2006年05月16日

●珍しく真剣な話 FILE1

無気力感、虚脱感というものを感じる。
五月病なのか、それともこれが鬱というものなのか。
もともと客観的な視点というものが強い性格であったが、ここのところ、以前にも増してなにもかもを一歩引いて見ている気がしてならない。

最近では、NEETだひきこもりだと、そういうことについての本、TV、意見等が飛び交っている。その多くは、その本人の「心の弱さ」だとか、いわゆる自己責任論で語られているもの多い。しかしこうして現実に何もかもに対して(唯一睡眠以外)虚脱感というものを感じてみると、それは違っているということがなんとなく思えてきた。
その人の心、思考はもちろん、周囲の環境、対人関係、それに世界情勢(世論含)というような、さまざまな事が「偶然に」その人に不幸となって襲いかかり、そのプレッシャーに耐え切れなくなった結果が「鬱」となるものだと考えられる。別にNEETやひきこもりを擁護するわけではないが、何も彼らだけを攻めなくてもいいじゃないか、と思う。どうにも世間は「原因は1つ」といった風潮があるように感じるのである。○○のせいで、○○が悪いから△△になる。このような型にはまったモノの考え方しかできないのは悲しいことだ。今回考えている「鬱」に関して言えば、先ほども述べたように、決して原因は1つではない。

今、何をやってもつまらないと思える自分がいるが、この気持ちが大きくなっていくとひきこもりになるのかな・・・なんてことも思ったりする。自分からひきこもりになる人はいないわけで、気づいたらひきこもりになっていた、というのがほとんど全てだろう。こうして記事を書いたり本を読んだりしている分、何もそこまで悲観的になるようなことではないのだろうが・・・。
何か面白いと思えるようなことはないのだろうか・・・・・。

コメント

鬱。
単に五月だから、ということならいいですが、何か「偶然な不幸」がありましたか?
ここのコメント欄を暗い話題で埋めてしまうことは避けたいので、何かありましたらメッセンジャーか何かで……何もないか、あっても言うようなことでなければ触れないことにします。

気持ちだけでも、元気出していきましょう。

ないとはいえないが。
たまたま今読んでる本が「ニートって言うな!」って本だからね。それにひっかけてみただけ。そのうちフルマラソンにも載せるかと。

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