題、定期的に自分で悩んだり相談されたりするのだが、いまだにきれいな答えが返せない。日本人として日本のチームでプログラムの仕事をする場合、英語が正しければ良いというものではなく、英語が苦手な人でも得心のいく平易な単語を選ぶ気づかいも求められる。こうなるとますます難しい。かんたんな単語は意味が被るからダメ。難しい単語は意味がわからないからダメ。困窮の極み。演出、演出……。ここで募るのも何だが、妙案があれば教えて欲しい。

[1763] Jun 26, 2014

私は格言や金言の類が大好きだ。昔はよく格言集の引用元に興味を持って、身の丈に合わない難読書を読んだ。今でも小説に飽きたときはときどき格言集を見る。▼暗唱や信奉が目的ではない。感心した格言でも、ほとんどはすぐに忘れてしまう。ただ、残りの一割は長く心に留まる。人生について、処世について、創作について――真理というより、実践を見据えた警告とでも言うべき示唆を含んだ言葉たちだ。脳裏に焼き付けておけば自分のためになると、無意識が訴えている簡素な文章だ。▼百本、格言を見て一本でも血肉にできれば御の字ではないか。短い文章なら、千本読んでもたいして疲れはしない。毎日一本ずつより、一気にまとめ読みをお勧めする。今現在、深く関心のある事柄についての傑作を探そう。それでは今日の格言。「"The first draft of anything is shit."――何を書こうが初稿はゴミである。」アーネスト・ヘミングウェイ。初稿はスタートに過ぎない。

[1762] Jun 25, 2014

『コンピュータアーキテクチャ技術入門』読了。「コンピュータのしくみを理解するための本」としては最良クラスだと思う。取り扱う情報がやや古めだった『プロセッサを支える技術』に比べ、こちらは第四世代以降のCPUやDDR4メモリへの言及もあるほど事例も新鮮。この鮮度でプロセッサのみならず、メモリ、ストレージ、周辺機器、さらにはデータセンターやスーパーコンピュータなど複雑なシステムの構成までひと通り学べるのはありがたいの一言だ。▼残念ながら、技術評論社から同著者による著作は、今のところこの二冊しか出ていない。新刊が出れば迷わず買うつもりだ。「プロセッサ」に比べて情報密度はさらに向上しているが、その分、前著では詳しく解説していた用語も基礎的と思われる項目については一切の説明を省いている。要求される基礎知識はそれなり広くて深い印象だ。ウィキペディアを何十頁も通読したような心地よい疲れ、気分の良さである。

[1761] Jun 24, 2014

海外旅行が大好きな先輩の弁。自分は英語の勉強が好きではないが、とにかく旅行が好きなので、旅行(楽しい)→勉強(つらい)→旅行(楽しい)→勉強(つらい)……を途切れなく交互に繰り返すことで、海外旅行に必要な英語力をキープしているという。この勉強をすれば何々が出来るようになる、という夢や目標ベースのモチベーション維持ではなく、「つらい」の後に必ず挿入される具体的な「楽しい」によって、構造的に気分水位を保っているところが面白い。▼成功体験に引きずられた勉強も、努力と成功のサイクルが都合よく回転しているうちはいいのだが、どこかが崩れて上手くいかなくなると、いつしか怠惰と失敗のサイクルに嵌ってしまうという恐ろしさがある。努力はするが、その成果とは関係なくひとまず楽しいイベントを起こし、それによって努力の意味を事後的に炙り出そうという先輩のやり方は、自分に甘いのではない、自分にやさしい手法なのである。

[1760] Jun 23, 2014

後輩と電車で話した雑談の延長線。▼私は、読書感想文の大嫌いな子どもだった。読書も大嫌いだったが、それに輪をかけて感想文が嫌いだった。だから、坊主憎けりゃなんとやら、原稿用紙も大嫌いだった。そこに埋められるべき文字が嫌いだった。漢字も言葉も興味がなかった。そういう諸々が、めぐりめぐって一巡し、さらに読書嫌いを助長していたように思う。小学校の夏休み、宿題に出された読書感想文では、休み中に暗記できたところまで円周率を書きなぐって規定枚数を埋めた。忘れられない思い出の一頁だ。▼後輩も読書感想文が吐くほど嫌いだったらしい。それが今ではふたりとも好きで本を読む。私は感想文どころか好んでレビューを何本も書いている。他人から強制されない読書とは、表現とは、実に素晴らしいものだ。そう実感できるのも、押し付けられた読書の体験があればこそだろう。学校の言う「読書」が嫌いだった人こそ、読書好きになる可能性がある。

[1759] Jun 22, 2014

眼鏡は決まった。前述のローデンストック、R184の53サイズ、色はブラウン。地味目だが側面の控えめなロゴマークも嫌いじゃない。掛け心地の良さは文句なしだ。また十年以上使えるよう、大事にかけよう。▼当日の測定で、乱視が入っていると言われた。ものすごく強いというほどではないが……という言い回しに、そこそこの乱視は進んでいるというニュアンスを感じる。眼球の形状はそうそう変わるものでもあるまいし、ここでひとつ乱視も矯正できるオーダーメイドレンズにした方が、という商売文句はこのさい頭から信じることにして、予算を超えつつ乱視用にする。▼視力測定のときにかけた眼鏡の視界があまりにもクリアで、今の眼鏡はもうボケボケに感じる。遠くの文字なんて、見えないのが当たり前だと思っていた。矯正後で0.2だそうだ。見えない生活に慣れてしまうと、矯正限界視力そのものが低下してしまうらしい。0.7までもどして様子見しよう。

[1758] Jun 21, 2014

燻製専門店へ行く。いろいろツッコミどころはあるが、主に二点、勉強した。▼鶏肉の燻製、串の燻製はたしかに旨かった。しかし、店の売りはどちらかというとその他の変わり種で、豆腐、サラダ、柿の種、牛タン、シュウマイ、すべてに「燻製の」と接頭辞がついている。そうして、悲しいことにこれらが良ろしくない。ふつうに各々食べるのと比べたら、ただ口の中が煙たいだけだ。王道は良、邪道は悪。教訓その一、応用力がないのなら王道に徹するべし。▼さらに、ありとあらゆるメニューが「燻製の」であるために、次々煙たい品が現れて燻製味から開放される暇が全くない。燻製に自信があるのはよくわかるが、その自慢の燻製を味わうためにも、たまには燻製でない品を口に入れないと舌がつかれてしまう。まるで休符のない音楽みたいだ。教訓その二、伝えたいことは小出しにするべし。飽きられては元も子もない。尚、良い話題ではないので店の具体名は伏せておく。

[1757] Jun 20, 2014

地道な布教活動が実を結んで、ようやく同僚のひとりがCiv5を始めた。昼飯どきも質問に答える形でアドバイスしつつ共通の話題に花が咲く。ボードゲーマーなので飲み込みも早いし、既存の戦略などよく調べて基礎パターンを固めるタイプなので、ノーリロードで皇帝はすぐにクリアできそうだ。▼そんなふうに喜んでいたら、なんともうひとりの同僚もCiv5を買ってしまった。この時期、なぜ急にバタバタと布教に成功したか。飯の話題についていきたくてという可能性もあるが、消極的には、新世代の据え置き機に魅力的なタイトルが出ていないから、とも言える。ハードを買ったはいいが、遊ぶゲームがない、ならばいつも楽しそうに話しているCiv5とやらをやってみようかな……。▼なんにせよ私にはありがたいことだ。偉そうに助言するのはいいが、腕が落ちていたら怖いなと思い、久々にシングルもやってみた。創造主、かろうじてスペイン宇宙勝利。一応、大丈夫そうだ。

[1756] Jun 19, 2014

3Dゲームの黎明期、主人公級のキャラクターはたいてい兜や帽子をかぶっていた。主人公は戦士ないし冒険者だ。プレイしている人が、それらの”被り物”を不審に思うことはあるまい。新たな表現を追求するゲームの開発は、常にこうした「凌ぎのアイデア」に助けられてきた。技術と仕様の二人三脚だ。彼らが一様に頭部を隠していたのは、デザインの要求ではない。初期のグラフィックエンジンでは、まだ髪の表現が上手く出来なかったからである。▼技術や予算の足りないところを工夫で乗り切るのは一般的な戦略だが、設定変更で乗り切るという、根本的な”ちゃぶ台返し”に目がつきやすいのは、熟練ゲーム開発者の強みではないかと思う。そういうことに長けていなければ、オリジナリティ溢れるゲームの企画者はつとまらない。鳴かぬなら、鳴かなくてもいいんじゃないか、ホトトギス。「出来ない我々」をいち早く認めて迅速に代案を提出するのもまた開発力である。

[1755] Jun 18, 2014

今日、ひょんなことからピタリな眼鏡を見つけた。なんだかすごく素敵な眼鏡があるなと覗いた一角。まだ聞いたことのないメーカーのコーナーで、ブランド名を調べているときにも行き当たらなかった名前だが、デザインは保守的で私の好みに合い、装着時の軽さもフィット感も素晴らしい――やや値は張るが、この出来栄えなら欲しいと思って、近くに居た年配の店員さんに訊いてみた。どういうメーカーなんですか。▼要するに、私が無知であっただけで、かなり有名な老舗らしい。その名をローデンストック。「イマドキではないし、流行を追うタイプではないが、長年の愛用者は多い機能性重視のブランド」なのだそうだ。最近の、こってりとした「いかにも眼鏡」な若者向けがどうも肌に合わないと思っていた矢先、オーソドックスで素朴な味わいの良品が見つかったのは嬉しい。単に私のセンスが「おじさんくさい」だけかもしれないが。ここはひとつ自分を信じてみよう。

[1754] Jun 17, 2014

会社のエアコンが新しくなった。それと同時に、部屋の中の二酸化炭素濃度をモニターする小さな機械もついてきた。危険度を示すランプが灯っている。緑だ。「黄色になったら警戒です。赤になることはめったにありませんので。」二週間が経過した。ここ数日、赤いランプしか見ていない。▼数値は1700ppm付近を指す。労働環境基準は3000ppm程度なので危険水準以下ではあるが、調べてみると1000で既に「健康被害は無いが不快感を感ずる人が出るレベル」とあり、2000では「眠くなる人が多くなるなど体調変化が出てくるレベル」とある。道理で毎日眠いわけだ。▼こうして、私たちの職場がデスクワーク環境としてはよろしくないことが数字で判明して以来、プラシーボ効果で余計に頭痛がする。こんなことならモニタリング機械などなかったほうがよかったかもしれない。現在のところ社は沈黙。赤いランプが付いたからとて、なにか対策を講じてくれるわけではないようだ。

[1753] Jun 16, 2014

大きな買い物をするたびにブランド名を覚えていく時期、今回はメガネ。次の収入で、次の収入で、と問題の先送りをつづけた結果、度が合わないメガネをかけつづけること二年以上である。傷も無視できないほど多くなってきた。さすがに買い替えだ。現行機とは十年以上の長い付き合いだった。▼十年のあいだにメガネもずいぶんオシャレになった。明らかに市場は機能性重視からデザイン重視に軸足を移しきっている。レンズ込みで四桁金額という驚愕の激安メガネも浸透した。ここからはブランドと大量生産の殴り合いだ。ベタ足インファイト。消費者が得をするならなんでもかまわない。▼黒縁が似合うとは言われたが、顔がきつく見えるし何よりフレームが強く視界に収まるのが苦手で、恐らくは銀縁か茶系を選ぶ。レンズの厚さも最大級ゆえ、細い金属フレームは難しいだろう。文字通り「お眼鏡に適う」ブランドを探し当てるため、しばらく放課後の店舗めぐりがつづく。

[1752] Jun 15, 2014

アレンジをつくるにも、いろいろな「ハマリ」がある。いちばんよくあるのが「和音」ハマリで、これは正しい和音が分からない状態。トライする組み合わせが少ないので比較的すぐに解決する。「強弱」「つなぎ」のハマリはときどき厄介。「調性」や「展開」のハマリはしばしば小節の全消しを伴う恐怖のハマリだ。しかし、私にとって最大のハマリはやはり「テンポ」を置いて他にない。▼テンポ、リタルダンド、揺らし、等々。無限に時間を食う上、改訂版が前より良くなることはまずない。理由は明白。正解がわからないからだ。正解がわからないのでは試行回数が意味をなさない。とくに揺らし方は、これはもう演奏のセンスであって、私には全く期待できないものである。ブルートフォースが基本戦略の人間に、理屈とセンスは求められない。▼さて、今、まさにテンポハマリ。ぐねぐねしたテンポトラックを見るのは苦痛以外の何者でもないが、しばらくはお付き合いだ。

[1751] Jun 14, 2014

わけあって30曲ほど初見(初聴?)の曲をレビューしていた。読書レビューほどたいそうなものではないが、ひとつひとつ大雑把な評価とコメントをつけていく。ローカルなものであって、どこかに公開したとかではない。▼最先端ではないが、現行のトレンドを盛り込んでいるはずの新曲たち。しかし、はっきりいってどれも「古い」印象を受けた。正確に言えば、出来と不出来の差が激しく、不出来なものほど先行する優れたアーティストの良くない模倣に終始している。どこかで聞いたことがあるどころではない。オマージュという言葉を盾に、臆面もなくパクりすぎではないか。まして曲としての完成度が高いならともかく、使いドコロも使い方も間違えて、せっかくの遺産をメチャクチャにしているとは……。▼マガジンのアマチュア投稿作品や、動画サイトの新作を見ている方が楽しめるのは確かだった。学べるところだけしっかり持ち帰って、後のことは綺麗に忘れよう。

[1750] Jun 13, 2014

『プロセッサを支える技術』にひきつづいて同著者の『コンピュータアーキテクチャ技術入門』を読んでいる。メイントピックは同じで、四年後の新刊。扱うテーマがストレージやデータセンターなどクラウドを意識した領域や、前著より詳しいGPUの解説など、時代に則して広がりを見せている。▼まだ途中だが、「プロセッサ」とは何かを解説するための<流れ>を重視していた前著に対して、こちらは各用語や概念の<詳細>を重視している印象だ。プロセッサユニットの内部構造、アダーの動作解説、キャッシュコヒーレンシのプロトコル、高速化技術からマルチプロセス化技術まで、前著で説明不足だった箇所を補っている。痒いところにちょうど手が届いたようで、非常に嬉しい。▼同シリーズの他の本が全てこの本、この著者と同じクオリティを提供しているなら、関連の薄い分野の本でもひと通り読んでおきたいくらいである。技術評論社、このたびたいへん見直した。

[1749] Jun 12, 2014

E3で発表されるゲームをちらほら見ている。まとまった時間は確保していないが、そのうちまとめ記事にも目を通すつもりだ。相変わらず既存作のナンバリングが多い中、任天堂は新作ないしスピンオフにかなり力を入れていて、少なくとも公表の段階では目論見は成功しているように見えた。端的に言って、どれも面白そう、である。あとは「本当に面白いかどうか」「売れるかどうか」の試練をくぐり抜けるかどうか。▼面白そうにすること、わかりやすいこと、気軽に遊べそうなこと、ちゃんと進化すること。今にして思えばここ数年のソーシャルブームは、コンシューマー開発者の足元に火を放つという意味でも業界に良い貢献をしてくれたと思っている。逆輸入できた発想や技術も多かった。見知ったライバルと練習試合をしているよりも、未知の強敵と力を合わせて戦うほうが、得るものは大きいということだ。復活の狼煙をあげよう。どうか宣伝詐欺でありませんように。

[1748] Jun 11, 2014

Hisa Ando著『プロセッサを支える技術 −果てしなくスピードを追求する世界』読了。ソフトカバー実用書系にして、この情報密度。このわかりやすさ。素晴らしい。▼アセンブラ、高級言語、オブジェクト指向、ミドルウェア……機械語から離れに離れて、プログラマとプロセッサの仲は絶望的なまでに疎遠となってしまった。あまつさえ、CPUの内部構造なんか、興味のある方がマニアックで気持ち悪いと言わんばかりの風潮だ。「プログラムなんて動けばいいんだよ」そんな言葉に言いようのない反感を覚えたら、悪いことは言わない、ぜひ読んでみよう。▼後輩には確実に読ませたい一冊。ただ、とにかく情報の密度が高いので、ある程度の基礎知識は必要だし、ひとつひとつの項目をきちんと理解するには時間がかかる。しかし、この本が優れているのは、それでいて難解ではないところだ。解説のツボを見事に押さえている。図表の配置だけが残念だが、許容範囲であろう。

[1747] Jun 10, 2014

非常によく仕事のできる若手の後輩に、グラフィックスのことで相談があると承って調査に乗り出した。全画面に特定のステンシル値を埋め込んだ後、特定の画面領域にのみ新たなステンシル値を上書きしようとすると、すべてのピクセルが後者の値で塗りつぶされてしまうという症状だ。▼ドローコールの周辺を見て、数分で解決すると思った。ところがどう見ても全画面に上書きされる筋合いがない。値を変えて、関数を変えて、テスト、テスト。意図通りにならない。なぜだ。二枚目は画面中央にしか描画していない。こんな症状は見たことがない……。首を傾げること数十分。ふと、手癖でサーフェスの描画情報を確認するウインドウの端を摘んだ。動く。画面が拡大していく。やがて現れたのは、一枚目で埋め込んだ「正しい」ステンシル値の色を示す、画面の周辺領域。▼二人とも二度と同じミスはするまい。前提は疑うべし。常識は捨てるべし。笑いごとで済んでよかった。

[1746] Jun 09, 2014

いまだに「ザ・インタビューズ」から定期的なメールが来る。数年前に、ほんのひととき流行ったきり、私のまわりではパタリと利用者を見なくなったサービスだ。▼開始当初はユニークで、人心のツボをついた面白いサービスだと思った。事実、僅かの間とはいえ私も利用していた。しかし、ある出来事をきっかけに、突如として興味を失った。同じ理由でやめた人も多いのではないかと思う。つまり、ユーザーからの素朴なインタビューに紛れて、運営からのあたりさわりない「質問」が届くようになったのだ。▼利用者の少ない頃、ユーザー同士のやりとりだけでは質問と回答のサイクルが足りなかったのかもしれないが、とはいえ、これをやられては興ざめも甚だしい。「好きな食べ物は?」「最近見た映画は?」回答する方が虚しくなるというものだ。冒頭のメールも、やはり運営からの質問であった。「身近な人でザ・インタビューズを使ってもらいたい人は?」答、いない。

[1745] Jun 08, 2014

オリジナルストーリーを映画化すべく脚本を書いてプロダクションなり監督なりに送るとき、その脚本につける表紙の書き方について、面白い話を読んだ。とくに頷かされた二項目を紹介する。ただし、ハリウッドの話であって、日本映画界の話ではない。▼一、日付を記入してはならない。早速、眉が寄る。ふつう、作品には制作日時を記すものではないのか。しかし理由を聞けば納得できる。映画の脚本はとにかく鮮度が命。いちど送った脚本はいつどこで誰に発掘されるかわからない。もし、数年後にたまたま某監督の手に渡ったとき、五年前の日付が記入されていたら、間違いなく採用されないだろう、というのである。▼二、共著者を"and"で繋がない。映画脚本においてWritten by A and B.という表記は、Aが失踪したかクビになったか、ともかく途中で制作をやめて、Bがその引き継ぎをしたという意味になるそうだ。「&」で並べるのが正しいという。全く知らなかった。

[1744] Jun 07, 2014

「お食事、ラストオーダーの時間になりました。」とある和食屋さんで、お決まりの追い出し文句を聞かされたので、腹もまだ七分か八分であったし、それでは茶漬けとつくねをくださいと追加注文を出した。果たして数分後、ふたたびにこやかに近づいてきた店員さんが、笑顔に陰を作りつつ言うには、「申し訳ありません、私どもの手違いでラストオーダーをいただく時間が遅くなってしまいまして、板前さんがもう帰ってしまったので、お料理お出しできないんですよ。」▼その頃は腹もかなりこなれてきて、追加を悔いていたところでもあったので、わたりに船と快く申し開きを聞いていたのだが、それにしてもラストオーダーを拾うやいなや、板前さんが帰ってしまうものなのかと、そこには少し驚いた。板前さんの給与形態は知らないが、ここで大量にオーダーが入ったら、サービス残業をする羽目になるのだろうか、などと笑いあう。ささやかながらあまりない体験である。

[1743] Jun 06, 2014

朝ごはんはぜひとも食べるべきだ、と私は思っている。脳に栄養が、とかそういう即日的な話ではない。もう少し長い目で見た、物理的な理由と精神的な理由である。▼朝ごはんを食べない理由をばっさり次の二つとする。一、朝ごはんを食べられるほどお腹が空いていない。二、朝ごはんを食べている時間がない。▼もし一なら、そういう腹具合になる食生活ないし生活習慣を見直すべきだ。私も朝の食欲が湧かない時は稀にあるが、たいていは生活がバッド・サイクルに落ち込んだ時期にそうなる。ここで「食べない方」に振れると、朝の食欲不足が連鎖して慢性化してしまう。少量でも、食べた方がいい。▼二、時間がないから朝ごはんは食べないのだという主張は、寝坊助という自分の自堕落を正当化する心の傾向である。削れるものは削ればいい、朝ごはんなど食べなくても死にはしない――こうして、常にバッファというバッファを削り尽くす「余裕のない人」になっていく。

[1742] Jun 05, 2014

「”ステキ”がギュッとつまった、長く使えるコンパクト。」▼約三年半、使いつづけたスマートフォン「IS03」も、ブラウザは三割の確率でフリーズする、電話が鳴ってもタッチ反応が凍っていて取れないことがあるなど、あちこちにガタが来ていたので、いよいよ携帯を変えた。「AQUOS PHONE SERIE mini SHL24」。直前までアルバーノのつもりでいたのだが、軽さといい小ささといい画面の綺麗さといい、このアクオスフォンがあまりにも要求にジャストフィットしたので、急場で心変わりしてしまった。ポケットへの収まり具合が素晴らしい。▼春モデルなので、夏モデルの予約を開始している現在にあっては、一応これも型落ちということになる。新作ほどの値段もしない。それでいて、新作にすらこれほど琴線に触れる機体はないので、最高に良い買い物をしたと言えそうだ。LTEもあることだし、あとはイーモバイルを捨てられれば完璧である。よろしく、スマホ二号機。

[1741] Jun 04, 2014

アルフレッド・ベスター『虎よ! 虎よ!』を読了。昨日、途中でやめるつもりが午前四時近くまでかけて最後まで読みきってしまったので、今日は仕事がつらかった。三百頁を過ぎてから途中でやめるのは不可能だ。▼今、SFを一冊だけ貸してくれと言われたら、やはりそれでも『ユービック』を貸すだろうが、二冊目があるならこれを渡したい。復讐の炎に焼かれる主人公の心のまま、結末まで引きずりまわされる、じつに暴力的な作品である。いいぞ。もっとやれ。ここまできたら徹底的にやってしまえ――怖いもの見たさの野次馬根性もくすぐられるようだ。それだけに、唯一不満があるとすれば、それまでの単純明快な流れを突然打ち切り、文章的にも状況的にも錯綜した終幕付近だろうか。あそこで置いてけぼりを食らう読者は多いと思う。▼技巧的にはテンポの良さが特筆。特にシーンの切りかえが上手い。映画化を待つまでもなく、映画を見ているような読み口だった。

[1740] Jun 03, 2014

毎年恒例、もはや説明なし。去年はハープスターとロサギガンティアを抱えて大勝利の様相、さて今回は。短評つきで母名を羅列。指名順。▼ラヴズオンリーミー。ラングレーの全弟。引き続き期待の出来る血統には違いない。バイコースタル。まさか二巡目まで無傷でいてくれるとは。コートアウト。今年の成績を見てからのハーツ*名繁殖とはいかにもミーハーだが、ここは王道で。上位に牝馬も欲しかった。スペリオルパール。こちらは牡馬のハーツ。須貝厩舎。アジアンミーティア。上位にリストしていたが、なかなか指名が入らないので牝馬枠を削ってここで指名。ミスティックリバー。キングカメハメハは母父サンデーの構え。ワシントンシティ。牝馬の二番手。ファビラスターン。想像以上に早くハービンジャーが上位で消えた。ここでなんとか一頭だけ確保。スターリーロマンス。ここも母父サンデー。最後はクルソラ。牝馬を増やし、ディープインパクトで締めてみた。

[1739] Jun 02, 2014

「虎よ! 虎よ! ぬばたまの夜の森に燦爛と燃え、そもいかなる不死の手、はたは眼の作りしや、汝がゆゆしき均整を」▼ディックの『ユービック』を読んでからこのかた、これ以上面白いSFにそうそう出会えるものなのかと訝しんでいたが、そんな小心者の心配をよそにSFの世界はまだまだ奥が深いようだ。三割ほど、読み進んできたが、後半へ向けて加速度的に緊張感の増してくる『ユービック』の破壊力に対して、こちらアルフレッド・ベスター『虎よ! 虎よ!』は、起承転結の起き抜けからして紙面が緊迫に満ちている。プロローグからトップギアだ。たぶんもうスピードが落ちることはないだろう。このまま<驚愕の結末>まで強引に手を引いてくれることを祈る。▼小説以外では、目下、映画のカメラ演出に関する優秀な基礎教材を探している。コンピューター・アーキテクチャは技術評論社の二冊で十分。音楽と建築からはやや身を引いている。今は時期ではない。

[1738] Jun 01, 2014

先輩からの「退職のご挨拶」の末尾に、メールアドレスではなくLINEのIDが記されていた。LINEは持っていないんですと別途告げると、残念そうにしていた。とある飲み会の後もメールアドレスを交換する会はなく、代わりにLINEのIDを、持つ者たちだけで交換していた。今日もまた、しばらく連絡を取っていなかった友人から声をかけられる。「LINEやってないか?」▼ライン、ライン。ポケベルからメールを経て、ラインがなければ連絡する手立てなどないと言わんばかりの全盛期。もしかすると、若い世代を相手にしたら、メールアドレスを教えるなど、私たち世代の感覚で言えば、手紙のために住所を教える行為に等しいのかもしれない。なんでそんな面倒なこと。なんでそんな危ないこと。この流れに反抗したら、いよいよ頭の「親父化」が進んでしまう気がして、気に入らなくてもIDくらいは手に入れるべきかどうか、現在進行形で頭を悩ませている。

[1737] May 31, 2014

レイ・ブラッドベリ『華氏451度』読了。サイエンス・フィクションというより純粋な心理小説に近い気がする。ここには何の目新しいテクノロジーもない。度肝を抜くような社会制度もない。どれくらいの未来なのかもわからない。ただ、本は焼かれていく。人の心を惑わす悪魔として。存在してはならない物として。「華氏451度――本のページに火がつき、燃え上がる温度……。」▼想像以上にテンポが良くて面白かった。本文は二重丸だ。しかし、その内容にちなんで、若者が本を読まない現代にあっては、人の心に対しても読解力のない人間が量産されているという解説者の言い分には同意できない。書籍など太古の昔から存在していたわけではなかった。私たちの子孫は、互いに心を理解できない野蛮な生物だったとでも言うのだろうか。本の素晴らしさは本好きなら誰でも同意するところだが、読まない人間に心の綾を認めたがらないのは行き過ぎた悪癖であると思う。

[1736] May 30, 2014

茶しゃぶの店で美味しくほうじ茶をいただきつつ「澪」を追加で頼んだら、店員のお姉さんが「今、山口県のお酒で非常に希少な――」と切り出した。「獺祭というお酒が入ってまして、よろしければ」「もちろんください。」どこへ行っても品切れで、なかなか巡りあえなかった獺祭に、ひょんなところで出くわした。▼磨き三割九分、1100円。磨き二割三分、2300円。磨き二割三分の遠心分離が3400円。価格付けは正直ふつうより高いなと思ったが、店では滅多に出会えるものでもない。財布と相談しつつ、給料後ということもあり二割三分をいただいた。▼蔵元では最近「二割三分」を越える究極の酒として「磨き その先へ」という最高級品を展開している。精米歩合は非公開。価格は公式サイトで32400円。もはや道楽で呑めるレベルではないが、いかにも職人気質な商品紹介からは自信のほどがうかがえるようだ。いつか口にする機会があれば面白いのだが。

[1735] May 29, 2014

駅を降りると暗闇が明滅していて、スーパーマーケットの建物がカメラのフラッシュでも浴びているように見えた。バスターミナルを照らす、命の消えかけた街頭がひとつ、ちかちかと高速で光の波を放っているのだ。いつもはさして存在感のない灯りが、このときばかりはと声高に、見慣れた世界の様子を変えていた。静寂の中にカタカタ鳴る細かな振動音が耳から離れてくれないように、この特殊な光も建物の白壁から木立の表面へ、やがて空へと伝染して、じわじわと瞳に馴染んでいく。▼高速かつ一定周期の光の明滅という現象は、機械以前の自然界には存在しなかっただろう。この光景に対する警戒心と恍惚の中間めいた感情は、いかにも太古の記憶に根ざしているようなふりをしながら、じつは経験に根ざした思い出のフラッシュバックと、めずらしい光学情報に対する生理的な反射にすぎないのだ。背中に残してきた瀕死の電灯を思いながら歩道を行く。空は紫一色である。

[1734] May 28, 2014

Getting Things Done.「GTD」と略されるナレッジワーカーの仕事術。デビッド・アレンが提唱するライフハックの一である。▼GTDの詳細についてはここでは触れないので興味のある人は各自調べて欲しい。どちらかというと、整理整頓が苦手な「非几帳面」の人々に向いているとだけ主張しておこう。ここで紹介したいのは、タスク管理ツールをことごとく試しては諦めてきた私が、会社のPCへ定住させて以来ついに年の月日をともに過ごした見事なフリーソフト「GeeTeeDee」である。▼その名の通り、GeeTeeDeeはGTD手法を元につくられているが、そういう由来を抜きにしても、この軽量さ、このシンプルさ、この使いやすさ。ポストイットのような感覚で使えるインターフェース設計は絶賛に値する。会社のデスクが付箋だらけになってしまうPCワーカーは、ぜひ試してみて欲しい。あまりの簡素さに入れた直後は戸惑うかもしれないが、そのうち常駐になるだろう。

[1733] May 27, 2014

よく遅刻をするとか、時間を守らないとか、飲み会で泥酔するとか、上司が部下の信頼を失うシーンはさまざまある。同じく、他人の失敗にやたら厳しいとか、仕事の出来映えと無関係に部下を贔屓するとか、面倒な仕事はのらりくらりとやりたがらないとか、上司が部下に嫌われるシーンもいろいろある。が、これらの要因を越えて「信頼もされず嫌われる」上司の典型があるとしたら、それは緊急時にパニくる上司だろう。▼「大詰めに弱い人間は信用できぬ」と兵藤会長が利根川を切り捨てた言葉は重い。管理は出来ても勝負の出来ぬ男。ピンチは凌げずチャンスは逃す。とても人の上に立つ器ではない――矢継ぎ早な責め句も痛烈な正論だ。この度も傍で見ていて切に思う。上司にはうろたえて欲しくない。絶望的でも余裕に見せて欲しい。「中間管理職と真のリーダーシップの微妙な半歩の違いは、プレッシャーの下で優雅さを保てるかどうかだろう。」ジョン・F・ケネディ。

[1732] May 26, 2014

常に帰宅一番の耳が欲しい。▼ここ最近、iPodを充電出来ずに製作中の曲を外へ持ち運べず、朝起きてから初めてつくりかけを聴くのは帰宅後の夜、という日がつづいていた。そうして、今までも薄々感じていたことではあるが、このとき初めに聴く耳が、いちばんよく利いた正しい耳であることがわかってきた。チャンスはジャスト1回。2回目以降はもうさほど変わらない。▼帰宅して聴く。いやなところが耳につく。結果論で言えば、その耳についたところが現在の瑕疵に等しい。否、瑕疵を余すところなく拾えているわけではないが、少なくとも前日の夜に救いそこねた修正点は炙りだされる。昨日には最適と思われていた音だったり強弱だったりも、しばしば勘違いであったことが発覚する。▼とすれば着想を得るために「製作中」を持ち歩くというのは逆効果なのではないだろうか。優れた人々がこの耳を長く多く持つ人なら、せめて私はこの1回を有効に活用すべきだろう。

[1731] May 25, 2014

優駿牝馬。私の指名馬ハープスターは、1.3倍の人気を背負って負けてしまった。敗因は諸説あるが、強いて言えば距離かと思う。残念には違いないが、周りが囃し立てるほど「勝利確実」と思っていたわけでもないので、落胆はそこまで大きくない。▼松田調教師も「あれで負けたなら仕方ないです。いちばんいい競馬をしてくれました。」とコメントしている。これを契機に凱旋門賞への挑戦も本当に無謀でないかどうか、陣営が考えなおして彼女に負担のかからない、不本意な結果にならない道を改めて敷ければそれに越したことはないだろう。▼さて掲示板には、一世一代の馬券が外れて怒鳴る人もいるが、それと同じくらい、最強への幻想が崩れたことを嘆いているファンも多い。この子は誰にも負けないんだと自分の見定めた存在に土がついてしまう悲しさはたしかにある。それでも二着。これしきのことで最強争いから脱落させるのは原理主義が過ぎるというものだろう。

[1730] May 24, 2014

IndexとIDについての話。▼Indexは"Idx"と略されることもあり、字面も似ているせいでことプログラム中ではよくIDと混同される。もちろん両者は似て非なる概念であり、意識して区別しなければならない。その性質の違いをまとまるとこうなる。Indexは0から(または1から)順に数え上げられる索引のための数字列。IDは連続しているとは限らない固有の数値。▼つまり、for( int id=0; id<0; ++id ) というコードはすでに何かが妙なのだ。IDは増えたり減ったりする数字ではなく、参照されるデータに割り当てられた「識別子」である。Indexという索引をもってIDにアクセスするべきなのだ。つまり、繰り返し文の中でアクセスされるのは、順当に言えば、DataID[Index]であって、DataIndex[ID]ではない。仮に後者で書いてあれば、それは順序の変動するデータが格納された配列の要素全てを取得するコードには見えないのだ。このあたりの気遣いも忘れないようにしたい。

[1729] May 23, 2014

根気強い布教の甲斐もあり、同僚がまたひとりCiv5の世界に取り込まれた。休日にやるつもりだと豪語していたインファマスも手につくまい。チュートリアルレベルを終えて操作方法と流れを掴んだ彼は、いよいよ最初の関門「国王」へ行く。国王・皇帝の安定期に辿り着いてから、創造主に打ち勝つまでも道のりは長く険しい。▼昼飯時に尋ねられたら適宜アドバイスなどしつつ、感想もいろいろ聞く。Civ5プレイに求められるのは頭の回転ではなくて「段取り力」だよね、という言い分は的を射ていると思う。ターンタイマーのあるマルチプレイでは素早い交渉力と機転も大いに求められるが、シングルプレイは無限に時間のある将棋のようなものなので、どこまで先のことを考えて計画通りに事を進められるかが勝敗を分ける。とすれば、自他ともに認める計画力のない私にあっては著しく不向きなゲームということになるのだが――そこはそれ、どういうわけか相性はいいらしい。

[1728] May 22, 2014

フョードル・パーヴロヴィチ・カラマーゾフは強欲な地主でカラマーゾフ家の父。その長男ドミートリイは女性をめぐり父と争う直情型の人物。次男のイワンは理を重んじ世界の不合理を嘆く知的な青年。三男のアリョーシャは、云々……。ひたすらに人物の境遇や性格を紹介していく。これが上巻。▼その後、彼らのあいだに横たわる様々な関係――良き関係も良からぬ関係も――が次々と明らかになり、やがてひとつの事件を契機に彼らを取り巻く世界の全てに変化が訪れる。誰がどうなるとはネタバレになるので詳しくは書けないが、これが中巻。▼そうして真実は明かされ、上巻で見た人物の全員は、皆、この壮大な物語の歯車であったことを読者は思い知らされる……これが下巻。上中下は新潮文庫の分け方に過ぎないが、これが見事に「提示部」「展開部」「再現部」に対応しているということで、ソナタ形式の説明には良い題材なんじゃないかと、そんな馬鹿話をしていた。

[1727] May 21, 2014

久しぶりに寝過ごして数駅先まで進んだら、電車の窓の外からとてつもない異臭が漂ってきた。この臭いは嗅ぎ覚えがある。以前も同じように寝過ごして、現在地の近くの駅で降りたとき、遠くで薬品事故でもあったのではないかと疑いハンカチで口元を押さえるほどの臭気に出くわしたのだ。まさに、その悪臭である。▼嘘か真か、人が新たな空間に進入したとき最初にそこへ飛び込む器官は鼻であり、故に臭気こそ危険を察知するための最大の信号なのだと言う。まして出処のわからない刺激臭など恐怖以外の何者でもない。寝過ごしつつも当該駅で降りるのはやめて、さらに二駅先の終点で折り返した。帰りは窓の閉まった車両を選んで乗った。▼さて、答え合わせは偶然出来た。知らなかったのだが、あの近くには養豚場があるらしく、しばしば風向き次第で臭気が路線の方に突風となって襲い掛かってくるのだそうだ。わかってしまえばなんだというあっけなさ。しかし驚いた。

[1726] May 20, 2014

部内の情報共有戦略が、シニアリーダーたちのあいだで明らかに相反している現状がたいへん気になっている。▼とくに大きなプロジェクトを率いる二名の同格リーダーは、かたや全の有益な情報はドキュメントにまとめて公開すべきだという知識の「形ある蓄積」を推進し、かたや文書をまとめると口頭で情報を伝える努力をしなくなるし、どうせ書き殴られたアーカイブなど誰も見るわけがないので、大切なことは対面で話して伝えるべきだという「口頭による伝承」を啓蒙している。どちらも真実の側面を照らしているだけに、いずれを踏襲しても怒られる下の立場はつらい。▼私は、どちらに与するとも言いたくないが、対面で話して伝えるのが好きで、文書を書くなら徹底的にわかりやすく、構造化されたものを残すというスタンスを保っている。高コストなのは百も承知だが、伝達手段の多様を憂えて「何も伝えない」というシニシズムに陥るくらいなら、苦労も上等である。

[1725] May 19, 2014

絵が上手くなる人の特徴――とにかく描く。暇さえあれば描いている。ときには出来映えも気にせず、ただ描くのが好きだから描いている。必要があれば他人の意見にも素直に耳を貸す。不要な煽りは笑顔で迎えて、脳には通さない。▼上手くならない人の特徴――自分で描くことよりも、人の絵を分析と称してダメ出しするのが好き。より隙のない指摘を浴びせるため、次々と知識を蓄えていく。より良い絵を描くためにはどうすべきか、いつも真剣に考えている。少なくとも、真剣に考えていると公言している。▼こうした揶揄的な比較は、すでに「耳が痛い」の反応まで含めて真剣味のない様式美となりつつある。当たり前すぎて言うにも及ばないというわけだ。そうしてまた「描かない理由」が溢れてくる。やがてそれは他人への怨嗟になる。あいつには時間があった。運が良かった。環境に恵まれていた。最後に「くだらない」という言葉を吐き出したとき、彼の寿命は尽きる。

[1724] May 18, 2014

某所にPS4のCPU性能改善に関する記事が掲載されていた。簡潔にまとめると、アセンブラ命令を使ってサーフェスのタイリングを最適化すれば、処理速度が10倍〜100倍近くも向上するという報告だ。▼しかし「やはりサンプルコードはあてにならない、アセンブラによる高速化こそ開発者の技術力だ」と考えるのは、この記事の読み方としては間違っている。「サンプルコードは必ずしも処理速度の点で最適なものではない」という解釈に留めるべきだろう。アセンブラで埋め込まれたバグの検出は致命的に難しく、可読性の低い入り組んだコードは次回作に引き継げないエンジンを産む。どんなに時間と予算をかけても最高のパフォーマンスを発揮するゲームを作るのが目的なら、それでもいいかもしれないが、未来のことを考えてコードの保守性を守り、小さなコストで面白いゲームを作りつづける力もまた「技術力」なのだ。常に速さだけが正義、というわけではない。

[1723] May 17, 2014

絶賛した矢先に「パクリ疑惑」で炎上、なんとも言いがたい展開ではあるが、アニメの出来映えを賞賛することと、オマージュとは呼べない構図と台詞回しの「流用」を擁護するかどうかは、全く別の話である。かつて、J・S・ミルは、音符の組み合わせが有限である以上、音楽の楽しみもまたいつか潰えるに違いないと妄想して苦しんだが、アイドル物語の演出オリジナリティが消尽するにはまだ早すぎるだろう。▼それにしても、パクリ疑惑といい同棲疑惑といい、こうも発見力、追及力が向上してくると、だんだん心安らかでなくなってくる。明らかな悪事を暴いているだけのうちはまだいいかもしれないが、正義が難癖になり、いつか誤解が冤罪になっても、責任を取るべき追及者はどこにもいないのだから、集団側の「いびり得」ということにもなりかねない。不毛な世界。ここがこの洋楽の旋律と同じだなどと、音楽まで魔女狩りに遭う時代がいずれ来てしまうのだろうか。

[1722] May 16, 2014

「自分の仕事の具体例を顧みると、批評分としてよく書かれているものは、皆他人への賛辞であって、他人への悪口で文を成したものはない事に、はっきりと気付く。」「批評とは人をほめる特殊の技術だ、と言えそうだ。人をけなすのは批評家の持つ一技術ですらなく、批評精神に全く反する精神的態度である、と言えそうだ。」▼「ある対象を批判するとは、それを正しく評価する事であり、正しく評価するとは、その在るがままの性質を、積極的に肯定する事」「論戦は、批評的表現のほんの一形式に過ぎず、しかも、批評的生産に関しては、ほとんど偶然を頼むほかはないほど困難な形式である。」「批評は、非難でも主張でもないが、また決して学問でも研究でもないだろう。それは、むしろ生活的教養に属するものだ。学問の援用を必要としてはいるが、悪く援用すればたちまち死んでしまう、そのような生きた教養に属するものだ。」久方。小林秀雄の批評感覚を食い直す。

[1721] May 15, 2014

今期の新人プログラマ全員と話す機会を得たので、あくまで飲み会の朗らかな空気の流れの中で、同じ質問をぶつけてみた。「君のプログラマとしてのこだわりは?」▼一人目の答えはC#を普及すること。言語はより高級であるべきだ。関数型万歳のタイプ。なるほど、これはこれで新しい風に違いない。業務のC++地獄に耐えられれば、きっと多角的な視点を持った良いプログラマになるだろう。▼二人目は特になし。プログラマ志望でありながら、特定の言語で実装してきた経験がそこまでないので、こだわりもないまっさらな状態だという。その言葉だけなら不安要素だが、それが強みですと軽々言い切った前向きな彼の伸び代に期待したい。▼三人目は我が部署にようやく二人目となる女性プログラマ。こだわりはユーザーインターフェースの出来映え。UI実装経験のある、貴重なユニバーサルデザイナーだ。去年に比べて全体に元気のいい今年の面々。さて実力やいかに。

[1720] May 14, 2014

ダイエット、ダイエット……。▼年の大小を問わず、会社は肥満に対して警告的・啓蒙的な態度を強めている。私も気を抜いたらすぐに体型が崩れてしまいそうなので、食欲と運動のコントロールは苦手なりにつづけているが、それにしてもあんまり皆がダイエットという単語を口にするので、もうその話はうんざり……と嫌気が差す人もいるらしい。気持ちが先にリバウンドしてしまった形だ。「今日はダイエットの話をします。」飛び出してくるのは目新しさのない地味で耳タコな方法論。またか、と溜息が聞こえる。▼そこへ救世主が現れた。彼女は――客観的に見て全くダイエットの必要などないと思われる標準体型だが――自らの生活改善努力を称して「ウエイトコントロール」と呼んだのである。以来、部署内でダイエットという単語を発する人はいなくなった。別表現が概念のイメージを見事に払拭したのだ。▼減らすだけが能ではない。重要なのは体重の「管理」である。

[1719] May 13, 2014

久々、ニ年ぶりに執筆の誘いが来たので、書きたい話もたくさんあることだし、仕事の都合は見ないふりして二つ返事で受けた。逃げ道を残すのは良くないが、ありうる事態としての事情の急変による不参加は承知していただいた上で、計画の一端に噛ませていただく形になる。水を向けられこそしたが、個人誌を出す体力は今のところない。▼さて、本当なら文章勘を取り戻すべく、翻訳小説や実用書よりは古の小説に読書週間をもどすべきなのだが、あいにく、このごろ技術評論社の”WEB+DB PRESS plus”シリーズが気になっていて、少なくとも三冊を消化せずには物語系にはもどれそうにない。この企画、表紙こそ初心者向けのオーラを纏っているが、拾い読みしただけでもなかなかコアな内容に突っ込んでいて、トピックの知識を整理するにも深めるにも、相当優秀な読み物の匂いがしている。難しすぎず、浅すぎずというところか。その後ゆっくり、鏡花でも再読し始めよう。

[1718] May 12, 2014

とある人のこと。昔からとにかく筆の早いタイプで、クオリティなどなんのその、思いついたらすぐ書いて本にまとめて、ときにはあっけらかんと締め切りを破りつつ、趣味人としては驚異的なペースで自作小説を上梓している人がいる。思い切りの良さとスピードだけはピカイチだ。そんな彼の作品を久々に読んだら、驚いたことに、一年前まではリズムも悪く無駄の多かった文章が、見事良い方向に洗練されて、素朴ながらも軽快で読みやすい文章に変わっていた。恐れ入る。▼とにかく「無駄が綺麗に落ちた」と言うしかない進化の形だ。新しい表現を取り入れようとか、華麗な言葉遣いを駆使してみようとか、そういう「プラスの努力」で得られる文体ではない。それだけに競争敵も少なく、この方向で量産を続ければ近いうちに無二のポジションを獲得できるかもしれない。本人にも、調子に乗らない程度にやんわり伝えたが、まさに継続は力なりを地で行く良き成長譚である。

[1717] May 11, 2014

第10回博麗神社例大祭に参加。直前まで一般参加するつもりもなかったが、今週の頭くらいに売り子の誘いがあったので、そういうことならと手伝いに出た。自分の作品が一切絡まない純粋な売り子はたぶんはじめてだが、休日に外出したくないと言い張る重い腰を動かす口実があればなんでもいい。待ち合わせは早くつきすぎて、近くのベローチェで紅茶を飲みながら眩しい朝日にぼんやりしていた。店内のクラシックが贅沢な朝と勘違いさせてくれる……。▼イベントそのものの感想は省略する。とくべつなことはなかった。待機時間と定型句の繰り返し。挨拶まわりもほどほどに、5月にしては暑すぎるような海辺の光を仰ぎつつ、のんびり過ごした。今日のワンポイントがあるとすれば、帰りに売り子の依頼主と二人で飲みに出かけたとき、見つけた大崎のビール屋だろう。アクセスがいいのに駅と立地でイベント帰りの人目にはつかない穴場である。次からの根城が決まった。

[1716] May 10, 2014

声楽系の用語をまとめよう。▼アリアは叙情的、旋律的な独唱曲。アリエッタは小規模なアリアのこと。カンタータは歌に器楽の伴奏が付いたもの。合唱と管弦楽のための声楽作品という趣きが強い。オラトリオは道具や衣装のない無芝居オペラ。主題を宗教とする点で教会カンタータと類似。コラールは単純な旋律を持つ賛美歌。リートは歌曲。歌曲ないし歌謡曲は芸術歌曲と通俗歌曲に分かれ、このうち通俗歌曲の仏名がシャンソン、伊名がカンツォーネ。日本ではポップスと呼ばれる一群。▼オペラは大衆向けの小規模なものでオペレッタとなり、よりクラシックからポピュラーへ近づくとミュージカルとなる。ドイツ語による大衆演劇には特にジングシュピールの名も。ヴォードヴィルはショービジネスの色が強い米国の形式。後にトーキーの浸透により衰退……。以上、アリエッタについて調べたことのおさらいまとめ。それでは、教会カンタータでも聴いて寝ることにしよう。

[1715] May 09, 2014

「ダメなときは何をやってもダメ。」麻雀が教えてくれる最大の経験は、恐らくこれに尽きる。▼麻雀、ひいてはギャンブルが、人にタフネスを授けてくれるというのは決して嘘ではない。どうあがこうと為す術のない「運の奈落」、打開しようとすればするほど打つ手が全て裏目に出る、吐き気のするような時期。経験者ならイヤでも身にしみているだろう。麻雀打ちは何度もこの奈落に突き落とされる。そうして、やがて知る対処法とは、つまり「歯を食いしばって耐え忍び、ひたすらチャンスを待ちづつける」である。▼どうにもならない時もあるもんさ。この前向きな態度は、頭ではわかっていても、いざ胃液が逆流しそうな逆境で自然と選択するのは難しい。運の女神は気まぐれで、ときに陰湿でさえあるということを、麻雀は思い知らせてくれる。とことん運に見放されたとき、慌てず騒がず、不平も言わず、ただ顔を伏して流れを待つこと。これこそメンタルの強さである。

[1714] May 08, 2014

二周目、三周目というのは、それまで気が付かなかったような細かいところに目が行くものだ。現在、同時並行で二つの鑑賞物に対して、それを実感している。ひとつはラブライブ。もうひとつはベートーヴェンのピアノソナタOp.111。▼後者については第二楽章までフォローし終えてから改めて記事にするとして、ラブライブのアニメも繰り返し観るに耐えうる細部のこだわりが面白い。キャラ視点になったときのカメラの動かし方や、被写界深度・光の表現などポストエフェクトの効果が独特で、同系のアニメではあまり見られない使い方をしている。音楽も素敵だし、背景、風景、小道具への配慮も忘れていない。これならシナリオが王道でも――というよりベタベタだからこそ――嫌味なくディティールを楽しめるというものだ。▼そういうわけで、作り手にこだわりのある作品は、数回以上の視聴をオススメする。じつは私の数年前の信条には反する結論だが、別日にまわそう。

[1713] May 07, 2014

「他山の石、以て玉を攻むべし。」▼連日、プログラムの話になるが、いろいろ言いたくもなる。言いたくなる気持ちを宥めつつ、他山の石、他山の石……とせめて自己の研鑽に役立てるべく唱えている。「だらしない人がプログラムを書くとこうなる」という、まさに見本のような殴り書きコード。毎週のように看過されたバグが見つかり、毎日のように新たなバグの元が見つかる。▼せめて後輩だけは、こうはなりませんようにと想いを込めて、ビルドの合間にコードライティングの基礎をまとめた文書を作っている。これを読めと押し付けるのではなく、説明のときに自分で引いて使うつもりだ。まとめなおしてあやしいところはすぐに調べる。調べて書き出してまとめる。そうこうしているうちに、ぼんやりしていた知識がどんどん形を得ていくのがわかる。創作のことも、誰かに教える機会があればよかったのになと思いつつ――まだまだしばらく、どぶさらいがつづきそうだ。

[1712] May 06, 2014

ある人づてに、仕事をやめてプロの作曲家を目指しているという人の活動ネームを教えられ、投稿した曲を聴いて何か意見が欲しいという話を承った。さて、探し当てて去年度の作品群を聴いてみると、どう世辞を繰り出してもプロを目指すには厳しい出来で、何をコメントしたものかと思っていたが、世代を遡って最近の曲になると、たった一年で見違えるほど成長していて、現状ではまだ遠くとも、この加速度で修行を積めば夢も適うのではと思わされるほどだった。▼気がかりなのは二点。ひとつは、「クラシックを取り入れたポップス」という典型的な型に嵌っていること。数年前、どこかで聴いたバッキングの焼き直し、という感覚がどうも強い。もうひとつは、三分より長くなるとたいてい物語が破綻していること。新しい作品になるほど時間が短く単発モノの習作が増えているのはさらに心配だ。このあたりを素直な感想に添えて、伝えてみようと思う。自分も頑張らねば。

[1711] May 05, 2014

輸入物の”黒船”に憧れて、華麗なる謳い文句と豪奢な見た目に吸い寄せられ、これがいいかもと思いつつも、商品自体のことをより深く、詳細に調べていくと、最後には様々な諦念を抱いて国産に走る。この一連の流れはミーハー心のある人なら誰しも経験があると思う。ブランドという名の高額商品。海外という、それだけで何か特別な付加価値がありそうな響き。▼しかし当然、輸入物であるからには輸入コストと輸入業者のマージンが乗るわけで、そこに税金も加われば品質との乖離は推して図るべし、となる。まだ迷っているので偉そうなことは言えないが、前述のシーリーやシモンズの所謂「高級ベッド」に憧れる、とくにその高額さに安心を覚える人は、海外の通販サイトでその型番にいくらの値がついているか、いちどは実金額を目の当たりにしてみた方がいい。わかりきったことであれ、文字通り桁の違う数字を見せられると愕然とするものだ。eBay活用術の一である。

[1710] May 04, 2014

みなとみらいのIDC大塚家具でベッドマットレスを体感してきた。この頃、とにかく朝起きると肩が痛くなり、整体に行くも改善が見られないので、この硬いベッドもいつかはと思っていたところであるし、買い替えの候補を見繕い。今は財布も空だが、夏の臨時収入で予算はぎりぎり立つだろう。まずは恒例、見て調べて触り尽くして、購入前の知識と経験の補充である。▼シーリー、シモンズ、キングスダウン、レストニックあたりを中心に見たが、フレームを今のもので使いまわしたい都合等で、早々にレストニック以外は候補から脱落した。そのレストニックも、日本ベッドのシルキーポケットに比べるとやや劣る。ウェブ上の情報が極端に少ないのも不安だ。後ろ髪を引かれるのはフレーム込みで50%OFFという破格の展示品だが、いくら安くても必要のないフレームまで買うのは贅沢というもの。97cm幅で厚みもなるべく薄くしたいとなると、日本ベッドが適任らしい。

[1709] May 03, 2014

ひょんなことから『ラブライブ!』を見始めた。そうそう財布も回らないので、原理主義には反するがひとまず2期から。よく知らない身には失礼ながら「アイドルマスターのような何か」という認識でしかなかったが、改めてちゃんと観てみるとこれはけっこう面白い。(もちろん、アイドルマスターがつまらないという意味ではない。)特に、私服のデザインが良く出来ていて、ついつい静止画でいろいろ見てしまった。▼似たような業種に身を置く者として、こういうディティールの出来映えに優れた作品を見ると、こだわりを実現するだけの予算が立つのは羨ましいことだと思ってしまう。人気、収入見込み、高予算、ハイクオリティのフィードフォワードが、綺麗に回り始めればもうウハウハ――とまではこのご時世に言えないだろうが、作り手も受け手も幸せになるのは間違いない。真価問われる続編の時期。アイマスやけいおんに匹敵するキラーコンテンツになるだろうか。

[1708] May 02, 2014

OpenSSLにつづいてIEにも脆弱性が発見され、世界中で大きな混乱が生じている。我が社でも――業務でインターネットブラウザを使うことはさしてないはずだが――正式な対応パッチがマイクロソフトから提供されるまではIEの使用を控え、以後は告知に従い各自対応すること、という【重要】なお知らせが全社に通達されていた。もっとも、ネットサーフィン組はクロームを使っていたようで、だから俺は問題ないねと得意顔をしていた。なるほど、パンがなければケーキを食べれば良いということか。本気なのか冗談なのか、いまいち顔色が読めない。▼脆弱性、と言われても、私たちはもう、その脆弱の脆弱たる所以を知ろうともしなくなってしまった。私もしていない。原因も対策も、あまりに複雑で個人の理解を越えている。問題が発生して改めて気づく、この無批判な依存性の高さである。カードの番号が抜かれることより、本当は遥かに憂慮すべき問題なのかもしれない。

[1707] May 01, 2014

5月一杯のVSLのスペシャルオファーは「お得なまとめ買い」となった。新たにバンドル名を設けているが、要するにシンフォニックキューブやスーパーパッケージに類するライブラリセットのバンドル価格と考えて良い。これまで単発製品のプライスダウンや学割など比較的少額を前提としたディスカウントに徹してきた期間限定企画だが、ついに高額商品の登場である。ディメンジョンストリングスも完成したし、いよいよシリーズの収穫期を匂わせる動向だ。▼実は会社の台所事情が厳しいという風の噂も聞いていた。ディメンジョンシリーズのアーリーバードオファーは、たしかに少しでも早い段階で資金を回収したい焦りとも深読みできるが、ごく一部の製品とはいえ、愛用者としては単なるアンチの邪推であって欲しい。パッケージ販売からダウンロード販売に軸足が移って、ソフト音源も大規模なセールを銘打たないと、なかなかユーザーの目には止まりにくいのだろう。

[1706] Apr 30, 2014

よほど酷い演奏なら、さすがに下手だとわかる。けれども、それなり上手い人の演奏になると、そこから先の良し悪しはわからない。これが良い演奏、こちらが悪い演奏です、と言われて動画例を渡されたが、たしかに両者が著しく違う演奏をしていることはわかるものの、どちらが良いのかを判断する能力は、私にはなかった。たぶん、アドレスを逆にされても何も思わなかっただろう。▼鑑賞の目利き、鑑識眼というものは、経験が物を言う以上に思い入れが物を言う。どうせ主観と客観の二軸のモノサシ、そこに情熱があれば真実などさておき「わからない」とは言わないだろう。誰に反対されてもこちらがいい、あちらがいい、と選びつづける姿勢こそが、いつの日か本物の「見る目」を与えてくれるのだ――こう考えたとき、私がいつも自信をもって甲が良いだの乙が悪いだのと断言してきたのは、文章とデザインだけであることに気がついた。やれやれ、じつに音楽は難しい。

[1705] Apr 29, 2014

筆が紙へ音符を書き始める前に頭の中で曲が完成していたというモーツァルトのような天才はさておき、私たち凡人はとにかく音を置いてみなければどんな曲に仕上がるかわからない。ちゃんとソルフェージュの訓練を積んだ音楽家諸氏なら、局所的な旋律や和音の響きは演奏前/再生前に脳内で完結できるのかもしれないが、私には今のところ二音以上の再生機能はないので、とにかくDAWを頼りにノート・オンとプレイバックを繰り返すしかない。▼長いブランク、ないし修行期間を経て、久しぶりに音をならべはじめたが、このあたりの遅さ、時間のかかり具合に変化はないようだ。人が人なら三分かそこらで書けそうな16小節のイントロに三時間以上かかる。つくづく、これで飯を食う稼業でなくてよかったと思う。雇われ人なら初月でクビは必至だ。そうでないから、まだ気楽に時間がかけられる。置いてみて、聴いてみて、置いてみて……気がつくとこうして深夜になる。

[1704] Apr 28, 2014

ワイン、焼酎、日本酒、胃の中でちゃんぽんを醸成しつつ、うつろな脳味噌を電車の振動に揺らしながらハインリヒ・シェンカーを読んでいた。読んでいたといいながら文章も全く意味が入ってこないので、ベートーヴェンのピアノソナタ第32番を聞きながら文字織りのタペストリーを眺めていたに過ぎない。耳と目が塞がれたので、降りるべき駅も通りすぎてしまった。バックハウスの熱演が一息ついて、アリエッタが始まる……。▼ワルトシュタインが若き日々の冒険譚、アパッショナータが壮年の燃える想いなら、第32番は人生への憧憬だ。私にはこれはもう、回顧ではなく感謝に聞こえる。ありがとう、なんだかこの人生は、ほんとうにいろいろあって楽しかったよ。そんな音に聞こえる。演奏者がそういう想いを込めて弾いているのか、譜面に封じられた作曲者の心なのか、私の思い込みに過ぎないのか。トリル。長くやさしく美しい高音のトリル。家が見えてきたようだ。

[1703] Apr 27, 2014

昨日のつづき。人に服を選んでもらうとはいえ、ただ選択の結果だけを受け入れるのでは私に何も成長がないので、もちろん、ちゃんとその選択に至る経緯、二人の脳内で考えていることを訊きながら、足を棒にしてぐるぐる店舗を巡り歩いたのである。そうして気がついたのは、ファッションの「センス」という表現に含まれている要素のほとんどが、案外理詰めだということだ。シンプルで、基礎的で、わかりやすい「理」が八割。しかしそれを自然体で修めるのが難しい――なんだ、いつものことじゃないか。▼そう考えたら気持ちは少し楽になった。しかし、ほんとうなら、服飾も気にせず過ごしやすく柔らかい普段着でのんびり日向に本でも繰る生活を送りたいわけで、こうなると仕事に私服が許されているのもかえって面倒なものだなと今更にしてスーツ姿が羨ましく思われる。高校生の頃、私服校の生徒達が似たようなことをぼやいていたような、そんな朧げな記憶が蘇る。

[1702] Apr 26, 2014

洋服を買いに行く。オシャレな二人の同僚に、私の服を選んでもらうという、ちょっと突拍子もない企画を立ててみた。さいわい二人とも乗り気であったので、わざわざ休日に集まってもらったわけだ。あちらこちらと物色したのち、無事、素敵なアイテムを手に入れた。二人の選択には反対しないという約束付きだったが、反対するまでもなく素晴らしいと思う。それでいて間違いなくひとりでは、この結論には辿りつけなかった。▼人の手を借りなければ到達できないが、いざ到達してみれば自分でもそれが最良だと思う、そういうことはままある。自分の先を行く人、自分より優れた人がいくらでもいる世の中なのだから、手の届くところにいる人が喜んで助けてくれるというのなら、助けてもらう、教えてもらうに越したことはないだろう。私も何か、人の助けになることができれば、そのときは進んでそうしてあげたいと思う。人間、ひとりで出来ることは、ほんとうに少ない。

[1701] Apr 25, 2014

プログラムも、身なりを大切に。前任者に伝えるべき事柄をまとめてみた。▼一、無駄なインクルードをしない。ましてビルドを通したいばかりにヘッダから極低レベルなヘッダを呼び出すなど言語道断。一、誤解のない関数名をつける。何も生成しないのにCreateなどという動詞を選択してはならない。一、長すぎるファイルは分割する。ヘッダファイルが数百行に達したら不穏さを感じるべきだ。恐らく、その設計は解決すべき問題の細分化に失敗している。一、不要なメンバ変数やどこからも呼び出されていない関数はこまめに削除する。部屋がごみの巣窟になってからでは遅い。まして掃除を他人の手に委ねるなど不道徳極まりなし。一、拡張機能のマクロを切り過ぎない。ディレクティブはコードの可読性を著しく低下させるので、必要最小限に留めるべき。一、書式を統一する。一貫性のない表現は理解もしづらく検索もしにくい。一、コードは心をこめて、丁寧に書くこと。

[1700] Apr 24, 2014

コードが「汚い」とよく言うが、その汚さには3つの異なるレベルがある。先に文章で喩えよう。1.内容が汚い。2.日本語が汚い。3.字が汚い。▼内容とはつまり、コードの動作であり、意図であり、アルゴリズムである。ここが汚いと、そもそもプログラムはバグだらけである可能性が高い。完成品の品質という点で、看過できない採点のポイントである。日本語が汚い、これはコードの意図を実現する表現手法が危うい状態。その書き方では別の意図に取れてしまう、読み手にコードの目的が伝わらない、利用者に誤解を招く、等々。そして、字が汚いとは、テキストのレイアウトが醜いことを言う。インデントが論理レベルに一致していない、ネストが深すぎる、スペースが統一されていない、無駄な空行が多い、これも挙げればキリはないが、内容や表現とはまたレベルを異にする問題だ。コード品質を問うときは、自分であれ他人であれ、この三視点を明確に意識したい。

[1699] Apr 23, 2014

SF、教本、もろもろ、堅い本がつづいたので砕けたものが読みたくて、今日は軽めの本を衝動買いした。これまでも書店でぱらぱらと立ち読みはしつつ、ちゃんと読んだことのなかったヲノサトル『作曲上達100の裏ワザ』を読了。▼フレンドリーな語り口と、ゆるいイラストと、少ない文章でさくさく読める「おもしろアイディア&ヒント集」。しかしこれ、アドバイスのひとつひとつはかなりツボを押さえていて、非常に良い本だと(立ち読みしていたときから)思っている。新発見こそ少ないが、つまったときに、忘れた頃に、思い出したい「こうしよう」が満載で、脳みその焼き直しにはちょうどいい。初学者よりもスランプに陥りつつある中級者諸氏に向けた助言という印象だ。▼「そうそう、こういうところを自分はもう少し頑張らないといけないんだよな」と響いてくる箇所も人によりけりだと思う。題目だけでもさっと眺めて、気に入りそうなら通勤のお伴にいかが。

[1698] Apr 22, 2014

その昔、『やさしいC』に苦言を呈したことがある。この題名を持つ書籍そのものにではなく、親切丁寧なチュートリアルがなければ何事もチャレンジする気になれないというライトゲーマー的な風潮に対して、である。少ない情報をかき集め、憶測と試行錯誤で摩訶不思議な状況を切り拓いていく冒険者の気概は失われてしまったのか――そんなふうに嘆いていた。▼しかし最近、どうやら揺れもどしが来ている。書店に行くと『本当は怖いC言語』や『苦しんで覚えるC言語』が、冗談ではなく棚に並んでいて、恐らく売れているのであろう、良い冊数、良いロケーションを確保しているのだ。内容も入門書としてはかなり突っ込んだところまで書いていて質が高い。知識礼賛。頭脳原理主義の復権。つまるところ、基礎の基礎すら理解しないまま、とりあえずはそれらしく動くコードを書くことのできる「にわかプログラマ」が増えすぎた結果への反省であろう。時代はくりかえす。

[1697] Apr 21, 2014

絵を模写するとき、図柄を見ずに地を見て描くと上手に描けるという。正しく写すことが目的であれば、地に注目して絵から意味を剥奪した方が、先入観や思い込みに基づく手先の狂いを逃れやすいからだ。▼一見縁遠いようだが、実はプログラムにも同じ原理があてはまる。その言語、そのライブラリ、そのシステムで「何が出来るか」ではなく、「何が出来ないか」に着目することで、熟練度が飛躍的に向上するのだ。境界線の外側を知ることは、境界線の線たる所以、その意味を改めて問いなおすことである。これこそ大人が忘れがちな学習の肝――常識の再確認という基礎固めに他ならない。▼地を見て図を知ること。いつの間にか当然視していた図への問いかけとして地を見ること。絵とプログラムとに限らず、汎用の骨としてアタマに留めて置きたい。それでは音楽の地とは何かという類推をすぐには思いつけなかったのが悔やまれる。閃いたら別のトピックで書いてみたい。

[1696] Apr 20, 2014

「手元にリアルなタッチの鍵盤が欲しい」「手元をなるべく省スペースに収めたい」という二つの要求は、ある程度の大きさがなければリアルなタッチを実現できないという制作側の技術的な都合により、今のところ完全に矛盾している。私の頭痛の種だ。カワイのMP10はそれはそれは優秀な名機で、私としても愛着があるから手放す気はさらさらないのだが、このでかさは全ての机上計画を台無しにするほど破壊的である。40kgの図体が頼もしくも憎らしい。▼キックスターターにも期待をかけて検索を繰り返すが、パラダイスデスクのような夢のあるDTM机が提案される気配は微塵もない。本物の作曲家のように機材が山盛りになっているわけではないが、鍵盤とディスプレイとスピーカーの三者を按配する目的だけでも、満足に叶えるためには自作しかないのだろう。制作支援サイトで情報を集めつつ、レッツトライ――さて、日曜大工でどうにかなるシロモノかどうか。

[1695] Apr 19, 2014

火曜日にようやく、修理の完了したライトスピーカーが帰還するらしい。修理費用は送料込みで19,000円。中枢は無傷のまま電源ユニットを交換しただけと考えると、想像より高くついた。購入当時の単体価格が約5万円なので、なんと40%近く取られた計算になる。「よくある故障」だというから、ますます腑には落ちない。▼とはいえ、自分で修理する技術がない以上、そうして買い換えるよりは安くあがる以上、文句を言う筋合いはあっても甲斐はない。ドイツの本社まで送り返さなくても、国内で直してくれる場所があるだけありがたいと思うべきだろう。病んだ右耳も、示し合わせたように快方に向かっている。また制作が始められる。▼音楽に関して、あるいは機材に関して、目新しい話題はないが、ROLIのSeaboardは気になっている。価格は割に合わなそうだが企画自体は面白い。音源方面ではEmbertoneのCelloが非常によく出来ている。100ドルは破格だろう。

[1694] Apr 18, 2014

我が社の独自ライブラリは、すでに新しいフレームワークへの移行が始まっていて、メンテナンスも人手不足、既存の枠組みを使いまわしつつアドホックに各部署の要求を反映するので、刻一刻と渾沌に近づいている。テンプレートで汎用性を高めたコア部分は、それぞれの特殊ケースに答えるべくオーバーライドが繰り返され、恐らくはライブラリが優れた開発環境として提供された当初より可読性も遥かに落ちている。だからこその移行かもしれないが、移行中に旧ライブラリを頼る身にはつらい。▼私はテンプレートをまだあまり使わないが、つくづく、継承と仮想関数による透過性の確保とは相性の良くない設計だと思う。かたやクラスを増やして基底型で操作、かたやクラスを減らして複製はコンパイラ頼みということで、思想は真逆と言えば真逆である。異なる設計戦略がぶつかる臨界面の問題は、本質的には改善のしようがない分、常に妥協と背中合わせの胃痛の種なのだ。

[1693] Apr 17, 2014

最近良く「**はNG」という記事を見かける。男から見た女の何がダメ、あるいはその逆など、記事のテーマは男女関係が多い。首肯できる内容かどうかは記事次第だが、それにしてもなんだか、それくらい好きにすればいいのに、させればいいのにという枝葉末節の些末事が多い気がする。どこまで社会は個人を抹殺するんだろう。これらの記事を忠実に守る刺のない中庸人間など、想像するだに面白くない。全部当てはまる人の方がいくらかマシに思える。▼グローバル化で地域や国の文化差異は消滅するかに思われたが、淡い期待も淡いままに儚き夢。広大なウェブの世界で自分はいくらでも考え方の異なる人々に触れられるのだという状況証拠を盾に、実際は殻を補修し強化して、フィルターバブルにどっぷり漬かっている私たちである。国どころか性も越えられない今日この頃。気に食わない欠点をあげつらう記事ばかり読んでいると、長所を探せない脳になるかもしれない。

[1692] Apr 16, 2014

前髪が伸びてきたので散髪へ。いつもの店で、いつも通り、「立たない程度にお願いします」という決まり文句でお願いした。わかりましたという丁寧な返事。ここ最近、担当してくれた人ではないが、なにしろ十五年も通いつづけている床屋だ、複雑な髪型にするわけでもなし、誰であれ問題ない。そう思って目を閉じた。▼洗髪前になって、どうもまだ頭が重いような気がした。面倒なので余程のことがない限り口出しはしないようにしているが、前髪を触ってみると明らかに長い。これではすぐまた来ることになりそうな、と思いつつも、気が向かないので今日のところはやはり黙っていた。髪を洗って、カミソリをあてて、乾かして……。▼帰り道、やはり言うべきだったなと後悔した。鏡で見た長さは明らかに「立たない程度」の短さではない。たぶん、推測だが、彼には「整える程度にお願いします」と聞こえたのではないだろうか――たしかに形は整っていた。やれやれだ。

[1691] Apr 15, 2014

この頃、完全に生活リズムが朝方に固定されてしまい、夜は十時過ぎまで起きていられなくなっている。眠れない眠れないで深夜まで起きていたときに比べれば体調は遥かに良いし、本来あるべき姿だとも思うが、なにしろ早朝四時台や五時台に起きても出来ることは限られているので、こうして執筆を朝回しにしたり、始発にほど近い電車で出発して喫茶店で本を読んだりという、有意義だがぼんやりとした時間の使い方になっている。深夜テンションは、あれはあれでなかなか偉大なものだ。▼そんなわけで本は進み、ふたたびハヤカワ新装版の”黒背”より、フィリップ・K・ディック『偶然世界』を読了。ディック初の長編小説だ。『ユービック』ほどの破壊力はないが、相変わらずの弾け飛んだ設定とガジェットの数々を、脳内で一貫性のある世界に組み立てていく作業は楽しい。またもや最後には首を傾げたものの、これはこれでひとつの哲学的な、訓示的な終幕なのだろう。

[1690] Apr 14, 2014

『パラークシの記憶』読了。▼前作の倍近い分量を感じさせない推進力は変わらず。しかし総合評価としては『ハローサマー、グッドバイ』に比べると今三歩足りない印象だ。作品は優秀な前史を持つと苦労する。あるいは、この続編自体がファンサービスに近い位置づけだと考えた方がしっくり来るような気もする。もう少しだけドローヴとブラウンアイズの星で物語を楽しみたい人へのプレゼント。▼前作に比べると遥かにミステリー色の濃くなった恋愛SF。主人公とヒロインは美男美女同士の一目惚れ――というコーニィ持ち前のラノベ的展開は相変わらずとしても、このたびはガールの方が強すぎて、恋愛小説としての持ち味も薄くなっている。物語の謎に手を引かれながら頁を繰りつづけ、気がついたら終着点、というさらりとした読み口が魅力なのだろう。そういう意味で、訳者の功績も大きいのではないかと思う。最後にひとつ。間違っても続編の方から読まないように。

[1689] Apr 13, 2014

さすがに今日はこれを書かないわけにはいくまい。第74回桜花賞。ハープスターが見事な豪脚で大外一気、期待に応えて勝利した。土曜日から下がりつづけた単勝は、私にすら過剰人気と思えるほどの1.2倍。2歳女王レッドリヴェールの方がチャレンジャーかのような前評判だ。こんな桜花賞、なかなか見られるものではない。▼1分33秒3。上がり3ハロン32.9。4角ではフクノドリームが綺麗に逃げていたので、ハイペースとはいえ生きた心地がしなかったが、エンジンが掛かってからは「これなら届く」と信じさせてくれる、新潟2歳、阪神JFのあの猛烈な加速感だった。圧倒的。レッドリヴェールも内容では決して遜色なかったが、あの追い込みの凄み、インパクトの違いとでもいうべきものには、贔屓目ながらどうしても才能の隔絶を感じてしまう。レース映像を振り返るたび、思い出すのは祖母ベガの俤ではなく、昔、私が惚れ込んでいたヒシアマゾンだった。

[1688] Apr 12, 2014

今日は小さなイイコトが二つあった。たまには凡々たる話にする。▼ひとつ。外出前に食料を補うためコンビニでパン類とお弁当を買うと、会計後にレジの向こうでバイトの二人が何かがやがやした後、カゴへ入れてもいないフルーツガムのボトルを出してきた。何かと思えば、一定額以上購入者が引ける期間限定クジの、まさに最後の一枚がアタリだったらしく、寂しい箱に手を入れる手順を省略してくれたということらしい。プチラッキーである。▼ふたつ。先日絶賛した『ハローサマー、グッドバイ』には続編があるらしいと解説に聞いていた。これの翻訳がなかなかされず、件の神林さんも「布教活動が足りないのか?」と嘆いていたが、ふと本屋で河出文庫へ足を運ぶと、なんとその続編『パラークシの記憶』がハローサマーの隣に並んでいるではないか。ついに翻訳されたらしい。これは読まないわけにはいかないだろう、三冊目に困っていたところへ渡りに船というものだ。

[1687] Apr 11, 2014

どんどん行こう。フィリップ・K・ディック『ユービック』読了。不朽の名作、この中盤の牽引力、まさに比類なし。▼面白いSFはとにかく睡眠時間が減って困る。眠気を押しても先へ進みたくなる「どうにでもなれ」な真夜中の驀進力とSFはどういうわけか相性が良い。疲れた脳が仮想世界を拒みにくくなるのだろうか。筋金入りのリアリストも、ふいにガードがゆるむ危険な時……。▼結末には疑問符がつかないでもないが、それを割り引いても掛け値なしの傑作だ。しかし背表紙のネタバレは重罪である。情状酌量の余地なし。『バーナード嬢曰く。』で神林が吐き捨てた悪態に完全同意しておこう。「「重要なのは物語ではない…?」押しつけんな!バカ!!」余談ながら、台詞の詳細を思い出すべく漫画を開いたら「人に貸すときカバー外してんだぞ!」と神林が激昂していた本は、なんとこの『ユービック』であった。笑ってしまった。私もさすがにそうするよ、これは。

[1686] Apr 10, 2014

せっかく久々にSFへ来たことだし、もうひとつ次を読んでみようと目星をつけはじめたが、ここで適当に選んでハズレをひいたらせっかくのSF流れが切れてしまう。そんなわけで評判を踏み固めていくと、『幼年期の終わり』とか『1984年』のような古典の傑作にも「つまらなかった」「退屈でした」というSFマニアの意見がちらほら見えて、少数派とはいえ人は選ぶのかもしれないと一歩引いてしまった。そういうコアなファンにも受けのいい、万人向けのオススメはないものか。▼ひとつ見つけた。某所のレビューもブログの評価も軒並み高く、絶賛する人こそいれども貶める人は見つからない。見つけられていないだけかもしれないが、これならちょうどよさそうだ。そういうわけで栄えある二冊目はフィリップ・K・ディックより。サスペンス風のSF長編をチョイス。題名はまたまた読了後にまわそう。ディッキアンのブログを逍遥していたわけではないのでご安心。

[1685] Apr 09, 2014

マイクル・コーニィ『ハローサマー、グッドバイ』読了。心ひそかに的中させた人は、ぜひ喜んでください。▼SF好きに薦められるか。それはわからない。しかしファンタジーにほど近く、海をめぐる爽やかな一青春小説としてなら、自信を持って推薦できる。物語としての出来映えは素晴らしいというよりない。▼実を言うと、全く個人的な好みではあるがヒロインが苦手なタイプだったので、コテコテの”ボーイ・ミーツ・ガール”として楽しむことはできなかった。たぶん作者に罪はない。加えて、下馬評では最後のどんでん返しが醍醐味と聞いていたが、私には意外性よりも「そうきたかあ」というような、静かな納得感の方が強く感じられた。この作品の白眉はそこではなく、盛り上がるのにクライマックスがないという構成の独特さにあると思う。物語は起き、ゆっくりと昇り、そのまま上がり尽くして、尽くして、すっと薄く消え去るのだ。雪の中へ溶けていくみたいに。

[1684] Apr 08, 2014

最後に読んだSFが何かと言われると題名が出てこないほどSF離れしていた私は、いま新鮮な気持ちで名作SFの最新訳を進めている。70年代英国SFの最高峰と言われる作品、という紹介だけでわかる人にはわかるのかもしれない。読了次第レビューする。そうだそうだ、SFというのはこんなふうに世界へ没入していくんだ、この想像力の沈み込み具合が独特なんだ――と物語に溶け込んでいく自分自身を面白く思いながら、眠い目をこすりつつ頁をめくる。小説自体、久しぶりかもしれない。▼SFは嫌いではない。嫌いではないが、コミュニティの閉鎖性には少々参る。1000冊読まずにSFを趣味と語るなという文言は、誇張された冗談以上に趣味人の本音が透けて見えるようだ。この選民的排他性、どこかに似た世界があったような……。▼閑話休題。情報時代の渦中、もはやフィクションの塊と化したこの現実を相手に、SF作家の想像力が追いついてくるかどうか。

[1683] Apr 07, 2014

急速に成長したければ、新たな道具を生み出すしかない。▼よく、他の動物に比べて人間の秀でている点は「道具を使うこと」だと言われる。実際、これは間違っている。猿はもちろん、鳥も、亀も、蟻でも、道具は使う。人間の卓越性は、断じて道具の「使用」にはない。では道具を「制作」することか。惜しいが違う。チンパンジーのように、原始的とはいえ道具を作る動物はいる。では、こと道具という点について、人間だけが行う独自の行為とは何か。――道具が必要になる前に道具を作るすること。つまり道具の「準備」である。▼準備は、使用や制作とは圧倒的に次元の異なるアクションだ。使用や制作は発生した現実に遅れて取る行動だが、準備には未来の想像を要する。想像の根拠は過去の記憶だ。道具の準備、ないし「保存」こそ、人間の複雑な脳が可能にした新境地であったと言うべきだろう。では、翻って。私達は今、日々の困難に正しく準備できているだろうか?

[1682] Apr 06, 2014

例の春風邪が長引いて、ぶり返して、その繰り返しで一向に何も手がつかない。この土日は最悪だった。本を開く気力もないので大人しく布団にこもる。有意義なことは電王戦の鑑賞くらいしかしていない。ツツカナの棋譜は見事だった。▼病気特有の思考回路かわからないが、昔のこと、とくに昔訪ね歩いたサイトのことをよく思い出した。ホームページという呼称が主だった時代の、ファンサイト全盛期、あるいはチャットサイト、ゲームコミュニティ、等々……あのころ「は」楽しかったなという回顧にならなかったのは救いだが、当時の非現実的な、隠れ家的なネットの享楽はもうなくなっているように思う。どこが区切りだったか、と考えてみると自分の中では明らかで、メッセンジャーとスカイプの登場がまさに転機だった。あれ以来、ネットは現実と深く繋がりすぎて、ネバーランドの魅力を失ってしまったのだろう。今の十代達は、どこにUGを見出しているのだろうか?

[1681] Apr 05, 2014

「エンジニアリングは現実よって報われる」という謂がある。これは本質をついたやわらかい表現だと思っている。工学とはIdealizationではなくRealizationなのだ。Realizeしない工学はない。机上の「実論」さえ、まだ工学ではない。▼エンジニアは、報われるために人工的な報奨を必要としない。自らの手で創り上げた現実が「動いた」という、その一事ですでに十分報われているからだ。その「動いた」ものが社会の役に立てば、プラスアルファの見返りとして給料や名声がもらえる。実際、そう考えて生きているエンジニアは多いと思う。経済的な余裕がなくて生きていくのがぎりぎりでも、彼らの魂はまっすぐ現実へ向かっている。人工的な見返りだけが快感でものづくりをしている人に、私はまだ会ったことがない。▼これはなかなかありがたい世界なのだ。天道是か非か、なんて悩みながら問う必要もない。何かが出来たらそれで嬉しい。出来ることが増えていけば良い。

[1680] Apr 04, 2014

優れたプログラム設計とは何かについて、後輩に話した内容を一行に要約。優れた設計とは「事前に定めた設計戦略を実現している設計」のことである。立てた戦略が正しい選択であれば完璧だ。しかし、仮に間違った戦略を選んでしまっても、その戦略が余すところなく実現できているのなら、戦略なき設計よりはまだ良いと私は思う。▼教本めいた言い方をすれば、少なくとも次の五本柱は互いに牽制しあう戦略だという認識が要る。五本とは即ち、安全性、保守性、可読性、高速性、拡張性。▼可読性が高いゆえに保守性が良いということもある。安全だからこそ拡張しやすいこともある。ひとつの戦略の追及が必ずしも他を阻害するわけではない。しかし、相容れないケースが多いのも事実だ。だからこそ選んだ戦略を正しく実現できているかどうかが設計の優秀さを決める。新人に保守させるべきワンオフのコードに、高速性と拡張性を追及した完璧な構造化――ただの害悪だ。

[1679] Apr 03, 2014

某レンタルサーバーからプロバイダサービスの新規申し込み勧誘メールが来た。余程のことがない限り開きもしない準スパムだが、このたびは表題に目を疑うあまり、ついつい開封してしまったのである。緊急企画と題して曰く「今、WiMAXを契約すると、Nexus7 32GBが無料!しかも2台!」2台……?▼企画特設は「2台」をしきりに強調する。「2台あると楽しいインターネットライフ!」「2台あれば楽しさは2倍以上!」しかし恐るべきことに、どれひとつとして2台の強みはない。冗談抜きで1台のときと変わらぬ内容である。あらかた完成した頁に後から「2台」という企画を捩じ込んだかのような違和感。ついには「2台もらえるのに毎月3,591円!」の煽り文句まで。それはそうだろう、WiMAX端末は1台しかもらえないのだから……。▼なんだか、なりふり構わなさすぎる誘導広告が増えたなと思う。クリックしたから負けなのかもしれないが。だからなんだというのだ。

[1678] Apr 02, 2014

新年度早々、春風邪に倒れて仕事が進まない。自宅待機で勉強――とも行かないほど衰弱していたので大人しく三十時間ほど布団で過ごした。良くはならないが、薬の力で症状の緩和は見られる。しかしとにかく喉が痛い。▼大掃除のつもりで3月末に主要なタスクと席の引っ越し、その他もろもろ片付けてきたのが幸いして、会社の方は復帰後すぐに巻き返しにかかれそうだが、肝心の家の方はなにひとつ手がついていなくて、これはもう後伸ばしを決め込んでゴールデンウィーク前後にでも始末するしかないなと思っている。あれもこれも、やらなければいけないことだらけだ。頭の中のTODOリストを検査するとうんざりする。だからせめて頭の外に出さない。ひとつふたつ忘れようが、リストにまで追われたくはない。▼ふいに地図のことを思い出した。紙面が足りないのでこれについては別日にあらためて書こう。今日は終日布団にしかいなかったので、経験値の加算はない。

[1677] Apr 01, 2014

以前、コナミのアーケードメダルゲーム『アニマロッタ』について、その露骨なまでの報奨・協調路線を称える好意的な記事とレポートを書いた。レポートの方では、今後はさらに協調の方向を推し進め、チャット機能を持つメダルゲームも出てくるだろうと結びに代えて予言で締めた。▼さて、今は少しばかりドヤ顔をしてもいいだろう。アニマロッタの継承続編となる新作『カラコロッタ』が稼働を開始した。実はハイローラー向けの設定であったアニマロッタをよりカジュアルな作りにしたような、中規模ボール抽選ゲームである。そして、チャットと言うほど大層なものではないが、SPトライやジャックポット抽選の際など、有事には他人のサテライトにショートメッセージを送る機能がついているのだ。「どきどき!」「がんばって!」「ありがとう!」▼この程度の予言もどきで大きく胸を張るわけにはいかないが、大まかな流れの分析を外していない証左にはなるだろう。

[1676] Mar 31, 2014

つづいて『日本人のためのリズム感トレーニング理論』を読了。以前、同じ著者の『大人のための音感トレーニング本』を読んで、これはちょっと……と渋い思いをしたので発売後も躊躇していたが、評判がいいのでリベンジしてみた。結果は、やはりいくつか難はあるものの、リズムにまつわる理論、口伝、エピソードをわかりやすくまとめている点で好評価。これなら友達にも十分オススメできる。▼難は三つ。一、引用と薀蓄が過剰すぎて食傷気味になる。人の著書、ブリタニカ、ウィキ、その他文献からの引用文の量が半端ではない。余計な情報が多すぎる。ニ、付録CDのつくりが趣旨と真逆。本文で体よく弁護しているものの、これだけ「生きたリズム」の重要性を説いて、そのための訓練CDが打ち込みとは。三、主張の核心が「とにかくイメージすることが大切」という、教本あるあるに回収されている点。それが出来れば苦労はしないと突っ込みたくなること請け合い。

[1675] Mar 30, 2014

昨日の内容を受けて。たしかにそんな「書物」は無いかもしれないが、そんな「技術」ならよくある話だ。身に付けるだけで、それだけで立ち位置も見える世界も成長速度も、何もかもが一段変わる「ツボ」――プログラマにとっては、リバーシング能力がまさにそのひとつであろう。インプレスジャパンより『リバースエンジニアリングバイブル〜コード再創造の美学』を読む。▼逆アセンブルのアプローチをこれほどわかりやすく解説した一般書籍はいままでなかった。中級コーディング能力とアセンブラ言語についての基礎知識は前提として要求するが、細部についてくどくど書かずに、セキュリティ/ハッキングの攻防で役に立つ現場的で実践的なテクニックをピンポイントで分析する本書の方針は、些末事の暗記に追われて断念する人が多いリバーシングの領域では特筆すべき思い切りの良さである。ステップインデバッグに頼りきりの初学者にはぜひとも学んで欲しい技術だ。

[1674] Mar 29, 2014

「友人と二人で書店に訪れた君は、音楽棚の片隅に鎮座する本書に気づく。気づいて手に取ると、恐るべき巨大さ、膨大さ、そして高価さだ。君は苦笑する。『こんなものを読む奴がいるのかね。』友人はつられて笑う。しかし笑いながらも、その表情にはためらいの色が浮かんでいる。悩んでいるのだ。まさか、と絶句する君から逃げるように、友人はなけなしの金を投じて本書を買う。君は友人が追い詰められてとうとう正気を逸したのだと考える……。だが近い将来、君は目の当たりにすることになるだろう。想定より早く本書を読み終えた友人は、もはや君と同じ言葉を使ってはいない。君と同じ物の見方をしてはいない。そして、その背中はもう、君よりはるか先へと駈け出している――君は取り残されたのだ。」▼現実には存在しない架空の書物について紹介文を書いてみた。徹夜明けの気まぐれ遊びである。常々、そういう本があったらいいのにな、とは思っているのだが。

[1673] Mar 28, 2014

金管楽器と弦楽器は仲が悪い、とある金管奏者が言う。私は楽器演奏に縁がないので現実がどうかは全く知らないが、理由を聞く限り不仲なことがあってもおかしくはないなと思う。弦の主張はこうだ――金管はとにかくうるさい。自分たちの音が聞こえなくなるので爆音で自己主張するのはやめて欲しい。一方、金管の言い分。自分たちが響かせられないのを人のせいにしないで欲しい。気持ちよく音を出したいのに、なんで控えなければならないのか。▼もちろん、不和のままでは技術的に良い楽団とは呼べないのだろうが、互いの言い分だけ聞く限り気持ちはわからないでもない。演奏に求める快楽のスタンスが違うのだろう。オーケストラとは、楽団とは、みんな同じ目的を共有して、ひとつの方向に向かって――少なくともその内側に於いては常に――清く正しく美しく集合芸術を謳歌しているのかなとぼんやり見ていた門外漢の妄想は、いささか的外れだったのかもしれない。

[1672] Mar 27, 2014

今からちょうど10年前、偉大なる技術者曰く。「公平に言ってパーソナルコンピュータは、人類が今まで作り出したものの中で最も強力な道具だ。コミュニケーションの道具であり、創作の道具でもある。そしてなにより、ユーザがこの道具の形を決めていくことができる。」▼あまりに巨大であったために、そしてジョブズというライバルが築いたクールな功績のために、「野暮な商人」として語られることの多いビル・ゲイツだが、彼の成してきたことを検討すればとんでもない話である。ソフトウェアから金を稼ぎ始めた張本人――しかし、企業による推進力がなければ、90年台にあれほどまで爆発的にPCが普及することはなかったのではないか。▼人々は、オタクの友人に難解な手順を訊きながら無料の環境を導入するより、CDを入れるだけでゲームの遊べる有料のパッケージを選んだのだ。「窓」はまだまだ進化していく。彼の嫌儲との闘いを、あらためて賞賛しよう。

[1671] Mar 26, 2014

デザインパターンの勉強を諦めてしまう原因について、いくらか書籍やサイトを渡り歩いた後、新たに思うところが出来た。今回、レポート形式にまとめる都合、かなり多くの文書に目を通したが、多くに共通しているのは次の問題点だと思う。「説明が比喩に傾き過ぎていて、そのデザインパターンがオブジェクト指向の視座から見てどういう意義を持つのかという肝心な点が、逆にわかりにくくなっている。」▼説明のみならずコードサンプルもそう。身近な例で喩えようとするあまり、詳細を失ったり、ときにはパターンの本質さえ外して、形だけパターンを踏襲したような実装が載っていたりする。これではいくら勉強しても骨が掴めるはずはない。▼無論、的を射た優良書籍も多く出ているが、そういう本ほど今度は解説が充実しすぎて重たい傾向にある。必要なのは要点を簡潔にまとめた復習用の手引きだろう。有益な知識とは、最小限の本質を最大限に反復して得るものだ。

[1670] Mar 25, 2014

消費税率8%まであと一週間。百貨店、スーパー、薬局までもが「増税前セール」の幕を垂らして、値札上は別に安くもない普段通りの品を、未来の価格より安いというので割り引いたことにして捌いている。なんとも、商魂のたくましさというより、パニックに便乗したあざとさだ。ただの改装を閉店と騙って、毎月のように閉店売り尽くしセールを開催している某衣服チェーンを思い出した。ああいうやり口、何かの法にひっかかりはしないのだろうか。▼閉店と言えば、すき家の「パワーアップ改装」も話題になっている。アルバイトのシビアな労働環境に対する集団ボイコット説、ないし人員不足をゼンショーは公式に否定しているが、生活環境の変わりやすい年度の切れ目に人が減るのは当たり前という理屈は、その「当たり前」を吸収しきれず現実に多量のクローズドを出してしまったあたり言い訳にはなっていない。どこも大変だ。いっそのこと、早く10%になればいい。

[1669] Mar 24, 2014

昔から、子供の頃から、歩き方が変だといろいろな方面から言われてきた。変と言っても日常生活に支障を来すほどではなく、変だと気づかない人もいるくらいだと自分では思うが、気づく人曰く、口を揃えて「跳ねるように」歩きすぎだという。「どうしてもっと足を曲げて歩かないの?」▼とはいえ癖の範疇、たいして気にもしていなかったが、ひょんなことから先日知ったのは、この歩行法、どうもアフリカ大陸のそれに近いらしい。黒人的な歩き方とでも言うべきか。筋肉の使い方と脚の運びが詳細に記されていたので真似してみると、ふだんと大差なかったということだ。意外や意外。▼知る限り黒人のルーツは我が家にないので、たまたま似ているか、似ているだけで別物か、なんにせよ私に黒人のような優れた運動能力や優れたリズム感覚があるわけではないので、結局、歩き方が何か変という以上のラベルしか私にはもたらしていないのだが、私的に面白い発見ではある。

[1668] Mar 23, 2014

ホワイトノイズの「ホワイト」たる所以は、音の周波数成分を色のスペクトルに例えたとき、低周波(赤)から高周波(紫)までが等しく分布している、つまり光の色で言うところの白に該当する音だから、というところにある。▼ピンクノイズ、通称1/fノイズも同じ由来で、より低周波数が強調されるブラウニアンノイズがレッドノイズと呼ばれることから、その中間という意味を込めてピンクと言われている。ブルーノイズ、パープルノイズなど、色の名前がついた雑音はすべて同じだ。周波数スペクトルの形がどの色に似ているかで名付けられている。▼これらを総称して「カラードノイズ」と言う。こんなことを言うのは、DIのエレクトロハウスによく曲を寄稿しているDJノイズ・コントロールが何をどうコントロールしているのかという馬鹿らしい雑談を始めたついでにカラードノイズを解説する必要に迫られたからで、他のうんちく記事同様、取り立てて意味はない。

[1667] Mar 22, 2014

スピーカーを梱包するため、エアパッキンを東急ハンズで仕入れてきた。いわゆる「ぷちぷち」にあたる気泡の細かいタイプをぐるぐる巻のメートルで、もうひとつは巨大な気泡の緩衝材。合わせて1200円。▼修理に出すためのダンボールなのだから、新聞紙を詰めればよいのだし、別にいらない布類でくるんでもいいだろうと言われはしたが、高級なものだから出来る限り大切に扱いたいという思いと、加えて修理の人が開けてみたときにあんまりぞんざいなパッケージではげんなりするだろうという、とても気遣いとは言えない妙なこだわりによって、財布にはつらい道を選択することになった。これが友人や同僚の言う無駄遣いという悪癖だとしたら、一生治りそうにない。▼とはいえ、そんな私でもこの空気を詰めた部材が千円超というのは、言い方は悪いがいい商売だなと思う。こんなものが売れるなんてと嘆いている町工場のおじさん達もいるだろう。企業は偉大である。

[1666] Mar 21, 2014

サウンド&レコーディング・マガジンの4月号。中盤のMASCHINE特集に心動かされるものがあった。MASCHINEそのものは持っていないし今は買う気もないが、見開き14頁に及ぶ特集がじつに読みやすい。文章、説明というより、レイアウトのなせる技だ。これがまだ電子媒体には出来ない。▼レティーナ・ディスプレイなら紙より解像度が高いのだから同じことが出来るはずだと理屈の上では言えるのだが、レイアウトを視界に収めて情報の入り方をじっと感じていると、どうも解像度の問題ではなさそうだと思われてくる。文字と画像が織り成す雑誌の見開き特集は、たぶん、この物理的サイズがぎりぎりなのだ。画面で同じ読みやすさを実現するには、同じサイズのディスプレイが要る。▼電子書籍に押されて紙媒体が消えていく中、最後まで残るのは案外、雑誌だったり、危機に瀕していると言われている新聞の方なのではないか。MASCHINEのかっこよさに惹かれつつ、そう考えた。

[1665] Mar 20, 2014

イタリア人テクノ・アーティストのドナート・ドジーが、インタビューに答えてこんなことを言っている。「ちなみに僕がこのアルバムで一番気に入っている音は、飼っている猫がスタジオの壁にぶつかった音なんだ(笑)。音楽を作るときも真剣になり過ぎず、笑える部分を残しておくことが大切だよ。」▼アルバムにはフィールド・レコーディング素材も多用しているという、彼らしい懐の深さというべきか。笑える部分を〜のくだりも肩の力が抜けていて好きだが、それ以上に気に入ったのは、彼が自分の曲に、一番気に入っている「音」があると断言しているところだ。これが素晴らしい。素晴らしく私の好みに適う。こういうことを言うアーティストはなかなかいないものだ。「音楽」の信奉者は、展開や和声や旋律を褒めても、音そのものを褒めはしない。▼ただの音。音楽から解放された音。そんな音が好きな心ひとつで行く。「ノー・アイディアがベストプランなんだ。」

[1664] Mar 19, 2014

モバイルゲームの「なりふり構わなさ」にユーザーがまだついてきているのは、ぎりぎりというか奇跡というか、開発各社も少し甘えすぎなところがあると思う。▼あくどい課金方式や、ゲーム性の拙さについて言うのではない。自分で積み上げたものを自分で台無しにする自虐的な態度に辟易しているだけだ。中世洋風ファンタジー、日本戦国時代、あるいは近代世界戦争――そういう、ゲームの世界観を、用語設定やイラストでコツコツ営々と創りあげて置きながら、メインメニューに「ガチャ」と書いてある悲哀に耐えられないのである。そうして、集めたものはなんでも合成し、強化し、進化させ……。▼顧客の誘導性から言えば、課金のアイコンと化した「ガチャ」という言葉を使うのは避けられないのかもしれないが、ゲームの世界観に全く合わないその言葉を見つめたときの、何もかもぶち壊しな感じには心が冷える。自分で創りあげた物くらい、大切にしてあげて欲しい。

[1663] Mar 18, 2014

ラッパークラスの別名に過ぎないアダプター。それ以外に抽象クラスを使う用途があるのかと言わんばかりのテンプレートメソッド。もはやパターンの域を出て標準APIとなりつつあるイテレータ。オブジェクト指向プログラミングの結晶たるデザインパターンの中には、もう少し平たく考えた方がわかりやすいのでは、と思われる「パターンもどき」がいくつかいる。▼その数、23。「もどき」にも大真面目に頁を割いて、物流だのパーサだのという馴染みの薄いコードサンプルで延々だらだらと説明を重ねてしまうから、書籍でも講座でも物量が肥大化して、皆、デザインパターンの勉強をあきらめてしまうのではないか。そんなふうに考え始めた。計23名、よくよく吟味すると酷い格差社会の中に生きていて、三行の説明で必要十分な使い手の少ない化石から、理解に数頁を要するが必修のウルトラCまで、じつに玉石混交なのだ。学習には大いに抑揚をつけるべきだと思う。

[1662] Mar 17, 2014

甘党か辛党かと訊かれたら、間違いなく甘党と答える。洋菓子、特にクリーム系は苦手だが、和菓子なら大好きだ。緑茶かほうじ茶があれば尚良い。▼同僚に一人、とにかく辛いモノの好きな男がいる。飲食店で無料の唐辛子があると、傍で見ていてこちらの目が痛くなるほど振りかけるので、舌が壊れているのではないかと思うのだが、それでも美味い不味いはわかるらしい。しかし、彼が「辛党」を自負するのは、言葉に五月蝿いことを言えば間違っている。▼この手の言葉談義をするときは、デファクト・スタンダードを認めた上で「もともとは」という枕詞をつけるのが暗黙の習わしだが――もともとは、辛党とは甘いモノより辛いモノが好きな人のことではない。甘いモノより「酒」が好きな人のことを「辛党」と言う。酒を飲むくらいなら甘味がいいなあと思う人が甘党だ。花より団子の比較級である。何より甘い酒が好きな人を甘党と言うか辛党と言うか、それは知らない。

[1661] Mar 16, 2014

将棋電王戦。有明コロシアムで行われた先日の初戦は、竹内章氏開発の「習甦」が菅井五段を破り、コンピューターソフト陣営の初白星をあげた。<羽生>の文字をその名に擁し高みを狙うプログラム、前回は無理攻めが祟り、最後まで攻めきれずに逆襲の敗北を喫したが、今回は防御力の高い試合運びで、プロを相手に雪辱を果たした。▼次戦を戦う「やねうら王」には、開発者のプロフィールといい、直前の「バグ修正」が呼んだよろしからぬ波紋といい、何かと話題は尽きないが、とにもかくにも賽が投げられた後は、禍根の残らぬ良い試合を望みたい。プロが負けた場合の修正に対するクレームは、少なくとも外野からは必至だろうが、どういう結末にせよイベントそのものの意義や面白さを損なうごたごたは見たくないものだ。▼尚、今回は、ロボットアーム「電王手くん」の存在感も大きかった。解説からは「動きは可愛いんですが、指し手は厳しいんですよね」の褒め言葉。

[1660] Mar 15, 2014

どんなに好きなことでも、褒め言葉や反響、フィードバックがなければ長くは続かないという意見に、これまで私はどちらかというと賛成の態度を取ってきた。褒められるのは嬉しいし、反響があるのは楽しいし、フィードバックがあれば成長できる。行為とインタラクションの好循環が、気持ちを前に進めてくれるのは間違いない。▼しかし、あるメールをきっかけに、ふと身近な例外に気がついてしまった。目の前にある。この400は、開始以来、この記事の内容が面白かったとか、もっとこう書いた方がいいとか、そういう感想をもらったことはほとんどない。身内がたまにコメントをくれるくらいのものだ。もちろん誤字指摘等は純粋にありがたいが、執筆の推進力とは言いにくい。では、このやる気の出処は。▼文章を書くのが好きなだけ。習慣を断ち切りたくない意地。ありそうなことを並べても今は真実に近づけない。ただ冒頭の主張にも、疑う余地はあると思い始めた。

[1659] Mar 14, 2014

衝動買いで面白い漫画を見つけたので紹介したい。『バーナード嬢曰く。』電子書籍と一緒の袋に入れて買ってきた。物理的な本だ。あてもなく書店を歩いていたら、表紙がツボだったので思わずレジに運んでしまった。あるある、というより、なんだか凄くわかるのだ。舞台は学校の図書館。教科書に出てくるような歴史的著者を読み耽り、古今東西の名著・名言に鋭いメスを入れる読書家――のフリをしたい、女の子が主人公だ。にわか、ここに極まれり。▼だいたい、なんで本を読むのに肩を張る必要があるのだろう。彼女や彼女の周囲に集まる三者三様の「読書好き」が織り成す、破天荒だが案外これが私たちの日常じゃないかと思わせるような小話は、堅苦しい<読書>に対する警戒心をほぐしてくれる。真面目に読むのは面倒くさい。でも知った風に格好つけたい。そんな「ド嬢」のドヤ顔は、要するにこう言っているのだ。いいんだよ、本の楽しみ方なんて。こんなもんで。

[1658] Mar 13, 2014

電子書籍、体験雑感。洋書を二冊購入した。▼良――購入から読み始めまでのステップの少なさ。怖い側面もあるがとにかくスピーディ。文字は想像以上に読みやすい。長押しで英英辞書がスライドインする。これが洋書では破壊力抜群の便利さ。頁めくりの負担は紙より少ない。タップで次へさくさく進める。適当なところに立てかければ、ほとんどハンズフリーでも読み進められる。これは文庫本では難しい芸当。そうして当然ながら、二冊になっても重さは固定。充電さえ切れなければ、いつでも”あの本”が読める。クラウドの真骨頂。▼悪――遠い頁の参照が遅い。最初にぺらぺらとめくって全体像の検討をつけることができない。これが思いのほかつらい。明るさを落としても尚、明るすぎて目の疲れが速い。可視領域が狭いので情報が脳内で断片化しやすい。等々。最後に、良でもあり悪でもあるのは「夜道でも歩きながら読める」ところか。遊歩道以外ではやりたくない。

[1657] Mar 12, 2014

とうとう恐れていた事態が起こってしまった。どうしても読みたい本に、紙媒体での販売がない。電子書籍を買うしかない。▼紙至上主義。ぺらぺらめくる感じが好き。紙の視認性に如くものなし。本棚に積まれていく読後の満足感。他人に貸せる気安さ。指の運動と重量感を伴う記憶力の向上。云々。散々、まさに老害の如く、古い人間の代表の如く、紙本の素晴らしさと電子書籍の(少なくとも私に対しての)訴求力のなさをアピールしてきたが、そもそも紙で出ないと言われてしまっては無条件降伏するしかない。印刷して自前で製本。それはもはや原理主義も過激派の域だ。そうまで時代に逆らう気概はない。軽量タブレット待ったなし。▼例によって調査を重ねた後、ネクサス7に決めた。去年版で最安の16GB。低価格で軽く、スペックも高い。エントリーモデルとしては申し分ない性能だ。携帯電話との画面二台持ちは癪だが仕方がない。ちょっとだけ時代に追いついた。

[1656] Mar 11, 2014

卓上ラックのついでに、ふと見かけて衝動的に購入した二段構えの四角いアクリルペン立てが良い仕事をしてくれた。両手で鷲掴みに出来る程度の小物だが、汚らしい机の印象を強固にする散乱したペン類やテレビのリモコン、インデックス、薬のチューブ、その他もろもろ細かいものをひとつところに集めて尚、殺伐とした白いデスクに凛と涼しくいい味を出している。▼卓上ラックもそうだが、こうしてささやかにでも片付けをすると、そこに収まらない残りのものは、キャビネットにでも封印してしまおうという、一種の踏ん切りがつく。限られたサイズの収納箱に物を整理するということは、つまり何を入れるかの優先順位をつけるということで、瑣末にも関わらず生活領域を知らず侵食していた事物を炙りだしてくれるのだ。――どや顔で言うほどのことでもない。整理、整頓術の類はいつだって当然のことばかり書いてある。その当たり前を実行するのが難しいだけのことで。

[1655] Mar 10, 2014

机のまわりに論文が溢れてきた。紙類が散らばるので今はクリアファイルにまとめているが、そのクリアファイルがそろそろ散乱しつつある。几帳面な後輩を見習って、たて型の卓上収納ラックでも置くことにしよう。私自身は几帳面ではけっしてないし、整理整頓は大の苦手だが、几帳面な人の猿真似をして身繕いするのは嫌いじゃない。自分よりきちんとした人の所作は、まるごと模倣するのがいちばん楽だ。▼さて、仕事場はそんな調子として、しかし家の机まわりは近くにロールモデルがいないので散らかり放題である。随分前からもう私のメインチェアの前にはデスクと呼べる平面がないので、鍵盤を土台に機材やヘッドフォン、キーボード、果ては書籍類など、バランスの取り方も次第に上手くなって、あれこれ積まれている状態だ。誰かを参考にしようとしても、鍵盤ありきで機材類を上手に整頓している部屋の写真はなかなかない。ガレージ部屋はごちゃつく運命である。

[1654] Mar 09, 2014

かつてはC言語も「高級言語」「高水準言語」と呼ばれていたが、今のご時世では無印のCも低級に分類される存在であろう。メモリの意味がわからなくても、開発環境さえ動かせればゲームプログラマとして食べていける時代だ。低級礼賛派でさえ機械語に近い言語は「理解しておくに越したことはない」余剰知識として考えはじめている。コーディングはどんどん職人芸になっていく。▼無論、高級な開発環境を渡り歩いているうちに本質を掴んでいくこともあるので、そういう風潮を嘆きはしない。しかし環境が変わるたびにワンオフ仕様に精通し直すオーバーヘッドはなかなか大きいものだ。これからのプログラマは、プログラムへの理解を深める垂直型の努力だけではダメで、各高級層、ないしミドルウェアが何を重視し、既存のどのシステムに近い機構を目指しているかという、言わば水平型の考察力を磨かなければならない。コードが書けるだけのプログラマは死んでいく。

[1653] Mar 08, 2014

四世紀末。テオドシウス帝がローマを東西に分離した後、西はまもなく滅び、ローマ本土から切り離された東も、名前こそローマ帝国を名乗りながら、ギリシア的な文化とキリスト教の圧力により、徐々に合理性と技術を重んじる古代ローマとは全く別物の国となっていった。▼暗黒時代の到来。ローマの輝かしい土木・建築技術は悪魔の所業として排斥され、ヨーロッパはふたたび神秘主義の蔓延る光なき時代へと突入する。人類にとって幸いだったのは、失われゆく技術の文献を、ビザンチンの修道院がしっかり伝承しつづけていたことだった。だからこそ1543年、オスマン帝国がコンスタンティノープルを陥落したとき、脱出した伝道師たちが古典復興の意気盛んであったイタリアへ技術を伝え、ローマの栄光は千年の時を経て蘇ったのである。▼今は存在の疑われる暗黒時代とルネサンスに関する歴史理解の、定説としての要約。イスラム世界に触れていないのは片手落ちか。

[1652] Mar 07, 2014

月曜日からカレーが食べたいと言い続けてついに今日、目的の店に入ることが出来た。月曜満員、火曜は臨時休業、水曜定休、木曜満員……ついこのあいだまでは、昼だろうと夜だろうと入れないことはなかったような、隠れ家的な名店だったのだ。それが、地元の紹介雑誌に取り上げられて以来、この大盛況である。今日も、滑り込んだ後から何人もの人が、扉を開けては残念そうに去っていった。細いビルの側面から、非常階段のように狭い階段を登って、三階まで辿り着いた先にある小さな個人店舗とは思えない。▼もちろん味を猛プッシュしていた身としては、多くの人が店を知って、気に入ってくれて嬉しい気持ちもあるが、そのせいで自分が食べられなくなったのは純粋に悔しい。いつでも道端で演奏していた大好きな地元のアイドルが、全国で大ブレイクして全くチケットの取れない歌手になってしまった気分とは、こういう感覚だろうか。隠れ家の発掘も良し悪しである。

[1651] Mar 06, 2014

急遽、打ち上げに”超”偉い人が来ることになった。多忙を極めて普段は出席されないのでありがたくも貴重な機会である。▼彼と呼ぶのも本来は烏滸がましいが、そこは記事の都合で失礼して、今日は彼の興味深い諌言をひとつ。説教と言うほど厳しい語気ではないが、あるとき話の流れで「お前はちゃんと仕事できてるのか」と訊かれた先輩が、「仕事はちゃんとやってる自信あります」と答えたところ怒られた。参加者の中では頭抜けてデキる人で、周りも認めるし、彼もそれは認めるところであるが、それでも答え方が不味いという。「自分で仕事が出来てるなんて言うやつはだめだ。」▼では正解は。曰く「チームメイトが十分に評価してくれているので、自分はちゃんと出来ていると思います。」仕事は一人でするわけではないのだから、他の人が自分の仕事に満足しているという事実の反射をもって、それを論拠に、初めて自分の仕事に自信を持てというのである。成る程。

[1650] Mar 05, 2014

たとえば。身の丈に合わない高級な時計を買うとする。腕に煌めく貴金属の輝きに見惚れつつ、ふと我が身我が服のあんまり見すぼらしいことに気づく。これではいかんとスーツと靴を数ランク上のものに新調する。完璧な着こなしだ。しかし、この服装でこんな軽自動車に足を任せるのは釣り合わなくないだろうか。高級車が欲しくなる。ローンで高級車を買う。今度は外面と部屋が合わぬ。こんな家具では友人も家に招けない。骨董品も飾った方がよかろうか。……。▼人は、とくに消費で自己表現をするタイプの人は、生活の中にひとつでも身の丈を越えた品がもたらされると、他のすべてをそのレベルに合わせたくなり、連鎖的に分不相応な購買行動を繰り返す。これをドニ・ディドロ氏の逸話にちなんでディドロの法則という。生活水準は、上げられても下げることは難しいと言われる所以の一である。逸話と同じく、最初の契機は人からの贈り物でも成り立つ点に注意したい。

[1649] Mar 04, 2014

「優れたソフトは、なべて開発者の個人的な悩みの解決から始まる。」オープンソース開発の英雄、エリック・レイモンドのこの言葉は有名だ。しかし、彼が提示した「教訓」は他にもたくさんある。今日はその選りすぐりを見てみよう。▼「良いプログラマは何を書くべきか知っている。偉大なプログラマは、何を書き直すべきか知っている。」「公開は素早く、頻繁に。そして顧客の声に耳を傾けよ。」「十分な数の目さえあれば、たいていの課題は速やかに特定され、カタがつく。」「賢明なデータ構造と間抜けなコードの組み合わせは、その逆よりも上手く行く。」▼最後に。レイモンドは私の大好きなこの言葉も引用して自身の「19箇条」に組み込んでいる。サン=テグジュペリの至言。五年前の記事<30>と同じ締めにしてみよう。「これ以上付け加える物が無くなった時でなく、これ以上取り去る物が無くなった時こそ、作者は信じ得るだろう――これで完璧だ、と。」

[1648] Mar 03, 2014

右耳の荒れがようやく治まってきた。三十日くらいかかっただろうか。実にしつこい症状だったが、ようやく治療に屈してくれたようだ。明日からまたモニタリングヘッドフォンがかけられる。スピーカーが壊れている今、イヤホンもヘッドフォンも長時間の使用ができないのはつらかった。▼さて、久しぶりにそのMDRーCD900STで、ここ数日のあいだに調整した種々の音を聴いてみたところ、交互に比較していた頃より鮮明に、そのモニター能力の高さに驚かされた。正直、愛用のHD650の方が遥かに値段は高かったので、言い切るのは後ろ髪を引かれる思いもあるのだが、ことモニターに関してはやはりMDRの方が一歩格上だと思う。掛け心地の悪さは否めないが、こと性能を求める購入検討者は、値段の「安さ」に戸惑わないよう注意したい。▼高かろう良かろうは、ある程度の確率までは真実だが、可能性の突端、最適な解には得てして適用されないものである。

[1647] Mar 02, 2014

不朽の名著『リアルタイムレンダリング』の第三版が今朝届いた。あんまり値段が高い上に第二版を持っているので何度も購入をためらったが、某技術部署の先輩から確実に購入価値ありと強く背中を押してもらったので、その日のうちにワンクリック・オーダーしたものだ。舞台は2002年から2008年へ――。「6年の月日をかけてレンダリングは急速に進化した。」イントロの文言にたじろぐ。これすらも、すでに今から6年前の書物だとは。▼まだレビューも何もない、届いた報告程度の話だが、目次を見る限り内容は広範囲で一新されている。第二版とまるで別物とはいかないが、PS3も挟んで、DirectX10の存在も視野に収め、トピックスは遥かに「現代」だ。最終章に近いハードウェアの解説もより詳細になっている。懸念点は邦訳がないことだが、英語自体はかなり平易なので、基礎的な単語さえ押さえていれば「洋書を読む」という重苦しい感覚はさしてないだろう。

[1646] Mar 01, 2014

行列ぶ並ぶこと40分あまり。美味しいスペイン料理を食べる。▼前菜は生ハム、主食はパエリア、サイドオーダーにアヒージョ、飲み物はサングリア、デザートはカタラーナという、なんともべたべたな構成である。普段は居酒屋で、名前と体裁だけ借りてきたような油っぽい品ばかり見る面々。ちゃんとしたところで食べると、当たり前だが味の広がりが全く違う。深みというより広がりだと思った。いろんな味が喧嘩せずに混ざっているところがないと、このパエリアの楽しさは出てこない。ただ塩辛いのとはわけが違う味の濃さ。濃厚系ラーメンの旨味に通じるところがある。▼最後に苺のスパークリングワインもいただいた。苺の赤よりずっと紅い、ピジョンブラッドのような色。――こう、書いてみて思う。味とは。色とは。じつに安直ではないか。文章書きとしては、形状、香り、音さえ駆使して、食べ物の美味さを別の五感で明確に表現できるようになりたいものである。

[1645] Feb 28, 2014

仕事中、午後、人待ちの時間が出来たので、ちょうどいい機会と思ってハードウェアのマニュアルを熟読していた。単純な機械なら内部は分解して知るべしだが、もはや「単純なる生物」と呼んでもよいほど複雑化した現代の機械は、中を開けてみたところで素人には何がなんだかわからない。内部構造や動作のフローの詳細は、マニュアルを信じて覚えるしかないわけだ。▼さてしかし、わかりやすく図解され、かつ情報に過不足のないマニュアルを作るというのは、並大抵の仕事ではない。非設計者が制作を担うこともザラで、こうなると執筆に気合も乗らなければ、ユーザーが勘違いしやすいツボも心得ていないなど痒いところに全く手の届かない駄本となる。その点、グラフィックス関連の仕様書ないし書籍類は、図解は簡明で用語も統一されていて、学ぶ人に優しい、良い文化を築いてきているなと思う。こうでなければ分野は発展しない。今日は並大抵以上の仕事に感謝した。

[1644] Feb 27, 2014

『MEIKO-V3』――初代ボーカロイドの「メイコ」にバージョン3が登場した。初音ミクの大ブームにも動じること無く、静かにファンを増やしてきた「姐さん」の新たな面目躍如というところ。メタル、ロックなど芯の要るヘヴィボイスならお任せ、という触れ込みながら、ウィスパーボイスと英語もカバーしてマルチプレイヤーぶりも魅せている。新たな領域を開拓したいPには嬉しい仕様だ。▼メイコの声は、個人的にはパッケージビジュアルよりもかなり低く感じる。歌のサウンドとしてはぐっと外人寄りな印象で、それだけに日本人のJ−POP女性シンガーを想定したメロディラインだと低みが映えない。では英語ボイスならいけるかというと、そういうわけでもないので、基本は日本語で歌いつつもどこか異国感を出していく、その異国感の補強に英語を使うという戦術がプラクティカルなのではないかと、傍観者なりに思っている。さあ、次はどんな名曲が生まれてくるか。

[1643] Feb 26, 2014

ニコ・メレ『ビッグの終焉』読了。近未来を予言すると銘打つ社会学系の本は、目につくと読みたくなる。ラディカル・コネクティビティ(革命的なつながりやすさ)がもたらす新たな社会の未来とは。帯のようなデザインの表紙が、ビッグな文字で叫ぶ。「未来研究者による緊急提言!」▼結論から言うと、これは煽りが悪い。未来、未来と言いつつ、内容はここ最近のネット関連事項の議事録に終始している。各章の最後には「未来がどうなるか、それはまだわからない。」「よりよい社会の姿を一緒に考えていこう。」などと書かれている。現状、こういう良いこと、こういう悪いことが起こっているので、さあどうしましょうねという、言わば思考材料の提供である。▼そんな視点で読めれば内容のまとまりと議論の道筋はわかりやすい。ラディカル・コネクティビティはナードの快哉でも権力者の悪夢でもないという穏健な中立の立場から、ゆっくり社会の未来を考えてみる書。

[1642] Feb 25, 2014

雪がまだ街路に残っている。優雅さの欠片もない黒ずんだ雪。岩壁にへばりついたでこぼこが、巨大な生物の瘡蓋に見える。なんとも気持ちが悪い。▼雪が美しいのは静かに降るあいだだけだ。限定された美しさだ。儚さの代名詞にするには、なんとも去り際がよろしくない。時間と共に汚れていく、かつて綺麗だったもの。恋や愛を仮託するには全く不向きだと思うのだが、それでもそうした詩文が絶えないのは、彼らがロマンチストではなくリアリストだからなのだろうか。▼一軒家。駐車場に天蓋を失ったかまくらの残骸があると、この家には小さな子どもがいるんだろうなと思う。そう思って、ある家の手前でふと二階を見上げたら、ちょうどそのとき小さな窓の明かりが落ちた。なんだか拒絶されたようで心寂しく思いつつ、そのまま行き場のない視線を空に向けると、この夜にいちばん明るい星があった。その星のせいで、特別落ちも教訓もない、この記事を書く気になった。

[1641] Feb 24, 2014

著名なコンポーザーが、新製品のソフトウェアを使ってものの数分でトラックメイクをしてみせる動画を見た。もちろん製品の販促動画だが、内容に反則はない。ちゃんとクールなトラックができている。商品クオリティだ。▼実際、近頃のトラックメイク系ソフトの進化は信じられないほどめざましい。リズム感のある人なら、いくつかデモ版を落としてきてプリセットを足し合わせれば、あれよという間に顎が縦に踊り出すだろう。速く、速く。誰よりも速く。よろしい、その願いを叶えましょう。▼数分で完成するプリセットのマッシュアップ・グルーヴ。私はふいに、なぜ二次創作が魅力的に見えるのか、その逆説的な理由を見出した気がした。逆説だ。つまり、二次創作であることが、すでにあるメロディを忠実に再現しているのだから、出来合いプリセットの単なる足し算で作られたものではないというオリジナルの証明になる――そういう、得も言われぬパラドクスなのだ。

[1640] Feb 23, 2014

懐メロ、というと普通はある世代が共有した流行歌を指すが、今日、私が浸っていた懐メロはそれではなく、もっと個人的なものだ。懐かしのメロディ。それを聞くと、当時の記憶や体験がまざまざと思い出されるような曲――思春期の頃、ハマリにハマったアニメやゲームの曲を漁っていた。▼どんなにマイナーな曲でも、どんなに世間から忘れ去られても、私という一個人の記憶の中では時代を越えて不朽の名曲枠を堅く占めている、そんな作品がいくつかある。いつか、そういう曲を簡単にでもいいので、まとめてアレンジして世に出せたらいいなと思っていたが、「いつか病」にかかって大作を夢見ていると、永久にそんなものは完成しないので――音源の調整ついでに、サビだけ記憶を頼りに再現してしまった。3トラックの極小構成。数十秒のサビが数個ならぶ、ささやかなひとつのファイル。JASRAC管理曲なので迂闊な場所には出せないが、どこかに上げて置きたい。

[1639] Feb 22, 2014

昨日の問題、この記事を見た友人も手伝ってくれたが、試行錯誤の末にも「汚い結果」以上のものは得られなかった。であれば、この汚い結果こそ真実なのかもしれない。現実世界では綺麗に見えるオブジェクト、綺麗に見える配置でも、数学的に解いたら複雑な式になることは珍しくない。▼それにしても、仕事でここまでがっつり数学を使うことになるとは思わなかった。思わなかったというと言い過ぎで、いつか使う日が来るかもしれないと期待はしていたが、期待以上に早く必要に迫られたと言うべきだ。定番の、懐かしいフレーズがよみがえる。「数学なんて、社会に出てから何のために使うんですか。」それでは君は、社会に出てから何を使うつもりでいるのか。▼英語、数学と、立てつづけに受験科目的な素養を求められる場面に出会って思う。学生時代にちゃんと基礎教養を積んでおいてよかったなと。たとえ当時ほど頭は回らなくても、語彙がわかるだけで楽なものだ。

[1638] Feb 21, 2014

ひたすら円錐の方程式と格闘していた。ノートが数式で埋まる一日。▼y軸上に頂角2θの円錐を置く。先端を下にして、頂点の位置を(0,Ay,0)に。漏斗をごろんと転がした格好だ。したがって、中心軸とy軸は一致していない。ここが厄介なところだ。中心軸はベクトル(0,cosθ,sinθ)となる。▼この円錐を真上から見たとき、円錐表面上の点(x,y)を通り、円錐の底面に並行な切断面=円と、y軸との交点(接触点)Syを求める、というのが数式化された今回の課題だ。これが解ければシェーダの実装は成る。成るのだが、これが意外と解けない。▼解けないというと嘘で、円錐表面を表す方程式から強引にパラメータを消去してSyを導くことは出来たのだが、恐ろしく汚い数式になるので、妥当性も検証できず本当にそれでいいのか悩んでいる状態だ。幾何学的にはシンプルな設定なので、よりスマートな解があるように思えてしまう。さいわい明日は休日。紙と鉛筆でリトライだ。

[1637] Feb 20, 2014

「広告に使っている金の半分が無駄になっているのは知っている。問題は、どちらの半分が無駄になっているのか分からないことだ。」近代広告の父、ジョン・ワナメーカーはこんな至言を残している。何がどう効果を挙げているかわからないが、削減すれば削減した分だけ売上が減り、全てを失くせば商売にならない。しかし明らかに過剰とわかるほど湯水のように資金をかけている……。頭の痛い問題である。▼さて、後に明らかになったところでは、ワナメーカーはそれでもかなり広告に譲歩していたようだ。現在では、広告費の99%は無駄になっているという報告さえある。数人の主犯格が潜んだ街に10cm間隔で焼夷弾を落としていくようなものだ。疑う余地なく暴挙である。しかし、暴挙の他に戦果を挙げる方法がない。▼インターネットやソーシャルという新たな広告媒体でも、このあたりの事情に大差はないそうだ。この広い世界、人に知られるというのは本当に難しい。

[1636] Feb 19, 2014

レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』読了。「この書を読まずして現代建築を語るなかれ」とは磯崎新の煽り文句。この評価が正しいかどうか、門外漢の私にはわからないが、ここ数年で最大級の知的興奮を誘う書物であったことは間違いない。分厚いちくま学芸文庫が漫画に思えた。頁をめくる手が軽い。▼私にとっては、最近の主題であるグリッド・ミュージックについての考えをまとめる上でも大いに役だった。なんといってもマンハッタンほどグリッドを基礎として築き上げられたメトロポリスは他にない。畢竟、本書は「グリッドとは何か」から「だからどんな街が出来たのか」までの論証を、マンハッタンという事例を元にやってのけた快挙なのだ。淡々とした論証である。▼「だからどんな音楽が出来るのか?」摩天楼の地下に封じられたボザールは、停止した時間の上で、鼓動の復活を待ち詫びるバイオリンの叫びになるのだろうか。――文句なし。星5つである。

[1635] Feb 18, 2014

数日前にブレーカーが落ちたことを書いた。あれ以来、家の主たる電気系統に支障はないが、どうやらファクシミリが壊れてしまったらしい。ブレーカー復旧の直後から、定期的にこんなことを言い出すようになった。「ファックスを送信したい場合は……」▼延々とつづく音声ガイド。受話器を外そうが、キャンセルを押そうが、オプションを操作しようが収まらない。止まりはするが、数十秒後に同じことを喋り出すのだ。試しに一周、アナウンスの終了を待ってみたら、言い終えると同時に最初から繰り返しはじめた。うるさくてとても電源を繋いでいられない。▼スピーカーのスイッチが壊れた件でも同じ感想を抱いたが、こんなことで家電がひとつ使えなくなってしまう儚さ、虚しさ。つくづく脆弱な生き方をしているなと思う。再起動もダメ。叩いてもダメ。音量をゼロにすると今度は電話が鳴らなくなるので用をなさない。未だ直らぬスピーカーとならべて頭痛の種である。

[1634] Feb 17, 2014

受験英語のリスニングで、私が生徒たちに教えていたひとつの極意がある。極意などと大風呂敷を広げたが、中身はどこのリスニング教本にも書いてある平凡なことで、質問文は冒頭の一単語を絶対に聞き逃してはならないというだけの話だ。しかし、これは徹底する価値のある訓練で、たとえば難易度の高いリスニングCDの質問文冒頭だけをリピートして、5W1Hだけは誰がどんな早口で喋ろうと絶対に聞き逃さないという自信と経験を積んでおくことは、実践で非常な威力を発揮する。▼このごろ意思疎通を図ることの多いネイティブのチームメイトとの会話で改めてこのことを痛感した。彼の英語はスピードも早く発音も聞き取りにくいのだが、なによりもつらいのは、冒頭の句が口にこもって全く聞こえてこないのである。リスニングと違って、質問文なのかどうかすらわからない。最初の一語に全神経を注いでようやく全文が見えてくる。やはり冒頭の聞き取りが肝である。

[1633] Feb 16, 2014

「健康はアゴから。」くろがねより、「堅パン」なるものを食す。堅い。堅いというより硬い。ちゃんと側面に注意書きがある。「たいへん堅い商品ですので、歯の弱い方は、ご注意ください。」歯が欠けるかもしれないので、前歯で噛んではいけないという、聞いていた前評判は正しかった。▼非常食にもなるという本商品、もともとは大量生産できてかつ保存が効くようにと極力水分を減らした結果、鉄(くろがね)のように堅くなったものだという。発祥の地は北九州の八幡製鉄所。昼夜休憩もなく工場で働く従業員のために凝縮された糖分と栄養を届けようという、今風に言えばブラックなのかホワイトなのかわからない配慮から生まれた素敵な品である。練乳入りの優しい甘みが嬉しい。▼甘くて美味しい乾パンといったところ。幼少期の主食=スルメで鍛えた私の顎ではあるが、年とともに脆くはなっているので、堅パンを噛んでしばらく往時の筋肉を取り戻すことにしよう。

[1632] Feb 15, 2014

久々に刃牙を読んだ。カタカナになる前の、フルネームになる前の、グラップラーの刃牙である。愚地独歩のスピンオフ「拳神」がきっかけで、ちょうど彼が最高に輝いていたころの作品を読み直したくなった。こういうとき漫画喫茶はありがたい。花山薫の登場から地下闘技場トーナメントまで、懐かしく読み切った。強さがそれほどインフレする前の時代。次々と現れる強敵の「こいつには勝てないかも」という感覚が生きている。▼刃牙が後半に至って劣化したと言う気は毛頭ない。やはり初期が最高だよね、などという創作者殺しのセリフを吐くのは問題外だ。けれどもやはりこう、未熟な主人公が激戦の数と共にみるみる成長していく姿というのは、自分もそうありたいと願うからだろうか、見ていて読んでいて純粋に気持ちがいい。チート能力を持つ主人公が対立者を蹂躙していく、最近流行りの「最強物」とは、やはり一線を画する原始的な高揚感があるなと思うのである。

[1631] Feb 14, 2014

ブリザードだよ、これは。猛然と襲いかかる強烈な向かい風の、吹雪をしなる傘で受け止めながら、何度か心のなかでそう思った。皆、ビル風が吹き抜ける遊歩道を嫌ったか、踏み固められた道がほとんどない。足元は視界の限り分厚い新雪。ところどころに申し訳程度の足あと。自分が獣道を作るんだ。そんな気分で、なるべく足あとと足あとのすき間を押し付けて歩いた。そういう、大袈裟な気分で歩いていないと、風邪がまたぶり返してしまいそうなほど寒くて冷たくてつらい。▼家に逃げこんで暖房をつける。冷たい風が出てくる。いつまでたっても部屋の温度は低いまま。都会育ちの彼にはこの豪雪、まるで歯がたたないようだ。着込んで、着込んで、その上から半纏で。しまいには布団に逃げ込みたくなる。天候の荒れた夜は多少大きめでも構わない。左側だけの音楽を鳴らしてこもってみる。悪くない。だが寒い。明日は大雨が降るという。なんとまあ、泣きっ面に雨とは。

[1630] Feb 13, 2014

「ユーチューブにあがってない曲なんて、もはや世間的には存在しないも同然だよ。好むと好まざるとにかかわらず、僕たちは曲を広めるために動画を作らなければならなくなっている。」▼動画と音楽が融合して新しいエンターテイメントが産まれる――そう夢見ていた素朴な時代は終わり、単に音楽の生産現場はモーションピクチャーという新たな負荷を課されてしまった。「映像のない音楽なんて、いつ聞くんだい?」移動中、と答えそうになって逡巡する。今はもう、みんな移動中すら端末で動画を見ながらイヤホンを震わせているではないか。眼と耳の分裂症は、本当に完治してしまうのかもしれない。▼一枚絵という特殊な動画の存在は、ちょうどアルバムを眺めながら音楽を聴く疑似体験を提供する如く、この流れの緩衝材になってきたのだと思う。私もそれにあやかったひとりとして改めて感謝すると共に、さて次はどうやって動くものを創ろうかと、考えない日はない。

[1629] Feb 12, 2014

スピーカーが壊れた。といっても深奥の内部構造が大破したわけではなく、単にスイッチの機構がどこか外れたらしい。分解してみると、表面に出ているON/OFFのトグルボタンと、それに連動して回路を弄るための金属部品が数点。さて、なんとか自分で直せないだろうか。▼スイッチの構造をネットで調べつつ、四苦八苦してようやく元の構造と同じ組み合わせにすることはできたが、肝心要のトグルボタンを嵌めこむ工程がどうしてもできなかった。奥側の部品は、スピーカーの背を下にしていないと落ちてしまい、ボタン側の部品は、その逆でなければ分解してしまう。工作ではよくあることじゃないか、そんなこと――そう思っていろいろ試してみても、こんな単純な問題を乗り越える手段が、私にはなかった。あっけない。▼近所の電気屋さんに駆け込んでみよう。それでもだめなら出張サービスでも依頼するしかない。風邪のだるさと相まって無力感は数割増しである。

[1628] Feb 11, 2014

日本の音源系ソフトウェアで販売代理店というと、「クリプトン・フューチャー・メディア」「メディア・インテグレーション」「フックアップ」あたりの名前があがってくると思う。もちろん他にもあるが、取り扱いブランドはそれほど多くない。DL製品がなく日本の店舗からパッケージを取り寄せたとき、上記以外の代理店のサポートチラシが含まれていると驚くほどだ。▼けれども、忘れがちとはいえ、世界には販売代理店などついていないメーカーもたくさんある。そういう言語障壁の向こう側にいる優良ブランドを置き去りにしてしまうのは悲しい。NAMMのレポートなどチェックしていると、いかにたくさんの優れた機材や優れたソフトウェアが、どういう力学か知らないが、取り立てて日本に紹介されず、多くのクリエーターに知らされないままでいるかがわかる。代理店のブログには、売れ筋の情報しか書かれないのだ。検索ワードを半角にして広く情報を集めよう。

[1627] Feb 10, 2014

発熱。喉痛。鼻水。咳。見事に弟の風邪をもらってきた。週末企画を急遽代理で放送するなど部屋にもずいぶん侵入していたので、正直、わかりきっていたことではあるが、いざ罹るとつらい。症状の度合いが同じなら長引くだろう。水曜日、万が一休んでもいいように少しばかり残業してきた。明日の休日はありがたく布団で全休させていただこう。節々の痛みもまだ取れない。▼風邪どうこうという話と直接関係はないが、ここ二日のあいだにブレーカーが二度も落ちた。たしかに電気の使用量は多めなタイミングだったが、ふだんならピークと言えるほどの消費量でもない。土曜日の大雪が何か関係しているのだろうか。さいわいどちらも制作物への影響はなかったが、二回目はちょうどレースの録画を見ていたときで、「4コーナ回って最後の直線、先頭は――」ここでプヒュウンと画面が落ちた。何かの演出かと思うほど見事なフリーズ演出である。贔屓の馬はちゃんと勝った。

[1626] Feb 09, 2014

雪を掻いても雪を掻いても見渡す限りまだ雪原。早朝より町内総出で雪かきをする。人の群れには明らかにおじいちゃんと、母親と、子どもが多い。旦那様は休日出勤か、寝ているかのどちらかだろう。私の同年代はほとんど見当たらなかった。▼風が強かったせいもあって吹き溜まりとそうでないところの積雪傾斜が大きく、いちばん手こずった交差点は腿まで埋まりそうな柔雪の山になっていた。端へ、端へとスコップで寄せていく。ちょうどそのとき、小学生くらいの女の子が傍で雪だるまをつくっていたのを見て、なるほどと合点がいった。雪だるまとは単なる子どもの遊びではなく、なかなか実用的な除雪の手段でもあったわけだ。みるみる雪が減っていく。▼スコップを使う筋肉が疲れたので一緒になって雪だるまをいくつか作った。もちろん作業はスコップの方が早いが、やることを変えて気分と体力を回復するのも大切だ。夕方には撤収。ようやく歩きやすい道が出来た。

[1625] Feb 08, 2014

雪。雪。深夜から降りつづけて朝にはやはり銀世界。雪かきをすることもできない吹雪が街の姿を刻一刻と変えていく。ベランダの手摺りには見事な白い堆積層。20cmある私の小指の先から親指の先まで広げた幅より長いので、25cmないし30cmはあるだろう。とんでもない積雪。ここに越してきてから、たぶん初めて見た。▼十年ものの豪雪という予報は完璧に仕事をしたわけだ。夕方に見たら手摺りの雪は風に煽られたのか端だけ残して内側に崩れていたが、見渡す道路と遠い屋根屋根の色は完全に消え失せて、きっと雪国の冬景色はいつもこんなであろうと思わせるような、白また白の、立体感のない表面を晒している。▼ふだん見ている町並みの一枚絵に雪のテクスチャを貼り付けたような外観だ。職業病というわけでもないだろうが、目が悪い私には、こういうぺらりとした景色がいっそう表面的に映るのである。窓を開けずに覗き上げる雪空の色は、意外にも汚い。

[1624] Feb 07, 2014

髪がとにかく伸びてきた。今日、風呂場で気がついたが、自分の毛先に焦点を合わせられるほど長くなったのは初めてかもしれない。そうして髪の毛というものは、こう近眼の焦点でまじまじと塊を見ていると、なかなか気持ち悪いものだと思う。黒い線の集合体。虫や触覚を思わせる何か。だんだん禍々しい物体に見えてくる。▼さて切りたいのはやまやだが、明日は十年に一度の大規模な豪雪があるというので床屋の予定を警戒しているところ。目が覚めたら窓の外は銀世界、なんてことになっていたら、子ども心に白雪を喜びつつも、せっかくの休日に雪かきで身体を痛めなければならないのもやるせない。せめて外出時には降り止んでいてくれたら……と思い、ふと深夜の窓の外を見やると景色の色は氷のように冷たくなっていた。おとなしく上着を羽織って暖房をつける。弟は一足先に風邪をひいてしまった。散髪して身が寒くなったところへ悪い菌がつかないことを祈りたい。

[1623] Feb 06, 2014

必死の思いで組んだシェーダがかなりの低コスト・高効果を見込めるということで、ひとまず各部署から承認された。ディファードライティングとの相性が致命的に悪いので、次世代機での表現方法が課題として残るが、これはこれでひとつの新しい表現が現実的なリソースの範囲内で出来たと思う。着任以来、最初の仕事を上々にこなせてまずは信頼を得られたところ。新領域への挑戦は出だしが肝心だ。▼修羅場に差し掛かっていないからそんな悠長なことが言えるのだ、とも言えるが、現在のところシェーダの仕事は肌にあっていると思う。プログラムを書いている時間が長く、数学をフルに活かせて、かつ各部署との折衝機会も多いので、おしゃべり好きには嬉しい。表現力向上と高速化という矛盾を常に抱えている点も、頭脳を停止する必要がないので好印象だ。時間に追われすぎることなくぼんやりしている時間を極力減らすには、考察事項の尽きないことがいちばんである。

[1622] Feb 05, 2014

誕生日を平和に過ごした。これで28歳。もうすぐまたひとつ、大台。▼仕事を終えて同僚たちと食事へ、誕生祝いでもなんでもない普通の夕食を取って、ゲームセンターへ。IIDXの十段が解禁されているかもしれないというガセメールに惑わされて段位認定を開くと8段しかない。「今日は新曲追加だけらしい。」プレイ後に追記のメールを見た。なんともタイミングが悪い。▼寒くて手がかじかんでいるのでスコアも伸びない。100円2クレジットサービスのおかげでワンコインで遊べた。ポップンをフェイル抜けしたもうひとりを拾って本屋へ。目当ての漫画だけ購入してささっと帰るつもりが、あまりにも充実したイラスト教本の一角が面白すぎて、ニッチすぎる描き方本や構図集のシュールな絵面に爆笑しつつ、ときに悪書を貶し、ときに良書を褒めつつ、五十分近くもああだこうだと言いながら立ち話をしていた。外は刺すように冷たい。誕生日はかくも平和に過ぎた。

[1621] Feb 04, 2014

細工は流流、仕上げを御覧じろ。仕事の過程はさまざまあるのだから、小うるさいことを言わず出来上がりを見てから云々してくれという、ごもっとものような言い訳のようなことわざである。「故事ことわざ辞典」には「部長、完成するまでは黙って見守っていて下さい。細工は流々仕上げを御覧じろですよ」などと用例が出ているが、現実世界で吐ける台詞とはとても思えない。生意気を通り越して言語道断――そう感じるのは、一概に私が古い人間だからでもないだろう。▼世の中、結果こそが全てと断じる成果主義の人もいれば、運を孕んだ顛末よりもプロセスにこそ真価が宿ると考える人もいる。しかし、どちらを相手にするにせよ、自分から「過程をとやかく言うな」と怒るのは好かない。とやかく言われるような過程には、何か問題がある危険性――転じて、もっと上手くやれる可能性があるからだ。たとえ途上の横槍でも、他人の言葉には出来るだけ素直に耳を傾けたい。

[1620] Feb 03, 2014

本来は出席する必要のないミーティングに出席した。新たに入る外国人戦力――相当出来る――を迎えたので、要するに通訳が欲しいという話であった。▼果たして隣に座って同時通訳もどきを申し出ると、たぶんわかるからかいつまんでで大丈夫という回答だったので、少々拍子抜けしつつ(ついでに、完璧な同時通訳など出来るはずもないので無茶を言われなかったことに胸を撫で下ろしつつ)ダイジェストで状況を伝えていった。▼このところ喋っていなかったので思うように単語が出てこないのは無理もないが、何が出ないといって難しい単語よりも助詞・助動詞の類と正確な文法が出てこない。結局、キーワードを並べるようなぎこちない発話になってしまったのが悔しかった。意思疎通は取れたので業務として差し支えはなかったが、せっかくの語学というささやかな武器、いつでも携えていると油断して、いざ抜いてみたら錆びたナマクラでしたでは恥ずかしいし情けない。

[1619] Feb 02, 2014

『TM BOX』に登録する。ツイッター連動型の音楽投稿サービスで、とにかく堅苦しさのない気軽さが売り。「ノリでつくってみた」だろうと「ちょっと試してみた」だろうと、なんでもいいから気負いなく好きなモノを上げ給えという、サービス側とユーザー側の懐の深さで成り立つコミュニティである。合計容量も無限大なので、アップロードする側も遠慮なく次々上げていけるわけだ。ここまで大らかな態度を取ってくれるところはなかなかない。逆に長期の存続が心配されるくらいだ。▼本来、完成品以外を衆目に晒す意味はないはずだが、実験についてのフィードバックを不特定多数から求めたいという欲求、あるいは自分は水面下でいろいろ画策しているという存在証明、などなど、創作者のまっとうな実利から少し離れたところにもプラスアルファな需要がある。『TM BOX』はそこに上手く応えた。この気安さよ、どうか大規模化しても失われないでくれと祈るばかりである。

[1618] Feb 01, 2014

いくつか動画を見たり、音楽を聴いたりする。面白いものは面白いし、つまらないものはつまらない。しかし出来映えの良し悪しを差し置いて、何よりまず何か突出したもの、その人ならではの個性的な要素がわかりやすく提示されていると、これはいいなと思ってしまう。画面上の小さなフレームの中に切り取られた世界の独創性を前にしては、安易にクオリティを云々する人の方が野暮であるように思われる。そう思わせる力がある。▼あるいは私が個性や面白さを偏重するのは、よく言われるようにそれが自分にない資質だからかもしれない。人生全般に関しては同種の他者に比べると通りいっぺんでない、それなりユニークな生き方をしている自覚はあるが、こと制作物、出力された成果物の方にほとんど個性は見られないのが不思議というか残念というか、なんにせよ現実である。さりとて出来映えがどうと言うつもりはないが、さてさて――やはり独創的な作品には惹かれる。

[1617] Jan 31, 2014

毎年恒例の2月1日バグに遭遇した。なぜか2月のファイルが生成されずに3月のファイルが先取り生成されて、トップページが表示できなくなるいつもの不具合。風物詩というには不快だが、毎年直すと言いつつ直さない自分に完全な責任があるので文句を言う筋合いもない。いつか直そうと思っているバグなど、永久に直らないのである。来年も慌てふためいているだろう。そのバカさ加減が案外きらいじゃないのもたちが悪い。▼サーバーもずいぶん増えた。現在、このサーバーは400のためにしか稼働していないが、ファイル保存用に別のサーバーを二つ借りている。クラウドも充実してきたし、格安とはいえ無駄な出費に思えてきた。ここだけ残して整理もありかと思っている。ここ即ちシーサイドネットはサポートも手厚く安定性も高く、値段はそこまで安くないがなんだかんだで長い付き合いだ。切るなら他を切る。それくらいはオススメできるレンタルサーバーである。

[1616] Jan 30, 2014

「僕が最近、月日の経つのが早いと感じるのは、他のどんな事実より『けいおん!』からもう5年経ったってことだね。」ある先輩の言に全くもって同感する。新世紀エヴァンゲリオンからもうすぐ20年と言われても「そんなものだろうな」くらいの感慨だが、まだ記憶に新しい「最近のアニメ」のような気がする『けいおん』――その後も取り立てて古典化することなくふわふわと、アニメそのもののようにのんびりと時を刻んできたあの作品が、もはやハーフ・ディケイドも過去まで遡るという、衝撃。▼アニメを見る方か見ない方かと言われれば、1クールに平均2本程度なので、見る人から見たら見ない人、見ない人から見たら見る人という、謎かけ言葉のような位置取りだと思う。『けいおん!』がとりわけ好きなアニメだったわけでもないが、光陰の指標として説得力を持っているように感じるのは、一大ブームを形成した後の緩やかなフェードアウト具合に拠るのだろう。

[1615] Jan 29, 2014

曲を創りたいのでフリーで使える制作環境を教えて欲しいと言われたので、そういうことならと喜んで対応を買って出たものの、簡単な曲だが実は今週末までに仕上げたいと聞かされて大いに焦る。3日程度ではMIDIの音がちゃんと出るかどうかもあやしい。とにかくノートが打てるようになるまでということで、Studio One(無料版)の立ち上げをスカイプの画面共有でサポートした。▼案の定、起動してすぐに音が出るなんていう運の良いことはなく、オーディオデバイスのプロパティをいじったりエクスクルージブを解除したり内蔵音源をロードしたりと、あれこれあたふたした挙句、なんとか音が出るところまでは漕ぎ着けた。曲を創るといっても作曲ではないので、あとは譜面をノートに起こしていくだけだ。▼物事は時間に余裕をもって計画を、などと月次な感想を言う気はない。それよりも金銭的負担を排して尚、曲制作環境の敷居の高さを改めて実感した次第である。

[1614] Jan 28, 2014

"STORYTELLER MEETS GRID SYSTEM."▼昔、誰かが優れた都市計画に曲線は不要だと言っていた。必ずしも賛同しないが、アーバニズムとグリッドシステムが切っても切れない関係にあるのは確かだ。グリッドは個の最大単位をセルに押し込めることで、特定の誰かが特別な意味を持つことを拒否する。「我々は何でも受け入れるが、しかしそれは君でなくてもよい。」それがグリッドシステムだ。曲線という交換不可能性の強い要素は、確実に相性が悪い。▼都市は摩天楼によってグリッドを空へと拡張した。しかしEDMはまだ大地を増殖させる術を手に入れていない。ビートという単位に乗せて音のモジュールを貼り合わせていく平面は伝統的な音楽平面と同じである。曲線は排除されただろうか。物語は抹殺されただろうか。我々のシステムはまだ黎明期なのかもしれない――だから、冒頭の文句は、私がいま額に書いておくべきテーマなのだ。未来に背中を見せるのはつまらない。

[1613] Jan 27, 2014

舌の裏側に口内炎が出来た。部位でいうところの舌下小丘にあたるところ、球形の表面に白い炎症が見える。数日前から気になり出したが、今日見たら米粒大の大きさになっていた。煽りを受けて周囲の舌下ひだが腫れていて実に感触が悪い。唾石ではないと思うが素人判断ほど危険なものはないので近日中へ耳鼻科へ行くことにする。それまではケナログを塗って様子を見よう。▼口内炎の原因は疲れ・ストレスのような漠然としたものから栄養不足・物理的刺激のように定量的なものまでさまざまだが、今回の場合は明らかに寝不足が原因だろうと思う。ここ最近の就寝周期はちょっとひどかった。楕円形の白い潰瘍として現れるこの手の口内炎は、恐らく最も多くの人に馴染みの深いタイプで、とくにアフタ性口内炎と呼ばれているが、ベーチェット病という原因不明の自己免疫疾患に拠るケースもごくごくまれにあるらしいので、なんにせよ医者にはちゃんとかかったほうがいい。

[1612] Jan 26, 2014

ある人が、このシンセは素晴らしい、とくにリードはいい音が鳴ると言う。他の人が、こちらのシンセはベースが太くで最高だと言う。別の人が、今度の某社の新製品はどれも独特の音色で画期的だと言う。……。▼内輪で情報が飛び交っているうちは、たぶんまだよかった。信頼できる友人筋からの情報だけ信じて、あとは雑音としてシャットアウトすることもできた。けれどもこうウェブ上を「これがよかった」「あれがよかった」の声が数多往復していると、ツマミとの格闘につかれたノイローゼ寸前の音屋が、藁にもすがる思いで他人の感想を鵜呑みにして次々と新しい音源を求めていく、その気持ちがわかるような気がする。▼新製品に感動して購買意欲を煽る善良な市民にステルスマーケティングの意図はないにせよ、彼が本当に旧製品を十分使いこなしていたかどうか、ただ飽きて乗り換えただけではないのかどうか、無駄な買い物をしないためにはよく考える必要がある。

[1611] Jan 25, 2014

真っ暗な中で休日を過ごすと、それが精神生活的には充実した一日であっても、なんとなく時間の使い方を間違えたような、何か致命的な間違いを犯してしまったような申し訳ない気持ちになる。要するに、昼間外に出ないと気が滅入る。▼ふだん、どんなに眠い時でも出来るだけ三食は遠くの飯屋へ食べに出かけるよう心がけているのは、寝不足に加えて太陽の光を浴びないまま午後の仕事に取り掛かることの危険性、顕著な効率の低下とメンタルダメージを理解しているからだ。社会人になって四年、何をいちばんよく学んだかと言えば、体調管理というありふれた名称の中に、どれだけたくさんの意識的な行動が含まれているかということだろう。▼分刻みに仕事が積まれる生活の中で体調を崩さないことは、絶対に負けられない麻雀でドベの時に平常心を保つくらい難しい。昨日今日はずいぶん夜更かしをしてしまった。自戒の意味で、ここに”早寝早起き”の標語を刻んでおく。

[1610] Jan 24, 2014

若くしてベンチャー企業を立ち上げ、大成功とは言わないまでも計画倒れの重力からは脱出して軌道に乗せ、複数の異なるプロジェクトを「その筋では有名」な中くらいの成功に導きつつ今も奮闘をつづける社長さんに面白い話を聞いた。▼ビジネス論の研究者でもある彼は、成功した同業他社ベンチャーのデータには、黎明期に乱高下していた事業成績がある時を境にまっすぐ右肩あがりの直線へと変貌する瞬間があることに気がついた。これは確実にここで何かロジックを掴んだに違いないと、機会を得て彼らにインタビューをしてみたところ、驚くべき答えが返ってきた。▼でも彼らの言うことが正しかったと今はわかるよ、と社長は言う。「本当に不思議なことだけれど。あれこれ戦略を練って状況的にも論理的にも明らかな好手を打っているあいだは、なかなか業績が安定しなくてふらふらするんです。でも、地道に営業を頑張ると、何故か線がまっすぐ伸びていくんですよ。」

[1609] Jan 23, 2014

BYOD――Bring your own device.ビヨッドと日本語で発音するかどうか知らないが、今のところはビーワイオーディーと読んでいる。「私的デバイス活用」などと訳されることが多いようだ。要するに、自分の電子端末を会社に持ち込んで、それで仕事をした方が使いやすいし楽だしいいじゃないかという機運である。▼反対派の主な題目はセキュリティに関する危険性。しかし社員が会社の端末でメールを確認したり、ドキュメントをクラウドから落としたりしている昨今、自分の端末を仕事に利用したくらいで社運に関わる重要な情報が漏洩するような状態では、遅かれ早かれ秘密は飛んで行くだろう。であれば私的な端末利用を前提として、より強固な情報管理体制を組み直した方が未来のためかと私は思う。'Bring Your Own Disaster.'などとは少々穿ち過ぎではないか。▼我が社はITのふりをした町工場なので当分は無縁だが、国内の動向くらいはちゃんと確認しておきたい。

[1608] Jan 22, 2014

次から次へとSNSが乱立しては事実上のサービス停止に追い込まれていくソーシャルメディアの戦国時代に、どこが使いやすいか、誰が覇権を握るか、などなど地図のことばかり考えて、忘れられがちな懸念事項が記憶容量の問題だ。どんなに下らないブログポストも、投稿するや否や数多のハードディスクにキャッシュされ、恐らく未来永劫、この広い世界のどこかに、電力を要する”データ”として残りつづける。▼ましてそのほとんどは多人数が享受するバイラルなネタ、つまり自己複製されたコピーにすぎない。数日、数ヶ月でブームの去る流行語のエンティティが何億個も保存されていく、そんな馬鹿らしいことをするくらいなら、いっそ出現頻度の高い文字列にグローバルなアドレスを与えて、保存はポインタでしてはどうかと思う。近い仕組みはもうあるかもしれないし、中射程の未来に実現するかもしれないが、これはひとつの提案、ないし私のひそかな未来視である。

[1607] Jan 21, 2014

ピアノ曲やオーケストラのようなクラシック曲は、登場する楽器セットを定めてから譜面を書くことがほとんどだと思う。まず使える音の組み合わせが限定されていて、そこから音符の配置と動きと奏法でヴァリエーションを創造していくわけだ。だから教本の類もいかにして差異を創出するかを主眼に置いている。変える手と品のストックが制作者の語彙になる。▼ところがシンセサウンドとなると、マシンスペックが許す限りあとから音色を追加できるので、かえってここの自制が問題になる。フレーズに新規性を出すとき、安易に新しい音色を追加して難を逃れようとする欲求に打ち勝たなければならない。この判断が難しい。想像以上に難しい。なにしろ音色を追加することが正解の場合もあるのだ。鼓膜に穴が開くほどいじりまわした挙句、違う音色がぴたりとハマった時の、得も言われぬ安堵と脱力。癖になるとも言えるし、修羅場ではこれほどつらいこともあるまいと思う。

[1606] Jan 20, 2014

データを転送するとき、情報がロストする可能性は常にある。こうしたビットの欠落を補うために、水平・垂直のパリティチェックから巡回冗長検査まで、様々な検査手法が考案されてきた。計算コストを削減し復元性を高める飽くなき情熱のおかげで、私たちの便利なインフラが支えられていると思うと、感動さえ覚える。▼スウィズル・フォーマットという、メモリ上にRGBA値を特定のロジックで並び替えて配置する特殊なテクスチャの形式があるが、このスウィズルという手法も、情報通信の「バースト誤り」に対処する有効な手段である。つまり、ビット位置が入れ替えられているので、集中的な欠損で失われる意味量を抑えられるのだ。たとえば"My First Name is Jack."から連続する四文字が欠損したとき、このままの順ではJackが削られてしまった場合、彼の名前を復元する手段はないが、"My F**st N*me is J*ck."であれば、ジャックであろうと推測は立つのである。

[1605] Jan 19, 2014

先々週にPCを変えたとき、ハードディスクは据え置きのままマザーボードを換装したせいで、ソフトウェアライセンスのオーソライズにトラブルが生じた。その中で、とびきりユニークな対応を寄越した会社があったので紹介したい。▼ヘルプによると彼らの製品はマシン単位でライセンスを管理しているため、急にPCを移行した場合は復旧の手段がひとつもない。これはお手上げということでテクニカルサポートに助けを求めると、こんなメールが帰ってきた。「俺が君をオーソライズしておいてあげたから、もういちど試してみてよ。」▼言葉通り試してみると、たしかに起動する。ぽかんとしてしまった。これを神対応と呼んでいいものだろうか。礼の返事に添えて「ありがとう。でも今後もPCを変えるたびにあなたにメールを出さなければならないんですか」と訊くと、「その通り。でも我々は、いつでも喜んであなたをアシストするよ!」だそうだ。不思議な会社である。

[1604] Jan 18, 2014

ゲームのFPSですらAIMの定まらない中級者がリアルのサバイバルゲームで遊ぶ。会社の同僚数名と、他部署の後輩と、「友達の友達」つながりの見知らぬ人たち数名の構成で夜まで撃ち合った。▼元・銀行だという小じんまりとした室内フィールドは、ところどころに配置されたベニヤの衝立と土嚢の重しで想像以上に手作り感がある。重装備でも汗をかきすぎないよう寒くて暗い。網目のフルフェイスをしているので自分の撃ち出した弾がどこに着弾したかわからないのは不便だったが、殲滅戦ともなると細かいことはあまり関係ない。敵のいる方へ撃ちまくるのみだ。▼FPSとサバゲーは全然別物だと思っていたが、ちゃんとマップを研究して、射線の通らない場所をマークして、要所を抑えて味方と連携して……と、FPSと同じように警戒した立ち回りをしていれば、武器の扱いは素人でもスコア的にはかなり活躍できる。このパーティーなら次があればまた参加したい。

[1603] Jan 17, 2014

昨日は3時くらいまで起きててさ……。5万円くらい損しちゃってさ……。7時間くらいかかったんじゃないかな……。▼ウソとは言わないまでも、数字が曖昧で適当なことを言うとき、人は偶数よりも奇数を選ぶ傾向が強いという。まさか、と思ったが案外あてはまる事例が多い。逆に言えば、根拠のないフカシをこくときには意識して数字に偶数を選べば真実味が増すということになる。「まったく、6億円の商談がふいになったよ。」どうだろうか。▼奇数はodd numberの直訳。「奇」の字には、一本脚で不安定な、正当性を欠く片割れのもの、転じて不吉の意味もある。対して、偶とは二つで一つの対を成す完全体の人形だ。とっさに出てくる偶数に真性なニュアンスが付与されるのは、こうした言霊の力に拠るところが大きいのかもしれない。睡眠時間の少なさをアピールしたければ、謙虚に2時を主張するか、大胆にサバを読んで4時まで起きていたことにしてはどうだろう。

[1602] Jan 16, 2014

なんでも出来る便利なミドルウェア、という非常に不便な代物がある。ましてその開発者が社を離れていようものなら悲惨なことだ。九分九厘、メンテナンスを担う人はいなくなる。秘伝のタレは腐り、遠からず耐え切れない異臭を放つようになる。▼「なんでもできるシステム」ほどシステム設計の初心者が陥りやすい罠はない。自分が創る仕組みを未来永劫、誰も編集する必要は生じないだろうという妄想は、システムの自由度を増やしカスタマイズ性を減らしていく。200種類のファイル入力形式に対応したアプリケーションのヘッダ解釈部分に微修正を加える必要が生じたとき、編集者が強いられるのは恐らく200箇所を超える修正だ。あれにもこれにも対応しているシステムを拡張するのは極めて難しい。▼プログラムの開発者に求められるのは、「あれもこれも」ではなく、「これだけできる」と「あれだけできる」とを上手に組み合わせて問題を解決するセンスである。

[1601] Jan 15, 2014

理系の同僚と餃子屋でゆず餃子を囲みながらフラクタルについて議論を交わしていた。主眼はつまり、なぜフラクタルの発見はここまで遅れたのかという話。宇宙物理学のように技術・道具の進化を待たなければ原理的に見つからない類のものではないはずで、中世の数学者がどうして国境や海岸線の長さに思いを馳せなかったのかという、まったく詮ない素人トークを繰り広げていたわけだ。餃子のにんにくが香ばしい。▼結局、彼らも国境や海岸の鳥瞰図を得るためには飛行船の発明を待たなければならなかったのではないかという信頼度の低い説に落ち着けて店を出ると、誰かが自転車のかごの荷物でもぶちまけたのか、巨大なブロッコリーが道でぐちゃぐちゃに潰れていた。そのとき二人して顔を見合わせたのは、つまり、仮に鳥瞰図がなくとも数学者たちはまず身近なブロッコリーを当たるべきではなかったかという、馬鹿馬鹿しくも的を射た考察である。哄笑して駅を離れた。

[1600] Jan 14, 2014

トレーニングウェアにも流行を追う人びとがいるというのはありがたいことだ。店としてはそろそろ冬物在庫も気になる季節。2013年モデルがついに半額ということで、冬のジョギングウェアを手に入れた。この機を逃す手はない。▼本当は上下ともにウインドブレーカーで揃えたかったが、割引品の中にたまたま合うサイズが無くて諦めた。デザインがちぐはぐになるのも嬉しくはない。仕方なく上は風を通すインナータイプ。フードがついているので耳は守れるが、とにかく寒い。二十分走って体が熱くなっても体幹はきんきんに冷えている。▼三十分過ぎたところで寒すぎによりリタイア。沸かしておいた風呂に駆け込んだ。真冬のジョギングは未経験だったが、夏とは全く別の意味でつらい。空気が氷のように冷たいので気管支への体感ダメージも大きく、無茶すると体を壊しかねない本末転倒である。ガイドラインを調べつつ、明後日はもう少し暖かい格好で試してみたい。

[1599] Jan 13, 2014

私の職場では直属の上司も部の管轄上司も、その上司にあたる執行役員の偉い人も、みんな趣味でパチスロを打つ。直属の上司は演出の研究だというが、話を聞いている限り趣味の香りが強い。ただ全員に共通しているのは、あくまで趣味であって、金はもとから捨てる気でやっているということだ。それもそのはず、パチスロでいくら勝っても負けても役員報酬から見たら誤差にしかならない。▼私にパチスロを打つ趣味はないので、代わりによく公式の実践動画を見ている。当事者ほど熱は入らないにしても「演出の研究」にはなるし、金は減らないし時間もかからないしでありがたい。特に動画内の演出についてコメントが見られるのは重要で、こういう演出がいらないとか、腹が立つとか、あるいはここが熱いというような、裸の意見が周辺視野で回収できる。演出の違いだけで短期・長期にわたり客を惹きつけ真剣にさせるノウハウについて、彼らから学べることは非常に多い。

[1598] Jan 12, 2014

人に意見を求めて、批判的/否定的なことを言われたとき、自分でも「たしかにこれは良くない」と思うところを直すのは簡単である。相手の言葉通り素直に修正すればいい。難しいのは、自分で気に入っている箇所をダメ出しされたときだ。▼よほどのことがない限り絶対に直さない、直す必要がないという信念の人はそれでいい。自分の印象を何よりも大切にするというのは、それはそれで貴重な信念だ。しかし、こらえて次のより良い解を探しに行くタイプの人には、ひとつ注意すべき落とし穴がある。「未練は悪化しか生まない。」▼なまじ気に入っていたフレーズだったり台詞だったりすると、修正するにしてもなんとか流用しようという未練が湧いてくる。けれども、この心を断ち切って我が子を一旦”抹消”しない限り明るい未来が訪れることはない。転生した新たな命に面影が宿っていれば僥倖と割りきって削除する。それが出来ないなら修正は止したほうがいいだろう。

[1597] Jan 11, 2014

スペインとポルトガルの国境沿いにオリベンサという村がある。曰く「世界一平和な領土紛争の地」なのだそうだ。両国はときどき紛争・戦争をしつつも歴史的には極めて良好な関係を築いてきた。今の日本には羨ましい話かもしれない。▼それでもあれだけ長い辺で国を接していれば国境絡みで揉めることはある。「そもそも我々の国境線はどれくらいの長さがあるのか?」測定して見た結果、スペイン側は987km、ポルトガル側は1214kmだと主張した。二者で共有している線の長さが異なるはずはない。どちらかが測定を間違えたのだろうか。▼パリにいたブノワ・マンデルブロは、この問題を徹底的に追及した。彼が数学者としての人生を賭けて研究し、ついに到達した概念こそ、フラクタルという世紀の大発見であった。国境線の長さは測定に用いるマップの縮尺によって異なるのだ。この一見素朴に見える指摘が、後に数々の数学の”不思議”を産んでいくのである。

[1596] Jan 10, 2014

「CG表現がリッチになります」と謳うとき、リッチという形容詞は必ずしもフォトリアルであるということを意味しない。まるで現実のようなディティールは、逆説的に虚構の世界へチープさをもたらすこともある。写真のような砂煙が舞う中で、カメラを動かしても全く光沢が変化しない、のっぺりしたキャラが接写されている様子を想像してみて欲しい。世界の嘘っぱち感は、砂煙を簡素なアニメエフェクトで描いたときよりも遥かに強くなる。▼想像力に訴える世界では、リッチさとはリアルさの平均値ではない。仮にリアルを追及している場合でも、計測には分散を引かなければならない。印象にばらつきがある状態は、特殊な表現効果を狙ってデザインされている場合を除いては、ばらつきの最低値だけで成り立つ場合より劣悪だ。架空の世界について、私たちはその世界の中での不整合に違和感を覚えるのであって、現実との差異に眉をひそめているわけではないのである。

[1595] Jan 09, 2014

諸事情によりCPUとマザーボードだけ換装した。新調計画とか関係がないので、完全に繋ぎのPCということになる。▼昨日まで活躍してくれた"Phenom II X6 1055T"は非常に優秀な製品だった。オーバークロック適正の高さに定評のあるモデルながら、ついぞたいして性能を引き出せなかったのは心残りだが、価格の安さとパフォーマンスのバランスではトップクラスだったと思う。それだけにAMDさんの凋落に心を痛めつつ、今回はインテル系への移行を先に済ませてしまった。"Core-i7 4770"へ。▼オーバークロックをしなかった使用実績を踏まえて無印モデルとした。DAW上での性能は約40%向上。CP∪温度はフル稼働でも50度に達しない。メモリが完全に据え置きなのでロード効率は変わらないが、いろいろ最適化されている恩恵で立ち上がりも出力も速くはなった。高速化が目的の換装ではないが、プレイバック時のノイズ発生率が下がるのも精神衛生には良い。

[1594] Jan 08, 2014

とんでもない建築物を歩いた。▼雨。駅から屋根つきの高架通路を伝って屋内へ入る。ブティックや飲食店が並ぶ室内を通り抜け、上の階に上がろうと一人幅のエスカレーターに足を乗せた直後、事件は起きた。信じられないことに、上から雨が降ってくる。吹き抜けである。▼前後に人がいるので傘もさせない。どんな設計だよと苦笑いしながらみんなでコートを濡らし、辿り着いた四階で目にしたのは、同じく局所的な吹き抜けのためにそこだけ雨ざらしとなった休憩用のベンチであった。ベンチのまわりだけが濡れている。しつこいようだが、室内である。▼「いえ、これは”外”と”内”の境界を排除したシームレスな建築で……」などという薀蓄を聞きたくはない。少なくとも商業施設で、これほど利用者の便宜を損ねてまでデザインを優先した建物を私は他に知らない。屋外仕様のエスカレーターは防水設計なので壊れないと主張したところで、だれが幸せになるのだろうか?

[1593] Jan 07, 2014

ポストエフェクトで空間表現をするためにささやかながらカメラの勉強をする。大手カメラサイトの基礎講座が案外充実していることに驚いた。最後に押したシャッターは何年前の使い捨てカメラだろうと言うくらいカメラに興味のない私が、露光や絞りや被写界深度のことを真剣に調べているのはどこか可笑しい。絞りとシャッター時間の関係などCGには何の関係もないが、資料が豊富にあるのでついつい調べてしまった。▼楽しい教養かせぎの次はもちろん実践数学。まだまだ基礎段階なのでせいぜい可変パラメータも画角と焦点くらいのもの、楕円の連立方程式が解ければあっという間にスクリーン座標というわけで数学味はあまりしない。加えてゲームの表現では数学的・物理的な正しさよりも見た目の説得力が重視されるので、厳密を極めても無駄なコストという面もある。それよりは面白い外観、派手なビジュアルを追及すべきだろう。実験値は閾値くらいがちょうどいい。

[1592] Jan 06, 2014

「1ヶ月に30曲、多い日は1日で5〜6曲創ることもある。」今朝の日経新聞に、人気作曲家ヒャダイン氏のインタビュー記事が載っていた。今は音楽も次から次へと消費される時代、とにかくたくさん作れない音楽家に需要はないと言う。このスピード感も彼独特の刺激的な作品を生み出す土壌だろう。プロの世界の競争は日に日に激しい。▼では同人音屋も多産にならなければ生き残れないかというと、そこは全く話が違う――もとい、真逆でさえあると思う。プロが時間をかけられないなら、アマチュアは時間をこそかけるべきではないか。▼プロで通じる必要のない趣味人だからこそ、一曲に半年を捧げることもできる。半年を捧げて初めて成し得ることもある。スキルアップの手段として多産を利用するならともかく、プロの真似事・後追いで制作を焦る必要はあるまい。「劣化プロ」に流れ着くくらいなら、彼らの持たざる資産を存分に使って面白い物を創ろうじゃないか。

[1591] Jan 05, 2014

初めてアドビのイラストレーターを使用する人がいちばん戸惑うのは「ラスタライズ」という概念ではないかと思う。ベクタグラフィックスと呼ばれる点や線などの情報を、ピクセル情報に変換する処理である。▼ベクタであるうちは目に見える形状も方程式の集合に過ぎないので、拡大や縮小、回転などのベクター操作がかなり自由にできる。しかしピクセル情報=ドット色の集合になってしまうと、画像の「部分」が持つ意味は全て失われてしまうので、イメージ全体にかける効果以外の処理はしにくくなる。その代わり、表示に式の解釈を伴わないので、誰がどんなふうに表示しても大体同じように見える。画像としてはより「正確な情報」だ。▼この関係はそっくりMIDIとオーディオの関係にも当てはまる。なので私はオーディオへの凍結を勝手にラスタライズと呼んでいる。オーディオFXはポストエフェクトというわけだ。妙な言葉遣いを見つけたら、容赦してやって欲しい。

[1590] Jan 04, 2014

DJ、あるいはクラブミュージックという文化がアンダーグラウンドからオーヴァーグラウンドへと遷移してきた昨今の事情は、あるいはその道の専門家よりもゼロ年代に十代を生きてきた若者の方が、自分たちの青春期に身近であった”音の遊具”を思い出して見れば実感できるのではないかと思う。ビートマニアも黎明期は「なんだかよくらからないけど面白い音が鳴るゲーム」ではなかったか。▼太いキックの4つ打ちは、もはやポップスの中で隠蔽されるアレンジャーのテクニックではなくなった。映画でもCMでも喫茶店でもブティックでもアニメ・ゲームの専門店でも、「私です」という顔つきで闊歩するようになった。フレームワークとして利用され、文脈として解釈され、グッズとして蕩尽されていくDJミュージックの現在はじつに「音のメルティングポット」の様相を成して痛快だ。そうしてライト・ファンが坩堝を飲み干していく。注がれる次の飲料は何だろうか。

[1589] Jan 03, 2014

競馬で大勝するたびに高価な洋酒を買い込んで家にストックしているという剛毅な友人がその秘蔵の一本を提げてはるばる家へ遊びに来た。外でよく顔を合わせていた身には意外だが、実に二年ぶりくらいの来訪。すっかりミュージックステーションへと様変わりした私のデスクに驚いたり、弟を懐かしがったりしていた。▼さて、持ってきたのはバランタインの30年。近頃は値下がり気味だが、そうそう気楽に手が出る酒でもない。ロックで頂いて、ストレートでも呑んだあと、ウイスキーの味わいを細かに感じるには最も良いと言われる1:1の冷水割りでも試してみた。▼私の中では最高峰の山崎18年と比べて遜色ない芳醇さ。芳醇、という単語の正体をはっきり掴んでいるわけではないので、多少ごまかしている節もあるが、要するに旨い。43度とは思えないほどするすると喉を抜けていく。ややもすれば軽々ボトルも開けかねない危険な酒――今はその酔いの渦中である。

[1588] Jan 02, 2014

茶封筒を一枚出して、筆ペンで汚い文字を書く。要約すると「新しいそパソコンのためのへそくり」である。今年こそパソコンを新調するべく積み立て計画を開始した。こつこつ貯めるなんて柄にもないが、少々高額になる見通しなので、ちゃんとした予算を組まないとつらい。▼いよいよAMDにも別れを告げる。目指すはメモリ128GBマシン。秋にリリース予定のHaswell-Eを待つ。IvyBridge-Eで中途半端な発熱機を構成するくらいなら、多少割高でも最新モデルに照準を合わせたほうが良いだろうという判断だ。現行のマザーボードでも128GB以上のメモリに対応する品はあるが、残念ながらx79系しかない。あるいは64GBマシンならいくらでも組みようはあるが、こうなってくると目的と手段がもはやあやふやである。無理して高価な16GBメモリを捩じ込むのも馬鹿らしい。▼使えるパーツは使いまわす。増えすぎたハードディスクもここらで整理したい。予定通り予算が立つかどうか。

[1587] Jan 01, 2014

去年の元旦、私は断捨離の真似事ていどに部屋の整理をしていたらしい。忙しいときは掃除をしたくなるという例の心理だろうか。今年は余裕があるので片付けにあまり精が出ていない。毎年恒例のゲン担ぎに大勝軒を食べに行く。昔、元旦に空いている飯屋を見つけて感動した頃に比べて今では初日から店を開ける飲食店も多い中、さすがは大勝軒、午後三時でも満席だった。▼元旦から出費があるとその年は財布から金が逃げていく、と言い含められていたにも関わらず、祝祭ムードに弱いこともあって、私は年末年始に高い買い物を済ませてしまうことが多い。それでも今年はウインドウショッピングに留まった。どこの福袋も吟味すると世相を反映して割引額が世知辛い。在庫処分袋という揶揄の言葉が現実味を帯びてくる。あんまり格安だと転売屋のカモになるので、これくらいの祭り気分がちょうどいいのかもしれない。初売り大セールあり、平常運転あり。街は元気である。

[1586] Dec 31, 2013

今年は大晦日に仕事が無いというめずらしい年。スケジュールに感謝して家族でゆっくり年越し蕎麦を食べようとしていたが、思わぬトラブルに見舞われた。▼毎年予約はしていない地元の蕎麦屋がどういうわけか今年は大繁盛で、早くも席が取れないという。第二候補の寿司屋も閉店。常用の天ぷら屋は店じまい。ひとり奔走してようやく席のあるカプリチョーザで夕食としたのだった。もっとも皆で食べることが重要なのであって、食べるものがなんであれたいしたことはない。長いものならいいじゃないか。イタリア蕎麦ということで、ここはひとつ。▼昼過ぎ、歩いて数十秒の弁当屋では油缶を誰かがぶち撒けたらしく救急車騒ぎになっていた。夕食の席からは一心に馳せていく消防車を見た。普段はそう見ない救命の車たちを大晦日にまとめて見たわけだ。心中、彼らの無事を祈りつつ、この2013年も私たち家族に何事もなかったことを感謝したい。さあ、次は2014年。

[1585] Dec 30, 2013

Malice supplies the age.(悪意は年齢を補充する。)たとえ未成年者であれ、相手を害する目的のもとに成人のそぶりで行動したなら、彼は重罪の罪も認められるべきであるという、ローマ法に由来する格言である。行為は故意がなければ有責とせず。しかして故意かどうかは、年齢によってのみ決まるものではない。▼少年による凶悪な犯罪が増えるたび、法制度は少年犯罪の厳罰化を迫られてきた。たしかに大規模な組織犯罪で無差別殺人に加担する未成年が責任能力のない少年とは言いがたく、そういう「小さな悪人」が無条件で罰から守られている社会はどこかおかしい。大人よりもはるかに自立した、故に明確な詐害の意図をもって犯罪行為を行う少年はたくさんいる。▼だから少年でも関係なく罰するべきだという暴論を主張したいわけではない。ただ私たちも肝に命じておく必要があるということだ。時に応じて防御も要るということだ。悪意を持つ子どもは大人である。

[1584] Dec 29, 2013

職業プログラマは孤独な仕事だ。別に朝から定時まで無言で画面と対面しているわけではなく、和気あいあいとした職場で楽しく仕事はしているが、こと仕事内容に関しては作業が高度にモジュール化されていればいるほど、他人との接触面は小さくなる。理想のプログラムを目指していくと、必然的にプログラマは孤独になっていく。▼その方が心地よいというタイプの人がプログラマ志望者には多いので、気にされにくいことではあるが、真面目にキャリアパスを設計するなら、自分が他人と折衝したり後輩を指導したりする経験を得るチャンスが極端に少ない職種についていることをきちんと意識した方がいいと私は思う。そうしてもし機会に巡り合ったら、多少無茶をしてでも飛びつくべきだ。▼誰かにモノを教えることは、間違いなく自分で学ぶより数倍難しい。この莫大な経験値の得られる経験を手にしにくいところこそ、プログラマが育ちにくい構造的課題のひとつである。

[1583] Dec 28, 2013

ふつう、店先に並んでいる商品のタグに制作者の肩書きを書く人はいない。買う人のことを考えれば、その商品が何であるか、どんな品物であるか、どういうところが売りか、中身について書くのが当然だろう。どうしても書きたいとしたら、包装の中に同封した小冊子にでも記載すればいい。知りたい人は探してくれる。▼そんなことが知りたいわけじゃないのに……という情報を最初に提示してしまう作り手のエゴと、製品の質を追及する素晴らしい精神である職人気質は、しばしば混同されている。職人気質万歳。だが、完成した傑作へのアクセスを、自分が軽く見られたくない一心で隠蔽しようとする行為は、単なる買い手への冒涜である。▼見てもらう努力、知ってもらう努力を捨てることが芸術家的な態度だという誤解はどこから来るのか。優れた職人には気難しい人が多いという怪しい印象を論拠に、命題論理さえ間違えて先に気難しくなろうとするのは実に馬鹿馬鹿しい。

[1582] Dec 27, 2013

これだという音を探してプリセットを探索している限り、けっして意中の音には出会えないと誰かが言っていた。数に限りのあるプリセットの中に、ジャストミートなど存在しない。そうではなく、いまある音に合う「素養」を潜在的に持つ音色を探すこと。そうしてその素養を自分好みに育てあげて、自分の世界に染めてあげること。このあたり、実在の楽器を模したアナログ音源とは勝手が違う。シンセの音色探しは、まるで企業の新人採用のようだ。▼鳴らしてみて「合う」「合わない」なら私の耳でもそれなりにわかるが、素養と言われると急に難しくなる。この音をあのパラメータで明るくしたらあんな音になるだろう、という推測の引き出しをたくさん持っていなければ、そもそも予測の立てようがない。なるほどセンスと経験が物を言う世界だなということが身に染みてわかる。私には明らかな背伸びだ。背伸びして、背筋を伸ばして、まずは姿勢を身に付けるところから。

[1581] Dec 26, 2013

「味のあるイラスト」という言い方がある。イラストに限った修飾語ではないのだが、視覚の喩えは万人にわかりやすい。構図、パース、色合い、塗り、線……どの要素を取り出しても決してプロのクオリティではないが、どこか味があるという感覚。プロの丁寧なフルカラーよりも、ある好みの絵師の雑なラフの方が、好きでいつも見てしまう。そういうことがしばしばある。▼素人くさいが故に人を楽しませるというこの逆説的な現象は、何かの道を究めんとする人の前に立ちはだかり、その誰もが迂回する究極の謎である。勉強して、練習して、耳目が肥えて、直感が冴えて、やがて自他ともに認めるハイクオリティを実現したころに、前の素朴な出来映えを懐かしまれて愕然とするという努力の無慈悲な全否定を、私たちは他愛無い回顧主義者の意見として無視するべきなのだろうか。それとも素朴を取りもどす第三の道を探すべきなのだろうか。味のある作品とは何なのだろう?

[1580] Dec 25, 2013

「もはや守る必要はないが、守らないことで罰を受ける可能性がある。」そんなルールはあなたの職場にあるだろうか。あるとしたら、いくつあるだろうか。その数は、そっくりそのまま労働環境の黒さに繋がっているかもしれない。▼形骸化された規則の存在が悪なのは、ひとえに冒頭の文句の句点以前と句点以後の適用対象が異なるからだ。守る必要がないと開き直るのは先輩であり、守らないことで怒られるのは後輩である。そう書かれてはいないが、強きを守り弱きを罰する規則。責任の所在が曖昧な、全員が共犯の、薄いパワハラのようなものである。▼理不尽が野放しにされればされるほど、いつか抜くべき理という伝家の宝刀は錆びていく。守る必要のないルールならない方が良い。それは定めた人が悪いのでも、最初に破った人が悪いのでもなく、そういう廃れた規則を惰性で残している全員に非があると考えるべきである。コミュニティの検査を怠らないようにしよう。

[1579] Dec 24, 2013

言っていることがコロコロ変わる上司は信用できない、と人は言う。けれども私は、一概にそうも言えないと思っている。コロコロ変えた挙句に結論まで右往左往して、ついに何も決断しないまま責任を部下に放り投げるような有り様では困るが、時が変わるとダブルスタンダードを華麗に駆使して以前と違う結論を力強く下す、そんな人であれば信用してみても良いと思うのだ。まして、実績があれば尚更。▼彼らは決して、闇雲なチャンスオペレーションに全てを賭けているわけではない。ただ気分に正直な人間なのだ。少なくともその可能性はある。時々刻々と変わる状況、それを受けての気分というものが、まっすぐ結論に影響してくるので、同じ現象を目の当たりにしても意見を変える。どちらも素直で真摯な感想だ。物の見方が異なる二人の人間に批評を乞うているようなものである。まさしく一石二鳥――あとは黙して「いいとこ取り」をする覚悟がこちら側にあれば良い。

[1578] Dec 23, 2013

「ハウス・ミュージックはキックに始まりキックに終わる。」この言葉が至言であることをようやく思い知った。▼キックの作り方を検索すると、先人たちの試行錯誤の記録が湯水のように湧き出てくる。いかにしてクールなキックを創るか、ブログは「連載」の体を取るほどだ。巨大掲示板は嘆きで溢れている。「キックが硬くならない……。」彼が代わりに嘆いてくれたので、私は何も書き込まずに済んだ。▼ぴたりと来るキックを求めて二週間も悩んだという人の日記を見て、さすがにここまでやると本末転倒というか、やりすぎの感があるとも思うが、適当な音源の「Kick」を拾ってきて、適当にコンプやEQをかけたくらいではなかなかどうして、思い描いたビートが立ち上がって来ないのも確かに事実である。こういうことも手を出してみないとわからないことで、久しぶりに「イライラしつつも楽しい」という、目標に届きそうで届かない煩悶の内に過ごした休日であった。

[1577] Dec 22, 2013

出来が八分仕上がり。もう全盛期ほどの力はない。外国帰りで衰えている。すでに世代は交代した――そんな数々の「本命消し」下馬評を物ともせず、オルフェーブルは今日、ラストランの有馬記念を勝利した。▼4角の時点でモノが違った。先頭に変わった直線ではもう誰一人寄せ付けない、近づける気配さえ見せない脚色で、千切る千切る8馬身差の圧勝劇。あんなパフォーマンスをされては、馬券を外した穴党も賞賛を送るしかない。たしかに怒号も嘆きも聞こえてこない、素晴らしいゴール後のWINSであった。「これは強すぎる。」「素直に褒めるしかないわ。」モニターの向こうと一体化する拍手。▼そんな言葉が漏れてくるとき、間違いなく皆、競馬がギャンブルだということなど忘れているのだ。競馬を単なる金儲けだと謗る人にこそ、外れた人たちが笑顔で拍手を送るという、彼の論理では説明できないこのシーンを見て欲しい気がした。年の瀬に感動をありがとう。

[1576] Dec 21, 2013

結婚式の披露宴に行く。二次会も合わせると出席はこれで三回目になる。みんな同じ街で育った旧友たちだ。幾人か小学校の同級生にも会えた。他にも同窓が来ていないか名簿で確認するものの、女の子は苗字が変わっているともう誰だかわからない。さすがに下の名前までは覚えていない。テーブルには見知った顔ばかりが並んでいる。▼池袋の地下迷宮で迷ったり、道が大混雑でタクシーが遅れたり、ご祝儀を間違っていちどクロークに預けてしまったりと、三回目にも関わらずあたふたした立ち回りで辿りついた会場ではあったが、さすが披露宴の方は見事な華やかさ、晴れやかさ。結婚式というものはどうしてこうも記憶に焼きつくものかなと改めて不思議に思うくらい、人の姿も、部屋の様子も、かかる音楽も、細部に至るまでちゃんと覚えているのは、やはりそこに特別な思い入れがあるからだろう。であれば当人たちは一入に違いない――さて、自分の番は来るのかどうか。

[1575] Dec 20, 2013

某所でデザインについて指南してきた。試作サイトのコンセプトがどうも上手くない、改善案を教えて欲しいというので、仕事の後にはるばる尋ねて深夜まで。我ながら好き勝手言い過ぎだろうと思うほど大枠から細かいことまであれこれ指摘してきたが、具体性のない曖昧な助言は一切していない。自分で言うのも自画自賛ながら的確な指示ができたように思う。最終的に辿り着いたラフは、それだけでもう現行のプロトタイプより数段出来映えがいい。▼仕事にも創作にも、直接的には全く寄与しないデザインの勉強を、それでも好きだからというだけでつづけてきた。それがめぐりめぐって自分のためになるとは信じつつも、もっと即時的なことを学ばないとライバルたちに置いていかれるのでは――なんて、不安に駆られることがなかったわけではない。そんな折に、こんな小さなことでも自分の言葉が役に立つと、安心する。安心して、また<無駄なこと>に時間を使えるのだ。

[1574] Dec 19, 2013

「それは俺も時間があればやろうと思ってたんだ。」仕事ができない人の常套句は、なんといってもこれに尽きる。<その発想はあった>という主張を繰り返して、なんだかんだと理由をつけて自分の手は動かさない人びと。偉人の自伝を読んで「考えていることがまさに自分と同じなんだ」などと言うようなもので、なんとも寂しい。▼やろうと思っていることと、現実にやることのあいだには大きな隔たりがある。そうして、より重要なことだが、現実にやることと、それをやりきることのあいだにはさらに巨大な溝がある。絶壁めがけて勢いまかせで飛び出して、向こう岸にたどり着くのは案外たやすいものだが、二段ジャンプとなると成功率はぐんと下がる。マリオブラザーズの8面である。絶壁。1ブロックの地面。絶壁。▼あなたの頭の中にある「面白いこと」を、実現できる人は世に山ほどいる。取り掛かる人もそこそこいる。そうして、完成させる人は、ほとんどいない。

[1573] Dec 18, 2013

長編小説の感動的な筋書きより、音と形の輝く綺麗な単語に感動する。壮大な教会の天井画より、高級な絵の具のブルーに感動する。巨匠の人生を賭けた交響曲より、消え行くピアノの一音に感動する。たぶん、宇宙の真理を解き明かす数百頁の数学的な証明が現れても――たったひとつの公式の方が感動する。▼除菌された研究室の理屈なら、きっとこういう言い分は正しくて、世のあらゆる「構成」は、美しいもの同士を組み合わせて鑑賞に耐えないものを生み出していくという呪うべき”芸術家”の所業ということになる。しかし、実際、私たちはばい菌だらけの現実に生きているので、理想状態で完璧だった美学はなかなかどうして通用しない。自己啓発の文句が決して悩める若者を救わないのと似たようなものだ。▼綺麗事という日本語は好きになれないが、短く的を射ていると思う。綺麗な遊びは終わり。我々の存在こそがエントロピーだ。美しい世界を台無しにしていこう。

[1572] Dec 17, 2013

「それは努力ではないよ」という先人の主張に縛られないこと。▼この記事にはタイトルというものがないので、ときどきこうして短いセンテンスをタイトル代わりにしているのだが、表題というのは恐ろしいもので、あんまり正しく付けてしまうと本文が全て蛇足になってしまう。蛇足というのがイヤであれば補足である。私の今日の主張は、あらかた終わった。▼否定形の助言に有益なものが少ないのは、結局のところ、否定形で語られる言説は彼らが挫折したり遠ざけたり興味が無かったりしたものについての言説であるからだと私は思う。彼らがやってみて意味のあったことを推奨されるなら気持ちも乗るが、手を出してみて意味がなかったことを「それは無意味だ」と言われても、真偽は極めて疑わしいのである。▼勤勉な後進は、何をすべきかについて積極的に教えを請い、返答に混入してくる何をすべきでないかについては耳を貸さないという要領の良さを持ちあわせたい。

[1571] Dec 16, 2013

親の心子知らず、しかし親は子どものことを充分に知っているという関係は、ひとつの健全な家庭のあり方である。そうして、同時に、健全なシステムのあり方でもある。ふたつのオブジェクトが親子関係を持つとき、親は子の振る舞いを制御するが、同時に子となる概念は親――上位の某のことを、あまり詳しく知るべきではない。▼理由は単純。細部構造が全体について過剰に多くを知ると、今の位置・関係性のまま動作を最適化しようとして、逆に「部品」としての交換性を低めてしまうからだ。現実と違い、システム部品としての子どもは開発者の都合でいつでも親をすげ替えられてしまう。親を深く知り愛着を持たれては困るというわけだ。大名鉢植え策である。▼音楽には当てはまるのだろうか。ラスタライズ前に部分、即ちフレーズを最適化しすぎてしまうと、かえって全体構造の柔軟な改良作業を妨げてしまうのではないだろうか。――まあ、戯言も積もれば記事となる。

[1570] Dec 15, 2013

ピアノを叩けばこつんと鈍くハンマーの音がする。ペダルを踏めばかつんと硬く接地の音が鳴る。どんな楽器でも、特定の音高・音価を持つ「音符」を出そうとしたら、目的の音の他にノイズが鳴る。その宿命は歌声も避けられない。かろうじて免れているように見える楽器があるとしたら、接触のノイズそのものが目的音である打楽器族くらいのものだろう。▼不思議なことにデジタル音響の世界は、この発音ノイズを再現する方向に努力してきた。アナログの世界では避けられない「ノイズ」という本来イヤなものを、容易に除去できる可能性を持ちながら、そうしなかった。より「リアルなノイズを持つデジタル」という倒錯した理想を目指して邁進してきた。一方でサイン波という究極の純粋に向かいながらも、人はとうとう、ノイズ、複雑さ、豊かさ、再現の難しさ、解析不能性――そういう現実の表現欲と虚栄心から逃げ切ることが出来なかったのだ。ノイズこそ音楽である。

[1569] Dec 14, 2013

ついに「とみ田」へ行く。今日はその感想のみ。▼昼、上野に集合して、相変わらず遅延上等の常磐線で予定より二十分遅れて松戸に着く。時刻は十三時半。店の前は評判通り長蛇の列で、用意された席を埋め尽くしても溢れる蛇行した人の行列である。ゲームをしたり本を読んだりで寒風に吹かれながら待つこと二時間二十五分。ようやく店内に入ることが出来た。▼麺はこれまで入ったどの店よりも旨い。つけ麺にありがちな、杜撰で崩れた盛り方ではなく、きちんと寝かせて整えられた盛り付け方も食欲をそそる好印象。それではスープはというと、こちらはまさに「特濃」で、私には少し味が濃すぎるかなというところ。麺の1/3を浸して食べるとちょうどいい具合である。ここが人を選ぶポイントかもしれないが、少なくとも濃厚魚介系のファンにはたまらないだろう。▼「一燈」とは毛色が違うので比べにくいが、この系統ではナンバー1。お土産を二人分買って帰宅した。

[1568] Dec 13, 2013

辛いモノは大の苦手のこの私が、好んで食べに行く数少ない激辛カレー屋がある。明らかに私の舌には「辛すぎる」辛さだが、無闇に唐辛子や人工調味料で辛いのではなく、他の店ではちょっとお目にかかれない珍しい本場のスパイスが幾重にも利いた、新陳代謝を誘う「旨い」辛さなのだ。この感覚が合うので、舌への刺激は我慢して食べている。オレンジジュースかアイスクリームがあれ