人形たちの箱庭

「それで、アリス、本当なんだろうな」
「ええ、いま覆いを取ってみせるわ。――見て。これがそうよ」
「部屋の、模型? 閑散としてるけど、つくりはお前の部屋と同じか」
「ちょうど五分の一。調度品はまだまだ、揃えてないけれど」
「それで、このまんなかの椅子に座ってるのが、とうとうできた、自分自身の意思で動く人形ってわけか。見た目はお前にそっくりなのな」
「似てるのは当然、私がモデルだもの。それも理由があるのよ。細かいしくみは追々説明するわ」
「それにしても、椅子に座ってるばっかりで、まるで動かないぞ。つついてみていいか」
「だめよ、手を出しちゃだめ。動かないのは、いまはすることがないからよ。私だって、そういうときあるでしょう」
「たしかに、よくぼんやりしてるわな」
「もう少し環境を整えてみるわ」
「自分の意思で動いてるってのが、見ててわかるようにしてくれよ」
「ええ」

 アリスは、その小さな小さなアリスに、ひとまず仕事をあたえることにした。動きのあるもので、そこそこ複雑な仕事を考えると、自分の好きな裁縫がいいだろうと思われた。そのための、スケールの小さい裁縫道具をつくるのは骨が折れた。まずスケールの小さい裁縫道具をつくるための道具をつくる必要があった。そうして、その道具で糸の細さやはぎれの厚みを丹念に減らして、ボタンやはさみのミニチュアを、それもちゃんと機能するものを、つくっては小さな裁縫箱にならべていく。針などは一本つくるのにも、まる一日をついやすほどの大仕事だった。一流の時計職人さえ投げ出したくなるような、地道で細かい作業が黙々と、延々とつづいた。とても正気の沙汰とは思えぬわざだった。けれどもそれをやり遂げたとき、とうとう小さな小さなアリスに、ひとまず仕事ができた。

「よう。どうだ、首尾は」
「上々よ、見て」
「お、裁縫か、やってるやってる。はは、人形のつくろいなんかして、お前そっくりだなあ」
「だから、私と同じだもの。そっくりで当然よ」
「同じって、見た目の話だけじゃないのか」
「ええ。種明かしすると、全部が全部、人形仕掛けというわけじゃないのよ」
「ん。というと?」
「若干魔法をつかっているわ。この人形に入ってる『人格』は、そっくり私を入れ込んだの」
「人格ねえ。人格って、必要なのか」
「意思までは、さすがに作り出せないもの。でも、すでにある意思の元をつかって、それにそぐうボディを用意してあげれば、『意思のある人形』はできるでしょう」
「たしかにそうだ。ちょっとズルっぽいけどな」
「発想の転換よ」

 それから小さな小さなアリスの世界は、すこしずつ充実していった。アリスは絶えず新しいものを箱庭に揃えていった。自分のいまいる部屋を見回しては、簡単そうなものから、次々とスケールを小さくしていった。ベッドや椅子や食器や棚が、たちまち揃っていった。単純なモノのたぐいは、手先の器用なアリスのこと、ミニチュア化もお手のものだった。オルガンのような複雑なものは、木琴のような単純なもので代用した。もっとも、小さな自分はちっともそれに興味を示さなかった。そうなることは最初からわかっていたけれど、アリスはそういう無駄な手間も、どこかで楽しんでいた。そうして、つくれるものは、片端からつくっていった。小さな小さなアリスの世界は、見る間に充実していった。

「ずいぶん部屋らしくなったなあ。私も小さければ、そのまま住めそうだぜ」
「やっぱりいろいろあったほうが、見ていて楽しいわね」
「なあ、こいつ、この部屋の外に出したら駄目なのか」
「それは駄目よ。この子が、自分のことを人間と思って、、、、、、いられるのは、この部屋の中でだけなんだから」
「無理やり出したらどうなる?」
「スケールも勝手も違うもの。人格がパニックになるわ。どうなるかは想像がつかないけれど、まっとうなことにはならないでしょうね」
「そこらへんの融通は利かないんだな」
「完全に人間と同じ人形をつくることはできないわ。でもそれは、私たちの世界で人間として生きていく人形がつくれないというだけ。人形には人形の、その人形が生きていくための世界を与えてあげなければ駄目なのよ」
「で、このミニチュアのお前の部屋が、こいつにとっての全世界ってわけだ。まるで箱庭だな」
「そうね。箱庭の中でだけ、人間でいられる人形。いいじゃない、出なければいいだけの話だもの」

 あるときふと箱庭を覗くと、アリスは思わず胸が躍るのを抑えきれなかった。小さな小さなアリスが、興味深いことをはじめようとしていた。アリスの苦心してつくった例の裁縫道具で、熱心にひとつの人形を縫い上げると、その人形の住み家に自分の住む箱庭のような、もっと小さな箱庭をつくりはじめたのだった。その仕事は、アリスがはじめて箱庭をつくろうとしたときと同じような手順で、同じような熱心さで、こつこつと確実に進められていった。アリスはその作業に始終、じっと目を見張っていた。静かに見える眸の奥底には、微かにヒステリックな光が宿っていた。この流れの行きつく末を思うと、どうしても胸が躍るのを抑えきれなかった。

「ようアリス、何か面白いことがあったって?」
「聞いて。もしかすると、もうひとつ、自分の意思で動く人形ができるかもしれないわ」
「へえ。増やすのか。つくりかけはどこにあるんだ」
「私じゃないわ。この子がつくりはじめたのよ」
「こいつが? このちっちゃいのがそうか。こりゃあまた、不思議なことになったな」
「面白いでしょう」
「たしかに面白いけど、ほんとにそんなこと、できるのか」
「まだわからないわ、どうなるか。でも、少なくとも人格をトレースするところは、その段階まで来たら、私がやってあげなくちゃね」
「さすがに、人形に魔法はつかえないか」
「けれど、それさえしてあげれば、ほんとうに、できるかもしれないわ」
「そうなったらえらいことだな」
「想像以上よ」

 その日の夜はたいへんだった。たいへんなことが起こったのだった。小さな小さな、もっと小さな世界がまたひとつ、あらたに生まれたのだ。アリスは、小さな小さなアリスのつくりあげた、小さな小さな箱庭の人形に、さっそく自分の人格を与えると、次には箱庭をつくるために必要なもろもろの素材を、小さな小さなアリスに与えてやらなければならなかった。これ以上小さなスケールの、細かい品々、ましてや裁縫箱は、自分でつくってやることは不可能に思われた。それでもアリスは可能な限り、必要なものを揃えてあげるということで、小さな小さなアリスの仕事を手伝った。その日の夜はたいへんだった。あらためて考えるとほんとうに、たいへんなことが起こったのだった。

「どうしたアリス、うきうきして」
「このあいだの話、実現したのよ」
「おいおい、まさか」
「この子がとうとう、作っちゃったの。自分の意思で動く、もっと小さな人形。昨日はいろいろたいへんだったわ」
「ほんとうに、出来ちまったか。まいったな」
「見ての通りよ。私と同じ考えで、私と同じやり方で」
「このあいだ言いそびれたんだが、人形が、人形をつくったってことはさ」
「どうしたの、深刻な顔して」
「人形をつくる人形が、出来たってことだよな」
「ええ。そうね」
「それで、こいつは、自分が人間だって、自分で考えて行動してるって、信じてるんだろ」
「そうよ、どうしたの」
「なあ、アリス、それって――」

 さすがに魔理沙はかしこいな、とアリスは思った。そんなところで疑いが生まれるとは、考えてもみなかった。これは思いがけない、ひとつの予定外だった。けれども、だからといって、これでなにもかも終いになるというわけでもない。ひとまず人形をつくる人形の件はなかったことにして、あとで箱庭にてきとうな調整をほどこしておこう――アリスはそう心に決めると、手元のカップを手に取った。そうして、テーブルいっぱいに広げた箱庭の外で、淹れたての紅茶を傾けながら、いましも不安に駆られてとまどう小さなアリス人形、、、、、魔理沙人形、、、、、を、しばらく穏やかなまなざしで眺めていた。
(2008年09月06日 「東方創想話 作品集その59」にて公開)

Zip版あとがき

長らくピアノにかかりきりだったので、筆が鈍ってもナンと、ひとつネタをカタチにしたもの。偶然前作「木洩れ日の秘密」と同日に 仕上がりました。 内容が内容だけに、形而上学的な解釈はいくらでもできますが、ここは口をつぐんでただ作品として出しておくにとどめます。 まあまあ、ネタとしてはありがちなもので(笑)