2006年11月04日

●ルソー『孤独な散歩者の夢想』

岩波文庫・青/201p

夕方になると、島の頂を降り、このんで湖の岸辺に出て、砂地のどこか隠れた休み場所に行ってすわる。そこでは、波の響きと揺れ動く水面がわたしの官能をとらえ、心から他のいっさいの動揺を追いはらって、甘美な夢想にひきいれ、しばしば夜がやってくるのも気がつかないでいる。寄せては返す水面の波、単調な、しかし時をおいて大きくなるその響きは、休みなくわたしの耳と目にふれて、夢想に消えた内面の運動にかわり、考える努力をしないでも十分にわたしというものの存在を喜ばしく感じさせてくれる。ときどき、この世のことのはかなさについての漠然としたみじかいあいだの反省が浮かんできて、湖水の面に世の姿を示してくれる。しかし、やがてそれらの淡い印象はわたしを揺すぶっている一様な連続運動のなかへ消え去る。この運動は心の積極的な協力を全然必要としないで、しかもわたしをつよく惹きつけ、時刻と合図にうながされてそこから立ちあがるにも努力を必要とするくらいだった。

ジャン・ジャック・ルソー最後の作品。
生前には決して認められることのなかったルソーの晩年は、まったくの孤独であった。たった一人の散歩の途中に得た着想を、自分の人生を振り返りながらつれづれに綴る数章は、他人という存在への失望に満ちている。しかし失意にいるのではない。ルソーはこの孤独を自分に与えられたせめてもの救いであると信じている。彼の敵対者たちは、徹底したやり方で彼にまったく希望を残さないことで、逆に彼に完全な諦念とその結果としての孤独を――自己の内面を見つめ、人生の最後に静かに思い出にふける時間を――与えたのであった。
プラス思考というべきか否か、細かいことはいちいち批判しまい。些細な点は目を瞑っても十分おつりが来るほどの、自己の内面の限りなく深い省察、人間存在についての豊かな精神の着想がここには溢れている。もしかするとルソーはこれを、自分のための長い墓碑として書いたのかもしれない。それはわからない。しかし、社会契約論の前哨戦にと手に取ったわけだったが、彼が天才思想家と言われる所以を思想にではなく先に精神のなかに垣間見ることができた気がする。

21372p/42195p

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