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島崎藤村は随筆「初学者のために」で、小諸で弓をやっていたときのことをこんなふうに書いている。曰く、弓をはじめたばかりの頃は、誰でも的に向かって矢を当てることばかり心掛ける。ただ当りさえすればいい。そうして中心を貫く矢の数が増えてくると、いよいよ上達してきたぞと「熟練」を思うようになる。けれども依然他の矢は、思いもよらぬ場所へ飛んで行く。▼そこへ現地の旧士族で、弓術に心得のある老人がやって来た。老人はまず彼に「姿勢」を正すことを教えた。それから矢は、たとえ的を貫くことが出来ないような場合でも、必ず一手揃って同じ場所へ行くようになったという。▼藤村はこの経験に文章の道へ通じるものを見た。ただよき文章をのみ作ろうと思って焦心することは決して目的を達する道ではなく、真によき文章を作ろうと思うなら、まず「自己」から正してかからねばならないのだと。まさしく、彼の信じる「文は人なり」哲学の実体験である。
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