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ワイン、焼酎、日本酒、胃の中でちゃんぽんを醸成しつつ、うつろな脳味噌を電車の振動に揺らしながらハインリヒ・シェンカーを読んでいた。読んでいたといいながら文章も全く意味が入ってこないので、ベートーヴェンのピアノソナタ第32番を聞きながら文字織りのタペストリーを眺めていたに過ぎない。耳と目が塞がれたので、降りるべき駅も通りすぎてしまった。バックハウスの熱演が一息ついて、アリエッタが始まる……。▼ワルトシュタインが若き日々の冒険譚、アパッショナータが壮年の燃える想いなら、第32番は人生への憧憬だ。私にはこれはもう、回顧ではなく感謝に聞こえる。ありがとう、なんだかこの人生は、ほんとうにいろいろあって楽しかったよ。そんな音に聞こえる。演奏者がそういう想いを込めて弾いているのか、譜面に封じられた作曲者の心なのか、私の思い込みに過ぎないのか。トリル。長くやさしく美しい高音のトリル。家が見えてきたようだ。
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