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カップラーメンが出来るまでの待ち時間に、ミニマリズム建築の写真集を見ていた。60年代アメリカの「必要最小限」志向。徹底的にピュアでシンプルな線と立体の織りなす建築物は、複雑な曲線に満ちた自然の中にぽつんと置かれると妙な美しさを放つ。都会には似合いそうにない。▼傑作は傑作である。こんな家に住んでみたいと心底思うような作品も多い。しかし、音楽のミニマリズムもそうだが、ミニマルの駄作には独特の駄目さがあるとつくづく思う。主観を排して最小にするセンスがないというより、最小にしようとするアーティストの努力がうるさく感じるのだ。「この単純極まりない美しさを見よ!」したり顔の顔写真が添えられそうな家。ミニマルの本懐ではない。▼策士策に溺れるとでも言うべきか。形式を追い過ぎること自体が形式から逸脱するという、自己矛盾的な失敗がそこにはある。座禅を組んで心で念じる「煩悩を無くそう」という声もまた煩悩なのだ。
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