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集団格差の時代、デモの目的はより豊かな集団の打倒であり、明確だった。ところが今日のように格差が主に個人格差となると、奇妙な現象が起こってくる。平等を訴えるデモの内部が既に平等ではないのだ。参加者の中には無職の人もいれば、年収500万のサラリーマンもいる。このままでは希望のない失意の壮年もいれば、割り合い未来のある若者もいる。不平等で不均等なクラスターが平等を叫ぶ。▼では敵は誰なのか。この問いに答えるのは難しい。難しいので、やがてそれは暴利を貪る巨悪という曖昧なものになり、国というわかりやすい言葉になり、もはや言葉も必要としなくなると、敵のように見えるものは片端から攻撃していく鬼火になる。真の危機は仮想敵が失われていることなのだ。『めだかボックス』で西尾維新が主人公から仮想敵を奪い去り、残された面々が存在証明のための戦いに巻き込まれていく展開も、こうした世情と無関係ではあるまいと思っている。
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